遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
どこか肌寒い風が流れる。季節を考えればもう少し気温が高くても良さそうだが、今日に限っては違うらしい。
いや、それとも。
ここにいる人間が、空気をそんなモノに変えているのか。
「……今更、何をしに来た」
どれぐらいの間、無言だったのか。
片方の女性が、聞く者を凍えさせるような冷たさを纏う声でそう告げた。この場にいるのはたった二人。一人はまだ年若い女性だが、その身に纏う空気は絶対的で、ただそこにあるだけで周囲を威圧するような感覚を受ける。
対し、もう一人はそれなりに年を取った男だ。顔に刻まれた深い疵や皺からそれなりの年齢であることをうかがわせるが、その瞳はまるで猛禽類のように鋭く、その雰囲気を実年齢より随分と若く周囲に伝える。
「ここへ来て二時間。ようやく口にした言葉がそれか」
表情を変えぬまま――おそらくだが――男は言う。表情がわからないのは、そちらへ視線を向けていないからだ。向けるつもりもない。この男と同じ空気を吸っているという事実だけで、女性は吐き気さえ覚えるのだから。
「…………」
故に、軽口のようなその言葉には応じない。男は息を吐くと、そもそも、と言葉を紡いだ。
「己の妻の墓参りに来て、何が悪い?」
「……貴様がそんな殊勝なことをするはずがない」
「お前に会に来た、とでも? それこそ馬鹿な話だ。裸の王に価値などない」
「は。自分のことをよく理解しているようだな」
空気が、僅かに軋んだ。
第三者が要れば迷わず逃げ出すような空気。ここだけ重力が強いのではないかと錯覚するような空気の中、決して交わらない二人が言葉を紡ぐ。
「だが事実、それ以外の理由はない」
「それが真実なら、明日にでも世界が滅びるな」
「ああ、そうなれば――楽しいだろうなァ」
そうして、男は立ち去った。女はそれを見送ることなく、ただそこに立ち続ける。
車が走り出す音が響いた。その瞬間、ようやく女がそちらへ視線を向けた。
「…………?」
眉をひそめる。後部座席。そこに、見知らぬ男――否、違う。どこかで見た気がする青年がいた。
だが、問題はそこではない。あの男が己と同じ場所に誰かを座らせる。それがあり得ないのだ。
しかし、疑問が解決されることはない。こちらへ小さな会釈だけを送り、その青年は車と共に行ってしまった。
……どれぐらいその場所にいたのか。不意に女の携帯が鳴った。画面を見、女の表情が僅かに緩む。
「ああ、私だよ。どうした、少年?――そうか、もうそんな時間か。わかった、急ぐよ。折角の晴れ舞台だ、見逃したくはない」
そして、女性は墓石に背を向けた。
かける言葉も、祈りもない。かつて家族だった相手に、もういない相手に、紡ぐモノはない。
後悔も、未練も、想いもない。これはただの確認だ。
だから、花の一つも用意しない。
女が立ち去った、その場所では。
一輪の花が、小さく咲いていた。
◇ ◇ ◇
アカデミア本校の実技試験は少々特殊だ。通常、試験というのは部外者の関与が一切認められず、試験会場にいるのは試験官と受験者のみというのが基本である。だが、アカデミア本校の実技試験は見学が許されており、在校生は勿論、場合によってはプロチームのスカウト。申請が通りさえすれば一般人の観戦さえ許されている。
まあ、通ることはほとんどないが。
「今年も優秀ですね。昨年の三沢くん程ではないですが、筆記試験の成績は全体的にかなり好成績です」
「それは期待できるノーネ」
アカデミア本校二年主任の響緑の言葉に、技術指導最高責任者兼校長代理たるクロノス・デ・メディチは笑みを浮かべながらそう言葉を紡いだ。
彼らの前に広がるステージは四つに区切られ、その周囲では緊張した面持ちで自身の順番を待つ受験者たちがいる。季節の巡りとは早いモノだ。遊城十代相手に不覚を取ったあの日から、一年が経ったというのか。
「しかし、今年は例年に比べて随分と外部の人間の姿が多いようなノーネ」
「スカウトが何人か来ていますね。おそらく〝ルーキーズ杯〟の影響だとは思いますが……」
「シニョーラ神崎もいるノーネ。まあ、シニョーラの目的はわかっているのでスーガ」
「おそらく、『あの子』ですね」
というより、多くのスカウトや外部の人間がそうだろう。
奇跡の名を持つ、一人の少女。その強さが本物かどうかを、ここにいる全員が見極めようとしている。
「本当に、楽しみなノーネ」
心の底からの楽しそうな笑みを浮かべ。
クロノスは、試験の準備を進めていく。
◇ ◇ ◇
深呼吸を繰り返す。本来なら自分はここにいられないはずだった。けれど、どうしても、と思った。思ってしまったのだ。だから、ここに来た。
(大丈夫。大丈夫です)
何度もその言葉を繰り返す。精霊たちも自重しているのか今日は全く出て来ない。正直出てきて緊張をほぐして欲しいのだが、こういうところが噛み合わないなぁと思う。
「おい、アレ。遊城先輩じゃねぇか……?」
「ホントだ。ルーキーズ杯の〝ミラクル・ドロー〟だよ……」
「俺、ドラ一の丸藤プロとギリギリの勝負したって聞いたぞ」
