遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

7 / 104
第五話 強さの意味、勝利への誇り

 デュエリスト・キラー。三沢が口にしたあまりにも不穏当なその呼び名に、祇園も十代も戸惑いを隠せなかった。如月宗達。デュエリスト・キラーなどと呼ばれている彼自身は目つきこそ悪いが悪い人間には見えず、それが余計に疑問を生む。

 会場内もざわめいたままだ。祇園たちが最後の組であったために試験そのものは終了しており、それもあって周囲の視線がこちらに集中している。

 そんな中、祇園は改めて宗達を見た。彼は三沢の言葉を否定することはせず、口元には笑みを浮かべている。それだけを見ると三沢の言葉を肯定しているようにも見えるが、しかし、祇園はその目が気になった。

 

(……あの目……)

 

 どこか寂しげな、そんな瞳。口元の笑みとは対照的なその瞳を見て、祇園は『違う』のだと確信する。

 しかし、祇園が何かを口にする前に宗達は一度目を閉じると大仰に肩を竦めてみせた。

 

「いきなりご挨拶だな、おい。まあ否定はしねぇけど。俺は所謂『良い生徒』じゃねぇことは確かだし、アメリカに行ってた理由の半分もそれだしな。……ま、とはいえ今日は試験日みたいだし大人しく退散するよ」

 

 そんなことを言い放つと、宗達は未だ座り込んだままの雪乃の下へと歩み寄った。そのまま彼は、雪乃に向かって手を差し出す。

 

「ほれ、雪乃。手ェ貸せ」

「…………」

 

 無言のまま雪乃は宗達の手を取ると、その手を支えにして立ち上がった。どうやら二人は知り合いらしい。まあ、宗達の態度からして想像はできたが。

 ただ、雪乃は俯いたまま顔を上げようとしない。その雪乃に向かって、宗達が言葉を紡ぐ。

 

「いやー、島に戻ってきたのなんざ久し振りだから迷っちまった。広いなこの島。よくわかんねぇ施設とかもあるしよ」

「……いつ、帰って来たのかしら?」

 

 静かな問いかけ。決して大きい声ではないのに、その声は嫌に響き渡った。一部の男子生徒からは小さな悲鳴さえ上がっている。

 だが、宗達はそんな雪乃の様子に気付いていないのか、声の調子を変えることなく言葉を紡ぐ。

 

「着いたのは今日の朝だな」

「……何故、私に『帰る』と連絡がなかったのかしら?」

「ん? そりゃオマエ、驚かそうと思ってだな。驚いただろ?」

 

 鈍感である十代でさえも雪乃から発せられる謎のオーラによって後ずさっている状況。しかし、当事者である宗達には気付く気配がない。

 ――そして。

 

 パシンッ、という乾いた音が響いた。

 

 宗達の頬を、雪乃が思い切り叩いた音だ。

 

「ええ、驚いたわ。……ばか」

 

 目に涙を溜めた状態で、雪乃は言い。

 足早に、この場を立ち去って行く。

 その背中を見送った、『デュエリスト・キラー』と呼ばれる男は。

 

「……あー、悪ぃ。誰か校長室まで案内してくんねぇ?」

 

 叩かれた頬を掻きながら、苦笑と共にそう言った。祇園と十代が、小さく頷く。

 

 ――試験は、ここで終了を迎えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 校長室前の廊下。そこで祇園は十代と共に宗達を待っていた。鮫島校長に用があるのは宗達一人であり、同席する意味もないとしてのことだ。

 ちなみに先程まで翔や隼人、三沢もいたのだが三人は先に戻っている。それぞれ今日の試験で疲れたとのことだ。

 とはいえ、ここに来る途中で三人を含めた六人で様々なことを話した。特に三沢は別に宗達のことを嫌っているわけではなく、厳しいことを言ってしまったことを宗達に詫びていた。宗達自身、自分がそう言われていることは知っているとのことで特に怒ることもなかったため、問題も起こっていない。

 ただ、祇園としてはアカデミア中等部で『デュエリスト・キラー』と呼ばれていたことについて話す彼の表情が暗かったのが妙に気になったのだが……。

 

「遅ぇなあ、宗達の奴。何話してるんだろ?」

「一年近くアメリカに行ってて、今日いきなり帰って来たって言ってたから……色々と報告とかがあるんじゃないかな?」

 

 来る途中に聞いた話によると、宗達は中等部で優秀な成績を修めていたために海外にあるアメリカ・アカデミアに短期留学していたらしい。卒業の少し前からで、向こうにいた期間は大体九ヶ月くらいになるとか。

 その九ヶ月の間にアメリカ・アカデミアでは上位に入り、プロも参加する全米オープンで入賞まで果たすのだからその実力は相当なものだろう。本人はふざけていたが、祇園にはそれもある種の『ポーズ』に見える。

 祇園にデュエルの楽しさを教えてくれた『彼女』もそうだ。本気を出せばそれこそもっと上に行けるだろうに、そうしようとしない。

 かといって、自信がないわけではない。むしろ逆だ。自信があるからこそ本気を出さないのだ。

 自分の力は自分自身が一番理解している。そしてそれに誇りを持っているからこそ、ああも余裕を持って振る舞えるのだ。

 

「あー、早くデュエルしたいぜ~!」

 

 体を震わせながらそんなことを言う十代。その姿に苦笑しつつ、祇園は校長室の扉へ視線を送った。

 如月宗達――寂しげに笑う彼の目を、思い出しながら。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「つーわけで、戻りました」

 

 頭を掻きながら、九ヶ月の短期留学より帰って来た少年――如月宗達が面倒臭そうに校長である鮫島とその隣に控えている技術指導最高責任者、クロノスへと報告する。そんな彼の態度に、クロノスが憤慨した様子で言葉を紡いだ。

 

