遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第五十五話 目にした現実、選ばれるということ

 

 

 

 

 

 

 いつもより早い時間に目が覚めた。今日は日曜日だ。二度寝しようと思ったが、寝心地の悪いこの部屋ではどうにもそんな気分にならない。

 

「……ふん」

 

 この部屋だけでも早急に改築するべきか――そんなことを思いつつ、万丈目は体を起こす。時間は六時。基本的に怠惰な生徒が多いレッド寮では、この時間に起きている者はほとんどいない。

 

(いや……一人だけいる)

 

 階段を降り、食堂へと足を踏み入れる。同時、良い香りが鼻腔をくすぐった。

 

「…………」

 

 食堂の奥にある厨房へと足を踏み入れる。記憶が正しければかなり汚い場所だったはずだが――それでもブルー寮のそれと比べると広さも綺麗さも問題外なレベル――随分と整頓され、厨房としての体を成している。

 そしてそこで朝食を作っているのは、万丈目と同じレッド寮の生徒。

 万丈目にとってはドロップアウトである十代よりも評価の低い、落第生。

 

「……あ、万丈目くん。どうしたの?」

 

 料理の手を止めないままに、そいつはそう問いかけてきた。ああ、と万丈は頷く。

 

「普段より早く目が覚めただけだ。……それより、休日は料理を作っていないのではなかったか?」

「普段はそうなんだけど、今日は大徳寺先生の課外授業があるから。お弁当作りのついでに、って思って。万丈目くんも朝食いる?」

 

 問いかけられ、ふむ、と考える。幼少期よりそれなりのものを食べ続けてきた万丈目の舌はかなり肥えているため、祇園の料理は別段美味いと感じるわけではない。だが悪くない味であることも確かだ。

 

「……頂こうか」

「うん。ちょっと待っててね」

 

 そして再び厨房へと戻っていく祇園。その背を見ながら、ふと万丈目は思い出したように問いかけた。

 

「そういえば、その大徳寺の課外授業というのはこの間の授業で言っていたアレだろう? 参加者は誰だ?」

「僕と十代くんと翔くん、隼人くん。天上院さんと宗達くん、藤原さん……だったはずだけど」

「なに、明日香くんも行くのか?」

「うん。特に単位は問題ないんだけど、用事もないからって言ってたよ。藤原さんもだけど」

 

 祇園の言葉に、むむ、と万丈目は唸る。正直興味など欠片もなかったが、明日香が来るのであれば参加する意義はあるのかもしれない。

 どうするか――そんな風に万丈目が悩んでいた時。

 

「うーっす、やっぱ早いなオマエ」

「おはよう、宗達くん」

 

 食堂に、如月宗達が姿を現した。そのまま宗達は、あれ、とこちらに視線を向ける。

 

「早起きだな万丈目。何だ、オマエも補習に参加すんのか?」

「貴様と一緒にするな。俺にその必要はない」

 

 ふん、と鼻を鳴らす万丈目。あ、そう、と宗達は肩を竦めた。

 

「別にどうでもいいっちゃいいけども。そもそもオマエ、出席日数足りなくてレッド寮になったんじゃなかったか?」

「…………ッ、そういう貴様もレッド寮だろう!?」

「俺は割とここで満足してるしな。授業サボってもいいし」

「いや、サボってもいいわけじゃないと思うけど」

 

 祇園の冷静なツッコミが入る。だが、確かに宗達はこういう男だ。

 

「ええい、第一俺は強くなるために一度ここを出たのだ! ならばレッド寮という現状からもう一度這い上がるだけに過ぎん!」

「あ、そうそう。今日雪乃来れないから」

「話を聞け貴様ァ!」

 

 いつも通りといえばいつも通りのやり取り。宗達が肩を竦めた。

 