周囲の受験生たちの話し声が聞こえてくる。視線を向けると、ステージを見下ろす観客席の最前列で騒いでいる集団を見つけた。
(遊城さん、万丈目さん、三沢さん、丸藤さん、……如月、さん)
最後の人物については少し複雑な想いが過ぎったが、それは考えても仕方がない。澪にも言われたのだ。相容れない存在というのはどうしてもいる、と。
その強さについては純粋な憧れがある。だがその背景は、決して自分とは相容れない。
『遊城十代。静かにしなさい』
「俺だけ!? 万丈目と宗達も騒いでただろ!?」
「俺を巻き込むな」
「右――じゃねぇ左に同じく」
マイクを使った緑による注意で会場が笑いに包まれ、緊張していた空気が緩む。だが、すぐにその空気が変わった。
「おい、あれ」
それは、誰が紡いだ言葉だったのか。
会場に現れた二人の男女に、誰もが息を呑んだ。
烏丸〝祿王〟澪。
〝シンデレラ・ボーイ〟夢神祇園。
その二人が、静かに観客席に現れたのだ。そのまま祇園は教師陣が座る場所へ行き、頭を下げて言葉を交わしている。澪もそれについていくが、彼女は少し距離を置いた状態だ。
そこに桐生美咲が加わり、何やら三人で会話を始める。在校生やスカウトですらそちらへ注目し、特にスカウトに至っては名刺を用意し始めている。
「凄ぇ、タイトルホルダーだ……」
「何でこんなとこに……」
「あ、遊城先輩が向かってった」
最早誰が主役かわからなくなっている試験会場。その空気を変えるためか、コホン、と桐生美咲がマイクに向かって咳払いをした。
『とりあえず、試験内容を改めて説明するで。ステージに同時に上がるのは四人。そこで実技試験や。ウチら教員が試験用のデッキを使ってデュエルするから、普段通りにその実力を発揮してや。――さて、時間も押しとる。早速行こか。一番から四番、ステージへ』
番号札を確認する。数字は4。自分の番だ。
壇上に上がると、ざわめきが広がった。だが、それよりも。
「…………」
こちらを見て頷いてくれた人たちと。
微笑をくれた人たちを見て。
頑張ろうと、そう思えた。
「――アカデミア系列は、オーナーの意向もあり飛び級制度が導入されているノーネ」
眼前。そこに立つのは、自身が受験を決意した理由の一つでもある先生。
この人に教わるならば、と。あの戦いに関わった者として思ったのだ。
「それは若き才能の発掘がため。しかし、その条件は非常に厳しいでスーノ。何故ならば、アカデミアには中等部があり、そこで学び、本校を始めとした分校のどこかへ行く――それが一番であることは間違いないからでスーノ。よって飛び級を認められる者は、アカデミア中等部を上位の実力で卒業できる実力があるのが最低条件となるノーネ」
誰もが、その小さな少女に注目していた。
試験は始まっている。なのに、デュエルは始まっていない。
〝奇跡の少女〟の言葉を、その場の全員が待っていた。
「現在までの卒業生で飛び級をした者は、本校では僅か1名。ウエスト校、サウス校もまた1名。ノース校は0名。アメリカ・アカデミアを始めとした世界中の分校を見渡しても、10に満たない人間しかおらず……また、その受験者は100倍はいたノーネ」
DMの強さで人生が決まるとまで謳われるこの時代。そこで才を見せつけるというのは、それだけの意味を持つ。
なにせ、結果だけを見れば彼の〝祿王〟でさえ飛び級ではないのだから。
「その事実を理解した上で、改めて答えるノーネ。――この試験を受験するのか、否かを」
デュエルディスクに己のデッキをセットしつつ、クロノスは言った。
一度大きく深呼吸をする。紡がれた言葉は、思ったよりも滑らかだった。
「答えは、一つです。なりたい、って、思いました。私も、あんな風に」
自分たちとは違い、何も持たない身でありながら。世界から拒絶されたかのような人生を歩んでおきながら。
それでも、あそこまでに〝強く〟あろうとする彼のように。
あんな風になりたい、と。
「私も、デュエル・アカデミアに入学したいです」
デュエルディスクを構える。よろしい、とクロノスは笑った。
「それでは、試験を開始するノーネ。相手は技術指導最高責任者たる私、クロノス・デ・メディチ。使用デッキは私のメインデッキでスーノ」
ざわめきが広がるが、それは当然だ。飛び級入学をする者は、相応の実力がなければならない。それこそ飛び級というシステムを使うならば、他の受験生と同じでは駄目なのだ。
飛び級ができる実力を示すのではない。
飛び級でなければならない理由を示さなければならないのだ。
「よろしくお願いします!」
「それでは、始めるノーネ」
元気よくそう口にする少女に笑みを返し。
クロノスもまた、言葉を紡ぐ。
「「決闘!!」」
そして、試験が始まった。
◇ ◇ ◇
クロノスと向かい合う少女――防人妖花を見つめながら、さて、と烏丸澪は近くにいる3人に言葉を紡いだ。
「キミたちはどう見る、このデュエル?」
「……クロノス先生は強いです。正直、妖花さんの分が悪いのではないかと」
最初に答えたのは祇園だった。彼は現在、ウエスト校の制服を着ているせいでかなり目立っている。特にスカウト陣から視線を送られているのだが、本人は気が付いていない。
