その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth8 向いていないと言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メインストリートから離れて数分。細い道を何度も曲がり、どんどん人気がなくなっていく。薄暗い道を抜けた先にようやく少し開けた場所に出る。そこにはいかにも廃墟然としたうらぶれた教会が建っている。

ほぼ壊れていると言って差し支えない廃墟にリヴィエールは何のためらいもなく入る。中身もまた酷いもので歩くたびに床が軋む。

しかし、今日はその耳障りな音は響かなかった。

リヴィエールは警戒するように刀の柄に手をかけ、音を鳴らさないように慎重に歩いたからだ。自分より以前に誰かが侵入した痕跡があった。足跡はヘスティアのものよりは大きいが自分よりはかなり小さい。恐らく小柄な少年といったところ。

子供の盗人か、とも思ったが、こんなところに盗みに入る酔狂な泥棒もいまい。警戒は解かないが、事件性はほぼ皆無と推察する。

しばらく進み、祭壇の裏の地下へと繋がる扉に手をかける。棚を開くと僅かな木漏れ日と賑やかな話し声が聞こえた。完全に警戒を解く。どうやら来客がいるらしい。

 

ーーーー珍しいな……

 

ドアを開け放つ。同時に驚愕した。視界に入ったのは主神、ヘスティア。コレは当然だ。驚いたのは来客と思われるもう一人、今日ダンジョンで会った白兎がそこにいた。

 

「あ、リヴィエールくん。おかえりー!随分と遅かったじゃないか。何かあったのかい?心配してたんだよ?」

 

来訪者を笑顔で迎える少女。黒髪をツインテールに束ね、白い服装に青い紐で体を引き締めている。

神ヘスティア。現在リヴィエールが所属しているファミリアの主神だ。

 

「ああ、ちょっとな……それと」

 

視線を白兎に向ける。彼は彼で驚愕しているらしい。口をパクパクと開け閉めし、顔は青ざめていた。

 

「ああ。リヴィエールくん、紹介するよ。彼が半月前に我がファミリアに入団したベル・クラネル君でーーー」

「わぁああああああ!!?」

 

紹介途中に絶叫が上がる。一瞬で狭い部屋の物陰に白兎は避難したが、隠れ切れるものではない。

 

「え、えーっと、リヴィエール君?ベル君に何かしたのかい?」

「してない」

 

まったく、確かに今までの所業を余すところなく知られていたら逃げられても仕方ない事だが、この少年がそれを知っているとは思えない。

なら自分の顔は必死に逃走されるほど凶悪かと思ってしまう。今まで容姿に関しては褒められた事しかなかった為、このような態度を取られるのは新鮮で面白いが、こう立て続けにやられると流石に不快だ。

 

「…………まあいい、ヘスティア。ステイタスの更新、頼めるか?」

「あ……ああ、もちろん。すぐに用意するね。そこで横になって待ってておくれよ」

「ああ……」

 

パタパタと奥の方へと小さな足を動かして走っていく。更新のために必要な針や紙を取りに行くのだろう。その間に上着を脱いでベッドに寝そべる。

服の下から現れた肉体はまるで鋼のよう。肌は白く、体格は絞られた身体で、ともすれば線の細い印象すら見える。このしなやかな腕からどうやってあれ程の力が出せるのか不思議なくらいである。

背中には黒い字がビッシリと刻まれている。これこそが神の恩恵、通称ファルナだ。

 

寝そべるリヴィエールの様子を物陰からジッと見ている視線が一つある。勿論視線の主はあの白兎だ。チラリとこちらが目を向けるとすぐに物陰に隠れてしまう。本当に小動物みたいな少年だ。

 

「あ、あの!」

 

少し上ずった声が聞こえる。ようやく話しかけてくる気になったらしい。

 

「き、今日、ミノタウロスから助けてくれた冒険者さんですよね?」

「違う」

「ええっ!?でも……」

「牛一頭斬っただけだ。テメエを助けたつもりはない」

 

素っ気なく紡がれたのは否定であって肯定でもある言葉。少なくともベルの事を覚えているという意思表示。

 

「で、でも助けてもらいました。本当にありがとうございます。すっごくお強いですね!」

「…………」

「それに……その、背も高くてカッコイイですし」

 

ーーーーだからなんだ……

 

要領を得ない言葉に苛立つ。つい先ほどまで、また会いたいとすら思っていた少年だったのに、今はただ鬱陶しい。

 

「あんな素敵な恋人もいて、カッコよくて強くて……人生楽勝なんだろうなぁ」

 

頭の中で何かがキレる。苛立っていたのもあるが、決定的な事を言われた。

 

ーーーーこのガキ、いま何を言った?楽勝だった?俺の人生(いままで)が?

