遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十八話 誰かが望んだ今

 

 

 ようやく目を覚ました人物は、こちらを見て頭を下げてきた。己の半分も生きていない小娘二人に頭を下げるだけの度量は、流石にあの海馬瀬人がアカデミア本校の校長を任せるだけのことはあると言えるだろう。

 

「……彼らが、戦ってくれたのですね」

「はい。とはいえ、それについてあなたを責めるつもりはウチにも社長にもありません。敗北したとはいえ、あなたは生徒を守るために命さえも懸けた。その覚悟を称賛こそすれ、否定することはできません」

 

 呟くような相手の、鮫島の言葉に静かに応じる。隣に立つ女性教諭、響緑は沈黙したままだ。彼女は今回のことについて書面と口頭でしか知らない。故に口を出せないと考えているのだろう。

 更に言えば、鮫島が入院している間の権利関係はクロノス教諭と美咲の二人で分散する形をとっていた。基本的にクロノスに丸投げだが、対外的なモノの一部を美咲が引き受け、クロノスの負担を減らそうとしていたのだ。

 こういう形になった理由については単純にクロノス教諭の負担の問題である。元々技術指導最高責任者として軽くない責任を負っているのだ。そこに更なる責任を被せると業務上において不都合になると判断されたのである。

 故の責任分散だったのだが、正直杞憂だった。あの男は乗せられると能力以上の力を発揮する。ぶっちゃけると美咲がした仕事など対外との調整を僅かに行っただけだ。普段や言動があれなので誤解されやすいが、アカデミア本校から何十人とプロデュエリストを輩出した腕は本物なのである。

 

「そして、あなたを倒したセブンスターズの一人、カムルを含め、現在五人の敵を討ち破りました」

「……そう、ですか」

「カムル、というデュエリストを倒したのはオシリスレッドの夢神祇園くんのようです」

 

 呟くような鮫島の言葉に、緑が更に報告を重ねる。次いで倒した五人のセブンスターズの報告を彼女が行うと、鮫島は俯き、彼らは、と呟いた。

 

「彼らは、無事ですか……?」

「……命がある、という意味では。天上院吹雪――彼も目を覚ましたそうですし、さしあたっての問題は残る二人と黒幕についてのみです」

 

 怪我を負わせたことについては責任があるが、そこを追求するのも解決するのも全てが終わってからだ。そういう意味では現状、問題はない。

 そうだ、問題はない。事態は想定内で進行している。鍵の守護者として桐生美咲が戦わなかった理由は、まだ継続中なのだ。

 

「犠牲者は0。現状において最良の結果です。そしてこちらが優位な今だからこそ、次の一手を打つ必要があります」

「……次の一手とは?」

「以前より『三幻魔』の力を狙う者は存在していました。しかしその在り処や手に入れる手段を得ることができず、多くは消えていった。ですが、今回は違います。敵は初めから『七星門の鍵』を狙ってきた。……どういう意味か、おわかりですね?」

 

 正面から美咲に見据えられ、鮫島もまた彼女に視線を真っ直ぐに返した。重い空気が満ちる。互いに相手に害を成そうとしているわけではない。ただ、これからの会話にそれだけ神経を使う必要があるというだけだ。

 

「鍵のことについて知っているのは、本校でも私だけでした」

「代々校長に知らされる話でしたからね。ウチは事情が事情やから社長から聞きましたが……。いずれにせよ、本社でも知る人は少ないことです」

 

 かの三幻神に匹敵する力を持つとされる三幻魔。ネット上では様々な憶測が囁かれているが、真実を知る者は数えるほどしかない。そして今回の敵は、その『真実を知る者』だ。

 

「身内を疑うなんてこと、したくないんです。せやけど、『三幻魔』の復活は何があっても阻止しないといけません。世界が……終わってしまう」

 

 強く拳を握り締め、美咲は言う。

 その言葉に込められた覚悟と想いの強さに、鮫島と緑は自然、口を閉ざした。

 どれぐらい沈黙が続いたのか。それを打ち破ったのは、鮫島だった。

 