「でも、妖花も強いぜ? あのドロー運は凄いしさ」
「十代くんが言うと色々考えさせられるね……」
「ドローについてキミが言うか。まあいい。美咲くんはどうだ?」
「そらクロノス先生やと思いますよ? 妖花ちゃんは強い。せやけど、クロノス先生の方が大概や。あの人の本気は、世界に通用する」
澪の言葉に対し、桐生美咲が冷静に告げる。そうだな、と澪も頷いた。
「正直な話、教師をしているのが勿体ない程の御仁だよ。油断もなく、慢心もなく、ただただ真摯にデュエルに望めばおそらく世界にさえも通用する」
現代における〝最強〟の一角である澪の言葉には力がある。マジかよ、と十代が呻いた。
「クロノス先生って、そんなに凄いのか」
「そうでなければアカデミアで技術指導最高責任者なんてできひんよ。しかも今回、鮫島元校長が辞任したせいで校長代理になったけど、実はアレ、技術指導最高責任者と兼任させるために代理なだけやしな」
鮫島校長はその最後こそごたごたが重なったが、その実績自体は相当優秀であった。その彼の後任などそう容易く見つかるわけもなく、自然と候補は絞られる。挙がったのは技術指導最高責任者たるクロノスと現在は海外のアカデミアに出張しているナポレオン教頭の二人だったのだが、共に今の役職から簡単に動かすことができなかったのだ。
故の校長代理。流石の海馬瀬人もクロノスの負担が大きくなり過ぎるのではないかと懸念を抱いたが、これをクロノスは二つ返事で了承。現在に至る。
「さて、妖花くんはどう戦い抜くつもりか」
「どうでしょうね。正面からやと色々厳しいと思いますけど。……ただまあ、なんというか。精霊たちが気になりますねー」
精霊。この言葉を聞けば大抵の人間が首を傾げるか眉をひそめるが、この四人の場合はそうならない。精霊は存在し、自分たちを見ていると知っている。祇園以外の三人に至っては精霊を視ることも言葉を交わすこともできるのだから当然だろうが。
「そういえば、今日はクリッター見てないな」
「そうなの?」
「いつも妖花の側にいるんだよ、クリッター。まあ、妖花の周りにはいつも大勢いるし、毎回メンバー変わってるんだけどさ」
十代が頷きながら言う。防人妖花とは『精霊に愛された者』である。絶対的な寵愛を受け、加護を与えられた当代最高峰の〝巫女〟。その彼女の周囲に精霊がいないというのは不自然過ぎるのだ。
「まあ、まずは気を遣って出て来ないようにしとる、っていうのが一つ」
「そして、もう一つ。おそらくこちらが真実だろうが……出番を待っているのだろうな」
嵐の前の静けさだよ――澪は笑いながらそう言った。そしてそれと同時に、デュエルが開始される。
先行は受験者である妖花だ。彼女は一度大きく深呼吸をすると、祈るように手を合わせた。
――空気が、変わる。
再び目を開いた少女は、明らかに何かが違っていた。精霊を視ることのできる者は皆一様に目を見開き、精霊を視ることのできぬ者さえも、その『何か』に息を呑む。
「……成程。これが妖花くんの本気か」
呟くその声色は真剣そのものだ。〝祿王〟という絶対者でさえ、今の防人妖花からは目を離せない。
当代、最高峰。
人が永き時を懸けて紡ぎ上げた一つの奇跡。
その力が、示される。
◇ ◇ ◇
祈りを捧げ、力を借りる。
それは防人妖花にとって当たり前のことだ。本来ならば何かを封じる時にのみ行う所作だが、今回は己の全力を出すという意味で行った。
己の加護の本質。名も無き絶対。それを身に纏い。
防人妖花が、全力を紡ぐ。
「私は手札より、『魔導書士バテル』を召喚します!」
魔導書士バテル☆2水ATK/DEF500/400
現れたのは、青い法衣を着た少年魔導師だ。その少年はこちらを振り向くと、笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
『一番最初に呼び出してくれてありがとう。キミの力になれるよう、僕たちは全力を尽くすよ』
「はい! ありがとうございます!」
『うん、良い返事だ。皆もデッキで待ってるよ? 普段、僕らはキミの持つカードに宿っているわけじゃないけれど、今日だけは例外だ。誰一人、何一つの例外なく、キミの下に馳せ参じている』
あっさりとバテルは言ってのけるが、それは異常なことだ。通常、精霊は一つのカードに宿り、持ち主に加護を与える。一種類につき一体の精霊のみというわけでは勿論ないし、同じ名を持つ精霊だって存在する。珍しい例だがカードに宿らず放浪する精霊もいるし、これまた珍しいケースだが普段宿っているカードから別のカードへと乗り換えることもある。
精霊とは精神体であり、肉体を持たぬが故に強大な力を有している。だが、肉体という殻がないためにある意味では脆過ぎるほどに弱い。それを守るためにカードに宿るのだ。
だが、今、この魔導師は言った。
――馳せ参じた、と。
妖花の持つカードには宿っておらず、世界のどこかにいる精霊が。たとえ僅かな時間であろうと己の脆弱さを晒すことになることを知っていて。或いは、主と認めた人物から僅かな時であろうと離れることを理解していて。
それでも尚、ここに来たのだと。