「あ、そうなの? 体調不良?」

「まー、体調不良っちゃそうだな。とりあえず毎月あるアレだ」

「……成程」

「近付いて軽口叩こうもんならマジで殺されるからな。今日は近付かないことにした」

「貴様ら朝から何の会話をしているんだ!?」

「生命の神秘について」

 

 しれっと答える宗達。祇園が苦笑を漏らした。

 

「まあまあ、落ち着いて。とりあえず、藤原さんは来れないんだよね?」

「ああ。まあ、雪乃は暇だから参加しようとしてただけだしな。別にいいだろ。で、万丈目は?」

「ふん、俺は不参加だ。出る必要もない」

「あいよ」

 

 軽く頷く宗達。その宗達に、おい、と万丈目は言葉を紡いだ。祇園は厨房に戻っており、食堂には二人しかいない。

 

「丁度いい機会だから言っておくぞ。俺は貴様を友人とは思っていない」

「……ふーん、それで?」

「貴様は俺にとって必ず超えなければならない敵だ。傷の舐め合いをするような関係ではない」

 

 対面に座る宗達は変わらず笑みを浮かべている。その宗達へ、だが、と万丈目は言葉を紡いだ。

 

「この間のことについては礼を言っておく。……助かった」

「別に礼を言われることじゃねーよ。オマエの身内を馬鹿にしたのも事実だし。それに、傷の舐め合いなんざ俺も求めてねぇ。オマエは俺にとっては好敵手だよ。それもまた、友達って呼ぶらしいぜ」

 

 くっく、といつものように余裕のある笑みを零す宗達。ふん、と万丈目は鼻を鳴らした。

 

「やはり貴様は気に入らん」

「そいつはどうも。褒め言葉だ」

 

 互いに口元には僅かな笑み。

 それもまた、一つの関係性。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエル・アカデミア本校がある島は本当に妙な場所である。野生動物が暮らす森や山があり、よくわからない建物もある。

 立ち入り禁止区域の存在や火山など、本当に妙な島だ。

 そして、これから向かう遺跡もまた、学校施設がある島にあるとは思えないモノでもある。

 

「とりあえず、ここで休憩だにゃー」

「つ、疲れたんだな……」

「大丈夫、隼人くん? はい、お水」

 

 大徳寺の号令を聞き、その場に座り込む隼人。その隼人に水を差し出しつつ、そういえば、と祇園が呟いた。

 

「今から向かう遺跡って、どういう場所なんですか?」

「一言では説明し辛いにゃー。ただ言えるのは、今から行く遺跡は精霊に関係する場所ということだにゃ」

「精霊、ですか」

「えー、精霊なんてホントにいるッスか?」

 

 翔が疑問の声を上げる。正直、祇園も同じ想いだ。精霊という存在の話は妖花からも聞いたことがある。だが、祇園にはどうしても信じられない。

 精霊や神を信じるには、今までの人生はあまりにも過酷に過ぎた。

 

「まあ、信じられなくても仕方がないにゃ。そういう考えがある、ということも重要だからにゃー」

「見えねぇもんを信じるのも難しいしな」

「キミが言うと説得力があるにゃー」

 

 宗達の言葉に対し、意味ありげに大徳寺が微笑む。宗達はそれに対し、無言で肩を竦めた。

 

「精霊ね……十代はどう思う?」

「え、ああ、俺は――」

 

 明日香の問い。それに対し、十代が何かを言おうとした瞬間。

 

 

 ――――――――。

 

 

 光が、周囲を支配した。

 なんだ、という誰かの叫びと共に、地面が揺れる。

 

「こっちだにゃ!」

 

 状況の把握ができない中、大徳寺のそんな言葉が響き渡る。その声に従い、遺跡の中――屋根のある場所へと走っていく。

 

「十代、祇園! 急げ!」

 

 宗達の声。空より降り注ぐ光が、周囲を覆い尽くし。

 ――視界と意識が、純白の光に包まれた。

 

〝マスター!!〟

 

 どこかで。

 そんな叫びが、聞こえた気がした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目を覚ますと同時に感じたのは、頬に触れる熱さと僅かな痛み。

 僅かに痛む体を起こし、目を開く。

 

「……ここは……?」

 

 周囲に広がるのは、真っ白な砂で広がる砂漠。

 照りつける太陽が嫌に眩しい。ただ、自分が大きな岩の陰にいるおかげで必要以上に照らされるとことはなかったようだ。

 

(砂漠……? 何でこんな……一体何が……?)