「……心当たりが、ないわけではありません」

「…………」

 

 返答は無言。視線で、美咲は続きを促す。

 鮫島は息を吐くと、ただ、と言葉を紡いだ。

 

「証拠はありません。仮にそうだったとして、理由さえも予測できない。ただ、立場上可能という事実があるだけです」

「……やっぱり、その結論に落ち着きますか」

 

 ふう、と美咲は息を吐く。そのまま彼女は、いずれにせよ、と言葉を紡いだ。

 

「鮫島校長。あなたにはできるだけ早急に戻って頂きます」

「ええ、無論です」

「それを聞けて安心しました」

 

 そのまま美咲は一度頭を下げると、彼に背を向けた。緑も頭を下げ、二人は部屋を出ようとする。

 ただ、その時に。

 

「………………すみません」

 

 ポツリと、呟くように桐生美咲は呟いた。

 扉が閉まる音が響く。美咲は緑と並んで歩き出す。互いに言葉はない。ただそんな中、美咲は誰にも聞こえないような声でもう一度呟く。

 ――ごめんなさい。

 ただ、その一言を。

 

 そして。

 

「……ん?」

 

 病院を出ると同時に、PDAのコール音が響いた。相手はアカデミア本校だ。何事か――そう思い、電話に出る。

 

 疑念は、確信に。

 終わりの時は、確実に近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 天上院吹雪。彼と世代を同じくした者であるならば、まず知らない者はいないだろう。

 かつてジュニア選手権で活躍した〝帝王〟こと丸藤亮。その圧倒的な実力故に勝利を得てきた彼だが、『優勝』という結果を残した数は歴代の優勝者とそう変わらない。

 何故なら、その時代には彼と正面から渡り合える天才が他にもいたからだ。

 黄金時代とも呼ばれた世代。その世代において常に〝帝王〟と最強の座を奪い合っていたのが〝王子〟とも呼ばれた人物――天上院吹雪。

 自身の名字を『10Join』ともじり、周囲に笑顔を振りまく彼の姿は常に冷静沈着で文字通り孤高の〝帝王〟として君臨する丸藤亮と対照的であり、だからこそ二人はライバルとしてよく取り上げられた。

 だが、〝王子〟の名はアカデミア本校に彼が入学すると同時に途絶えることとなる。

 アカデミア本校は国民決闘大会やIHに学校単位で参加することはない。だがその代わりにKC社やI²社が主催する大会には推薦枠が用意されるし、〝帝王〟などはそういった大会で結果を残してきている。

 だが、〝帝王〟最大のライバルにして親友である〝王子〟は、結局一度も表舞台に姿を現さなかった。

 憶測が憶測を呼び、いくつもの噂が流れ。しかし、誰も真実には至れなかった。

 ――しかし、彼は帰還した。

 おそらく、かつてのような姿で。

 夢神祇園も憧れた、〝王子〟としての姿で。

 

「ちょっと兄さん! 何してるの!」

「い、いや待つんだ明日香。落ち着いてくれ。僕はただ道を聞いただけで……」

「道を聞くだけでどうして手を握って見つめ合う必要があるのかしら……?」

 

 とりあえず、放課後の購買部で騒いでいる姿はどこか微笑ましい。……というか何故アロハシャツを吹雪は着ているのだろうか。後、少し目を離した隙に彼を取り巻く女生徒が増えている。

 

「相変わらずだな、あの人は」

 

 くっく、と笑みを浮かべながらそんなことを言うのは如月宗達だ。草加せんべいをポリポリと食べながら、彼は楽しそうに天上院兄妹のやり取りを見ている。

 

「知り合いなの?」

「中学の時に面識あるだけだ。特に敵対してるわけでもないし、まあ、お互い不干渉だな。雪乃のことがあったせいで明日香について色々聞かれたりもあったが、まあそれだけだよ」