『皆、キミの力を見に来た。キミの晴れ舞台を眺めに来た。キミを助けようとここへ来た。だから、ただキミは全力で戦えばいい。眼前の彼は強者だ。僕たちも認める力を有している。だからこそ、キミは戦い抜く必要がある。――いずれ訪れる、戦いの日のために』
えっ、と妖花は言葉を漏らした。バテルは微笑むと、何でもないよ、と言葉を紡ぐ。
『今は考えなくてもいい。さあ、行こう』
「はい! バテルの効果を発動! このモンスターが召喚、リバースした時『魔導書』を一枚手札に加えます! 私は『グリモの魔導書』を手札に加え、発動! 『魔導書院ラメイソン』を手札に加え、発動します!」
周囲の空間が変わり、妖花の背後に巨大な書院が出現する。幾臆を超える魔導書が納められた、魔導の本拠地。
「私はカードを二枚伏せて、ターンエンド!」
「私のターン、ドロー。――私は手札より、『ギアギアングラー』を召喚するノーネ」
ギアギアングラー☆4地ATK/DEF500/500
現れたのは、巨大なドリルを付けた機械だ。効果発動、とクロノスが宣言する。
「このモンスターの召喚に成功した時、デッキから地属性、機械族、レベル4モンスターを一体手札に加えることができるノーネ。ただし、この効果を使用したターン、私は機械族モンスターしか特殊召喚できず、攻撃宣言が行えない。私は『古代の機械箱』を手札に加え、効果を発動。このモンスターがドロー以外の方法で手札に加わった時、デッキから攻撃力、守備力のどちらかが500ポイントの機械族・地属性モンスターを手札に加えるノーネ。私は『古代の機械騎士』を手札に加え……フィールド魔法『歯車街』を発動。カードを二枚伏せ、ターンエンド」
アンティークモンスターの生贄軽減効果と、破壊された際にデッキ・手札・墓地からアンティークモンスターを特殊召喚する効果を持つ強力なフィールド魔法が展開される。
互いに場にいるのは攻撃力500の弱小モンスターだ。だが、互いに己のフィールドを展開して睨み合う姿は、一つの戦争。
「私のターンです、ドロー! スタンバイフェイズ、ラメイソンの効果を発動! 墓地のグリモの魔導書をデッキの一番下に戻し、一枚ドロー!――『封印されし者の右腕』を召喚!」
封印されし者の右腕☆1闇ATK/DEF200/300
会場が大いにざわめいた。防人妖花――彼女が『エクゾディア』を用い、しかもそれを揃えるだけの技量を有していることは非常に有名だ。だが、エクゾディアとは手札に揃えてこそ意味がある。それをわざわざ召喚するなど……。
「装備魔法、『ワンダー・ワンド』を右腕に装備します。そして効果を発動。このカードを装備したモンスターを墓地に送り、二枚ドローします。……魔法カード、『ヒュグロの魔導書』を発動。魔法使いの攻撃力を1000ポイントアップし、また、この効果を受けたモンスターが相手モンスターを戦闘破壊した時、魔導書を一枚、手札に加えます。――バトルフェイズです。バテルでギアギアングラーを攻撃!」
『さあ、いくよ――と、言いたいところだけど』
バテルが構えると同時、笑みを零した。同時、いきます、と妖花が吠える。
「リバースカード、オープン! 罠カード『マジシャンズ・サークル』!! 魔法使い族モンスターの攻撃宣言時に発動します! お互いのプレイヤーはデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターを特殊召喚できます!」
「私のデッキに魔法使い族はいないノーネ」
クロノスのデッキは機械族モンスターで締められているはずだ。ならば。
「来て、『ブラック・マジシャン・ガール』!!」
ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700
現れたのは、世界でも〝決闘王〟のデッキにしか入っていないとされる伝説の魔法使い。黒衣の魔法使いの弟子。
マジシャン・ガールは登場と共に周囲に笑顔を振りまくと、ウインクまでして見せた。会場から歓声が上がる。
『二番手で登場! お師匠様が来る前に、ぱぱっとやっちゃお!』
随分と砕けた口調でガールが語る。バテルが呆れた表情をしているが、妖花はむしろ笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします!」
『もっちろん! さあ、私があんな玩具、壊しちゃうんだから!』
「改めて、バテルでギアギアングラーを攻撃!」
『あれ!?』
何やらガールがショックを受けているが、ヒュグロの効果をバテルが受けている以上当然の選択だ。
「ふむ、見事なノーネ。しかし、それでは届かないでスーノ。――永続罠、『連撃の帝王』。相手ターンに一度、メインフェイズかバトルフェイズに生贄召喚ができる。私はギアギアングラーを生贄に、『古代の機械巨人』を召喚!!」
古代の機械巨人☆8地ATK/DEF3000/3000
現れたのは、機械仕掛けの巨人。その威容は圧倒的で、二人の魔導師も思わず表情を曇らせる。
