遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十四話 忍び寄る過去

 

 

 

 

 今年のアカデミア本校における文化祭は大々的に行われ、今までなら一日で終わっていたものを二日間行うこととなっている。

 その理由は表向き〝ルーキーズ杯〟やノース校との対抗試合で認知度の高くなっている本校を更に周知させるための一般開放とイベントのためということになっているが、その実態は違う。今こそ沈静化されているが、いつまた燃え上がるかわからない不祥事を覆い隠すためのイメージ作りというのが現実だ。

 とはいえ、学生たちにしてみれば祭が二日になることは何も悪いことではない。その準備は大変だったが、実際にその日が訪れると否応なしにテンションが上がるものだ。

 それは、最下層の寮であるオシリスレッドに所属する生徒たちも同じである。

 

 

「祇園ちゃん、それじゃあここはお願いね」

「はい、お任せください」

 

 購買部の責任者であるトメに言われ、祇園は頭を下げる。人手が足りないせいでギリギリになったが、どうにか屋台は組み上げることはできた。机と椅子もバッチリである。

 

「それにしても、ごめんねぇ。祇園ちゃんの寮の準備もあるのに」

「いえ、あっちはまあ……多分、どうにかなってるはずですから」

 

 オシリスレッドの出し物は仮装デュエルだ。とはいえアレに使用する衣装は使い回しであるし、実は準備するようなことはあまりない。

 祇園は屋台の中に置いてある食材のチェックを始める。自分にとっては初めての文化祭だ。手探りなことは多い。特にここはステージの近くであるため、予定されているイベントが始まるとかなり混雑するだろう。

 

(任された以上は頑張らないと)

 

 売上如何によってはボーナスも出ることになっている。正直お金に関してはいつもギリギリなので、本気で頑張りたいところだ。

 屋台は他にラーイエローの生徒も行っているが、場所の点では祇園の方がいい場所だ。とりあえず、もうすぐ一般参加者を乗せたフェリーが到着するはずなので、その前に準備を終わらせなければ。

 とはいえ、事前に準備は大方終えている。後は鉄板に火を通すだけだ。

 

「お久し振りです、夢神さん」

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは見覚えのある人物。

 ――神崎アヤメ。

 昨年のプロリーグ新人王であり、〝ルーキーズ杯〟において祇園を助けてくれた人物だ。アヤメは礼儀正しく一礼すると、屋台の中を眺めて言葉を紡いだ。

 

「夢神さんは屋台を出されるのですね」

「あ、は、はい。ただその、まだ準備は出来ていなくて……」

「いえ、それは大丈夫です。まだ時間も早いですし。ただ、よろしいのですか? 屋台をしているということはイベントには参加できないでしょう?」

 

 舞台の方へと視線を送りつつアヤメが言う。祇園は苦笑を零した。

 

「いえ、流石に僕は選ばれないと思うので……」

「それはないと思いますが……まあいいでしょう」

 

 息を吐き、アヤメは言う。そして、こちらを真剣な瞳でこちらを見つめてきた。

 

「――いい瞳をするようになりましたね」

 

 そのまま、アヤメは微笑を浮かべる。どことなく、嬉しそうに。

 

「何かがあったのでしょう。男子三日会わざれば括目して見よ、とは言いますが。……その目を見る限り、不幸にはなっていないようですね」

「不幸なんて、有り得ないです。僕は本当に、恵まれています」

 

 諦めることもなく、屈することもなく。

 前を向いていられるのはきっと、周りの人たちのおかげだから。

 アヤメはそんな祇園の顔を眺めると、良かったですね、と呟いた。

 

「本当に良かったと、そう思います」

「ありがとう、ございます」

 

 その言葉に、アヤメはええ、と頷いた。

 

「力になれるようなことがあれば、いつでも頼ってください。私はいつでも力になります」

 

 アヤメの微笑と、ほぼ同時に。

 フェリーの汽笛が、島内へと鳴り響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お久し振りです、遊城さん!」

「おお、妖花も来たのか。久し振りだな!」

「よーっす。十代、元気にしてたか? メールで怪我したっつってたけど」

「おう、もう元気バリバリだぜ新井さん!」

「ならいいんだがな。無茶すんなよ? お前馬鹿なんだから」

「酷ぇ!?」

 

 

「みーちゃん、久し振り~」

「ども姐御、授業出んでええんですか?」

「やあ、紅里くんに菅原くん。久し振りだな。授業については大丈夫だ。元々私は授業を免除されている」

 

 

「万丈目さん、お元気そうで何よりです」

「千里か。聞いているぞ。ちゃんと№1を維持しているとな」

「はい。万丈目さんのご指導のおかげです」

「謙遜するな。お前の実力だ」

「ありがとうございます。……あの、またデュエルをして貰えますか?」

「ああ。それなら丁度いい。俺の寮の出し物の場所でデュエルはできるぞ」

 

 

「あっ、宗達兄ちゃんだ!」

「兄ちゃん久し振りー!」

「あん? なんだオマエら、海渡ってアメリカからわざわざ来たのか?」

「叔父様が手配して下さったのです。自分はいけないので代わりに行ってくるといい、と」

「珍しいなまた……。てかレイカ、あんたもいいのか? 留学中なんだろ?」

「今日と明日は休みなんです。それに、来年はこの子たちを日本に受け入れることが叔父様のおかげでできるようになったので……」

「ああ、それで日本語覚えてんのか。やるなオマエら。発音ちょっとおかしいけど」

「兄ちゃんデュエルしよう! 兄ちゃんの出し物デュエルなんだろ!?」

「落ち着け。デュエルはしてやるから。とりあえず会場にだな――」

「――宗達、その方は誰なのかしら?」

「――――――――」

 

