二人の男達が薄暗い地下通路を一歩ずつ慎重に進んでいた。男達が歩いているのはスレイン法国の地下、綺麗に整備された下水道だが今はその面影はない。細かく整備された下水道は法国の技術力がうかがえるが、今の二人には逆に迷ってしまうだけの忌々しい通路でしかない。慎重に歩く二人は下水道の管理者ではない。何故ならば二人の装備は法衣を纏ったマジックキャスターだからだ。
「おい、こっちであってるのか?」
「間違いないです。巫女姫の魔法ではこの辺りを示していました。目標が動いていなければですが・・・。それにこいつらも進むにつれて増えてる気がします。」
「そ、そうだな・・」
そういうと男は自分の足元に目をやった。
グチャ・・・グチャ・・・
一歩、歩を進める度に苦々しい顔つきになる。慣れたとはいえ好きになることはない。
「くそっ、絶対見つけてぶち殺してやる。」
男が悪態をついた。男は何でこんなことを俺がしなければいけないのかと振り返った。
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「わ、私が陽光聖典にですか?」
その要請を受けたのはサングン・グリッド・ルーイン、スレイン法国の自称期待の新星のマジックキャスターだ。サングンには優秀な兄が居り、いつも兄に馬鹿にされていたがここ最近見かけなくなった。どうやら兄が率いる前陽光聖典は全滅し、新たに人を集めているらしい。
(ラッキー!!今までさんざん馬鹿にしやがって!どんな任務かは知らんが、人類の希望である六色聖典に失敗など許されん。これからは俺の時代だぜ。)
メンバーを一新した陽光聖典はまだ予備生ということもあり平均年齢は若かった。30代はサングンだけだが、まぁその分指図しやすいだろうと考え直す。唯一、気に食わないのは新しい陽光隊長がサングンよりも年下ということだった。隊長は第三位階の魔法が使えるらしく第二位階しか使えないサングンではそれも仕方ないだろう。
そして始まった初任務だ。それが何故地下に潜って害虫駆除なんだ。陽光聖典はエリートなんだろ?そんなもん魔法も使えない屑に任せておけよ。何で回りの奴等も「国のために」とか言ってんだよ。害虫駆除だぞ。これだからガキどもは・・・。まぁ、任務だから仕方がないが。
事の始まりは一ヶ月程前に国民から寄せられた一件の苦情だった。郊外のゴミ屋敷からゴ○ブリが大量に発生しており、住民に苦情を言おうとするが一向に出てくる気配が無いとのことだった。法国の職員が鍵をこじ開け訪れた時、住民は椅子に腰掛け、職員に背を向けていた。
「すいません、少しよろしいですか?」
「・・・・」
しかし、返事は無かった。再度、呼び掛けるがやはり返事はない。職員が住民の肩に手をかけて振り向かせる。
グチャ・・・
職員の手に異様な感触が伝わる。恐る恐る自分の掌を見る。ゴ○ブリが潰れ、脚をピクピクさせながら体液を垂れ流ていた。
「うわぁーーー!」
こうしてなんやかんやあって、ゴミ屋敷の下に謎の地下通路を見つけたりした。謎の研究施設は見つからなかったが、どうやら下水道に繋がっていることが分かり、ゴ○ブリの発生源もそこらしい。そして分かったことがある。このゴ○ブリは只のゴ○ブリではない。生命力も異常に強く、個体差もバラバラで大きいものでは1メートル以上ある個体もいる。国民の間ではラージ・ローチと呼ばれ恐れられるようになっていった。
ラージ・ローチによって法国の衛生状態が悪化し、法国には病人が増えてきていた。そして何よりも厄介なのがコイツらの食欲だ。ありとあらゆるものを食い尽くしている。コイツらが食うのは食い物だけじゃない、何も無ければ共食いだってするし、家畜や人すら襲う。事態を重く見た神官長達は掃討作戦を決定した。そして分かったのだ。前陽光聖典を滅ぼした犯人が今回の首謀者であることを、そしてこのラージ・ローチの群れはたった一匹のゴ○ブリから召喚されたゴ○ブリにすぎないのだと・・・。
