その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth13 お嬢様と呼んでほしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよこの格好」

 

白髪の美男子が疲れたような表情で仕立屋から出てくる。黒を基調とした高貴な燕尾服に白の手袋、紺色のネクタイをつけ、果てはメガネまでかけている。加えて今は白髪。この格好を見てリヴィエールと気づく事はそうそうないだろう。

 

「うわぁ……素敵…」

「…………ヤバ、グッときた」

 

リヴィエールの姿を見て、惚けたような声をレフィーヤがあげる。前々から知っていた事だが、彼はこの手のピシッとした格好が異常に似合う。

 

「変装らしいけど……いったい何をテーマとしたファッションなんだか」

「執事です!!」

 

呟くような小さな声だったにも関わらず、聞きつけたレフィーヤが瞬時に反応する。その派手なリアクションにリヴィエールは若干驚く。

 

「あ……えっと……ティオネさん達からそう聞いてます…」

「…へー、ソーナンダ(棒)」

「いやー、我ながらいい仕事だわ〜。でも、メインはこれからよ。ねえ、アイズ?」

 

仕立屋のドアに隠れた令嬢がティオネに引っ張り出されてようやく姿を見せる。ヒュウと一つ、リヴィが口笛を吹いた。

 

純白の清楚なドレスにつばの広い帽子を被り、日傘を手に持っている。飾り気は控えめだがそれゆえに身に纏う少女の優美さが引き立っている。薄地のドレスのおかげで均整のとれた身体のラインが浮き出ている。日傘はアイズの顔を隠す小道具でもある。

 

「うわ〜、見たくなかった〜〜。綺麗すぎてへこむー……」

「こういう格好させると予想以上よね、二人とも…」

「ほ、ホントにお姫様みたいです……」

 

二人の変装はオラリオに遊びに来た貴族令嬢とその執事、というコンセプトだ。ふたりとも普段の印象とはまるで異なる姿だが、その凄まじく整った容姿のおかげで異常なほど似合っていた。

黄色い声がアイズを包む。どうしていいかわからないアイズはリヴィの背中に隠れ、彼を見上げている。

 

「…………あの……リヴィは……」

 

どう思う?そう聞こうとして、躊躇する。感想を最も聞きたい相手だが、聞くのが怖くもある。そんな不安が表情に出ていた。

 

ーーーーったく……

 

「よくお似合いですよ、お嬢様」

「…………っ!?」

 

耳元で囁いた声により、アイズの顔が一瞬で茹で上がる。クラリと立ちくらみを起こし、倒れた。

 

「っと……お、おい。大丈夫かよ」

 

抱きかかえる。似たような反応はルグにもされた事があるため、迅速な対応ができたが、まさか倒れるとは思わなかった。

 

「…………その格好でお嬢様は反則よ」

 

若干頬を染めたティオネがリヴィエールの頭を小突く。近くにいた彼女には聞こえていたらしい。レフィーヤなど耳まで真っ赤だ。

 

「じゃあ二人とも、デート楽しんできてね〜!リヴェリアには私から言っとくから」

「あ、アイズさんを泣かせたら許しませんからね!!」

「後はよろしくね、リヴィエール」

 

雑踏の中に消えていく三人を見ながら、溜息をつく。はっきり言って付き合いたくないが、今回の件ではロキ・ファミリアに借りができた。エリクサーの報酬に加えて、面倒な交渉を肩代わりしてもらった。おつり分くらいは、このデートごっこに付き合わなければならない。それにまだリヴェリア達の魔石の換金が終わるまでしばらく暇だ。

 

ーーーーまあ、あいつらといなくていい分、少しはマシか。

 

「行くぞ」

「うん……ねぇ、リヴィ」

「ん?」

「…………もう一回、お嬢様って呼んで」

「…………さあ、お手をどうぞ。お嬢様」

 

輝く金色の頭から再び湯気が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の大通りは活気で溢れていた。オラリオでは近く大きな祭りがある。皆その準備、もしくは一足先に露店などを開いているのだ。それでなくともオラリオのメインストリートは普段から焼き菓子や軽食の露店が多く並んでいる。この賑わいも世界最大都市オラリオの日常的な名物の一つだ。

