その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth14 違う貴方を消さないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇の中、誰も通らないような暗い路地裏。怒りに染まった疾風が文字どおり風の速さで駆け抜けている。

この時、オラリオでは一つの事件が起こっていた。

 

正義と秩序を司る女神、アストレア。彼女のファミリアは、迷宮探索以外にも、都市の平和を乱す者を取り締まる自警団としての活動も行っていた。

その活動内容は清廉潔白の一言。弱きを助け、悪しきを挫く。まさに正義と断罪のファミリアであり、暗黒期を迎えている現在のオラリオにとって弱者の希望であった。

しかし、光があれば闇がある。多くの感謝を集めると同時に、アストレア・ファミリアは多くの恨みをも集めていた。

そして起こるべくして悲劇が起こる。

 

アストレア・ファミリアの崩壊である。

 

敵対ファミリアにダンジョンで罠に嵌められ、一人の団員を除き、全滅。生き残った団員は、自らの主神を都市の外へと逃がし、復讐へと身を投じた。

その団員こそがリュー・リオン。疾風の異名を持ち、事あるごとに剣姫と比較の対象とされた、オラリオでも指折りの実力者である。

彼女は仲間を失った私怨から仇であるファミリアを一人で壊滅させた。

闇討ち、奇襲、罠、怒りの疾風の手段を厭わない襲撃に晒され、敵対ファミリアは壊滅した。

しかしそれでも復讐の風が止むことはなかった。

与する者、関係を持った疑いのある者、疑わしき全てを罰しようとしたのだ。

聡明な彼女はそれを行った後に我が身に降りかかる惨状を理解していた。正しい復讐の道を違えることで、さらなる怨嗟を買い、今度は自分が復讐される側に回ってしまうかもしれない事も。しかし、嘆きに堕ちた彼女に自身を止める事はできなかった。

 

ーーーーっ!?

 

急激なブレーキがかかる。今宵初めて、緑がかった金色の風が止まった。

 

「今夜は風が騒がしいな」

「…………リヴィエール」

 

闇の中にあっても尚、存在感を示す艶やかな黒髪。光る緑柱石の瞳に砂色のローブを纏い、黒刀を腰に差した剣士が路地裏から姿を見せた。

 

「流石ですね」

 

苛立ち混じりに感嘆の声が上がる。邪魔をされる怒りもあったが、同時に賞賛する。奇襲を仕掛けるためにかなり遠回りをして目的地へと向かっていたにも関わらず、こちらの動きを完璧に読んで見せた彼への賞賛が苛立ちを少しだけ上回った。

 

「あなたを巻き込むつもりはありません。退いてください」

「…………どうやら今宵の風は泣いているようだ」

 

緑柱石の瞳に悲しげな色が混ざる。憤怒のリューとは対照的だ。

 

「そんな怖い顔をするなよ、リオン。俺はお前の風は好きだが、そんな悲しい音色は聞きたくない」

「退いてください」

 

一切の言葉を無視して、たった一つの願望を述べる。黒髪の剣士はゆっくりと首を振った。

 

「どうしても行く気か」

「はい」

「此処にいられなくなるぞ。ギルドのブラックリストに載るぞ。それでもか」

「はい」

 

空を仰ぐ。こんな事、言わなくてもわかっていた。理性的な狂気ほど厄介なものはない。すべてのリスクを承知した上で、それでも止まらないのだから。

 

「お前が誰かの夫を斬れば、その妻はお前を恨む。お前が誰かの友を殺せば、その友はお前を憎む。そしてお前がその恨みに殺されれば、俺はそいつを恨むぞ、憎むぞ!こんな簡単な連鎖がなんでわからない!」

「…………っ!?」

 

初めて、リューの中で迷いが生じる。理性で止まれないのなら、感性で止めるしかない。情に訴える方法を取ったリヴィエールは正しい。

 

「だからって、このまま黙っていろというのですか!私が耐えればその連鎖は止まる?確かにそうかもしれません。しかし私はそこまで出来た人間ではありません!」

「そんな事は言ってねえ!斬り合うだけが復讐じゃない。他のやり方があるはずだ。血を流さなくても、連鎖を止める方法が。アストレアもきっとそれを望んで…「うるさいっ!!」

