遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第六十二話 己の世界、その在り方

 

 

 

 風が、吹き抜けた。

 優しく頬を撫でるような風。それを感じながら、如月宗達はゆっくりと目を開ける。

 

「…………」

 

 目の前に広がる光景は、光溢れる場所。

 親も生まれも知らず、己のルーツさえわからない宗達が唯一守りたいと思える場所だ。

 

「お兄ちゃん」

 

 不意に背後から声が届く。振り返ると、そこにいるのは数人の子供たち。皆、DMのカードを手にしている。

 

「どうした?」

 

 問いかける。自分でも驚くくらいに穏やかな声が出た。

 

「デュエル教えて!」

「今日は勝つよ!」

 

 言うと同時、早く、と子供たちがこちらの手を引っ張った。立ち上がり、子供たちの後を追う。

 最早目を閉じていても歩けるほどに慣れた場所。その奥へと歩いていく。

 

 ……何かが、心の奥で疼いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 突如飛ばされた精霊界。そこで十代は精霊であるカイバーマンと向かい合っていた。状況は掴めないが、相手が戦いを望んでいる以上退く手段はない。

 

「戦いである以上、手加減はせん。――俺は手札より魔法カード『調和の宝札』を発動! 手札から『伝説の白石』を捨て、カードを二枚ドロー! 更に白石の効果で『青眼の白龍』を手札に加える!」

 

 現実世界においては伝説の決闘者である海馬瀬人のみが持つ『青眼の白龍』。映像では何度も見たし、祇園が立ち向かう姿を見たこともある。だが、こうして自分が戦うのは初めてだ。

 

「『トレード・イン』を発動! ブルーアイズを捨て、二枚ドロー! そして『青き眼の乙女』を召喚! 更に装備魔法『ワンダー・ワンド』を乙女に装備し、乙女の効果を発動! 伝説を見せてやる――降臨せよ、『青眼の白龍』!!」

 

 青き眼の乙女☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500

 

 現れるのは、〝伝説〟。

 その咆哮が大気を揺らし、こちらの心を折らんと威圧する。

 

『ひぃ~!?』

「ええい鬱陶しい!」

 

 怯えて万丈目の背後に隠れるオジャマ・イエローとそれを振り払う万丈目。翔と隼人の二人は言葉を失った状態でブルーアイズを見つめている。

 

「臆したか?」

「へっ、誰が!」

「これを見てもまだ折れずにいられるか?――手札より魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキから三枚目の『青眼の白龍』を墓地に送り、更に『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を墓地へ。ワンダー・ワンドの効果により、乙女を墓地に送って二枚ドロー」

 

 これだけの動きをしていながら、手札がほとんど減っていない。驚くべきタクティクスだ。

 

「さあ、その目に焼き付けるがいい――魔法カード『龍の鏡』!! フィールド、墓地のブルーアイズ三体をゲームから除外!! 降臨せよ、『青眼の究極竜』!!」

 

 

 ――――――――!!

 

 

 咆哮と共に叩き付けられる、圧倒的な殺気。

 思わず……膝が震える。

 

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 かの〝神〟さえも超えるとされる、事実上たった一人にしか呼び出せない究極のモンスター。

 

「どうした、脚が震えているぞ?」

「…………ッ」

 

 そんなことはわかっている。だが、それでも。

 こうして前にすると、どうしても足が竦む。

 

(祇園は、こんなのを二度も前にして……)

 

 制裁デュエルの時も、後で聞いた大会後のデュエルの時も。

 力及ばずとも、一矢を報いてみせた。

 

「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」

「――ッ、俺のターン! ドロー!」

 

 己を奮い立たせるようにカードをドローする。どの道、やれることは一つだけだ。

 

「手札より『E・HEROエアーマン』を召喚!! 効果により、デッキから『E・HEROバブルマン』を手札に加える! そして『融合』を発動! 手札のバブルマン、スパークマン、フェザーマンで融合!! 来い、『E・HEROテンペスター』!!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 E・HEROテンペスター☆8ATK/DEF2800/2800

 

 並び立つ二体のヒーロー。更に、と十代は言葉を紡ぐ。

 

「永続魔法『一族の結束』を発動! 墓地のモンスターの種族が一種類のみの時、その種族のモンスターの攻撃力は800アップする!!」

 

 E・HEROエアーマン☆4風ATK/DEF1800/300→2600/300

 E・HEROテンペスター☆8ATK/DEF2800/2800→3600/2800

 

 力を増す二体のヒーロー。だが、これでもなお究極の竜には届かない。

 

「それでは我がアルティメットは超えられん!」

「いや――ヒーローにはヒーローの戦うべき舞台がある!! フィールド魔法『摩天楼―スカイスクレイパー―』を発動!! ヒーローが攻撃する時、相手より攻撃力が劣っている場合攻撃力を1000ポイントアップさせる!!」

 

 手札は全て使いきった。だが、そうでもしなければ――届かない。

 

「テンペスターでアルティメットを攻撃!!」

「ぬっ……!!」

 