 

その中でたった一つ、日常的と言えない人物たちが存在した。多くの一般市民が出歩く中、歩くだけで注目を集め、どよめきをもたらしている。

縁のないメガネにシックな燕尾服に身を包んだ美男子とその手を取り、隣を歩く純白の令嬢。顔は日傘とつばの広い帽子で見にくいが、纏う雰囲気だけでその美しさがわかる。

 

かつてアイズとリヴィエールは街を二人で歩くだけで注目を集めた。そしてそれは一年という月日が経とうと変わらない事だったらしい。

白髪の執事は嘆息した。コレでは変装の意味がない、とまでは言わないが、望まない状況なのは間違いない。

 

「…………昼食にいたしましょうか、お嬢様」

「う、うん…」

 

じゃが丸君の店が視界に入る。アイズの好物がじゃが丸君だった事を思い出す。そういえば昼も過ぎたというのに昼食を取っていない。何か腹に入れておくべきだろう。

 

「じゃが丸君小豆クリーム味。クリーム多め、小豆マシマシで」

「出たな変わりダネ…」

 

味の好みも1年前と変わっていない。一応店のメニューとして採用されているトッピングだが、この味付けを選ぶ人間をリヴィエールはアイズ以外に知らなかった。

 

「じゃが丸君は塩味が基本だろう。なんで甘くするんだよ」

「美味しいから?」

 

コテンと首を傾げながら答える。オヤジから商品を受け取り、かぶりつく。無表情が崩れ、ふわりとした顔つきになった。

 

ーーーーまあ本人が美味いならいいか…

 

自分はスタンダードなじゃが丸君を食べる。この味も1年前と変わらない。この世には変わっていいものと変わらなくていいものがある。アイズとじゃが丸君は後者だ。

 

不器用なかつての相棒を微笑ましく感じながら、二人はデートを続けた。

軽く食事を済ませ、目立つ事を避けるために歩きながら徒歩での談笑、催し物の見物を中心に行い、慣れてくると野外での競り市や音楽、踊りにも参加した。

ロクなステップを踏めないアイズを執事がリードする。この手の事はリヴェリアにみっちり習った為、体に染みついている。

 

ーーーールグと踊った時を思い出すな…

 

ヘタクソをリードする楽しみに興じつつ、祭り特有の熱気を楽しんだ。

 

日が傾き始め、世界が紅く染まりつつある時間となる。辺りも暗くなってきた。もう執事の演技をしなくとも大丈夫だろう。ネクタイを緩め、メガネを外す。念のため人気の少ない通りを選んで帰路へつく。

 

「リヴィ……疲れた?眠い?」

「ちょっとな」

 

自業自得ではあるが、昨日の睡眠時間も短かった。何度か欠伸を噛み殺していた事にアイズは気づいている。

 

「少し、休んでから帰ろう。あっち」

 

アイズが指をさした先には大きな教会があった。ヘスティアが根城にしているボロ教会ではない。しっかりとした大聖堂だ。フィリア祭が終わるまでは一般に開放されている。

 

「此処は……精霊を祀っているのか」

 

祀っているのが神ではない教会は昨今珍しくない。むしろ神を祀った教会は廃れているとさえ言える。ヘスティア・ファミリアのホームもその一つだ。今現在、本物の神が下界に降臨しているのだから、それも当然と言えるだろう。代わりに日常生活では、見る事がまずない精霊や既に死んだ英雄などを祀る教会がグッと増えた。この教会もそんな内の一つらしい。

 

ステンドグラスの前に大きな精霊像が奉られている。裏には英霊たちの名前が刻まれていた。どうやらこの教会は一柱の精霊だけでなく、多くの精霊を祀った聖堂のようだ。

 

ーーーーん?

 

アルン、サラマンドル、ドリアード、様々な精霊の名前が神聖文字で刻まれている中、一つだけ目を引かれた名前があった。

 

ーーーー…………アリア?

