その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth10 知っていると言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.5

力:D 549→D 555

耐久:D 540→D 547

器用:A 823→A 825

敏捷:A 821→A 822

魔力:A 899

発展アビリティ

狩人:G 

耐異常:G 

剣士:I

 

自分に与えられた一室で、一枚の用紙を見て、真っ先に思った事は低すぎる、だった。約二週間の遠征から帰還し、ロキにステイタスを更新してもらった。その紙は今彼女の手の中にある。

 

紙を握りつぶし、ベッドに倒れる。この結果について特に驚きはない。ダンジョンでリヴィエールに言ったように、もう自分はレベル5において頭打ちなのだ。今までだって似たような経験をしている。だから次に必要な事にも気づいていた。

 

ーーーーランクアップ……

 

必要なのはLv.の上昇。より高次な器への昇華。壁を乗り越え、限界を超える。

 

より強く。

もっと強く。

更なる力を得るために。

遥か先の高みへと至るために。

悲願をかなえるために。

そして彼の隣で今度こそ彼を守るために!

 

『前だけ見て走ってたらつんのめっていつかコケる。コケた本人が言うんだ。間違いない』

 

脳裏に彼の言葉が蘇る。強さを求め、焦る自分にかけられた心からの忠告。続いた。

 

『俺のようにはなるな』

 

今までリヴィエールの忠告で間違っていたものなどなかった。だからきっと今回も……

 

ーーーーそうなのかもしれない。でも……

 

恋い焦がれ、憧れ続けたあの背中は、また現れてくれた。以前より遥かに強い力を身につけて……

 

ーーーーそれでも……

 

「……それでも貴方の傍に居られるのなら私は……」

 

ベッドの上で拳を作る。金色の瞳は見慣れた天井を反射していたが、見ている者はまるで違う。幻視していたのは白い髪にエメラルドの瞳を持つ剣士。

 

部屋の中に風が舞い込む。カサリと何かが揺れた。

 

ーーーーあっ……

 

調度品の少ないアイズの殺風景な部屋の中に今日、ファミリアからもらったスタンドが新しく飾られた。そこにかかっているのは彼の髪と同じ色をした純白のサマーハット。自分の顔を隠すためという理由があったとはいえ、彼が初めて自分に買ってくれた装飾品。

 

白い肌が朱に染まる。あの時は紅くなった自分の顔を隠すためもあり、すんなりと身につけられたが、今やもう被れる気がしない。もしこれを身に付けて外に出て、破れたりしたら……考えただけで恐ろしい。彼との形ある再会の証。初めて彼が自分のために買ってくれたプレゼント。ポーションなど、アイテムを貰ったことは何度かあるが、このような女性向けのプレゼントなどされたことはなかった。コレが失われるなど考えられない。

眺めているだけで幸せだったが、自分の中である一つの欲が生まれた。帽子を手に取り、胸に抱く。背筋にゾクリと寒気が奔った。これを快感だと、純粋培養で育った金色髪の少女は知らない。それでも女の本能で、無意識に腰が動いた。

 

ーーーーリヴィの匂いがする……

 

帽子を買った時、彼も被っていた。そのせいか、幼い頃に何度も感じた香りが僅かに感じられた。帽子を抱いたまま、ベッドへと倒れ込む。

 

「リヴィ……」

 

彼の匂いが感じられるのに、彼自身がここにいない。それが言いようのない不安に駆られた。

 

目を閉じる。明日になればまた彼に会えるのだ。なら早く寝て早く明日になろう。

 

そう自分に言い聞かせる。しかし彼の匂いを感じられるからか、眠気は中々訪れない。

 

ーーーー誰よりも強さを求め、誰よりも強いリヴィエール。

 

彼はまだ強さを求めているのだろうか……つんのめっていつかコケる。彼自身がそう言っていたにも関わらず、それをやめないあの剣士は。

 

ーーーーそんな事はさせない。そして多分、私もそんな事にはならない。だって彼が言ってたから…

 

『ずっと見てるから。今度は俺が待ってるから』

 

自分がコケそうになったらきっと彼が、そうでなければ仲間たちが助けてくれる。甘えかもしれないが、その確信はあった。

 

ーーーーそっか……だからリヴィは…

 

『お前は俺なんかよりよっぽど強えよ』

 

私が、じゃない。私たちが、だったんだ。仲間がいる事。それもきっとその人の強さの一つだ。一人の強さで勝てなくても、二人の強さなら勝てるかもしれない。自分には自分を支えてくれる仲間がいる。

 

あの言葉の意味がようやくわかった。わかったからこそ、また言いようのない不安に駆られる。彼には仲間がいない。新しいファミリアの構成員も自分一人だと言っていた。誰より強いリヴィエールだが、支えてもらえる強さは持っていない。その事にも気づいてしまったから。

 

ーーーーっ!!

