遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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間章 東西対抗戦 前篇

 

 

 

 

 

 IHも終わり、高校単位で行われる大きな大会が終了したこの時期は、三年生を送る準備が始まる。

 それはアカデミア本校でも変わらず、目下生徒たちの興味は卒業デュエルへと向けられていた。毎年主席卒業生が在校生の内の一人を指名して行われる卒業デュエル。今年は間違いなく帝王こと丸藤亮が卒業デュエルを行うことは間違いないことであり、その彼が指名する人物が誰なのかは様々な憶測が流れている。

 

「お兄さん、誰を選ぶんだろう」

 

 レッド寮の食堂でそんなことを呟いたのは丸藤翔だ。彼の兄である丸藤亮だが、彼は基本的に真面目な人物である。故にというべきか、彼の意志だけでなく周囲のことも考えての人選となることが予想できるため、候補が絞り難いのだ。

 

「翔も知らないのか?」

 

 そう問いかけてくるのは遊城十代だ。翔は頷くと、前に、と言葉を紡ぐ。

 

「ちょっと聞いてみたんスけど、教えてくれなかったッス」

「そうなのか。誰なんだろうな、卒業デュエルの相手。俺だったらいいんだけどなー」

 

 へへっ、と笑みを浮かべる十代。彼はどう思っているか知らないが、十代の指名は十二分にあり得る。実力はアカデミア本校でも間違いなくトップクラスであり、〝三幻魔〟やセブンスターズとの戦いも記憶に新しい。亮自身、十代のことは認めているのだから。

 

「なあ、宗達はどう思う?」

「あん? まあ俺はねぇよ」

 

 少し離れた席でノートと何故か数十枚の紙幣を数えている如月宗達へ十代が声をかけると、宗達は視線をこちらに向けつつそう言葉を紡いだ。いつになく真剣にノートを睨んでいるが、何をしているのだろうか。

 

「そうか? 宗達ならあるだろ」

「ねぇよ。俺とカイザーは敵同士だ。大体、俺はカムルとしてカイザーの師匠を病院送りにしてんだぞ? 和解とかありえないっつーの」

 

 宗達は全員のためとはいえ敵側についていた事実がある。鮫島自身が何も言わないため誰も触れないが、そこには推し量れぬ部分があるのだろう。

 まあ、それは当人同士の問題だ。故に十代は先程から気になっていたことを問いかける。

 

「なあ、さっきから何してるんだ?」

「ん、これか? 賭けだよ賭け。卒業デュエルの相手が誰かって奴。神楽坂と組んで胴元やってんだが、お前らもやるか? 一口千円な」

「……何やってるッスか」

「暇なんだよ。ちなみに一番人気は三沢だな。妥当っちゃ妥当だけど」

 

 言いつつ、宗達は紙幣を束ねてノートを片付け始める。どうやら集計が終わったらしい。

 

「へぇ、そうなのか。何でだろ」

「〝ルーキーズ杯〟代表候補にもなったし、成績も座学なら学年トップだしな。妥当だろ。来年ブルーに上がるって噂もあるし。多分上がらねーんだろうけど」

「三沢くん、強いッスもんね」

「他には十代も挙がってるぞ。五番人気だな。正直オマエが俺は一番あると思ってるが」

「本当か?」

「ああ。他には俺に入れてる阿呆と、二年が三人、明日香、雪乃、吹雪さん、万丈目あたりかな。意外と票が固まってて面白いんだこれが」

 

 神楽坂の分も集計しないとわからんが、と宗達は付け加える。ふーん、と十代が頷くと、不意に校内放送が聞こえてきた。

 

『オシリスレッド一年、遊城十代、如月宗達。今すぐ職員室へ』

 

 呼び出しの放送。思わず宗達の方へ視線を向けると、彼が思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「そういや桐生に呼ばれてたの忘れてたわ」

「おい!?」

 

 とりあえず、説教になりそうだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「東西対抗戦?」

 

 職員室へ行くと、桐生を中心に既に待っている者たちがいた。亮、吹雪、万丈目、三沢、明日香、雪乃の六人である。

 遅い、と美咲に怒られた後、聞かされたのはそんな話だった。そうや、と美咲は頷く。

 

「ウエスト校とここ、本校で対抗戦することになったんよ。人数は七人ずつ。場所はここでやる予定や」

「マジかよ!? IHの優勝校とやれるのか!?」

 

 十代が興奮気味に食いつく。今年度IH優勝校であるデュエルアカデミアウエスト校。そこと戦えるとなれば、心躍らない理由はない。

 