 

ーーーーわかってますよ、そんな事は……

 

全てわかっている。だけど……

 

復讐(コレ)以外でどうやって仲間達の無念を……この黒い塊を晴らせっていうんですか」

 

胸を握りしめながら、歪む整った双眸。気持ちは痛い程わかる。けれど、それでも止めないわけにはいかない。

 

「お前と出会ってから、俺は楽しかったよ。一緒にダンジョンに潜って、戦って、稽古して、アイズと三人で冒険して、バカや無茶やって……楽しかった。お前はそうじゃないのか?」

「……………………」

 

ーーーー楽しかったに、決まってるじゃないですか…

 

違うと言えれば簡単だった。しかし、否定するにはその真実は眩しすぎた。

真面目すぎると仲間からも言われ、なんでもやり過ぎてしまう自分について来れる者など今までいなかった。友人はいても、隣に並んで立つライバルはいなかった。

しかし、オラリオに来て初めて、隣に立つどころか、自分より遥か先を走る剣聖に……そして、ともに彼の背中を追いかける剣姫(ライバル)と出会い、全てが変わった。

対等の仲間との冒険の日々。

辛い思い出もあった。なにかと大雑把なリヴィエールとは何度も喧嘩になったし、彼に甘やかされるアイズとぶつかった事もあった。

しかしそれだけではなかった。冒険の中で、高く分厚い壁に遮られ、、膝をついた事もあった。それでもどんな壁であろうと三人で突破してきた。やり遂げた時の達成感、苦労を共にした仲間と交わすハイタッチの快感、自分達なら出来ない事はないとさえ思えるあの心の昂り。煩わしさを超えた幸せがあった。否定できるわけがない。

 

「お前と冒険できなくなる。お前と喧嘩出来なくなる……俺はイヤだぞ。そんなの」

 

ーーーー私だって……

 

そう言えたらどれほど楽だろう。しかし生まれ持った彼女のプライドが、他人に厳しさを求めるが故に、己にはさらに厳しくある誇り高い精神が、それを言語にする事を拒んだ。

 

「…………どうでもいいですよ、そんな事」

 

口をついて出てしまったのは想いとはまるで逆の言葉。振動が耳に届いた瞬間、リヴィエールの悲しみの色はさらに深まった。

 

ーーーーああ、違うんです、リヴィエール。そんな事少しも思ってないんです。

 

「貴方はただの冒険者。その実力の高さからお互い手を組んだに過ぎません。そうでしょう?」

 

言いたくない言葉が出てしまう。エルフの誇りが、彼女に甘えを許さない。彼の目から悲しみが消えた。同時に諦めと失望が灯る。

 

腰の剣に手を伸ばす。もう止まれない。もう嫌われたのだ。なら、もう……

 

「最後です。退きなさい、暁の剣聖(バーニングファイティングソードマスター)。さもなくば貴方といえど……」

 

あえて彼が嫌う呼び方で彼を呼ぶ。もう嫌われたのだ。こうなったらとことん嫌われてでも構わない。彼を自分の薄汚い復讐に巻き込みたくない。

 

ーーーーお願い、退いて、リヴィ。嫌われても良い。だからせめて貴方と戦わせないで…

 

震える手に想いが篭る。届かなかったのか、それとも届いた上でか、黒髪の剣士も腰の剣に手を掛けた。

 

「お前を止めるよ、疾風のリオン。お前のために。そして俺のために」

「リヴィエェエエエエル!!」

 

その絶叫は咆哮にも、嘆きにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外套を着たエルフが路地の狭い道の上で地に伏している。黒髪の剣士は鞘に刀を納めつつ、荒く息を吐いた。

 

「気は済んだか」

 

にじむ汗と額に流れる血を拭う。流石の剣聖も捨て身の疾風相手に無傷とはいかなかったらしい。

 

「強い……ですね。本当に」

 

ーーーー心も、身体も。なにもかも

 

