遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第五十九話 降り止まぬ雨

 

 その場所は、ある意味で予想通りの有様だった。

 まるで落雷でも受けたかのように周囲が焦げ、社は半壊している。本来ならば決して開くことのないように閉ざされているはずの扉も崩れ落ちるように開き、その奥の闇を晒していた。

 人災、あるいは天災。多くの者はそう呼ぶだろうし、実際その通りともいえる。だが、前述の二つは似ているようで大きく違う。

 人が起こすが故に、人災。

 人が起こさぬが故に、天災。

 ならば、精霊が――人に非ざるモノが起こした事は、天災と呼ぶが相応しい。

 

「…………」

 

 激しい雨が降る中、険しい表情でその社を見つめるのは一人の少女だ。普段は自らを慕う者たちに対して惜しみない笑顔を振りまくその表情も、今だけは抜身の刀のように鋭さを纏っている。

 桐生美咲。プロデュエリストであり、アイドルであり、教師としての顔も持つ少女だ。どれぐらい彼女がそうしていたのか――不意に、彼女へと声が掛けられる。

 

「……何も、残っていません」

 

 その言葉と共に社から出てきたのは、齢十二の少女――防人妖花だ。いつもは年相応の快活な表情を浮かべている彼女も、今はどこか落ち着かない雰囲気を浮かべている。

 

「そっか。……ごめんな、こんなとこに呼び出してしもて」

「い、いえ、そんな……。澪さんもいないですから、家で一人でいるよりずっと良かったです。それに、その……やっぱり、気になってましたから」

「ああ、やっぱりわかるん?」

「はい。いきなり、その、何かが消えたような感覚があったので……」

「それだけ封印されてたもんが凶悪やったってことやな」

 

 はぁ、とため息を零す。本来なら美咲は本来の予定を前倒しし、今日はアカデミア本島にいる予定だった。しかし、それは叶わない。彼女へと精霊からの忠告があったのだ。自身の役目を考えれば無視できることではなく、それ故にこんな寂れた社にまで足を運んでいる。

 この場所の入口では黒服たちが待っているはずだ。ここがこんな状況であり、尚且つ専門家である妖花が『何も残っていない』というならば戻るべきだろう。

 だが……どうしてか、そんな気が起こらない。

 

「――社に祀るモノは、大きく分けて二つあるんです」

 

 不意に、壊れた社を見つめながら妖花がそんなことを呟いた。美咲は無言のまま、その言葉に耳を傾ける。

 

「一つは、神様。私たちとは住む次元が――存在する場所そもそも違う、絶対の存在です。多くの神社がそうですし、普通の認識としてはこれが『神社』と呼ばれる場所」

「…………」

「もう一つは、〝触れてはならぬモノ〟。祀るのは封じるため。人が祈りを捧げることでその存在を封じ込め、外に出さないようにするんです。そしてその管理者は総じてその力に対抗するために神様の力を借りることとなります。私が、そうでした」

 

 妖花は静かに告げる。日常生活においては年相応の少女だが、こういう状況において彼女の雰囲気は大きく変わる。

 ――閉鎖された場所で、親も知らぬ身でありながらも神を識る者。

 故に、彼女は〝巫女〟と呼ばれる。

 

「ここにあったモノは、何ですか?」

「…………」

「皆が、怯えてます。姿も見せないぐらいに。力の残滓しか残っていないのに。ペガサス会長に聞いても『わからない』と言われました。一体――」

「――かつて、〝悲劇〟と呼ばれた存在がいた」

 

 妖花へと、背を向ける。

 遂に来てしまったのだと、そんなことを思った。

 

「世界を闇で染め上げ、全てを破壊した存在。絶望の未来を呼ぶ、災いそのもの」

 

 戻ろうか、と美咲は告げる。

 煩わしい雨の音を、聞きながら。

 

「今はまだ大丈夫。摘み取れるならその方がええけど、そうもいかへん。今は待つしかあらへんのよ」

「そう、ですか」

「説明してもええけど、きっと信用できひんやろから。それに今は〝三幻魔〟のほうが厄介や」

 

 祇園が重傷だと聞いている。祇園だけではなく、十代も傷を負ったと。この天気のせいでヘリが飛べないのが痛い。できれば今すぐにでも向かいたいというのに。

 ふう、ともう一度息を吐く。わかっていたことでも、やはりいざとなると少し怖い。

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

 いつの間にか隣に並んだ妖花が、心配そうな表情でこちらを見上げてくる。その頭を優しく撫で、大丈夫、と美咲は頷いた。

 

「覚悟はできてるから」

 

 ――願わくば。

 望む未来が紡げればいいと、そう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 服に袖を通すと、痛みが走った。小さな呻き声を漏らしつつ、しかし、歯を食い縛る。

 これは弱く、未熟だったが故に負った傷。耐えねばならない。弱音を吐く時間は、ずっと昔に過ぎ去っているのだ。

 

(弱音を吐いても、誰も助けてなんてくれない)

 

 全ては己の手で為さなければならないことだ。誰かの手を借りることがあったとしても、それは今ではない。

 これだけは、己の手でやらなければならないのだ。

 

「痛むか、少年」

 

 窓の縁に腰掛け、こちらを見つめる女性――烏丸澪が呟くように問いかけてくる。大丈夫ですよ、と祇園は応じた。

 

「耐えられない痛さじゃ、ありません」

「キミがそう言うなら止めはしないよ。無茶をするのは男の子のアイデンティティだ。それを黙って見守るのもまた、女の度量。逆も然りだがな」

「ありがとう、ございます」

 

 頭を下げる。本当に、この人にはお世話になってばかりだ。

 

「そうだ、それでいい。頭を下げるのも構わんが、礼の方がずっといい」

「はい」

「とはいえ、現状は待つしかないのも事実だ。とりあえず、保険医の……何と言ったかな? 教諭が戻って来るまでは――」

 