「だが、ここにいんの八人だぞ」

「どうするつもりかな、桐生先生?」

 

 宗達の言葉を繋ぐように何故かアロハシャツを着ている吹雪が言う。この人の服装に突っ込みを入れるのは野暮だ。

 

「いやどうするもこうするも、決めて欲しいから呼んだんやで? ウチも忙しいんやけど、他の先生も忙しいから決めるためにデュエルする時間もないし。オーナーの意向とはいえ、こっちも忙しくてなぁ」

 

 言われてみれば、職員室内は随分と慌ただしい。卒業と入学が近付いているこの時期、当然だろうと言えるが。

 しかし、それにしてもだ。

 

「丸投げかよ」

「職員会議で推薦は募ったんよ。で、八人に絞ったけどそれ以上はなぁ」

「……まあ、別にいいけど。で、どうだ? 一応聞くけど出たくない奴とかいんのか?」

 

 半分投げやりに問いかける。正直美咲も余裕はないらしく、言葉を紡ぐのもPCと向かい合いキーボードを叩きながらだ。新入生の入学、学年の締め、卒業生の進路――やるべきことはいくらでもある。そこにこんな大がかりな企画を持ち込まれたら、手を回す余裕はないだろう。

 

「俺は是非参加したい。卒業前に全国優勝を果たしたチームと戦えるまたとない機会だ」

「僕も興味があるねぇ。特に菅原くんは昔の馴染みだ」

「俺は当然参加するぞ、如月宗達」

「俺もだな。断る理由がない」

「私もね。今の自分の実力を確かめるいい機会だわ」

「私も、よ。やるからには勝つけれど……」

「十代は聞かなくていいな」

「何でだよ!? いや絶対参加するけどさ!」

 

 オチを付けたところで、宗達はなら、と言葉を紡いだ。

 

「それでいいんじゃねぇの? 俺が不参加で、七人出ろよ」

「え、いいのか?」

「良いも何も、それが一番だろ。出たい奴ばっかだし、俺はそこまで興味ねぇし」

 

 肩を竦める。すると、よー言うわ、と背後から美咲が言葉を紡いだ。

 

「侍大将、アレやろ? プロ契約あるから勝手に出れへんだけやん」

「……うるせぇな」

「まあ、好き勝手やり過ぎやな。ノース校との試合とか、報告してへんやろ?」

 

 その言葉に宗達は肩を竦める。宗達はアメリカのプロチームと契約を結んでいる身だ。当然、表舞台に立つ際にはその看板を背負うこととなる。本人は気にしていなかったのだが、最近少し色々あった。この夏休みは向こうのリーグ戦に参加しなければならなくなったぐらいには。

 

「まあ、つーわけで俺は不参加だ。問題あるか?」

「ん、問題なしや。今回はウチが招集したけど、本来この企画の責任者はクロノス先生やから誰かこの後伝えに行ってな。試合は丁度二週間後で、テレビ取材も入るしウエスト校の生徒もこっちに来るから、その辺覚悟しといてや」

 

 相変わらずこちらを見ずに言う美咲。どうでもいいが、キーボードを打つスピードがかなり速い。

 解散、と美咲が言うと、全員が職員室を出ようとする。その背に、思い出したように美咲が言った。

 

「わかってると思うけど、全国放送やからな?」

 

 アイドルの営業スマイルを浮かべ、プレッシャーをかけてくる教師。

 ……不参加で良かったと、少し思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フェリーの甲板から見えるアカデミア本島はどこか懐かしかった。当たり前だ。あの場所から去ってから、数か月の時間が過ぎたのだから。

 

「どうした、少年」

 

 近付いてくる本島をぼんやりと眺めていると、背後からそんな声がかけられた。振り返ると、澪が腕を組んでこちらを見ている。

 今日の彼女は珍しくウエスト校の制服だ。普段の彼女は授業であろうと大体スーツを着ている。その彼女が制服を着ているのは、彼女自身が参加者であるためだ。

 

「何か感じるかな、と思ったんですが。……思ったより、感じないんですね」

「現地に着けばまた変わるだろうさ。まあ、キミにもウエスト校の生徒としての自覚が出てきたということだろう」

 

 微笑む澪。彼女には何度も助けられた。IHの全国大会で出場した際も、彼女の言葉によってどうにか乗り越えられた経緯がある。

 

「だがまあ、キミも強くなった。一年筆頭、か」

「……まだまだですよ。僕なんて」

「控えとはいえ、IH優勝チームの一員だ。胸を張るといい」

 