 カイバーマンLP4000→3900

 

 究極の龍が、英雄の一撃によって粉砕される。

 そして――もう一撃。

 

「エアーマンでダイレクトアタック!!」

「ぐうっ……!」

 

 カイバーマンLP3900→1300

 

 カイバーマンのLPが大きく減る。十代はやった、と呟いた。

 だが、これ以上できることはない。ターンエンドを宣言する。

 

「――成程、見事だ」

 

 ポツリとカイバーマンが呟く。そして彼はそのまま、ドロー、と宣言した。

 

「俺は手札より『竜の霊廟』を発動。墓地に送るのは『真紅眼の黒竜』、そして『メテオ・ドラゴン』だ」

 

 墓地に送られる二体のモンスター。更にカイバーマンは手を打っていく。

 

「『愚かな埋葬』を発動。墓地に送るのは『レベル・スティーラー』だ。――往くぞ、リバースカードオープン! 速攻魔法『銀龍の轟砲』!! 墓地の通常ドラゴンを一体蘇生する! 甦れ、『真紅眼の黒竜』!! 更にレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚!! そして手札より『伝説の白石』を召喚!!」

 

 真紅眼の黒竜☆7→6闇ATK/DEF2400/2000

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 伝説の白石☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 場に並ぶ三体のモンスター。ゆくぞ、とカイバーマンが告げる。

 

「レベル6のレッドアイズとレベル1のレベル・スティーラーに、レベル1の伝説の白石をチューニング!! シンクロ召喚!! 『カオス・ゴッデス―混沌の女神―』!!」

 

 カオス・ゴッデス―混沌の女神―☆8光ATK/DEF2500/1800

 

 現れるのは、白と黒を纏いし混沌の化身。

 混沌の全てを従える、最強の女神。

 

「カオス・ゴッデスの効果発動!! 手札の光属性モンスターを墓地へ送ることで、レベル5以上の闇属性モンスターを蘇生できる! 手札から『青き眼の乙女』を墓地へ送り、甦れ――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!! 更にその効果により、再び降臨せよ!! 『青眼の究極竜』!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800

 

 並び立つ、二体の強大なモンスター。更に、とカイバーマンは告げる。

 

「魔法カード『大嵐』を発動。これで、貴様の場は空いた」

「――――ッ」

 

 一族の結束とスカイスクレイパーが破壊され、十代のフィールドに残るは二体のヒーローのみとなる。

 守る術は――ない。

 

「バトルだ。カオス・ゴッデスでエアーマンを、レッドアイズでテンペスターを攻撃!!」

「うああっ!?」

 

 十代LP4000→3300

 

 十代の場ががら空きになる。残るは、究極の竜の一撃。

 ――これが、最強の力。

 伝説、そのもの。

 

(くそおっ……!)

 

 悔しい。これほどまでに、足りないのか。

 こんなにも――遠いのか。

 

「十代くん!」

 

 己よりも先にこの力に挑み、そして敗れた友の声。

 

(嗚呼、ちくしょう)

 

 三つの首がその咢を開き、こちらを喰らわんと睨み付ける。

 

「――勝てなかった」

 

 その言葉を掻き消すように。

 

「アルティメット・バーストッ!!」

 

 トドメの一撃が、叩き込まれた。

 

 十代LP3100→-1400

 

「粉砕!! 玉砕!! 大喝采!!」

 

 高々とカイバーマンの笑い声が響き渡る。それに呼応するように、竜が静かに嘶いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アルカナ・ナイト・ジョーカーで切り込み隊長を攻撃。超過ダメージで終了だな」

「また負けた~!」

 

 伝説の決闘王、武藤遊戯も使用したという絵札の三剣士――その最終形態である『アルカナ・ナイト・ジョーカー』の一撃により、デュエルが終了する。

 宗達の相手であった少年は悔しがっているが、いつものことだ。この孤児院に現状、宗達と渡り合える者はいない。

 

「もうちょっと手を考えろ。伏せカードなしで切り込みロックかけたところで突破は簡単だ」

「いや、兄ちゃんだけじゃん。簡単とか言うの。祇園お兄ちゃんはやられると困る、って言ってたよ?」

「アイツのその台詞は全く信用できねぇけどな」

 

 全く、と息を吐く。確かに状況次第では強力なロックとなり得る切り込みロックも、手札があれば突破は容易い。まあ、この子たちはまだ幼い。そこまで必死に考え込む必要もないと思うが。

 

「まあ、今は楽しめりゃそれでいいだろうよ」

 

 立ち上がる。同時、入口の方から声が聞こえてきた。

 

「宗達くん、お客様ですよ」

「院長。……誰ですか?」

 

 入口のところにいるのは一人の老婆だ。この孤児院の経営者であり、宗達にとっては育ての親であると同時に命の恩人でもある。

 宗達という名前以外のモノを何一つ持っていなかった彼を受け入れてくれたのが、この院長なのだから。

 