 

ベッドから降りる。じっとしていられなかった。彼がどこに居るかはわからないけど、明日、どこに現れるかはわかる。

 

今度は私から会いに行こう。1秒でも早く彼に会うために。朝という指定しかなかった為、今からだとかなり待つ事になるだろう。しかし時間は大して気にかからなかった。待つ事には慣れている。あの狂おしい一年間に比べれば、終わりある数時間などなんの障害にもならない。いや、障害どころかこれ以上幸せな時間もない。

 

預けられたネックレスを手に取り、黄昏の館から出る。もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー声が聞こえる………幸せな物語を読み聞かせる優しい声。

 

遠い昔に聞いた、懐かしいあの声…

 

薄闇の中にいたアイズの視界が少しずつ明るくなっていく。光の中にいたのは膝の中に小さな少女を抱く光に煌めく蜂蜜色のロングヘアの美女。

 

【この物語は好き?】

 

美女は少女に語りかける。少女は満面の笑みで頷きを返した。

 

ーーーーお母さん

 

【私もよ。あの人のおかげで幸せだから】

 

母親は娘を優しく抱きしめる。娘も母に寄りかかった。

 

【いつか貴方も素敵なヒトに出会えるといいね】

 

視界が再び暗転する、その時、最後に一瞬見えたのは、オラリオのとある一角で、膝を貸してくれながら、木でできた笛を奏でてくれる黒髪の彼の姿だった。

 

 

 

今度は暗い洞窟の中。迷い込んでしまった少女は途方に暮れて座り込んでいる。

 

ーーーーっ!?

 

重量のある足音と荒々しい息遣いが聞こえてくる。まだ戦士でない少女でも分かるほどのハッキリとした危険の気配。

現れたのは明らかな異形の怪物。少女の姿を認めた怪物は喰い殺さんと牙を剥き出しにして襲いかかる。

 

あまりの恐怖に少女が腰を抜かしたその時、モンスターは袈裟懸けに両断された。倒れ伏す怪物の背後にいたのは白髪の青年。少女の父だ。

 

泣きながら少女は父に飛びつく。青年も笑顔で娘を優しく迎えた。

 

【私はお前の英雄になることは出来ないよ。私にはもうお前のお母さんがいるから】

 

父が語るのは永遠の愛。二人ともお互いに出会えたことで幸福を得た。愛する片翼を大切にし、そして何より娘を愛している事が幼い少女にもわかった。

 

青年の姿が変わっていく。白髪は黒く染まっていき、服装はローブに和服というゆったりとした装い。黒い細身の剣を腰に差した、あの剣聖の姿に。

 

【いつかお前だけの英雄に巡り会えるといいな】

 

視線に気づいたからか、こちらの方を若者が振り向く。その顔はこちらの胸を高鳴らせるには充分すぎるほど魅力的な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーん………

 

薄闇の視界が少しずつ光に染まっていく。この光を自分は知っている。朝日だ。どうやらもうすぐ日が昇るらしい。

 

まどろみの中、夢誘うような穏やかな旋律が金色の髪の美しい少女を包み込む。その音色はまるで誰かの腕の中で自分を優しく抱きしめるかのよう。

 

少しずつ意識が浮上してくる。自分が眠っていたことに気づく。そして直前までの行動を思い出して慌てて目を開けた。

約束の場所に着いた安心感からか、彼を待っている間にどうやら眠ってしまっていたらしい。飛び上がる勢いで跳ね起きる。

 

ーーーーあっ……

 

まず視界に入ったのは朝日だった。オラリオ全体を光で染め上げるその白い光は例えようもなく美しい。比喩抜きでその眩さに目が潰れそうだと思った。視界が白く染まる。

 

光に慣れるまで目がその機能を失っているうちに、今度は耳に旋律が届く。とても美しい穏やかな音色。かつて何度も聞いた事がある。

 

アイズがロキ・ファミリアに入団して間もない頃、今思えば10割こちらが悪い一方的な喧嘩でファミリアを飛び出した事が何度かあった。

そんな時、泣きながら駆け込んだのが、プラチナブロンドのロングヘアの女神、ルグとその美しさゆえに性差の乏しい黒髪の美少年が根城としているホームだった。その少年の胸の中にいつも飛び込んだ。