 

確かに強くなった。化け物扱いされるのは慣れている。だが……

 

俺が強くなったのは、そうならなければ生き残る事が出来なかったからだ。

 

楽な戦いなんて一つもなかった。いつだって自分の前に立ちはだかる敵は自分より強かった。自ら挑んだ戦いではあるが、それでも状況は過酷で、残酷で、ギリギリで……

何度も何度も死にかけて、その度に必死に命を拾ってここまで来たのだ。

 

それをこんな何の苦労もした事もなさそうな甘えたガキに否定された。今のベルの発言は看過できなかった。

 

「ヒッ……」

 

冷たく、無機質な、それでいて猛々しい殺意のこもった眼と底知れぬ迫力が白兎に襲いかかる。未熟な冒険者を慄かせるには充分すぎた。

 

「…………チッ」

 

怯えた態度を取られ、逆に此方は頭が冷える。

 

ーーーー何をマジになってんだ。オレは……こんなガキに

 

嘆息する。疲れた。本当に今日は色々あり過ぎた。サッサと用を済ませて寝たい。ベッドに顔を埋めた。

 

「おっまたせー!それじゃあ更新しよっか!」

 

小走りで戻ってきたヘスティアはリヴィエールの背中に飛び乗ると、持ってきた針で血を出し、背中に充てる。

皮膚に落下した血は比喩抜きで波紋を広げ、背中へと染み込んでいく。

それは神々から下界の住人に与えられる恩寵。様々な事象から【経験値(エクセリア)】を得て能力を引き上げ、新たなる能力を発現させることを可能とする。要は、人間を極めて効率よく成長させる力である。リヴィエールの背中に神血(イコル)で刻まれるのは、【神聖文字(ヒエログリフ)】。ざっくばらんに言ってしまえば神が扱う文字。

この神聖文字を読めるのは、神とエルフなどの極一部の者だけだ。母から教育を受けたリヴィエールもその極一部の一人だ。

 

「…………ん?何かあったのかい?」

 

室内を支配する微妙な空気を察したヘスティアはリヴィエールに問いかける。ゆっくりとかぶりを横に振った。

 

「なんでもない、始めてくれ」

「…………うん」

 

子供の嘘は神には通用しない。そんな事は二人とも承知している。それでもリヴィエールは何でもないと言い、ヘスティアはそれを受け入れた。

 

たとえ真実を追求しても、この眷属は自分に本心を打ち明けてくれない事を知っていたから。

 

ーーーー…………君なら違うのかい?ルグ。もしそうなら僕は君がとても妬ましいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステイタスの更新が終わる。羊皮紙を貰い、書かれた字に目を落とした。

 

 

リヴィエール・ウルス・グローリア

Lv.7。

力:D 514→516 耐久:I 68→69 器用:F 358→361 敏捷:C 621→622 魔力:C 612→613

発展アビリティ:狩人:H 調合:F 剣士:E 精癒:I 魔導: F 耐異常: G

《魔法》

【アマテラス】

【ノワール・レア・ラーヴァテイン】

【モユルダイチ】

 

《スキル》

7つ目の感覚(セブン・センス)

・超感覚

・状況を問わず効果持続。

 

【王の理不尽】

・効果と詠唱を把握する事でエルフの魔法を全て操る。

 

太陽の子(ライジング・SON)

・成長速度が高まる。

・スキルの発現時に誓った目的を遂げるまで効果持続

 

【????】

??????????