「何なノーネその態度ーワ!? 中学時代に優秀だからといって、ここで通用するとは限りませンーノ!」

「そう言われても。向こうじゃ敬語なんてありませんでしたし、完全に実力主義の場所だったんで。いきなりこっちの流儀に適応しろっつっても無理ッスよ。むしろ敬語を忘れてなかった自分に驚いてるくらいなんですから」

「ムキー!」

「まあまあ、クロノス先生。それくらいに」

 

 挑発するような宗達の物言いに対して怒りを見せたクロノスを鮫島が窘める。そのまま、鮫島は宗達に向かってにこやかな笑みを向けてきた。

 

「それで、如月くん。向こうはどうでしたか?」

「どうもこうも、こっちと変わらな……いや、向こうの方が感覚的には手強かった気がしますね。流石にペガサス会長の生まれ故郷、デュエルモンスターズの本場だとは思いました」

「ふむ、成程。キミの目から見て、やはり本校の生徒のデュエリストレベルは低いと?」

「今日雪乃――藤原とデュエルしてた夢神祇園と、万丈目のボンボンを倒してた遊戯十代。あとはあの、み、み……三沢? だったかな? この三人は強いんじゃないスかねー。あ、藤原と天上院は中学時代からそれなりに強かったんで別枠で」

 

 受け取り方によっては傲慢そのものとも取れる宗達の台詞。だが、鮫島に不快に思った様子はない。中学時代に鮫島が宗達と会話をした時もこんな感じだったのだ。

 だが、クロノスは黙っていられない。自分が担当するブルーの生徒から名前が出てこなかったこともあり、祇園に向かって言葉を紡ぐ。

 

「ふん、シニョーラの噂は私も聞いておりまスーノ。ドロップアウト同士庇い合うとは、やはり所詮――」

「――さっきからうっせぇなグダグダと。何がドロップアウトだ。今日の試験見た限りじゃ、ブルー生なんざ向こうじゃ入学さえさせて貰えねぇレベルだよ、技術指導最高責任者」

「な、なな……!」

 

 明らかな侮蔑の言葉に、クロノスがわなわなと肩を震わせる。そのまま、顔を赤くして言葉を紡いだ。

 

「ふんっ! シニョーラこそ調子に乗り過ぎでスーノ! 退学を免除する代わりに海外へ追放された分際で……!」

「見解の相違だな。俺はそこの鮫島校長に『残ってくれ』って言われたから残ったんだぜ? 当時の俺には雇ってくれる企業もあったし、プロデュエリストになることはできた。むしろなるつもりだった。だってのに、『退学になった者がプロデュエリストになるなどアカデミアの風聞に関わる』って泣きついてくるから武者修行って名目で手ェ打ったんじゃねぇか」

「むぎぎ……!」

 

 そのことは聞いているのだろう。クロノスが悔しそうに唸る。鮫島を見ると、こちらも困った表情をしていた。

 ――如月宗達。デュエルタクティクスは『帝王(カイザー)』とまで呼ばれる三年生、丸藤亮に並ぶ才能があるとされながら、その素行の悪さ故に彼とは違いその評価が芳しくない。

 特に宗達とカイザーの違いは、カイザーの操る流派が掲げる『リスペクトデュエル』に対しての意見だろう。カイザーの語るリスペクトデュエルとは、相手の全力を見極めた上でそれを更なる力で叩き潰すというもの。それ故にカウンタートラップを代表とする妨害系のカードは邪道とされ、卑怯と謗ることさえある。

 対し、宗達は違う。相手の全力をそれよりも上の力で叩き潰す――そんなものはリスペクトではなく、ただの傲慢だと当時彼の目の前にたったカイザーとは別のサイバー流の使い手に言い放ち、その上で勝利してみせた。だが、彼の勝ち方はサイバー流にとっては許し難いもの……即ち、相手を妨害しながら勝利を得るというものであり、当時すでに神格化されていたカイザーの人気もあって彼は一気に卑怯者扱いされることとなる。

 だが、それでも宗達が敗北することはなかった。彼がサイバー流の者と問題を起こしたのはアカデミア中等部入学のほとんど直後。それからカイザーが卒業するまで……否、卒業してからも彼は学内において公式・非公式問わず無敗を誇っている。

 期待されたカイザー・丸藤亮とのデュエルは行われることはなく、また、知る者は少ないが三年生の頃に彼が起こした決定的な事件を切っ掛けに宗達はアメリカへと留学することになった。

 

「で、校長先生。いつになったら俺はカイザーと戦えるんですか?」

 

 未だ呻いているクロノスを無視し、鋭い視線を宗達は鮫島へと向ける。そう、宗達はずっとその時を待っているのだ。雪乃のことを除けばアカデミアに対して抱く感情としてこれ以上のものはない。

 一部では宗達がカイザーとのデュエルを避けていたという噂があるが……アレは逆だ。むしろ宗達はずっとカイザーと戦いたいと思ってきた。

 だが、叶わなかった。理由はわかっている。鮫島だ。カイザー流の師範も務めていたこの男が、自分とカイザーを戦わせないようにしているのだ。

 案の定――

 

「キミたち二人のデュエルには私も興味があるが……丸藤くんとのデュエルには予約が――」

「九ヶ月待ってまだ、ね。いや、三年以上か。――そんなにサイバー流が負けるのを見たくねぇのかよ」

 

 吐き捨てるように言い、肩を竦める。そのまま祇園は二人に背を向けた。もう話すようなことはない。

 背後で鮫島が何かを言っているが、無視した。耳に入れる価値もない。

 ――ただ、一つだけ。

 

「ああ、そうです。忘れてました。……俺、I²社からプロの内定貰いました。ペガサス会長が向こうで俺のことを気に入ってくれましてね。ありがたい話です。随分、同情していただきました」

 