 それに、と澪は言った。

 少し離れた場所で本島を見つめる者たちへと、どこか優しげな視線を送りながら。

 

「いざとなれば彼らを頼ればいい。頼れる先輩だよ、全員がな」

「勿論です。……本当に、尊敬できる先輩ですから」

 

 特に、今大会で結局無敗を通した二条紅里と菅原雄太の二人に対する信頼感は絶対だ。あの二人は間違いなくプロへ行く。

 遠い背中だ。だが今は味方である。これ以上頼りになる相手はいない。

 

「まあ、私は楽しみだよ。――私の相手は、果たして誰かな?」

 

 楽しげに、どこか濁った眼で言う澪の姿を見て。

 彼女の相手になる人物に、少し同情した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大講義室。普段は学年丸ごとなどの大人数の授業で使われる教室に、16人のデュエリストが集まっていた。

 そのうちの2人は今回の実況と審判役だ。桐生美咲とクロノス・デ・メディチ。共にアカデミア本校の教師であり、今回の企画の責任者だ。

 

「それで~ワ、これより東西対抗戦を始めるノーネ。私は今回審判を務めるクロノス・デ・メディチ、アカデミア本校の技術指導最高責任者をしていまスーノ」

 

 技術指導最高責任者――その肩書きにほう、と尊敬の気配がウエスト校側から漏れた。アカデミア総本山における技術指導最高責任者。それは間違いなく強者の証だ。要は教員の中では〝最強〟の位置にいるということである。

 

「実況と司会を務めるのはウチ、桐生美咲です~。まあ、ウチのことはあんま気にせんと自分のデュエルをしてください」

 

 そう言って頭を下げたのは桐生美咲だ。その姿を見て、ウエスト校側から菅原雄太がボソリと呟く。

 

「……マジで美咲ちゃんが教師やっとんのか。羨ましいなぁ」

「……やっぱ生で見ると可愛いなー」

 

 ウエスト校側の三年生男子コンビ、菅原雄太と山崎壮士が小声でそんな言葉を交わす。それをゴホン、とクロノスが一つ咳をすることで黙らせると、それでは、と彼は言葉を紡ぐ。

 

「軽く自己紹介をするノーネ。まずは、本校側から」

 

 促され、最初に頷いたのは〝帝王〟――丸藤亮だ。彼は簡潔に言葉を紡ぐ。

 

「アカデミア本校三年、オベリスクブルー所属、丸藤亮だ」

「一年、オシリスレッド所属! 遊城十代だ!」

 

 次いで、隣の十代が声を上げた。それに続く形で順に自己紹介をしていく。

 

「同じく、オシリスレッド所属。万条目準だ」

「オベリスクブルー所属、天上院明日香です」

「同じくオベリスクブルー所属、藤原雪乃です」

「ラーイエロー所属、三沢大地です」

「オシリスレッド、天上院吹雪――〝ブリザードプリンス〟と呼んでくれ」

「……はぁ」

「いやなんやねんそれ」

 

 キラッ、と最後に白い歯を見せながらの吹雪の自己紹介に明日香がため息を吐き、菅原は動作も加えたツッコミを入れていた。おお、と十代が感心する。

 

「これが本場のツッコミか!」

「いや今のつっこまんのはアカンやろ」

「流石に初対面やからわいは自重したんやけど、まあ当然やな」

 

 菅原と山崎がうんうんと頷く。とりあえず、緊張感が決定的に欠けていた。

 

「じゃあ、こちらも~。アカデミアウエスト校三年、一番手。生徒代表もしています、二条紅里です~」

 

 のんびりとした口調でそう言うと、紅里がぺこりと頭を下げた。それに続き、ウエスト校側も自己紹介を始める。

 

「ウエスト校三年、二番手。菅原雄太や。IHでは全試合大将をやっとったよ」

「ウエスト校三年、三番手。山崎壮士。ま、よろしゅう」

「……ウエスト校二年、四番手。沢村幸平だ」

「ウエスト校二年、五番手。最上真奈美です」

「ウエスト校一年、六番手。夢神祇園」

「ウエスト校三年、末席。――烏丸〝祿王〟澪だ」

 

 微妙に弛緩していた空気が、最後の自己紹介によって一気に引き締まった。〝祿王〟の参戦は知らされていたが、それは所詮イベントの一環と思っていたのだ。だが、彼女は言外にそうではないと宣言した。

