その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth7 混ざり物と呼ばないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギルド』

 

オラリオの都市運営、冒険者および迷宮の管理、魔石の売買を一手に司る機関。

神・ウラノスを主神としており、事実上の運営は団員たちが行っている【ウラノス・ファミリア】とでもいうべき存在。しかし他のファミリアと決定的に違う事は現在、構成員たちは恩恵を授かっていないということだ。コレはウラノス・ファミリアに冒険者がいた場合に真っ先に疑われる、身内びいきをさせない為と言われており、あくまで中立であるというアピールである。

迷宮が生み出す富を管理するための組織。冒険者やファミリア間のトラブルには、よほどのことがない限り介入しない。

 

ーーーーどこまで本当かわかりゃしねーけどな。

 

冒険者が一人もいないという点においてのみ、リヴィエールはギルドに疑いを持っている。中立を宣言しているゆえに表向きは確かに公平だ。出来る限りの平等に手を尽くしている組織なのは認める。しかし完全な平等などありえないし、そうでなくとも理不尽な理由で逆恨みされる事もある。自分がウラノスなら自衛の為に幾つか盾を用意するだろう。

 

ーーーー…………どうでも良いか。

 

少なくともリヴィエールはそれが悪い事だとは全く思っていない。自衛の手段を講じるのは当たり前だ。

組織運営自体は真っ当だし、冒険者登録や、迷宮から回収される利益を都市発展に反映させるため、ダンジョンの知識や情報を冒険者達に進んで公開している。しかも探索のためのサポートまで行っている。迷宮を攻略するにはギルドの協力が不可欠と言ってもいい。組織としては健全そのものだ。

リヴィエールもこの組織があるからこそ、ソロで冒険者がやれていると言って過言ではない。

 

「あ、リヴィくーん」

 

ギルドの入り口で声をかけられる。ずっと待っていたらしく、ギルドに入った途端に見つかった。

 

「エイナ。あまり大きな声で呼ばないでくれ。とゆーかよくわかったな」

 

エイナ・チュール。リヴィエールとよく似た澄んだ緑柱石の瞳を持つアドバイザー。艶やかなセミロングヘアのブラウン。そしてエルフよりは短いが、それでも一般のヒューマンとは異なる耳。少し特殊なリヴィエールとは違う、通常のハーフエルフの証である。

自分の担当官を務める彼女には愛称を許している。友人であるからという理由もあるが、それだけではない。担当官である以上、呼称は使わずに仕事は出来ない。しかしリヴィエールは出来るだけ身元を隠している。本名で呼ばれるのは避けたい。その点、リヴィという愛称は呼称として珍しくない。

 

「担当官だもの。わかるわよ」

「…………そんなもんかね」

 

人の良さそうな柔らかな笑みに対し、肩をすくめる。まあ確かにローブはいつも変えていないし、こんなに顔を隠した冒険者も珍しいとまでは言わないが、少数派なのは違いない。

 

「なんてね。ホントはさっきまで貴方の話をしてたから」

「俺の?」

「正確には、ヴァレンシュタイン氏と貴方の話ね」

「俺とアイズの…」

 

真っ先に感じた事は妙だな、だった。

アイズの噂なんてものは珍しくはない。あいつはオラリオで噂されない日の方が少ないくらいだろう。

しかし現在、オラリオで行方不明となっているリヴィエール。親しい者ならどういう人物だったかくらいは覚えているだろうし、オラリオの住人なら少なくとも名前は確実に耳にした事があるだろう。かつてはアイズ以上に噂の的だった。

それでも今のリヴィエールの立場は1年前から行方不明となり、一切の消息がつかめなくなった冒険者。その名前はすでに過去のモノだ。そんな自分の話が今頃、噂される事など相当稀だ。

そんな心中を察してか、悪戯な笑みを浮かべてこちらを見た。

 

「今日ダンジョンでミノタウロスが暴走した事件があったでしょ?」

「…………ああ、アレか」

 

ほぼ記憶から消えていた出来事が蘇る。それでなくても今回の遠征は色々あり過ぎた。雑魚を斬った事などどうでもよかった。

 

「その時助けられた男の子の担当官が私なのよ。その時すっごく貴方たち二人に感動したらしくてね。色々と聞かれたわ」

「…………その子って」

「えっとね。ベル君って言って。リヴィ君と良く似た白髪で、目は赤くって……」

「………白兎みたいなボウヤか?」

「そうそう!ってアレ?リヴィ君知ってたの?」

「ああ…」

 

