その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

1 / 60
お気に入り件数1900件突破!
本当にありがとうございます!!
当初、この番外編本当は1500人突破記念として書いていたんですが、作者の執筆が遅く、尚且つ予想以上にお気に入り登録をしてくれる方が多く、キリもいいからと1900件突破記念とさせて頂きます。
以前アンケートを取った番外編、第一弾はリヴェリア。主人公の出生と過去に関わる話です。オリキャラもいます。本編にもいずれ登場予定です。それでは、どうぞ。


外伝 リヴェリア・ストーリー
千のキス1


リヴェリア・ストーリー

千のキス1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中で風が吹く木々の間をすり抜けて通るその音は少し擦れて高く鳴る。空は青く澄み切っており、森からは鳥の声も聞こえる。自然の美しさが燦然と輝いている。

 

♫〜

 

風に乗ってべつの音が聞こえてくる。これは小川のせせらぎや鳥の鳴き声といった自然の音ではない。規則正しい旋律。明らかに何らかの意思を持って奏でられている音楽であった。

 

風に乗って森中に響き渡るその音色の先には一人の少年がいた。少し開けた、花が咲き誇る野原の真ん中で、少年は音を奏でていた。口元に小さな木造りの笛が添えられている。

 

柔らかに流れるそよ風が少年の艶やかな黒髪を揺らす。非常に美しい少年だ。整った中性的な顔立ちに細身の体躯は一見すると少女のようにさえ見える。もともと美しいモノに性差は出にくい。ハーフエルフたる彼なら尚更だ。

笛を演奏する姿は人というよりまるで妖精や天使のよう。彼の名はリヴィエールという。生まれてからずっとこの森で生きている。

 

演奏が終わる。リヴィエールは一つ息を吐いた。鳥や森は彼の演奏を喜んでくれたが、自身はあまり納得のいくものではなかったらしい。

 

ーーーーまだまだだな……母様のと比べたら…

 

「そんな事ないわよ。確かにちょっと拙かったけど、下手に綺麗にまとまった演奏よりよっぽど魅力的だったわ」

 

心を読んだかのような声が背後から。

驚いて振り返った時には身体を抱きかかえられていた。体が持ち上がる。

 

ーーーー女の、人?

 

背後で彼を抱き上げていたのは紫がかった黒髪を腰まで伸ばした美女。歳の頃はおそらく二十代半ばといったところ。少し青みがかかった夜空のような色合いのマントを羽織り、肌は新雪のように白い。細い首には宝石のような極彩色の石が飾られている。

マントの下は服と呼ぶにはあまりに薄い布が纏われていた。今まで少年が見てきた女性とは比べ物にならないほど露出度が高い。張りのある豊満な肢体がそれを押し上げている。

こういう女性に………いや、まだ性というものへの理解が乏しい少年は、女性の格好を見ても変に照れたり、紅くなったりはしなかった。思った事は綺麗な人だという事と、不思議な人だという事。彼女の赤い瞳から目をそらす事が出来なかった。

 

「なるほどねぇ」

 

少年を抱き上げ、頬や髪を撫でていた美女は楽しげに目を細めた。

 

「素敵な髪……透き通った緑の瞳はまるでエメラルド……あなたは異なる二つが交わった一つの作品のよう。エメラルドは黒髪によく映える」

 

ガラス細工を愛でるように、少年の頬を、髪を、肌を愛撫する。その手つきは滑らか、かつ流麗。体中を撫で回されているというのに少年には不快感はなかった。抱きしめられ、首筋に鼻を当てられる。スゥと空気のかすれる音が聞こえた。

 

「…………とてもいい匂い。貴方が当代の神巫なのね。男の子な時点で珍しいけど、貴方ほど若くして才能を発揮してる子を見たのは初めてかも。どうしようかしら?貴方可愛いし、今すぐ私のお人形さんにしたいくらい」

 

興味深そうに少年を撫で回す。裕福な令嬢が、買ってもらったばかりのオモチャをどうしようか、と考えるのに似ていた。

 

「でもただ閉じ込めるのも勿体無いわねぇ。せっかくの宝石だもの。磨かれた姿を見てみたいわ」

「僕は宝石じゃないよ?」

 

自分の事を称されているとわかった少年は不思議そうに思った事を口にする。すると少年を抱いたまま、黒髪の美女はたおやかに笑った。

 