「あなたの友人ですよ」

「んー?」

 

 誰だろうか――そう思いつつ出口へと向かう。その背中に、先程デュエルをした相手である少年が声をかけてきた。

 

「お兄ちゃん、今度は『ろくぶしゅう』でデュエルしてよ!」

「阿呆。百年早ぇ」

「ケチー!」

 

 その返答に思わず笑みを漏らしつつ、部屋を出て行く。照りつける太陽の下、日傘を差した少女がそこにいた。

 

「どうかしら、宗達?」

 

 その問いには、あまりにも多くの意味が込められていて。

 故にこそ、ああ、と小さく頷いた。

 

「吐き気がするぐらいに――良い気分だよ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 鬱蒼と茂る森の中。本来なら不気味でありつつも神聖さを漂わせる場所のはずなのだが、今はその神聖さが失われている。

 周囲に満ちる、純粋な闇。一人の少年が纏うそれが、世界を侵食している。

 

(……気分悪いわ。思い出してまう)

 

 忘れ去ってしまいたい記憶であり、同時に決して忘れてはならない記憶。

 全てが失われ、閉ざされた世界。絶望の空を……思い出してしまう。

 

『…………』

 

 眼前、こちらと相対するのは青い鎧の侍だ。

 六武衆―ヤリザ。宗達を恩人と呼び、付き従っていた精霊。察するに闇に囚われているのだろう。体の周囲を漂う闇と濁った瞳がそれを示している。

 

「ウチとしてはやり合う理由は特にあらへん。接点もない間柄や」

 

 すでに互いにデュエルディスクは展開しており、デュエルが始まっている状態だ。そんな状態にもかかわらず、桐生美咲は言葉を紡いでいく。

 

「そっちが手を引くんやったらこっちも特に戦う気はあらへんけど……」

『…………』

 

 無言のまま、ヤリザがカードをドローした。どうやら相手はやる気らしい。

 

「聞く耳持たへん、と。仕方あらへんなぁ……」

 

 ――永続魔法、『六武の門』発動。

 ――手札より『六武衆―カゲキ』を召喚、効果により『六武衆―ヤリザ』を特殊召喚。

 

「ウチらの目的は侍大将を取り戻すことや。正直、この戦いは蛇足なんやけどな」

 

 ――門の効果により、デッキから『六武衆の師範』を手札に加え、特殊召喚。更に永続魔法『平和の使者』を発動。このカードの効果により、攻撃力1500ポイント以上のモンスターは攻撃できなくなる。

 

 六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ヤリザ☆3地ATK/DEF1000/500

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 

 こちらの言葉が届いているのかどうかさえわからない。

 ただ、まあ。

 

「――そっちがその気なら、仕方あらへん」

 

 ドロー――静かな言葉と共に、美咲は宣言する。

 平和の使者――ヤリザとは非常に相性が良いロックカードだ。美咲のデッキは高火力のモンスターが多いデッキである。故にあれをどうにかしなければならないのだが――

 

「ウチは永続魔法、『神の居城―ヴァルハラ―』を発動。自分フィールド上にモンスターがいない時、一ターンに一度手札から天使族モンスターを特殊召喚できる。『堕天使アスモディウス』を特殊召喚。効果により、デッキから『堕天使スペルピア』を墓地へ。更に魔法カード『愚かな埋葬』を発動、デッキから『レベル・スティーラー』を墓地へ」

 

 堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500

 

 堕天使の力が発動し、周囲に闇が満ちる。だがその闇は全てを呑み込むような力ではなく、むしろ逆。何もかもを捻じ伏せ、振り払う力だ。

 

「フィールド魔法、『天空の聖域』を発動。そして天空の聖域がある時、このモンスターは特殊召喚できる。――『死の代行者ウラヌス』を特殊召喚。効果発動、デッキから『裁きの代行者サターン』を墓地へ。更にレベル・スティーラーの効果を発動、ウラヌスのレベルを一つ下げ、特殊召喚」

 

 死の代行者ウラヌス☆5→6→5闇・チューナーATK/DEF2200/1200

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 漆黒の翼を持つ闇の代行者。闇が、更にその濃さを増す。

 

「レベル1のレベルスティーラーに、レベル5のウラヌスをチューニング。――シンクロ召喚、『獣神ヴァルカン』。効果により、ヴァルハラと平和の使者を手札に。――『神秘の代行者アース』を召喚。効果発動。天空の聖域があるため、デッキから『マスター・ヒュペリオン』を手札に」

 

 獣神ヴァルカン☆6炎ATK/DEF2000/1600

 神秘の代行者アース☆2光・チューナーATK/DEF1000/800

 

 次々と展開されていくモンスターたち。容赦をするつもりはない。あちらがこちらを潰す気でかかってきている以上、こちらが迷う意味はないのだから。

 

「レベル6のヴァルカンに、レベル2のアースをチューニング。王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力をここに。シンクロ召喚――『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」

 