奇妙な偶然もあったものだ。今日の騒ぎで唯一印象に残っていた少年との意外な共通点に少し驚いた。

 

「で、特徴を聞いたところ、すぐ貴方たちの事だってわかってね。少し教えてあげたのよ。ああ、安心して。リヴィ君の事はほとんど話してないから」

「それを聞いて少し安心した」

 

安堵の息をつく。ずっと以前から自分の担当官をしていた彼女は再会した時、涙を浮かべて喜んだ。事情をザッと説明し、あまり吹聴しないでくれと頼んだところ、人の良い彼女はすぐに納得してくれた。

 

「ほとんど彼を怒ってただけだったしね〜。何度も言ってるのよ?冒険者は冒険しちゃいけないって」

「おお、お前のそれ久しぶりに聞いたな」

 

彼女の口癖。自分も数え切れないほど言われてきた。安全第一、命大事に。彼女のモットーだ。

種族を問わず、誰でもなれる冒険者。その職業柄、犠牲者は絶えない。ギルド職員として働いているエイナは、帰ってこなかったという冒険者を数え切れない程見てきた。

だからこそ彼女はベルやリヴィエールに注意を促している。ソロで、しかも深層で活動しているリヴィエールはこの言葉に真っ向から逆らっていると言っていい。

その驚異的な進化速度と強さのおかげで今はもう完全に諦められているが…

 

「まだ冒険者になって半月の駆け出しなのに5階層まで行ったのよ?信じられないわ」

「なんだよ5階層くらい。俺なんか半月で18階層まで」

「君と一緒にしないであげてくれる?」

 

ジト目で睨まれる。ソロの弊害か、相場を知らない彼は何かと自分を基準にしてものを言うことが多々ある。彼が冒険者の普通ならこの世に普通の冒険者など存在しないというのに。

その自覚は自分でもある。降参するように肩を竦めた。

 

「で?一体どんな個人情報開示したんだよ」

 

ボックスへと案内されたリヴィエールは彼女の対面に腰掛ける。なんだかんだ二週間以上ぶりの再会だ。それに今日はもう少し誰かと話したい気分だった。

 

「本当に特別な事は何も言ってないわ。ヴァレンシュタイン氏の事も一般に公開されてる情報以上の事は喋ってないし、主に聞かれたのは貴方たち二人の関係についてだったから」

「俺とアイズの?」

「ええ、二人とも信じられないくらい強くて綺麗でお似合いの二人だったって」

「…………その手の話か」

 

嘆息する。ルグ・ファミリアに所属していた頃から何かと行動を共にしていたアイズとリヴィエール。お互い凄まじい美貌の容姿を持つ事もあり、アイドル視する人間も多かった。そんな二人のスキャンダルについて聞かれた事は昔はままあった。

 

「もっぱらの噂だったわよね。剣聖と剣姫。剣の舞姫を護る聖なる黒き剣士!って」

「良く覚えているな、そんなくだらない噂」

「オラリオに住んでる人ならみんな知ってると思うけど」

 

かつて二人とも噂されない日はないくらいに名を轟かせていた。お互い言い寄られた回数は数知れない。

そんな二人の並びたつ姿はまるでダンジョン・オラトリアの中の登場人物のようであった。

 

「疾風のリオンが剣姫とよく比べられた一因でもあったわよね」

 

否定はできず、おし黙る。

 

『疾風のリオン』

 

ルグ・ファミリアが消滅するよりずっと以前、オラリオに名を轟かせた素性不明の冒険者。かつて多大な悪がオラリオに蔓延っていた暗黒期、正義と断罪の神アストレア・ファミリアが存在していたあの頃に、悪を裁いてきた最強の執行者の名だ。今はとある酒場で日銭を稼いでいる。高い実力の無駄遣いと彼女を知る人間なら思うだろうが、本人は今の暮らしに満足しているらしい。

 

アイズ・ヴァレンシュタインとリュー・リオン。

 

共に風を冠する剣士であり、尋常ならざる美貌を持つ名うての冒険者。

二人が持つ多くの共通項のせいか、事あるごと彼女達は比べられた。しかしコレはあくまで比較の対象となった一因。主因は別にある。決定打となったのは二人のそばに立つ一人の冒険者の存在。

彼女たちに言い寄る男の影は幾百もの数に登っていたが、その全てを、二人は諸々の事情はあれど、この主因によって斬り捨てていた。

 

その主因がリヴィエール・グローリア……とされている。

 