 今度こそ扉を閉める。それと同時に大きく息を吐いた。どうもあの鮫島は好きになれない。悪い人間ではないことはわかっているつもりだが……やはり、中学時代のことが尾を引いているのだろう。

 サイバー流。個人的には果てしなくどうでもいいと思っていた流派。関わるつもりも、関わることもなかったはずの流派。しかし、現実の自分は今もこうして振り回されている。

 思い出すのは、叩き潰した同学年のサイバー流を名乗っていた男。リスペクトがどうだの、力がどうだの……当時自分が考え、実践していたタクティクスを真っ向から否定してきたあの男にデュエルを挑み、勝利。その後、あの男に言われた。

 

〝卑怯者!!〟

 

 別にバーン重視のカードを使ったわけでもなければ、禁止カードを使ったわけでもない。そもそもバーンとて立派な戦略だ。だというのに、あの男は敗北した身でありながらこちらの戦術をすべて否定してきた。

 だから、許せなかった。もう一度徹底的に叩き潰した。心が折れるほどに。

 勝利を目指した結果がこれであり、そこに間違いはないはずだ。なのに、どうして。

 どうして、カイザーと呼ばれる男がいる中で。

 如月宗達は、『卑怯者』と謗られるのか――……

 

「――なあ、宗達!」

 

 不意に自分を呼ぶ声が聞こえてきた。見れば、十代が目を輝かせてこちらを見ている。

 

「話は終わったのか?」

「おう、どうにかなー。偉い人の前ってのは緊張するねー」

 

 あっはっは、と笑って見せる。そうだ、これでいい。これがいつも自分だ。

 如月宗達は、どんな時でも笑っている――そんな男だ。

 

「…………」

 

 不意に、もう一人の方と視線が合った。夢神祇園。どこか頼りない雰囲気を纏う少年だが、その実力については宗達も認めている。あの雪乃を相手にあの状況から逆転勝ちしてみせたのだ。興味はある。

 ただ、普通ならそれだけだった。本来ならそこまで興味を持つことはない相手だ。雪乃を倒したというだけであり、実力はあるだろうがその他大勢に埋もれただろう。

 ――しかし。

 こちらを見る、目。

 その目に、宗達は興味を持った。

 見覚えのある、どこか暗い瞳。それは、『心折れた記憶』がある者のそれだったから。

 

「なぁ、デュエルしようぜ宗達!」

「おお、そりゃ構わないぞ。けどな、十代。その前に祇園とやらせてくれねーかな?」

「えっ?」

 

 祇園が驚きの声を上げる。十代も首を傾げた。

 

「僕と?」

「祇園と?」

「おう。いや、さっきのやり取りを見てもらったらわかると思うが……俺と雪乃は知り合いだ」

「……知り合いなんて浅い感じじゃなかったけど」

「意外と言うなオマエ。……まあとにかく、知り合いを倒したデュエリストだ。興味持つのは当然だろ?」

 

 適当なことを口走ってみる。こういう技術もまた、あの日々の中で得たものだ。

 十代は成程、と頷くと俺ともデュエルしてくれよ、と言葉を紡いだ。祇園はそれにサムズアップで応じる。

 

「無論だ。万丈目のボンボンに勝った奴だし、本気で相手してやるよ。その前に祇園、オマエだな」

「う、うん。僕はいいけど……どこで? そもそも、宗達君の寮は……」

「俺の寮はレッドだ。ブルーは肌に合わんし、どうせならああいうところの方が面倒事も少なくていい。……よし、んじゃ行くぞ」

 

 二人を伴い、歩き出そうとする。その背に対して当然のように疑問が投げかけられた。

 

「どこでやるの?」

「そりゃオマエ、デュエルっつったら――決闘場だろ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 正直なことを言うと、祇園に決闘場に対する良い印象はない。初日のブルー生とのトラブルもあるし、ここでのデュエルは月一試験、それもつい先程のもののみ。デュエル自体は楽しかったとしても『試験』という単語に良い印象を抱く学生は相違ないだろう。

 実際、決闘場に入ろうとしたらまたもブルー生に絡まれた。また厄介事――そう思って少し怯えていたのだが、それはたった一人の人間によって振り払われることになる。

 

「どけ」

 

 簡潔な一言だった。それだけでブルー生たちが俯きながら道を開け、三人で決闘場に入ることになる。

 そして、今。夢神祇園と如月宗達がデュエルフィールドで向かい合い、それを十代といつの間に来たのか明日香とジュンコ、ももえが観戦するという形になった。

 

「驚いたか?」

 

 互いのデュエルをシャッフルしている途中で、苦笑と共に宗達が聞いてきた。祇園は返答に困ってしまう。

 

「え、ええと……」

「まあ、普通は驚くわな。聞いたところじゃアカデミアのブルー生はとんでもねぇ高慢野郎の巣窟だっていうし。けど、実力を伴わないプライドなんざ俺にとっちゃ無意味も同然。ブルーの奴らは中学からの持ち上がりだ。その全員、俺が一度は叩き潰してる」

「だから宗達くんを見て退いたんだ……」

「基本的に瞬☆殺してきたからなー。しかもほとんどが再戦から逃げるっていう。根性なしだよな」

 

 苦笑しながら言う宗達。祇園はその言葉に曖昧に笑うしかない。だが、内心では改めて気を引き締め直していた。

 ――如月宗達。彼の実力は、あの高慢なブルー生たちを黙らせるほどのものがある。

 どれだけの実力か――油断はできない。

 

「ま、楽しくいこうや。んなこと言ってるとこっちが狩られそうだけどよ」

「そ、そんなこと……でも、意外と見学者が多いね」

 

 距離をとりつつ、周囲を見る。観客席には多いというわけではないがいくつか人影があった。今まで気付かなかったが、三沢も来ていたらしい。十代の側には明日香たちの他に翔と隼人の姿もある。おそらく、PDAで十代が呼んだのだろう。