 

 ごく一部を除き、割と平和な光景だ。その様子を眺めながら、桐生美咲はうんうんと何度も頷いた。

 

「いやぁ、青春やねぇ」

「あんたも歳変わんないでしょ」

 

 その言葉に反応したのは側にいたプロデュエリスト――本郷イリアだ。その表情には呆れが宿っている。

 彼女とアヤメの二人は今日行われるイベントのため、ヘリで先に本島を訪れていた。午後からのイベントはKC社発案の依頼であり、テレビも入ることとなっている。そうなると、人気もあってそれなりにやれる人物がいた方がいい。

 

「それにしても、上手くいくのこのイベント? いきなりこんな大がかりなことして」

「大丈夫やよ。ネットで参加募集募ったら大勢申し込みがあったし。まあ、出られるんは一握りなんやけど」

「リスト見たけど、大概なのが揃ってるわね。新井智紀、二条紅里、菅原雄太……外からならこの三人だけでもかなりのモノでしょ?」

「だからスカウトマンも大勢来とるみたいやで? さっきイリアちゃんとこのスカウトさん見たよ」

「まあ、だからアタシも引き受けたんだけどさ」

 

 肩を竦めるイリア。そして彼女は一度息を吐くと、それで、と言葉を紡いだ。

 

「今度は何を悩んでんのよ?」

「……何の話や?」

「とぼけるならそれでもいいわ。ただ、それならアタシを巻き込むのはやめて。……考え事してる時、あんた大体人と視線合わせないからね。その癖直した方がいいわよ?」

 

 そして、こちらの返答を待たぬままに立ち去っていくイリア。それを見送り、ふむ、と美咲は息を吐いた。

 

「付き合い長いとこういう時面倒臭いなぁ。……まあ、ウチが悩んだところでどうしようもあらへんのやけど」

 

 嫌やなぁ、と呟いた。

 

「ホント、嫌な想像ばかりしてしまう」

 

 

 島の喧騒が、広がっていく。

 今日は祭。何かが……起こる日だ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結論から言うと、屋台は大成功だった。売り上げという意味では。

 逆に段取りは最悪だったと言える。一人でごった返す客を捌けるはずもなく、偶然その場に居合わせた妖花と新井に好意で手伝って貰い、更には菅原を新井が呼んでくれたことでどうにかまともに営業できるようになった。

 そして現在。午後のイベントが始まる頃に材料も切れ、他の屋台がまだ営業している中で一足先に閉店作業を行っている。

 

「すみません、ありがとうございます」

 

 屋台を片付けつつ、机に座って休んでいる三人に声をかける。新井がいいよ、と軽く手を振った。

 

「それなりに面白かったし。こういうのは久々だ。大学じゃやんなかったから、高校以来だな」

「はいっ、私も楽しかったです!」

 

 妖花も笑顔で頷いてくれる。隣で突っ伏すようにしている菅原もあー、と気の抜けた返事をした。

 

「たまにはええよ、こんなんも。イベントまでのええ時間潰しになったわ」

「すみません、バイト代は必ず用意しますので……」

「いやええよそんなん」

 

 顔を上げ、当然とばかりに首を振る。でも、と言う祇園に被せるようにして新井が言葉を紡いだ。

 

「先輩としてちょっといいとこ見せた、ってことにしといてくれ。どうしてもってんなら妖花に俺の分もやってくれればいい。小遣いみたいなもんだ」

「えっ? そんないいです! 気にしないでください!」

 

 慌てて首を左右に振る妖花。祇園はごめん、と妖花に頭を下げた。

 

「後で必ず用意するから」

「い、いいですいいです!」

 

 妖花は首を振るが、折角の文化祭でこんなことをさせてしまったのは本当に申し訳ない。後で何かしらの埋め合わせをしなければ。

 とりあえず、自分を含め四人分のジュースを用意してテーブルに腰掛ける。そろそろ時間だな、と新井がステージを見ながら呟いた。妖花がチラシを見ながら新井へと言葉を紡ぐ。

 

「えっと、チーム戦のイベントなんですよね?」

「まずは事前申し込みした連中での勝ち抜き戦だな。先着16人。先に七つ勝ち星手に入れた奴が予選通過だ。で、その十六人を予選通過の順番で振り分けて四チームでバトルロイヤル形式で戦うわけだな」

「大がかりやなぁ、しかし」

「チーム束ねんのはプロ四人だしな。そりゃテレビも来るっつー話だよ」

 

 会場を映す準備をしている者たちを眺めつつ新井は言う。成程なー、と菅原が気の抜けた調子で返答しているが、彼らは気付いていない。新井智紀、菅原雄太という今期ドラフト候補に加えかのペガサス会長の秘蔵っ子である防人妖花、そして〝ルーキーズ杯〟準優勝者たる夢神祇園という話題性抜群の四人が集まっているこの場の注目度に。

 