ふざけるな!!そいつを殺さない限りこの地獄は永遠に続くだと。頭を切り替えて下水道の奥に進むが、サングンの頭にゴ○ブリが落ちてきた。
「クソがーーー!!!」
「お、おい!」
地面に這いつくばるゴ○ブリを力の限り踏みまくる。
グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ・・・・・・・・・・
「ハァ、ハァ、ハァ、・・・へ、ザマーみやがれ。」
サングンが肩を揺らしながら踏み潰したゴ○ブリを睨み付けると、奥から聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「よくも我輩の眷属を殺してくれましたね。」
「な、何者だ!?」
サングンは震えながら声の聞こえた方向を目を向けた。
「おい、お前、様子を見てこい!」
「は、何で僕が?」
「うるせー、俺は隊長に報告する義務があるんだ!早くしろ!!」
サングンに指示された男はぶつぶつ文句を良いながらも進んでいった。残されたサングンは暗闇に消えていく男を見ながら満足げだ。
「おい、様子はどうだ?」
しかし返事はない。
「お、おいぃ!早く答えろ!!」
先程よりも大声で問いかけるがやはり答えは無かった。
「ち、チクショウ!!!死ねーーー!《ファイヤー・レイン》!!」
サングンの唱えられる最大の魔法を打ち込んだ。焦げた臭いがたちこめ、地下道が明るく照らされる。しかし、その光は直ぐに暗闇に覆われた。暗闇がサングンを不安にさせる。打てる限りの、《ファイヤー・レイン》を何度も放った。放ってしまった。闇が前より濃く、近くに感じる。いや、違う。暗いのではない、奴等が近づいているんだ。
「ヒィィ、なんでもします、助けて下さい!!」
「そうですか、分かりました。」
サングンの顔が明るくなった。
「では我輩の眷属の餌になって下さい。」
サングンは言われた言葉の意味が理解できていなかった。理解した時、サングンの顔が一気に青くなる。サングンは狂ったように叫びながら逃げ出した。しかし、もうすでに何もかもが遅かった。瞬く間に暗闇に飲まれ、この世にサングンが居た形跡は跡形もなく消えた。
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「ふぅ、つまり風化聖典に続き、新たに作った陽光聖典も壊滅したということだな。」
神官長会議の行われている円卓で神官長はため息混じりに報告を聞き終えた。
「はい、現在連絡はとれていません。」
答えるのは漆黒聖典の隊長であり二つ名を漆黒聖典と呼ばれている。
「やはり急造のチームでは無理だったのだ。始めから漆黒聖典を向かわせれば良かったのだ。」
「しかし、漆黒聖典は英雄級のメンバーだがいかんせん人数が少ない。法国全体の中から一匹のゴ○ブリを見つけ出すのは効率が悪い。」
「しかし、もう手もないだろう。これ以上被害が広がれば、人類の未来どころか法国事態が危ない。」
「そうだな。では、早急に頼むぞ」
「ハッ、分かりました。」
神官長達の決定を聞き、素早く事態を打開するべく漆黒聖典は会議室を出た。
「ねぇ、いつまでこれ続くの?」
カチャカチャとルビクキューを弄りながら、漆黒聖典には目もくれず話しかけてくる少女が立っていた。彼女こそ人類の守り手であり、神人である番外席次、絶死絶命だ。
「はい、これから漆黒聖典で対応することが決まりました。直ぐに片付くでしょう。」
「ふーん、じゃあさっさと片付けてよね。」
「分かりました。では失礼します。」
素っ気ない答えだがいつものことだ。漆黒聖典が絶死絶命の横を通りすぎようとしたときに、ゴ○ブリの気配がした。漆黒聖典は素早く槍を振り、消し飛ばす。