 竜の咆哮。その圧倒的な力が、衝撃波となって宙を踊る。

 紅蓮の悪魔――その力は、正しく強大。

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 

「墓地のウラヌスを除外し、マスター・ヒュペリオンを特殊召喚」

 

 マスター・ヒュペリオン☆8光ATK/DEF2700/2100

 

 天空の聖域に座す、高位天使が一角。マスターの名を持つ光の代行者が降臨する。

 

「さて、本来ならマスター・ヒュペリオンで露払いするところやけど……必要もあらへんな」

 

 まるでオーケストラの指揮者のように軽く手を振る美咲。

 それだけで――全てが終わる。

 

 ヤリザLP4000→-1400

 

 崩れ落ちるようにその場に倒れ込むヤリザ。ふう、と美咲は息を吐く。

 

『終わりましたか?』

 

 そんな美咲に声をかけるのは、蒼い髪をした小柄な天使だ。美咲は背後からのその声に振り向かぬまま、言葉を紡ぐ。

 

「大本は澪さんに任せてるから、何とも言えへんなぁ」

『……それで良いのですか?』

「侍大将を一方的に捻じ伏せるとなると、この場では澪さんが一番適任や。正直、ウチでも油断したら喰われかねへん。特に今の状態やと尚更や」

 

 相手は〝邪神〟。生半可な覚悟と戦術では太刀打ちできない。

 

『わかりました。ですが、あなたの使命についてはくれぐれもお忘れなきよう』

「……わかっとるよ」

 

 この返事を聞いてか否か、背後から気配が消える。美咲は再びため息を零した。

 

「あんな未来、絶対に……認めへん」

 

 小さく、今にも消え入りそうな声で。

 彼女は、そう呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 肌に纏わりつくような、湿った感触。先程まで雲一つない晴天だった空が、灰色に染まっていく。

 

「あら、どういうことかしら?」

 

 雪乃が――否、『雪乃の形をした何か』が、記憶の中にいる彼女のように首を傾げる。その姿が、どうしようもなく不愉快だった。

 

「くだらねぇ真似だな。その姿を俺の前で騙るんじゃねぇよ。俺に殺されてぇのか?」

「何の話――」

「――ただ居心地の良い夢を見せるだけってんなら、しばらく様子を見ようと思ってたけどな。人の内側に土足で上がり込んで来られて黙ってるつもりはねぇんだよ」

 

 明確な殺意と怒気を孕んだ言葉。一歩、宗達がその足を前へと踏み出す。

 瞬間、ぐにゃりと。

 少女の顔が――大きく歪んだ。

 

〝夢を、夢のままに見ていればいいモノを〟

 

 世界が――景色が変わる。

 もう戻れない、思い出の場所。生まれ育った孤児院は消え、周囲に広がるのは無限の荒野。実も花も付けていない木々が申し訳程度に生えているだけで、その他には何もない。

 果てさえ見えぬ無限の荒野。降りしきる雨が、空の色さえも覆い隠している。

 

「夢、ね」

〝そう、あれは貴様の望んだ世界。望んだ理想。貴様が心の底より求める結末よ〟

「…………」

〝叶わぬが故、夢と呼ぶ。結実せぬが故、理想と呼ぶ。何が不満だ――ニンゲン?〟

 

 理想の世界。成程確かにその通りだ。アレは如月宗達にとってどんな場所よりも居心地の良い世界だった。

 暖かで、優しくて。

 どうしようもなく……美しい。

 

〝ニンゲンとは実に醜い生物だ、虫けらと呼ぶことさえ躊躇するほどに〟

 

 姿が変わる。現れたのは、立派な髭を蓄えた壮年の男性だ。スーツを着こなし、その表情からも生真面目さが伺える。

 見覚えがある。否、違う。これは――この姿は。

 

〝その様に成り果てていながら。そんなにも無様な生を享受していながら。それほどまでに――希望を望む?〟

 

 再び姿が変わる。次いで現れたのは、髪を金色に染め、サングラスをした若い男だ。

 

〝この雨は何だ? 雨とは恵み、生命の基礎。降り止まぬ雨は、貴様の希望そのものではないか?〟

 

 そして、最後に姿を現したのは、一人の平凡な男性。それこそ一目見ただけでは記憶にも残らない、どこにでもいるような男。

 この男を、如月宗達は知っている。この男だけではない。

 ――心の中に、彼らはいた。

 如月宗達の、最も深い場所に。

 

〝貴様を棄てた親とやらは、どんな姿だったのだろうな?〟

 

 顔さえ知らぬ、自分を産み落とした両親。

 最初は、立派な親を想像した。

 次いで、自分を捨てるような酷い親を想像した。

 最後に――どこにでもいる〝誰か〟へと落ち着いた。

 あれは、そんな宗達が思い浮かべた〝親〟の姿。

 

〝雨が降り続けば――希望を抱き続ければ、いつか花実が咲くとでも思ったか? 石造りの木に花実が咲く道理などありはしないというのに!〟

 