 

ーーーーこんなもんか…

 

基本アビリティ――『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』といった五つの項目で、更にSからA、B、C、D、E、F、G、H、Iの十段階で能力の高低が示される。この段階が高ければ高いほど、眷属の能力は強化される。

文字の横に隣接する数字は熟練度を表す。

0~99がI、100~199がH、という風に基本アビリティの能力段階が分けられる。上限値は999。その分野の能力を酷使すればするほど熟練度は上昇するが、最大値の999――アビリティ評価Sに近づくにつれ伸びは悪くなっていく。

そして、もっとも重要なのがLv.だ。Lv.が一つ上がるだけで基本アビリティ補正以上の強化が執行される。

 

ーーーー特に変化はなし、か。

 

まあこんなものか、と羊皮紙を一度、指で弾く。やはりあの程度のモンスターを屠っただけでは伸びは少ない。雑魚も数だけは山ほど斬ったが今の俺に大した効果はなさそうだ。

羊皮紙を懐にしまう。そのまま外へと足を向けた。

この地下室にはベッド、ソファともに一つずつしかない。元々人二人が生活できるギリギリの広さだったが、リヴィエールはこの部屋の使用権はほとんどヘスティアに委ねている。180セルチ以上の彼が寝泊まりするにはぶっちゃけ手狭なのだ。ゆえにリヴィエールはこことは別の寝ぐらがいくつかある。普段から彼はそこで生活していた。

 

「ええ!?もう行っちゃうのかい?せっかく今日はジャガ丸君をどっさりもらって来たのに。今夜はレッツパーリーナイトのつもりだったのに!」

 

出て行こうとするリヴィエールを引きとめようと、奥に布を被せて隠していた大量の揚げ物を出す。ジャガ丸君とはジャガイモをマッシュにして衣で揚げた軽食に最適な揚げ物だ。リヴィエールもよく食べる。

貧乏ファミリアである為、神であるヘスティアも金を稼ぐためにヒューマンのお店で普通にアルバイトをしている。こういう神は下界では珍しくない。不自由を楽しむのが下界における神の醍醐味なのだ。

 

「悪いな、ヘスティア。埋め合わせはする。ホラ、今回の稼ぎだ。好きに使いな」

 

麻袋の中の金を置いて、籠の中のジャガ丸くんを一つ取る。せっかく用意してくれたものだ。受け取る事も誠意だろう。

 

「少し送ってくるよ。ベル君は此処で待っててくれ」

「あ、僕も……」

「いいって。ジャガ丸君でも食べて待っててくれ」

 

そう言うとリヴィエールの背中を押して二人揃って部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

教会を出た辺りで止まる。わざわざ外にまで見送りに来る事など今まで一度もなかった。何か用があるのだろう。

察している事に気付いたらしく、胸の谷間から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

「ステイタスか。彼の?」

「察しが良くて助かるよ」

 

察しが良いというほどの事でもない。自分のでなければ消去法で彼のになる。

 

「…………ふーん、駆け出しって感じだな。スキル以外」

 

紙に並ぶ数字に関して驚きは特にない。一言で言ってしまえば平凡。たった一つを除いて。

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 

・早熟する

・敬慕が続く限り効果持続

・敬慕の丈により効果上昇

 

それがスキルスロットに書かれたモノだった。神聖文字が綴るこの効果はリヴィエールが見た事のない内容。わざわざベルに席を外させて相談してくるだけの事はある。

 

「レアスキルだな」

「…………やっぱりそうかい?」

「少なくとも俺が知る限りでこんなスキルは発現したやつはいないはずだ」

 

発現するスキルの多くは冒険者達の間で共有されている効果、効用が多い。スキルの入手自体がレアな事柄ではあるのだが、その中でも確認されたものを見ると、名称に差異はあっても能力が他のものと似通っているというケースが割と見られる。同じ種族間ならその可能性がぐっと増す。例えば、エルフなら魔法効果の補助、ドワーフならば力の強化といった具合だ。リヴィエールもその例に漏れない。【王の理不尽】はエルフの魔法にのみ適用されるスキルだ。

そんな重複した内容のスキル効果が複数ある中で、それ唯一、あるいはより数が希少なものを総じて『レアスキル』と神達が勝手に呼んでいる。

 

「効果は俺の太陽の子(ライジング・SON)と似てるな。発現した理由は全く違うんだろうが」

「スキル発現のきっかけは間違いなくキミとヴァレン何某だろうね」

 