「面白い子ね。ええ、もちろん知ってるわ。ただの喩えよ。貴方も芸術家なら覚えておきなさい。豊かな比喩が世界を美しく彩るのよ」

 

リヴィエールが笛を吹いていた事はもちろん知ってる。彼の演奏に導かれて、この美女は現れたのだから。

 

「そうね、おまじないにしましょうか」

 

面白い事を思いついたというように笑う。母以外の女性を美しいと思ったのは少年にとって始めてだったかもしれない。

 

「貴方をより美しく磨くための素敵な 呪術おまじない。もし貴方が人間の言うところの冒険者とやらになって、魔法を使うようになったら……」

 

美女の言葉がそこで途切れた。抱き上げた少年を地面に降ろす。そして目線を合わせるように膝を折った。それでも目線は彼女の方が少年より高い。

 

「さあ、おまじないの時間よ、私の小さな恋人。力を抜いて。硬くならないで。魔法の使い方を教えてあげるわ」

 

甘美な歌声が少年の耳朶を打つ。身を任せたくなるような誘惑の旋律。リヴィエールを優しく抱きしめていた手が頬に添えられる。耳を軽く噛まれた。

 

「魔法?」

「そう。とっても甘い、素敵な魔法。きっと貴方をもっと素敵にしてくれるわ」

 

二人の距離がほぼゼロになる。少し顔を動かせば唇が当たるその距離で少年は抱きすくめられた。妖艶な美女は口ずさむ。

 

生きましょう私の小さな恋人 そして愛を交わしましょう

人は私達を妬むけれど そんなものは聞こえない

私達は儚い命 陽の光は死するとも 朝日とともに生まれ変わる

けれど二人は死すれば短い光が消えるだけ

小さな光が消えたとしても 永遠に夜は続いていく 二人は果てしない夜を眠るだけ

だから私に千のキスをして それから百 それから……

 

「カトウルスの詩……」

「あら、知ってたの。博学ね」

「母様にしてもらった事がある」

「覚えておきなさい、私の可愛いアナタ。こういう時に他の女の名前を出してはいけないのよ」

「なんで?」

「いつかわかるわ。黙って…」

 

少年の口が塞がる。美女の赤い唇が重なったのだ。もう喋りたくても喋れない。

 

私に千のキスをして それから百それからもう千のキス

それから2度目の百のキス それからさらにもう千 そしてまた百

それからも何千のキスをして 愛し合いを繰り返しましょう?小さな恋人

キスの数もわからなくなるほど 数の数え方ももわからなくなるほど

私に千のキスをして

 

詩を唄いながら女は唇を合わせ続ける。少年の小さな唇を舌で舐め、優しく啄む。彼を慈しむような慈愛のキス。その重なりは段々と深くなっていき……

 

キスはそこで途切れた。女が急に真面目な顔になったかと思うと、少年から離れる。二人の背後には細身の剣に手を掛けた男が立っていた。黒髪をうなじあたりで束ね、いかにも戦士然とした精悍な男性。歳は三十を超えているかどうかというところだろう。

 

「父さま?」

 

男の顔を見た少年が不思議そうに呟く。父がここにいる事に驚きはない。この森の中なら彼はどこにいてもおかしくない。疑問を持った理由は彼の表情だ。

柳眉を立てて剣に手を掛ける男は怒っているかのようにさえ見える。あまり感情を表に出す人ではなし、怒る事も滅多にしない人だ。それが今はまるで不倶戴天の敵と出会ったかのように武器を構えていた。

 

「無粋ねぇ。心配しなくても何もしないわよ、今はね」

 

男を見ながら美女は笑う。男を脅威とは思っていない様子だ。

 

「人間にしてはまあまあ強そうね。ちょっとゴツゴツしいのが好みじゃないけど」

 

女の方に戦意はない。にも関わらず、壮年の男は油断なく剣を構え、黙りこくっていた。

 

「お喋りをしてくれないのも低評価だわぁ。黙して語らず、なんての流行んないわよ。まあいいわ。この子に巻き添えで死なれたりしちゃったらイヤだもの。ねえ、私の可愛いアナタ」

 

少年の頭を撫でる。彼の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、頬に唇を付けた。

 

「またね、私の小さな恋人。その時はきっと私に千のキスをしてちょうだい」

 

手を振ると同時に霞のようにその姿を消した。まるで精霊か、妖精のように。

 

「…………逃げられたか」

 

男が手を柄から外す。無言のまま少年に近づく。

 

「怪我はないか?体に異常は?」

「ないよ、父さま」

 