 

 頭を揺らし、状況の把握に努める。

 ここはどこだろうか。少なくとも、アカデミア本当ではないはずだが。

 

「――目を覚まされましたか、マスター」

 

 突然聞こえてきた声に、思わず飛び起きる。咄嗟に岩を背にしたのは、防衛本能か。

 

「警戒なさらないでください。私はあなたの味方です、マスター」

 

 視線の先、そこにいたのは一人の女性。

 金髪をポニーテールにした、魔法使い。

 その姿には見覚えがある。彼女は――

 

「ドラゴン・ウイッチ……?」

「はい、マスター」

 

 そして、彼女は膝をつく。

 まるで、跪くように。

 

「ずっと、お会いできる日を待ち望んでおりました。我が……主」

 

 目に涙さえ浮かべ、そんなことを言う彼女に。

 祇園は、ただ困惑するしかなかった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 やはりというか、何というか。目の前に広がる光景は普段の生活からありえるものではなかった。

 一面に広がる砂漠に、遠くに見える谷。そしてオアシス。成程、普通の状況ではない。

 

〝くっく……懐かしい世界だ〟

 

 聞こえてくる声に眉をひそめる。周囲に僅かな闇が漂った。

 

「ここがどこかわかんのか?」

〝無論。ここは我らがあるべき世界。そして貴様らは立ち入るべきではなき世界だ〟

「……精霊界か」

〝貴様らの言葉に合わせればそうなる〟

「あっそ。どうでもいいけどな。……で、他の連中は?」

〝さて、な。ただ言えるのは貴様だけがこうして別の場所にいるということだ〟

「あァ?」

 

 自分一人だけ――それがどういう意味かと問いかける。くっく、と声は笑った。

 

〝貴様は自覚するべきだ。最早貴様という存在は常道より離れているということを〟

 

 その言葉に、ふん、と宗達は鼻を鳴らす。そして、まあいい、と静かに呟いた。

 

「どっちにせよあいつらと合流しなけりゃ話にならねぇ。どこにいるかはわかるか?」

〝教えると思うか?〟

「…………チッ」

〝くっく、精々励むがいい――虫けら〟

 

 闇が消えていく。宗達はもう一度舌打ちを零すと、仕方ねぇ、と呟いた。

 

(俺の体質と、この状況を生んだ阿呆の都合で引き離されたってのがこの面倒な状況の真相だろ。どうでもいいけど。……しゃーねぇ、とりあえずあの谷に向かうか)

 

 歩き出す。砂の上を歩くことには慣れていないが、まあ仕方がないだろう。

 面倒なことになった――そんなことを思いながらしばらく歩いていると。

 

「…………ん?」

 

 砂の上に何やら倒れている者を見つけた。うつ伏せの状態で、ピクリとも動かない。

 青い鎧を着た男だ。人間か、と思ったがここは精霊界。となると、精霊だろう。人型のモンスターなど珍しいものではない。

 

「…………」

 

 一瞬迷ったが、結局は何の躊躇もなく宗達はその横を通り過ぎようとする。

 ――しかし。

 

「……そ、そこの……」

 

 通り過ぎようとする足を、思い切り掴まれた。少し痛い。

 

「…………み、水を……できれば、食料も………………」

 

 掠れた声で、そう懇願してくる青い鎧武者。

 面倒臭いことになった――宗達は、心の底からそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―は、夢神祇園にとって思い入れのあるカードだ。