全力で撃ち合い、そして打ちのめされたリューの心には、復讐を止められた怒りは不思議とない。それどころか爽快感さえある。彼と戦うときはいつもそうだった。加減を知らない自分が、全力を尽くしても、それでもなお届かない存在。加減をしなくて良いという事がこれほどの歓びであったということを教えてくれる唯一の人。

 

ーーーーもしかしたら、私は……

 

不思議な爽快感の中でリューは思う。冒険者でいられなくなるリスクも、ブラックリストに載る危険も全て承知の上で止まらなかったのは…

 

ーーーー誰かに……いや、彼に止めてもらいたかったのかもしれませんね。

 

彼ならば自分を止めてくれると、無意識のうちに期待していたのかもしれない。そしてその期待に彼は十全に応えてくれた。胸の中の真っ黒な憎悪の塊を晴らしてくれた。愚かな自分の凶行を止める言い訳を作ってくれた。

 

「ーーーーっ!?」

 

穏やかな気持ちで伏していたリューの体から重力がなくなる。いや、正確には働いているが、それ以上の力が彼女を持ち上げたのだ。

 

思考が再起動したリューは己の状況を把握する。いつの間にか仰向けにされた自分は肩と膝の裏を掴まれ、持ち上げられている。

 

要するにお姫様抱っこだ。

 

「リリリリリヴィエールっ」

 

慌てて離れようとする。が、全身を襲っている全力戦闘による疲労感のせいで体にうまく力が入らない。そんな力で彼をひきはがせるはずもない。下手に暴れたせいで、彼の胸元に顔を突っ込んでしまう。同時に、暴れるなと言わんばかりにリューを強く抱きしめる。

全身で彼の温もりを感じ、溢れる戦う男の匂いがリューの鼻腔を満たした。もう身動き一つ取れない。

 

「ここまでやらなきゃ止まらねえのかよ。賢いバカってのはホントめんどくせえな」

「…………随分と私には厳しいですね。剣姫の時と違って」

「そりゃお前がバカだからだ。アイズがお前と同じ事したら、俺はアイズも叩きのめしたよ。俺たちはそういう関係だろう」

 

アイズ、リュー、そしてリヴィエール。三人とも才能溢れる剣士だ。彼らを剣で止められるものなどオラリオでは彼ら自身しかいない。

 

「道を間違えそうになったら剣で殴りつけて正しい道に戻す。だから俺たちは曲がらねえ。フラフラしながらでも、ちゃんとまっすぐ歩いていける。お前は好きに生きれば良い。やりたいようにやればいいさ。その道が間違っていたら俺は何度でもお前の前に立ってやる。何度でもお前の全力を受け止めてやるよ」

「リヴィエール……」

 

緑柱石の瞳がこちらを見下ろす。優しさと凛々しさを併せ持つ目が交差した。

 

「そんな奴、この広い世界でもそう簡単に見つけられねえんだよ。俺たちみたいな特別な奴は特にな。俺たちは幸せ者だぜ、リュー。そんな最高のライバルを人生で二人も得られたんだ」

 

彼の笑顔に胸が締め付けられる。声が喘いだ。呼吸が辛い。

 

「ここからは俺に任せろ。心配するな。俺もこのまま終わらせる気はねえさ。連中にはキッチリと落とし前をつけてやる」

 

目に戦意の炎が宿る。何かに挑む時の、彼の真摯な目。彼の熱がリューは好きだった。

 

「あとテメエ、さっき俺の事二つ名で呼びやがったな?その事についてもしっかり落とし前つけるからな」

「…………覚えてたんですか」

 

ピンポイントな記憶力に感心しつつも呆れた。心に余裕ができたからか、ズンッと急に頭が重くなる。考えてみればここ数日ろくに眠っていない。加えてこの死闘。限界などとっくに超えていた。疲労を自覚した頭が意識を奪っていく。

 

「俺が間違えそうになったときは、今度はお前が俺を殴ってくれよな」

 