少年の答えに男は眉をひそめる。本当に?といった顔だ。頷く。

 

「綺麗なひとだったね。まるで妖精みたいだった」

「お前はそういう事をさらりと言うな……」

 

口下手な事を自覚している彼は妻や息子のこういう所に若干焦る。二人とも芸術家だからか、表現に躊躇いがない。

髪色だけは自分の色を受け継いだが、中身も外見も本当に母親に似ている。優しく、美しく、強い。

 

「お前、将来とんだタラシになりそうだな」

「タラシ?なにそれ」

「…………知らなくて良い。が、あまり気軽に女とああいう事をしてはいけないぞ」

「なんで?」

「それは……その……お前にはまだ早い」

「でも僕、もう母様としたよ?」

「母様は良いんだ。だがな……」

「…………よくわからない」

 

唇をそっと撫でる。感触はまだ残っていた。

 

「…………はあ、まあ今はわからなくて良い。帰ろう。母様がパイを焼いて待ってる」

「うん」

 

少年、リヴィエールの手を男が握る。まだ彼が戦いなどとは無縁だった頃の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝靄がかかる湖畔、誰も住んでいないような場所に、二人の人影が見える。

一人は女性だ。腰まで届く緑髪と緑柱石の瞳、エルフ特有の耳に魔導士らしい白いローブを纏っている。その美しさは凄まじく、人というよりも妖精や女神の類にすら見える。彼女の名はリヴェリア。オラリオでも有数の魔導士であり、王族たるハイエルフの末裔だ。

大荷物を背負ったもう一人は少年のようだ。肩近くまで伸びた艶やかな黒髪に同伴者とよく似た緑色の瞳をしている。顔立ちは同伴者の緑髪の美女に少し似ており、まだまだあどけない色を強く残している。中性的なせいか、一見すると女性に見えかねないほど容貌の整った少年である。

二人とも旅装に身を包んでいる。前に立つ一人は杖を持ち、そしてもう一人は自分の背丈並の大きさのディパックを背負い、腰には細身の剣が差されている。

 

「見えてきたぞ」

 

杖のみを持つローブを羽織った人物が、息を切らせながら後ろを歩く少年に呼びかける。どうやら目的地へと到着したようだ。ドサリと重みのある音が鳴る。

 

「此処は?」

 

目の前に広がる薄暗い森をを見つつ、問いかける。以前は彼も緑の中で生活していたため、森自体は嫌いじゃない。が、自身に流れるエルフの感性が言っている。此処は普通ではない、と。そしてその感性は正しかった。

 

「ネヴェドの森だ」

 

二人がなぜこんな所に来ているか、その理由を知るには若干時を遡らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は対峙していた。片手に剣を持ち、片手を虚空に翳している。彼の目の前に立つのは異形の怪物の大群。一見すればもう命を諦めるレベルの窮地。しかし、彼は何も慌てることなく、何かを唱えていた。

 

「リオン!アイズ!退がれ!リヴィの詠唱が終わる!」

 

緑髪を腰近くまで伸ばした妙齢の淑女が命令を飛ばす。名前を呼ばれた二つの風は一瞬でその場を離れた。

 

「咲き誇れ、漆黒の大輪。グローリアのっ……名の下に!!」

 

【燃ゆる大地!】

 

黒炎が大地を覆う。彼を取り囲んでいたモンスターが一気に焼き払われた。

 

ーーーーッつぅ…

 

ビキリと体に鋭い痛みが奔り、目の白い部分に黒い靄が掛かる。男がひと撫ですると、靄は消えた。

 

その隙に炎から免れた数匹の魔物が膝をつく黒髪の男に襲いかかる。近づいていた事には気づいていた。剣を握りしめ、最寄りの魔物を屠る。

次、と少年が思った時には戦いは既に決着していた。金と緑の風が残り数匹のモンスターを斬り裂き、炎の範囲外にいた魔物達は緑髪の魔導士が滅した。

 

「チョロいぜ」

「ていうよりは楽じゃなかったですね」

「じゃ甘いぜ」

「てよりは楽だったかも…」

「じゃあどうだったのさ」

「「…………チョロ甘かな?」」

 

戦闘の感想を述べ、全員得物を収める。リヴィエールも抜いた剣を鞘に収める。周囲に敵の気配はない。7つ目の感覚も当面の危険はないと告げていた。戦闘はとりあえず終了だ。

 

