その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth11 これで手打ちにしておいて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ろよ、ロキ・ファミリアだぜ」

「遠征から帰ってきたのか」

「アレが『勇者』フィン・ディムナ」

「剣姫にヒュリテ姉妹……一級冒険者がズラリだ」

「あんまり騒ぐな。目をつけられたら潰されるぞ」

 

街がざわつく。人の話し声、羨望、嫉妬、様々な視線が団体に注がれている。いつもの光景だ。これも弱者の武器と理解してはいるが、リヴィエールはこの手の集団が好きではなかった。

 

ーーーーまあ目立つ連中のおかげで俺の存在が見逃されがちなのだけは救いだな……

 

アイズの隣を歩いているにも関わらず、顔を隠した冒険者の存在が目立たない。最悪噂される程度のリスクは覚悟していたため、ココは嬉しい誤算だ。

 

「なんかやだなー、こういうの。ベートは喜びそうだけど」

 

明け透けなアマゾネス、ティオナもこの手の視線はあまり好きではないらしい。性格上、憤りを感じるレベルではないが、不快そうだ。

 

「ヤツもそこまで下品ではないぞ。ヤツなりに第一級の誇りと自覚がある」

 

ティオナの言葉をドワーフの実力者、ガレスが否定する。リヴィエールもその点に関しては同意見だ。野卑な男な事は確かだが、不必要に驕る事もしていない……ハズ。

 

「有名税だ。物事全てに一長一短があり、そして強さには権威がつきまとう。ロキ・ファミリアクラスともなれば尚更な。周りに気を使う必要はないが、それだけの影響力をお前らは持っている事は自覚した方がいい」

「さっすが。たった一人で大手ファミリアにまで登りつめた男の言う事は説得力が違うね」

「おい……」

 

ティオナを止めようとリヴェリアが一歩前に出たが、リヴィエールの手がそれを制する。他の誰かが言ったのなら揶揄されたとも取った発言だがティオナに限ってそれはない。表現が拙いだけで心からの賞賛な事はわかっている。なら波風を立てる必要もない。気にしていないと、手を振った。

 

そうこうしているうちに広場に着く。ここで各々手分けして戦利品の売買を行うチーム分けがなされるのだ。

 

「僕とリヴェリアとガレスは魔石の換金に行く。みんなは予定通りの目的地に向かってくれ。今回世話になったリヴィエールへの報酬もある。換金したお金はどうかちょろまかさないでおくれよ?ねえ、ラウル?」

 

ーーーーうわ、すげえな

 

よくこいつら相手にそんな事をやる気になったと感心した。この手の管理は自分はかなり杜撰な自負がある。多少ちょろまかされてもおそらくリヴィエールなら気づかない。しかし相手が悪すぎる。何にでも細かく、超がつく几帳面、リヴェリア。彼女相手にウソが通じた事は殆どない。よくやる気になったものだと少しラウルの評価が上がった。悪い意味で。

魔が差しただけだと必死に言い訳している。それもきっと真実だ。大金は人を惑わせる。リヴィエールのバックパックの中身は最低価格で予想しても恐らく一千万は超える。換金を個人的にリヴェリアが担当しなければ無理やりにでも返してもらっていただろう。事実、リヴェリアが売買を担当しないドロップアイテムに関しては先ほど返してもらった。

 

「リヴィエールさん、チョロまかしたりしませんよ!信じてください!」

「信用ってのは積み重ねるのは手間だが壊すのは一瞬なのだよ、ラウル君?」

 

ドロップアイテムが入った巨大な皮袋を背負い直す。手伝うとアイズが言ってきたがやんわり断る。女に自分の荷物持たせるくらいならラウルにちょろまかされる方がマシだ。

 

「じゃあ一旦解散だ。リヴィエールはアイズ達と一緒にディアンケヒト・ファミリアに行ってくれ。エリクサーはそこで貰える」

「やっぱりか……」

 

予想どおりと言えば予想どおりだが……いや、やめよう。今日1日は付き合う覚悟をしてきたハズだ。今更ごちゃごちゃ言える立場ではない。ならサッサと行ってサッサと済まそう。