 

 いまいち要領を得ない説明だが、まあ仕方ないだろう。ただわかるのは、宗達が敵意を持っていないということだけだ。

 それだけで警戒する必要はないということになる。正直宗達が敵意を持っていない人間など珍しいし、彼がそういう判断を下しているということは信頼できる相手ということだ。

 ……まあ、宗達自身が少々特殊なのであまり鵜呑みにするのも問題だろうが。

 

「しっかし、変わってねぇなぁ。入学式で妹の写真撮りまくる阿呆がいてドン引きしたが……、そういやあの人、常に女子に囲まれてたもんな」

 

 笑いながら言う宗達。……そのエピソードだけで中々濃い人物であることがよくわかる。

 その吹雪は女生徒たちに爽やかに笑顔を振りまきながら礼を言うと、明日香と何かを話し始めた。そしてこちらを向き、笑顔を浮かべると歩み寄ってくる。

 宗達と面識があるということなので、こちらへ寄って来たのだろう。だが、吹雪の興味の対象は宗達ではないようだ。

 

「キミが夢神祇園かい?」

「は、はい。えっと……」

「天上院吹雪だ。フブキングと呼んでくれ」

 

 人好きするような笑顔を浮かべる吹雪。成程、こうして警戒心を抱かせない笑顔を浮かべるのは才能だ。

 

「キミもドラゴン族を使うとアスリンから聞いたんだが……」

「はい。でも混ぜこぜですよ。前のカオスドラゴンはドラゴン族主体でしたが……」

 

 夢神祇園は初対面の人物と話すのが苦手だ。だが、吹雪との会話は淀みなく行えている。おそらく吹雪の人徳だ。彼の雰囲気は柔らかく、とても話しやすい。

 

「正直二年も間が空くと色々変化が多くてね。良ければデッキ構築を手伝ってもらえないかな?」

「僕で良ければ」

「本当かい? 助かるよ」

 

 笑みを浮かべる吹雪。年上の頼れる先輩というのは何人もいるが、この人はまた違った雰囲気だ。

 それじゃあ、と吹雪が次の言葉を紡ごうとする。それを遮るように、校内放送が響き渡った。

 

『今から呼ぶ者は、至急校長室に集まってください』

 

 読み上げられる名前は、クロノスを除く鍵の守護者6人だ。明日香と視線が合う。また、何かが起こったのだろうか。

 

「例のセブンスターズとやらも残り三人か。ま、無理せずやれよ」

「……うん」

「ええ、わかっているわ。それじゃ、兄さん。行ってくるわね」

「行ってらっしゃい。――ところで、宗達くん。時間はあるかい? 聞きたいことが山とあるんだが」

「明日香のことッスか? いいッスよ別に」

「本当かい!? 助かるよ!」

「やめて兄さん!」

「寮行きます? 吹雪さん、暫定でレッド寮でしょ?」

「――宗達」

「怖ぇよ睨むんじゃねぇよ視線だけで人殺そうとすんなよ」

 

 微笑ましいやり取りが繰り返される。それに知らず微笑を零しながら、祇園は窓から見える空を見上げた。

 ――セブンスターズの一角であったアドビス三世。彼のことを、祇園は誰にも話せていない。

 タイミングがなかったのもあるし、積極的に話すだけの理由がなかったのもある。

 だが、言い出そうと思えばできたはずなのに、そうできなかった。

 

(……どうしたんだろう)

 

 じゃれ合う三人はすぐ側にいるのに、どこか遠くにいるように思える。

 自分と相手の間に溝があるような、そんな感覚。

 

 どこか重苦しい気持ちを抱えたまま、夢神祇園は息を吐く。

 それがため息のように聞こえたのは、きっと偶然じゃない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「じっちゃんの名に懸けて!」

「そういや食堂に置いてあったな。アレ誰が揃えたんだろ」

 

