遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十七話 戦いの、理由

 

 

 

 

 

 地の底より、その者たちは現れる。

 かつての――古代エジプトの時代を生きた者たち。王の下にその力と才覚を振るい、大いなる繁栄の時代を生きた存在。

 本来ならば、彼らは文献の中でのみ語れる存在だ。名も無きファラオがそうであるし、生涯無敗を誇ったとされるアドビス三世などもそうだろう。

 だが、今。

 三幻魔という闇が渦巻くこの島で、一つの奇跡が起こる。

 

「――余を呼ぶのは、誰だ」

 

 無数の亡霊たちが跪く中、棺より起き上がった王――アドビス三世が告げる。その声に応じるように、一人の〝鬼〟が歩みを進めた。

 セブンスターズが一角、カムル。

 鬼の面を被ったその男が、悠然とアドビス三世の前へと歩み出る。

 

「お会いできて光栄です、伝説の王よ」

「貴様、王の御前ぞ! 頭を下げろ!」

「――よい」

 

 部下が声を荒げるが、それをアドビス三世が押し留めた。そのまま王はカムルへと視線を向ける。

 

「余に何を求める?」

「想定外に守護者たちの実力が高く、苦戦しておりまして。王のお力をお借りしたく存じます」

「いいだろう。相手はどこにいる」

「すでに決戦の準備は整っております」

「ならばよい。――出陣だ」

 

 バサリとマントを翻し、常勝無敗の王が宣言する。

 その姿を眺めつつ、カムルはさて、と誰にも届かぬように呟いた。

 

「踊りましょうか。……誰も彼も、本当にくだらない」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ブルー寮の側にある、アカデミア本校最大の決闘場。そこにアカデミアの生徒が集結していた。

 普段なら授業も終了している時間だ。故にここにいるのは自主練習をする者くらいなのだが、今日は違う。

 

「怖じ気づかずに来たようだな、準!」

「当たり前だ!」

 

 万丈目グループ取締役、万丈目長作。そしてその弟である万丈目準。

 この二人による、アカデミアの買収を懸けたデュエルが行われようとしているのだ。

 長作は笑みを浮かべると、確認だ、と声を張り上げた。

 

「準、お前のデッキだが――」

「――ああ、先に言っておく。俺のデッキを構成するモンスターは全て攻撃力500以下という話だったが、俺のデッキのモンスターの攻撃力は全て0だ!」

「「「ええっ!?」」」

 

 会場にざわめきが広がる。当たり前だ。そもそもDMというのは相手のLPを0にすることを目的としたゲームである。だというのに、そのダメージを与えるモンスターの攻撃力が全て0というのはどういうことなのか。

 だが万丈目はそのざわめきをすべて無視し、一瞬だけ観客席の方へと視線を向ける。やはりというべきか、如月宗達の姿はない。会場に入る時、あの男はあっさりと言ってのけたのだ。

 

〝どうせ勝つだろ? んじゃ〟

 

 それはどういう感情からくる言葉だったのか、万丈目にはわからない。ただ、あれがあの男なりの信頼なのかもしれないと思う。

 ……割と本気でどうでもいいと思っている可能性も十二分にあるが。

 

「行くぞ、兄さん!」

 

 一度大きく深呼吸をし、万丈目が宣言する。長作もまた、応じる構えを見せた。

 

「行くぞ、準!」

「「決闘!!」」

 

 そして、戦いが始まる。

 先行は――万丈目。

 

「俺はモンスターをセット、ターンエンドだ!」

 

 先行である上に攻撃力0のモンスターしかいないこのデッキでは、取れる手段は多くない。

 長作はふん、と鼻を鳴らすと、カードをドローした。

 

「俺は手札より『レスキューラビット』を召喚! 更に効果を発動! このカードを除外することで、デッキから同名のレベル4以下の通常モンスターを二体特殊召喚する! 『神竜ラグナロク』を二体特殊召喚!」

 

 レスキューラビット☆4地ATK/DEF300/100

 神竜ラグナロク☆4光ATK/DEF1500/1000

 神竜ラグナロク☆4光ATK/DEF1500/1000

 

 現れる二体のモンスター。長作は更にカードを使用する。

 