 

「なにボーッとしてるのよリヴィエール。さあ、私たちも行くわよ。ドロップアイテム、盗まれないでよね」

「誰に向かってほざいている」

「というかロキ・ファミリアに喧嘩を売る人は流石にいないんじゃあ……」

 

オラリオに住まう人間でロキ・ファミリアの力を知らないものはまずいない。レフィーヤの考えは概ね正しいと言えるだろう。

 

「用心よ、用心。頼りにしてるからね、リヴィエール……って、もう」

 

同行者の名を呼んだ所、近くにいない事に気づく。振り返ると自分達について来ておらず、腰に手を当てて俯き、息を吐いていた。気落ちしている彼を慰めるようにアイズが頭を撫でている。

 

「アイズー!リヴィエール!行くよー!」

「ほら、リヴィエールさん。頑張って」

「うん、行こう、リヴィ」

「……はぁ」

 

アイズとティオナに手を引っ張られ、レフィーヤに背中を押されてようやく歩き出す。その姿はまるで買い物に付き合わされた兄が妹達に引っ張られるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドロップアイテム

 

ダンジョンでモンスターを討伐した時に得られるアイテムの事を指す。通常、モンスターは討伐されれば灰化する。しかし一部は残る物も存在し、それらは武器や防具の素材に利用されている。

デュランダルの特性を持つカグツチを愛刀にし、纏うローブも少し特殊なものである為、リヴィエールはそれらの目的でドロップアイテムを用いる事がまずない。故に全てギルドの最低価格で売っぱらっている。しかし有力なファミリアはファミリア同士の取引により相場以上の価格で交渉し、莫大な利益を上げている。

 

「ラウル達、しっかり交渉してお金とってくるからすごいよね。あたしは騙される自信があるなー」

「勉強込みでそれなりに痛い目にも遭ってきてるのよ、団長の指示でね。あんたは何も学ぼうとしてないだけ」

 

それプラス、ロキ・ファミリアというビッグネームもかなり手伝っているだろうとリヴィエールは推察する。権威というのは商談で大きな武器となりうる。ルグ・ファミリアに所属していた時がそうだったからわかる。有力ファミリアは深層の貴重な資源を持ち帰れる数少ない源だ。まっとうな商人達は詐欺まがいの行為で彼らの怒りを買い、取引相手から外されることを恐れる。

 

「まずはこっちの用事を済ませちゃっていいかしら?」

「俺はオマケだ。好きにしろ」

 

ありがとう、と礼を返してくるティオネを見て、本当に変わったなと思う。昔はアマゾネスの典型と言える性格と態度だったのに。今でも時折顔を見せる事はあるが、すっかり女性らしくなった。少し見ない間に女は化けると再認識。

 

しばらく歩くと見覚えのある建物の前に到着する。清潔な白一色の石材で作られた建造物。

【ディアンケヒト・ファミリア】

光玉と薬草のエンブレムを持つ薬品のファミリア最大手。

 

「いらっしゃいませ、ロキ・ファミリアの皆様」

 

出迎えたのは身長は150Cに届くかどうかという小柄な体をした美しい少女。お人形さんのように可愛いとは彼女の為にある言葉のようにさえ思える。それほど整った容姿と可愛らしさを持つヒューマンだ。名はアミッド・テアサナーレ。ディアンケヒト・ファミリアに所属する団員。アイズ達だけでなくリヴィエールともそれなりの付き合いがあった。

 

「アミッド、久しぶりー」

「……と、そちらの方は………」

 

少女が見慣れぬフードの男にに視線を向けた。一瞬訝しむような表情を見せた後、フードの奥のエメラルドの光が彼女に届いた。

 

「えっとね…」

「…………まさか…」

 

できるだけ存在は隠してほしいと言われているティオネはこのローブの男をどう説明しようか、数秒逡巡した。その間にアミッドはフードの人物の正体に心当たりがついたのか、驚愕の表情で彼を見る。瞳には動揺と歓喜、そして疑心が渦巻いていた。

 

「リヴィエール………様?」

 