「リヴィ、お疲れ様」

「マインドはまだ大丈夫ですか?」

 

側で戦っていた二人がリヴィエールの元に近づいてくる。アイズ・ヴァレンシュタインとリュー・リオン。剣聖に寄り添う似て非なる二つの風である。

 

「大丈夫、問題ない」

 

肩を回す。もう体に痛みはない。意識を黒く染める炎も消えた。今言ったことは彼の本音だった。

しかし、合流してくる緑髪のエルフ、リヴェリアは彼に対して眉をひそめた目で見ていた。何やら怒っているらしい。一度頭を振り、ため息をついていた。

 

今回、彼らはロキ・アストレア・ルグファミリア合同で行われたダンジョン探索に参加していた。メンバーはそれぞれのファミリアから選抜された手練れで構成されている。

他ファミリア合同で行う遠征は基本的に少数精鋭な事が多い。大人数になってしまうと命令系統が狂うからだ。あらかじめ代表を決めていたとしても、緊急事態となれば状況は一変する。状況を的確に分析し、迅速かつ的確に判断、行動出来るものだけが選抜される。

口にしてみれば簡単だが、実際にそれができる人間はごく僅か。正しい道理が無理に蹴飛ばされる回数の多さは歴史が証明している。

たとえ正しい指示をリヴィエールが出しても、すぐに彼らが指示通りに動いてくれるかは怪しい。リヴェリアが違う指示を出していれば、間違いなく動かないだろう。

 

リヴィエールはそれが不思議でならないのと同時に面倒だった。その事をルグは知っていた。彼女がファミリアの人間を増やさない一因はコレである。

基本的に持つ側の人間である彼は大抵のことは一人でできる。本人もそう思っているし、事実それを証明してきた。

しかし効率は良くないというのもまた事実。一人で深層にたどり着く事は可能だが、一人で持てる資材には限界があるため、長期の遠征に出る事は難しい。

 

そういう時は他のファミリアの人間と手を組む事が多い。実力が近く、気の合う冒険者とあらかじめ分配を決めておき、ダンジョンに潜る。ファミリアが違うと結婚や男女の付き合いといった関係を築くのは難しいが、共にダンジョンに潜る事に関してはよほど人物に問題がない限り、容易に行われている。

そんな時は混乱を避けるため、最小単位でのパーティが望ましい。

 

今回の遠征の選抜メンバーは四人。前衛は剣士タイプの【剣姫】アイズと【疾風】リュー。中衛に、視野が広く、前も後ろもサポート出来る万能タイプの魔法剣士【剣聖】リヴィエール。後衛に上位魔導士【九魔姫】リヴェリア。エレメントとしてはオラリオでも屈指のメンバーと言えるだろう。

 

「今回はここまでだな。帰還する。魔石を回収しよう」

 

指揮官を任せておいたリヴェリアが遠征の終了を支持する。体力的には全員まだ行けたが、これ以上収穫物を増やすと帰還が困難だ。指示に異論は誰もなかった。

 

「全員無事だな……しかし、流石に手練れの前衛がこれだけいると戦闘は安定するな」

 

魔石を拾うのはアイズとリューに任せ、水を飲むリヴィの隣にリヴェリアが立つ。イヤミか?と問おうとしてやめた。問うまでも無くイヤミだ。

ルグに対して少し恨みを抱く。今回の件、言い出しっぺはあいつだったと聞いている。常にソロで探索している自分のことを思っての提案だったことはわかるし、こうして気の知れた人間達とダンジョン探索するのも悪くないが、たまのことにしてほしい。少なくともリヴェリアは外してほしい。どうしても彼女は苦手だ。人は誰しも恐ろしきもの、美しいもの、身内のものが相手では手が竦む。リヴィエールにとってリヴェリアはその全てを兼ね備えている。もし敵対した場合、相性は最悪だ。

 

「リヴェリア、回収終わったよ」

 

それぞれが持ってきているディパックをポンと一度叩く。アイズの手からその大きなバックを受け取った。サポーター役は当然リヴィエールである。

 

「リヴィ、大丈夫?重くない?」

「余裕だ」

「では帰りの中衛役は私が勤めましょう。リヴィの腕には及ぶべくもありませんが、私も貴方と同じ魔法剣士ですので」

 

貴方と同じ、の所をやたら強調してリューが中衛を買って出る。適任なのは間違いないのだが、その一言はダンジョン内の空気に緊張をもたらした。

 