「更に魔法カード『融合』を発動! 手札の『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』と場の神竜ラグナロクを融合! 『竜魔人キングドラグーン』を融合召喚! 更に魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから『真紅眼の黒竜』を墓地に送り、更に『エクリプス・ワイバーン』を墓地に送る! そしてエクリプス・ワイバーンの効果でデッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外! そしてエクリプス・ワイバーンとロード・オブ・ドラゴンを墓地から除外し、『ダークフレア・ドラゴン』を特殊召喚! エクリプス・ワイバーンの効果でレッドアイズを手札に加え、ラグナロクを除外し特殊召喚! そしてレッドアイズとキングドラグーンの効果で、それぞれ墓地と手札から真紅眼の黒竜と『ダイヤモンド・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 竜魔人キングドラグーン☆7闇ATK/DEF2400/1100

 ダークフレア・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2400/1200

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000

 ダイヤモンド・ドラゴン☆7光ATK/DEF2100/2800

 

 一瞬にして展開されるフィールド。全てがパラレル仕様という圧倒的なレアリティで構成されたそのカード群に、会場の者たち全員が歓声を上げる。

 

「バトルだ! キングドラグーンでセットモンスターへ攻撃!」

「セットモンスターは『おジャマ・ブルー』だ! このモンスターが先頭で破壊された時、デッキから『おジャマ』と名の付いたカードを二枚手札に加える! 俺は『おジャマ・カントリー』と『おジャマジック』を手札に加える!」

「それがどうした! レッドアイズ・ダークネスドラゴンでダイレクトアタックだ!」

「手札より『速攻のかかし』を発動! 相手の直接攻撃時にこのカードを捨て、バトルフェイズを強制終了する!」

 

 突如現れたかかしに防がれ、長作のバトルフェイズが終了する。長作は鼻を鳴らすと、ターンエンド、と宣言した。

 

「何とか凌いだようだが……それでどうするつもりだ?」

「俺のターン、ドロー!」

 

 長作の言葉を無視するように、万丈目はカードを引く。

 五体の竜――その威圧感が、会場を支配していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 紙に書かれたいた場所に着くと、いきなり光に包まれた。そして、目にしたのは非現実的な光景。

 空飛ぶ船。その看板に佇む自分。そして、眼前の――

 

「――よくぞ参られました。夢神祇園、我が怨敵よ」

 

 セブンスターズが一角、カムル。

 鬼の仮面を被ったその男が、恭しく首を垂れる。

 

「僕を呼び出したのは、あなたですか」

「呼び出したのは私ですが、今宵の相手は私ではありません。今日の私はあくまで招待者であり、舞台の裏方。あなたの相手は、あちらに鎮座する王――アドビス三世です」

 

 王、という単語に思わず反応してしまう。

 その名を持つ人は、祇園にとってはたった一人だけだから。

 

「貴様が余の相手か」

「……夢神祇園です」

 

 アドビス三世――その名は覚えがある。歴史の授業で見た名前だ。生涯無敗を誇った、〝決闘の神〟と呼ばれた人物。

 

「鍵は持っているな?」

「…………」

 

 無言で鍵を見せる。ならば良い、とアドビス三世は頷いた。

 

「余を呼び出すなど実に不遜なことだが、余の力を求めてのことであるならば致し方あるまい。己の不運を呪うと良い。余の前に未熟な身で立ったことを」

 

 ある種傲慢とも取れる言葉。だがこれはきっと偽りなき本心であり、彼の自信がそうさせているのだろう。

 生涯、無敗。

 その圧倒的な事実に、偽りはないはずだから。

 

「――――」

 

 一度、大きく深呼吸。

 晴嵐大学で思い出したことは、自分にはまだ実力が足りないこと。今回もそうだ。きっと誰かに助けを求めるのが正しい選択だった。

 けれど、できなかった。

 一人で行くことが、至極当然のことであって。

 自分なんかが誰かを頼ることなど……きっと、できなかった。

 

「「決闘!!」」

 

 そして、そうあるならば戦わなければならない。

 頼れないなら、独りきりでどうにかするしかないのだ。

 だから。

 だから、絶対に――

 

 ――負けられない。

 

 誰も見ておらずとも。

 少年は、ただ黙して〝王〟へと挑みかかる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 素人、と自らを定義した男が見せたタクティクスに会場は大きくざわめいていた。一瞬で展開された五体の上級ドラゴン。これはまるで。

 

「ほ、ホントに素人なんスか……?」

「祇園みたいな展開力なんだな……」

 

 翔の呟きに応じるように、隼人が頷く。カオスドラゴン-―以前の祇園が使っていたデッキでも多くの上級ドラゴンが次々と出てきたが、流石に五体同時というのはそうそうなかった。