「しかし、何でこんな大がかりなことするんやろ。なあ祇園、確かアカデミアの文化祭ってこんな派手やなかったやろ?」

「は、はい。ただ、美咲が言うにはKC社からの指示だそうで……」

「そうなんですか?」

「うん。そう言ってたよ」

「……何となくだが、思惑は見える気がするなぁ」

 

 ポツリと新井が呟くが、視線を向けると彼は肩を竦めた。そのまま、まあ、と言いながら立ち上がる。

 

「楽しいんならそれでいいさ。さて、そろそろ開始だ。参加しようぜ」

「お、せやね。よっしゃやるでー! 目指すは一位通過や!」

 

 それに追従するように菅原も立ち上がる。祇園と妖花も立ち上がり、人が集まり始めた会場へと足を踏み入れた。

 懐かしい、と思う。こういう、不特定の人間とデュエルをこなす状況。それは、〝ルーキーズ杯〟の参加者を決める選考会をウエスト校で行ったあの時以来だ。

 

(時間なんて、ほとんど経っていないはずなのに)

 

 月日で考えればほんのつい先日のことだ。選考会もだが、〝ルーキーズ杯〟もつい最近のこと。

 

(……どうなんだろう)

 

 懐かしいと、そう思えることは。

 良いことなのだろうかと、そう思った。

 

 

『それでは、開催いたします!』

 

 

 どこか遠くに、その声を聴きながら。

 夢神祇園は、一歩を踏み出す。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

『それでは、予選通過者とチームを発表します!』

 

 予選が終了し――誰もが次へ次へとデュエルを求める地獄絵図だった――全員が落ち着いた状態で結果発表が行われる。ステージ上には烏丸澪、桐生美咲、本郷イリア、神崎アヤメの四人がすでに立っていて、準備は終わっている。

 ステージ上にある巨大スクリーンの映像が切り替わり、十六人の名前が映し出される。そこに書かれているのは――

 

『Aチーム(監督 烏丸澪)

     如月宗達、菅原雄太、天上院明日香、紫水千里

 

 Bチーム(監督 桐生美咲)

     新井智紀、三沢大地、防人妖花、藤原千夏

 

 Cチーム(監督 本郷イリア)

     丸藤亮、夢神祇園、神楽坂祐樹、万丈目準

 

 Dチーム(監督 神崎アヤメ)

     二条紅里、遊城十代、藤原雪乃、レイカ・スメラギ』

 

 

 全四チームのメンバーが出揃う。思ったより均等に分けられているらしい。

 予選を通過できなかった者たちはここからは観戦モードだ。それぞれのチームのメンバーが集まり、作戦会議を始める。

 

 

「さて、私がチームを率いるわけだが……正直作戦などない。好きな順番で出て勝手に勝つといい。以上だ」

「いやせめて形だけでも監督しろよ。仕事だろ」

「そんなんでええんですか姐御?」

「所詮はお祭だ。まあ、勝てばパックを一人ずつボックスで賞品としてくれるらしいぞ? 頑張るならその方が良いのは確かだがな」

「うわ本読み始めたでこの人」

「仕方ないですね……。菅原さん、どうしますか?」

「えーと、天上院さん、か。んー、ゆーても普通にやればええんちゃうの? あの名前順通りで」

「わ、私が大将ですか?」

「あー、流石に自分に負わせんのもあれやな……。じゃあ、俺と紫水さん入れ替えで。ライフ調整はまあ、できたらでええやろ」

「とりあえず当たって砕けろだろ。正直新井智紀とか相手じゃ分が悪いし」

「でも、やるからには勝ちたいわね」

「はい。勝ちましょう」

「よっしゃ、頑張るで!……つか自分、如月ゆーたっけ? 何でずぶ濡れなん?」

「…………黙秘で」

 

 

 

「ほな、皆よろしゅう。早速やけど、先鋒は新井さんな」

「了解ッス。一応理由聞いても?」

「澪さん適当やから多分書いてある順番通りで来るやろし、イリアちゃんとこは堅実に丸藤くん出してくるやろ。で、アヤメちゃんとこは多分十代くんが最初に出たがるやろから力でその辺押し切れる新井さんが適任や」

「成程、了解ッス」

「で、次鋒は千夏ちゃん。先鋒戦次第やけど、スキドレが刺さるデッキの子が多いから二番手でじっくりな。勝てへん相手やないから」

「はい。わかりました」

「気負い過ぎんようにしときや? お祭やし、楽しまなアカンよ。どうせならお姉ちゃん倒すくらいでやろう。……で、三番手。ここで妖花ちゃんや。特殊勝利は全員のライフ0扱いがバトルロイヤルのルールやから、負けてても一気に順位変えられる可能性あるよ」

「は、はいっ。でもその、揃えられなかったら……?」

「状況次第やけど、相手見てギフトカードやら成金ゴブリン使ってライフ調整や。このバトルロイヤルは勝敗の数やなくて四人のうちの誰かが脱落した時点でそのデュエルは終了、その残りライフを四戦合計して勝敗を決めるから、状況次第で負けてるとこ引き上げたりしてくれた方がええな」

「わかりました、やってみます!」

「お願いな。で、三沢くん。大将っていう一番厳しいポジションやけど……」

「状況次第ですね。場合によってはライフ調整も必要になります」

「うん。先鋒はバチバチのエース対決になりそうやし、三沢くんにしかその辺の細かいのは任せられへんのよ」

「大丈夫です、お任せください」

「よし。――ほな、勝つよー!」

 