「――――ッ、攻撃は中止! メインフェイズ2に入ります! 私は魔法カード『賢者の宝石』を発動! 場にブラック・マジシャン・ガールがいる時、デッキからその師である魔法使いを特殊召喚できる! 来て、『ブラック・マジシャン』!!」
ブラック・マジシャン☆7闇ATK/DEF2500/2100
会場は、最早息を呑んで見守るしかなかった。
相手ターンだというのに最上級モンスターを召喚したクロノス教諭。
対し、〝決闘王〟が最大の信を置く二人の魔法使いを繰り出す少女。
この決闘は、最早試験のレベルではない。
『巫女よ。微力ながら、あなたの道行きに力を貸しましょう』
「ありがとうございます! 私はカードを一枚伏せて、ターンエンドです!」
「私のターン、ドロー。古代の機械巨人が攻撃する時、相手は魔法・罠の使用が許されないノーネ。その伏せカードが何であろうと、たとえ〝決闘王〟のモンスターが相手であろうと、進撃を止めることはできないでスーノ!」
バトル、とクロノスが宣言した。その瞬間、妖花が一枚のカードを発動させる。
「攻撃時に発動できないなら、攻撃に移る前に倒します! リバースカード、オープン! 速攻魔法『黒・爆・裂・破・魔・導』!! 場にブラック・マジシャン師弟がいる時のみに発動でき、相手フィールド上のカードを全て破壊します!!」
『ゆくぞ』
『はい、お師匠サマ!』
二人の魔法使いの力が収束し、強大な魔法が紡がれる。
果たして、現れたのは。
「――見事なノーネ。アンティーク・ギアの弱点。即ちフリーチェーンの除去に弱い点をついてくるとは。しかし、それでもまだ甘いでスーノ」
古代の機械巨竜☆8地ATK/DEF3000/2000
クロノスの場に現れたのは、巨大な機械竜。巨人とはまた違う、空から見下ろされる威圧感が襲ってくる。
「歯車街が破壊された時、デッキ・手札・墓地よりアンティークモンスターを特殊召喚できるノーネ。更に私は『古代の機械騎士』を召喚」
古代の機械騎士☆4地ATK/DEF1800/500
現れたのは、大きな突撃槍を構えた機械の騎士だ。バトル、とクロノスは宣言する。
「機械巨竜でブラック・マジシャンを攻撃!」
『お師匠サマ!』
『くっ……! 巫女よ、力及ばず――』
「ブラック・マジシャン!」
妖花LP4000→3500
流石の最高位の魔法使いでも、純粋な戦闘ではそう容易く勝てない。更に、とクロノスが宣言する。
「機械騎士でバテルを攻撃!」
『……これは、流石に厳しいね』
「バテル!」
妖花LP3500→2200
一気にLPを削られる妖花。クロノスはカードを一枚伏せると、ターンエンドを宣言した。
「私のターン、ドロー! ラメイソンの効果により、ヒュグロの魔導書をデッキの一番下に戻してドロー!」
引いたカードを確認する。この手札では、あのモンスターは超えられない。
『私の攻撃力じゃ届かないよ~……』
「……少し、賭けに出ます」
『へ?』
「罠カード『無謀な欲張り』を発動! 二ターンのドローフェイズをスキップする代わりに、カードを二枚ドローします!」
引いたカードを確認する。引いたのは――『魔導法士ジュノン』と『グリモの魔導書』!
「手札の『セフェルの魔導書』、『魔導書廊エトワール』、『グリモの魔導書』を相手に見せ、『魔導法士ジュノン』を特殊召喚!!」
魔導法士ジュノン☆7光ATK/DEF2500/2100
現れたのは、光の魔法使い。魔導師の中でも高位に立つ女性魔導師だ。
『ジュノンさん!』
『ようやく私の出番のようね。さあ、巫女さん。私の役目は何?』
「このデュエルに勝ちたいんです。お願いします!」
『ふふ、承知したわ』
クスクスと笑うジュノン。更なる高レベル魔法使いの登場に、最早会場は言葉を失っていた。
「手札より、永続魔法『魔導書廊エトワール』を発動します! 更に『グリモの魔導書』を発動し、『ヒュグロの魔導書』を手札に加え、発動! ジュノンを強化! 更に『アルマの魔導書』を見せ、『セフェルの魔導書』を発動! 墓地のヒュグロの魔導書をコピーし、ジュノンに重ね掛けします!」
魔導法士ジュノン☆7光ATK/DEF2500/2100→2800/2100→4800/2100
ブラック・マジシャン・ガール☆6闇ATK/DEF2000/1700→2300/1700
ジュノンの力が増していく。満ちていく魔力を感じ、ジュノン自身はかなりご満悦のようだ。
『ふふ……いいわ。力が溢れてくる』
「ジュノンの効果を発動! 墓地の魔導書を除外することで、一ターンに一度相手フィールド上のカードを破壊できる! グリモの魔導書を除外し、伏せカードを破壊!」
「リバースカードオープン! 『融合準備』! 融合モンスターを見せることでその素材であるモンスターを手札に加え、更に墓地から『融合』を手札に加えることができるノーネ! 私は『古代の機械究極巨人』を見せ、『古代の機械巨人』を手札に加えまスーノ! 更に先程破壊された『融合』を墓地から手札へ!」
「ッ、『アルマの魔導書』を発動! 除外されている『グリモの魔導書』を手札に加えます! そしてバトル! ジュノンで古代の機械巨竜を攻撃!!」
エトワールに更に一つカウンターが乗ったことで攻撃力が4900まで上昇したジュノンが、その右掌を巨竜へと向ける。