 自身が〝最強〟であるという証明であり称号である〝祿王〟という名。それを名乗るということは、彼女に一切の手抜きはないということ。

 ウエスト校の生徒たちにとっては当たり前のことではある。校内で澪がデュエルをすることはほとんどないが、彼女はどんなデュエルでも一切の容赦もなく相手を叩き潰す。それによって相手の心を折る結果となろうともだ。

 

「…………」

 

 本校の七人全員が澪へと視線を向ける。澪の表情はいつもと変わらない。僅かな微笑を浮かべ、超然とそこに在る。

 その態度は王者としての余裕だ。知らず、本校側に熱が篭る。

 

「それぞれ場所を指定したカードを引くノーネ。対戦相手が揃った時点でデュエル開始。――よろしいでスーノ?」

「移動開始は今から丁度三十分後。健闘を祈ります~」

 

 クロノスと美咲の言葉に、二人に視線を向けずにはい、と応じるデュエリストたち。その瞳は、これから戦うこの中の誰かに向けられている。

 そして一旦それぞれの学校毎の最終ミーティングに向かおうとするが、思い出したように菅原がそうや、と言葉を紡いだ。

 

「万丈目、って自分か?」

「……ああ」

 

 呼び止められ、万丈目が足を止める。他のメンバーも何事かと二人へと視線を向けた。

 

「いや、大したことやないんやけどな。紫水千里、知っとるな?」

「無論だ」

「この間のIH、ノース校とはベスト8でかち合った。俺は大将戦で紫水とやりあって勝ったんやけど、言うてたんや。――『今回は私の負けです。ですが、勘違いしないでください。ノース校の№1は、万丈目さんです』ってな。負け惜しみにも聞こえたけど……どうなんや?」

 

 あからさまな挑発の言葉に、万丈目が拳を握り締める。だが、菅原らしからぬ挑発の言葉にウエスト校のメンバーは首を傾げていた。

 だが、それに気付かない万丈目はいいだろう、とその拳を菅原に向ける。

 

「俺が証明してやる。IH優勝校の大将? その程度、この万丈目サンダーの足下にも及ばんとな!」

「ほー。ええやんけ。自分とやり合えるんを祈っとるわ」

 

 そう言うと、菅原は万丈目に背を向けた。万丈目もまた、部屋を出て行く。

 開戦まで、時間は少ない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ゆーちゃん、どうしたの~?」

 

 ウエスト校の控室。全員で場所指定のカードを確認してから、紅里が菅原へとそう言葉を紡いだ。菅原は、別に、と肩を竦める。

 

「ちょっと挑発しとこ思っただけや。姐さんもしてたし、俺もやっとこうかと。あいつら五人も一年おるんやで? もうちょい必死になってもらわな面白くあらへんわ」

「ふむ。私はそんなつもりはなかったが」

「いやよー言いますわ。思いっ切り〝祿王〟アピールしてましたやん。あれで連中目の色変えてたやないですか」

 

 澪の言葉に山崎がツッコミを入れる。ふむ、と澪は顎に手を当てた。

 

「私はいつも通りだったつもりだが」

「……烏丸先輩のいつも通りは、手加減なし容赦なしですからね……」

 

 どこか遠い目で言うのは最上だ。ぶっちゃけここのメンバーは全員激励と称して澪とデュエルをしており、IH前だというのに心折られる寸前の負け方をしている。

 まあ、実際に折れていないからこその全国制覇メンバーなのだが。

 

「……時間もないですし、最終確認をした方がいいのでは?」

 

 声を発したのは二年生の沢村だ。最上と違い、彼は基本的に無口で少し離れた場所にいることが多い。その彼は祇園へと視線を向けると、それ以上は口を閉ざした。そうやな、と頷いたのは菅原や。

 

「夢神、最終確認や。今回の相手の簡単な特徴頼むわ」

「はい。――まず、丸藤先輩ですがデッキは『サイバー』です。ご存じと思いますが『パワー・ボンド』が強力で、油断すれば一撃で持っていかれます」

「ジュニアでも地獄見たわ何度も。実際アレ、止める手段がなぁ。しかもアレやろ? 最近は妨害系も使うようになっとるんやろ?」

「はい。正直、勝てるかというと……」

 

 祇園は言葉を濁す。〝帝王〟というのはそれだけ強大な力を持つデュエリストだ。あのメンバーだと、祇園にとっては一番勝てるビジョンが浮かばない相手である。

 