ティオネ達がギクリとした表情を見せる。成長しても嘘をつけないところは変わっていないか。

 

ーーーーやれやれ、隠しても無駄……かな

 

「……久しいな、アミッド」

 

観念してフードを外し、マスクを取る。この姿でよく気づいたものだ。完全に素顔をさらしたことで、人物の正体に確信を持ったアミッドは目を見開き、口元に手をやる。整った美貌が歓喜と驚愕に揺らいだ。

 

「リヴィエール様!」

 

一直線に走ってくる。ペタペタとリヴィエールの身体を触った後、両手で再会を果たした白髪の来訪者の片手を握りしめた。

 

「腕を失うような大怪我はしてないみたいですね」

 

ホッと息をつく彼女を見て納得する。ペタペタと触ってくるから何のつもりかと思っていたらそういう意図だったか。

 

「いっそ、していたらもう少し楽だったんだがな……」

「そんな事、冗談でも言わないでください」

 

無表情が常の彼女にしては珍しく、怒ったような顔で彼を睨む。その目はリヴェリアが自分に向けてきたモノとよく似ている。眉を寄せたまま、額を彼の胸にコツンとつけた。

 

「ーーーー良かった……本当に……本当に良かったです」

 

きらりと光るものが目じりに浮かんだのを見て驚く。それなりに付き合いはあった相手だが、ここまで喜ばれるとは思っていなかった。

 

『あなたの事を心配している人は貴方が思っているよりずっと多いんですよ!』

 

自分の服を握りしめ、俯く少女の姿を見て、かつてルグが自分に言ったことを思い出す。あのときは確かソロでウダイオスと戦い、それなりに大怪我をして帰った時だった。アイズには泣かれ、リューとリヴェリアには相当怒られた。

 

ーーーーああ、くそ。また揺らいだ……

 

胸が熱くなり、黒炎が揺らいだのを感じ取った。目を閉じ、いかんな、と首を振る。彼女達と関わりだして以降、決心が鈍りっぱなしだ。ルグは俺に自由に生きろと言ったが、俺は今何をしたいのか、最近じゃ俺自身よくわからない。

 

「アミッド」

 

底冷えのするような声が響く。決して大きな声でもなく、恫喝するような声でもないのに、二人の体に恐怖の寒気が奔った。

 

「そろそろ離れるべき」

 

彼との再会がどれほどの喜びであったか、彼女の心がよくわかったアイズはしばらくアミッドを放置していた。しかしもう乙女の情けも時間切れになったらしい。リヴィエールの左腕をつかんで後ろへと引き込んだ。体がよろけ、アミッドから引き剥がされる。小柄な少女も真っ赤になってリヴィエールから離れ、何度か咳払いした。

 

「お久しぶりです。事件のことは耳にしています。本当にご無事で何よりです。心配していました」

 

白銀の髪の少女がこちらを見上げる。表面的にはいつもの無表情に戻っていたが、頬に差した朱色はまだ引いていない。感極まったような感情がありありと現れている。同時に目と眉は心配そうにこちらを見つめていた。

 

「……悪かったな。顔くらいは一度見せておくべきだったと反省してるよ。心配かけてすまない」

「いえ、生きているというお噂は耳にしていましたので………心中、御察しします」

「心配するな。大丈夫だ、問題ない」

 

大丈夫でなくても絶対このセリフを言う男であることはここにいる者なら全員が知っていた。白銀の髪の少女の眉が下がる。視線は白くなった艶やかな彼の髪へと向けられていた。

 

ーーーー大丈夫なわけ、ないじゃないですか……

 

頬へと手を伸ばし、リヴィエールの髪に触れる。何よりも黒く、美しかったあの髪がすっかり色を失っている。コレほどの辛苦がかつて…いや、今もきっと苦しんでいるハズなのに、彼はそれをおくびにも見せない。あの嘘の笑顔で隠してしまう。隠される事がアミッドは悔しかった。

 

「アミッド……」

 

触れてきた手を握り、見つめる。彼女の態度に少なからず驚かされた。それほど深い繋がりはなかったつもりだったのに、こんなにも想われていたとは。アミッドはつま先を伸ばし、リヴィは背中をまげて屈む。少しずつ二人の距離は縮まっていき……