彼はアイズと行動する事も多かったが、同じくらいリューとも行動を共にしていた。

かつての暗黒期、オラリオに住まう人々の闇を放置しておけなかったアストレアは神友であるルグに協力を要請し、彼女はこれを快諾。アストレア・ファミリア主導の下、剣聖は助っ人としてこの粛清に秘密裏に参加していた。

 

『疾風』とはその以前からの付き合いになる。

二人ともどちらかというとツルむ事を好まない一匹狼型の剣客。この二人の剣士は誇り高い生き物であり、その誇りに相応しい実力をお互い有していた。無愛想だが根は優しい、よく似た二人が深い仲になる迄にそう時間はかからなかった。

 

「で?実際どうなの?」

「あ?」

「ヴァレンシュタイン氏との関係。どこまで進んでるの?」

「どこまでもクソもない。冒険者仲間、師匠と弟子、兄と妹。そんなトコだ」

 

事実だ。リューとはあの抗争と暴走を止めた後、色々あったが、アイズとは本当に何もない。もし何かしていればその既成事実を盾に、フィン達に地の果てまで追い回され、ロキに半殺しにされたのち、責任を取らされたことだろう。恐ろしい事である。今が美しい盛りのリヴィエール・グローリア。まだまだ身を固める気などないのである。

 

「でもヴァレンシュタイン氏は貴方にゾッコンでしょ?」

「それも怪しいところだ。あいつが愛だの恋だのそういうメンドくさい感情の理解が出来ているのかどうか……」

 

好意は寄せられているだろう。尊敬もされている。しかし俺に恋愛感情を持ってるかどうかと聞かれたら微妙だ。自分がそうだったからよくわかる。

 

「大体1年も会えなかった相手に想いを持続するのは相当大変だぞ」

「あら、女は会えない時間ででも想いを育てるのよ」

「ははっ、お前が言うと説得力が違うな」

 

待つ事を仕事の一つとしている彼女の言葉だ。リアリティはかなりある。

 

「…………喋りすぎたな。オラ、ギルド職員。仕事しろ」

「あっ、はーい。換金の手続きしてきまーす」

 

パタパタとカウンターへ走っていく。一体白兎くんに何を話していたのか聞いただけのつもりだったのに。まったく女ってのはヒューマンでもエルフでもハーフエルフでもこの手の話が好きだ。

そのくせ、半分流れるエルフの血のせいか、性的話題になるとすぐに怒る。あるいは真っ赤になる。

 

ーーーー同じハーフエルフでもえらい違いだ。

 

リヴィエールは一夜の関係を持つことについて抵抗は全くない。もちろん相手は選ぶし、合意がなければやらないが、エルフ達のように生涯でただ一人だけ、などといった清く正しい慣習を守る気はさらさらない。冒険者などという乱暴な仕事をやっていれば獣性を抑えられない夜もある。強者は己を律する力も強いが相応に欲も強い。

もちろん娼婦を務めるエルフも歓楽街には存在するし、美しさに誇りを持たず、醜く肥え太るエルフもいる。エルフ全員が一概に潔癖とは言わないが、エイナのような傾向を持つ者はかなり多い。

 

あの惨劇の後、再会を果たした夜、二人は一夜を共にしたのだが、それはそれは面倒くさかった。

もし、今日リヴェリアに教えた場所とは別の、自分がねぐらにしている本当に秘密の場所を彼女に教えたら、それはもう軽蔑の眼差しで見られることだろう。

 

手続きを済ませてきた事を職員に告げられる。バックパックのドロップアイテムとは別の、懐に詰めていた袋を出す。

 

「あれ?そういえば二週間以上潜ってたのに随分少ないわね。………またバックパック捨ててきたの?」

 

責める目でこちらを睨んでくる。彼がバックパックを捨ててきたということは今までにも何度かあった。そしてその場合、大抵、相当窮地………常人なら死んでいて当たり前の状況に陥った可能性が高い。

 

説明に躊躇する。別に言ってもいいのだが、バックパックの事を説明するならロキ・ファミリアの事も喋らなければならない。となるとまた面倒な話になりかねない。

 

さて、どう説明するかと黙り込んでいると、沈黙を肯定と取ったのか、亜麻色の髪のハーフエルフはどんどん柳眉を立てていく。

 

「…………今回はどこまで潜ったの?」

「51階層……あ」

 

考え事をしていたため、普通に真実を答えてしまった。ヤバ、と思った時にはもう遅い。

目の前の少女は大きく息を吸い込んでいた。準備しよう、心の耳栓。

 