 それだけではない。イエロー生の姿が何人か見えるし、レッド生も僅かだが観戦している。そして何より驚くのはブルー生だ。彼らは不機嫌そうな顔をしながらも、こちらを睨むようにして見ている。

 

「レッド同士のデュエル、それもただの野良デュエルなのに」

「ブルー共は俺が負けることを祈ってんだろうよ。いつものことだ。他は……どうだろうな。偶然見かけたから来たってだけだと思うぞ?」

 

 んじゃ、やるぞ――そう宗達が言うのと同時に、祇園も意識を引き戻した。一度深呼吸をし、前を見る。

 

「「デュエル!!」」

 

 デュエルディスクが決める先行は――宗達。

 

「俺の先行か。ドロー……お、幸先良いね。まずは手堅くいきますか。手札から魔法カード『増援』を発動。デッキからレベル4以下の戦士族モンスターを一体、手札に加える。手札に加えるのは『切り込み隊長』だ」

 

 こちらにカードを見せながら宗達がそう告げる。『切り込み隊長』――強力な効果を持つモンスターだ。戦士族のカードであり、戦士族のサポート能力を持っているが、有名な方の能力の使い勝手の良さから戦士族デッキ以外でも見かけるカード。

 

「そんじゃま、行くぜ。――『切り込み隊長』を召喚、効果発動。このカードの召喚成功時、レベル4以下のモンスターを一体、手札から特殊召喚できる。俺は二枚目の『切り込み隊長』を特殊召喚」

 

 切り込み隊長☆3・地 ATK/DEF1200/400 ×2

 

「えっ、ちょっ……いきなり『切り込みロック』!?」

「幸先良いだろ? これを突破できるか、祇園? カードを二枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 笑みを浮かべながら宗達がターンエンドを宣言する。祇園は唸りながら、デッキトップに手をかけた。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 フィールドを見る。並び立つのは、歴戦の勇士のような風貌をした二人の戦士。『切り込み隊長』――その効果は二つあり、一つは先程宗達が使用したもの。もう一つは、『切り込み隊長以外の戦士族モンスターを攻撃できなくさせる』という効果だ。

 これは実は二体並ぶと互いが互いを守るように効果が作用し、結果、相手プレイヤーが攻撃できなくなる。似たようなロック方法で『マジシャンズ・ヴァルキュリア』や『プロヴィデンスドラゴン』をそれぞれ二体並べることでできるものがある。

 片方を破壊できれば攻撃は可能になるが――……

 

「……考えても仕方がない。僕は手札から魔法カード『地砕き』を発動。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターの中で一番守備力が高いモンスターを一体、破壊する」

「二体とも守備力は同じだから、片方が死ぬな。――ッツ、一瞬で破ってくるとは」

 

 祇園のプレイングに宗達が軽く両手で拍手をする。祇園は苦笑しながら次のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4・闇 ATK/DEF1500/1200

 

 金髪をポニーテールにした女性の魔導師が現れる。祇園にとってはずっと昔から持っているカードであり、思い入れの強いカードだ。

 

「ちっ、破壊耐性持ちか……仕方ねぇ。――リバースカード、オープン。『奈落の落とし穴』。攻撃力1500以上のモンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、そのモンスターを破壊して除外する」

「ッ、なら僕は手札から『ヘルカイザー・ドラゴン』を捨ててドラゴン・ウイッチを破壊から守る!」

 

 手札からドラゴン族モンスターを捨てることにより、ドラゴン・ウイッチは破壊を無効にできる。視線の先では宗達が肩を竦めた。

 

「ま、当然だわな。――よし、来い」

「いくよ、ドラゴン・ウイッチで切り込み隊長に攻撃! ドラゴン・ソング!」

 

 魔術師と戦士が激突する。一瞬拮抗したように見えたが、すぐに結果は現れた。切り込み隊長が押し負け、爆散する。それと同時に宗達のライフポイントが減った。

 

 宗達 LP4000→3700

 

「僕はリバースカードを二枚セット、ターンを――」

「――そのエンドフェイズ、伏せていた『サイクロン』を発動だ。右側のカードを破壊」

「…………ッ!」

 

 発生した竜巻により、伏せカードが破壊される。エンドサイク、と呼ばれるテクニックだ。トラップカードは伏せたターンには発動できない。相手のターンに伏せカードを発動させずに破壊するための技術だ。フリーチェーンカードを発動させずに破壊することもできるテクニックで、プロの間では広く使われる技術である。

 

「破壊したのは……『和睦の使者』か。フリーチェーン、それも厄介なのを破壊できたから良しとしようか」

「……ターンエンド」

「んじゃ、ドロー」

 

 宗達の手札は今のドローで三枚。対し、祇園は手札が二枚。ただ宗達の場には何もなく、祇園の場にはモンスターとリバースカードが一枚ずつ。現在は祇園が優勢だが……。

 

「ふーむ、どうしたもんかね。ま、守備固めで行くか。『コマンドナイト』を召喚。――バトル」

 

 コマンド・ナイト☆4・炎 ATK/DEF1200→1600/1900

 

 炎属性らしい、赤の衣装。どことなくチェスの駒を思わせる衣装をした戦士が現れる。その戦士は剣を構えると、真っ直ぐにドラゴン・ウイッチへと攻撃を仕掛けた。

 激突。一時は持ち堪えるものの、ドラゴン・ウイッチの細腕では戦士の一撃には耐えられない。祇園はすかさずドラゴンウイッチの効果を発動する。

 

「ッ、ドラゴン・ウイッチの効果発動! 手札の『神竜―ラグナロク―』を捨て、破壊を無効にする!」

「だがダメージは受けて貰うぞ」

「ぐっ!」

 

 祇園 LP4000→3900

 

 たかが百ポイント。だが、正直旗色が悪い。手札もあまりよくない以上、このままではコマンド・ナイトを突破できない。

 

