遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十話 そして、現在へと繋り

 

 

 

 幾度繰り返したかも、もうわからない。

 動かぬ体がここにあり、摩耗する心がある。

 ――何故、まだ己を自覚できている?

 

〝もう、いいだろう?〟

 

 暖かな声だった。そこに込められた感情は、優しさ。

 記憶の奥底に大切にしまった、もう会えない人たちの声。

 

〝お前は、十分頑張ったよ〟

 

 そうだ、頑張った。頑張ってきた。

 脇目も振らずに、ずっと、必死で、頑張ってきた。

 

〝もう、いいじゃないか〟

 

 ……そう、なのだろうか。

 もう、十分なのだろうか。

 抱えて、背負って、堪え続けてきたモノを。

 

 ――手放してしまって、いいのだろうか?

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 覆い茂る森の中。人が入らぬその場所に、その姿はあった。

 そこにあったのは小さな墓前だ。そこに花束を供える男に、背後から一人の女が歩み寄る。

 

「……やはり、ここか」

「……祈る時間ぐらいくれねぇもんかね?」

 

 口調はいつも通り。しかし、明確な意志をその瞳に込めて。

 藤堂晴――その男が振り返る。

 

「祈りの意味は無かろう。貴様の心の安定のためというならば待ってもいいが」

 

 対し、平然と女は応じた。

 

「そこまで辿り着いてんなら、俺の言葉なんて今更必要ねぇだろ。何をしに来た、〝禄王〟」

 

 言葉こそ問いかけだが、その口調は攻撃に近い。女――烏丸澪は、ふむ、と小さく頷きを返す。

 

「確かに私は仮説を得た。だがそれだけで動いては想定外のことに巻き込まれる可能性が多いにある。私はここから先の一手において過つわけにはいかんのでな」

「殊勝なことだな。らしくない。その気になれば、何もかもぶっ壊せるだろうによ」

「それでは私の目的は果たせない。〝白の結社〟も〝悲劇〟もどうでもいいが……受けたことに対する返礼は必要だろう?」

 

 故に、と〝王〟は告げた。

 男を見下ろし、絶対者として。

 

「答え合わせといこうか。私も多くを聞きたいわけではない。私が聞きたいことは一つ。

 ――十数年前。先代〝防人〟が死んだ戦い。そこで一体何があったのか。答えて貰おう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエルアカデミア本島、オシリス・レッド寮。

 その食堂に、複数の人影があった。

 

「……十代が消えて三日か。あいつ授業大丈夫かよ」

「まあ、大丈夫だろうさ」

 

 PCを使ってレポートを作成しながらの言葉に応じたのは天上院吹雪だ。いつもならアロハシャツにウクレレという出で立ちなのだが、今日は何故か純白のスーツを着ている。

 如月宗達はそんな彼の出立ちを改めて眺め、溜息と共に言葉を紡いだ。

 

「まだ明日香のアイドル化計画諦めてねぇんスね」

「当り前だろう? アスリンの魅力を世界に広めないなど、最早それは罪だよ」

 

 真顔で言う吹雪。相変わらずよくわからん人だと思いながら、大体、と言葉を続ける。

 

「この間思いっ切り負けてたじゃないッスか」

「いやぁ、アスリンも強くなったねぇ。驚いたよ」

「全力を出さなかったくせによくもまぁ」

「いやいや、全力だったよ?」

 

 食えない男だ、と思う。立場こそ同学年だが、そもそも彼はかの〝帝王〟と並んで〝王子〟と呼ばれていた実力者だ。正直、全力でやり合えば五分に持っていければいいところだろうと宗達は考えている。

 まあ、別に今のところやり合う理由もないし向こうもこちらを邪険にしていないので丁度いいのだが。

 

「そういえば、万丈目くんのアレは何なんだろうね?」

「ああ、白がどうのこうの言い出してるやつッスか」

「別に人の趣味にとやかく言う気は無いけれど、白はファッションにおいて人を選ぶからね。師匠としては少し心配だ」

「とりあえず鏡見てから言え」

 