 

ダンッと何かを踏みつけたような音が二つ鳴る。同時にビクっとリヴィエールの肩が震えた。

 

左右にはヒュリテ姉妹。後ろにはアイズが彼を取り囲んでいた。

両足を思いっきり姉妹に踏みつけられ、背中はアイズが抓っている。幾ら最強という名にふさわしい力を得ても皮膚と足の指先は鍛えられない。思わず身体が飛び上がるほどの痛みだった。

 

「さっきから随分いー雰囲気じゃない?リヴィエールくん?アイズという者がありながら」

「そういえば意外とナンパだったわよねぇ、色男のリヴィエールさん?」

「…………ガキくせえことしてねえでとっとと用を済ませろ」

 

ヒュリテ姉妹の首根っこを掴んでカウンターの前へと放り投げる。背中をつねっていたアイズもその右手を取った。眉を寄せてこちらを見上げている。機嫌をとる為に頭を撫でた。

 

一年ぶりのその光景に、アミッドの顔に微かに笑みが浮かぶ。リヴィエールの視線を受けて、一度頷くと、助け舟を出すように仕事の話を切り出した。

 

「本日のご用件は、引き受けて頂けた冒険者依頼の件で間違いないでしょうか?」

「ええ。今は大丈夫?」

「申し訳ありませんが、今は商談室が空いていませんので、カウンターでよろしいでしょうか?」

「構わないわ」

 

アミッドに案内されて建物内を進む。まだ不機嫌なアイズはリヴィエールに引っ張られてようやく歩き始めた。

 

「これが注文された泉水。要求量も満たしている筈よ。確認してちょうだい」

 

ティオネが泉水の詰まった瓶をカウンターに置く。アミッドも鑑定を始めた。まさかロキ・ファミリアが嘘をつくとは思ってないだろうが念のためだ。

 

「確かに……依頼の遂行、ありがとうございました。ファミリアを代表してお礼申し上げます。つきましては、こちらが報酬になります。お受け取りください」

 

カウンターに出されたのは二十もの万能薬。七色に輝くその液体は万能の名に恥じない効果がある。今目の前に並んでいるそれは間違いなくディアンケヒト・ファミリアが販売するものの中でも最高品質だ。その見事さに自身も薬を調合するリヴィエールは口笛を鳴らした。

 

「流石単価五十万。壮観だな」

「うっはぁ〜…コレだけあったら豪邸建っちゃうね」

「綺麗……」

 

十本ずつクリスタルケースに厳重密封されたそれを、ティオナとレフィーヤが持つ。レフィーヤの手が震えているのは無理ないことだろう。

 

「アミッド、実は深層で珍しいドロップアイテムが取れたの。ついでに鑑定してもらってもいいかしら?いい値を出してくれるなら、ここで換金するわ」

「わかりました。善処しましょう」

「ありがとう。リヴィエール、貴方も出して。アレ、持ってるんでしょ?」

「あれ?…………ああ」

 

ティオネは、長筒の容器から巻物のように収納していたドロップアイテムをアミッドに差し出す。長筒を見てアレとは何か思い出したリヴィエールも皮袋から取り出した。

 

「……これは」

「『カドモスの皮膜』よ。冒険者依頼のついでに、運良く手に入ったわ」

 

滅多に出回らないドロップアイテムを前にして、彼女は手袋をはめ丁重に目を通し始めた。

『カドモスの皮膜』。頑強な防具の素材になり、また回復系のアイテムの原料としても重宝されている。しかるべきところに持っていけば600万ヴァリスはくだらないドロップアイテム。商業系のファミリアからすれば、その稀少性もあって、喉から手が出るほど欲しい逸品の一つだ。

 

「……本物のようです。品質もどちらも申し分ありません」

「そう。それで、買値は?」

「お一つ700万ヴァリスでお引き取りしましょう」

 

まあ、そんなところか、と言おうとした瞬間、口を塞がれる。大体適正価格だった為、リヴィエールとしては異論なかったところだったのだが、次の瞬間ティオネから放たれたのはあのリヴィエールをもってして驚愕せしめる額だった。