「俺はターンエンド。さ、来い」

「僕のターン、ドロー。……手札から『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』を召喚」

 

 ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―☆4・闇 ATK/DEF1200/1100

 

 あの伝説のデュエリストにして海馬コーポレーション社長、海馬瀬人も使っている竜人が姿を見せる。その姿を見て、ほう、と宗達が声を漏らした。

 

「ソイツじゃコマンド・ナイトを超えられないが……どうするつもりだ?」

「こうするよ。――ロード・オブ・ドラゴンを生贄に、『モンスターゲート』を発動!」

「何だと?」

 

 宗達が眉をひそめた。だが、これが現状で打てる最上の一手だ。

 

「デッキから一枚ずつカードを墓地に送り、その中に通常召喚可能なカードがいればそのモンスターを特殊召喚する。――ッ、『メタモルポット』を守備表示で特殊召喚!」

 

 メタモルポット☆3・地 ATK/DEF700/600

 

 瓶の中に巨大な目のある不可思議なモンスターが現れる。祇園としては唇を噛むしかない。祇園のデッキには強力なパワーを持つモンスターが多い。そのうちの一体が出ればと思ったら、よりによってこのモンスターが現れるとは。

 

「ドラゴン・ウイッチを守備表示に。……ターンエンド」

「当てが外れたか。まあ、モンスターゲートは凶悪だが博打性が強い。そんなもんだろ。……俺のターン、ドロー。ふむ、成程。俺も手札が厳しいな。となると……」

 

 宗達はチラリとメタモルポットを見る。そして、楽しげな笑みを浮かべた。

 

「カードを一枚セットし、手札から『クイーンズ・ナイト』召喚!」

 

 クイーンズ・ナイト☆4・光 ATK/DEF1500→1900/1600

 

 チェスのクイーンをイメージしたのであろう、一人の女性騎士が現れる。そのモンスターの登場で、観客席から小さなざわめきが飛んできた。

 

「あれはデュエルキングの……!」

「『絵札の三剣士』だと!?」

「あんなレアカードをどこで……!」

 

 伝説のデュエルキング、武藤遊戯。彼が神への布石として利用した三剣士。元々販売枚数が少なかったうえに武藤遊戯が使ったとして有名になったカード群だ。祇園としても驚きである。

 それに、もう一つ。

 

「そのカード、表記が……」

「お、気付いたか? そ、英語だ。向こうの全米オープン五位入賞の賞品としてもらってなー。折角だから組んでみた」

「賞品?」

 

 その言葉に祇園は引っ掛かりを覚える。それに気付いたのだろう、宗達は楽しげに笑った。

 

「別にこのデッキも弱いつもりはねぇが……俺の本気ではないことも確かだ。ま、気ィ悪くしないでくれ。手ェ抜いてるわけじゃないし」

「いや、別にそこは気にしてないんだけど……」

「そうか?――そんじゃあいくぜ、クイーンズ・ナイトでメタモルポットに攻撃!」

 

 宗達の指示を受け、動き出す絵札の騎士。破壊される――そう思った瞬間。

 

「――手札より速攻魔法発動! 『月の書』! モンスター一体を裏側守備表示にする! 指定すのはメタモルポットだ!」

「なっ!?」

 

 裏側守備表示になるメタモルポット。しかし、すぐさまクイーンズナイトによって表側にされ、切り裂かれる。

 だが、そんなことよりも――

 

「メタモルポットのリバース効果発動……! お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、デッキからカードを五枚ドローする……!」

 

 言いながら祇園は手札を墓地に送り、デッキからカードを引く。宗達の伏せカード。アレはこれを見越してのことだったのだ。

 これで宗達は手札を五枚に補充した。まさかこんな方法で利用してくるとは……!

 

「更にコマンド・ナイトでドラゴン・ウイッチを攻撃!」

「手札の『ダーク・ホルス・ドラゴン』を捨てて破壊を無効に!」

「ま、そうだろうな。カードを二枚セット。ターンエンドだ」

 

 増えた手札から、おそらく万全だろう手を打ってきた。祇園は歯噛みしながらも、デッキトップに手をかける。

 

「僕のターン、ドロー!……僕は手札から『アックス・ドラゴニュート』を召喚!」

 

 アックス・ドラゴニュート☆4・闇 ATK/DEF2000/1200

 

 ☆4モンスターの中では最高峰の攻撃力を持つモンスターが召喚される。攻撃後に守備表示となる弱点があるが、それでも優秀なモンスターだ。

 宗達の方を見る。伏せカードの発動はない。ならばアレはおそらく攻撃型反応トラップか別の何かだ。

 

「僕は更に手札から『竜の鏡《ドラゴンズ・ミラー》』を発動! 自分フィールド上及び墓地から必要な素材となるモンスターをゲームから除外し、ドラゴン族の融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚する! 墓地の『神竜―ラグナロク―』と『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』をゲームから除外し――『竜魔人キングドラグーン』を融合召喚!」

 

 竜魔人キングドラグーン☆7・闇 ATK/DEF2400/1100

 

 一体の竜神が現れる。そしてドラゴンデッキでこのモンスターが出たならばここから一気にモンスターたちが展開される。

 

「竜魔人キングドラグーンの効果発動! 一ターンに一度、手札からドラゴン族モンスター一体を特殊召喚できる! 降臨せよ、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10・闇 ATK/DEF2800/2400

 

 レベル10という破格のレベルを持つ、レッドアイズの究極系。その竜は降臨と共に大きく咆哮を上げた。

 そしてレッドアイズの効果は協力無比。ここで――押し切る!