 鈍い音を立て、〝邪神〟が触れた木が崩れ去る。その木は――否、石は脆くも崩れ去り、雨に濡れた破片が地面と混ざり同化する。

 

〝世界は、醜い〟

 

 それでも世界は美しい――そんな戯言を紡いだのは、誰だったか。

 

〝そうは思わぬか――なぁ、虫けら〟

 

 きっと、その者は恵まれていたのだろう。

 

〝滅ぼせばいい。そうだろう? これほどまでにままならぬのだ。憎悪せよ、嫌悪せよ、この世にはびこる悪意の総てを以て――世界を、滅ぼせ〟

 

 何故ならば。

 人は、己の望まぬ結末を決して認めることができない生物なのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 向かい合い、確信する。成程、大した圧力だ。

 これが――これこそが、〝邪神〟の力か。

 

『〝王〟などと呼ばれても、所詮は虫けら。我に抗うことは叶わぬ』

「弱った身でよく吠えるモノだな」

 

 肩を竦め、軽く応じる。相手が誰であろうと、烏丸澪は揺らがない。揺らぐ意味もない。

 力持つ者と殺し合えるのだ。それ以外、何を望むというのか。

 ――だと、いうのに。

 烏丸澪は、それだけでいいはずなのに。

 

(……不愉快だ)

 

 目の前にいる存在が。自分にとっては対して興味もないはずの相手が。

 どうしようもなく、心を苛立たせる。

 

「だから寄生したのか。宿主の肉体を、変質させてまで」

『この虫けらが望んだ結末よ、全てはな』

「別に責めようとは思わんよ。どうでもいい話だ。力を求めた結果、力に食い殺される話など古今東西有り触れている」

 

 個人の選択の結果だ。それについて何かを言える程に澪は如月宗達という人間を知らないし、知るつもりもない。所詮は他人だ、関係ない。

 だが、今回は話が別。自分にとってはどうでもいい存在でも、自分の周囲にはそう思わない者もいる。

 彼らがどうにかできる話なら手出しはしない。だが、これは別だ。彼らに〝アレ〟は荷が重過ぎる。

 

「だから、というべきか。今回は運が悪かったとして諦めろ。この場において私以外に貴様の相手をできる者がいなかった。私がここに立つ理由はそれだけなのだからな」

『傲慢だな』

「私を〝王〟と呼んだのは貴様らだろう? 王が傲慢で非ずして、誰が傲慢に振る舞える?」

『大した暴君だ』

「私には臣下はおらず、また、民もいない。小さなマンションの一室のみが私の領土だ。暴君であったとして、何の不都合がある?」

 

 名君であることも、暴君であることも全て民草がいてのこと。烏丸澪にはその民はいない。一人きりの王国の、独りきりの暴君。それですでに完結している。

 

『裸の王か。何故その王が、この肉体に拘る?』

「それ個人に思い入れはない。壊れるなら壊れたところで興味もなければ、それこそ貴様が世界を滅ぼそうと知ったことではない話だ。だが、その坊やは私のお気に入りにとって大事な世界の一欠片でな。私は彼の苦悩する様はあまり見たくない」

 

 故に、と澪は宣言した。纏う空気が変わり、周囲の闇が彼女から僅かに退く。

 

「――貴様を倒そう、〝邪神〟」

『〝王〟如きが神に挑むか――裸の王とはここまで暗愚なモノだったとは』

「人の中心に立ち、時には〝神〟にさえも牙を剥く。それが貴様らの言う〝王〟だろう?」

 

 ほざけ、と〝邪神〟が嗤った。

 こちらを見下し、闇が哄笑する。

 

『太陽に近付き過ぎた愚者の翼を焼いたのは、神の怒りだ』

「ならば試せばいい。太陽を模しただけの紛い物に、私を地に這い蹲らせることができるかどうかを」

 

 言葉に、〝邪神〟の纏う空気も変わった。虫けら、と地を這うような声で告げる。

 

『驕りはその身を滅ぼすぞ』

「ならば滅ぼしてみろ。私程度、簡単に滅ぼしてくれるのだろう?」

 

 元より、言葉でどうにかできるとは思っていない。殺し合いの結果がどうなるかという話でしかないのだ。故に、これまでの言葉に大きな意味はない。

 あるとすれば、まあ、何というか。

 

(挑発だな)

 

 折角、力の大半を失っているとはいえ〝神〟とこうして殺し合いができるのだ。全力でやってもらわなければ困る。

 

(私の底を、私は知りたい)

 

 自分でも把握できない力。あの男に言わせれば『どんな場所でも頂点に立てる才能』とのことだが、それがどういう意味を持っているのかがわからない。

 故に、知りたい。

 どこが、己の終着であるのかを。

 

「「――決闘」」

 

 静かに告げる。先行は――こちらだ。

 

「私のターン、ドロー。私は手札から魔法カード『トレード・イン』を発動。『暗黒界の龍神グラファ』を捨て、二枚ドローする。更に手札より『クリバンデット』を召喚」

 

 クリバンデット☆3闇ATK/DEF1000/700

 