薄れゆく意識の中で彼の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊穣の女主人、夜の酒場で、リヴィエールが料理に舌鼓を打っていると途中でシルが席を立つ。朝の内に勧誘した客が来たそうだ。豊穣の女主人の給料は基本給に加えて、歩合制がある。金を多く落とす客を個人的に招待すると給金が上がる。今日のシルの哀れな生贄一号がリヴィエール。そして先ほど二号が来た、という事らしい。

 

「こんな奥にいたのによく来客がわかるな、あいつ」

 

エールを少しずつ口に運びながら、感嘆の息を吐く。既に店はかなりの喧騒に包まれており、入り口の辺りなどこの位置からでは人のカーテンでほとんど見えない。団体客ならともかく、個人の来店などリヴィエールをもってしても難しい。

にも関わらず、鈍色髪の少女は来客をいち早く察し、接客へと向かったのだ。

 

「シルは超人ですから」

 

ふふんと言わんばかりに形の良い胸を張る。シルやリヴィエールの事を語るリューはいつも少し自慢げだ。

 

「あ、美味い」

 

先ほど頼んでもいないのに持ってこられたパスタを口にして、驚く。自身の得意料理であったため、期待していなかった分、嬉しい誤算だ。

 

「本当……ですか」

「ああ、ちょっと麺を茹ですぎだが、よく俺の好みの味に似てて……これ、誰が作った?」

 

フォークにパスタを絡めながら問いかける。茹で具合からミアでないのはわかる。しかししばらく待っていても返事が返ってこない。視線を向けてみると頬を染めて俯いている。

 

「………おい、リュー。コレ誰が……」

「その子だよ」

 

答えないリューの代わりにカウンター越しから返事が来る。は?と思わず間の抜けた声が出た。

 

「だからその子が作ったんだよ。そのパスタは。アンタのレシピを隣で見ていたリューが、ね」

 

人が言葉を問い直す場合は大きく分けて2パターン。聞こえなかった時か、聞こえた事実が信じられない物だった時の二択に分けられる。そして今回は後者に当たる。

 

振り返る。視界に入ったのは真っ赤になって俯いているリュー・リオン。もじもじとさせている指には幾つものバンテージが巻かれている。

 

ーーーー昨日の夜からなんかケガでもしたのかと気にはなってたが……

 

きっと練習したのだ。俺がダンジョンに潜っていた二週間で、あの料理に関しては壊滅的に不器用な彼女が、あの細い指を何度も傷つけて…

 

「リュー」

「…………なんですか」

 

何を言うべきか、少し迷った。褒めるべきか、揶揄するべきか、この空気を入れ替えるためにはどうするのが正しいのか。考えた上で、一度頭を振った。パスタを口に運ぶ。

 

「美味いよ、ありがとう」

 

考えた末に出た言葉はコレだけだった。元々気の利いた事をペラペラと喋れる人間でも無い。その必要も二人には無い。下手な言葉を重ねるより、ただ、思った事と感謝を言えば、それでいい。それだけでリューなら全て伝わるはずだ。

 

「…………貴方の気持ちが少しわかりました」

「…………?」

「嬉しい……」

 

緑がかった金色の髪のエルフが頬を朱に染めつつ、照れ臭そうに口元を隠す。隙間から緩んだ頬と弧を描く口角が見えた。要するににやけているのだ。

 

初めてルグと二人で、自分が作った料理を食べた時の事を。あの時、自分もきっと彼女と似たような顔をしていた事だろう。

二人ともしばらく無言で食事を続ける。喧騒は変わらず辺りを包んでいるけれど、まるで世界に二人きりになったかのような錯覚に陥った。

 

こうして二人でいると改めて思う。この子の復讐を止められて良かったと。

かつて復讐の炎に焼かれた彼女を止めたのは自分だった。リューと本気でやり合ったのは初めて出会った時と、あの時の2回きり。あの夜、彼女の復讐を止められて本当に良かった。リューは人に厳しく、自分にはさらに厳しい。敵より自分を責めるタイプだ。たとえ復讐を成し遂げても、彼女はきっと己を責め続け、血に塗れた自分の手を後悔し続けただろう。そうなっていては、きっともうこのように二人で食事することなど出来なかったはずだ。