 幼少期よりずっと使い続けてきたカードであり、大切なカード。

 そして目の前にいるのは、祇園の持つそのカードに宿るという精霊だ。

 

「以前は闇の空間におけるほんの一瞬の邂逅でしたが……この世界ならば、私はこうしてマスターと対面することができます」

「……精霊界、だよね」

「はい。……本来なら、人間であるマスターがここを訪れることはほとんど不可能なはずなのですが……」

 

 二人で谷――ネクロバレーだとウイッチは語った――の方角へ向かいながら言葉を交わす。正直状況は理解し切れていないが、とりあえず動かないことにはどうにもできない。

 

「多分、あの光が原因なんだろうけど……。ウイッチはなにかわかる?」

 

 見た目は年上の女性であるウイッチだが、祇園は自然と敬語を使わなくなっていた。

 どこか親しい感覚が心のそこにあるのだ。

 それこそ、遠い昔からの知己であるかのような――……

 

「いえ……申し訳ありません。私はあちらの世界では力は弱く、外の世界を認識することさえ困難なのです」

「そうなの?」

「はい。故にマスターのご友人の中におられる精霊を視ることのできる方々も、私を認識するには至りません」

「そっか」

 

 精霊の見える者――浮かぶのは妖花だ。彼女は自身が従えるモンスターを『みんな』と呼称し、また、『巫女』という役割も担っている。その彼女ならば〝視えて〟いてもおかしくはない。

 

「でも、大丈夫なの? ネクロバレーに向かってるけど……」

「……正直、賭けの部分が大きいのも事実です。彼らは元来、排他的ですから。しかし、他に手もありません。マスターのご友人方についても、いるとすればここですので」

「そっか。そういうことなら信じるよ」

「ありがとうございます、マスター。……故にここから先は、できるだけ口を閉じていてください」

 

 ウイッチが軽く手を前に出し、静かに告げる。うん、と祇園は頷いた。

 眼前にあるのは、王家の眠る谷―ネクロバレー―。

 

「任せてもいいかな?」

「はい。お任せを。――こちらです」

 

 ウイッチに手を引かれ、物陰に隠れながら二人で移動を開始する。見張りの者たちの視線を掻い潜り、息を潜め、進んでいく。

 

「……全体が殺気立っています。何かがあったのかもしれません」

「……十代くんたちかな?」

「……わかりませんが、可能性は――こちらです、マスター」

 

 手を引かれ、袋小路の隅にある物陰へと二人で身を潜める。僅かな隙間に入り込むために、ウイッチが祇園を強く抱き締めた。

 柔らかな感触と、どこか甘い香りが鼻腔をくすぐる。祇園は思わず固まった。

 

「……行った、ようですね」

 

 足音が遠ざかっていくのを確認し、静かにウイッチが呟く。そして自身の状況を見ると、その頬を一瞬で赤く染めた。

 

「ま、マスター!? す、すみません!」

「あ、いや、じゃなくてウイッチ、声!」

「あっ――」

 

 ウイッチが慌てて口元を自身の手で塞ぐが、もう遅い。複数の荒々しい足音が響き渡る。完全にバレてしまった。

 

「――――ッ」

 

 ウイッチが立ち上がり、そんな彼らを迎え撃とうとする。

 どうする――祇園も待立ち上がり、壁に手をつく。

 

 ガコン、と。

 そんな音が響くと同時に、祇園の身体が傾いた。

 

「マスター!?」

 

 僅かに宙に浮く身体。その手をウイッチが掴み取る。

 ――二人の姿が、闇の中へと消えていく。

 

 

「こっちから声がしたぞ!」

「例の侵入者の仲間かもしれん!」

「王家の墓を荒らす者には死を!」

 

 二人のいなくなった場所に。

 墓守たちの、そんな声が響き渡る。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

「本当に助かったでござる!」

 

 深々と頭を下げながら、その精霊はそう言った。ああ、と宗達は頷く。

 

「別にそんなのはどうでもいいから、先に行かせてくれ」

「む、なんと心の広い御仁でござるか。拙者、六武衆が一番槍、ヤリザと申す。このご恩、決して忘れぬでござるよ」

「六武衆?」

 

 自身が好んで使うカテゴリーの名に、宗達は思わず眉をひそめる。成程、だからこの砂漠で鎧など着ていたわけだ。

 

(けど、ヤリザなんてモンスターいたか?)