 これで素人? 流石に無理があり過ぎる。

 

「大丈夫かよ万丈目……」

「このパワーを相手に正面から挑むのは無理があるぞ……」

 

 十代と三沢の言である。彼らの心配そうな言葉は、そのまま他のアカデミア生たちの意見そのものであった。

 ただでさえハンデを背負っている万丈目と、どう見ても素人のそれとは思えない長作のタクティクス。これでは勝負にならない可能性がある。

 

「――つまらないわねぇ。万丈目のボウヤの勝ちじゃない」

 

 そんなことを思っていると、十代たちの背後からため息と共にそんな言葉が聞こえてきた。全員が振り返ると同時、どういうこと、と雪乃の隣に立っていた明日香が問いかける。雪乃は肩を竦めると、そもそも、と言葉を紡いだ。

 

「あのボウヤは常に宗達に挑み続けてきたわ。この程度の苦境なんていくらでもあった。そもそも伏せカードもなしのこの状況、決着はもう見えているわ。……宗達の言う通りね。今更こんなところで躓くほど、あのボウヤは弱くない」

 

 ほら、と雪乃がステージを指し示す。

 そこには一切の怯えも躊躇も見せず、凛と立つ万丈目の姿があった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 葛藤が、あった。

 迷いが、あった。

 このデュエルに挑むことの意味に。理由に。得られるであろう結果に。

 認められるために、そのために戦いに来た。

 だが、ここで勝利を得たとして……それで家族に何をもたらせる。

 

(俺の勝利は、万丈目グループにとっての不利益だ)

 

 この買収話のために兄二人は少なくない労力と犠牲を払ったはずだ。その目的はアカデミア本校のオーナー件を得ることによってDM界にまで万丈目グループの影響力を及ぼすこと。

 経営について学んでいない自分には、兄二人の見ている景色はわからない。だが、そんな自分でもあの二人が努力し、ここに至っていることだけは理解できる。

 故の、葛藤。

 故の、迷い。

 認められたい――そんな稚拙な想いだけで自分はそんな二人と相対しても良いのかと、今更そんな想いが生まれた。

 

「……くだらんな」

 

 呟く。対面、長作が怪訝そうな表情を浮かべた。

 そうだ、くだらない。

 

 決めたではないか。――一番になると。

 決めたではないか。――あの男を超えると。

 そう、決めたはずだ。

 もう二度と、DMに背を向けることはしないと。

 

〝万丈目サンダー!!〟

 

 己を慕ってくれた、北の地の仲間たち。

 彼らに誇られる己であるために。

 彼らのように、兄に誇ってもらうために。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札よりフィールド魔法『おジャマカントリー』を発動! フィールド上に『おジャマ』と名の付くモンスターが存在する時、フィールド上のモンスターの攻守は反転する! 更に手札から『おジャマ』カードを捨てることで、墓地のおジャマを蘇生する! 『おジャマジック』を捨て、おジャマ・ブルーを蘇生! 更におジャマジックが墓地に送られたことにより、デッキから『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・ブラック』、『おジャマ・グリーン』を手札に加える!」

『出番だー!』

『やってやるぜー!』

『ひゃっほー!』

 

 騒々しく三体のモンスターが手札に加わる。見た目通りの雑魚モンスターだが、この際仕方がない。

 

「更に俺は『おジャマ・レッド』を召喚! このモンスターの召喚成功時、手札から可能な限り『おジャマ』モンスターを特殊召喚できる! 来い、雑魚共!!」

 

 宣言と共に現れる、三体のおジャマ。一瞬にしてフィールドに合わせて十体のモンスターが並び立つ。

 

 おジャマ・レッド☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・ブルー☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・イエロー☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・ブラック☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 おジャマ・グリーン☆2光ATK/DEF0/1000→1000/0

 

 よくもまあ、これだけ雑魚が並んだものである。……こっちを見るな。

 

「ふん、そんな雑魚モンスターを並べてどうするつもりだ!」

『雑魚だと~!?』

 

 ブラックが言うが、正直雑魚以外に何と言えばいいのか。

 

「ふん、確かにこいつらは雑魚だ!」

『ズゴーッ!』

 

 いちいちリアクションが大きい。面倒臭い連中である。

 万丈目は三人――否、三匹を無視し、言葉を続ける。

 

「だが、俺はこの雑魚共から学んだ!!」

 