「失礼しました。結界でこの辺りには入ってこないようにはしていたのですが。」
「おいっ、それ以上近づくな!!」
「え?」
目を向けるとかなり遠いところに絶死絶命が立っていた。目がかなりマジだ。
「分かりました、結界をより強固にするよう伝えます。安心してください。」
全てを察し、絶死絶命を傷つけないように接する。
「べ、別にゴ○ブリが苦手なわけじゃないぞ!」
(か、かわいい・・・)
「コホン、モチロン分かっております。直ぐに対処致しますのでご安心を。」
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「クインティア、そっちは片付いたか?」
「はい、但し目標はすでに移動した模様です。」
「そうか、引き続き頼む。一匹たりとも残すなよ。挟み撃ちにして必ず滅ぼすぞ。」
(ふぅ、隊長やけに気合いが入ってるな。しかし、これも法国を守るため。)
「行け、ギガントバジリスク。コイツらを片付けるのだ。」
「クワァーーー!!!」
ギガントバジリスクの石化の視線によりゴ○ブリが石化していく。普段であればこんな石像を作った作者の頭を疑いたくなるような石像がところ狭しと量産されていく。まぁ動かないだけマシだろう。
「どうやら貴方は少し危険ですね。」
暗闇から声が聞こえてきた。どうやら目標が現れたようだ。
「貴様か?姿を現したらどうだ?」
「仕方がありませんね。あぁ、我輩に石化は効きませんよ。」
そういうと現れたのは王冠と王笏を持ち二足歩行で歩くゴ○ブリだった。チラリとギガントバジリスクに石化させるように指示するが、マジックアイテムか耐性があるのか効かなかった。まぁこんな事件を起こすようなモンスターだ。それくらいはできるだろうと諦める。
「何が目的だ。何故、法国を襲った。」
「それを答える必要はありませんね。」
「そうか、残念だ。ギガントバジリスク、やれ!」
「どうやら貴方には眷属では敵いそうにありませんね。私自らいかせてもらいますよ。」
ギガントバジリスクに比べると圧倒的に小さい筈のゴ○ブリはギガントバジリスクの攻撃を受け止め、逆に王笏で反撃をしていた。
(なんだと、ギガントバジリスクが押されている?チッ、計算外だな。仕方がない、俺が出るか。)
「一対多では少々分が悪いですね。シルバー!」
(なんだ?銀色のゴ○ブリ?)
シルバーと呼ばれたゴ○ブリがギガントバジリスクに突撃する。銀の弾丸になったゴ○ブリにギガントバシリスクの頭が弾けとんだ。ギガントバシリスクの猛毒の体液が飛び散る。
(・・・!!こいつはヤバイ、隊長ほど強さは感じないが俺では勝てそうにない。くそ、ここまでか。)
「どうやら手こずっているようだな、クインティア。」
「た、隊長!?申し訳ありません。」
「こいつが目標か?」
「はい、目標事態は勝てないことはありませんが、銀色のゴ○ブリは厄介です。」
「そのようだな、やはりプレイヤーが関係している可能性が高いな。」
「プレイヤーですか?」
「恐らく奴も魔神だろう。」
「人類の危機ですね。魔神の方は私が倒します。隊長は銀色のゴ○ブリをお願いします。」
「よし、行くぞ!」
クインティアと漆黒聖典が動き出そうとした瞬間、ゴ○ブリが互いの戦力差を感じ取ったのか呟いた。
「どうやらここまでのようですね。」
「やけに潔いですね。では早く死んでください。」
「えぇ、
「!?」
《眷属召喚!!》
クインティアの前に大量のゴ○ブリが発生する。あまりの数に目標を見失う。 それどころか急に発生したゴ○ブリの壁に勢いが止まらずダイブする。クインティアには知るよしもないが、奇しくも兄妹揃ってゴ○ブリのベッドにダイブすることとなった。
「チッ、ヤツはどこ行った!」
見ると深淵の闇のような10センチほどの黒い渦ができていた。
(なんだあれは?・・・まさか転移魔法か?)