 

 思い出せない。まあ、思い出せないということはその程度ということなのだろうが。

 宗達は一つ息を吐くと、砂を払いながら立ち上がった。

 

「まあ、運が良かったと思ってくれ。偶然だしな」

 

 そもそも残飯だ。渡したモノは。

 

「しかし、拙者が救われたのもまた事実であるが故。――本当に感謝でござる」

「……オマエ、侍なんだろ? そんな軽く頭下げていいのか?」

「軽くなどござらぬ。拙者は命を救われ申した。頭を下げるというのは、感謝している時にこそ行うべき行為にござる」

「へぇ」

 

 面白いな、とそんなことを思った。この侍は見た目以上に律儀らしい。

 

「まあ、それなら別にいいさ。礼を言われて悪い気分なわけでもねぇ。だがま、今日のことは本当に偶然だ。忘れとけ。その礼でチャラだ」

 

 宗達が立ち上がる。ヤリザがお待ちを、と彼もまた立ち上がりつつ言葉を紡いだ。

 

「名をお聞かせ願いたい」

「宗達」

 

 即答で応じる宗達。うむ、とどこか満足気にヤリザは頷いた。

 

「成程、良き名にござる。……して、宗達殿。貴殿は人間でござろう? 何故精霊界、それも禁じられた地とも呼ばれるネクロバレーの近くにいるのでござるか?」

「それはむしろ俺自身が聞きたいんだがな。よくわからんが、気が付いたらこっちに飛ばされててよ。連れとも離れ離れになっちまってちっとばかし面倒なことになってる」

「何と、そのような経緯が。……よければ拙者、宗達殿のご友人を捜索する手伝いをさせては貰えぬか?」

「あ? いや、それは――」

 

 別にいい――言いかけた言葉を宗達は呑み込む。正直、言葉以上にこの状況には困っていないというのが現状だ。あの連中なら大抵のことは自力で何とかするだろうし、こちらも最悪一人でどうにかするつもりだった。〝邪神〟という切り札もある。

 だが、ヤリザが手を貸してくれるというなら状況も変わってくる。この世界の住人である彼の力があれば、少なくとも右も左もわからないこの状況からは抜け出せる公算が高い。

 ただ、懸念があるとすれば宗達の体質か。

 

(『精霊に無意識のうちに嫌われ、遠ざけられる』……それが本当なら、見えるのに見かけなかったのも合点がいくわな。運のなさについても)

 

 宗達は所謂〝視える〟人間だが、姿を確認したことは人生においても数えるほどしかない。彼自身最近まで知ることはなかったが、それは彼の体質が原因だ。

 生まれながらにして精霊に愛され、その寵愛を受ける者がいるように。

 生まれながらにして精霊より憎まれ、蔑まれ……咎人として生きることを課せられた者もいる。

 皇清心もまた同じ。本人に非があるか否か。そんなことはもはや何の関係もない。

 ただ、背負った〝業〟があり。

 故にこそ――道を外れた『全てを捻じ伏せる』という選択肢が見えてくる。

 

(コイツは大丈夫そうだが……、さてどうなるか。まあ、ヤバくなるようならその時はその時だが)

 

 結論が出てしまえば後は早い。わかった、と宗達は頷いた。

 