 

その時、少女は決まって彼にある事をせがんだ。少年は仕方ないなという表情で笛へと手を伸ばす。泣いている少女のために少年はいつもこの音を奏でてくれた。彼は優れた剣士であると同時に、楽士でもある。いつも演奏が終わる前に眠ってしまったのだが……

彼の胸の中で体を預けて眠り、目が覚めた時、優しい笑顔と声音で『おはよう、アイズ』と彼が言ってくれるあの瞬間がたまらなく好きだった。

 

目が視力を取り戻す。光の中にいたのは夢に何度も見た青年。細い棒のような物を横に傾け、息を吹きかける事で鮮やかな音色を奏でている。楽器の名前を聞いた所、龍笛と言っていた。

 

『いつか貴方も素敵なヒトに出会えるといいね』

 

母の言葉が蘇る。母は出会えた。そして私も出会った。

 

『いつかお前だけの英雄に巡り会えるといいな』

 

父は母だけの英雄となった。そして自分も自分だけの英雄を見つけた。

 

視線に気づいたからか、笛の音を止め、こちらを振り返る。夢の中の彼と何一つ変わらないその優しい笑顔。何一つ忘れていない彼の所作。変わった事はたった一つ。艶やかな黒髪が父とよく似た白い髪になった事だけだ。

 

「おはよう、アイズ」

 

さすがにあの頃とは違う。お互い成長し、大きくなり、風貌も声も変わった。しかしそのセリフは昔、彼の演奏を聴きながら眠ってしまった時、彼が向けてくれた笑顔と言葉とまったく同じで…

 

ーーーーああ、その言葉がまた聴ける事がこんなに幸せだなんて……

 

「ありがとう、リヴィ」

 

お礼を言わずにはいられなかった。何でも知ってる彼にしては珍しい、頭にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげる。お礼を言われる意味がわからなかったのだろう。普段凛々しい彼のあどけない仕草に愛しさが募る。

わからなくてもいい。ただ言いたかった。

 

ーーーーお父さんとお母さんの夢を見せてくれてありがとう。私と出会ってくれてありがとう。そして……

 

「私の英雄になってくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丘に着いた時、アイズは膝を抱えて眠っていた。その姿があった事に心底驚く。まだ日が昇り始めて間もない、明け方と言って差し支えない時間帯。明日の朝とアバウトな時間指定しかしなかった為、アイズより遅れる事がないようにとかなり早く来たつもりだったのに、先を越されていた事に驚いた。

 

ーーーー寝顔はまだまだあどけないな……

 

この一年でグッと大人びたアイズだが、こうして無防備に寝ている姿は昔となんら変わらない。

 

心地よさそうな彼女の寝顔に昔を思い出す。何度かくだらない子供らしい理由の喧嘩でファミリアを飛び出して、ウチのホームに来た事があった。泣き疲れた彼女は決まって自分の笛をせがんだ。彼女を落ち着かせる為に一度、この子の前で吹いたのがいけなかった。

吹かないといつまでも泣くので仕方なく吹いていたのだが、アイズはいつも途中で寝てしまった。その度に満足感と同時に一抹の虚しさがあったものだ。

 

『きっと泣き疲れたんですよ。私の耳にかけて保証します。素晴らしい演奏でした、リヴィ。心に響く旋律でしたよ』

 

この言葉をルグから貰えて初めて安堵したものだ。

 

ーーーー起こすのもアレか

 

これ程早く来ていたのだ。おそらくロクに眠ってはいまい。寝かせておいてやろう。

 

懐に手を入れ、木に寄りかかる。自然に起きるのを待つつもりだったが、何もしない時間というのは思ったより退屈だ。

 

ーーーーそういえば……

 

懐の中の笛の存在を思い出す。幼い頃からずっとそばにあったものの為、いつも懐に入れて持ち歩いていた。過酷なダンジョンの冒険でも、あの惨劇の夜を経ても、この笛は壊れなかった。リヴィエールにとってはお守りのようなものだった。

ハイエルフの中には音楽を趣味にしている者がいる。リヴィエールの母もその一人。横笛の名手だった。今、懐にある龍笛とその腕は母から残された数少ないモノの一つだ。

 

ーーーーあの夜からしばらく吹いていなかったが……

 

眠るアイズを見て思い出したからか、久しぶりに興が乗った。もともと音楽とは世界を知るための学問の一つ。理論的に調和を探求する学問、それが音楽。そして学問とは元は暇つぶし。誰かにせがまれ、聞かせる事がほとんどだったが、たまには自分の為に吹いても悪くない。

 

懐から取り出し、音を鳴らす。奏でる曲は旅人の歌。森の中で生きていた一人の少年が、外に夢見て、世界に飛び出す英雄歌。母から教わった、リヴィエールが最も得意な曲。

 

ーーーーん?