 その言葉を聞き、目を輝かせる三匹。実に忙しい。

 

『兄弟の絆を!』

『力を合わせれば!』

『何だってできるって事を!』

「下には下がいるということを!」

 

 三匹は器用に顔面でスライディングをしていた。本当によく動く鬱陶しい雑魚共である。

 

「思い出した……! そうだ、俺はどん底から這い上がったのだ! この雑魚共とは違う!」

「黙れ準! 落ちこぼれはどこまで行こうと落ちこぼれだ!」

 

 長作の一喝。昔ならそれだけで縮こまったモノだが、今の自分にはただの大声だ。

 

「ならば証明してやる……! 俺は手札より、魔法カード『おジャマ・デルタハリケーン!!』を発動! 自分フィールド上にイエロー・ブラック・グリーンがいる時のみ発動でき、相手フィールド上のカードを全て破壊する!」

「何だと!?」

「行け、雑魚共!!」

『『『おー!!』』』

 

 紡がれるのは、三体のモンスターによる圧倒的な破壊の嵐。

 個々ではまともに戦う力すらないモンスターたち。だが、力を合わせれば〝伝説〟と名高き竜すらも凌駕する。

 

「俺のモンスターが、全滅……?」

 

 呆然と呟く長作。彼が展開した強大な力を持つ五体の竜は、同じく五体の彼が雑魚と呼んだモンスターたちによって吹き飛ばされた。

 

「バトルだ! 行け、雑魚共!!」

 

 こうなってしまえば、決着はもう見えている。

 殺到する五匹のモンスター。守る者がいない長作は、為す術なく受け入れるしかない。

 

 長作LP4000→-1000

 

 そして、決着。万丈目は、拳を天高くつき上げた。

 

「俺は生まれ変わったのだ! そう、俺の名は!――一!!」

「「「十、百、千!!」」」

「万丈目サンダー!!」

「「「サンダー!!」」」

 

 アカデミア生による大合唱。それをどこか眩しそうに見ていた長作と視線が合い、万丈目は彼に向かって言葉を紡いだ。

 

「兄さん。……兄さんたちの目的は、DM界にも手を広げることだろう?」

「ああ。お前のおかげでそれも台無しだがな」

 

 肩を竦める長作。だが、その言葉に反してその口調と表情はどこか柔らかい。

 故に、彼は。

 

「ならば、俺がその役目を果たす」

 

 自身の胸に拳を当て、万丈目が言う。

 

「俺はこのアカデミアで最強に――いや、世界で最強のデュエリストとなる。俺が、この万丈目サンダーが、万丈目の名を世界へ轟かせる」

 

 きっと本人は気付いていない、万丈目準という少年最大の強み。

 己を追い込む言葉を吐き、そしてそれを実現するための努力を怠らないこと。

 捻くれていても、歪んでいたことがあっても。

 彼の根本は、いつだってシンプルだ。

 

「そうか。……そうか」

 

 二度、呟くように長作は言い。

 軽く、万丈目の肩を叩いた。そして彼は背を向けると、片手を上げて言葉を紡ぐ。

 

「最大限のサポートをしてやる。吐いた言葉を嘘にするなよ、準。それが万丈目に産まれた者の責務だ」

 

 去っていく背中はとても大きい。万丈目グループという強大な組織を背負う覚悟と力が、その背中からは感じられた。

 いつの間にか、酷く遠くなってしまったように思える兄の背中。だが、あの背中を追う必要はない。

 幼き日のように、ただ背を追えば良いわけではない。万条目準には、万丈目準の道があるのだから。

 

「ありがとう、兄さん」

 

 だから、家族としてそう言葉を紡ぐ。

 ああ、と簡単な返答が返ってきた。

 

 ――ようやく、〝家族〟としての距離が取り戻せた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「先行は余だ! ドロー!……カードを二枚伏せ、モンスターをセット、ターンエンド!」

 

 空飛ぶ船の上という奇妙な状況でのデュエル。周囲に味方はおらず、まさしく四面楚歌。

 だが、これでいい。最悪沈むのは自分だけ。その状況であるならば、それでいいのだ。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 正直、自分の中でも感情が整理できていない。

 あの時、部屋に置かれていた手紙。ただ一言、招待の言葉だけが書かれたそれを目にして、祇園はこの場所へやってきた。

 誰に相談することもなく、当たり前のように、たった一人で。

 