 澪が顎に手を当て、言葉を紡ぐ。だが、その言葉が全て終わる前に保健室の扉がノックされた。

 そのまま、こちらの言葉を待たずに人が入って来る。

 

「澪さん、大変――って祇園!? お前起きてて大丈夫なのか!?」

 

 最初に入って来たのは、隼人に支えられながら松葉杖をついた状態の遊城十代だった。ベッドに腰掛けた状態の祇園は、うん、と苦笑を返す。

 

「そういう十代くんの方こそ、大丈夫?」

「ああ! 俺は元気――っ痛っ!?」

「十代、無理は駄目なんだな。祇園、本当に大丈夫なのか?」

「そうッスよアニキ、ホントは安静にしてなきゃいけないのに……祇園くんも」

「僕は大丈夫だよ。ありがとう」

 

 十代を支えている隼人、次いで入って来た翔がそれぞれ言葉を口にする。十代が近くの椅子に座り込み、お互いの目が合うと思わず苦笑が零れた。

 

「お互い、ボロボロだね」

「ああ、ホントにな」

 

 だが、まだ立てる。死んではいない。なら、終わってはいないのだ。

 

「祇園、目が覚めたのね」

「あら、思ったよりも元気そうね?」

 

 次いで入って来たのは天上院明日香と藤原雪乃だ。祇園は苦笑しつつ、頷きを返す。

 

「ちょっと寝坊しちゃったけど……」

「まあ、死んでないならいいわ。宗達も心配してたのよ?」

「その宗達は、相変わらずどこかに行ってるけどね」

 

 雪乃の言葉に対し、呆れたように言うのは明日香だ。それに追従するように、万丈目と三沢が保健室へと入って来る。

 

「アイツはそもそも、今回の戦いにも参加する意志を見せないような奴だからな」

「まあ、宗達の言うことも理解できる。確かにリスクは大きい。特に祇園や十代のその姿を見ていると、な」

「それが何だという。クロノスも言っていただろう。――諦めるな、と」

 

 眉間に皺を寄せ、万丈目が言う。空気が、僅かに変わった。

 

「……何か、あったの?」

 

 問いかける。答えたのは、入口の所に立っていた人物――丸藤亮だった。

 

「――クロノス教諭が、セブンスターズの一人に敗北した」

 

 その言葉に、思わず言葉を詰まらせてしまう。万丈目が懐から一体の人形を取り出し、クロノスは、と言葉を紡いだ。

 

「闇のデュエルに敗北した代償として、人形へと変えられた」

「人形、に?」

「信じられないかもしれないが、本当のことだ。この場の全員が見た」

 

 思わず呟いた祇園に、頷きながら三沢が告げる。万丈目が持っている人形――まさか本当に、あれがクロノスだというのか。

 

「……それで、どうするつもりだ?」

 

 重くなる空気。そんな中、澪が静かにそう言葉を紡いだ。我関せずの態度だったはず彼女の視線は、一点――丸藤亮を見据えている。

 視線を向けられた亮は頷き、俺が戦う、と決意を込めるように言葉を紡ぐ。

 

「クロノス教諭が倒れた今、俺が戦うのが最善だろう」

「お、お兄さん……」

 

 そのまま保健室を出て行こうとする亮。その背に翔が言葉を紡ぐ。対し、亮は振り返らぬまま大丈夫だ、と静かに告げた。

 

「俺は勝つ」

 

 簡単で、しかし確かな決意が込められた言葉。その言葉だけを残し、亮は保健室から出て行く。

 

「待てよカイザー! 俺も行くぜ!」

 

 その背を十代たちが慌てて追いかける。祇園もまた、ベッドから降りた。

 ――痛みは消えていない。きっと、これは時を追うごとに強さを増していくのだろう。

 

「行くのだな、少年?」

「……はい」

 

 背後からの声に、静かに応じる。

 

「何もできなくても、行きたい、です」

 

 痛みのせいで言葉が途切れた。澪は息を一つ吐き、そのままこちらの隣にやってくる。

 ――そして、腋の下へと自身の腕を差し込んだ。

 

「澪さん?」

「手を貸すよ、少年。私は傍観者だが、これぐらいなら構わんだろう」

「ありがとう、ございます」

「気にするな。気まぐれだよ」

 

 そして、澪の肩を借りながら祇園は歩き出す。その途中で、不意に澪が足を止めた。

 視線の先。そこにいるのは、己の兄のベッドの側に座る明日香だ。

 

「キミは行かないのか?」

「……はい。誰かが残っていないといけませんから」

「確かにそうだな」

 

 頷く澪。そのまま、彼女は大丈夫だ、と言葉を紡いだ。

 

「必ず目は覚める」

 

 そして、それ以上は何も言わずに再び歩を進めていく。

 ――祇園は、何も言えない。

 言う資格は、なかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何があったのかを、道中で聞かされた。

 クロノスの戦い、その想い、そして――託されたこと。

 

「……〝光のデュエルを〟、か」

 

 ポツリと呟く。その隣で澪が目を閉じて言葉を紡いだ。

 

「流石はデュエル・アカデミア本校技術指導最高責任者だ。その戦いには敬意を払うべきだろう」

 

 敬意というその言葉に、妙に納得した。クロノス・デ・メディチ――その存在は、やはり先達として教師としてあるべきものだったのだ。

 

「……着いたな」

 

 誰が呟いたのか、そんなことはどうでもいい。大切なのは、目の前にある現実だ。

 湖の上に聳え立つようにしてその威容を晒す、一つの城。セブンスターズが一角、カミューラの座す場所だ。

 

「ひいっ、やっぱり怖いのにゃ~……」

「……なら何でついてきたんスか?」

 

 唯一の教師であり、本来ならば自分たちを引っ張らなければならない立場にあるはずの大徳寺の言葉に、思わず翔が半目を向ける。うう、とファラオを抱き締めながら大徳寺は呻いた。

 

「……怖いモノ見たさだにゃ」

 