 

指で文字をなぞりつつ、その精霊の名前を呼ぶ。聞き憶えなどないはずなのに、何故かその名に目が吸い寄せられた。心臓が一つ鳴る。

 

ーーーー俺は……この名前を知ってる?

 

わからない。アリアともう一度呟く。すると今度は隣に立つ金髪の少女が脳裏をよぎった。

 

ーーーーなんでアイズが……

 

精霊となど何の関係もないはずなのに……

だが心が、魂が叫ぶ。この子を守れと。この子に祈りを捧げろと。それこそがお前の使命なのだと。目の前のアイズがステンドグラスの光により、神々しく照らされる。思わず見惚れた。

 

「リヴィ、座って」

 

木で作られた長椅子にアイズが腰掛ける。隣を叩いて座る事を促した。半ば夢心地の頭のまま、導かれるようにアイズの隣に腰掛けた。

 

「眠っていいよ?」

「は?」

 

無垢な金色の瞳が白髪の青年を覗き込む。きっちりと揃えた両膝の腿辺りをポンポンと叩く。

 

「ーーーーおい、まさか…」

「ここに寝て。座るところ、硬いから」

 

予想は的中した。膝枕で寝ろという事らしい。ぼぅっとした頭が少し覚める。

 

「誰にそんなの習った……ルグか?」

「ううん、コレはリヴェリア」

「何教えてんだあのハイエルフは……」

 

やんごとなき(笑)め、と憎々しげに心中でつぶやく。リヴィエールにとって、ルグ以外で最も美しく、尊敬している人物が彼女なのだが、同時に最も苦手な相手も彼女だった。遠縁とはいえ、血縁関係にある事も苦手度上昇に一役買っている。幹部三人の中で最も親バカ。そしてこちらの弱点を知り尽くしている。タチの悪さでいえばフィンやロキなど比べ物にならない。

 

「それは流石に……ハズいだろ」

「…………やっぱり恥ずかしいんだ」

 

デートに至る前のリヴィの言葉を思い出したのか、どんよりと沈んだ表情で呟く。言われてみればあの時のフォローをまだしていなかった。

 

「だから違うって。お前が恥ずかしいんじゃなくて、俺がハズいんだよ。その、ホラ、倫理的な意味で!」

「私、気にしないよ?」

「俺がするんだよ」

「…………いや、なの?」

「っと………その」

 

はっきり答えない事を肯定と取ったのか、再び沈み込む。このモードに入ったアイズは果てしなく厄介だ。普段主張しない分、こうなったら絶対に引かない。

 

「わかったよ………少し、借りる」

「ん…」

 

小さく頷く。リヴィエールはそっとその太腿に白い頭を乗せ、長椅子に寝る。

 

ーーーーうわ…

 

初めて感じるのだがどこか懐かしい感触が後頭部に当たる。膝枕など一体いつ以来だろう。最後にされたのがルグだった事くらいは覚えているが、それ以外は思い出せないほど昔の話だった。

 

「眠っていいよ。日が暮れたら起こすから」

「…………ああ」

 

不思議な安らぎと温もりに包まれながらそっと目を閉じる。遠征の疲れが今頃出てきたのか、意識はすぐに闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔は私が寄りかかってばっかりだったね………ううん、今もか」

 

小さな寝息をつくリヴィエールの頭をそっと撫でながらそんな事を呟く。

その顔つきはいつもの無表情だが、膝で眠る少年と同じく、安らぎの色が浮かんでいる事にリヴェリアなら気づくだろう。彼のこんな無防備な姿を見るのはいつ以来だろう。いつも隙の無い彼が自分にだけ時折見せてくれる無防備がアイズは嬉しかった。

 

「戦うときも、遊ぶ時も、いつも私を守ってくれた」

 

一緒に稽古をしたことも、遊んだ事も何度もあるが、先に疲れて眠ってしまうのはいつもアイズだった。彼の肩で眠った事はもう数え切れない。

 

「リヴィ、私ね……ホントはウソだったんだよ」

 

淡々と言いながら優しく白髪をすく。

 