「手札より、魔法カード『調律』を発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、その後デッキトップを墓地へ送る。……『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』が墓地へ」

 

 未熟であることを、思い出した。

 弱者であることを、思い出した。

 だがそれは、今更のこと。

 

「モンスターをセット、カードを一枚伏せます」

 

 いつだって、困難というのは突然で。

 立ち向かうのは、独りきりの自分だったから。

 

「そのメインフェイズに罠カードを発動する! 永続罠『第一の棺』! 相手ターンのエンドフェイズ毎に第二、第三の棺を一枚ずつデッキか手札より発動する!」

「……ターンエンドです」

 

 厄介そうなカードだが、現状防ぐ手段はない。そして祇園がエンドフェイズを迎えたことにより、第一の棺の効果が発動する。

 

「デッキより、永続魔法『第二の棺』発動! これで後一枚だ。余の勝利は目前」

 

 勝ち誇ったように言うアドビス三世。第一の棺――流石の祇園も聞き覚えのないカードだ。三枚のカードを揃えることで条件が整うカードのようだが……。

 

(特殊勝利じゃない……でも、あの自信は……)

 

 何かがあるのだろう。生憎というべきか、その何かはわからないのだが。

 

「余のターンだ、ドロー!……余は手札より『ユニゾンビ』を召喚し、第二の効果発動! デッキからアンデットモンスターを一体墓地へ送り、ユニゾンビのレベルを一つ上げる! 余は『王家の守護者』を墓地に送り、レベルを4に! 更に反転召喚、『ゴブリン・ゾンビ』!」

 

 ユニゾンビ☆3→4闇ATK/DEF1300/0

 ゴブリン・ゾンビ☆4闇ATK/DEF1100/1050

 

 共にアンデットモンスターの中では代表的なモンスターだ。だが、ユニゾンビ――チューナーモンスターとは。彼の時代には当然、そんなものは概念すら存在していなかったはずだが。

 

 

「――バトルだ、ユニゾンビで攻撃!」

「セットモンスターは『ライトロードハンター・ライコウ』です! リバース効果により、第一の棺を破壊!」

「なっ……!? カウンター罠『天罰』発動! 手札を一枚捨て、モンスター効果の発動と効果を無効にする!」

 

 ライトロード・ハンターライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 

 破壊されるライコウ。墓地肥やしと合わせての展開ができると思ったが、そう上手くいかないようだ。

 追撃が来る――そう身構える祇園だったが、次の一撃はすぐには来なかった。代わりに、何故だ、とアドビス三世がどこか困惑したような声を出す。

 

「何故、棺を狙った?」

「…………」

 

 流石にそんな質問は想定していなかったため、祇園はすぐに答えを返せない。そんな彼に代わって言葉を紡いだのは離れた場所からデュエルを見守っているカムルだった。

 

「相手のコンボを崩す一手を打つのは当然ではありませんか、陛下? 特に勝利は目前とまで仰る一手なわけでもありますし」

「……棺を狙われたことなど、初めての経験だ」

 

 どこか苦々しい口調で言うアドビス三世。その言葉と、王という彼の立場。そして生涯無敗という伝説が、祇園の中で一つの形を作る。

 生涯無敗の王。彼自身が弱いというわけではないだろう。だが、伝説はただ彼が強いだけで形作られたわけではなかったのだ。

 

「素晴らしい部下をお持ちのようですね、陛下」

 

 悪意ある笑みと言葉。鬼の面に覆われていないカムルの口元が、邪悪な笑みを浮かべた。

 

「いえ、死者であるならばお持ちだった、と言うべきでしょうか。……私は学のある人間ではないので、果てしなくどうでも良いのですが」

「貴様ッ!!」

 

 カムルの言葉に激昂したアドビス三世の部下たちが彼に詰め寄ろうとする。だがそれを、アドビス三世が手で制した。

 

「やめよ。余にこれ以上恥をかかせるな」

「お、王……」

 

 部下たちが困惑の声を上げる。それを、嘲笑と共に一つの声が切り裂いた。

 

「まあ、そう悲観することもないのではないではありませんか?」

「……何だと?」

「あなたの眼前にいるのは、あなたの立場も、想いも、信念も、道理も、王道も、理由も、伝説も、人生さえも慮ることはない――慮る必要がない、〝敵〟という存在です。それも、この島における実力者として鍵の守護者に選ばれたほどの存在。

 絶対にして無敵の王。あなたの伝説は、そこにいる敵に勝利して初めて完成する」

 