 高々と宣言する万丈目に対し、妙に冷静に告げる宗達。先程の呼び出しは七星門の鍵の保管について警察に協力を得るためだったらしい。正直今更だしあの警部とやらは怪し過ぎたが、とりあえず関係ないので放置した。

 そして、その結果が鍵を全て盗まれるという事態に陥った。

 ……いやまあ、正直答えは見えている気がする。

 

「でもでも、どうやって探すんですか?」

 

 小首を傾げながらそんなことを言うのは防人妖花だ。本来なら彼女はここにいるべき人間ではないのだが、本人の希望と保護者たる烏丸澪の許可でここに滞在している。まあ、〝祿王〟がこちらにいる以上、その方が安心だろう。

 そもそも部外者である澪に妖花の滞在許可が出せるのがおかしな話だが、クロノスが妖花にデレデレな時点でもう議題に上げる意味もない。防人妖花は純粋だ。そして本人が凄いと思った相手には底抜けの敬意を抱く。澪を始め、彼女は自身の周囲にいる人間を誰一人の例外なく慕い、尊敬している。

 宗達だけは少し避けられているが、まあそれは仕方がない。相性がある。彼女と如月宗達はその在り方が相容れないのだから。

 ……だから何というか、彼女の背後からこちらを三つ目で睨むのをやめてもらいたい。鬱陶しい。

 

「全員の鍵が奪われたんだよな。部屋に証拠とかは残ってなかったのか?」

 

 たわしにすんぞオマエと視線を送っていると、十代がそんなことを言い出した。ちなみに現在いるのはレッド寮の食堂だ。祇園は夕食の支度をしているので席を外しているが、今回の関係者は全員集まっている。例の警部やら保険医やらといったよくわからない連中も一緒だ。

 

「とりあえず状況を整理しよう。各々の状況からだ」

 

 切り出したのは〝帝王〟こと丸藤亮だった。まあ正直勢いと雰囲気とノリだけで今まで行動していたので、ここらで状況確認が必要となる。

 三沢は頷くと、なら、と言葉を紡いだ。

 

「まずは犯行現場の状況からだな」

「そういえば、犯行現場に証拠が残るというッスね」

 

 うんうんと頷く翔。……そういえば大徳寺がいない。そんな中、明日香が思い出したように言葉を紡いだ。

 

「そういえば、私の部屋の床に着け爪のようなものが落ちていたわ」

「あら、着け爪なんて使っていなかったわよね?」

 

 思い出したような明日香の言葉と、それに応じる雪乃の言葉にビクッと反応する保険医。

 

「天上院くん。真剣に犯人を捜す気があるのか? 部屋は小まめに掃除しろ」

「ま、毎日してるわよ」

「そんなものは俺が捨てておいた」

「ご、ごめんなさい……」

 

 だが、名探偵万丈目サンダーにとってはそれは証拠にならないらしい。色んな意味で面白すぎる。

 

「そういえば、少年の鍵を保管していた金庫の前に足跡があったようだが」

「そ、そういえばありました!」

 

 興味なさげに本を読んでいた澪が不意にそんなことを言い出す。妖花もこくこくと頷いた。だがよく見れば澪の口元は笑っている。アレは楽しんでいるな多分。

 

「校内は土足厳禁です。俺が拭いておきました」

「そういや、俺たちの部屋にも穴が……」

「借りた部屋に瑕を付けるな。俺が塞いでおいた」

「さ、サンキュー」

 

 澪が顔を逸らした。気持ちは宗達にも凄くよくわかる。やっぱり阿呆だコイツ。

 

「それで、犯人は誰なんだな?」

「オマエ犯人わかったっつってなかったか?」

 

 正確にはその一歩手前、解決編に入るための台詞だったわけだが。

 

「ふん、焦るな。犯人は――お前だ!」

 

 そう言って万丈目が指し示したのは、例の怪しい五人組。

 ……正直、どういう論理展開でそうなるのかが意味不明だ。

 

「しょ、証拠は!?」

「証拠ならある。コイツらだ」

 