 純白のスーツ着といて何言ってんだ、と内心で言葉を作りながら宗達は改めて考える。万丈目準――先日十代が行方不明になった際に捜索に出、帰ってきたら白くなっていた。

 正直意味不明な流れだが事実なのだから仕方がない。まあ服装など個人の趣味だし、白がどうという主義主張も個人の意志の問題だ。そこに干渉する気は無いのだが。

 

「後は、これかな?」

「――レッド寮の廃止、か」

「この用紙を見る限り、最終的にデュエルで決めさせてくれるあたりが温情なのかな?」

「相手がエド・フェニックスじゃなけりゃ温情だと思いますけど。……温情ってんなら、退学者を出す気は無いって点じゃないッスかね?」

「まあそこは学校組織だ。特にアカデミアは色々難しい状況でもあるし、当然の選択だろう」

「色々厄介な状況の中で改革しようとしてる時点で間違ってる気がするけどな」

 

 現在様々な意味の注目を集めているアカデミア本校。ここで打つ手を過てば、それこそ取り返しがつかなくなるだろうに。

 

(まあ、オーナーがオーナーだし)

 

 聞いたところによると、アカデミア買収の際は『貴様如きに負けるデュエリストなどアカデミアには存在しない!』と万丈目兄弟に啖呵を切ったらしい。ただあの試合を見る限り、普通に何人もいる気がするのだが。

 まあ結果オーライだ。実際そういう人なのだろうとも思う。一度生で見た時ビビってしまうぐらいに迫力あったし。

 

「明後日がそのデュエルの日なわけッスけど、実際どうします?」

「おや、キミが出るんじゃないのかい?」

「俺が出て、勝てばともかく……負けたら誰も納得しませんし」

 

 肩を竦める。相手はあのエド・フェニックスだ。クソ生意気だし少し腹立つのでやり合うのはいいのだが、そこに自分以外の要素が絡んでくるのはできるだけ拒否したい。メリットがなさ過ぎる。

 

「けれど、レッド寮でエド・フェニックスに対抗できるデュエリストとなると彼と同じプロライセンスを持っているキミぐらいだろう? 実際、口に出さないだけで皆がそう思っているよ。キミが戦うべきだ、ってね」

「口に出さないってことは、背負う気は無いってことでしょう。吹雪さんとか翔とかならともかく、口に出さずに内心で『お前が戦えばいい』なんて思ってる連中はいざ戦って俺が勝てば『信じてた』なんて言って寄ってきて、負ければ『お前のせいだ』と責め立てるもんですし。

 ここには愛着もあるし、アイツもいたあの部屋にも想いは置いてるけど。俺の味方じゃない奴の為に身を切るほど俺は前を向けるわけじゃないんで」

「言葉に出さず、キミを頼る彼らはキミにとって敵かい?」

「雪乃とか十代とか祇園とか万丈目とか、翔はちと怪しいけど吹雪さんとか、そういう無言の信頼を向けてくるんならいいんスけどね。勝てば普通に当たり前だろって思ってくれるし、負けてもまあ、多分慰めてくれないしで。実際、例えば十代がエドと再戦するってんなら俺は無条件で任せますし」

 

 信頼とはそういうものだと宗達は思う。そして自分にはそういうものが圧倒的に足りていないし、埋めていこうと思っていない。

 そもそも雪乃だけでも望外のモノだと思っていたのに、それ以上を手にできた。かつての戦いでは理由もあったし最善の手だったとはいえ敵に回り、傷つけた自分を責めなかったことといい、本当に恵まれたモノだと思う。

 そういうモノを手にできたこの場所は宗達にとっても大切な居場所だ。だがそれも、昨年度に友がここを立ち去った時に彼の中で意味を変えた。

 

「元々、俺、居場所って呼べるもんがあんまりない生活してたんで。まあ、なんつーか、ここは居心地良かったんスよ」

 