 諸手を広げ、歌うように告げるカムル。ふん、とアドビス三世は不愉快そうに息を吐いた。

 

「余を掌の上で転がそうとは……業腹だが、今回は見逃してやる」

 

 そして、アドビス三世が仮面を外す。現れたのは年若い青年の顔だった。

 

「名を名乗れ。余はアドビス三世、我が王道にその名を刻んでやろう」

「夢神、祇園です」

 

 名を名乗る。アドビス三世は一度頷くと、ゆくぞ、と言葉を紡いだ。

 

「余の全力を以て、貴様を倒す! ゴブリン・ゾンビでダイレクトアタックだ!」

「…………ッ!」

 

 祇園LP4000→2900

 

 祇園のLPが削られる。衝撃は思ったほどではない。だが、切れた唇から僅かに血が滴った。

 

 落ちたカード→TGストライカー

 

 そしてゴブリン・ゾンビによるデッキ破壊効果が発動する。祇園のデッキは墓地があればあるほど展開力の上がるデッキだ。故にアドバンテージとなり得るのだが、正直現状は微妙と言える。

 

「余はターンエンドだ」

 

 そう宣言するアドビス三世。場にはモンスターが二体。伏せカードはない。

 

「ドロー!」

 

 棺を破壊したいところだが、そう上手くは行かないだろう。ならば、今の自分にできる一手は――

 

「手札より『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果でライコウを蘇生!――レベル2、ライトロード・ハンターライコウにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 ライトロード・ハンターライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 

 新たなる力であり刃であるシンクロ。

 その力を以て、伝説へ牙を突き立てる。

 

「――シンクロ召喚、『氷結のフィッツジェラルド』!」

 

 氷結のフィッツジェラルド☆5水ATK/DEF2500/2500

 

 氷の魔物が降臨する。

 周囲の温度が一気に下がったかのような感覚。祇園と魔物を中心に、甲板の一部が氷に覆われた。

 

「バトルです。――フィッツジェラルドでユニゾンビを攻撃!」

「くっ……!」

 

 氷結し、砕けていくゾンビ。如何に不死なる存在とて、氷漬けにされた上で砕かれてはどうにもならない。

 

 アドビス三世LP4000→2800

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 祇園が宣言する。その瞬間、とアドビス三世が言葉を紡いだ。

 

「デッキより『第三の棺』を発動する! そして場に三つの棺が揃ったことにより、デッキ・手札より『スピリッツ・オブ・ファラオ』を特殊召喚する! 更に効果により、墓地の『王家の守護者』を二体蘇生だ!」

 

 スピリッツ・オブ・ファラオ☆6闇ATK/DEF2500/2000

 王家の守護者☆2地ATK/DEF900/0

 王家の守護者☆2地ATK/DEF900/0 

 

 古代エジプトにおいて王の亡骸を納めた棺のような姿をしたモンスターが現れる。同時、その効果により二体のモンスターが蘇生された。

 とはいえ、現状ではフィッツジェラルドを突破することはできない。どうするつもりか。

 

「――姿も表さぬ者の手の上にいるようで不愉快だが、致し方ない。余は魔法カード『融合』を発動! 場の王家の守護者二体を融合し――降臨せよ『冥界龍ドラゴネクロ』!!」

 

 冥界龍ドラゴネクロ☆8闇ATK/DEF3000/0

 

 濁流のような闇が、駆け抜ける。

 現れたのは、見る者に根源的な恐怖を与える存在だった。

 

「バトルだ。ドラゴネクロでフィッツジェラルドへ攻撃」

「ッ、罠カード発動、『ガード・ブロック』! 戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

「ほう。だが、無意味だ。ドラゴネクロとの戦闘では相手モンスターの破壊も行われない。しかし、ダメージステップ終了時に戦闘した相手モンスターの攻撃力を0とし、更に相手モンスターと同じ攻撃力の『ダークソウルトークン』を一体特殊召喚できる」

 

 ダークソウルトークン☆5闇ATK/DEF2500/0

 

 現れる、フィッツジェラルドと同じ攻撃力を持つトークン。同時、フィッツジェラルドの攻撃力が0となった。

 これは、つまり。

 

「ダークソウルトークンでフィッツジェラルドを攻撃!」

「――――ッ!?」

 

 祇園LP2900→400

 

 衝撃が全身を貫いた。

 痛い、という感覚。ごほっ、と咳き込むと共に口の中に鉄の味が広がった。

 

「……ッ、フィッツジェラルドの効果……! 戦闘破壊された時、場にモンスターがいなければ手札を一枚捨てることで守備表示で蘇生できる……! 『TGワーウルフ』を捨て、蘇生……!」

 

 これでこのターンはどうにか凌げた。

 

「押し切れなかったか。余はターンエンドだ」

 

 アドビス三世がターンエンドを宣言する。祇園は息を一つ吐き、カードをドローした。

 このターンだ。ここで何かしらの一手を打たなければ。

 

(……いける、かな?)