憧憬一途。スキル名はその人物の内面や経験に基づく。今回の場合、その名の通りベルが誰かに憧れた事により発現したと見る方が自然だ。

 

「颯爽と助けられちゃってたからな。アイズに惚れたとしても不思議はない。ま、そんなヤツオラリオには腐るほどいるだろうな」

「というよりは冒険者としての君達の強さに憧れている、って感じだろうね。そしてベル君が理想としてダンジョンに求めてるロマンの体現者である君達に憧れちゃったんだろうね」

 

お互いを支え合う美女と美男子。ダンジョンで出会い、結ばれた美姫と英雄。彼の理想が形になった存在に今日、あの子は出会ってしまった。憧憬を抱いても仕方ない事だろう。

 

ヘスティアが機嫌の悪そうな顔でふてくされる。さっきのやり取りでもわかったが、この小さな女神はあの白兎に特別な感情を抱いているらしい。

 

「女神ってのはどいつもこいつも、手のかかる子供が好きなのか?」

 

前主神を思い出す。ルグが愛したリヴィエールも相当に生意気なクソガキだった。

 

「出来の悪い子ほど可愛いじゃないか」

「どうせ俺は可愛くねえよ」

 

でしゃばられると返って邪魔なため、白髪の一級冒険者はこの幼い女神にほとんど構ってない。この子には僕がいなくちゃ、と思わせてくれる子供を、神は愛する傾向にある。確かにルグもそうだった。その点、あの白兎はその要件をかなり満たしていると言える。

 

「言っとくけど僕は君だって大好きなんだぜ?もっと頻繁に顔を見せに来ておくれよ。寂しいじゃないか」

 

本当に淋しそうな、まるでなかなか実家に帰ってこない、独り立ちした息子に対する母親のような顔で擦り寄ってくる。これはこれで正しい神と眷属の関係だ。

 

「もっとホームがデカくなったらな。少なくとも、三人が住めるくらいには」

「むぅ……」

「それと、そのスキルに関してはできるだけ伏せろ。バレると色々と面倒だ」

「娯楽に飢えたハイエナめ……」

 

他の神々はレアスキルだとかオリジナルだとか、そういったアレな単語にアホのように反応してくる。思春期の子供のようにちょっかいをかけたがるのだ。酷いのには既に契約済みの子供を自分のファミリアに勧誘してくる神も少なくない。かくいうリヴィエールもその一人。ルグとアストレアのおかげで事なきを得たが相当に追い回された。

 

「……腹芸が出来なさそうな坊ちゃんだ。下手に情報を与えたらゲロッちゃう可能性はあるな」

「あの子は嘘が下手だからね…」

 

善人の証拠だがこの魑魅魍魎渦巻くオラリオでは食い物にされかねない。なるほど確かにヘスティアが好きそうな子だ。守ってあげたくなる系。

 

「リヴィエール君」

 

声のトーンが少し落ちる。どうやら真剣な話らしい。リヴィエールも佇まいを直した。

 

「君はベル君の事をどう思う?」

「…………どうって言われてもな」

 

まだ会って一刻も経っていない。人間性の評価をするにはあまりに情報が足りない。

 

「彼はダンジョンに夢を見ている。英雄に憧れてる一人の少年だ。彼はこれから冒険者としてやっていけると思うかい?」

 

会って間もない人間に聞くようなことでは無いことはヘスティアも重々承知している。しかし、こと戦闘や冒険者としてのセンスを見抜く事に関して、リヴィエールの右に出る者はそうそういない事をヘスティアは知っていた。彼ならベルの底を見切ることはそんなに難しくはないはずだ。

 

「…………経験を経て、変わる可能性もあるけど」

 

羊皮紙に目を落としながら、言葉を紡ぐ。視線が捉えていたのはレアスキルが刻まれたスキルスロット。スキルとは本人の本質が出る。つまり、此処に書かれているスキルの内容は本人の心根そのものという事。

 

憧憬一途(コレ)がヤツの底なら、冒険者には向いてないかもしれないな」

「っ!?」

 