 雪乃にも話したことがない――というより話せないことを何故口にしているのだろうと自分の中で疑問が芽生えるが、眼前で微笑を浮かべている男を見て少し納得する。

 何というか、信頼があるのだ。奇特な言動と行動が多い男だが、決して他人を傷つけない。傷つける術しか知らない自分とは対極。実際今も、こちらが話しやすいような動きを無意識ででも行なっている。

 モテるはずだ、と思った。だから明日香も咎めはするが制限はしないのだろう。実際、細かいところでだがこの人がいて良かったと思うことは幾度もある。

 

「けど、祇園は自分から立ち去って行って。納得はできるし、理解もできたんスけど……なんというか、どうしてだろう、ってのは消えなくて」

 

 祇園もそうだったはずだ。居場所なんてなくて、這いずるようにして生きてきて。そうしてようやく、この場所に辿り着いたはずで。

 

「最近、ようやくわかってきたんスよ。ここは学校だから、いつか絶対にここを離れなければいけない」

 

 だから彼は、敢えてそうなる道を選んだ。幸いと居場所を得られた場所から旅立ち、一から己の居場所を新たに得ようとした。

 そして実際、彼はちゃんと前へと進んでいる。

 

「浸るのはいいけれど、それじゃあ駄目なんだってな」

 

 だから、如月宗達は何が何でもここを守ろうというつもりはない。いつかは失われるモノであり、ならばそれが今でも後でも同じだ。

 

「成程、キミも中々複雑だね」

 

 ここで否定が来ない辺り、この人の人格が伺える。優しいのだろう、本当に。そうでなければ、笑顔の中心にいられるはずがないのだから。

 

「だけど、わかっているかい? それは特殊な考え方だ。僕もそうだけど、人は自分の居場所を失いたくない生き物でね。そこは他の動物にも言えるモノだけど……特に今の三年生なんかは、レッド寮が失われることを快く思っていないはずだよ」

「現金な話ッスね。去年の今頃には、何にも期待せず、動こうともせず、ただ怠惰に過ごしていたってのに」

「それができるのもここが居場所だったからであり、そして彼らに前を向かせたのが十代くんたちの残した成果だ。それらはレッド寮が消えたからといって失われるモノではないけれど、レッド寮が消えてしまえば失われてしまうとそう錯覚するのはおかしなことじゃない」

「まあ、それは」

 

 形が無いモノだからこそ、形がある方法で残そうとする。そういうことだ。

 それを否定するつもりはない。ただ、

 

「それを無言でこっちに求めるのはおかしいだろって話ッスよ。本当に守りたくて、失いたくなくて、そして自分にそんな力がないなら、プライド捨ててでも泥臭くても他人に縋るしかない。察してくれ、なんてのが許されるのは家族相手か恋人相手ぐらいッス」

「厳しいね、キミは。体験談かな?」

「それについてはノーコメントで」

 

 肩を竦める。セブンスターズとの戦いがそうだった。理事長である影丸から鮫島と――というよりサイバー流との因縁のせいで話を持ち込まれ、どうするかと問われたのだ。最初は断るつもりだったが、大徳寺教諭から真実を聞き、そして己だけでできることなどないと気付き。

 ――そして、偽りの仮面を被った。

 そうすることが最善であると知ったからだ。アレが自分にとっての戦いだった。

 

「ふむ。だからキミは戦わない、と?」

「頭下げに来る奴が一人でも――ああいや、もう何人かいればまあ、話は別ッスけど」

「おや、誰か来たのかい?」

「この通知が来た時、真っ先に。……防人妖花が」

 

 微妙に視線を外してしまう。相性の悪い相手だが、それは性格や能力という意味では無く立場と在り方のせいだ。宗達自身は別に彼女を嫌っていないしむしろ評価している。ティラノ剣山と並んで新入生トップクラスの実力者であるし、あれだけの力と才覚を有しながら奢らず、かつて祇園が果たしていた食堂の役割を果たそうとする彼女の姿は素直に尊敬すべきだろう。

 

「へぇ、そうなのかい?」

「自分でも何て言っていいかわからない上に、苦手な相手、というより怖い相手と向かい合って泣きそうになりながら。それでも誰の力も借りずに、躊躇なく頭を下げてきたんスよ」