 そう言って万丈目が示したのは三枚のカード。おジャマ三兄弟だ。

 

「俺はコイツらを鍵の保管場所に置いておいた。そして、俺の部屋には多数の目撃者がいる!」

 

 無数の精霊たちが姿を現す。ほう、と澪が感心したような声を漏らした。確かにこれほどの数の精霊を一人の人間が連れているのも珍しい。

 

「目撃者?」

 

 五人がとぼける。まあ当然だ。精霊なんて見えない奴の方が多い。……とりあえず、万丈目ガン無視して妖花の方にすり寄っているその他大勢の精霊たち。大丈夫かよ。

 

「どこにいるの、そんなの?」

『おめぇらにはこの十手が!』

『桜吹雪が!』

『紋所が見えねぇのか!』

「全然見えない」

 

 面白い三匹である。使おうという気にはならないが、見ているだけなら面白い。

 ただ主たる万丈目は大変だろう。同情の視線を送るが、万丈目は気付いていない。

 

「そしてその主犯はあなただ、警部!」

「ぬう!?」

 

 無茶苦茶な論理展開というかそもそもから色々と雑だが、まあいいだろう。結論には辿り着いた。

 時計を見る。もうすぐ夕食が出来上がる時間だ。良い匂いがしてきた。

 

「あなたは隠し場所を確認し、部下に狙わせ、更に部下に疑いの視線を向けさせないためにわざと疑って見せることで俺たちから疑いの心を消した」

「ふん、無茶苦茶な推理だが……結果は全て正解だ」

 

 そして、警部がその変装を解く。

 

「そう、我々は――黒蠍盗掘団!」

「時間をかけた割に仕事が雑だ」

「とりあえずそろそろ飯だからちゃっちゃと終わらせてくれ」

 

 黒蠍盗賊団、と名乗った五人に対して面倒臭くなってきたのでそう言葉を紡ぐ。〝祿王〟もそうだが、ほぼ全員がすでにやる気がなかった。妖花だけが決めポーズに対して拍手をしている。

 

「七星門を開ける方法、答えてもらおう」

「ふん。単純だ。――この俺に勝てばいい」

 

 警部改め、首領ザルーグの言葉に自信満々に応じる万丈目。まあ正直この際何でもいいが。

 ほう、と相手は応じると、ならば、と言葉を紡いだ。

 

「デュエルだ小僧!」

「いいだろう、来るがいい黒蠍盗掘団!」

 

 とりあえず、方向性は決まった。

 万丈目と黒蠍盗掘団が出て行き、十代たちも出て行く。残ったのは宗達と雪乃、そして澪だけだ。要するに興味ない組が残った形である。

 そういえば吹雪はどこに行ったのだろうか。そんなことを考えていると、厨房の方から声が届いた。

 

「ご飯出来たけど……あれ、皆は?」

 

 いつもより少し早いせいでまだ他のレッド生は来ていない。祇園が首を傾げると、澪が本を閉じて言葉を紡いだ。

 

「すぐに戻って来るさ。少年も先に食べてしまったらどうだ? 今なら時間はあるだろう?」

「そう、ですね。そうします」

 

 そう言って四人分の食事を用意してくれる祇園。本当に良い奴だ。

 いただきます、と四人で手を合わせる。今日のメニューは唐揚げだ。

 これは争奪戦になるな、と思いつつ、宗達は食事を続行する。

 

 セブンスターズとの戦いは終わりに近付いている。あの連中は万丈目が倒すだろうから、残る敵は二人――否、一人だ。

 不意に、視線が合った。〝王〟と呼ばれるその人物はこちらを数瞬見つめると、小さく首を振る。

 それを見て、確信した。

 事態はもう、終わりに近付いているのだと。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 入院中だった鮫島校長が、今朝アカデミア本島に戻ってきた。