「強いは怖いだって、私だって知ってる。でも強くなるためには仕方ないってずっと思ってて……私は平気なフリをして、大丈夫って言ってた」

 

でも違った。サポーターの人達に怖がられるのは悲しかった。戦姫なんて人に呼ばれる事も嫌だった。

 

「でもリヴィはホントの私に気づいてくれた。ホントは強くなんてない、弱い私を支えてくれた…」

 

弱かった自分に力をくれた。何度壁にぶつかった時もずっとそばで笑っていてくれた。

 

『何をしていてもリヴィの事が頭から離れない?もっと彼の事を知りたい?それはね、アイズ。とても素敵なことなんですよ?』

 

かつてルグが教えてくれたこの感情の名前。それが本当に自分の心にあるのか、あの時のアイズにはわからなかった。しかし今ははっきりと言える。わかる。この気持ちの正体を。言葉に出して言える。

 

「かあ……さん。ルグ」

「ーっ!」

 

一筋の滴が彼の頬を伝う。撫でていた手を退けるとアイズが見たこともない悲痛な……いや、最近一度、そして過去に一度だけ見た表情をしていた。

その涙をアイズはそっと拭う。

「リヴィも……いないんだよね」

 

母親は死んだと言っていた。そしてルグは1年前に失った。今の彼に家族と呼べる存在はもういない。

誰より強く、誰より努力を重ねてきた彼なのに、二度も大切な存在を失ったのだ。

 

「似てる、よね……私たち」

 

人と壁を作るクセも、言葉が足りないところも、戦う事でしか自分を表現できないところも。

 

ーーーー貴方は、一人じゃないよ。だからもう、そんなに頑張らないで……

 

ずっと近くで彼の努力を見てきたアイズはもう彼に頑張ってほしくなかった。仲間を持つ強さを彼は持っていないと言ったけど、そんな事はない。フィンも、リヴェリアも、なんだかんだ言ってロキも、そして自分も間違いなく彼の仲間なのだから。その事を知って欲しかった。頼って欲しかった。

 

「ゴメン……ゴメン」

 

白髪の剣士が謝罪を呟く。ああ、なんで彼が謝らなければいけないのか。この人は何も間違えてなどいないのに。誰より誇り高く、まっすぐな人だというのに。

 

「大丈夫……大丈夫……だよ」

 

白髪を再び優しく撫でる。いつもの無表情を僅かに崩して、微笑む。その甲斐あってか、安らかな寝顔に少し戻った。

 

「今度は私が貴方を守るから」

 

そして眠る青年の唇にそっと優しく唇を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た事があるようなないような、森の中を小さな黒髪の少年が走る。

 

かあさん!

 

突如少年の周囲を炎が覆う。少年の視線の先には二人の人影が炎の中にあった。

 

かあさん!ルグ!

 

影の名前を呼ぶ。走り出そうとしたが、黒い何かが自分を掴んで離さない。

 

待って!行かないで!もう一人は嫌だよ!かあさん!ルグ!

 

炎の中へと消えていく二人に手を伸ばす。しかし二人は歩みを止めない。

 

あの二人を殺したのは貴方よ、リヴィエール

 

耳元で何かが囁く。その瞬間、炎の色が黒く染まる。自分が扱う炎の色だ。幼い少年はみるみるうちに青年へと姿を変える。身体は逞しく、そして髪色は白く染まった。

 

貴方の力が足りないから、あの人達は死んだの

 

違う……

 

そう、違うわ。死んだのは、あの二人自身が弱かったから

 

黙れ…

 

それでいいのよ、愛しい混ざり物。弱者を斬り捨て、強さを嘆き、たった一人、孤高の道を歩きなさい

 

嫌だ…

 

悲愛と憎悪を力にして。嘆きの唄を歌いなさい。貴方はもっと美しくなる

 

知らない…

 

そんな貴方を私は……

 

「愛しているわ」

 

銀の光が彼を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーっ!?」

 

十数分後。

リヴィエールは目を覚ますと同時に飛び起きる。感触の余韻を楽しむ余裕はない。まるで誰かに奇襲を受けたかのように飛び上がった。

 

ーーーー夢、か……

 

「リヴィ、どうしたの?」

 

頬を赤く染めながらも、臨戦態勢に近い姿の彼に戸惑う。自分が感じる限り、敵の気配などは感じられなかったから。

 

ーーーー間違いない。あの視線だ。

 

夢の中に現れた銀の光。そして感じる全身を舐めるような、無遠慮な銀の視線。ぞくりと背中が泡立つ感触。

 

ーーーー外か!?