「一番厄介なとこやな。だからこそ勝ちたいけども」

「まあそこは有名どこやし。次は?」

「天上院吹雪さんですが、デッキは『真紅眼』ですね。基本的にレッドアイズを中心としたドラゴン族のビートダウンなんですが、『黒炎弾』が飛んできたりしていきなりLPを削り切られることもあります」

「ああ、JOINか」

「ん~、一番情報が少ないんだよね~」

 

 基本的に喋っているのは祇園以外は三年生の三人だけだ。最上は真面目に頷きつつ話を聞き、沢村は離れた場所で真剣に耳を傾けている。

 

「次は遊城十代くんです。デッキは『HERO』。スタイルについては……」

「いやアレ反則やろ最早。存在が。なんやねんあのチートドロー。なあ山崎?」

「〝ルーキーズ杯〟もその後の交流会も無茶苦茶やったなあの一年坊。とりあえず中途半端に追い詰めるとどえらいことになるってのはよーわかった」

「正直、一番何が起こるかわからない相手です」

「面倒やな……」

「まあ対策はあるっちゃある。夢神が実際に〝ルーキーズ杯〟で勝っとったし、やれん相手やない」

「じゃあ、次だね~」

「ええと、万丈目準くん……所属こそオシリスレッドですけど、ノース校でトップに立っていたほどの人です。デッキは混合型で、思いも依らないところから戦況を覆してきます。オジャマ、アームドドラゴン、XYZ――あのデッキを回せるだけで、正直僕は信じられません」

「何度聞いても頭おかしいデッキやな……。それごった煮で回しとるんやろ?」

「どんな一年やねん」

 

 冷静なツッコミが入るが、事実だから仕方ない。正直祇園もあのデッキが回る理由だけはわからないのだ。

 

「まあそいつについてはその場その場での対応しかあらへんな。じゃあ、次」

「三沢大地くん――座学では学年主席、デュエルでも一年生上位五指に入る実力者です。デッキは正直読めませんが、知識量ではアカデミア本校でも最上位にあると思います」

「一番堅実とは聞いとるな。二条、確か〝ルーキーズ杯〟の後デュエルしとらんかったか?」

「あの短い間で完全じゃないけど私のメタデッキを組んでたよ~」

「ふーん。わいと同じタイプか」

 

 山崎が頷く。阿呆、と菅原が言葉を紡いだ。

 

「自分とは全くちゃうやろ。まあ、ある意味ではやりやすい相手や。遊城みたいなわけわからん動きかましてくる奴よりは遥かにな」

「堅実な相手には堅実な戦法が一番ですからね」

 

 頷くのは最上だ。祇園は次は、と言葉を続ける。

 

「天上院明日香さん……吹雪さんの妹で、使うデッキは『BF』ですね。メインアタッカーはシンクロモンスターがメインで、ある意味僕と近い戦い方です。ただ、伏せカードがあっても踏み込んでくる人なので、これは他の人も同じなんですがブラフはあまり意味がないと思います」

「イケイケなん多いよなアカデミア本校。〝帝王〟然り〝プリンス〟然り〝ミラクルドロー〟然り」

「ただまあ、それをこの場でも全員ができるかっつーと微妙やけどな。菅原が挙げた三人はともかく」

「そうだね~。これは個人戦じゃなくて、団体戦。少しの警戒心が、出足を鈍らせちゃうから~……」

「はい。そして最後に、藤原雪乃さん。使うデッキは『リチュア』の儀式デッキです。儀式とは思えないくらいの展開力もそうなんですが、何よりあの人は動じません」

「確か〝侍大将〟の恋人やろ」

「マジで!? あんな可愛いのにあんなん彼氏にしとんの!?」

「ゆーちゃん食いつくところおかしいよ~」

 

 紅里に言われ、口を閉ざす菅原。まあ、と山崎が肩を竦めた。

 

「リチュアは情報少な過ぎて対策難し過ぎる。わいが相手んなったら完封する自信あるけどな」

「まあ、これは最終確認やしな。とりあえずこんなもんやろ。……二条、締め頼むわ。時間やし」

 

 時計を示しつつ、そう言ったのは菅原だ。紅里は頷くと、こほん、と一つ咳をする。

 ――そして。

 

「――私たちは、今年度IHの王者です。この試合には、私たちが倒し、踏み躙ってきた全ての学校の名誉が懸かっています」

 

 その声色は真剣そのものであり、遊びはない。

 そう、彼らの双肩には全国5000の高校全ての誇りが懸かっている。名も知らず、彼らが歯牙にすらかけなかった幾多の学校。彼らは知らぬままにその上位に立っているのだから。