 

 

「それじゃあ、よろしくね。早速だけど丸藤くん、あなたには先鋒で出てもらうわ」

「はい。わかりました」

「頼むわね。多分先鋒はエース対決になると思うから。それで、次鋒だけど万丈目くんお願いしてもいいかしら?」

「お任せ下さい」

「ええ、期待してる。次鋒の結果で流れは決まると思うから、重要よ。それで、三番手だけど神楽坂くん、任せるわよ」

「は、はい」

「多分、ここが一番狙いどころだと思う。ここでしっかりライフ調整をして欲しいの」

「わ、わかりました。頑張ります」

「それで、夢神くん。大将の大役、任せても大丈夫?」

「ぼ、僕で大丈夫ですか……?」

「〝ルーキーズ杯〟準優勝。実績は十分よ」

「大丈夫だ、夢神。お前なら安心して後ろを任せられる」

「安心しろ夢神。この万丈目サンダーが圧倒的な差をつけておいてやる」

「頑張ろうぜ、夢神」

「は、はい。……頑張り、ます」

 

 

 

「では、順番を決めたいのですが、希望はありますか?」

「はい! 俺一番手が良いです!」

「お~、やる気だね~」

「まあ、十代のボウヤなら適任じゃないかしら?」

「私は出来れば二番手でお願いしたいのですが……。正直、場違いな気がして」

「では、遊城さんが一番手、スメラギさんが二番手で。お二人に希望はありますか?」

「そうねぇ……私はどちらでもいいけれど」

「私は最後がいいかな~」

「では、三番手に藤原さん、大将に二条さんでいきましょう」

「くーっ! ワクワクするぜ!」

「十代のボウヤにライフ調整なんて無理そうだし、こっちでその辺はどうにかするしかないわねぇ」

「一人だけを落としても他も健在なら差はつかない……難しいルールですね」

「大丈夫だよ~。どうにかなるなる~」

「お任せします。全力で戦ってきてください」

「…………ところで、本当に宗達とは何もないのかしら?」

「命の恩人ですし、あの子たちの恩人でもありますが……それだけですよ?」

「そ。ならいいわ」

「――どうやら、始まるみたいですね」

 

 

 そして、祭りが始まる。

 多くの歓声に、包まれた中で。

 

 

 

 

 

 

 デュエルは過酷を極めた。四人同時に向かい合うバトルロイヤル。一人のLPが0になった瞬間にその戦いは終了で、その際の残りLPをポイントとして加算していく。四戦目が終わった時点でポイントが一番高かったチームが優勝。

 このルールの肝は勝敗はあまり重要ではない点だ。要はいかに自分のLPを守り切るかが重要であり、相手のLPを見て誰を攻めるかを決めなければならない。

 そのため必然的に攻めの手が分散し、膠着状態となる。……ハズなのだが。

 

 

「戦略も何もあったもんやなかったな」

「先手必勝。他が躊躇している間に誰か一人を叩き潰す、か」

「出し惜しみする気は全員全くなかったわね」

「ライフ調整どころか、とりあえず場の空いた相手に攻撃しに行っていましたね」

 

 試合が終わった後の監督四人の会話である。当初の予想は大きく外れ、文字通り凄惨なバトルロイヤルが繰り広げられた。誰かのライフが低い、もしくは高い――などという考えは一切無視。とりあえず倒せる相手を全力で倒しに行こうという思考の下、ほぼ全員が初手からの全力展開を行ったのだ。

 結果、ほとんどの試合が速攻で決着となる。当たり前かもしれないが。

 

「結局優勝はアヤメさんのチーム、と」

「ありがとうございます」

「ある意味一番堅実だったし、当然と言えば当然かしら?……まあ、あの十代って子はどうかと思うけれど」

「初手アライブからのスカイスクレイパーとフレイムウイングマンのコンビネーション。あれで〝侍大将〟のライフを大きく削ったな」

「それを見てライフ調整した新井智紀は流石だけど、あそこで帝王を中途半端にライフポイントを削るにとどめたのが失策だったわね」

「最終的にサイバー・エンド・ドラゴンをパワー・ボンドで召喚して捨て身で十代くんのライフを削り切る、と。ライフで見たら新井さんの勝ちやけど、流れは丸藤くんのモノやったな」

「力で速攻、単純ですが強力です」

「初戦からあんなものを見れば、まあ確かに荒れるだろうが」

 

 見事な試合だったのは間違いない。勝敗は紙一重だ。

 全員がきっちり輝いていた。それは無論、あの少年も。

 

「さて、祭りはまだまだこれからだ。楽しめる分は楽しむとしよう」

 

 薄く微笑み、外を見る。

 いい天気だ、本当に。そしてだからこそ、彼女は失念していた。

 

 ――一つの過去が、迫っていることを。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 楽しかったな、と祇園は屋台のゴミを棄てながら思った。あまり活躍は出来なかったが、それでもこういったイベントは楽しいとそう思う。

 

「楽しかったですね、祇園さん!」

 

 ゴミ捨て場から出ると、妖花が満面の笑みで待っていてくれた。その言葉に、うん、とこちらも笑みを返す。

 