 

「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴン族モンスターを一体特殊召喚できる! 僕は手札から――現れろ、『ライトパルサー・ドラゴン』ッ!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6・光 ATK/DEF2500/1500

 

 純白の竜が降臨し、大きく嘶く。怒涛の展開ラッシュに会場は呆気にとられていた。

 

「何という展開力だ……! これが祇園の実力……!」

「うう、僕これにやられたことあるッス……」

「くぅーっ! 凄ぇ! 凄ぇぜ祇園!」

 

 三沢と翔、そして十代の声がそれぞれ届く。祇園としては苦笑するばかりだ。

 今の祇園の場には、

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4・闇 ATK/DEF1500/1200

 アックス・ドラゴニュート☆4・闇 ATK/DEF2000/1200

 竜魔人キングドラグーン☆7・闇 ATK/DEF2400/1100

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10・闇 ATK/DEF2800/2400

 ライトパルサー・ドラゴン☆6・光 ATK/DEF2500/1500

 

 この五体のモンスターが並んでいる。圧倒的な展開力。これこそが本人は知らないが夢神祇園がデュエル・アカデミア一年生の中で十代、三沢と並んで『最強』の一角と噂される理由である。

 そしてそれを目にしている対戦相手――宗達は、ヒュウ、と口笛を鳴らした。

 

「おっそろしい展開力だなオイ。成程、雪乃を倒したのはまぐれじゃねぇわけか」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。――いくよ、バトル! レッドアイズでコマンド・ナイトに攻撃! 続けてライトパルサー・ドラゴンでクイーンズ・ナイトに攻撃!」

「ぐうっ!」

 

 宗達LP3700→2500→1500

 

 一瞬で宗達の場が空になる。祇園は更に言葉を紡いだ。

 

「キングドラグーンで攻撃!」

「おっとそれは通さん! 手札より『バトルフェーダー』を特殊召喚! 相手モンスターの直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了する!」

「なっ!」

 

 バトルフェーダー☆1・闇 ATK/DEF0/0

 

 突如現れた機械のようなものに遮られ、キングドラグーンが攻撃を諦める。決めきれなかった――その後悔と共に、祇園は呟くように告げた。

 

「……僕はこれでターンエンド」

「んじゃ俺のターンだな、ドロー。――良いもん見せてもらったぜ祇園。今の展開、レダメとライパルが揃っちまえば相当面倒なことになるのは俺も知ってる。突破できる奴なんざそうそういねぇだろ。できるとしたらカイザーと……そうだな、ここにいる俺ぐらいか?」

 

 自信満々に言ってのける宗達。そして彼は、宣言するように言い放った。

 

「オマエは強い。認める。アメリカでも通用するんじゃねぇかと思うくらいだ。――だが、俺にもプライドがあるんでな。負けてはやらねぇ」

「……うん。僕も負ける気はないよ」

「上等だ」

 

 頷き、そして宗達が楽しそうに笑う。その表情に、祇園は見覚えがあった。

 そう、これは。

 十代が逆転を演じる時のような、勝利を確信した時の笑顔。

 

「リバースカードオープン! 『リビングデッドの呼び声』! これにより墓地のクイーンズ・ナイトを攻撃表示で特殊召喚! 更に『キングス・ナイト』を召喚! 効果発動! クイーンズ・ナイトがいる時に召喚に成功したため、デッキから『ジャックス・ナイト』を特殊召喚だ!」

 

 クイーンズ・ナイト☆4・光 ATK/DEF1500/1600

 キングス・ナイト☆4・光 ATK/DEF1400/1600

 ジャックス・ナイト☆5・光 ATK/DEF1900/1500

 

 並び立つ絵札の三剣士。実に壮観だ。

 そしてこの三体が並ぶということは、イコールであのモンスターの登場ということでもある。

 

「リバースカードオープン! 『融合』! 絵札の三剣士を融合し――現れろ、『アルカナ・ナイト・ジョーカー』!」

 

 無数のトランプが宙を舞い、その中心に二振りの剣を持った騎士が現れる。デュエルキング武藤遊戯も使ったとされる伝説の騎士、アルカナ・ナイト・ジョーカーだ。

 

 アルカナ・ナイト・ジョーカー☆9光 ATK/DEF3800/2500

 

 その圧倒的な威圧感に、観客たちも息を呑む。宗達が楽しげに更にカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「俺は手札から永続魔法、『一族の結束』を発動。墓地にいるモンスターの種族が一種類のみの時、自分フィールド上のモンスターはその攻撃力を800ポイント上昇させる」

 

 これでアルカナ・ナイト・ジョーカーの攻撃力は4600。かの究極竜さえも超えてしまった。

 だが、一体だけなら耐え切れる。そう思ったのだが――

 

「戦士族デッキでこのカードもどうかと思うが、仕方ないわな。強いし。――装備魔法『魔導師の力』をアルカナ・ナイト・ジョーカーに装備。俺の魔法・罠ゾーンのカードの数×500ポイント装備モンスターの攻撃力を上げる。さて、俺の場には一族の結束と伏せカード、更に魔導師の力。攻撃力は1500ポイントアップ」

 

 アルカナ・ナイト・ジョーカー ATK3800→4600→6100

 

 最早攻撃力は圧倒的の一言だ。祇園は、ふう、と息を吐く。

 

「負け、かぁ……」

「強かったぜ祇園。またやろう」

「うん。今度は負けないよ」

「おうよ。――アルカナ・ナイト・ジョーカーでアックス・ドラゴニュートに攻撃!」

 

 攻撃力6000オーバーの騎士に、流石のドラゴンといえど敵うわけがない。一刀の下に切り捨てられる。

 

 祇園LP3900→-200

 

 そして、同時に決着の音が鳴り響いた。

 ふう、ともう一度息を吐く。あと少しだったのだが……。

 

「流石に、世界レベルの相手は格が違うか……」

「凄ぇな祇園! めちゃくちゃ面白かったぜ! なぁ宗達! 次は俺とやろうぜ!」

 

 十代がフィールドに上がりながらそんなことを言ってくる。宗達も楽しそうに頷いた。

 