もう片方の手に握られた魔導書のページが凄まじいスピードで捲られ、魔力が収束していく。
『随分と好き放題やってくださったご様子。これはその、ささやかなお返しです』
そして、巨竜が光に包まれた。
跡形も残らず、古代の巨竜が消滅する。
クロノスLP4000→2100
「ヒュグロの魔導書の効果発動! この効果を受けたモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した時、デッキから魔導書を手札に加えることができます! 『トーラの魔導書』と『ゲーテの魔導書』を手札に加えます!」
「……手札補充も抜かりなく。素晴らしいタクティクスなノーネ」
クロノスは満足そうに頷く。その言葉に気付かぬまま、更に、と妖花が宣言した。
「ブラック・マジシャン・ガールで機械騎士へ攻撃!」
『いっくよー!』
「『ブラック・バーニング!!』」
ほとんどの者には妖花の声しか聞こえていないはずだが、ユニゾンした二人の一撃が放たれる。
クロノスLP2100→1500
二人の女性魔法使いの攻撃により、LPが逆転。更にゲーテの魔導書とトーラの魔導書を手札に加えることができた。
(次のターンのドローはないけど、グリモの魔導書がある……多分、大丈夫なはずだけど……)
信頼する魔法使い二人もいるのだ。大丈夫なはずである。
「私はカードを二枚伏せて、ターンエンドです!」
妖花の宣言。それにより、周囲にざわめきが広がった。
この状況。圧しているのは妖花だ。更にドローをスキップするというデメリットを抱えながらも、きっちり返しにも対策している。
「凄ぇ……」
それは、誰の呟きだったのか。
いつしか、会場の誰もがこの場において最も幼き少女に魅せられていた。
◇ ◇ ◇
誰もが魅せられている妖花のデュエル。最初に呟いたのは十代だった。
「凄ぇ……。妖花って、こんなに強かったのか……」
「流石にこれは予想外やな。というより精霊に愛され過ぎやろあの子。マジシャン師弟がわざわざ精霊界から飛んでくるとか」
「それが防人妖花という存在だ。だが、やはりというべきか。クロノス教諭――技術指導最高責任者は伊達ではない」
険しい表情で澪は言う。そうですね、と頷いたのは祇園だった。
「クロノス先生の手札は、次のドローで五枚です。……ここから出は手札は見えませんが、『融合』のカードと、『古代の機械巨人』は確認できています」
「妖花くんは対応するために『ゲーテの魔導書』と『トーラの魔導書』を手札に加えた」
「墓地の魔導書は今のところ、ヒュグロ、アルマ、セフェルの三枚。ゲーテはフリーチェーンで対象を取らない除外を発動できる状況やな。裏守備でもええけど」
「で、トーラの魔導書は魔法・罠からモンスターを守れるカードだったよな。伏せてある二枚はそのカードで、手札はグリモの魔導書か」
「状況として妖花くんが有利なのは間違いない。ただ一点、不利な点があるとすれば」
「妖花さんの手は全て相手にも見えている、ということですね」
澪の言葉に祇園は頷く。クロノスの手札で公開されているカードは三枚。『古代の機械箱』と『古代の機械巨人』と『融合』だ。対し、妖花は伏せカードを含めて全てのカードがクロノスに割れている。
「クロノス先生はそれを理解した上で対応できるって事か」
「そうなるなぁ。ちなみに十代くんならどうする?」
「えっ? えーと……とりあえずドローカードで考えるぜ!」
「答えになっていないが、キミらしい答えだ。しかし、安定して強くあろうとするならそんな答えでは後々苦労するぞ? 見ておくといい。世界に通用するとまで謳われ、数多のプロデュエリストを育て上げたデュエリストの解答を」
酷く楽しそうに、澪は言う。
彼女のそんな表情は、珍しく思えた。
「楽しそうですね、澪さん」
「楽しいさ。私とは全く違う、しかし、絶対的な才能。アレを見て心躍らぬ理由がない。キミもそうだろう? 彼女に知識を与えたのはキミなのだから。教え子が戦う姿を見て、何も思わぬ師はいないよ」
「……僕がしたことは、大したことじゃないです。全部、妖花さんが頑張ったからですよ」
祇園がしたことは少しの手助けをしただけだ。誇るようなことではない。
ただ、それでも。
「後悔だけは、して欲しくないです」
妖花の解答は完璧なモノのように祇園には思える。しかし、どうしてか。勝利が一切確信できない。
頑張れ、と小さく呟く。
この場で最も幼く、しかし、最も輝きを見せる少女へ。
祇園は、小さく祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
『さて、普通ならほとんど詰みだけれど』
『なんか、嫌な予感がしますよね~……』
ジュノンの言葉にげんなりした様子でガールが同意する。だがそれは妖花も感じていることだ。
(打てる手は全て打ったはずです……でも、どうして)
どうして、こんなにも不安になるのだろうか。
「私のターン、ドロー。魔法カード『ハーピィの羽根箒』を発動するノーネ」
「――――ッ!?」
『なっ、今引き込んだんですか!?』