一級冒険者から語られる厳しい言葉にヘスティアは息を呑む。彼の見立てならほぼ間違いないだろう。短い付き合いだが、リヴィエールが言った事で間違っていた事など一度もない。

 

「…………そんな顔するなよ、あくまでかもしれない、だ。まだ決定的じゃねえさ」

「けど……」

「向いてなくても強くなったヤツはいるさ。非力な小人族で頂点にまで昇りつめた男を俺は一人知っている。ヤツは向いてないという点ではあのぼうやを遥かに超えていた」

 

フィン・ディムナが脳裏をよぎる。先天的に授かった体格を才能と呼ぶのなら、彼ほど才能のない冒険者もいない。いくら恩恵を授かった勇敢な小人でも、体格の不利は覆せない。何度も何度も打ちのめされてきた事だろう。

しかし彼は40年近い年月をかけて、体格の不利を覆し、オラリオの頂点の一人となるまでに己を鍛え上げたのだ。

 

「あの子はまだこれからだろう。よしんば向いてなくてもアンタが見守ってやればいい。普通に生きていく事くらいは出来るはずさ」

「君は守ってあげないのかい?」

「甘ったれんな。強さも、自信も、自分の力で手に入れるからこそ意味があるんだ。ましてやファルナがあるんだぜ?これで死ぬならそこまでの器だったってだけの話だ」

 

ヘスティアは唇を噛んだ。彼の言う事は完璧に正論だ。手取り足取り、冒険を教えてもらってダンジョンに潜るものなどいない。力も、後悔も自分で経験し、得てこそ意味がある。

 

ーーーーわかってるさ、甘えだって。自分の足で立てなきゃ、一人前の冒険者なんて呼べない事も。だけど………

 

あの子に死んでほしくない。あの子に辛い思いをさせたくない。そう思ってしまう事はいけない事だろうか?

 

神が何を考えているか、リヴィエールは手に取るようにわかった。字面だけ見れば凄いことのように見えるが顔に全て出るヘスティアの心情を読む事など、7つ目の感覚(セブン・センス)を持つリヴィエールでなくとも容易だ。

 

「…………誰もが君みたいに強くない。君のように正しくないんだ。少しハードルを下げてくれないかい?」

「…………俺は何もしないってだけだ。アンタがぼうやに何かしてやるのは自由さ。アンタの出来ることをやってやればいい」

 

ルグの場合、彼女はリヴィエールの帰るべき場所になってくれた。居場所を作ってくれた。

生きて必ずそこに帰る。それこそがリヴィエールのダンジョンで戦う最大のモチベーションを維持する理由だった。

 

「俺とは違う、本当の意味での眷属第1号だ。可愛がるのはわかるし、世話を焼くのもいいが、あまり干渉し過ぎるなよ?あの子の為にならんぞ」

「君はこれからどうするんだい?」

「今まで通りだ。腕を上げて来るべき時が来るまで待つ。それが終わるまではあまり俺に関わるなよ」

「…………どうして君はそんなに一人になろうとするんだい?」

 

舌打ちしたくなる衝動をグッとこらえる。自分の事を心から思って聞いているんだ。力ある誇りを持つ人間として、そんな態度を取ってはならない。

 

 

「………俺がーーーーーからさ」

 

 

小さな呟きだったが、彼の主神の耳には届いた。

ヘスティアがその言葉の意味を考えている最中、リヴィエールから大あくびが出る。口元を隠すように手で覆った。

 

ーーーー眠い。

 

「悪いヘスティア。もう限界だ。行くわ」

 

背を向けて歩き出す。もう遠征の疲れと眠気のピークだった。

 

「リヴィエール君!」

 

背中に声がかかる。足を止めた。

 

「いつでも帰ってきておくれよ。此処は君の家なんだから」

 

空を仰ぐ。彼女なりに最大限気を使ってくれたんだろう。わかっている。それでも今のリヴィエールには虚ろにしか響かない。

 

背を向けたまま一度手を振るのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神様……あの人は?」

 

ヘスティアが戻ってすぐ、ベルが口を開く。結局彼とはほとんど話もできなかった。名前さえ聞けず、お礼も言えなかったのだ。

 

「僕、あの人を怒らせちゃったみたいで」

「…………彼については多くは語れないんだ。あの子との約束でね。ゴメンよ」

 