 

しばらく吹いていると視線を感じる。どうやらアイズが起きたらしい。それとも音がおこしたか、どちらかはわからない。あと三章節、リヴィエールは演奏を終えた。

 

ーーーーもう見る影もないな……

 

当たり前の事だが腕は格段に落ちている。記憶の中の母の音色とは比べるべくもない。ハイエルフの誇りを持つ楽士は懐に笛を直した。

 

「おはよう、アイズ」

 

ーーーーうわ、このセリフも久しぶり。なんかすっげーこそばゆい。

 

「ありがとう、リヴィ」

 

柄にもなくキョトンとしてしまう。ここ最近相手の思考が読めない事が多すぎる。今もこの子に礼を言われる理由がわからなかった。

 

「私の英雄になってくれて、ありがとう」

 

ーーーーっ……

 

その言葉は胸に刺さる。英雄になろうと思った事など一度もなかったが、自分に憧れる者がいるのは知っている。英雄だのなんだのと言われてきた事は何度もある。しかし今は何度も向けられてきたそんな言葉が自分を責める。その資格がない事を自分が誰より知っていたから。

 

「…………行くぞ」

「あっ、待って。リヴィ、ネックレス」

「いーよ、どうせしばらくはお前と同行させられんだろ。別れ際までは持ってりゃいい。なあ!そこの馬鹿ども!!」

 

リヴィエールの背中をアイズが追いかける。見慣れた光景に彼女を尾けていた3人は安堵していたのだが、この声にガサリと動いた。

 

「に、にゃ〜〜ご」

「俺が笑ってるうちに出てこいよ」

 

アマテラスと呟き、未だ悪あがきを続けるリヴェリア、フィン、ガレスに手を向けた。その右手には黒炎が宿っている。もし姿を現さなければ、本気で殺る気だと、彼と馴染み深い3人は察知し、慌てて茂みから飛び出してきた。こんな光景もまた、懐かしい。

 

「お、怒るなよリヴィ。夜明け前に一人で行動しだしたアイズの事が気になっただけでだな」

「別に怒ってねーよ。心情はわからんでもない。それはどーでもいいから、この場所誰にも教えんなよ?次にここに来た時、ロキ・ファミリアに荒らされてたらマジぶっころだからな」

 

リヴィは不機嫌そうにしつつも、しょうがないと嘆息する。コレも1年前には日常だった。

 

「しかしリヴィエールが笛をやるとは知らなかったよ。それもとても上手だ」

「まったくお主は何でもできるな、一体だれに教わったんじゃ?」

「あの程度、剣士の嗜みだ」

 

笛を手の中でクルリと回す。東方のサムライという剣士は武芸だけでなく、芸術にも長じていたと椿に聞いた事がある。剣とリズムには通ずる点も多い。

母の事を語る気にはなれなかった。語れる程知らないという理由もあるが、リヴィエールは自身の過去を語ることを嫌う。先日のダンジョンの一件はかなりレアな事だと言っていい。

そんな彼の性格と誰に教わったかを唯一知るリヴェリアだけは目を細めて、彼を見ていた。

 

ーーーーリヴィ、お前は自分が変わったって言うけどな……人間そんな簡単には変われない。お前の根っこの甘さも筋金入りだよ。お前は本当に母親とよく似ている。

 

先ほど笛を吹く彼の姿は目を疑うほどオリヴィエとダブった。音色まで瓜ふたつだった。

 

ーーーーケジメを果たせても、果たせなくてもいい。全てをお前の中で終わらせ、誰にも頼る事ができなくなった時、きっと帰ってきてくれ。私達はいつでもお前の居場所であり続けるから。

 

黄昏の館へと全員が足を向ける。またこのように、ロキ・ファミリアのホームへと肩を並べて歩ける日が来るとは思っていなかった。諦めていた。しかし、それは再び叶った。

 

ーーーーだからこの願いもきっと叶う。いつか、またあの時みたいに

 