 

「1500」

 

緑柱石の瞳を見開く。ふっかけもあるのだろうが倍以上の額を提示してきた。その胆力に度肝を抜かれる。アミッドも耳を疑うように「は?」と言った。この少女にしては珍しいキョトンとした表情だ。

 

「ひとつ1500万ヴァリス」

「「「っ!?」」」」

 

提示した額は聞き間違いではなかった。もう一度言ったその言葉に、三人も目を剥いた。

レフィーヤの手から万能薬が入ったクリスタルケースが滑り落ちる。反応出来たのは一級冒険者の中でも随一の反射神経を持ったアイズとリヴィエールのみ。位置の問題でリヴィエールは間に合わなかったが、アイズがギリギリでキャッチ。大惨事は何とか未然に防いだ。

挑戦的な笑みを浮かべるティオネに、流石のアミッドも、肩を揺らした。動揺しているらしい。

 

「お戯れを……800までなら出しましょう」

 

一瞬漏れ出たアミッドの動揺はもう見られない。交渉のキモは強気だ。少しでも弱みを見せれば即敗北に繋がる。

 

「アミッド、あなたの言った通りこの二つの皮膜の品質は申し分ないと私も思うわ。今まで出回ったものより遥かに上等だと自負できるほど……1400」

 

数多の戦いをくぐり抜けてきたリヴィエールすら経験したことのない水面下の静かな熱い戦い。まるで初めて剣を握ってモンスターと対峙した時のような緊張感だ。

権力を笠に着ているワケではないのだろうが、あまりに圧力的な態度に、双子の妹が小さな声で姉を静止する。

 

「ちょっ、ちょっとティオネっ?」

「私達は団長から『金を奪ってこい』と一任されているのよ?リヴィエールの交渉も君に任せるって。これは団長が私に与えてくれた信頼の証よ。半端な額で取引するつもりは毛頭ないわ」

「流石にそこまでは言われていません!?」

「俺は最初の額でも特に異論ない「あ゛?」…………ナンデモアリマセン」

 

ティオネの背後に炎が見える。

リヴィエール、アイズ、ティオナ、レフィーヤの目にはアマゾネスの炎が見えた。

 

ーーーーもっ、燃えている!想い人(フィン)に褒められたい……アマゾネスの本能がティオネの中で燃えたぎっている!!

 

リヴィエールにはこの二人以外でアマゾネスの友人が一人いるが、こんな姿は見た事がない。コレがアマゾネスの本質だというなら、女の二面性の恐ろしさを見くびっていたと認めざるをえない。

 

挑発的にカウンターに肘を置いて身を乗り出してくるティオネ。アミッドも彼女から視線を逸らさない。強気と強気のぶつかり合いだ。自分なら耐えられない。戦闘の胆力とは種類の違うものが求められる。我ながら相当面の皮は厚いつもりだったが、女と比べては彼の面の皮などペラペラだと思い知らされた。

 

「850。これ以上は出せません」

「今回殺り合った強竜は活きがよくてね、危うく死にかけたわ。私達の削った寿命も加味してくれるとありがたいんだけど?1350」

 

ーーーーいけしゃあしゃあと…

 

実にムカつく顔で息を吐くように嘘をつく。今回の『カドモスの皮膜』は本当に幸運で手に入れたもの。新種が倒してくれていた為、労せず手に入れられた拾い物に過ぎない。それをよくもまぁ。

 

「も、もういいってティオネ。あのなアミッド。実はコレひろ「あ゛ン?」……ごめんなさい」

 

心の弱い者なら殺せる程恐ろしい殺気のこもった目で睨まれる。

 

『余計なことすんなら下がってろ』

 

常人には聞こえない程度で呟かれたその言葉はセブン・センスを持つリヴィエールなら充分に聴き取れる音量だった。そのあまりに暗く、冷たい言葉に圧倒されたリヴィエールはたじろぐように二、三歩下がり、カウンター席に座る。久しぶりに恐怖で震えた。泣きそう。

 

「…………」

 