 

ーーーーそして、俺も……

 

数年の後、同じ傷を負ったリヴィエール。本来であれば、修羅に落ちようと、外道に身をやつそうと、果たさなければならない復讐。それでも思いとどまっているのはリューが隣にいてくれたからだ。同じ傷を負った彼女が耐えさせたのに、一体俺に何が出来るだろうか。

 

『いけません、リヴィエール。そんな事をルグ様はきっと望んでおられません』

『なら私を倒して行きなさい。言っておきますが今の私は強いですよ。この強さは貴方が教えてくれたものですから』

 

目覚めてから、そんな言葉をずっと掛けてくれた。リューを相手に勝てないと思ったのは後にも先にもあのとき限りだ。

 

ーーーー修羅として生きるなら今の俺は間違っている。だがルグの眷属としてはリューが正しい

 

同じ彼女が俺を止めてくれた。強い言葉で、真摯な姿勢で。そして愛で。残った傷を癒すことはできなかったが、それでも傷を舐め、痛みを薄めてくれた。

だからこそリヴィエールは安易な凶行に走らない。冒険者を続けながら、ダンジョンに手掛かりを求めて戦い、しかるべき場でしかるべき罰を降す為に、強くなっている。

 

ーーーーでも、少しヤバイな

 

最近の自分を省みて、そう思う。危機感はアイズ達と再会してからずっとあった。ロキ・ファミリアの連中と距離を取っていた理由の一つに、怒りが風化してしまう事を恐れていたという事がある。

なんだかんだと言いながら、リヴィエールは連中が嫌いではない。共にいると楽しい。彼らは大切な友人だ。

しかしその居心地の良さが、あの眩い時間が、俺の黒い炎を消してしまいかねない。実際その通りになっている。本来であればいくら交渉で世話になったからとはいえ、お忍びデートなんてこと、少し前のリヴィエールならありえない事だ。

 

「リヴィ……」

 

不安げな声が隣から聞こえ、手が温もりに包まれる。眉を寄せたリューがこちらを見上げていた。どうやら難しい顔をしていたらしい。眉間を指で二、三度擦る。

 

「何を考えているのかはわかりませんが、そんなに思い詰めないで。貴方はやりたいように生きれば良い。ルグ様もきっとそれを望んでおられます」

「やりたいように……か」

 

かつて自分がリューにかけた言葉だ。相手を想った真摯な本音。しかし今のリヴィエールに、その言葉は少し虚ろに響く。

 

「俺は……今何がやりたいんだろうな」

「リヴィ?」

 

ルグがいなくなって一年。やってきた事は治療と鍛錬と探索。かの事件について、進展は全くと言っていいほどない。見ようによっては無駄な一年を過ごしたかのようにさえ思える。

 

ーーーー強さを求めて……戦って……もう失わない為に強くなったのに、結局俺はまた全て失った

 

今は雌伏の時と言い聞かせつつも、出口の見えない旅に疲れ始めていた。そんな折に加えてのあいつらと再会。俺の炎はまた小さくなった。今の俺はルグの眷属としても、復讐者としても、実に中途半端な立場になってしまった。

 

「諦めるか……」

 

言ってみてゾッとした。何を馬鹿な事を言ってるんだ俺は。まだ見ぬ仇が、この先のうのうと生きていくのを許すっていうのか。それを俺は居心地の良い場所で見知らぬふりをするのか?