「…………じゃあリヴィ、私と一緒に前に行こう。大丈夫。貴方は私が守る」

 

右腕をとって前へと引っ張ろうとする。荷物を抱えて前衛は少し難しいが、リヴィエールは両利きだ。片手でも充分に戦える。

しかしそんな行動をリューが引き止める。

 

「手が塞がっているのに前衛をやるというのはいかがなものでしょう。此処は魔法剣士二人で中衛役をこなした方がリヴィにとっても、パーティにとっても良いと思いますが」

「…………リヴィは攻撃を得意とする魔法剣士。枷がある状態なら得意な局面で戦った方が良い」

 

空気が不穏になってきた。オロオロとする黒髪の少年を見て姉貴分たるハイエルフは溜息をつくが、文句は言わない。せっかくダンジョンに一緒に潜ったのだ。肩を並べて戦いたいというのはわかる。

 

「リヴィはどっちが良い?」

「そうですね。貴方の意見も是非」

 

二人とも無表情の中に期待を込めた眼差しをリヴィエールに向ける。別に彼はどっちでも良いのだが、どちらを選んでも角が立ちそうだ。視線をリヴェリアに向ける。なんとかしてくれと目で懇願した。

 

「はぁ……中衛はリヴィ一人にやってもらう。二人は引き続き前衛。決定事項だ。異論は許さん」

 

一番丸く収まる指示が出る。二人とも小さく唸った。期待した答えではなかったが、彼女の指示である以上、納得するしかないという反応だ。今回の合同探索の前提の一つに指揮官に絶対に従うというルールがあった事が幸いした。

 

色々と渦巻く思いはあったが、今願うことはただ一つ。

 

「早く風呂に入りたい」

 

ロキ・アストレア・ルグファミリア合同探索、三十七層にて終了。この時を持って帰還行動に移る

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヴィエール」

 

ダンジョンから帰還を果たし、ギルドに報告を済ませた後、リヴェリアに呼び止められた。眉には深くシワが刻まれている。表情は不機嫌そうだ。

 

「なに?」

「聞きたいことがある。お前の魔法について、だ」

 

背中に冷や汗が伝う。まさかばれたか?

 

「お前、どうやって魔法を使っている?」

 

質問内容を聞いて少し安堵する。どうやら心配していたこととは別件の内容らしい。

 

「どうって……詠唱しながらいい感じに魔力を高めて……それを止めて押し出す感じで」

 

魔法を使うときのイメージをそのまま伝える。師についたことのないリヴィエールは感覚でやっているため、かなりアバウトだ。

 

眉間の皺が深くなる。どうやら怒っているのはこの辺りのアバウトさらしい。

 

「私もたいがい大らかな方だが、お前のは大らかを通り越して白痴だな。そんな適当なやり方でよく今までマインド・ダウンを起こさなかったものだ」

「…………ああ、そういう」

 

怒っていた理由がわかる。基本的にソロで探索を行っているリヴィエールがダンジョンでマインド・ダウンなど起こしてはほぼ確実に死ぬだろう。今までそうなっていないのは本人に剣士としての腕が充分にある事と幸運でしかない。

 

「今回の遠征でお前の魔法をずっと見ていた。組み立ても魔力の練り方も雑だ。それでは正しい威力が出ない」

「?」

 

言ってる意味がわからない。いや、言語の意味は理解できるが、なぜそんなことを言われるかがわからない。リヴィエールは実力を客観的に見ることに長けている。確かにリヴェリアよりは劣るかもしれないが、自分の魔法の威力は低いとは思えなかった。

考えている事がわかったのか、リヴェリアは否定するように一度首を振る。

 

「無駄に才能(まりょくりょう)があるせいでそこそこまともな威力で放たれているが、無駄が多すぎる。自己流が悪いとは言わんが、しなくていい消耗をしているのも確かだ。正しいやり方でやればマインドの負担も威力も格段に上がる」

「…………だから?」

「リヴィエール、しばらく私に師事しろ。正しい魔法の使い方を教えてやる」

「…………」

 

断る、と言いそうになった。しかし、なぜか抗いがたい彼女の眼と最近魔法を使うと自身の体に起こる異常が、それを拒んだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして至る現在。リヴェリアは長期休暇の許可をロキから取り、ルグからもしばらく俺を鍛える事の了承をとった。ルグの賛成があってはリヴィも無下にはできない。最後までごねはしたが、自分がいない間、ルグのガードをロキ・ファミリアが務めるという条件で、リヴィも了解した。