 その場に僅かな沈黙が舞い降りる。それを打ち破るように、亮が先頭となって城の中へと足を踏み入れた。

 どこか暗い雰囲気の漂う館。思わず、といった調子で十代が呟いた。

 

「何か、ゲームに出てくるラスボスの城みたいだな」

「――成程、面白い解釈をなさりますね」

 

 響き渡る声に体を震わせ、思わずそちらを見る。そこにいたのは、祇園にとっては見覚えのある人物。

 

「お前は……!」

「またお会いしましたね。ですが、初対面の方もおられるようで。自己紹介と参りましょう」

 

 少し離れた位置にある、階段の上。そこで、鬼の面を被った男――カムルが恭しく頭を下げる。

 

「私はセブンスターズが一角、カムル。七星門の鍵を頂きに参りました」

「――成程、貴様が少年の鍵を奪った相手か」

 

 こちらから手を離し、静かに告げるのは澪だ。彼女の放つ言葉で、空気が静かに揺れる。

 今の彼女は先程までのジャージ姿ではなく、いつものスーツ姿だ。背中越しだというのに、その存在感に圧倒されそうになる。

 

「これはこれは……、まさか〝祿王〟に拝謁する機会を得られようとは。光栄です」

「微塵も思っていないことを、よくもまあ口に出せるモノだな」

 

 腕を組み、言い放つ澪。カムルは肩を竦めた。

 

「あなたもまた、鍵の守護者の一人ということですか?」

「いや、今回の私は傍観者だ。貴様らが向かってくるというなら話は別だがな」

「それは安心しました。ですが、ならば私の相手はどなたが? カミューラの相手はそちらの男性がなさられるのでしょう?」

 

 その手で亮を指し示すカムル。その言葉を聞き、万丈目と三沢が前に出た。

 

「ふん、ここはこの万丈目サンダーが」

「いや、ここはこの俺、三沢大地が」

「――悪いが、今回は別の者に譲って貰いたい」

 

 なあ、少年――振り返り、微笑を浮かべながら。

 烏丸澪は、そう言った。

 

「はい」

 

 一歩を、踏み出す。

 先程から、全身を痛みが駆け巡っていた。

 

「……鍵を持たぬ者に、用はないのですが」

「だが、こちらにはある。この戦いは鍵の奪い合いなのだろう? ならば、少年にも貴様に挑む権利はあるはずだ」

 

 それは詭弁だ。相手にはわざわざ自分と戦う必要はない。もう目的は達成してしまった以上、敗北者に用はない。

 だが、それで納得するわけにはいかない。

 みっともなくとも、滑稽でも、どう思われようとも。

 自らのミスは、自分自身の手で取り返さなければならないのだから。

 

「返せ」

 

 自分でも驚くぐらいに、低い声。

 周囲の者たちが震えたのを、感じ取った。

 

「……息の根を止めなかった、私の失態ですね」

 

 ふう、という小さな溜息。一歩、一歩と前へと進んでいく。

 心臓の音が耳の奥で鳴り響き、その度に体が痛む。

 ――だが、顔に出してはならない。

 弱さを見せることは、それだけで敗北だ。

 

「これが最後の忠告です。――死にたくなければ、退きなさい」

 

 返答に、言葉はない。

 ただ一歩、足を前へと踏み出すだけ。

 

「祇園、大丈夫なのか?」

 

 一度、大きく深呼吸をする。意識を静かに、呼吸を整えると。

 ……少しだけ、痛みが楽になった。

 

「大丈夫」

 

 振り返らずにそう告げる。振り向く余裕は、なかった。

 

「キミたちは先に行け。目的はこの城の主だろう?」

「しかし……」

「この戦いは私が見届ける。いいから行け。ああ、それと、一つ忠告だ。――殺し合うなら、相応の覚悟をしていくべきだ。これは最早ゲームではないのだからな」

 

 背後から聞こえてくる声も、どこか遠い。集中していなければ、今にも膝をついてしまいそうだった。

 ――ただ、澪の言葉は自分にも向けられているように思えて。

 だからこそ、倒れるわけにはいかなかった。

 

「頑張れ、祇園」

 

 聞こえてきたその声が、嬉しくて。

 ありがとう、と小さく呟いた。

 

「……呆れたモノです。拾った命ぐらい、大切にすればいいモノを」

「随分と饒舌な男だな。器が知れる」

 

 唯一残った澪が、挑発するように告げる。仮面で表情が伺えないが、雰囲気に怒気が加わったのがわかった。

 

「男が饒舌になるべきなのは愛を囁く時だけだ。それ以外で饒舌な男などただの薄い男にしか見えんよ。これは女にも言えることだが」

「……成程、ならば彼を沈めましょう。骸を眺め、精々後悔すればいい」

「負けんよ、少年は」

 

 微笑と共に、澪は言う。

 その言葉には、確固たる自信があった。

 

「最期まで見届けてやる。……戦え、少年」

「――はい」

 

 全てを振り切り、向かい合う。

 いいでしょう、とカムルが呟いた。

 

「その言葉、後悔させて差し上げます」

 

 そして、二人は向かい合う。

 

「「決闘!!」」

 

 ――負ければ、今度こそ死は免れない。

 祇園は、歯を食い縛りながらデュエルを開始する。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――ようこそ、私の居城へ。歓迎いたしますわ」

 

 亮たちを出迎えたのは、クロノスを倒した人物――カミューラだった。途中で途切れた渡り廊下の向こう側に、まるで貴婦人の如く優雅に佇んでいる。

 

「大丈夫かな、祇園くん……」

 

 ポツリと、背後から声が聞こえた。弟である翔の言葉だ。亮は振り返らぬまま、大丈夫だ、と告げる。

 

「夢神は強い。信じるんだ」

 

 彼は決して弱くはない。むしろ、弱い人間があの大会を勝ち抜けるはずがないのだ。

 だから、ただ信じればいい。信頼し、今は目の前の敵を倒すことに集中すれば。

 

「あら、カムルと再戦しているのねあの坊やは」

 