 鮫島校長の帰還。それは喜ぶべきことだろう。そもそも今回の発端である七星門の鍵を受け継いでいたのは彼であり、彼の入院騒ぎがきっかけなのだから。

 別に事態が好転するとは思っていなかった。十代を始めとする他の守護者たちは校長というトップが帰還したことによりある程度の区切りがつくと考えているようだが、祇園は違う。

 

(セブンスターズは残り二人……)

 

 他の者に聞いても同じ数が返ってくるだろう。だが、その中身の認識が祇園と他の守護者では大きく違う。

 まだ見ぬ一人と、カムル。これが残る敵だ。

 他の守護者たちはアドビス三世のことを知らない。結局話せないままに事態が進んでしまった。黒蠍盗賊団を万丈目が撃退したことにより――正直放っておいても問題なさそうな連中だったが――趨勢はこちらに傾いたといえる。

 だが正直、事態は泥沼化しているようにも思う。これまでは敵の方が勝手に『次』を失くす結果に落ち着いていた。そんな中、カムルは異質だ。彼は退場せず、この戦いにおける駒の一つとして未だ機能している。同時、彼を退場させる手段がこちらにはない。

 そして祇園が彼にリベンジをしたことでカムルにもその権利が発生しているのだ。今のところ仕掛けては来ていないが、もしそれが始まると本気で泥沼化するだろう。

 

(それに、大徳寺先生のこともある)

 

 ここ数日で突然姿を消した恩師のことを想う。何も言わず消えた彼は、今どこにいるのか。

 祇園が今いるのは食堂の購買部だ。食堂のテーブルでは十代を始め、翔や隼人も落ち込んでいる。少し離れた場所では万丈目もどこかいつもより沈んだ雰囲気だった。

 当たり前のように続くと、変わることはないと思っていた日常。

 そこにいるはずの人がいないだけで、どうしようもなく空気は変わってしまう。

 

「――よしっ!!」

 

 不意に十代が両手を叩いた。その音に思わず体が震える。僅かにいた他の生徒も、何事かと十代へと視線を向けた。

 

「何だ、十代」

 

 鬱陶しそうに言う万丈目。十代は立ち上がると、宣言するように言葉を紡いだ。

 

「大徳寺先生を探そうぜ。きっとこの島にいるはずだ」

 

 手がかりもない。そもそもこの島にいる根拠もない。

 だがそれでも、何もしないままではいられないのだろう。きっと、遊城十代という人間はそういう人間なのだ。

 

「でも、探すってどうやってッスか?」

「それはわからないけどさ。何もしないままじゃいられないだろ?」

 

 前を向く。きっと、真の意味でそれができるのが遊城十代なのだ。

 自分とは違う。夢神祇園のそれは前を向くという言葉を借りた欺瞞。あの日、烏丸澪から叩き付けられた言葉は真実なのだ。

 振り返れば、過去を見てしまう。

 見たくないモノを、見てしまう。

 だから振り返らない。大切な思い出だけを抱えて、ずっと前を見ていた。

 それが間違いだったとは思いたくない。それを否定してしまえば、自分は――……

 

「なあ、祇園」

「…………えっ?」

 

 不意にかけられた声に、思わずそんな声が漏れた。見れば、十代がこちらを見つめていた。

 

「祇園も行こうぜ。大徳寺先生を探しにさ」

「……ごめん。僕まだ仕事あるから」

 

 ごめんね、ともう一度謝る。そっか、と十代は苦笑した。祇園はそんな十代に、でも、と言葉を紡ぐ。

 

「終わり次第合流するよ。電話する」

「ん、わかった。じゃあ行ってくる!」

 

 無理をしている。それが一目でわかる状態だ。だがそれでも明るく振る舞う十代は凄いと思う。

 だが現実的に考えて十代たちが探しても見つかりはしないだろう。

 セブンスターズの、敵の数は減っているはずなのに問題は増えていく。どうにも、憂鬱だ。

 

 どれぐらい、そうしていたのか。

 今日の仕事は終わってしまった。後は購買部が閉まる時間まで店番をするだけだ。のんびりと、何を見るわけでなく中空を眺める。

 そして、気付いた。

 