 

大聖堂から飛び出る。腰の剣の鯉口を切った。しかし周囲を見渡してもそれらしい影は見えない。

 

ーーーー…………?

 

視線が吸い寄せられる。見えるのは天高く聳え立つバベル。そこが気になって仕方がない。

 

ーーーーん?

 

裏通りで何かをしている連中がいる。何故か気になったリヴィエールは気配のする方向へと向かう。

そこにいたのはおそらく冒険者。大きな檻を大人数で運んでいる。檻には見知ったエンブレムが刻まれている。これは恐らく……

 

「ガネーシャ・ファミリア?あいつらこんな所で何を…」

「準備だと思う。ほら、怪物祭の……」

 

ーーーーああ、そういえば近いうちにあるとか言ってたな……

 

ついてきていたアイズがリヴィの独り言に答えを返し、納得する。あの視線の主はこの辺りにはいなさそうだ。速やかにこの場を去る事にする。

 

「帰るか。送ってくよ」

「うん、お願い」

 

人通りの少ない道を選びつつ、黄昏の館へと向かう。帰り道、二人の間に会話はなかった。アイズの沈黙は先ほど自分が行った行為の恥ずかしさによるものだった。そしてリヴィエールは、考え事をしていたため、何かを話すという余裕がなかったからだ。

先ほど感じた視線と怪物祭について、このふたつが何かの事件に繋がるのではないか、そんな事を考えていた。根拠はない。勘だ。人に話せば一笑に付される程度の根拠。それでも無関係とはどうしても思えなかった。そして彼のこの手の勘は外れた事がない。

 

ーーーー今の今まで、ガネーシャ・ファミリアの祭りなんて微塵も興味なかったんだが……

 

少し調べてみるか。

 

幸いな事に当てはある。ガネーシャには一人だけ友人がいる。彼女は信頼できる。生存報告も兼ねて、一度会いに行くべきだろう。

 

最近どん詰まりになっていた自分の歩み。派手に動けないため、宙ぶらりんになりかけていた復讐。それが今日、少し前進した事を7つ目の感覚は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事もなく、無事に黄昏の館へと戻った後、すっかり日が暮れ、空が黒く染まる中、リヴィエールは大きな布袋を肩に担ぎ、木造りの酒場へと歩いていた。

 

ーーーーやっと帰ってこれた

 

嘆息する。本当に長い1日だった。換金し終えたフィンから魔石の金と冒険者依頼の報酬をもらった後、リヴィエールはロキ・ファミリアのホームを後にした。

アイズやリヴェリアにこの後行われる打ち上げに誘われたが、今日はシルの先約があるため、また今度と断った。

 

「今度は、いつ会える?」

 

ネックレスを返しに来たアイズが不安そうな顔で尋ねた。出来ればもう当分会いたくはなかったが、この子相手にそんな事が言えるはずもない。もう一度、ネックレスを預け、また近いうちにと約束した。

 

豊穣の女主人裏口から店に入る。ここの一室を買い取ったリヴィエールはこの従業員専用入り口を使って自室に戻る事ができる。

 

「ただいま」

 

リヴィの自室に物はあまり置かれていない。それも当然だ。ゴチャゴチャと何かを買うタイプではないし、地上にいる期間も決して長くない。一年の半分以上はダンジョンに潜っていると言っていい。彼の部屋にあるのは簡素なベッドと机、そして金庫くらいのものだった。

1年前の事件の折、ここにルグ・ファミリアの金庫を預けた事がある。中の金を治療費と宿泊費として全てくれてやるつもりで置いていったのだが、そんな盗人みたいな真似が出来るかとミアにはっ倒された。