「頼む。心当たりはあるか?」

「宗達殿のご友人は、おそらくそう遠くには行っていないはずでござる。となると、可能性が高いのは……」

「あの谷か」

「基本的に立ち入りは禁じられた場所でござるが、ご友人方は知らぬでござろう?」

「まァな。……んじゃ、いくか」

 

 面倒だ、と思いつつ宗達は歩き出す。その背にヤリザが言葉を投げかけてきた。

 

「時に、宗達殿。その体から見える黒い靄は何でござるか?」

「……錯覚だろ? 蜃気楼じゃねぇの?」

「む、そうでござるか。妙にざわつくので何かと思ったのでござるが……、すまぬでござるな」

 

 それで納得したらしい。成程、精霊たちにはそう見えるのか。

 まあ、ただ。

 

(コイツはアホだな)

 

 そんなことを、ふと思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「マスターのご友人は、大丈夫でしょうか?」

「きっと大丈夫だよ」

 

 堕ちてきた場所は、どうやら隠し通路だったらしい。試してみたが戻ることはできないようだったので、祇園はウイッチと共に歩いている。

 薄暗い通路。先程までいた場所とは明らかに雰囲気が違うその場所を、祇園たちは歩いていく。

 

「皆、僕よりずっと強いから。だから、大丈夫」

 

 十代も、宗達も、明日香も、翔も、隼人も。

 夢神祇園の友達は、決して弱くはない。

 それに、大徳寺もいる。最悪の展開は避けられるはずだ。

 

「マスターはご友人を信じておられるのですね」

「それしか今はできないから。だから、信じるんだ」

 

 たとえ、心配で不安で押し潰されそうでも。

 それでも、信じるしかない。

 

「まあ、合流できるに越したことはないけど……」

「それは無論です。……扉ですね。私が先導します。マスター、警戒を」

 

 現れた扉を見、ウイッチが前に出る。正直、女性の後ろに控えるのは気が引けたが……それは言っても仕方がないだろう。

 というか、祇園の周囲にはそういう女性が多い気がする。例外は妖花ぐらいか。

 

(美咲の買い物も澪さんの気まぐれも、僕はついていく立場だったから……)

 

 立場を含め、どうも強い女性が多い。

 ……まあ、自分が弱いだけだとも思うが。

 そして、扉を開けた瞬間。

 

 

「――ほう、ここに至る者がいるのか」

 

 

 体から、動きを奪われた。

 何かが、全身を縛り付ける。

 そして――……

 

「マスター!!」

 

 ウイッチの張り上げた声で、祇園は自身の身体を取り戻した。ほう、とどこか感心したような声が届く。

 

「気配だけとはいえ、〝神〟の気にあてられて平然としているか。多少は心得があるようだ」

「私は竜の守護者、ドラゴン・ウイッチ。〝守り〟においてならば、相応の自負はある」

「成程。だが、お前に比べてそこの人間は期待外れだな。これならば長と戦っている人間の方が遥かに上だ」

 

 未だ、全身を押さえつけてくるような圧迫感は消えない。祇園は片膝をつきながら、それは、と言葉を紡いだ。

 

「どういう……?」

「掟に従い、長と墓荒らしによる戦いが行われている。勝てば生きて帰れるだろう。まあ、私にはどうでもいいことだが」

 

 眼前にいるのは、墓守の衣装を身に纏い、杖を手に持った一人の男。

 白い髪をしたその男は、ただそこに座っているだけで凄まじい威圧感を放っている。

 

「我は要石。我は楔。我は〝神〟を封じ、その言葉を伝える者」

 

 ガコン、という音と共に男の前に台座が現れた。馬鹿な、とウイッチが叫ぶ。

 

「〝三幻神〟は失われたはず!」

「神は消えぬ。封じられただけ。そしてその封じられた力でさえ、悪しき者の手に渡れば世界を砕く」

「ならば、ここは……!」

「そう。〝神〟を祀り、封じる地。さあ、神の言葉だ。――ここで消え失せるがいい」

 