冗談じゃない。八つ裂きにしても足りない怨敵がどこかにいるのは確実なのだ。たとえ修羅にはならずとも、相応のケジメをつけさせなければ。黒幕の企みを全て明らかにし、万人の前にひれ伏させる。ルグの眷属を名乗るなら最低でもそこまではしなくてはならない。

 

「リヴィ、また怖い顔をしていますよ」

「…………なあ、俺って一体何なんだと思う?」

 

質問の意図がわからなかったのか、不思議そうに首をかしげる。続けた。

 

「楽士、冒険者、魔法剣士、ルグの眷属、復讐者、どれも俺だ。でも俺の中には決して相容れないような俺もいる。一体どれが本当の俺だと思う?」

 

あの時、リヴィエール・グローリアという人間が粉々に砕け散ってから一年が経った。少しずつ破片を取り戻して行き、様々な感情を取り戻していった。しかし今までと違って組み立てがうまくいっていない事が自分でわかる。それも当然だ。壁にぶつかり、心や身体がバラバラになっても、ルグの眷属の誇りが彼の真芯にあった。その軸を頼りに何度も立ち上がってきたのだ。しかし今はそれがない。彼の芯と言えるものが崩壊している。

再び築き上げる作業はしている。しかし芯のない今の自分は築くたびに崩れる砂上の楼閣。昔の自分のカケラさえ取り戻せてはいない。今、彼が信じているのは卓越した剣腕と膨大な魔力量くらいのものだった。

 

「…………それを決められるのは、きっと貴方だけだと思います」

 

数十秒、逡巡した上で返ってきたのはそんな言葉だった。判断から逃げたとも取れる発言だが、決してそうではない事がリヴィエールには分かった。

 

「初めてですね。きっと」

 

リューの口元には笑みが浮かんでいた。こちらを慈しむような慈愛に溢れた笑み。添えられた手に力がこもった。

 

「貴方がそんな風に心根を述べてくれたのは」

「…………俺、お前に嘘ついたこと無いつもりだったんだけど」

「けど貴方の心の柔らかい所に触れたことは多分なかったと思います」

 

人を評するときも、関わるときも、彼が偽りを纏ったことは無い。それはよく知っている。けど、弱い所も決して見せない。いつも強さを纏い、凛々しく、誇り高い。悩みなど絶対に見せない男だった。

 

「そしてそんな風に悩んでいるのも、貴方にとって初めての事ではありませんか?貴方はいつも即断即決の人でしたから」

「…………そんな事はねえよ」

 

迷ったこともくじけたことも何度もあった。人に見せないように振る舞うのが上手かっただけだ。

 

「リヴィ、確かに貴方は戦士で、冒険者で、ルグ様の眷属で……復讐者なのかもしれません。けどその前に、貴方はリヴィエールでしょう?」

「リュー……」

「貴方がリヴィエールでいてくれたから、貴方が守ってくれたからこそ、私は今、ここに居られるのですから」

 

白髪のハーフエルフにそっと寄り添う。今なお大きく残る傷跡を少しでも癒そうと。

 

「悩んでいいんですよ、リヴィ。好きなだけ悩んで、迷って、貴方の手でその答えを得てください。相反する自分を無理に否定する必要なんてないんです。負の感情もまた紛れもなく貴方の一部なのですから。たとえどんな道を選んでも、私が貴方を剣で殴りつける事となっても、私は貴方の味方ですから」

 

ーーーー味方…か。

 

耳慣れない言葉だ。彼に仲間と言える存在は少ない。誰かを頼るという事もあまりしてこなかった。長い間、信じられたのは、裏切らないのは、自分の力だけだったから。

 

「私達はそういう関係でしょう?」

「…………そうだったな」

 

かつて彼女に言った言葉を思い出す。復讐に身を焼かれ、道を踏み外しそうになったリューを自分は蹴飛ばして正しい道へと無理やり戻した。そして今度はリューが自分に寄り添う事で迷いながらも、間違った道に進む事はしないでいられている。

 

性格も、過去も、誇りもよく似ている彼女の言葉だからこそ、心に響き、共感する事ができた。

 

「ありがとう、リュー。お前に会えて、良かった」

 

肩を抱き寄せる。人前で身体を寄せ合う事を嫌うリューにしては珍しく、なんの抵抗もなく腕の中で彼に身体を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、二人の間に会話はなかった。元々饒舌な方ではない二人にとって、言葉の無い時間というのは決して珍しく無い。しかし辺りに漂う桃色の空気と美しいエルフを独り占めにしているリヴィに対する酔客の視線が濃くなるにつれ、流石に居心地が悪くなってきた。

 