リヴィエールの事は誰であろうと軽々に口にしないで。

 

神友であるヘファイストスが厳命した事だ。リヴィエールがヘスティアのファミリアに入る条件でもあった。他の団員を招く事はもちろん構わないが、リヴィエールの生存については勝手に話さない事。必要な事は全て自分で話すから、と。

その言葉をヘスティアは尊重した。

 

「でも、神様の眷属なんですよね?」

「彼との関係は本当にギブアンドテイクさ。彼は自分の目的のために僕と契約したんだよ」

 

下界の先住者たちが唐突に舞い降りた神々を受け入れ、重宝したのは、自分たちに大いにメリットがあるからだ。利用し、利用される関係。現代ではその傾向はさらに顕著であり、リヴィエールのようなスタイルがいまや主流と言える。

 

ーーーー彼は僕を利用すると最初に言った。その上で僕は良いよ、と答えた。涙にくれる彼に生きる目的を与えてあげたかったから。

 

そのために自分を使うというならば、喜んで利用されよう。心からそう思った。

 

「神様……リヴィエールさんってどんな人なんですか?」

「…………そうか、ベル君は剣聖の事、知らないのかい?」

 

知らなかった。田舎から出てきて間もない彼がかつてオラリオで伝説となったファミリアの事を聞けるはずがない。

 

「君はどんな人だと思ったんだい?」

 

誰かに聞いた噂ではなく、ベル自身が感じた事を聞きたかった。

 

「すごく強い人だと思いました。カッコいいし、まるで物語の中の英雄みたいで………けど」

「…………すこし怖かったかい?」

「…………はい」

 

ベルの何気ない言葉が彼を激昂させた。その時の彼の瞳は激しく、威圧感に溢れており、そして冷たい目だった。

 

ーーーー触れれば斬れちゃうような人だ。けど、あの人は神様の眷属だ。つまり僕の家族だ。だから………

 

「あの人の事をもっと知りたい」

 

何が彼をあんなに怒らせたのか、ベルにはわからなかったが、怒りは人の本質をさらけ出す。人を知るにはその人が何に対して怒りを感じるかを知らなければならないと、ベルは祖父に教わった。

 

ベルの答えにヘスティアは安堵すると同時に笑みがこぼれる。この子は本当に真っ白だ。あんなそっけない態度を取られてもなお、ほぼ初対面の彼を家族と思える。それは中々出来ない事をヘスティアは知っていた。事実、あのリヴィエールは出来ない事だ。生まれ育った環境の違いもあるのだろう。が、自分が初めて見つけた眷属がこの子で良かったと心から思った。

 

「ベル君、どうか彼を恐れないであげてくれ。あの子は誰かを怖がらせようなんて全く思ってないんだ。彼自身が怖がっているんだよ」

 

誰かと繋がることを、大切な何かが出来ることを、そしてそれを失う事を……

 

ただでさえ誰かに頼るという事をしない男だった。なまじなんでも一人で出来てしまう能力の高さがそれを加速させてしまっている。そして一年前の惨劇を経て、その傾向は決定的になってしまった。

 

「いつか彼がキミに手を伸ばす時がきたら、その手を恐れないでくれ。僕はもう手遅れだろうからさ」

「はい!」

 

力強く頷く。その無邪気な笑みがヘスティアには眩しく映った。

 

ーーーー心から思うよ。リヴィエール君がベル君を頼る日が来て欲しいって。そしてその日が来るまで、君はきっとベル君を護る。だって……

 

別れ際に呟いた彼の言葉を思い出す。

 

 

俺が甘いからさ

 

 

ーーーー甘いんじゃないよ、リヴィエール君。君のソレが優しさだってことくらい、僕だって知っているんだから。

 

だからこそ願う。この優しい白と黒が、お互いを支え合う力になる、そんな日が来る事を……

 

 

 

 

 

 

 




【????】のスキルに関しては後ほど明らかになる予定。予定(切実)。決して名前や効果が思いついていないとかではない。次回はリヴィエールの隠れ家の一つが明らかになります。一体何穣の女主人亭なんだ………
最後までお読みいただきありがとうございました。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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