「楽しかった。大将なのは正直かなり緊張したけど……」

「でも、祇園さんは活躍されていましたよね?」

「それを言うなら妖花さんの方こそ。エクゾディア、あの状況で揃えたんだし」

「いえ、私のライフもギリギリだったのであまり貢献はできませんでしたから……」

「ううん、あの状況だとそれが最適解だよ。実際、ほとんど二戦目とライフ差が動かなかったからかなり四戦目は難しかったしね」

 

 祇園自身もただ勝つだけでは駄目な状況に追い込まれていたため、選択肢がかなり減ったのも事実だ。更に相手は紅里、菅原、三沢の三人である。三人とも、下手な策なら簡単に潰してくる。

 最終的に紅里が連続シンクロを決め、場を完全に制圧して来たのでどうにもならなかった。正直、妖花にはしてやられたと思う。

 

「ありがとうございます」

 

 えへへ、と妖花は笑う。純粋な子だ、本当に。そして優しい。

 礼を言うべきなのはきっと、こちらの方なのに。

 

「とりあえず、レッド寮の方に行こうか。途中にイエロー寮の屋台もあるはずだし、できれば美咲と澪さんとも合流して――」

 

 妖花と並ぶように立ち、歩き出しながら紡ごうとした言葉。

 その先が――途切れて、消える。

 

「……祇園、さん?」

 

 立ち止まり、言葉も止めた自分に妖花が疑問の声を向けてくる。だが、それに応じる余裕はない。

 目の前に立つ、一人の男性。彼から、目が離せない。

 

「――――」

 

 ドクン、と心臓が高鳴った。全身から汗が噴き出しているのがわかる。口の中が乾き、声が出ない。

 

 どうして、と思った。

 何故、と思った。

 

 先程までの楽しい気分など、とうの昔に消え去っていた。

 

「久し振りだな」

 

 傍目から見ればにこやかで。

 祇園から見れば、その真逆の意味を持つ顔で。

 その男が――歩み寄ってくる。

 

「お前が家を出てから随分心配したぞ。元気でやっているようじゃあないか」

 

 嘘吐き、とは言えなかった。

 あなたが追い出したのだろうと、言えなかった。

 

「聞いたぞ? プロからスカウトされたらしいじゃないか。アカデミアに通おうとしていると聞いた時は反対したが、早計だったようだ。立派なもんだ。兄さんもきっと、天国で喜んでいる」

 

 嘘吐き。うそつき。ウソツキ。

 あなたは、一度だって。

 たったの一度だって、僕に意識を向けたことはなかったじゃないか――

 

「あ、あのっ」

 

 不意に、妖花がどこか遠慮がちに言葉を紡いだ。ん、と男が妖花に視線を向ける。

 

「キミは……、ふむ、見覚えがあるな」

「さ、防人妖花、です。あの、祇園さんのお知り合いの方ですか……?」

「知り合いも何も、不本意ながらそれの叔父だ。私の兄がそれの父親でね。事故の後、彼を引き取ったのが私だよ」

 

 ビクッ、と妖花の体が震えた。彼女に祇園は自身の過去について語ったことはない。だが、わかるのだろう。この男の笑みの意味が。

 どうしようもない程に醜悪な、この男の本質が。

 

「しかし、プロになるためにはお前の年齢では後見人が必要なはずだ。何故私に連絡しない? 知人から伝え聞いて恥をかいたぞ。知らないのか、とな」

「…………ぼ、僕は……まだ……」

「何だ?」

「ま、まだっ……プロには……」

「――ならない、と言うつもりか?」

 

 体が震えた。思わず、体を両手で抱き締めてしまう。それでも逃げることはしない。できない。妖花を庇うようにして立ち、どうにか堪える。

 怖い。怖い。怖い。

 

「甘えるな。今がチャンスだろう。アカデミアなどさっさと退学してプロになれ。全く、誰が育ててやったと思っている? 私に逆らうつもりか?」

「――――ッ」

 

 手を伸ばされ、思わず身を引く。ふう、と男はため息を吐いた。

 

「お前のマネジメントは私がしてやる。私と共に来い。大体、ここでもお前は一番下の寮に通い、その上アルバイトまでしているそうだな? 私にこれ以上恥をかかせるな」

「…………」

 

 祇園は動かない。それに苛立ったのか、男はいい加減にしろ、と静かに告げた。

 

「また教育してやらなければわからないか」

 

 ――限界、だった。込み上げてくるモノを堪え、口元を押さえる。体が支える力を失い、膝をつく。

 

「祇園さん!?」

 

 妖花の声が聞こえるが、応じる力はない。頭が熱い。体が熱い。何も見えない。荒い息を吐く音だけが響き渡る。

 

「何だ、覚えているんじゃないか」

 

 それなのに、その男の声だけは聞こえてきて。

 思わず、身を竦めるようにして耳を塞ぐ。

 

 ――嫌だ。

 

 聞きたくない。見たくない。あんなのは、もう。

 

「無駄だ。お前は逃げられん」

 

 耳を塞いでいるのに、目を閉じているのに、どうして。

 どうして、聞きたくもない声が、姿が。

 こちらへと歩み寄ってくる音。逃げなければならない。でも、体が動かない。刻まれた恐怖が、それを許さない。

 

 

「…………キミは誰かな?」

 

 

 だが、その手がこちらに届くことはなかった。

 影。目の前に、誰かがこちらを庇うように立っている。

 