 

 つい先程のことだ。吹雪が来る前、食堂で一人こうしてレポートを書いているといきなり現れた。

 

〝助けて下さい〟

 

 その言葉を、防人妖花は色々な言葉を付ける事で紡ぎ上げた。

 彼女の想いはわかる。夢神祇園の強さに憧れてここに来たと言っていた。故に彼の残滓が残るこの場所を失いたくないのだと。

 

「俺はいずれ失われるなら別にいい、って考えッスけど。それが少数派なのも理解してます。残せるなら残したい、続けていけるなら続けていきたい。そりゃ当り前のことですし」

「藤原君とのこともかい?」

 

 少しからかうような口調の混じった言葉だ。思わず宗達は苦笑する。

 

「そういうとこがなんつーか、卑怯臭いッスよね吹雪さん」

「ふふ、『LOVE』の空気には敏感なモノでね」

「『愛の伝道師』でしたっけ? まあいいッス。……雪乃とのことは、続けたいじゃなくて続けるんですよ。そういうもんです」

「キミも中々男前だねぇ。女の子たちが放っておかないだろうに」

「吹雪さんに言われると嫌味にしか聞こえないのが不思議なところです」

 

 言いつつ、一息を入れる。それで何の話だったかと思い出すと。

 

「でも、俺と防人妖花にはまだそこまでの関係性が無いんで。吹雪さんなら二つ返事だと思いますけど」

「当然だね」

 

 親指を立てて頷く吹雪。良い笑顔だ。そしてだからこそ、彼女は吹雪に声をかけなかったのだろう。頼めば絶対に引き受けてくれるとわかっているから。

 

(今年13の女子の発想じゃねぇよな。絶対〝禄王〟の影響だろ)

 

 ということは将来ああなるのだろうか。それは勘弁して欲しいが。

 

「ま、そんなこんなで今は静観ッスね。吹雪さんはどうなんです?」

「そうだね、誰もが納得するような人選にならないようなら僕が出るよ。それがまあ、一番だと思う」

 

 笑って言い切れるのがこの男の凄いところだと、改めて思う。実際それが最善ではあると思うが、それができる人間が果たして何人いるか。

 

「そうならないことを祈りたいッスね」

「まあ、勝てば一番なんだろうけどね」

「ですねー」

 

 頷き、再び画面へと視線を戻す。そういえば、と吹雪が言葉を作った。

 

「何をしているんだい?」

「レポート課題ッスよ。この間アメリカ行ってて授業出てない分の補填です。禁止カードのレポートで」

「へぇ、ちなみに何のカードだい?」

「禁止カードはやっぱカードパワーのせいでそうなってるの多いッスからね。レポート書くとなると、どうしても短くなるんで……」

「確かにそうだね。『いたずら好きな双子悪魔』なんて酷いモノだよ」

「使うだけで二枚ハンデスとか無茶通り越してバランス崩しに来てますよね」

 

『押収』といい『強引な番兵』といい、あの手のカードは異様に強くて困る。

 

「それで、キミは何のカードについてレポートを?」

「とりあえず『イレカエル』と『マスドライバー』について。……なんで一ターン一回の制限かけなかったんスかね特に前者」

「『カエルドライバー』は酷かったね……。確か世界大会で皇〝弐武〟清心が使ったんだったかな」

「あの試合は酷かったッス。蘇ってくるカエルをひたすらマスドライバーで相手に叩きつける映像は最早シュールでしたね」

「しかも爆笑しながら煽りまくって相手がキレて殴りかかり、一時中断したんだっけ」

「最早伝説ですよあれは」

 

 ちなみにその時の相手が現在アメリカの刑務所にて服役中のドクター・コレクターである。彼はこの試合から時を置かず摘発されたという経緯があり、それもあってこの話は有名だ。

 

「まあ、もう終わりますよ。――禁止理由:皇清心のせい、っと」

「あながち間違いじゃないね」

 