視線を感じる。怯えた心が伝わったのか、アイズが心配そうにこちらを見ていた。

 

「…………(フワッ)」

 

両腕を広げ、白い頭を胸の中に抱きしめてくる。

 

「…………なにしてんの?」

「どう?」

「どうと言われますと?」

「落ち着いた?」

「…………」

「男の人が怖がってたら心音を聞かせてあげるといいって言ってたから」

「…………予想はつくが聞いとくか。だれが?」

「ルグ様」

「やっぱり」

 

幼い頃、森が焼かれる夢を見た時、この方法で何度も荒れた心をルグに落ち着かせてもらった。

 

どっ、どっ、どっ……

 

人を落ち着かせるには随分早い鼓動音が聞こえる。人の心音なんて聞いたのはいつ以来だろう。なるほど、確かに落ち着く。波立っていた心が凪に戻っていくのが感じられた。

 

「よしよし……」

「…………よしよしはよせ」

「でも、リヴィは昔、私によくよしよししてくれた」

「それはお前……ああ、もういいや」

 

今はこの心地よさに身を委ねていよう。ティオナはニヤニヤしながら、レフィーヤは羨ましいような、妬ましいような、複雑な表情で二人を見ていた。

 

「元気、出た?」

「…………まあ概ね」

 

そんな空間を置き去りにして商談は続いていく。アミッドは考えこむ仕草の後、迷いつつも口を開いた。

 

「……私の一存では決めかねます。少々お待ちを。ディアンケヒト様とご相談して参ります」

 

アミッドが中に入っていこうとする。しかし交渉において相手に時間を与えるというのは下策中の下策。それを許す今のティオネではない。

 

「あら、じゃあここでの換金は止めときましょうか。時間もないし、もったいないけど、他のファミリアに引き取ってもらうことにするわ」

 

動きを止めるアミッド。笑うティオネ。

外野がすっかり置いてきぼりにされる中、人形然とした美しさを持つ少女は諦めたように小さく息をついた。ゲームオーバー。ティオネの勝ちだ。それぐらいはリヴィエールでもわかった。

 

「1200……それで買い取らせてもらいます」

「ありがとう、アミッド。持つべき者は友人ね」

 

今の台詞は本心からなのだろうが、今のリヴィはティオネの言葉が色んな意味で信じられなかった。それはきっとアミッドも一緒だろう。また一つ嘆息していた。

カウンターの奥から他の団員を呼び、買い取り額分の金が用意される。合計2400万ヴァリス。重量感溢れる袋が4つ分、カウンターに置かれた。

 

「なんか悪かったなアミッド。俺の分まで……今度、お前んとこのクエスト受けてやるから」

「本当ですか!?約束ですよ?また必ずお店に来てくださいね?言質はいただきましたから」

「ああ、また必ず。近いうちに」

 

小指を出す。誰かと約束をする時の彼の所作。指切りという東方の誓いの作法だ。昔、アミッドもリヴィエールに教えてもらった。そして当然、アイズも。

 

お互い小指を絡めあう。ドギマギするアミッドの傍ら、リヴィエールは柔らかな魅力的な笑みを浮かべる。無表情の人形めいた美貌に朱が差した。

 

「ゆーびきーりげーんまっ!?」

 

歌っている最中に後ろへと引力が働く。引力の元はもちろんアイズ。ムーっと音がなる程、頬を膨らませていた。眉にシワがより、不機嫌そうな顔つきで二人を睨んでいる。

 

「アミッド、私からも謝る。ゴメン」

 

いつもの声音だが、尖らせた口と頬は直っていない。謝罪は心からのものだった。しかしそれとこれとは別という事だろう。

 

「…………いえ、足元を見てクエストを発注したのはこちらが先ですので……それに、素敵な思い出と約束もいただきましたから」

 

小指を立て、唇を軽くつける。頬に朱が差した艶やかな顔で、リヴィエールは気づかなかったが、挑戦的な色合いもこもった笑みをアミッドはアイズに向けた。

 

指切り(コレ)で手打ちにしてあげますよ」

 

その笑顔は同性のアイズの目から見ても、魅力的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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