森の中の開けた場所で魔法を発動させる。黒髪の剣士は珍しく汗だくになっており、肩で息をしていた。

 

「まだ力に頼っている。土台がしっかりしていない証拠だ。もっと魔力の流れをイメージしろ」

「やってるよ。でもなんかいつもよりすっげえ負担かかるんだよ。魔力多めにこめなきゃ発動すらしねえって。この森絶対変だぞ」

 

魔法の発動にここまで抵抗感を感じたのは初めてだった。まるで粘液の中で剣を振るっているような、そんな錯覚に陥る。

 

「環境のせいにするな、お前がヘタだからだ」

 

杖を取り出し、詠唱を始める。凄まじい威力の氷の魔法はリヴィエールの黒炎を凍りつかせた。

 

「威力を出そうと思えば詠唱で魔力を起動させ、正しい術式を構成しなければならない。全力と力任せは違うぞ」

「…………」

 

通常と変わらぬ威力で放たれたリヴェリアの魔法にぐうの音も出ない。悔しいが魔導士としての力量は相手の方が明らかに上だ。

 

「私は門外漢だから詳しくは知らんが、剣もそうなのだろう?お前が力任せに剣を振るうところを私は見たことがない」

「刀の扱いは筋力じゃない。呼吸と筋だ」

「魔法も同じだ。魔力があるに越した事はないが、それだけでは正しい力は発揮されない。この森で普段オラリオで使用する威力の【燃ゆる大地】が発動できて初めて合格だと思え」

「わかったよ」

「よし、素直だな。いつもこうなら可愛いのだが。では再び現火の修行に移る。アマテラスを発動させろ」

「えー、またあの地味なのやんの?」

「何をやるにも基礎の反復は欠かせん。お前ならよく知ってるだろう」

「まあね」

 

人差し指を一本立て、アマテラスと呟く。ろうそく程度の小さな炎が指に灯った。

 

炎によって生じる浮力で紙を浮かせる。一枚ができたらもう一枚、二枚できたらもう一枚という順に。それが現火。火の魔法を使うエルフの基礎修行。

紙の量を増やそうと思えば火力を上げなければいけないが、上げすぎると紙が燃える。力加減が意外と難しい。この森でなら尚更だ。

 

「10段載せれたら30分は維持させろ。基本に魔法の極意があると思え」

「はいはい」

 

過去の修行で既に7段を載せている。10段にたどり着くのも時間の問題だろう。

 

ーーーーしかし凄まじいな…

 

修行の様子を見ながら心中で感嘆する。彼が察した通り、この森は魔法の発動が難しい聖域だ。体術で言えば、身体中に重しをつけているようなもの。並の魔導士なら発動すら出来ない。

しかし、この男は何でもないように炎を起こし、そして半分もの威力で行使に成功している。術式はまだ拙いにもかかわらず、だ。しかも驚異の速さで成長してきている。

 

ーーーー流石は姉さんの息子……という訳か

 

10段目に到達した。現火は炎を使うエルフの基本修行。10段目に達するのに並の使い手なら一年かかる。それをたった半日で……

 

ーーーーこの分なら一週間あれば土台は完成する。そうなったら私を……下手をすれば姉さんさえも超える魔導士になるかもしれんな。

 

疲労の汗を流しながら10段を維持するリヴィエール。黒い炎が彼のエメラルドの瞳を照らした。

 

ーーーー美しい……

 

懸命に己を練磨する彼を見て、今更ながらに思う。あの人の生きた証が此処にある。

本来であればいくら友人とはいえ、他のファミリアの子供である彼にココまで世話は焼かない。身内には厳しくて優しい彼女だが、外にはかなり手厳しい。

そんな彼女にとって、リヴィエールだけが唯一の例外だった。

彼には自身の友と、愛した 女ひと、両方の面影がある。

 

ーーーーエメラルドは黒髪によく映える

 

寄り添い合う彼の母と父が同時に映る。本来交わらない二つの種族が交わって起きた奇跡の象徴を彼に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。完全に襲われてるショタエール。まだ彼は食う側ではなく食われる側のようです。あと3話くらいで終わらせる予定です。ちなみにカトウルスの詩は実在する詩で、古代ローマ時代、シーザーと同時期の詩人、カトウルスが愛した女性、レスビアに送った詩です。ちなみに既婚者の女性。流石古代ローマですね。ちなみにオリキャラのイメージはFate/GOのスカサハです。感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。