 現れるのは、海賊のような装いをしたクリボーだ。その姿を認め、ターンエンド、と澪は宣言する。

 

「エンドフェイズ、クリバンデットの効果発動。このカードが召喚に成功したターンのエンドフェイズ時、このカードを生贄に捧げることでデッキからカードを五枚めくり、魔法・罠カードを一枚手札に加えることができる。そしてそれ以外のカードは墓地に送る」

 

 捲られたカード→暗黒界の門、暗黒界の術師スノウ、魔轟神グリムロ、魔轟神クシャノ、レベル・スティーラー

 

 捲られたカードは正に理想の形。小さく笑みを零し、澪は『暗黒界の門』を選択する。

 この、全てが思い通りに行っているかのような感覚。全能感、とでも言うべきか。これを感じている間は、〝祿王〟に敗北はない。

 ――その、はずだというのに。

 

(……何だ、この違和感は)

 

 自分の知らない『何か』が蠢いているような、そんな感覚。

 くっ、と〝邪神〟が嗤った。歪み切った、人に非ざるモノの笑み。

 

『流石は、虫けらの中でも最上位のイキモノなだけはある』

 

 ドロー、という言葉と共に。

〝邪神〟が、動く。

 

『手札より『調和の宝札』を発動、攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、二枚ドローする。『ラブラドライドラゴン』を捨て、二枚ドロー。そして、『ドラゴラド』を召喚。効果により、墓地から攻撃力1000以下の通常モンスターを蘇生する。ラブラドライドラゴンを蘇生』

 

 ドラゴラド☆4闇ATK/DEF1300/1900

 ラブラドライドラゴン☆6闇・チューナーATK/DEF0/2400

 

 並び立つ二体のモンスター。〝邪神〟が、吠える。

 

『仰ぐがいい、虫けらには決して届かぬ天上に座す力を。――天よ、運命よ、事象の理よ、巡る天輪に乗せ此処に結実せよ――『天穹覇龍ドラゴアセンション』』

 

 薄暗き森の中であるが故に、空は見えない。だが、澪は確かに視た。

 天高く広がる、限りなき〝蒼〟を。

 

 天穹覇龍ドラゴアセンション☆10光ATK/DEF?/3000→4000

 

 レベル10――その強大な牙が、〝王〟の命を狙い撃つ。

 

『運命など、我らにとっては戯れに過ぎん。決して届かぬからこそ、我は〝神〟なのだ』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 降りしきる雨が、頬を叩く。痛いくらいに、冷たい雨。

 往々にして雨というのはネガティブなイメージが付きやすい。だが、それは日本のように望めば手に入るモノがないというある種天国のような国で生まれ育ったからこそだ。

 雨とは、恵み。

 古代より多くの者が望み、祈り、時にはその命さえも差し出した。どれだけ文明を築こうと、発展しようと、進歩しようとも、水が無ければ生きていけない。

 成程、希望だ。

 この雨は、如月宗達にとっての希望。

 願いであり、夢そのもの。

 

「憎む、か。……いいな、それ。多分、それが一番なんだろうな」

 

 実際、今の自分は世界を憎んでいる。このどうにもならない世界を。どうしようもない毎日を。

 けれど、それは。

 

「でも、無理だろ」

 

 たとえ、心の奥底がどうであっても。

 感情が、それを認めていたとしても。

 

「その先には、何もないだろうが」

〝それで貴様は納得できるというのか?〟

「納得とかそういうんじゃねぇだろ。違うんだよそれは。未来がないんだから」

〝――愚かな〟

 

 まるでこちらを侮蔑するように、〝邪神〟は言う。

 

〝所詮は世界に係合するだけの虫けらか〟

「何とでも言え。だがな、勘違いするんじゃねぇ。俺はこの世界を認めたわけじゃない。理不尽で、不条理で、残酷で。弱い奴ばっかりが泣き続ける世界を、認めるわけにはいかねぇ」

〝だが憎まぬというのだろう? ならば同じだ〟

「いいや、憎むさ。憎んだ上で憎まない。……つーかテメェ、何様だよ?」

 

 熱い、と思った。同時、宗達の周囲に焔が満ちる。

 紅蓮の、雨の中でも燃え盛るは――矛盾の焔。

 

「人の心に土足で踏み込んでくんじゃねぇ。――殺されてぇのか?」

 

 己の中の感情と理屈。相反するものを同時に抱え、その中で人格を形作る。

 それを、世界は『人』と呼ぶのではなかったか。

 

「俺の道理は俺が決める。そこをどけ、〝邪神〟」

 

 世界が、燃える。

 中心に立つ少年は、果たして――

 

◇ ◇ ◇

 

 

 バトル・フェーダー☆1闇ATK/DEF0/0

 

 澪の眼前にいるのは、相手の攻撃を防ぎ、更にバトルフェイズを強制終了させるモンスターだ。そのモンスターの登場にも、〝邪神〟は笑みを浮かべるだけ。

 