 うんうんと頷く吹雪。そういやあのジジイ、最近こっちに連絡してこないななどと宗達が思った瞬間。

 

「た、大変ッスよ宗達くん!!」

 

 大声と共に食堂の扉を開け、丸藤翔が入ってきた。思わず、うわ、と宗達が面倒臭そうな表情を作る。

 

「オマエがそういう時は大体本気で面倒臭いんだが」

「どうしたんだい?」

 

 吹雪の促し。それに対し、翔が言葉を紡ごうとして。

 

「――おお、ここかクソガキ」

 

 聞き覚えのある声と共に、その人物が現れた。初老の領域に差し掛かっているとは思えない迫力を纏い、その人物は言う。

 

「ちょっと付き合え。話はつけてあるぜ?」

「いきなりなんだよクソジジイ」

 

 流石の吹雪もその人物の登場で固まる中、面倒臭そうに宗達は応じる。対し、男――皇〝弐武〟清心は言葉を告げる。

 

「ミズガルズ王国へ行く。オメェも来い」

 

 そして、彼は笑みと共に小さく告げた。

 

「――〝邪神〟が、そこにあるみてぇだぜ?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 周囲に視線を送る。言い含めた通り、精霊たちはいないようだ。

 これで話を聞かれる恐れは無い。別にこちらは聞かれてもいいのだが、向こうにとっては都合が悪いだろう。そのための処置だ。

 さて、と烏丸澪は吐息を零した。そのまま眼前の男に言葉を紡ぐ。

 

「いきなり話せと言われて従う阿呆はそういないだろう。故の対話だ。……そちらも、私に聞きたいことがあるのではないか?」

「聞けば答えてくれんのか?」

 

 内容によるな、と澪は頷いた。腕を組み、常の微笑を浮かべながら。

 

「とはいえ、私に対する警戒もあるだろう。最初の手札はこちらからだ。

 ――ここ数日、私は心当たりのある場所を訪れていた。一連の流れにおける関係がありそうな場所に、な。その過程で妖花くんの故郷である東北にも出向いたが、そこで疑問を得たよ」

 

 妖花、という名前に男――藤堂晴が反応を示した。それを認めつつ、澪は更に言葉を重ねる。

 

「エクゾディア・ネクロス――あの地を支配していた精霊。妖花くんの加護を考えれば、その係累に連なる精霊がいることに疑問は無い。だが、徐々に違和感は募っていった。あの程度の精霊に、防人妖花が加護を与えられているはずがない」

 

 防人妖花は何の疑問もなく世話をするべき相手と認識していたが、それがおかしい。もしあの地にネクロスが繋がれ、その力を〝防人〟が得ていたとするならば。

 防人妖花の力と才能は、もっと矮小なものであるはずだ。

 

「彼女の加護の本質はもっと強大だ。故に私は一つの仮説を立てた。エクゾディア・ネクロス――かの精霊を〝防人〟とあの地は封じていたわけではない。あの地に防人妖花を封じ込め、隠すためにあの精霊はあの地にいたのだと」

 

 逆なのだ。精霊の為に防人妖花という巫女がいるわけではない。防人妖花という巫女のために、あの精霊は存在していたのだ。

 

「……その話に根拠は?」

「それを得るための先程の問いだ。全ては仮説。しかし問いの答えによってそれが答えとなる」

 

 問おう、と澪は言った。

 

「〝防人〟とは何だ? かつて起こったという〝悲劇〟との戦いで、何があった?」

 

 その問いに、晴は一度息を吐いた。そして、静かに語り始める。

 

「別に難しい話じゃねぇ。力を持った存在が責務を果たそうとしてできなかった。それだけの話だ」

「…………」

「俺が関わったのは偶然だよ。本当に偶然だ。――本来、〝防人〟ってのは人と精霊の橋渡しをする一族のことを指していたらしい。今はもうたった一人になっちまったが、昔は全国にその血は受け継がれていた」

 

 それは澪も精霊たちから聞き出したことだ。防人妖花は文字通り最後の一人であり、同時に最高傑作でもあると。

 