「リヴィ君のバカ!わからずや!なんで君はいつもいつも一人でなんでも背負いこんで突っ走るの!私はこんなに貴方の事を思っていろいろ言ってるのに、まるっきり無視して無茶ばっかり!しかもそんなローブだけの軽装で!私がいくら言っても防具の一つもつけないで、私の事一体なんだと思ってるのよ!貴方のスタイルで強行軍なんてはたから見れば自殺願望以外の何物でもないのよ!?それをそんな布数枚の装備、剣一本で51階層?本来なら10日で帰る予定だったくせに二週間以上もずっと帰ってこないし私がどれだけ心配したと思ってるのよ!貴方がここに来る瞬間をどれだけ待ってたと思ってるのよ!いつもいつも無茶ばっかりして!待たされる側のこと考えた事あるの!?なんで誰よりも強いくせにこんなにハラハラさせられなくちゃならないのよ!」

 

ーーーー…………知るか

 

溜めた息を出し尽くして放たれた彼女の苦言にその一言を返しそうになるが、グッとこらえる。耳栓の効果だ。もし準備をしていなければぽろっと出ていたかもしれない。そしたら今度はこの倍の説教が潤んだ瞳とともにぶつけられた事だろう。

こういう時に下手に反論するのは愚の骨頂であるという事は身にしみて理解している。女の説教に言葉を返すなら出し尽くさせてからでなければならない。

今回の事情を話そうと口を開きかける。

 

ーーーーっ!?

 

何かイヤな感覚が唐突に背中に奔る。誰かに見られているとわかる。全身を舐めるような、無遠慮な銀の視線にぞくりと背中が泡立った。背後を振り向いたが、それらしい人物は見つけられない。

 

ーーーー誰だ……

 

俺はこの視線を知ってるはずだ。なのにわからない。どこで感じたのか、思い出せない。

 

訝しげに辺りを睨むと同時に思い出す。今の自分が置かれている状況、自分が掲げている至上目的。その全てを。

 

ーーーー何を浮かれてるんだ、俺は……

 

あの誓いを果たすまで、もう何も背負わないと決めたのに。あいつらと出会って、あの白兎を見て、俺の中の炎が静まりかけたせいか、緩んでいた。しかしそれも今どこかで感じた不快な何かにより再び燃え上がった。強さを求め、仇を焼き尽くすために猛り狂う黒い炎。いくら小さくなってもその火種は俺の中から消えない。消せない。

 

「うるさい」

「っ!?リヴィ君……」

 

先程までの明るい様子だった彼が豹変する。少し前の、ルグを失ったばかりのあの彼に……

 

急速な冷たい気配にエイナが圧倒されている間に、カウンターに渡していた魔石が換金される。占めて20万3000ヴァリス。一人で稼ぐには上級冒険者でも凄まじい数字。

 

「…………お前に関係ない」

 

ーーーーああ、違うんだエイナ。そんな事全然思ってないのに。

 

俺のような面倒な冒険者の担当をしてくれている事にいつも感謝しているのに…

 

それでも自分が自分である為に、言の葉は止まらなかった。ジャラリと金属音のなる麻袋を背負い、踵を返す。

 

「俺に深く関わるな……死にたくなければ」

 

それだけを言い残し、ゆっくりと歩き出す。呆然とするエイナを平然と通り過ぎた。

 

ーーーーごめん、ごめんな。エイナ。お前は何も悪くない。いつも感謝しているのに……

 

剣聖はそれを伝える術を知らない。言葉の薄っぺらさをリヴィエールは誰よりも知っていたから。かつて信じられたのは自分の力のみ。

 

1年前までは太陽の神を信じていた。裏切られたとしてもルグなら良いと思えた。感謝していた。愛していた。

 

しかしそれを言葉で伝えた事はあまりない。言葉は嘘をつく。感謝を伝える最善の道は行動のみだと今でも思っている。

 

愛するものを護ることでしかリヴィエールは愛情を表現出来ない。大切なものを護ることでしか、己の存在意義を見いだせない。

 

感謝も、情も、愛も、リヴィエールは守る事でしか表現出来ない。剣でしか伝える事はできない。

それも既に失敗した。誰よりも失いたくなかった存在は守れなかった。もう自分に心配される資格などない。

 

「リヴィ君」

 

背中に声が掛かる。歩みを止めた。

 

「私は…………貴方が想像しているより、ずっと!」

「エイナ………」

 

振り返る。表情こそ笑みを浮かべていたが、これ以上なく悲しく、淋しそうな顔をしていた。額を軽く突く。

 

「大丈夫だから」

 

俺はこうする事しかできない。コレしか言えない。けど安心してくれ。今度こそ俺はもう何も失わない。お前の事は必ず俺が守るから…

 

誰よりも強く、タフな男の背中は不安定に揺れていた。

 

ーーーーああ、リヴィくん……どうしてそんな顔をするの……

 

儚くも美しい彼の微笑みに胸を高鳴らせながらも、エイナの心は悲しみが支配していた。

 

ーーーー泣いて欲しかったのに……怒って欲しかったのに……殴ってくれたらもっと良かったのに!!