「私のターン、ドロー。……魔法カード『暗黒界の取引』を発動、互いに一枚ドローし、カードを一枚捨てる。私は『暗黒界の狩人ブラウ』を捨て、効果により一枚ドロー」

『くく……『ガード・オブ・フレムベル』を捨てる』

 

 手札を改めて確認する。相手の場には攻撃力4000のモンスターが一体。成程、強力だ。そして相応の力も感じる。

 だが……それだけだ。

 相手は〝邪神〟。天穹覇龍、といったか。力持つ龍のようだが、本来の使い手でないならばその力も十全ではない。

 

(とはいえ、〝邪神〟が出ればそれだけでこちらが詰みかねん、か)

 

 見てみたい気もするが、少々リスクが大きいこともわかっている。一度、かの〝弐武〟が持つ〝邪神〟の全開を見たことがあるが、アレは無策で相手をしていいモノではない。

 そうなると、出てくる前に潰すのが定石だ。

 相手の切り札を待ち、それを受け止めた上で潰すのがタイトルホルダーという存在だ。プロとして試合を盛り上げる必要があるというのもある。

 だが、今は試合ではない。殺し合いだ。

 

(過程が全力であり、結果が答えだ。慮るつもりはない)

 

 後ろ髪を引かれるが、まあ、それはそれ。

 その後悔も、結果の後についてくる。

 

「先に言っておこうか」

 

 フィールド魔法、『暗黒界の門』発動。

 墓地の暗黒界の狩人ブラウを除外し、『暗黒界の軍神シルバ』を捨て、一枚ドロー。シルバの効果により、自身を蘇生。

 

「私はその坊やが結果として死のうと興味はない。幸い、この場で状況を見ているのは美咲くんだけだ。その美咲くんも離れた場所にいるが……まあ、見られたとて問題はなかろう。彼女は戦士だ。それも、もう取り返しのつかない場所にいる純粋な戦士。故に、私の結果を否定はできない」

 

 手札より、『魔轟神チャワ』の効果を発動。手札の『魔轟神ガナシア』を捨て、特殊召喚。ガナシアもまた、捨てられたことにより特殊召喚。

 

 暗黒界の軍神シルバ☆5闇ATK/DEF2300/1400→2600/1700

 魔轟神チャワ☆1光・チューナーATK/DEF200/100

 魔轟神ガナシア☆3光ATK/DEF1600/1000→1800/1000

 

 並ぶのは三体のモンスター。答えは、一つ。

 

「レベル5、暗黒界の軍神シルバとレベル3、魔轟神ガナシアにレベル1、魔轟神チャワをチューニング。――シンクロ召喚」

 

 呼び出すのは、世界でも僅かしか存在しない、最強の一角。

 それぞれ一枚ずつしか存在しない五竜よりも更に上、その力ゆえに封印されていた魔龍が降臨する。

 

「天の覇者が相手ならば、こちらは世界そのものを終わらせた極氷の龍で相手をしよう。――『氷結界の龍トリシューラ』」

 

 氷結界の龍トリシューラ☆9ATK/DEF2700/2100

 

 世界が、染まる。

 薄暗い森が一瞬にして氷による銀世界へと染め上げられ、眼前、龍は砕け散る。

 吐く息さえも凍りつくような世界。どうした、と澪は言葉を紡いだ。

 

「震えているぞ、寒いのか?」

『……虫けら……!』

「大丈夫ならば問題ない。私は手札より『暗黒界の術師スノウ』を召喚し、手札に戻すことでグラファを蘇生する」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 

 現れるのは、最強の暗黒界。だが、烏丸澪の一手はここでは終わらない。

 

「本来ならばここで終わりとしてもいいが……それでは納得せんだろう? 魔法カード『アドバンス・ドロー』。レベル8モンスターを生贄に捧げ、二枚ドローする」

 

 このふざけた喜劇も、ようやく終幕だ。

 

「――速攻魔法、『デーモンとの駆け引き』を二枚発動」

 

 地の底より、ソレは現れる。

 狂気を纏いし、暴虐の竜が。

 

「力には、力。過ぎたる力には、狂気こそが最適解だ」

 

 バーサーク・デット・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0

 バーサーク・デット・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0

 

 並び立つ、二体の狂竜。行け、と澪は静かに手を振った。

 

「――滅びろ、〝邪神〟」

『――――』

 

 邪神LP4000→-5700

 

 轟音と爆音が響き渡り、氷の世界が砕けていく。澪は口元よりわずかに白い吐息を零し。

 

「この程度か。……くだらんな」

 

 静かに、そう呟いた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「起き上がれるなら、勝手に立って帰ってくるといい」

「……手を貸してはくれねぇんだな」

「キミの選んだ結末だろう? そう容易く手を借りられるなどとは思わんことだ」

 

 見下ろす側と、見下ろされる側。

 戦いがどんなモノであっても、どんな理由であったとしても。

 勝者と敗者だけは、必ず生まれる。

 