返してもらった自分の金庫だったが、くれてやったつもりの物をもう一度もらう気にもなれなかったリヴィは設えた自分の部屋に金庫を置く事で手打ちとした。

あのボロ教会に置いているよりはセキュリティとしても安全だし、地上での寝泊まりはほぼここでやっているリヴィにとってはここに置いている方が何かと都合がいい。

ヘスティアの借金返済分の金は既にファミリアに置いてきた。ロキ・ファミリアの交渉力のおかげで当分は借金を気にしなくていいぐらいの額になっている。コレでヘスティア・ファミリアにおけるビジネスはとりあえず終わりだ。

 

「…………さてと」

 

燕尾服から普段の和装に着替える。客としてこの店に入るのならあの格好ではいられない。滅多な事ではばれないとは思うが、それでも眼鏡をかけただけの姿が変装になるとは到底思えない。狭い空間で大人数の前に姿を表すなら、顔を隠したいつものスタイルでなければ。

 

フードをかぶり、裏口から出る。少し遠回りをして、豊穣の女主人に客として来店した。

 

「いらっしゃいませ……あら、リヴィ、じゃなくてウルスさん!お待ちしてました!」

 

来客の姿を見て、真っ先にシルが反応する。奥の方にいたにもかかわらず、あっという間に喧騒の合間を縫って目の前に現れた。

 

「シル。気をつけろよ」

 

コツンと頭を拳で小突く。いくら顔を隠していても、こんな大勢の前で名前で呼ばれてはたまらない。だからこの場では彼をウルスと呼ぶ事を店員たちには徹底させている。しかし付き合いが長い弊害か、時々今のように間違われそうになる事がある。

 

「テヘ、ごめんなさい。いつものお席でよろしいですか?」

「ああ」

「かしこまりました。一名様入りまーす!」

 

自然な動作で腕を絡めてくる。彼女のこの手の行動にはもう慣れてしまった為、咎める気にもなれない。腕を引っ張られながら、彼の指定席であるカウンターへと案内される。

 

「よう、来たね。何にする?」

「いつものとツマミを適当に」

「あいよ!」

 

ミアに注文を頼む。果実酒はすぐに出てきた。グッと煽り、今日1日の疲労とストレスを流し込む。

 

「ははっ!相変わらずいい飲みっぷりだねぇ!メシの方もすぐに用意してやるからたっぷり頼みなよ!」

 

すぐに次の酒を用意するようにウェイトレスに指示を飛ばす。次第に豊穣の女主人に活気があふれてくる。

ドワーフが豪快に酒を流し込み、獣人がメシをかっ食らい、ファミリアの子供達が種族を超えて飲み比べをしている。そして、冒険者ばかりの店内に華を添えるウエイトレス。見慣れた豊穣の女主人の夜の姿だ。

 

「オラよ、いつもの!それと今日のオススメだ。じゃんじゃん料理出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよ」

「頼んでないものは出すんじゃねえぞ」

 

このドワーフは放っておくと食い切れない量の料理を頼んでもいないのに勝手に出してくる。この店で食事をするときは、ミアに釘を刺しておく必要があった。

 

「今日はロキ・ファミリアの所で世話になると思っていたのですが…本当に来たんですね」

「リューか」

 

新しい酒を持ってきたリューが隣に腰掛ける。逆隣にはいつの間にかシルが座っている。

 

「仕事は?」

「キッチンは今戦場ですが、給仕は今の所問題ありません」

 

チラリとミアに視線を送る。するとやれやれと言わんばかりに一度頷いた。

 

「それでは、貴方の遠征の成功に」

「お店の料理とお酒に」

「これからの未来に」

 

『乾杯!』

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り登録千五百件突破しました。読者の皆さま、ありがとうございます。千五百件突破を記念しまして番外編を書こうかと思っています。詳しい内容は活動報告で書きますが、まだ誰をメインヒロインにするかを決めていません。キャラごとにストーリーが違いますのでもしリクエストがあればよろしくお願いします。それでは必ず返信いたしますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです

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