 全国の頂点。それは、容易く譲り渡していい称号ではない。

 

「この戦いを、私たちの仲間も、ライバルも、後輩たちも、先達たちも見ています。私たちは、その全てを背負う責任があり、誇りがある」

 

 日本一であるという事実。 

〝最強〟であるという誇り。

 その全てを懸ける覚悟を決めて、この場に彼らは立っている。

 

「でも、それぐらい背負えるよね~?」

 

 先程までとは打って変わった、優しい笑顔。そこに気負いはない。

 それは確認の言葉だ。この場にいる者たちに対する信頼の言葉でもある。

 

「じゃあ、れっつご~♪」

 

 IH全国大会決勝戦。

 その大一番でも、彼女は同じように笑っていた。

 

「よっしゃ、一年坊共を黙らせに行くか」

「世界を教えてやらんとな」

「勝てばいいだけだ」

「頑張りましょう!」

「はい。行きましょう」

「ふむ。楽しめるといいのだが」

 

 だから、彼らもいつも通りでいられる。

 日本一とは、斯くも強大で……力強い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア本校側控室。こちら側でも同じように最終確認が行われていた。とはいえ相手は全国制覇メンバー。情報なら十分揃っている。デッキタイプも戦術も、全員の頭に叩き込まれていた。

 だが、それで勝てるほど甘い相手では決してない。何故なら、彼らと全国で――あるいは予選で戦った数多の学校もまた、同じように情報を揃えていたはずなのだから。

 

「ウエスト校のメンバーに穴はない。誰も彼も自身よりも格上だと思って当たるべきだ」

 

 まとめ役である亮がそう言葉を紡いだ。全員の基本戦術について最終確認を行った上での発言である。アカデミア本校の頂点に立つ彼の台詞には自然と重みが乗り、全員が頷きを返す。

 

「そうだねぇ……特に、二条さんと菅原くんの二人は要注意かな? 二人共、結局IHの団体戦では無敗だ」

「特に二条さんは個人戦総合優勝――文字通りの〝最強の高校生〟よ」

 

 吹雪の言葉に頷きを重ね、明日香が言う。二条紅里と菅原雄太。この二人は間違いなく、今年度のIHにおいて圧倒的な存在だった。無論他のメンバーも実力者ばかりだが、この二人は別格だ。

 

「山崎さんも強いぜ。一回デュエルしただけで俺のデッキに対するメタカードとか弱点とか分析して、アドバイスくれたし」

「沢村幸平も大概だな。完全にこちらを制圧してくる」

「最上さんも強いぞ。シンプルだがそのせいで対策が取り辛い。持久戦になれば確実にやられる」

「ボウヤもかなりのモノよ。全国大会に現れた伏兵。次世代のスター候補と呼ばれるくらいにはね」

 

 この場の全員に油断はない。言葉の全ては確認だ。

 相手は全国、その頂点に立った集団だ。戦える――戦いたいという意識では失礼だ。勝つ。勝利する。この場の全員が、その意志を共有する。

 

「そして、〝祿王〟」

 

 亮が呟いたその一言に、全員が一度言葉を止めた。

 彼女と戦える――その事実にほとんどのデュエリストはただ喜ぶだけだろう。だが、違う。彼女はそれを否定した。

 全力で潰すと。こちらを――自分たちを一人のデュエリストとした上で、〝祿王〟を名乗ったのだ。

 

「イベントと、この対抗戦はそう称された。だが、違う。これは最早そんな試合ではない。

 彼らの目を見たか? アレは覚悟を秘めた目だった。全国五千の頂点に立ったウエスト校。だからこそ、彼らはその全ての誇りを背負っている。俺は純粋にその事実を尊敬し、故にこそ最大の敬意と共に全力で戦うつもりだ。そこに恥も外聞もない。どのようなデュエルになろうと、どのように思われようと。それが俺にできる最大のリスペクトだ」

 

 最早、これは祭ではない。イベントでもない。

 対外的にはそうであっても、これは己の誇りを懸けた戦いなのだ。

 

「――開始だ。行こう」

 

 全員の表情が引き締まったのを確認し、亮が告げる。

 遊びの気配などどこにもない。そんな意識では、立ち向かうことさえ許されない。

 

 東西対抗戦、開始。

 









というわけで、息抜きのようで息抜きではないガチバトル対抗戦。
ある意味祇園くんにとっては凱旋になるのだろうか……。

この試合を書いた後、二つほど日常回を書いて二期へ突入予定です。


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