「お、いいぞ来い。ボンボンは雑魚だがブルーの中では一番らしいしな。オマエさんにも期待してる」

「よっしゃー! デュエルだ!」

「おう! デュエル!」

 

 デュエルディスクを構え、十代と宗達が向かい合う。それに苦笑しながら祇園はフィールドを降りると、ふと観客席を見た。

 隠れるようにして見えるのは、見覚えのあるツインテールの少女。

 ――藤原雪乃がこちらを見ていることに、気が付いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。レッド寮における宗達の部屋は祇園と同室だったらしく、二人は自室で台所を借りて祇園が適当に作った料理を挟んで談笑していた。つい先程まで十代や翔、隼人もおり、デュエル談議に花を咲かせていたのだが流石に時間が時間ということで部屋に戻っていった。

 ちなみに十代と翔にはそれぞれ宗達が海外で手に入れたというカードを何枚か渡していた。宗達としては隼人にも渡したかったようだが、シナジーするカードがなくデッキのアドバイスなどをしている。

 また、祇園も十代には一枚だけ『HERO』のカードを渡した。持っていても使えないし、十代なら大事にしてくれるだろうと思ってこのことだ。代わりに一枚、ドラゴン族モンスターを貰った。その能力を見た翔は何やら渋い顔をしていたが、祇園としてはとても嬉しい。今は早速デッキ構成を考えている状態だ。

 

「……ありがとうな」

 

 祇園の持っているカードは僅か百枚程度だ。なので選択肢は多くないのだが……それでもこうしてデッキを弄ることには意味がある。それと睨み合いをするようにしている祇園へ、宗達がいきなりそんなことを言い出した。

 

「正直、不安はあったんだ。俺ァあれだ、俗に言う『不良』みてぇなもんだし……昔住んでた童見野町じゃそういう方向で知ってる奴も多い。別に一人でいることは慣れてるが、それでも信用できる人間がいねぇのは本当に辛い」

「……宗達くんは僕たちに何か悪いことをするつもりなの?」

 

 問いかける。すると宗達は少し驚いた表情を見せ、すぐに首を左右に振った。

 

「いや、そんなつもりはねぇよ。オマエらはその……『友達(ダチ)』だって思いてぇし」

「だったらそれで充分。デュエルにはその人の性格が出る――僕の知り合いがよくそんなことを言ってた。宗達くんは強いし、真っ直ぐだったよ。悪い人じゃないと思う」

「……そうかい」

 

 祇園の言葉に、呟くように宗達は応じる。そのまま彼は鞄からカードの束を取り出すと、祇園の方へと投げ渡してきた。それを受け取り、祇園は首を傾げる。

 

「これは……?」

「礼と、お近付きの印って奴かな? その束は俺が個人的に『使える』って判断した凡庸の魔法・トラップカードとモンスターを集めたもんだ。オマエ見たところ持ってるカードが少ない口だろ? やるよ」

「い、いいよこんなに! 高いでしょ!?」

 

 祇園は思わずカードを返そうとする。そんな祇園に対し、くっく、と楽しそうに宗達は笑った。

 

「それは全部一枚十円だの五円だのガキでも見向きもしねぇようなストレージから漁って来たもんだ。『サイバー流』だかなんだか知らねぇが、リスペクトがどうたらと講釈垂れる流派のおかげでアホみてぇに安く手に入る。使ってくれよ。礼だ、それは。この飯のな」

 

 笑ったまま、宗達は祇園が作った軽食を指し示す。祇園はしかし、それでも悩む。

 もともとカードパックを買うことさえも難しい程に困窮しているのが夢神祇園という少年だ。そんな彼にしてみれば、『安い』と言われても受け取るのには躊躇してしまう。

 それに宗達はこのカード群を『使える』と評価している。つまり、これらのカードを彼は使うつもりだったはずなのだ。それを受け取るのは――

 

「――受け取り辛いなら、『借り』だって思ってくれればいい」

 

 そんな祇園の態度に何か思うことがあったのか、楽しげに宗達は言った。

 

「俺はあれだ、ここ卒業したら……もしかしたら卒業前にプロデュエリストになるかもしれねぇが、どっちにせよプロリーグに行くことが決定されてる。俺としても望むところだ。無理して奨学金貰ってここに来てんのも、俺を育ててくれた孤児院のためだしな。

 だから、俺はそこで待ってる。オマエより先にそこに行って、待ってる。

 倒しに来い。いや、在学中でも構いやしねぇ。さっき十代にも言ったが、張り合いのない学校生活なんざクソだ。そんで俺を倒したら……その時にオマエが俺にアドバイスなり何なりしてくれりゃあいい」

 

 聞き覚えのある台詞に、祇園はハッとなった。プロの世界――そこで待つと言ってくれた無二の親友のことを思い出す。

 彼女もまた、言っていた。

 

〝ウチを倒してくれたらええ。それが『借りを返す』や〟

 

 強者だからこそ紡げる、『待つ』というその台詞。祇園は知らず笑みを浮かべていた。

 そこまで言ってもらって黙っているほど、器は狭くない。

 

「うん。――ありがとう」

「おうよ」

 

 宗達の返事を聞き、祇園はカードを見ていく。成程、確かに優秀なカードが多い。『魔宮の賄賂』や『威嚇する咆哮』、『天罰』……『地砕き』に『地割れ』、モンスターでは場合に寄るが優秀な生贄要因に成り得る『レベル・スティーラ』などがある。

 確かに強力なカード群だ。本当に十円ストレージにあったのかを疑ってしまう。まあ、確かにカードの状態はあまりよくないのだが……。

 