「…………」

 

 違和感。この時間に食堂から人が消えるのはいつものことだ。だが、いつもと違う雰囲気がする。

 何が、と言われるとわからない。ただ異質な空気が満ちていることだけは理解した。

 

「客の来ない店での店番なんて、つまんなさそうだな」

 

 不意に、静寂を打ち破る声。

 違和感――否、圧力が増した気がした。

 

「……宗達くん」

「おう」

 

 友人と呼べるその相手は、軽く手を挙げて挨拶をしてきた。

 その彼は壁に背を預けると、欠伸を漏らす。何をしに来たのだろうか。買い物ではなさそうだが。

 沈黙が下りる。沈黙自体、祇園は嫌いではない。あまり会話が得意でない祇園にとって、沈黙の方が助かることも多いのだ。

 

 そして、その時は来る。

 

「何故、誰にも言わないんだ?」

 

 鋭い視線。何を、とは聞けなかった。ただ、糾弾の言葉であるということだけは理解できる。

 

「一人で戦うことが悪いとは言わねぇさ。むしろ俺は称賛する。他人に頼ろうがギャラリーがいようが、結局戦うのが自分ならそこに他人の介在する余地はねぇ。俺はいつも一人だったからな。オマエがそうしてる理由も納得できるよ。理解してるなんて口が裂けても言わんが」

「藤原さんは?」

「雪乃は俺の周囲の人間じゃない。俺という個人の核、俺の中に存在する俺自身の根拠だ。確かに他人だが、雪乃の存在こそが俺の行動原理である以上、それはもう周囲の人間という扱いじゃねぇよ」

 

 かつて自嘲気味に彼が語った、如月宗達と藤原雪乃の関係。

 それはきっと、少し間違った在り方なのだろう。だが、祇園にはそれを否定することはできない。否定などできようはずがない。

 彼らのような、互いが互いを想う合う関係は愚か。

 友人として誰かと向き合うことさえ、できていないのだろうから。

 

「前に、〝祿王〟と話したんだよ」

「……澪さんと?」

「ああ。曰く、俺とオマエは根本が同じなんだそうだ。……最初は何のことだと思ったよ。オマエは良い奴だし、俺みたいにひねくれてもいねぇ。けどよ、納得もしちまった。

 オマエも、俺も。いつだって世界に自分自身しかいないんだ」

 

 問題に直面するのは、いつも一人ぼっち。

 他人を頼ることはなく、たった一人で挑みかかるしかない。

 

「他人を頼るなんて選択肢は端からありえない。ありえてはいけない。何故なら、それは他人への責任転嫁だからだ。自身の問題、自身の現実に向き合うために。巻き込まないために。逃げてしまわないために。そうするしかなかった」

 

 そう話す宗達の表情も、どこか暗い。彼にとっても面白い話ではないのだろう。

 だがそれでも、彼が話してくれているのは。

 

「キツいよな、本当。阿呆共が友達とやらに冗談交じりで傷を晒して、同情してもらって、そうやって自分を守ろうとしてんのに。多分それが正しい生き方なのに。できないんだよ。やり方がわからない」

 

 話せば楽になる――それは真実だ。けれど、夢神祇園にはそれができなかった。

 目の前の問題は消えない。周囲には誰もいない。だから、抱えて、進んで、泣きたいのを、逃げ出したいのを堪えて……そして、台無しにしてきた。

 

「でも。宗達くんは……上手く、やってきたよね?」

「今は楽しいし、そういう意味では多分上手くやれたんだろうな。オマエはどうなんだ?」

 

 きっと、彼が言いたかったのはそこなのだろう。

 

「今は、楽しいよ。感謝もしてる。色んな人に支えられて、どうにかここに立ててる」

 

 それは心からの本心だ。夢神祇園は他人に支えられてどうにか立っている。自分一人の力では、きっとどこかで破綻し、終わっていた。

 そして、だからこそここに矛盾が発生する。

 人に頼る術を知らぬ者が、人に支えられる。そんな、矛盾が。

 