「夢神の先輩だよ」

「右に同じく」

 

 次いで聞こえてきた声と共に、背中が優しく撫でられる。この声は、新井と菅原か。

 

「どいてくれないか? それは私の家の子供だ」

「父親なんか?」

「いや、叔父だ。それの両親は他界している」

「それで、あんたが親代わりと」

「そういうことだ。何かおかしいかな?」

 

 どこか嘲笑うように言う男。菅原が拳を強く握り締めた音がした。

 

「何が、やと? 逆におかしないとこを言うてみろや。夢神は怯えとる。少なくとも普通の状況やないやろ」

「ふむ。それで?」

「あァ? 頭湧いてんのかおっさん。俺は――」

「――それで、キミたちに何ができる?」

 

 変わらず、嘲笑を込めたままに。

 男は、告げる。

 

「これは家族の問題だ。部外者は関わらないでくれ」

「何やと!? おっさん――」

「菅原。黙れ」

 

 激昂しそうになる菅原を止めたのは新井だった。そのまま、こちらの肩を新井が軽く叩く。

 

「夢神、大丈夫か」

「…………ッ、はっ」

 

 胸が苦しい。意識が揺れる。どうにか新井の手を掴むことしかできない。

 新井は舌打ちを一つ零すと、菅原、と言葉を紡いだ。

 

「ビニール袋持って来い」

「あァ? 何で――」

「妖花も一緒にだ! 急げ!」

 

 一喝され、菅原は数瞬迷いを見せてから妖花の手を引いてこの場を離れた。新井は再び視線を男へ向け、なぁ、と言葉を紡ぐ。

 

「あんた、祇園の家族なんだよな?」

「ああ、そうだ」

「……俺の両親は忙しい人たちだからな。あんま構ってもらえなかったし、今もそうだ。けどよ、『こう』はならねぇ。こんな風にはならねぇよ。あんた、夢神に何をした? いや、違うな。――何をしてきた?」

 

 答えろ。

 新井は、静かに告げる。ふっ、と嘲笑するように男が嗤った。

 

「部外者に何かを話す理由はない。――今日の夕方六時発の便で帰る。遅れるな」

 

 そして、男は立ち去っていく。それと同時に、目の前が真っ白になった。

 

「夢神? おい!」

 

 声は、遠く。

 意識が――途絶えていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あったことを話せるほどに、自分は強くない。

 だから、黙っているつもりだった。聞かれても、誤魔化すつもりで。

 ――けれど。

 その人は、何も聞かずにいて。

 

「過呼吸でぶっ倒れたみたいだな。原因は多分ストレスだ」

 

 その人は、腕を組みながらため息交じりにそう言った。すみません、と言葉を紡ぐ。

 

「ご迷惑を、おかけして」

「そこは気にするようなことでもないだろ。後輩ってのは先輩に迷惑かけてナンボだ。先輩ってのは後輩を助けるのが役目で、それがどれだけできるかがソイツの度量。後輩に当たり散らすようなのはただのクズだよ」

 

 だからいいさ、と新井は言った。

 ……沈黙が、流れる。

 互いに何も言わず、しばらくの時間が過ぎた。その中で、あの、と祇園が言葉を紡ぐ。

 

「……何も、聞かないんですか?」

「聞いて欲しいなら聞くが、それだけだぞ。俺には何もできないからな。なのに無責任に聞かせてくれとは言えない。傍からどう見えようが、結局これはお前の家族の問題であり、それに対して俺はただの先輩であり友人だ。要するに部外者なんだよ。そんなのが首突っ込んでも碌なことにはならん」

 

 表情は真剣だ。だが、彼の言うことは非常によくわかる。

 これは結局、自分自身の問題だ。

 

「別にお前の力になりたくないってわけじゃねぇ。手ェ貸せってんなら手ェ貸してやる。だが、そのためにはお前自身がどうしたいかを決める必要があるがな」

「……僕は」

「桐生プロや〝祿王〟なら追い出したぞ。妖花もな。今回、あいつらは関わらない方がいい。下手に何かができるとな、何かしようとしてしまうんだ。だから今回は駄目だ」

 

 言い切ると、新井は口を閉ざした。手を、握り締める。

 どうしたいか、どうありたいか。その答えはもう、出ている。

 ――ただ。

 それをする勇気が、ないだけで――……

 

「……お前さ、学校辞めたいのか?」

 

 不意に、新井が問いかけてきた。彼はどこか穏やかな口調で更に言葉を続けてくる。

 

「ここは、楽しくないか?」

「……そんなこと、ないです」

 

 居場所が無くて、逃げるように唯一のいてもいい場所であったカードショップにいたあの頃。

 家はもうホームじゃなくて、いてはいけない場所だったあの頃。

 

「ここは、僕にとって――」

 

 残りたいと思った。だから、〝伝説〟に挑んだ。

 縁が切れたと思っていた。けれど、皆は温かく受け入れてくれた。

 ――そして、今も。

 

「――――」

 

 答えは、ある。すでに出ている。

 後は、ただ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 時間通りに、その男はそこにいた。少し離れた場所で立ち止まると、不機嫌そうな視線をこちらに向けてくる。

 

「遅刻しなかったことは褒めてやる。帰るぞ」

 