『違うわ。おそらく、ずっと持っていたのよ。――この一撃を、通すために』
吹き飛ばされる全ての伏せカード。その瞬間、効果が発動する。
「エトワールの効果発動! 乗っていたカウンターは四つ! よって、レベル4以下の魔法使いを手札に加えます! 『魔導教士システィ』を手札に! 更にラメイソンの効果により、『魔導召喚士テンペル』を特殊召喚!!」
『ようやく出番と思えば、状況はかなり厳しいようですね』
『……巫女よ。この身を盾としても、お主を守ろう』
魔導召喚士テンペル☆3地ATK/DEF1000/1000
現れるのは、フードを深く被った魔導師だ。更に女性魔導師も手札に加わり、精霊たちがそれぞれ言葉を紡ぐ。
「――シニョーラ防人。実に見事なデュエルだったノーネ。構築、戦術、ドロー。どれを見ても実に素晴らしい。しかし、だからこそ私は教えなければならないでスーノ」
クロノスが一枚の魔法カードをデュエルディスクに差し込む。
それは、『融合』のカード。
古代の機械巨人、古代の機械箱、古代の機械巨竜の三体が融合し、それが降臨する。
「――世界は広い、と」
古代の機械究極巨人☆10地ATK/DEF4400/3400
轟音と共に、それが来た。
究極の名を持つ、最強の機械巨人。
「…………ッ」
その質量と存在感に思わず息を呑む。二人の魔法使いも、呻くようにそれを見上げた。
「まさか受験生にこのモンスターを使うことになるとは思わなかったノーネ。――バトル、古代の機械究極巨人でテンペルを攻撃!!」
「――――ッ!? まさか!」
「そう、古代の機械究極巨人には貫通効果があるノーネ!」
『くっ、すまぬ、巫女よ――』
妖花LP2200→-1200
LPが0を刻む。三人の魔法使いが、それぞれに言葉を紡いだ。
『申し訳ありません、巫女よ』
『ごめんなさい~……』
『力になれず、申し訳ないわ』
気付けば、周囲には無数の精霊たちが現れていた。皆一様にこちらへ視線を向けており、同時、どこか申し訳なさそうだ。
だから、妖花は首を左右に振った。
「最後は、私のミスでした」
古代の機械究極巨人――アレの効果を知らなかったとはいえ、予測はできるはずだった。テンペルを出したのはミスだ。
「でも、楽しかったです」
だから、と言った。
消えていくソリッドヴィジョン。しかし、姿を消さぬ精霊たちに。
自分と戦ってくれた、先生に。
「――ありがとう、ございました!!」
万雷の拍手が響き渡る。
誰もが妖花を褒め称え、称賛の言葉を贈った。
しかし、少女は敗北した。それだけは、覆しようのない事実。
受験番号四番、防人妖花。実技試験結果――敗北。
◇ ◇ ◇
デュエルが終わると同時に、少年は駆け出していった。それを見送り、澪はポツリと告げる。
「……流石だな。一見妖花くんのミスにも思えるが、あの状況ではどの道詰んでいた」
「ですね。本当、強いお人や」
息を吐きながら美咲は言う。どういうことだ、と疑問を浮かべたのは十代だ。
「ジュノンとガールのどちらかなら、妖花のLPは残ってただろ? グリモの魔導書だってあったんだし、多分クロノス先生はジュノンを攻撃しただろうから、『ネクロの魔導書』を次のターンで手札に加えれば効果で破壊できたんじゃないのか?」
「おお、よう知ってるやん。確かにそれで究極巨人自体は処理できる。せやけど、それで終わらんのよ」
「そうなのか?」
「究極巨人は破壊された時、墓地から本来特殊召喚できない機械巨人を蘇生する効果を持つ。しかもこれは場合効果であるため、タイミングを逃さない」
これにより、場には再び攻撃力3000のモンスターが立つこととなる。対し、こちらの場に残っているのは上級モンスターとはいえ2500と2300のモンスターのみ。
「そうなると、自らドローを切り捨てたために逆転のドローさえも望めない。返しで潰されてゲームエンドだよ」
「で、でもさ、テンペルを使えば上級魔法使いを出せるんじゃ」
「妖花くんのデッキにはエクゾディアが仕込まれている関係上枠が少なく、ジュノンは一体しかいない。上級魔法使いは他はマジシャン師弟が一枚ずつのみだ。それに、仮に二枚目のジュノンがいたとしてもその効果を使えばネクロの魔導書でジュノンを蘇生することはできない。結局、手段はない」
羽箒で場を吹き飛ばされた時点で、ほとんど勝負は決まっていた。
この有無を言わさぬ決着のつけ方は、流石としか言いようがない。
「妖花くんもいい勉強になっただろう。元々あの子は異常なまでに運に恵まれている。それを自ら捨ててしまったのが敗因だ」
「せやけど、あの場面やとしゃーないんちゃいます? 勝負に出たわけですし」
「耐える選択をできなかった時点で妖花くんの負けだよ。無謀な欲張りを使うなら状況の打破ではなく、確実に仕留めるダメ押しの場面で使うべきだった。あの状況、あそこで無理をしなければならなかったわけでもない」
ダメージは入っただろうが、それで敗北とはならなかったはずだ。ならば、次のターンに伸ばすのもありだった。
「手厳しいですね」
「本人にはとても言えんがな。どうも妖花くんを相手にすると甘くなる。それに、私は人にモノを教えるのが苦手だ」