 嘲笑の混じった笑みを零し、カミューラがそんな言葉を紡ぐ。差し出した右腕に、一羽のコウモリが飛び乗った。

 

「愚かなことね。カムルには勝てないわ」

「何だと?」

「あれだけ無様に敗北した者が、勝てるわけがない」

 

 クスクスと笑みを零すカミューラ。御託はいい、と亮は告げた。

 

「夢神が必ず勝つ。そしてそれは俺もだ。――いくぞ」

「ふふっ、ルールはいいわね? 勝者はこの鍵を手に入れ、敗者はこの愛しき人形に魂を封印される」

 

 そして、二人がデュエルディスクを構える。

 

「「決闘!!」」

 

 戦いが始まる。

 先行は――カミューラ。

 

「私のターン、ドロー。……モンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 カミューラのターンが終了する。亮もまた、カードをドローした。

 

「一撃で終わらせる。俺は手札より『サイバー・ドラゴン・コア』を召喚! このモンスターはフィールド・墓地にいる時、『サイバー・ドラゴン』と扱う! 更に召喚時、効果により魔法カード『サイバネティック・フュージョン・サポート』を手札に加える!」

 

 そして、亮は手札より魔法カードを発動する。

 

「『パワー・ボンド』発動! 手札の『サイバー・ドラゴン』二体とサイバー・ドラゴンとなっているサイバー・ドラゴン・コアで融合! 来い――『サイバー・エンド・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF4000/2800→8000/2800

 

 現れるのは、サイバー流の象徴にして最強の切り札。

 奥義とも伝わる、絶対なる機械の竜。

 

「パワー・ボンドによって融合召喚されたモンスターはその攻撃力が倍になる」

「攻撃力、8000……」

 

 眉を顰め、その絶対的な威容を見つめるカミューラ。やった、と歓声が上がった。

 

「流石カイザー! これなら一撃で終わるぜ! やっぱ凄ぇなお前の兄ちゃんは!」

「うん! そうだよ、お兄さんは僕の自慢のお兄さんなんだ!」

 

 弟から聞こえてくる称賛の声に、思わず内心で笑みを作る。だが、今はデュエル中だ。

 

「けれど、パワー・ボンドにはリスクがあるはず。エンドフェイズに4000ものダメージを受けるリスクを負って、大丈夫なのかしら?」

「お前にエンドフェイズを心配される謂れはない。サイバー・エンドは貫通効果を持つ。――サイバー・エンドでセットモンスターを攻撃!!」

「甘いわね、リバースカード・オープン! 罠カード『次元幽閉』!! サイバー・エンドは除外させてもらうわ!」

 

 笑みを浮かべるカミューラ。ああっ、と背後から悲痛な声が響く。

 

「お兄さんのサイバー・エンドが!」

「カイザー!」

「――舐められたものだ」

 

 騒ぐ外野とは真逆。帝王と呼ばれる男は、静かに告げる。

 

「速攻魔法、『融合解除』。サイバー・エンドをエクストラに戻し、素材となったモンスターをフィールドに戻す」

 

 サイバー・ドラゴン・コア☆2光ATK/DEF400/1500

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 サイバー・ドラゴン☆5光ATK/DEF2100/1600

 

 場に舞い戻る三体のサイバー。ぐっ、とカミューラは呻いた。

 それを無視し、バトル続行だ、と亮は告げる。

 

「サイバー・ドラゴンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『ピラミッド・タートル』よ。戦闘破壊されたことにより、デッキから守備力2000以下のアンデット族モンスターを特殊召喚する。――『ゴブリン・ゾンビ』を守備表示で特殊召喚」

 

 ピラミッド・タートル☆4地ATK/DEF1200/1400

 ゴブリン・ゾンビ☆4闇ATK/DEF1100/1050

 

 アンデット族専用のリクルーターの効果により、厄介なサーチ効果を持つアンデットが現れる。亮は数瞬迷った後、敢えて追撃の手を止めた。

 

「俺は手札より『一時休戦』を発動。お互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、相手ターンのエンドフェイズまで俺の受けるあらゆるダメージは0となる。『パワー・ボンド』のデメリットはこれで打ち消しだ」

 

 相手の場に伏せカードがない状態であれば、『一時休戦』は確実に通る。更に言うと、相手が返しに何をして来ようと確実にこちらへとターンを回せるのだ。制限カードでこそあるが、強力なカードである。

 

「カイザーは何で攻撃しなかったんだ?」

「ゴブリン・ゾンビは墓地へ送られると守備力800以下のアンデットをサーチする効果を持ってるにゃー。ここで倒しても、ダメージは通らずサーチされるだけ。そこで攻撃しないことを選んだんだにゃ」

 

 十代の疑問の声に、大徳寺がスラスラと答える。この選択が確実に正しいということではないが、『一時休戦』のことを考えればこれが最善だと亮は結論付けただけだ。

 

「ゾクゾクするわぁ……、一番タイプだと思ったけれど。これほどなんて」

「悪いが、俺にもタイプがある」

 

 バッサリと切り捨てる亮。ふふ、とカミューラは笑みを零した。

 

「流石はサイバー流正統継承者、カイザー亮。素晴らしいタクティクスね。けれど、ここからが本番よ。私のターン、ドロー! 私はゴブリン・ゾンビを生贄に捧げ、『シャドウ・ヴァンパイア』を召喚! 効果により、デッキから『ヴァンパイア・ロード』を特殊召喚!! そしてフィールド魔法、『ヴァンパイア帝国』を発動! 効果により、ダメージステップ時に私のアンデット族モンスターは攻撃力が500ポイントアップする!」

 

 シャドウ・ヴァンパイア☆5闇ATK/DEF2000/0→2500/0(ダメージステップ時)

 ヴァンパイア・ロード☆5闇ATK/DEF2000/1500→2500/1500(ダメージステップ時)

 

 クロノスもやられた、大型ヴァンパイアモンスターの特殊召喚。バトル、とカミューラが宣言する。

 