 体が震えた。当然のように言い放ち、こちらに背を向ける男。

 足が動かない。それに気付いてか、男は舌打ちを零した。

 

「グズグズするな。全く、昔から余計な手間ばかり――」

「――嫌、です」

 

 震えながら。怯えながら。

 それでも、少年は言った。

 

「僕はもう、あそこへは……行きません」

 

 帰る、ではなく。

 ――行く。

 それが、祇園の答え。

 

「……どうやら、再教育しなければならんようだな」

「…………ッ」

 

 苛立った声でそう言うと、こちらへと歩み寄ってくる男。逃げようとする心を押さえつけ、祇園は尚も言葉を紡いだ。

 

「あの場所は、僕の家じゃない。僕は、もう」

「お前の意志など聞いていない。帰るんだ。……誰にも望まれなかった子供であるお前を使ってやろうと言っているんだ。むしろ感謝してもらいたいものだがな」

「――――ッ!?」

 

 体が震えた。今、この男は何を。

 

「無知とは救いがない。お前の母親と結婚するために、兄は本家から放逐された。それも全てお前のせいだ。お前が生まれてしまったから、兄は己のなにもかもを捨てた。お前さえいなければ、時間をかければ、或いは兄は捨てることはなかったかもしれないというのに」

 

 視界が揺れた。気が付いた時には地面が眼前に迫り。

 殴られたと気付いたのは、地面に倒れ、頬に痛みが走ってから。

 

「お前さえ生まれなければ、兄も……あの女も或いは幸せになったかもしれない。望まれなかった子供なんだ、お前は。ならばその償いぐらいはすべきだろう?」

 

 少しだけ、納得がいった。

 この人が――この人の家族が、自分の名前を呼ばない理由も。

 一度だけ会った、祖父と呼ぶべき人物から罵倒されたことも。

 まるで、夢神祇園という存在は初めからいなかったかのように扱われたことも。

 

「立て。お前の意志など関係ない。お前がすべきなのは償いだ」

「……ッ、嫌だ……ッ」

 

 首を振る。立ち上がる力はない。苛立たしげな舌打ちが届いた。

 

「お前の意志など聞いていないと言ってるだろう!」

「嫌だ!」

 

 思い切り腹を蹴られた。その衝撃と痛みに蹲り、何度もえづいてしまう。そうして蹲っている自分の頭を、男が容赦なく踏みつけてきた。

 

「いい加減にしろ……! お前に逆らう権利はない。思い出させなければわからないか!」

「……嫌……だ……!」

 

 痛い。痛い。痛い。

 怖い。怖い。怖い。

 あの日々が、あのどうしようもない毎日が。

 何度も、フラッシュバックして――

 

「………………嫌……だ…………」

 

 けれど、屈することはもっと、怖かった。

 何も知らなかったあの頃とは大きく違う。だから、あの頃よりずっと怖い。

 

 知ってしまった。――僕にも、友達がいるんだと。

 知ってしまった。――僕にも、仲間がいるんだと。

 

 知ってしまった。――失いたくないモノが、あるのだと。

 

「う、あっ……」

 

 踏みつけている足を掴む。その瞬間、再び蹴り上げられた。

 視界はもう、何も映さない。どうした理由で零れたモノか、涙が全てを覆っていた。

 

「あまり俺を怒らせるな。……仕方がない。思い出させてやろう」

 

 思わず、目を瞑る。容赦のない暴力が、また。

 

 ――鈍い音が、響いた。

 けれど、その音の発生源は自分ではなく。

 

「……美咲……?」

 

 目の前で、自分を庇った美咲がその小さな体で男の拳を受け止めていた。

 

「美咲ッ!?」

「……ッ、いったぁ……!」

 

 地面に倒れつつもすぐ体を起こしながら言う美咲。そしてこちらを庇うように男を見据えながら、ごめん、と美咲が言葉を紡いだ。

 

「祇園が我慢してたから、ウチも手を出さないつもりやった。でも、嫌や。こんなん、耐えられへん」

「美咲……」

 

 自分よりも小さな体なのに、遥かに大きなその背中。どうして、とそう思った。

 どうして僕は、上手くできないのだろう――

 

「そうだな。よく言ったぞ、美咲くん」

 

 直後。黒服を着た男たちが現れ、祇園の叔父を拘束した。そして、悠然と一人の女性が歩いてくる。

 

「そして、よく耐えた。よく勇気を出したな、少年。キミのその姿は格好良かったよ。だが――ここから先は、大人の時間だ」

 

 口調こそ、いつもの通り。しかし、その身に纏う雰囲気に明らかな違いがある。

 

「離せ! 部外者が口を出すな!」

「悪いが、その求めには応じられんな。……本来なら、今すぐ貴様を海の藻屑にしてやりたいとさえ思う。だが、それはできない」

 

 男は言葉を発さない。僅か、十八。そんな女性に気圧されている。

 

「それでは少年が耐えた意味が無駄になる。だから、私は手を出さない」

 

 連れて行ってください――澪のその言葉に頷き、黒服が男を引きずるようにして連れて行く。

 その姿が見えなくなるまで、何も言わなかったのは何故なのか。それはわからない。

 だが今は、それよりも――

 

「み、美咲……、顔が……?」

「ん、ちょっと唇切ってしもたね。まあ、大丈夫大丈夫」

 