「クッ、逃がすか!」
「失礼、ごきげんよう。」
そう言うと、ゴ○ブリは暗闇に吸い込まれるように消えていった。隊長の方を見るとやはり多くのゴ○ブリに妨げられ、一瞬の隙をつかれ逃げられたようだ。
(くそっ、失態だ。これだけの被害を出し、なにより六色聖典はほぼ壊滅状態だ。人類の進出は大きく遅れることになる。しかもヤツは威力偵察と言った。こちらの情報を持っていかれた可能性が高い。)
そして数日経ったとき、事態は急変した。
「大変です!法国を囲むように100メートルはあろう巨大なゴ○ブリの群が向かってきています。」
神官長がその声に外を眺めると一面、真っ黒な固まりが土煙を上げながら向かってきている。いや、所々に赤い点が見える。どうやらゴ○ブリの目が赤く光っているようだ。
「大気が怒りに満ちておる・・・」
どこからともなく現れたのは老婆のカイレだ。
「王蟲の怒りは大地の怒りじゃ!」
一人、悦に入って呟く老婆を回りは生暖かい目で見守った。
「頼むぞ、漆黒聖典。」
「あの数ではどこまで法国を守れるか分かりませんが、できる限りはやらせていただきます。」
しかし、事は簡単には済まされなかった。
「くそっ、コイツらを倒したとしても死骸から毒を噴出しやがる。これじゃコイツらを倒しても人間は住めなくなるぞ。」
「仕方がない、奴を出すぞ!」
「神官長、まだ早いです。」
「えぇい、うるさい。今、出さなければ法国は終わりだ。」
「絶死絶命、焼き払え。」
かなりイヤイヤしながら引きずられるように絶死絶命が出てきた。
「ギャーー!キモい~~~!」
絶死絶命は極力触れないように斬撃を飛ばしゴ○ブリを吹き飛ばす。その一撃は辺り一面を火の海に代える威力だった。
しかし、いかんせん相手の数と相性が悪かった。一騎当千の絶死絶命でも数の暴力には手こずるはめになる。直ぐに消し飛ばした後にゴ○ブリが押し寄せる。
「うーん・・・」
余りのキモさに絶死絶命の意識を手放した。慌てて漆黒聖典が抱き締める。どこかにやけた顔をしており、心の中でガッツポーズをしていた。
「どうした!?さっさと撃たんか!」
神官長が激を飛ばすが最早、絶死絶命や漆黒聖典だけでこの状況を打開するのは難しいだろう。
「これでいいんじゃ、王蟲の怒りは大地の怒り。絶死絶命に頼って生き延びても・・・・・」
カイレは相変わらずブツブツとボケているが回りは努めて無視をした。こうして一部の人間を残し、法国は壊滅した。
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「では、占星千里の予言から言えば、帝国の言うアインズ・ウール・ゴウン魔導国なる国とは絶対に敵対するなとのことだな。」
「あぁ。それと法国の害虫駆除を最優先で徹底するようにと言っております。」
「どう言うことだ?」
「それが予言を見てから部屋に引きこもってしまい、まだ詳しく聞き取れておりません。」
「占星千里が引きこもるほどの予言とは一体どれほどのものなのだ。破滅の竜王を予言したときですらこんなことにはならなかったぞ。」
「何はともあれ、今度の王国と帝国の戦争は静観したほうが良さそうじゃな。」
「「「異義なし。」」」
こうして法国は帝国と王国の戦争と言う名の虐殺により魔導国の圧倒的な武力を知ることができた。魔導王の放った邪悪な魔法は漆黒聖典をしても驚異を感じさせたほどだ。しかし、ただ一人、占星千里だけは大きな衝撃も受けず、冷静に報告を聞いていた。
無限召喚って条件によっては最強の気がする。