「昔はそれこそ精霊――神々と対話が出来るってのは重要だったからな。だが、時代が移り変わると共に数はどんどん減っていき、今はもう一人だけだ。その一人が最高傑作だってんだから笑えるが」

「時代と共に役割を失った一族か」

「文字通りの役目も随分昔に終えてたらしい。だから、本当の意味でただ続いていただけで、先代より前はそれこそ復権を目指してたらしいが先代はそうじゃなくてな。……そしてだからこそ、〝悲劇〟との戦いになった」

 

 三千年の長きに渡りこの世界を漂い続ける最古の大怨霊。その力は最早、〝神〟にすらも届き得る。

 

「最高傑作の誕生とほぼ同時期に補足できた〝悲劇〟という存在。こうなると、それは最早偶然じゃないってのが周囲の考えでな」

「〝悲劇〟が現れたからこそ防人妖花という存在が生まれた、か」

「馬鹿げた話だとは思うが、そういうことはよくあることらしくてな。……そして、先代の二人はそれが受け入れられなかった。思ったんだそうだ。

 ――〝この子には、己の為に生きて欲しい〟ってな」

 

 その言葉に澪は眉をひそめた。それは、つまり。

 

「妖花くんの両親は、そのために散ったということか?」

「勝算はあったんだ。だが、様々な偶然がそうさせなかった。……最悪だったのは、何も知らない家族を巻き込んだことだったな。子供は助かったが親は〝悲劇〟に殺されて、それを救おうとした二人は相討つ形で〝悲劇〟の心臓と魂を分離した」

 

 そこからはあんたも調べただろう、と晴は睨むようにこちらを見る。

 

「魂は逃げやがってな。だが、重要な核である心臓はこっちにあったし、それさえどうにかできれば自然消滅するって結論が出た。そもそも〝悲劇〟は自分の名前も目的さえも曖昧になってるようなほとんど災害に近い存在だったからな。その存在を繋ぎ止めているであろう心臓って核を消滅させれば自己を保つことさえできなくなって消滅するだろう、って話だ」

 

 その消滅までの過程において失われるであろうモノについては織り込み済みなのだろうな、と澪は思った。三千年を生きる大怨霊――消滅するとしても、世界に与える影響は少なくないだろう。

 まあ正直どうでもいいので口には出さない。故に澪はつまり、と言葉を作った。

 

「その手段として選ばれたのが、精霊の中に封印し、共に消滅するという手段か」

「流石に消し去れるような軽い代物じゃなくてな。そういう決定が下された」

「下された、ということは。……成程、そういうことか。魔導師たちの円卓会議だな」

「どこまで掴んでんだよ……」

 

 呆れた調子で晴が言うが、別に情報を掴んだわけではない。見えている情報や事情から推測し、計算しただけだ。

 

「ドラゴン・ウイッチ。流石に私も気付くのが遅れたがな」

「気付かれないようにしてたんだから当然だろ。俺だって目の前にしても何にも気付かなかったし。

 ……気付いたのはあんたら三人の交流戦だな。あの時、何かがあいつに接触して、本来隠れているはずの存在が表に出てきた。忘れるはずがねぇよ。あんなもん」

 

 吐き捨てるように言う。その目はまだ終わっていないと雄弁に告げていた。

 

(……成程、あの時感じた気配はそれか)

 

 対し、澪は冷静にあの日のことを分析する。自分が相手と向き合った時に感じた強大な気配。あれがそうだったのだろう。

 

「そしてそれに色んな奴が気付いた。夢神、っつったか? 同情するぜ。あいつはただ巻き込まれただけだ」

「その因果がどこから始まっているかにもよるがな」

「…………」

 

 晴が息を詰めた。澪は更に言葉を続ける。

 

「心臓を己の身に封じ込め、その存在自体を隠匿し、緩やかな消滅を目指した精霊――ドラゴン・ウイッチ。彼女の犠牲によって目的は達成されるはずだった。それを少年が拾ったわけだが、少年の偶然とはそこからが始まりか?」