 口の端から零れた血を拭い、美咲は笑って見せる。祇園は思わず俯いた。

 

「……ごめん」

「ん、何が?」

「巻き込んだ」

 

 あの男は一切の手加減をしなかった。殴られた美咲の頬は赤く腫れており、そんな傷を負わせてしまったことに深く後悔する。

 どうしてだ。本当に、どうして。

 どうして、上手くできないのだ。

 

「ごめん、本当にごめん」

「……祇園が謝ることやないし、謝るんやったら別のことや」

 

 寮の掌で頬を掴まれ、強引に顔を上げさせられる。

 

「一人で頑張るのはええ。せやけど、これは違うやろ。たった一言で良かった。それだけで良かったんや。たったそれだけで、変わったはずなんや」

「そうだな。そこは責めよう。一人ではどうにもならないかもしれないと、そうキミはわかっていたはずだ。キミは真っ向から過去に立ち向かい、否と言った。それは勇気ある行動であったし、評価しようと思う。だが……そこから先は、別の話であるはずだ」

 

 それはわかる。自分でも上手くいかないことはわかっていた。

 けれど、だからこそ巻き込めなかったのだ。

 

「いい加減、理解して。祇園が傷ついてて、ウチが黙ってられるはずがないんや。それが親友や。迷惑なんて思わへん。大切なんや。大切な人なんや、祇園は」

「友というのはそういうモノだ。助け合うことに理由はいらない。たった一言でいい。その一言があれば、私は動くことができる。自惚れではないのなら、キミは私たちを大切に想ってくれている。それと同じぐらい、キミも私たちにとって大切なんだよ」

 

 嗚呼、と思った。

 そうか。そういうことなのか。

 想い合う。そうすることができる。そう思える人たちがいる場所。

 それが、きっと。

 

「……ごめん。それと――」

 

 あの頃にはなかった、居場所というもの。

 

 

「――ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「――礼を言う。ありがとう」

「ありがとうございます」

「……〝祿王〟と桐生プロに礼言われるようなことした覚えはないッスけどね」

 

 夜。文化祭自体は明日まであるが、今日一日で十分として帰ろうとしていた新井に澪と美咲が揃って礼を言いに来た。新井としてはいきなりのことに少々戸惑ってしまう。

 

「キミがあの時言ったように、我々では少年に全てを委ねることはきっとできなかった。それでは何の解決にもならなかっただろう」

「いや、それはそれで正解だとは思いますけどね。ただまあ、やっぱ自分で決めないとなー、とは思うんで」

「本当にありがとうございます。祇園、色々話してくれて。自分のことはほとんど話さへんかったのに、話してくれて」

「そういやさっき言ってたッスね。まあ、いいんじゃないッスか? あんま偉そうなこと言えないけど、二人なら大丈夫って夢神も思ったんでしょうし」

 

 肩を竦める。祇園はあの後、ボロボロの状態で新井に礼を言いに来た。自分の言ったことは大したことではない。むしろあれは卑怯者の物言いだった。なのに、礼を言われた。

 

(偉そうなこと言ってても、結局これだしなぁ……)

 

 お前が決めろ――この言葉は、逃避だ。確かに祇園が決めるべきことではあったが、何かしらの選択肢は用意するべきだった。そしてそれができなかったのは、自分が未熟だから。

 

「いずれにせよ、明日はよろしく頼む」

「ん、了解ッス。夢神の方もきっちり見ときますんで」

「お願いします」

「いいッスよ。どうせ暇なんで。それに、今の夢神かなりヤバそうだし」

 

 少し離れた場所で座り込み、ぼんやりと宙を見ている祇園へと視線を向ける。彼は明日の文化祭を欠席して一日だけ本土に戻るらしい。理由はわからないが、その表情にはどこか思い詰めたモノを感じるのだ。

 

「…………」

 

 それについては、二人も口を閉じて押し黙る。彼がああなっている理由には心当たりがあるのだろうが、新井はそれについて聞くつもりはない。話してくれるのなら聞く。そういうスタンスだ。まあ、これも逃げなのはわかっているが。

 

(他人の人生背負えるほど偉くもねーしな)

 

 惚れた相手や心の底から信用する親友が相手ならともかく、祇園は期待をしているだけの後輩だ。新井は自嘲するが、こうして一定の線引きをするのも一つの真摯な考えではある。

 

「まあ、何かあったら連絡入れますんで。妖花もちゃんと送り届けますよ」

「すまないな」

「十分過ぎるほどバイト代も貰ってますし、いいですよ」

 

 それじゃ――そう言ってフェリーに乗り込む新井。彼は空を見上げ、呟く。

 

「……天涯孤独ってのは、どういう感覚なんだろうな」

 

 自らソレを切り捨てた少年は。

 一体、何を想うのだろうか――

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 自分は、何なのだろう。

 望まれなかった子供と、そう言われた。

 それは、真実なのだろうか。

 

 わからない。

 わかるはずがない。

 父と母はもう、いないのだから。

 

「…………」

 

 答えがわかるとは、思わない。

 ――けれど。

 行かなければいけないと、そう思った。

 

 









逃げることはきっと間違いではないですし、傷つくことがわかっているなら逃げることはきっと正解。けれど、逃げ切れるとは限らない。
夢神祇園という人物が選択した生き方は、きっとそういうものなのでしょう。


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