追いついてきたリヴェリアの表情を白髪の剣士が見る。それだけで愛しい師が何を考えているかがリヴィにはわかった。彼は知る由もない事だが、母もそうだった。血のなせる業かもしれない。

 

ーーーーもう戻れないんだよ、リーア。あの時には。誰より俺が、俺の力を信じられないから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄昏の館に着いた時、太陽は完全に登っていた。時間は9時そこそこといったところだろう。ヒュリテ姉妹にレフィーヤ、いつもの三人娘が出迎えに出ている。

 

「あー!アイズやっと帰ってきた〜!もー、早く朝食済ませないとって……なんだ、リヴィエール迎えに行ってたの?」

「ううん、待ち合わせをしていたの」

「てゆーかアイズ、朝メシ済ませてなかったのかよ」

「…………だって」

「ああ、もういーからとっととメシ食ってこい。待っててやるから」

「リヴィ、ごはんは?」

「俺はもうとっくに済ませたよ。食事は冒険者の資本だ。しっかり取れ」

「うん」

 

黄昏の館の食堂へと向かう。アイズがティオネ達の元へと合流し、いつもの四人が揃った。

 

「アレ?アイズ……」

 

追いついてきた彼女の様子を見て、ティオナはいつもと違う変化に気づく。誰よりも早起きしているにも関わらず、今日のアイズはいつもよりずっとハツラツとしていた。

 

「しっかり休めたみたいだね!」

「っ!」

 

事実を言い当てられ、その原因にも気づかれたと思ったからか、アイズの頬が紅く染まる。原因は後ろで壁に背を預け、フィンと話をしている。

 

「羨ましいわね。わかるよ、アイズ。自分よりもずっと自分を強くしてくれる理由の大切さ」

 

私も団長が見てくれるってだけで実力5割増しだからね〜、と力こぶを作る。三人娘の中で、本気の恋をしているのは彼女だけだ。だからこそわかる。

 

「今度は絶対離しちゃダメよ、アイズ。そんな大切な理由、簡単に出会えるものじゃないんだから」

「…………うん」

 

背中越しに彼を見る。フィンと何やら難しそうな話をしていたその姿は、記憶の中の彼より大人びて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜は打ち上げやからなーー!遅れんようにーーー!!」

 

準備を終えたロキ・ファミリア全体に聞こえるように、赤髪の女神が大声を張り上げる。ダンジョン遠征後の大手ファミリアの次の日は慌ただしい。ダンジョンから持ち帰った数多の戦利品の換金、武器の整備、アイテム補充etc.

ロキ・ファミリアは総出で後処理に追われるため、壮観な行列となる。

だが今回はたった一つだけ異なる点がある。今回の遠征、とある冒険者の協力がなければどうなっていたかわからない。その謝礼としてその冒険者がこの行列に帯同している事だ。

 

「リヴィエールにも失礼のないようになーー!大事なファミリアの恩人やでーー!!」

「デカイ声で呼ぶなこのアホ女神!」

 

鉄拳がロキの頭に振り下ろされる。存在を秘密にしている事は知っているはずだ。馬鹿だがあっさり忘れるほどアホではない。リヴィエールが認める程度にはキレ者だ。完全にワザと大声で呼びやがった事がわかったから殴ったのだ。

 

「いったぁ!何しよんねんこのバーニング・ファイティング・ソードマスター!」

「あ、その名で呼びやがったなこのウォール・ロッキー!その喧嘩買ったぁ!表出ろ!」

「やめろリヴィ。同レベルで争うな」

 

裾を捲り上げたリヴィの頭を杖で殴る。金属製のソレは殴られたらあのリヴィエールを持ってしてもかなり痛い。頭を押さえてうずくまった。

 

「ほら、行くぞ。お前のバックパックの場所に案内する」

「ああ、ちょっとだけ待て。ロキ」

 

裾を直しつつ、真剣な目でロキを見つめる。茶化していい雰囲気ではないと悟ると赤髪の女神も態度を変えた。

 

「まずないと思うが神に会ったら全員に聞いてる事だから一応聞いておく。答えろ」

「何や、ウチを信用してええんか?嘘つくかもしれんで?」

「俺にそれが通じると思ってんなら好きにすればいいさ。嘘を見抜くのがお前らの専売特許だとは思わねえ事だな」

 

白髪のハーフエルフの目の色が変わる。瞳の動き、心音、発汗、声の震え、全てが明確、かつ詳細に感じられる。

 

7つ目の感覚(セブン・センス)

 