「ゴブリン・ゾンビがフィールド上から墓地へ送られたため、『ヴァンパイア・グレイス』を手札に加える。――ヴァンパイア・ロードでサイバー・ドラゴンを攻撃!」

「ぐっ……!」

 

 吸血鬼の一撃により、機械の竜が破壊される。だが、ダメージはない。

 

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 強化されたヴァンパイアたち。このままでは突破はできない。

 ――だが。

 

「俺は手札より『融合』を発動! フィールド上の二体を融合! 来い、『サイバー・ツイン・ドラゴン』ッ!!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴン☆8光ATK/DEF2800/2100

 

 現れるのは、双頭のサイバー・ドラゴン。二回攻撃の効果を持つ、サイバー流のエースモンスターだ。

 

「バトルだ、サイバー・ツインで二体のモンスターを攻撃!」

「くうっ……!」

 

 カミューラLP4000→3400

 

 カミューラのLPにダメージが通る。亮はカードを一枚伏せると、ターンエンド、と告げた。

 相手の打つ手を、正面から〝力〟で捻じ伏せる。それが帝王のデュエルであり、亮の戦い方だ。

 

「どうした、カミューラ。……随分汗を掻いているようだが」

「くうっ……可愛くない! ニンゲン、風情が!」

 

 吹き飛ぶカミューラ。わっ、と周囲がわく。

 

「オシオキよ……! 私のターン、ドロー!」

 

 舌打ちを零し、カミューラがカードをドローする。そして引いたカードを見た瞬間、大きな笑い声を上げた。

 

「この楽しいデュエルも、もう終わり。残念ながら、あなたの勝機は今この瞬間に潰えたわ」

「……何?」

 

 眉をひそめる亮へ薄笑いだけを向け、カミューラがそのカードをデュエルディスクへと指し込む。

 

「手札から魔法カード、『幻魔の扉』発動」

「幻魔の扉……?」

「このカードは相手フィールド上のモンスターを全て破壊し、墓地のモンスターを一体召喚条件を無視して特殊召喚する!」

「何だと!?」

「何だそのデタラメな効果は!」

「死者蘇生とサンダー・ボルトが合わさったような効果……」

 

 亮が眉を跳ね上げると同時、次々と背後から声が届く。勿論、とカミューラは告げた。

 

「相応のリスクはある。このカードを使用し、敗北した時、私の魂は幻魔へと捧げられる」

「……命懸けのインチキカードか」

「命を懸けることが滑稽に思えるような効果だけれど、ね」

 

 万丈目の言葉に対し、雪乃が苦々しく告げる。カミューラは尚も笑った。

 

「ええ、その通り。確実に勝てる場面で使えばこんなものはリスクにもならない。なんだけれど、折角の闇のゲーム……、それらしく使わせてもらいますわ」

 

 カミューラの視線が、別の場所を向く。その先にいる人物に気付き、亮は声を張り上げた。

 

「逃げろ翔!」

「え、お兄さ――」

「――遅い」

 

 それは一瞬の出来事だった。カミューラの身体が一瞬で霧と化し、翔の前へと移動する。

 

「ひっ――」

 

 翔が悲鳴を上げるよりも先。

 ズブリ、と。

 異形そのものといえる牙が、その首筋へと突き刺さる。

 

「翔!!」

 

 その絶叫も、届かぬまま。

 

「私は墓地より『ヴァンパイア・ロード』を蘇生。更に除外することで『ヴァンパイア・ジェネシス』を特殊召喚!!」

 

 ヴァンパイア・ジェネシス☆8闇ATK/DEF3000/2100

 

 まるで見せつけるように翔の身体を抱えたカミューラが、彼女のエースを降臨させる。

 

「う、あああああああああっっっ……!」

「翔!!」

 

 呻き声を上げる翔と、その名を呼ぶ亮。

 

「さあ、どうするのかしら?」

 

 嘲笑の笑みと共に、こちらへ告げるカミューラ。

 

「あなたが勝てば、この坊やの魂は幻魔へと捧げられる」

「…………ッ」

 

 選択の、時。

 己の命と、弟の命と。

 どちらを選ぶかと……そういう、選択。

 

〝殺し合うなら、相応の覚悟をしていくべきだ。これは最早ゲームではないのだからな〟

 

 忠告と、〝王〟が告げた言葉が脳裏に響く。

 ゲームではない、試合でもない、殺し合い。

 それが、この戦い。

 

「――――」

 

 静かに、唇を噛み締める。

 選択までの時間は、残されていない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何度も、何度も深呼吸を繰り返す。痛みでつい体に入ってしまう力を抜くように努める。少しでも痛みを堪えるためだ。

 

(……最期まで、意識がもつか……)

 

 自分の身体だ。限界がどこにあるかはすぐわかる。そしてそれは、間近であるということも。

 

「私の先行、ドロー」

 

 相手の言葉と共に一度目を閉じ、大きく深呼吸。

 ――体を、何か温かいモノが包んでくれたような感覚がした。

 

「せめて、苦しまぬように。――手札より魔法カード『増援』を発動。デッキより『ダーク・グレファー』を手札に加え、召喚。効果により、『インフェルニティ・ネクロマンサー』を捨て、デッキより『インフェルニティ・デーモン』を墓地へ送る」

 

 ダーク・グレファー☆4闇ATK/DEF1700/1600

 

 現れるのは、闇へと堕ちた一人の戦士。手札の闇属性モンスターを墓地に送れば、デッキからも闇属性モンスターを墓地に送ることができるという強力なモンスターだ。

 

「更に『愚かな埋葬』を発動。デッキから『ヘルウェイ・パトロール』を墓地へ。更に『使者転生』を発動。手札の『インフェルニティ・ビートル』を墓地に送り、墓地から『インフェルニティ・デーモン』を手札に。カードを一枚伏せ、墓地のヘルウェイ・パトロールを除外し『インフェルニティ・デーモン』を特殊召喚」

 

 インフェルニティ・デーモン☆4闇ATK/DEF1800/1200

 