 決闘――つまり、そういうことらしい。

 男の背後にある石版。そこに刻まれる〝三幻神〟もまた、同じ意味。

 

「お待ちを! 確かに我らは禁じられたこの地に足を踏み入れた! しかし、我らに悪意はない!」

「俗世のことに興味はない。関わりもない。我はこの場所に永劫縛られし者。これは我が意志ではなく神の意志。神はただ思うがままに力を振るい、言葉を紡ぐのみ。抗う術はない」

 

 逃げられない。戦う以外の道は、存在しないのだ。

 立ち上がる。足に力を籠め、パートナーの隣へ並んだ。

 

「……ウイッチ、ごめん」

「マスター、何を謝るのです。私はマスターのお側にあります」

 

 眼前より感じる威圧感は、最早絶望のそれ。

 しかし、逃げることは許されない。

 

「我は墓守の審神者。神の代弁者なり」

 

 その日初めて、祇園はそれに出会った。

 ――〝死〟の、恐怖と。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 やはりというべきか、ネクロバレーに辿り着いたからといってそれで問題が解決するわけではなかった。

 

「ここは立ち入り禁止だ! 立ち去れ!」

「そこを何とか頼みたいのでござる。せめて、ここに来た者がいたかだけでも」

「この地は聖域! 余所者とは関わらない! わかったなら立ち去れ!」

「そこを何とか」

「くどいぞ貴様!」

 

 墓守の番兵を相手にヤリザが粘っているが、まあ無理だろう。……というか、拝み倒す侍というのも見ていて色々シュールだ。

 

「その辺にしとけ、ヤリザ」

「しかし、宗達殿。貴殿のご友人の情報が何も……」

「大丈夫だよ、それなら目星がついた。大方ここで騒ぎ起こしたんだろあのアホ共は」

 

 申し訳なさそうなヤリザに、肩を竦めてそう応じる。こっちに来い、と宗達はヤリザと共に番兵たちから少し離れた場所へ移動した。

 

「あいつら、隠してるつもりみたいだがかなり焦ってる。何かあったみたいだな」

「む……、妙に殺気立っているのはそれが原因でござったか」

「多分な。中も騒がしいし。……で、こういう時にトラブルを絶対に呼び込む阿呆が俺の連れにはいる」

 

 本人が聞いたら「お前が言うな」と返してきそうな言葉を吐きつつ、宗達は言う。むぅ、とヤリザは唸り声を上げた。

 

「では、どうするでござるか?」

「いや、どうもしねぇよ?」

「は?」

「いやオマエ、わざわざリスク犯す意味はないだろ。あいつらなら自力でどうにかするさ」

 

 そう言うと、その場に座り込む宗達。待つでござる、とヤリザが声を上げた。

 

「ご友人なのでござろう?」

「だからだよ。信じてるからこれでいい。下手に手ェ出す方が余計にややこしい」

 

 だからこれでいい――そう言い切る宗達。むぅ、と再びヤリザが唸り声を上げる。

 ――さっさと帰りたい。

 宗達は、心の底からそう思った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 求められるままの戦い。状況を読み切れないままだが、一つだけわかっていることがある。

 ――負けられない。

 本能が警鐘を鳴らしているのだ。この状況は、マズいと。

 

「先行は我だ。ドロー。……モンスターをセット、カードを二枚伏せてターンエンド」

「僕のターン、ドロー!」

 

 声を張り上げる。全身にかかる圧力の様なものが、体の動きを鈍らせていた。

 

「マスター、気休めかもしれませんが結界を展開します。……お気をつけて」

「うん。ありがとう。――最初から、全力でいく。魔法カード『竜の霊廟』を発動! デッキからドラゴン族モンスターを一体墓地に送り、それが通常モンスターの場合もう一体墓地に送ることができる。僕は『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に送り、更に『エクリプス・ワイバーン』を墓地へ。そしてエクリプス・ワイバーンの効果で『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外!」

 