「行かなくていいんですか?」
「少年が行っているならばそれでいいさ。帰りに甘いモノでも食べて、それで終わりにすればいい。彼女にはまだまだ先があるのだから」
「澪さんは?」
どこか気怠そうに美咲はそう問いを口にした。十代は黙して成り行きを見守っている。
「その言い方やと、先はないって聞こえますよ?」
「事実存在しないモノをあると言ってどうする? 彼女はこれから多くの人と触れ合い、知っていく。精霊たちと触れ合ってきたようにな。私はもう、そんなモノは諦めた。私には何も理解できないのだから」
「悲しいですね、それ」
「キミも人のことを言えんだろう? 結局、誰にもキミはキミ自身の意志を語っていない。少年にさえもだ。私は興味もないし聞く気もないが、それは一人で背負うには重すぎるのではないかな?」
「…………」
二人の視線がぶつかる。いきなり重くなった空気に十代さえも冷や汗をかくほどだったが、まあいい、と先にその空気を打ち砕いたのは澪だった。
「蒼い髪の天使によく言っておいてくれ。巻き込むな、と」
そのまま、彼女は会場から立ち去っていく。それを見送ってから、美咲は大きく息を吐いた。
「あ~……ホント、怖い人やなぁ……」
「大丈夫かよ、美咲先生」
「大丈夫大丈夫。ホント、あの人はどこまで知っとるんやろな。或いは知らへんのに知っとるんか」
精霊からの干渉という意味ではある意味妖花以上のモノを受けているはずだ。それでもその全てを無視することが許されるのだから、やはり異常な人だと思う。
「ま、ええやろ。とにかく、ウチも試験官のお仕事や。十代くんも見てるんやったらあんま騒がんようにな?」
「わかってるって」
苦笑する十代。それに笑みを返し、美咲もまたステージの方へと向かう。
その背に、そういえば、と十代が言葉を紡いだ。
「妖花はやっぱり、その……無理なのか?」
「んー、断言はできひんよ? せやけど、まあ、ウチの見解を言わせてもらうなら――」
歩き出し、背を向けながら。
何の淀みもなく、桐生美咲は言い切った。
「――文句なしの合格や」
◇ ◇ ◇
足取りが重いのが自分でもわかる。全力を出せたし、出したつもりだった。だが、ダメだった。
思い返せばミスはある。結果論であろうとミスはミスだ。それが余計に悔しい。
「妖花さん」
「……祇園、さん」
お疲れ様、という言葉を懸けてくれる彼。そのまま優しく頭を撫でられ――
ぽたり、と。
涙が、床に落ちた。
「…………ッ、ふ……っ……」
声を殺し、涙を零す。みっともなく泣き叫びたかった。でもそれはできない。
悔しい。ただただ、悔しい。
〝ルーキーズ杯〟で桐生美咲に負けた時にも涙を流した。けれどアレは一つの儀式であり、必要なことだったと言える。あの日から強くなりたいと妖花は思うようになったのだから。
だから、悔しい。
祇園や澪を始め、色々な人に助けられて腕を磨いてきた。勝てる自信を以てここに立った。
けれど、結果は敗北で。
それはまるで、自分の努力の全てが否定されたかのようで。
(祇園さんは、ずっと、こんな風に)
いつだって命を投げ捨てるように戦う彼は、敗北の度にこんな気持ちを感じていたのだろう。
だって、そうじゃないか?
そうでなければ、あんなにも背中が悲しいわけがない。悲壮に塗れているわけがない。
(なれない、祇園さんみたいには、なれない)
打ちのめされて、それでも立つことなんて。
また否定されるかもしれないと思いながら戦うなんて。
できるはずが――ない。
(私は)
優しく、彼は抱き締めてくれた。何も言わず、こちらを優しく包んでくれる。
それが嬉しくて。でも、情けなくて。
「――シニョーラ防人。泣く必要などないノーネ」
「えっ――」
不意に聞こえた声は、つい先程までデュエルをしていた相手だった。その人物は真剣な表情でこちらを見ている。
「確かにシニョーラは敗北しました。しかし、この試験は勝敗で全てが決まるわけではありませンーノ。本来なら試験全てが終わるまで――合否発表の日まで伏せられるべきなのでスーガ」
合格、と。
クロノス・デ・メディチはそう言った。
まるで、誇るように。
「確かに中等部でも十分学ぶべきことはあるはずなノーネ。シニョーラならジュニア選手権で優勝さえ狙えまスーノ。しかし、それ以上に本校であるならば学べることがあり、また、こちらも教えることがあると先程のデュエルで確信したノーネ」
だから、と彼は言った。
その手を広げ、宣言するように。
「ようこそ、デュエル・アカデミアへ。我々は、シニョーラの入学を心より歓迎するノーネ」
驚きが、最初で。
歓喜が、次で。
涙は――止まらなかった。
「やったね、妖花さん」
「――はいっ!」
憧れた人の、その言葉に。
防人妖花は、涙と笑みを浮かべて頷いた。
まさかの第二期第一話が主人公ではないという暴挙。
元々妖花ちゃんはギリギリまでウエスト校と本校で迷っていました。ウエスト校なら今まで通り祇園や澪の側に居られたのですが、一人立ちをしたいという想いから本校に決めたという経緯があります。
次回は主人公のデュエル回。彼がウエスト校でどういう立ち位置にいるのかが描かれる……はず。