 現れるのは、手札が0の時にこそその真価を発揮するモンスター。カムルの手札は――0。

 

「インフェルニティ・デーモンの効果を発動します。手札が0の時、デッキから――」

「『エフェクト・ヴェーラー』の効果発動! 相手のメインフェイズ時、このカードを墓地に送ることで相手フィールド上の表側表示モンスターの効果を無効にする!」

 

 優秀な、所謂手札誘発のカードだ。ほう、とカムルが吐息を零す。

 

「成程、面白い。ですが、足りません。リバースカード、オープン。魔法カード『ZERO―MAX』。手札が0の時、バトルフェイズを放棄する代わりにインフェルニティを蘇生し、そのモンスターより攻撃力の低いモンスターを全て破壊する。私は『インフェルニティ・ネクロマンサー』を蘇生し、更にその効果により墓地の『インフェルニティ・ビートル』を蘇生。そしてビートルの効果。手札が0の時、二体まで同名モンスターをデッキから特殊召喚できる」

 

 インフェルニティ・ネクロマンサー☆3闇ATK/DEF0/2000

 インフェルニティ・ビートル☆2闇・チューナーATK/DEF1200/0

 インフェルニティ・ビートル☆2闇・チューナーATK/DEF1200/0

 

 一瞬で場に並ぶ三体のモンスター。先の二体と合わせて五体ものモンスターが並び立つ。

 

「ダーク・グレファーにインフェルニティ・ビートルをチューニング。シンクロ召喚。――『天狼王ブルー・セイリオス』」

 

 天狼王ブルー・セイリオス☆6闇ATK/DEF2400/1500

 

 現れるのは、三つ首を持つ天の狼。その咆哮が、響き渡る。

 

「それでは、お見せ致しましょう。世界をも閉ざした、最強の竜の姿を」

 

 集うのは、三体のモンスター。

 そのレベルは――合わせて9。

 

 

「いざ仰ぎなさい――『氷結界の龍トリシューラ』」

 

 世界が、純白に染まる。

 荒れ狂う氷の嵐。その中心に、龍はいる。

 

 氷結界の龍トリシューラ☆9水ATK/DEF2700/2000

 

 圧倒的な存在感。その力に、何もされていないというのに思わず体が震える。

 

「トリシューラはそのシンクロ召喚成功時、フィールド、墓地、手札を一枚ずつ除外できます。フィールドには何もいませんが……墓地のエフェクト・ヴェーラーと手札を一枚、除外させていただきます」

 

 手札の一枚が貫かれ、氷結する。

 除外されたのは――『暗黒竜コラプサーペント』。

 

「私はターンエンドです」

「…………ッ、僕のターン、ドロー……!」

 

 体が痛み、意識が揺らぐ。

 氷結界の龍トリシューラ――ただいるだけで、その威圧感が体を蝕む。

 

「僕は手札より、魔法カード『調律』を発動。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップを一枚墓地へ……」

 

 落ちたカード→ドッペル・ウォリアー

 

 いいカードが落ちた。だが、だめだ。相手の手札はすでに0。準備はすでに整っている。

 ならばこのターンに、何とかしてあのカードを――

 

〝――――〟

 

 声が、聞こえた気がした。

 竜の嘶き。そして――……

 

「――やれるだけ、やってみるといい。ちゃんと、見ているから」

 

 静かでいて、どこか優しい言葉を背に受けて。

 覚悟は――定まる。

 

「手札より魔法カード『死者転生』を発動……、『魔轟神獣ケルベラル』を捨て、『ドッペルウォリアー』を手札に……! ケルベラルは手札から捨てられたことにより特殊召喚され、更に、墓地からモンスターが特殊召喚されたため、手札より『ドッペル・ウォリアー』を特殊召喚……!」

 

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/400

 ドッペル・ウォリアー☆2闇800/800

 

 並び立つ二体のモンスター。カムルが、何、と言葉を紡いだ。

 

「魔轟神……!? 成程、アナタの差し金ですか〝祿王〟……!」

「差し金、とは異なことを言う。人の手を借りることは何もおかしなことではなかろう? 一人で立ち上がれないなら手を借りればいい。それに、戦いの場ではどの道一人だ。何の問題がある?」

「……いいでしょう。 魔轟神――扱える者は限られています。あなたならばともかく、そこの少年に扱い切れるわけがない」

 

 二人の言葉も、どこか遠い。

 それでも今は、やれることを。

 

「レベル2、ドッペル・ウォリアーにレベル2、魔轟神獣ケルベラルをチューニング。シンクロ、召喚。駆け抜けよ――『魔轟神獣ユニコール』」

 

 魔轟神獣ユニコール☆4光ATK/DEF2300/1000

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 現れるのは、白き体躯を持つ一角獣。伝説にも語られる姿を持つその馬は一度大きく嘶くと、身を寄せるように祇園の隣で歩みを止めた。

 

「更に、『ジャンク・シンクロン』を召喚。墓地から『魔轟神獣ケルベラル』を蘇生……」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 魔轟神獣ケルベラル☆2光・チューナーATK/DEF1000/400

 

 目指す場所は、定まっている。

 手札は――残り、二枚。

 

「ドッペル・トークン二体に、ジャンク・シンクロンをチューニング……『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 視界が揺れる、意識が霞む。

 自分がちゃんと立てているかどうかさえ、不安だった。

 

〝マスター〟

 

 不意に、体が何かに包まれる。

 まるで、何かに支えられているような感覚――

 

〝私が支えます〟

 

 だから、とその声は言った。

 ――頑張れ、と。

 

「――『愚かな埋葬』発動……ッ! デッキからダンディ・ライオンを墓地に送り、綿毛トークンを二体特殊召喚……!」

 

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0

 

 痛い。辛い。苦しい。

 そんな言葉だけが、脳裏を過ぎって。

 

「……TGハイパー・ライブラリアンと、綿毛トークンに、ケルベラルを……チューニング……」

 