 

 引いたカードは『魔轟神獣ケルベラル』だ。このカードと今の手札。それを組み合わせれば、打てる手は確かにある。

 

「手札の『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、『死者転生』を発動。『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、捨てられたケルベラルは自身の効果で特殊召喚される。更に『ジャンク・シンクロン』を召喚。効果で……ライコウを蘇生」

 

 氷結のフィッツジェラルド☆5水ATK/DEF2500/2500

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 ライトロードハンター・ライコウ☆2光ATK/DEF200/100

 

 並び立つ四体のモンスター。

 祇園の使うデッキは取れる選択肢が膨大な数となるが故に常に思考をしなければならない。イメージとしては数式。数字があり、それを知っている公式に当てはめて行き、最も効率よく、或いは効果的な解へと辿り着く。

 

「レベル2、ライコウにレベル2、ケルベラルをチューニング。シンクロ召喚、『アームズ・エイド』。更にレベル5、氷結のフィッツジェラルドにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ。シンクロ召喚――『スターダスト・ドラゴン』」

 

 数字が揃えば、後は最も効率的な解を導き出すだけ。

 高速思考と状況判断。それを培うために必要なのは才能ではない。訓練だ。

 戦い、勝利し、敗北した数だけそれは血肉となって身に宿る。

 

「……美しい……」

 

 思わずアドビス三世でさえも見惚れる程に美しい姿をした竜。星屑の竜は、その輝きと共に飛翔する。

 

「スターダスト・ドラゴンにアームズ・エイドを装備。――バトルです、スターダスト・ドラゴンでドラゴネクロを攻撃!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→3500/2000

 

 この盤面が完成した時に、すでに勝者は決まっていた。

 

「アームズ・エイドを装備したモンスターが先頭でモンスターを破壊した時、その攻撃力分のダメージを与えます!」

「なにっ!?」

 

 ドラゴネクロの攻撃力は、3000。

 答えは、計算するまでもない。

 

 アドビス三世LP2800→2300→-700

 

 そして、決着。

 ソリッドヴィジョンが消えていく。アドビス三世は一度空を見上げると、嗚呼、と呟いた。

 

「これが、敗北か。……悔しいな。余は、悔しい――……」

 

 噛み締めるような言葉。生涯無敗を誇った王は、その死後に初めて敗北を知った。

 だが、それでもその伝説が色褪せることはない。彼の強さは本物で、その伝説は今も尚語り継がれるほどに人々に愛されているのだから。

 

「だが、楽しかった。……いいものだな、全力で戦うというのは」

 

 そう言うと、アドビス三世はこちらへと歩み寄ってきた。そのまま、こちらへと手を差し出す。

 

「また、余と戦ってくれるか?」

「……はい、喜んで」

 

 握手を、交わす。

 生者と死者。本来なら交わるべきでなき両者が交わす、一つの挨拶。

 

「だが、余は冥界に帰らねばならん。……そうだ、祇園、と言ったな? 余と共に冥界に来ぬか?」

「さ、流石にそれは。……まだ、やり残したことが多くあるので」

 

 死にたいと、消えてしまいたいと、逃げてしまいたいと思うことは幾度となくあった。

 ――けれど、それはしたくない。

 こんな自分を友達だと言ってくれる彼らと、黄昏から救い出してくれた親友に正面から向き合うために。

 せめて、逃げることだけは……したくない。

 

「そうか。残念だ」

 

 むむ、と本気で残念そうな表情を浮かべるアドビス三世。大丈夫ですよ、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「僕もいつか、そちらへ行きますから」

「……まあ、今更数十年待ったところで大したこともない」

 

 ふむ、と納得の表情を浮かべるアドビス三世。そのまま、それではな、と彼は言葉を紡いだ。

 

「我が生涯において終ぞ手に入れられなかった……、友よ」

「はい。――ありがとうございます」

 