「オマエらしい言葉だな」

 

 宗達は笑う。彼も気付いているのだろう。この矛盾には。

 特に、彼は自分と違いその場所を彼自身の手で手に入れたはずだから。

 

「でも、それじゃあ駄目なんだ」

 

 不意に、宗達の雰囲気が変わった。

 空気が重くなる。知らず、吐息が零れた。

 

「俺は今の時間が気に入ってる。だがきっと、この時間は長く続かない。このままじゃあ、遠からず破綻する」

「……どういうこと?」

「十代たちに電話してみな」

 

 問いに対し、宗達は肩を竦めてそう応じた。首を傾げるが、時間も時間だ。連絡を入れようと十代にかけてみる。

 だが、出ない。翔も、隼人も、万丈目も。何度コールを鳴らしても、誰も出なかった。

 

「…………」

「良い目だ。難儀だな、ホント。オマエも、俺も。誰かを頼ることなんてできやしないのに、誰かが傷つくのを恐れる。だが、そのスタンスは俺とオマエじゃ大きく違うんだよ。――傷つくのはソイツの責任だ。思い上がんな。今のオマエが救える奴なんざいねぇんだよ」

「…………ッ!」

 

 拳を握り締める。思い上がり――その言葉が、突き刺さるように痛かった。

 

「一人で戦うのは勝手だ。頼らないのも勝手だ。だが、背負いきれないもんを抱え続けるのは周囲の人間に対する裏切りだ」

「それは……でも、僕は。どうにか、できるって」

「そうだ。今はどうにかなってる。だがそれは、オマエ一人の功績じゃない。全員が全員、あの〝祿王〟すら含む全員がこの関係を保つために骨を折ってる。欺瞞に欺瞞を重ねて、表面を取り繕って。だが、その在り方は遠からず破綻する。特に、オマエの在り方は余計にだ」

「どういうこと?」

 

 声に苛立ちが混じった。向けられた糾弾の理不尽さに、眉根が寄る。

 

「答えなんて、単純だよ」

 

 カツン、という音が響いた。

 足元に転がるのは、一つの仮面。

 それは、鬼を模した――

 

「――――」

 

 息を呑み、宗達を見る。彼は薄い笑みを浮かべ、さて、と言葉を紡いだ。

 

「俺の親切はここまでだ。後は役目を果たすだけ。向こうは向こうでやることがあるらしいし、こっちはこっちでやることやるか」

 

 肩を竦め、デュエルディスクを取り出す宗達。どうして、と祇園は呟いた。

 

「どうして、こんな」

「……俺は、今を守りたかった。そのための結論だ。そしてこれが、最後の役目なんだよ」

「答えになってない」

 

 宗達を睨み据える。裏切られた――そんな想いがそこにある。

 自分と彼の関係は。きっと、あの頃に何よりも欲しかったものであったはずで。

 そうであると、信じていたモノであったから。

 

「裏切りと思うか? だがそれは俺も同じだ。――頼られもしねぇで、何が友達だ」

 

 きっと、それが彼の答え。

 故に、それを否定する。

 

「違う!」

 

 だが、何が違うかは言葉にできない。

 ――そして。

 二人は、己が刃を振り翳す。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……本当に、いいんですか?」

「…………」

「ここで止めなければ、もう、私には……」

「勝算はある。そうなのだろう?」

 

 挑発するような響きを含んだ言葉。それに応じるような吐息が響く。

 

「ええ。無論です」

「ならばいいさ。見届けてやろう」

「ご迷惑をおかけします、二人には」

 

 そして、会話は終わる。

 

 

 

 きっと、誰もが今を守ろうとした。

 では、その先は。

 未来を願ったのは、誰だったのだろうか?









友達って定義が難しい。本当に。
頼ること、頼られることの難しさは言葉では表現しにくいですよね。


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