あらゆる感覚を研ぎ澄ます事で未来予知、あるいは読心術すらも可能にするスキル。完全に集中した彼の前では、たとえ神であろうと偽証は不可能となる。

 

「ルグの居場所をバロールに教えたのは誰だ?」

「……………………」

「恐らくは俺の冒険スケジュールも把握できる神のはずだ。知っていたらどんな些細な事でもいい。答えろ」

 

眼光に鋭い光が宿る。嘘を見抜く時の目だ。7つ目の感覚は第六感を含めたすべての感覚を活性化させる、常時発動型のスキルだが、その威力や精度は集中力で変わる。今は全神経を視力と聴力に傾けていた。

情報を得たいという思いはある。だが心情的にはこの神から情報を得たくはない。もし何か知っていて、ウソをつくようならロキといえど容赦は出来なくなる。

 

ーーーーだから知っているっていうな。知っていてもウソはつくな。俺はアンタの敵になりたくない

 

聞きたい、けど聞きたくない。歪んだ眉にはそんな矛盾した心情が滲み出ていた。それを読み取れたのは神ロキと家族同然のリヴェリア。そこまで読み取れはしなかったが、辛そうだと気づいたのはアイズ。この3人だけだった。

 

「いや、残念ながら知らん。もちろんウチやないで」

 

心音と声に乱れはない。瞳の動きも正常。発汗もなし。

 

ーーーー…………ウソはついてなさそう、か。

 

空振り。もう何度目かは数えていない。安堵と諦観両方の意味でため息をつく。まあ期待はしていなかった。

しかし神連中にこの質問をするのもだいぶ飽きてきた。

 

「そうか、悪かったな。何か情報が入ったら教えてくれよ」

「ウラノスに聞いてみたらどないや?あいつならオラリオの事は大抵知っとるやろ」

「ルグだけが狙いだったのならそうしただろうがな。この件でそれはしたくない」

 

確かにバロールはルグの力を目当てに強襲してきた。が、奴の後ろで糸を引いている誰かは明らかにリヴィエールの事も殲滅対象に含めていた。そうでなければ彼がダンジョンに潜っていていないタイミングで攻め入れば何の苦難もなく、ルグを捉えられたはずだ。確かにルグは偉大な神だが下界で神はアルカナムを使えない。下界では彼女はただの女だ。

だがバロールはわざわざ俺がホームにいる時間、つまり俺がガードしている時間に攻撃を仕掛けてきた。コレはつまりあの惨劇の黒幕は俺、もしくは俺の命も欲したという事。

 

となると俺のダンジョン探索予定を把握している神が候補に上がる。まあ知ろうと思えばよほど不審者でない限り得られる情報だが、神が他の眷属のダンジョン遠征の予定をいちいち把握しているとは思えない。

 

となると最も有力な容疑者はウラノスなのだが、それはないとリヴィエールは踏んでいる。ヤツにとって俺を殺す事にメリットはない……ハズ。それにヤツには地位と名誉がある。こんな事で足元をすくわれるヘマをやるほど馬鹿でもない。

 

ヤツにはギルド長としての立場がある。ウラノスに俺の生きている姿を見せれば、ヤツはその情報を開示しなくてはならない。最悪バレても手はあるとはいえ、まだ自分の存在は隠しておきたい。ウラノスを尋ねるのは本当に最後の手段となった時だ。

 

「リヴィエール」

 

ロキに背を向け、顔をフードで隠している最中、声がかかる。視線だけ返した。

 

「打ち上げ、お前も来いや。奢ったるから」

「気が向いたらな」

「リヴィ」

 

そっけない答えを返した白髪のハーフエルフの愛称を口にする。ロキがこの名で彼を呼ぶのは珍しい。なんだかんだ長い付き合いなのに数える程の回数くらいしかないだろう。

 

「絶対やぞ、待ってるからな」

 

その言葉の真意がわからないほど、リヴィエールは鈍くなかった。

 

ーーーーどいつもこいつも……お人好しばっかりだな

 

嘆息する。どの打ち上げの事かは明確に言わなかった。それはつまり、これから先、何度も行われるであろう、ロキ・ファミリアの集会に生きて参加しろ、という事。1年前の時のように。

 

命を顧みないような無茶はするな、という事だ。

 

「努力はするさ」

 

一度手を振る。リヴェリアに名前を呼ばれた。急いで合流する。

 

「絶対やぞ………待ってるからな」

 

雑踏に紛れたその背中にもう一度、ロキは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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