 レベルは、8。

 取り出すのは、一枚のカード

 

「――少年?」

 

 背後から、聞こえる声。

 その声には、疑問が込められている。

 

「白紙のカード……?」

 

 対面から聞こえる声さえも、もう聞こえていない。

 ただ、どうすべきかだけは――わかっている。

 

「闇を、切り裂け――『閃光竜スターダスト』ッ!!」

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000

 

 熱い、と思った。

 眼前、自らを守るようにして現れるのは、純白の竜。風纏う星屑の竜ではなく、光纏う星屑の竜だ。

 

「……光の、竜ですか。見たこともない姿ですが……」

「閃光竜スターダストで、ブルー・セイリオスを攻撃――」

「――――ッ!?」

 

 応じるだけの余裕はない。ただ、全力で一撃を叩き込む。

 

 カムルLP4000→3900

 

 僅かにその身を揺らすカムル。だが、それだけだ。

 そして、ブルー・セイリオスの効果により、スターダストの攻撃力が減少する。

 

 閃光竜スターダスト☆8光ATK/DEF2500/2000→100/2000

 

「カードを、一枚伏せ……ターン、エンド」

 

 口の中に広がる鉄の味と、傷口の焼けるような痛み。

 限界は――近い。

 

「ハンドレスの真似事ですか? 見事な展開ですが、それでは届きません。――ドロー、さあ、終焉です。『インフェルニティ・ミラージュ』を召喚。効果の説明は、必要ですか?」

 

 インフェルニティ・ミラージュ☆1闇ATK/DEF0/0

 

 自らを生贄に捧げることで、墓地のインフェルニティ二体を蘇生するという強力な効果を持つモンスターだ。

 

「インフェルニティ・ミラージュの効果を――」

 

 直後。

 ミラージュの姿が爆発し、その効果が無効となる。

 やった、と思った。同時、体が堪え切れず……膝をつく。

 

「くっ……、何が……!?」

「――ユニコールは、相手と自分の手札の枚数が同じ時、相手が発動する魔法・罠・モンスター効果を全て無効にし、破壊する効果を持つ。ハンドレス・コンボ……強力だが、相性が悪かったな」

 

 澪がカムルを挑発するように言葉を紡ぐ。ぐっ、とカムルは呻き声を漏らした。

 

「ならば――ユニコールを砕けばいい。トリシューラでユニコールを攻撃!」

「閃光竜スターダストの効果を発動……! 一ターンに一度だけ、表側表示のカードを破壊から守ることができる……!」

 

 衝撃が体を駆け抜け、飛び散った鮮血が床を濡らした。

 

 祇園LP4000→3600

 

 僅かなダメージでも、その衝撃は相当なもの。

 だが、もう少しだ。

 もう少しで……終わる。

 

「……ッ、僕の、ターン、……ドロー……ッ」

 

 カードを、引こうとして。

 何も見えないことに、気付いた。

 

「…………あ……」

 

 マズい、とそう思うと同時に。

 体が、傾いて。

 

「――倒れるな、少年」

 

 その体を、誰かが優しく支えてくれた。

 

「あと、一手だろう」

 

 デッキトップに手を置いて。

 カードを、引く。

 

「……『リビング・デットの呼び声』……っ、ケルベラルを、蘇生……」

 

 そして、二体のモンスターが新たな姿へと姿を変える。

 綿毛トークンと、ケルベラル。

 ――現れるのは、一羽の怪鳥。

 

 霞鳥クラウソラス☆3風ATK/DEF0/2300

 

 攻撃力を持たぬモンスター。だが、その効果は強力。

 ――一ターンに一度、相手モンスターの攻撃力を0とする。

 

 氷結界の龍トリシューラ☆9水ATK/DEF2700/2000→0/2000

 

 弱体化する氷結界の龍。だが、これで終わらない。最後の一枚がある。

 

「手札より、エフェクト・ヴェーラーを……召喚」

 

 エフェクト・ヴェーラー☆1光・チューナーATK/DEF0/0

 

 これが、最後。

 エフェクト・ヴェーラーと霞鳥クラウソラスがシンクロし。

 

 アームズ・エイド☆4光ATK/DEF1800/1200

 

 モンスターに装備できる力を持つ、シンクロモンスター。

 その装備対象は……魔轟神獣ユニコール。

 

 魔轟神獣ユニコール☆4光ATK/DEF2300/1000→3300/1000

 

 大きな嘶きの声を上げる魔のユニコーン。

 祇園は、最後の力を振り絞る。

 

「闇を――切り裂け!!」

 

 まるで、自分自身の〝何か〟を振り切るように。

 夢神祇園は、絶叫し。

 

 カムルLP3900→600

 

 轟音と共に、カムルの場のトリシューラがユニコールの角によって貫かれる。

 

「――知っていると思うが」

 

 まるで砕けた氷像のように砕けていくトリシューラ。その砕けた体躯が、カムルの頭上から降り注ぐ。

 

「アームズ・エイドを装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える効果がある」

 

〝祿王〟の言葉を、何かのスイッチとするように。

 轟音と閃光が、周囲を包んだ。

 

 カムルLP600→-2100

 

 爆風と共に飛んできた鍵を、〝祿王〟が手に取り。

 

「キミの勝ちだ、少年」

 

 その、言葉に。

 はい、と小さく頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ヴァンパイア・ジェネシスでダイレクトアタック!」

「罠カード発動、『ガード・ブロック』! 一度だけ戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドローする!」

 

 カミューラの切り札による一撃を、亮は耐え忍ぶ。

 だが――だからなんだというのだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。勝機は見えた。勝つことはできる。

 

(だが……俺が勝てば、翔は)

 

 大切な弟は――死んでしまう。

 

「お兄さん、勝って……。お兄さんは誇り高いカイザーで、僕の誇りなんだ」

 

 不意に、声が聞こえた。

 どこか諦めたような笑みと共に、翔が呟く。

 