「わ、私、そろそろ給仕に戻りますね」

 

さて、どうするかと悩み、エールを流しこんでいると、先に耐えられなくなったリューが席を立った。いってらっしゃいと手を振る。笑顔で頷き、厨房へと入っていく。

 

「あ、あの…お隣、よろしいですか?」

 

隣から遠慮がちな声がかかる。どうやらシルが迎えに行っていた客が案内されてきたらしい。ああ、と頷こうとし、来客を見ると同時に緑柱石の瞳が見開かれた。隣に座ろうとする少年は、リヴィにとって記憶に新しい人物だった。

 

「あ!貴方は……」

「白兎君……たしか名前は……」

「べ、ベル・クラネルです!昨日はホント、すみませんでした!」

 

気をつけをして立ち上がったと思うと、腰を90度に曲げて頭を下げる。唐突な謝罪で呆気にとられていると、頭を下げたまま、続いた。

 

「剣聖の事、エイナさんから色々聞きました。僕なんかじゃ想像も出来ないような体験をいっぱいされてるのに、人生楽勝なんてバカな事言って……」

「い、いや……別に」

「それに、助けてもらったお礼もロクに言わないで……逃げたような態度ばっかり取って……本当にすみませんでした!」

「も、もういいって。わかったから、あんまデカイ声で剣聖とか言わないでくれ。俺の事はココではウルスと呼べ。ほら、頭も上げろ」

 

さっきから周りの注目が集まりつつある。これ以上はマズイ。

 

「でも……」

 

申し訳なさそうにこちらを見上げてくる。その姿は本当に白兎のようだ。

愚直で不器用で臆病。少しアイズに似てる。

笑みがこぼれる。今日、一日中あいつに付き合わされたからか、この子に冷たくする気にはなれなかった。

 

「俺も昨日は突然あんな態度取って悪かった。ほら、コレでもう手打ちにしようぜ」

 

ミアに頼んでおいたエールをベルの前に出す。一杯付き合ってチャラにしようという事だ。その意図はしっかり伝わったらしく、遠慮がちにしつつも、ジョッキを手に取った。

 

「なんだい、シルのお客さんはアンタの知り合いかい?」

「先日ファミリアに入団した子だ」

「べ、ベル・クラネルです!」

「ははっ、ウルスの知り合いにしては可愛い顔したボウヤだねえ!」

「ほっとけ」

 

荒っぽい連中と関わり合いになる事が多いリヴィエールは確かに可愛い感じの知り合いというのは少ない。異性なら何人かいるが、事同性となると、フィンくらいのものだろう。ふてくされたようにジョッキを煽る。

不快な感情はベルにもあった。彼には自分の容姿に若干コンプレックスがある。充分に整っていると言える顔立ちだが、背も低く、童顔のベルは実年齢より下に見られる事や子ども扱いをされる事が頻繁にあった。自分でも自覚しており、その事を気にしている。

そんなベルの理想の容姿と言えるのが隣に座る彼のモノだった。背も高く、足も長いが、決して大きすぎるというわけではない。むしろ線は細い印象さえ受ける。凛々しく、端正な顔つき。涼しげな目元。まるで神様が作ったかのような造形。人というより、精緻な芸術品や彫刻といった表現が似合う美青年。

 

「アタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」

「!?」

 

リヴィエールの横顔に見惚れて、ボーッとなっていた頭が一瞬で覚めた。

 

「ぼ、僕いつからそんな大食漢になったんですか!?僕自身初耳ですよ!?」

「……えへへ」

「お前か……」

 

給仕をしつつ、二人のそばをウロついていた少女が舌を出す。見慣れたあざとい仕草だ。これをする時は大抵悪巧みをしている時だ。

 

「その、ミア母さんに知り合った方をお呼びするから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「完全に故意じゃないですか!?」

「私、応援してますから!」

 

懐にそこまで余裕のないベルは必死になって撤回を求める。また騒がれてはかなわないと思ったリヴィはベルに落ち着け、と言い、座らせた。

 