「それに、私の手を借りるという現実をキミは許容できるのかな?」

「…………」

 

 返答は、無言。

 理解はしている。他の誰かならばともかく、この少年は自分の手を借りることだけは許容しない。それは、間違いのない事実だ。

 

「まあ、立てるようになったならば戻ってくるといい。私としてはどうでもいいが、キミの周囲にいる者たちは心配しているようだぞ」

「……ありがたい話だな」

「得難いモノだろう。大事にすべきだ」

 

 言うと、その場を立ち去ろうと背を向けた。背後から、なあ、とこちらに声が届く。

 

「どうでもいいなら、どうして来たんだ?」

「……少年たちが心配していた。そして、私ならどうなるかはともかく何かしらの結果は用意できる。故に来た。それだけだ」

「何だよ、それ」

 

 苦笑が響く。そして、ポツリと。

 その少年は、問いかけた。

 

「あんた、祇園のこと凄ぇ気にかけてるみてぇだけど……どうしてだ?」

「さて、な」

 

 振り返り、微笑を浮かべる。

 それはいつものような作られた〝王〟としての笑みではなく、純粋な笑み。

 

「それを私も知りたいと、そう想う」

 

 それ以上、話すようなことはなかった。相手もまた、無言で横たわっている。

 ただ、最後に。

 

 

「――――――――ちくしょう」

 

 

 小さな、そんな声が聞こえてきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 出迎えたのは妖精竜だ。すでに美咲の方も終わらせていたらしく、こちらを待っていた。

 

『礼を言います、人の王よ』

「礼には及ばんさ。私は私の都合でここにいるだけだ。今回は偶然、それが貴様らの益となっただけに過ぎん」

 

 妖精竜の言葉に、澪は腕を組んだ状態で応じる。妖精竜エンシェント――精霊たちの中では重要な損愛であり、実際それだけの力を有しているのはわかっている。だが、どうにも気に入らないのだ。

 

『しかし……人の子が〝アレ〟を手にするとは。先に待つのは滅びだけだというのに』

「それが人の選択だ。何のリスクも負わずに欲しいモノが手に入るわけがない。欲するならば覚悟と共に踏み込まなければ何もできん」

『やはり度し難い。やはり、その出自故でしょうか』

「――妖精竜」

 

 真っ直ぐに、妖精の竜を見据える。大した威圧感だ。だが、恐怖はない。

 

「貴様らにしてみれば、我々人間など生きて精々八十年の泡沫のようなモノに過ぎんのだろう。私もそれは否定しない。〝王〟と呼ばれようと、〝怪物〟と呼ばれようと。所詮は私も人だ。

 ――だが、だからこそ人はその刹那に理想を抱き、夢を見る。

 否定はさせんよ妖精竜。私には理解が及ばない夢であり理想であり野望。それをあの坊やは持っている。私個人にとってあの坊やはどうでもいい存在だが、それを否定することだけは許さん」

 

 個人の夢や理想を笑うことを、烏丸澪は認めない。

 ――何故ならば。

 それは、叶わぬと知りつつずっとそれを追い続ける一人の少年の否定となるが故に。

 

『いずれ、その過ぎたる慾が世界を滅ぼすとしてもですか?』

「たった一人に滅ぼされる世界の何を慮る必要がある? 滅びたならばその時はその時だ」

『傲慢ですね』

「私は〝王〟だが民も領土も持たぬ裸の王だ。傲慢であろうとなかろうと、世界に何の関係もない。私にとって世界が何の関係もないようにな」

『それだけの憎悪を抱えながら、ですか?』

「――――」

 

 無言。その問いに応じることはなく、ただ視線を以て応じる。

 踏み込むな、と。

 そこは余人の踏み込んでいい領域ではない、と。

 

「……無駄なことを話した。行こう、美咲くん」

「はい」

 

 ずっと会話に参加せず、離れた場所で黙り込んでいた美咲が頷く。こういう時、彼女の気遣いはありがたい。

 その場を立ち去ろうとする二人。その背に、妖精竜が言葉を投げかけてきた。

 

『人の王。これは予言であり、忠告です』

 

 足を止める。振り向かぬこちらに、妖精竜が言葉を飛ばした。

 

 

『――あなたは、その生涯においてあなたが最も愛する者に殺されます』

 

 

 知らず、口元に笑みが浮かんだ。

 何だ、そんなこと。

 

「それは嬉しい情報だ」

 

 もし本当に、自分の最期がそんな形ならば。

 

「私は、誰かを愛せるということか」

 

 あの日自分から離れていった彼女たちの心。

 自分の周囲にいる者たちの心。

 それが少しでも……わかるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 ただいまと、そう言った。

 おかえりと、彼女は言った。

 ありがとうと、そう言った。

 どういたしましてと、彼女は笑った。

 

 

 理由は、いつだって一つだけ。

 それだけでいいと……そう思う。

 

 ――だから、これでいい。

 いずれ破綻することがわかっていても。

 それでも、これでいい。

 これが、自分で選んだ道だから。








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