「お兄さんに比べたら、僕なんて大したことのない……路傍の石ころみたいなもので。そんな僕のために、お兄さんが負けるなんて間違ってる」

「……翔」

「大丈夫だよ、お兄さん。僕はお兄さんを恨んだりなんかしない。……だから、勝って」

 

 弟の――大切な家族の言葉。

 覚悟は、決まった。

 

「――翔、お前は良いデュエルをするようになった。昔と比べると、見違えるようにな」

 

 昔から、自信が持てないで、卑屈になってばかりだった弟。

 けれど、少しずつ……強くなっていく姿を、見てきている。

 

「お前はもっと、自信を持っていい。……これからも、頑張れ」

「お兄、さん?」

「――俺は手札より、『サイバネティック・フュージョン・サポート』を発動! LPを半分支払い、このターン一度だけ機械族の融合を墓地のモンスターを除外することで行える! そして『パワー・ボンド』を発動! 墓地のサイバー・ドラゴン二体とサイバー・ドラゴンとなっているサイバー・ドラゴン・コアを除外し! 『サイバー・エンド・ドラゴン』を融合召喚!!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴン☆10光ATK/DEF4000/2800→8000/2800

 

 現れるのは、帝王の切り札。

 ありとあらゆる敵を粉砕するその力も……しかし、弟は救えない。

 

「――後は、任せた」

 

 静かに、呟く。

 ここで敗北を選ぶことは、何の解決にもならないということぐらいは理解している。

 だが、それでも。

 これが、逃避だとしても。

 

「駄目だ、お兄さん」

 

 それでも、弟を――家族を犠牲にはできなかった。

 

「駄目だお兄さん!!」

 

 翔に、静かに笑いかける。

 

「エンドフェイズ、パワー・ボンドの効果によって融合召喚したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける」

 

 意識が、途切れる。

 

「――――――――お兄さんッ!!」

 

 弟の、絶叫が。

 最期に……聞こえてきた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……何でだよ……何で、翔が泣いてるんだよ……?」

 

 城の外へと放り出された十代たち。雨に濡れながら涙を零す翔の小さな肩を見つめながら、十代は呟く。

 

「デュエルは楽しいもんだろ……? なのに、なんで……何でこんなことになってるんだよ!」

 

 帝王は、勝っていた。あのデュエルで、勝利できたはずなのだ。

 だが、そうしなかった。いや、できなかった。

 大切な家族を守るためには、それを選んではいけなかったのだから。

 

 雨は止まない。

 昏い雨が、心を覆うように降り続く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 暖かな重みが、膝にある。そこに頭を乗せている少年は申し訳なさそうに、すみません、と言葉を紡いだ。

 

「……こんな、ことまで……」

「何、大したことではないよ。キミはよく頑張った。これぐらいしかしてやれないが……」

「いえ……ありがとう、ございます……」

 

 大きく開いたわけではないだろうが、傷口が僅かに開いて出血している。本来、こうして闇のデュエルなどできる状態ではなかったのだ。こうして意識が残って立っているのが奇跡だろう。

 

「…………」

 

 しばらく、互いに無言だった。視れば、祇園は目を閉じて眠ってしまっていることに気付く。

 

「……お疲れ様、だな」

 

 カムル、といったか。あの男はどうやら逃げ去ったらしい。まあ、祇園に変な荷物を負わせずに済んだと考えれば上等だろう。

 だが、それにしても気になることが一つある。

 

「――白紙のカード、か」

 

 祇園が召喚した、『閃光竜スターダスト』という名の光の竜。あれは彼が託されたスターダスト・ドラゴンとは似ているが違う力を持っていた。あのカードの存在は、澪も聞いたことがない。

 そして、もう一つ。

 

「……また白紙に戻っている……」

 

 そう、デュエルを終えた直後にまるで役目を終えたかのようにカードは再び白紙へと戻ってしまったのだ。これがどういう意味を持つのか、同じくペガサスに白紙のカードを預けられている身としては知っておきたい。

 

「少年は眠っているぞ。出てきたらどうだ?」

『――お気付きでしたか』

 

 虚空に向かって言葉を紡ぐと同時、現れたのは一人の女性。

 ドラゴン・ウイッチ――確か、祇園のデッキにも入っていたカードだ。

 

「少年の持つカードに宿る精霊か」

『はい。お初にお目にかかります、〝祿王〟殿』

「……どうやら、長くは語れんようだな。まあいい」

 

 ウイッチの身体は半ば透けており、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。おそらく、力が足りないのだろう。

 

『このような身での対面。お許しください』

「構わんさ。精霊たちは随分と私を持ち上げてくれるが、正直興味はない。むしろ、何故そこまで持ち上げてくれるのかが疑問だな」

『妖精竜様の預言もありますので……』

「ああ、成程そういうことか。もう一度会う必要があるな、あの竜には。……まあ、それはいい。それで、キミはこの白紙のカードについては何か知っているか?」

『……いえ、私は』

 

 ウイッチは首を振る。成程、精霊にもわからないらしい。

 自分だけならば放置も考えたが、祇園も関わっているならばそうもいかない。そうなると、本格的にあの妖精竜と会う必要があるかもしれない。

 

「……どうやら、もう限界のようだな」

 

 ウイッチの身体が、徐々に光の粒子となって消えていこうとしている。はい、とウイッチは頷いた。

 

『マスターのことを、お願いしてもよろしいですか?』

 

 文字通りの、消え入りそうな笑顔で言うウイッチに。

 ああ、と澪は頷いた。

 

「戻ってくるのだろう?」

『はい。すぐにでも』

「ならば、構わんさ」

 

 そして、ウイッチの姿が消える。

 城の外では、変わらず雨が降り続いていて。

 

「……よく頑張ったな、少年」

 

 膝の上で眠る少年の頬に。

 小さく、唇を落とした。

 

 

 奪い返した鍵の数――一つ。

 奪われた鍵の数――二つ。

 

 状況は、更に混迷に。

 雨は、まだ止まない。

 

 

 

 


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