 祇園の身体が光に包まれる。おそらく、船から降ろされるのだろう。

 アドビス三世は、最後に呟くように言った。

 

「闇の中、余を呼ぶ声に誘われて来てみたが……良き出会いがあった。とはいえ、もう二度とあの声には応じぬだろうが」

 

 そして、彼の姿が消える。

 気付いた時には、最初に祇園が呼び出された場所にいつの間にか立っていた。

 

「……………」

 

 体についてはおかしなところは特にない。痛みも引いている。

 とにかく、勝利だ。今更ながら単独で敵地に乗り込んだことは軽薄だったかと考えたが、すぐに首を振って否定した。どの道、手段はこれしかなかった。

 アカデミア本校のオーナー権を懸けたデュエル。かなり重要で、大切なことだ。そんなものを控えた万丈目に敵の襲来のことなど知らせることはできない。十代たちも同じだ。一人でも彼に漏らせば、万丈目にいらぬ動揺を与えることとなる。

 それに、ただでさえ万丈目は家族との戦いというデリケートな状況にいたのだ。妖花も今回の件について部外者である以上、彼女を巻き込むわけにはいかなかった。

 故の、孤軍。

 誰も見ておらずとも、知らずとも。夢神祇園は自然とそういう選択をしていた。

 

「健気ですね。そして実に愚かしい」

 

 パチパチと、どこかこちらを小馬鹿にしたような拍手の音を響かせながらそう言ったのは鬼の面を被った男――カムルだ。その口元には笑みが浮かんでいる。

 

「まあ、とはいえそのおかげで楽をできているので良いのですが。やはり、というべきか。あなたはどうも、あなた以外の方を信用なさられていないようですね」

「…………」

 

 無言を返答とする。かつてがそうだった。友達のいなかった中学時代。いつも一人ぼっちでありながら桐生美咲という『アイドル』と友である彼に向けられた悪意など、数え切れなかった。

 その対応は、無視だ。徹底的にシャットアウトする。戦っても勝てない。一人ぼっちは何より弱いのだから。

 戦わないことが、夢神祇園にとっての戦いだった。

 そして、だからこそ。

 

「そんなことはない、と思っておられるのでしょう? 鍵の守護者は誰もが己よりも強い。あなたの目がそう語っている。しかし、実際は違う。あなたは一人きりでここへ来た。たった一人で戦った」

 

 夢神祇園という少年は、決定的に歪んでいる。

 その歪みの本質は、本人さえも気付けぬ根深い部分にある。

 

「まあ、とはいえあなたが勝利を得たのも事実。お見事でした。――それでは、次の戦場で」

 

 言いたいだけ言い放つと、カムルは立ち去っていった。祇園はその背を見送ることはせず、彼と反対方向へと歩き出す。

 今カムルと戦うことに意味はない。彼と戦い、勝利したとして彼を退場させる手段がないのだ。ならば祇園にとって彼と戦う意味はなく、逆に向こうは勝利で鍵を得られるのだから利益しかない。

 故に、ここは放置が正解だ。彼は一度打ち破っている。その事実があればそれでいい。

 

 

 奪われた鍵の数は、0。

 残るセブンスターズは、あと二人――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 口元から一滴、赤い液体が零れ落ちた。

 ふむ、と息を吐くと、その血を指先で拭う。

 

「相互理解のためのデュエル……教職に就くあなたらしい言葉ですが、その答えはこのようなものです」

 

 ちゃんと血は紅かったのか、などとどうでもいいことを考えつつ、〝王〟は言った。その言葉には感情が込められておらず、ただの事実確認のように聞こえる。

 

「私はあなたが理解できない。あなたは私が理解できない。ただそれだけのことです」

 

 教職に就く男は、静かに告げる。

 

「……理解の必要はない。必要なのは認識であり、役目だ」

「ふむ、成程。そういうことなら意味があったのでしょう」

 

 そう言うと、〝王〟は背を向ける。彼女の中で朧気だった今回の全体像がようやく形となってきた。正直関わりたくはないが、彼女の今の立場はそれを許さない。

 

「……あなたがここにいてくれて、助かりましたにゃー」

 

 そして、その気配が消える。

 多くの思惑と理由が絡み合い、事態は混迷へ落ちていく。

 

「未来のために、か。……羨ましいな」

 

 彼らが、羨ましい。

 死地に赴く彼らに対し、〝王〟は小さく呟いた。








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