「……どういう意味だ?」

「日本には『縁』という考えが息づいている。そんな場所において、誰からも認識されなくなったカードと、誰からも認められなくなった少年の出会い。それが始まりというのは少しでき過ぎだ」

 

 問おうか、と澪は言った。

 

「キミたちが〝悲劇〟と戦った時に巻き込まれ、生き残った子供は……どうなった?」

「――――」

 

 晴が言葉を失った。同時に、やはりか、と思う。

 

(気にかける余裕すらなかったのだろうな)

 

 それが悪いとは思わない。彼自身は何も言わないが、先代防人の二人が死んでいる以上、彼自身も相応の深手を負っていたはずなのだから。

 

「それが縁となったのだろう。根深い話だ」

 

 そして、更に救いの無いことがある。

 

「これは推測だが、少年は〝白の結社〟による浸食を受けた。しかし精神にまで干渉されてはいずれドラゴン・ウイッチに辿り着かれることになる。それを避けるための防衛行動だろうな。だが――」

「――あの子供には、それを受けきれるだけの器が無かった。目が見えなくなったんだってな? 器が壊れたってことだ。〝悲劇〟の心臓を受けとめることができる人間なんざ、当代の〝防人〟くらいだろ」

 

 晴が肩を竦める。これで大方の謎は解けた。

 誰が誰にとっての敵であり、己の探すべき敵が誰なのかをようやくだ。

 

「……とりあえず、私の目標は決まったな。少年と直接相対した者を殺せばいい」

「随分と肩入れしてるんだな」

「理由が聞きたいか?」

「興味ないからいいわ」

 

 肩を竦める彼に小さく笑いを返し、澪は彼に背を向けようとした。その彼女に、いいのか、と晴は言葉を紡ぐ。

 

「まだ重要なことを一つ、聞いてないだろ」

「何をだ?」

「〝眠り病〟についてだ」

 

 その言葉に、ああ、それかと澪は思った。

 恩人がそれに侵されていた。ずっと眠ったままで、どうにもできなくて。

 

「いいんだ、それについては」

 

 弟の銀次郎は違う。彼にはまだ、残っている。

 けれど、自分には。

 烏丸澪には、もう。

 

「私には、あの場所に行く理由がなくなったから」

 

 小さな音が、澪の左手首で鳴る。

 小さな数珠が、着けられていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 多重の結界が張られ、純白の円卓が置かれた部屋。

 そこに、その者たちは集っていた。

 

「よくぞ集まってくれた」

 

 最後に椅子に座った精霊――この地、魔法都市エンディミオンの主が静かに告げる。

 

「――これより、円卓会議を執り行う。議題は一つ。〝悲劇〟の心臓を持つ人間の処遇だ」

 

 席に座る他の十二柱と、その護衛として立つ精霊たちが居住いを正した。

 

「この地に永久封印を行うか、それとも別の道を探るか。決めるとしよう」

 

 神聖魔導王エンディミオン。

 魔導の王たる精霊と、彼と共に席に座す者たちが頷きを作る。

 

 世界は、変革を迫られる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 砂漠に、一つ影があった。

 小柄な少女だ。大の字になって地面に倒れ込んでいた彼女は、ゆっくりと身を起こす。

 

「いたた……無茶苦茶やな。引き分けやなんて……」

 

 頭を押さえながら少女は呟く。そして携帯端末を取り出すと、自身の居場所を探り始める。

 

「しゃちょーの言う通り衛星式にしといて正解やったな……。で、ええと、ここは――」

 

 電子音と共に現在地が表示される。その名を見て、少女は眉をひそめた。

 

「――ミズガルズ王国?」

 











アクションデュエルでカエルドライバーやったら凄く楽しそうだと思いました(KONAMI感)
高速で発射されるカエルが相手のアクションカード取得を妨害……これはイケる。やられたら確実にキレますが。




誰が味方で誰が敵で、そもそも何と戦って何を目指すか。
実はそれがわかりにくい戦いですよね二期は。

さてさて、この先どうなるのやらということでひとつ。

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