「でも、こんなにあるならどうしてさっき十代くんたちがいる時に出さなかったの?」

「ん? ああそりゃあれだ。あんまり言いたくねぇが……あのメガネ、丸藤ってのはカイザーの弟だろ?」

「翔くんのこと? お兄さんがいるっていうのは聞いたことあるけど……」

「雰囲気は似ても似つかないけどな。だが、ありゃ間違いなく『サイバー流』を修めてる。気付いたか? さっき俺がオマエや十代と『カウンター罠』やら『モンスター除去』なんて相手の妨害系カードの話してた時、俺のこと睨んでたぞ。無視してたけど」

「ええ? まさか……」

 

 翔は常に自信がなく、落ち込むことも多いどちらかというと後ろ向きな性格だ。そんな翔が宗達を睨むようなことはないと思うのだが……。

 

「まあ、気持ちもわかる。だが、サイバー流を修めてる連中ってのは皆そんなもんだ。リスペクトデュエル、なんて俺からしてみりゃ相手を侮ってるとしか思えねぇ主義を通すような連中だしな。そいつらによると、デュエルってのは『相手の全力を見極め、出させた後にそれを更なる力で叩き潰すもの』なんだとよ」

「相手の全力を、更なる力で……?」

「な、馬鹿にしてるだろ?――自分たちは『パワー・ボンド』なんていう超パワーカードを握ってるくせに、それを例えば『魔宮の賄賂』で打ち消そうもんなら『卑怯』だの『外道』だの相手を罵る。妙だとは思わないか、プロでのカウンタートラップを中心とするカードの使用率の低さが。ありゃサイバー流のせいだ」

 

 湯呑で茶を啜りつつ、宗達は言う。祇園としてはそのサイバー流というものの考え方には疑問を抱くしかない。

 いつでも強力なモンスターを出せるわけではない以上相手のモンスターを除去していく手段は必要だし、妨害とて然りだ。通せば負ける場面でそれを通すのはただのバカがやることである。

 祇園の表情を見、宗達はその考えを感じ取ったのだろう。笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「――だからオマエにそれを渡したんだよ。ついでにこいつもやる」

 

 そうして宗達が寄越してきたのは、一枚のカード。闇属性の上級ドラゴンだ。

 だが、このモンスターの効果。それは先程の『サイバー流』の理念に真っ向から反している。

 

「俺はサイバー流が嫌いだし、あんなふざけた考え方は滅びればいいと思ってる。人のデッキを卑怯だの外道だのと声高に叫んで、自分たちの切り札『パワー・ボンド』を通しやすくする。負けりゃあこれまた相手を『外道』呼ばわり。そんなもんの教えを信じてるクソガキにまで優しくするほど、俺の根は優しくない」

 

 立ち上がり、宗達が部屋を出て行こうとする。消灯時間はとっくに過ぎているというのに何処へ行くつもりか――そう思ったが、口に出す前にその答えに思い至った。

 

「そういえば藤原さん、見に来てたよ? 決闘場の観客席にいた」

「……ありがとよ。ホント、オマエには借りができてくなぁ」

 

 宗達が部屋を出て行く。祇園はそれを見送ると、十代と宗達からそれぞれ受け取ったカードに視線を落とした。

 二体の竜。その名を思わず口にする。

 

「――『光と闇の竜』と『冥王竜ヴァンダルギオン』……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜の女子寮に忍び込むことは難儀だが、不可能ということではない。覚悟と注意力、そして体力があればどうにかなる。

 もっとも、だからといって実行する者は皆無だが。

 音を殺し、一人の青年が女子寮へと入っていく。セキュリティは確かに強力だが、それはイコールで侵入不可能を意味することはない。

 そして、青年は目的の部屋へと辿り着く。

 

 ――コンコン。

 

 酷く静かなノックの音が響き渡った。時間は深夜に差し掛かっているというのに、ノックの音が嫌に響く。

 

「――どちら様かしら?」

 

 ドアの向こうから、そんな声が届いた。わかっているだろうに、その問いかけ。青年は僅かに苦笑する。

 

「ただいま」

 

 紡いだ言葉は、それだけだった。相手が息を呑んだのが伝わってくる。

 

「……随分、遅い帰宅ね」

「ああ。……帰って来るかどうか、迷ってたからな」

「…………」

「俺はどんだけ取り繕っても不良生徒の札付きだ。俺自身がどう思っても、オマエがどう思ってくれても……それはどうしようもない。だから、迷った。帰って来るべきじゃないんじゃないかって。オマエにまた、辛い想いをさせちまうんじゃないかって」

 

 紡がれた言葉は、偽りのない想い。

 だからこそ――ゆっくりと、少しずつ、告げていく。

 

「ここに来る前、オマエの家に行ってきたよ」

「…………ッ!?」

「思いっ切り殴られた。当然だわな。オマエを泣かせて、傷物にして……逃げたようなもんだったしな。でもさ、それでもそうすることがケジメだって思ったんだ。追い出されたけど一週間くらい粘って、それでまた殴られて……でもな、俺は。俺はそれでも――オマエを諦めることができなかった」

 

 生まれも定かではない、路傍のクソガキだった自分。

 全てを敵に回し、孤立していた自分。

 そんな自分に声をかけてくれたのは、彼女だけだったから。

 

「俺は強くなったぞ、雪乃。昔、オマエは俺を助けてくれた。その時のオマエに比べりゃ本当にちっぽけで、いつ折れちまうかわかんねぇほど頼りないけど……それでも、少しは強くなった」

 

 言う。口にする。

 想いを、ただ。

 

「――迎えに来たぞ」

 

 扉が、開いた。そのまま青年は部屋へと連れ込まれる。

 

「私を待たせる男なんて、アナタぐらいよ?」

 

 部屋が暗いせいでその表情はよく見えない。だが、それでも。

 彼女が震えていることは、わかったから。

 

「ただいま」

 

 ゆっくりと、その体を抱き締めた。

 ――もう一度、思い切り頬を叩かれて。

 

 二つの唇が、当たり前のように重なった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。