 

エイナは知っていた。あの笑みは嘘だということを。誰にも弱みを見せないため、彼が身につけた防衛本能。作り物の顔だという事をあの夜にエイナは知った。

 

ーーーーたとえ泣いていても……怒っていても……殴られても……

 

怒りでも、喜びでも、彼の感情を隠したあの顔でなければ……

 

ーーーーたとえどんな嘘だったとしても、大丈夫(そのことば)を信じられたのに!!

 

頬を一筋の光が伝う。彼に嘘をつかれた事の悲しみと嘘をつかせたことの怒りがその雫に詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー流石ね……

 

鏡を覗き込みながら、世界の何よりも美しいと言われる白銀の美女が恍惚とした息を吐く。その鏡の中に映っていたのはフードを目深に被り、口元をネックウォーマーで隠し、黒い刀を腰に差した剣士。

 

ーーーーこの鏡からなら視線を気配も感じられるはずがないのだけど……

 

最上階に住まう美の神、フレイヤはリヴィエールを見ていた。彼女がリヴィエールの事を知ったのは本当に偶然だった。

神々による3か月に1回開催される定期的な集会。雑談や情報交換が主だが、真面目な議題や、ランクアップした冒険者の命名も行われる。かつての彼の主神が参加していた会合は前者。リヴィエールもルグの護衛として出席していた神の会合。

その時の邂逅は一方的なもので、会話する事は叶わなかったが、魂の色は見ることができた。

人とハイエルフ、愛と憎しみ、強さと弱さ、相反する全てが混ざった、長き時を生きる彼女が見たことがないと断言できる色。混ざっているのに透き通っている矛盾を抱えた魂。その美しさに一目で心を奪われた。

 

あの惨劇を経て、その美しさはさらに際立った。悲劇という闇が混ざる事でリヴィエールの黒に一層の深みを与え、彼の愛と憎しみはさらに増大した。

その結果、完成したのは磨き抜かれたエメラルドのような透き通った瞳に磨き抜かれた名剣の如き寒気がするほど美しい鋭い心。

 

ーーーーー混ざりも極めれば透明感を帯びる。あの子とは全く異なる形の黒い純粋さを持つ男。

 

その色が今日、少し鈍っていた。曇りのない黒曜石のような冷たい輝き。それが今日は熱が灯されていた。誰かが与えた優しさという穏やかな火が彼の冷たさを奪っていた。

 

ーーーーほんの少し、不快だと思っただけなのに…

 

敵意とは呼べないほどの微かな意思。それを目に宿した瞬間、鏡の中のリヴィエールは振り返り、こちらと目が合った。

 

 

ああ、気づいてくれた!!

 

 

鏡越しなのに、気配なんて感じられるはずがないのに…

こちらを感じた!

考えた!

見ていることに気づいてくれた!

 

その理解が女神に興奮を生んだ。雪のような白い肌を赤く染め上げ、どこか陶然と。艶やかに。両腕を大きく広げ、己を強く抱きしめる。情欲に頬は上気し、瞳は潤んだ。

 

ーーーー本当はまだ我慢するつもりだったのだけど……

 

「あの子の事も含めて……そろそろ動こうかしら」

 

お誂えに大きな祭りもある。動くには最適の時期だ。自分が動けばカンのいい彼もきっと動く。それにこれ以上自分の欲求を御しきる自信もない。

 

ーーーー混ざれば混ざるほど、怒りが、悲しみが、憎しみが、負の感情が増える程、純度を増す彼の黒。貴方はもっと美しくなる……その為なら何でもするわ。私の愛しい混ざり物。

 

ほっそりとした美麗な指が鏡の中のリヴィエールを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り千件突破しました。読者の皆さま、ありがとうございます。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。ベル君との対面は次回となります。ちなみにリヴィエールが複数の女性と関係を持っていることをフレイヤは知っていますが、ベル君と違い、種族もろもろ純粋でなく、透き通っていないリヴィエールは人と交わる事でより美しくなると思っており、最後に自分のモノにすればいいと考えているため、リヴィエールの女性関係は今のところ放置しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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