「金の事なら気にするな。今日は俺が持つ。ミア、適当に頼む。こいつの分もな」

「あいよ!」

 

絶対言われる前から出すつもりで作ってただろという早さで料理がカウンターに並ぶ。そのあまりの量にリヴィですら苦笑が漏れた。

 

「今日のおススメ……850ヴァリスッ!?」

 

メニューに書かれた値段を見てひっくり返った声を上げる。ここの値段はかなり割高な事を知らなかったらしい。

 

「気にするな。遠慮しないで食え」

「で、でも……」

「ぎゃーぎゃー騒がれたら俺が困るんだよ。団長命令だ。黙って奢られろ」

 

ジョッキを差し出し、掲げる。遠慮がちにジョッキを手に取り、それを軽くぶつける。

 

「自己紹介がまだだったな。俺はリヴィエール・グローリア。これからよろしく。クラネル」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。多くの方にご指摘されている通り、未だブレブレな剣聖ですが、怪物祭を終えたくらいからしっかりさせるつもりなのでもう少し緩い目で見てやってください。それとお気に入り登録1500件突破記念の番外編ですが、活動報告でアンケートを取ったのですが、あまり求められていなさそうでしたので掲載はとりあえず保留とさせていただきます。引き続きアンケートは募集いたしますので宜しくお願いします。感想欄で書いていただいても結構です。ヒロインごとのストーリーのあらすじを記載しますので、どの物語が読みたいか、ご意見ご要望をお聞かせください。
以下が番外編のあらすじとなります。

ルグストーリー
イチャイチャ温泉旅行回
ウォーゲームで勝利したルグ・ファミリア。格上ファミリアを打ち倒し、屋敷と纏った金を手に入れたルグはリヴィエールと旅行に行きたいと言い出した。特に異論もなかったリヴィエールはその頼みを快諾。旅行先は都市外の温泉地だった…

2.リューストーリー
悪徳企業をぶっ潰せ!
圧政に苦しむ人達を救ってほしい。
とある都市から一人の女性が逃げ込んできたある日、アストレア・ファミリアの噂を聞き、彼らに助けを求めた。求めに応じたいアストレアであったが、その都市で起こっている悪事は規模が大きく、解決にはそれなりの勢力を必要とする案件だった。オラリオも現在、治安の悪い状態である。自分の勢力をあまり割くことが出来ない状況にある。そこで、アストレアは自分のファミリアの中で随一の使い手を派遣し、リヴィエールに同行を依頼する事にした。依頼された当初は断ったリヴィエールであったが、黒幕と思われる人物の名前を聞き、依頼を受諾した。果たして、彼の態度を一変させるような黒幕とは一体……

3.リヴェリアストーリー
家族になろうよ
魔導士として、リヴェリアに弟子入りしたリヴィエール。修行のため、都市外の僻地へと出る事となった。修行の日々を送りつつ、二人の関係を深める中で、リヴィエールはその僻地で自身の歴史に触れる事となる。己の内にある真実が優しい嘘で覆い隠されていた事を知った時、彼が選ぶのは目を瞑る勇気か、踏み込む強さか……

4.アイズストーリー
いつか君のためだけに
まだロキ・ファミリアが中堅程度の規模であった頃、ロキは格上のファミリアにウォーゲームを仕掛けた。誰もがロキの勝利を期待していなかった中で、助っ人としてロキに参戦を依頼されたリヴィエールはこれを受諾。その結果、後にロキ・ファミリアの代名詞となるジャイアントキリングを見事に達成した。戦勝の喜びに浸る中、ロキ・ファミリアの陰謀により、騙されたリヴィエールはアイズと二人きりのデートを強いられる事となる。そんな中で、リヴィエールの過去が彼に牙を剥く。




と、このような感じです。番号、もしくはヒロインの名前でお答えください。出来れば順位をつけてくださるとありがたいです。一位票を10集めたヒロインの順で書こうと思います。求めてねえよ!という意見でも構いません。お待ちしています。
それではこれからも『その二つ名で呼ばないで!』をよろしくお願いします!他作品も連載していますのでそちらもよろしくお願いします!


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