 まず墓地がなければ何もできない。相手は墓守――『王家の眠る谷―ネクロバレー―』が展開される前に動けるだけ動いておいたほうがいい。

 

「そして僕は手札より『ローンファイア・ブロッサム』を召喚!」

 

 ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400

 

 現れるのは、花火のようなものを吐き出す植物だ。祇園は更に、と言葉を紡ぐ。

 

「ローンファイア・ブロッサムの効果を発動! 一ターンに一度、植物族を生贄に捧げることでデッキから植物族モンスターを特殊召喚する! 『スポーア』を特殊召喚! 更にエクリプス・ワイバーンを除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 場に並ぶ二体のモンスター。祇園のシンクロ戦術は、まずモンスターを並べなければ始まらない。

 

「そしてエクリプス・ワイバーンの効果でレッドアイズを手札へ。――レベル4、コラプサーペントにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『TGハイパー・ライブラリアン』!!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れるのは、図書館司書のような姿をした魔法使いだ。祇園は更に手を進める。

 

「コラプサーペントの効果により、『輝白竜ワイバースター』を手札に。そして墓地のコラプサーペントを除外し、ワイバースターを特殊召喚。そしてスポーアの効果を発動。墓地のローンファイアを除外し、レベルを三つあげて特殊召喚!」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 スポーア☆1→4風・チューナーATK/DEF400/800

 

 再び並ぶ二体のモンスター。祇園は拳を握りしめた。

 

(力を貸して欲しい……! 来い――!!)

 

 託された一枚のモンスター。相手の動きが読み切れないこの状況において、このモンスターは非常に頼りになる。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!――シンクロ召喚!! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!!」

 

 星々が煌めき、空より一体の竜が降臨する。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 羽ばたきと共に、煌めきが宙を舞うその姿は。

 確かに、幻想的だった。

 

「ほう……。成程、良いものを持っている。だが――」

 

 ふっ、と口元に笑みを刻む審神者。祇園は自身の恐れを隠すように宣言した。

 

「コラプサーペントを手札に加え、ライブラリアンの効果でドロー。――バトル! スターダストでセットモンスターを攻撃! シューティング・ソニック!」

「――これでは宝の持ち腐れだ。リバースカード、オープン。罠カード『マジカルシルクハット』。デッキからモンスター以外のカードを二枚選択し、攻守0のモンスターとして元々いたモンスターと合わせてシャッフルする」

 

 セットモンスターが三体に増える。バトルフェイズ終了時に破壊されるとはいえ、面倒なのは間違いない。

 

「ッ、一番右のモンスターへ改めて攻撃!」

「その程度故に、貴様は地を這うのだ。――罠カード、『血の代償』。LPを500支払うことで、モンスターを召喚する。我は三体のモンスターを生贄に捧げる」

 

 何かが、体を締め付けた。

 

「う、あ……?」

「マスター! 気を確かに!」

 

 吐き気がする。同時に、悪寒も。

 ――視てはいけない。知ってはいけない。

 きっと、ここから先はそんな領域――

 

「もしや〝予言の子〟かと期待したが、ハズレか。何者からも選ばれなかった者に、世界は何の期待も寄せることはない」

 

 ドクン、と心臓が高鳴り。

 顔を上げた先にいたのは、絶望だった。

 

「――オベリスクの巨神兵」

 

 現れたのは、絶望。

 最悪の――現実。

 

 

 オベリスクの巨神兵☆10神ATK/DEF4000/4000

 

 

 吐き気が止まらない。威圧感で視界が揺れる。

 どうしようもないモノが、そこにはあった。

 

「貴様には何もできない。私のターン、ドロー。私は魔法カード『死者蘇生』を発動。墓地より『墓守の使徒』を蘇生する」

 

 墓守の使徒☆3闇ATK/DEF1000/1000

 

 先程墓地に送っていたモンスターを蘇生する審神者。更に、と彼は告げた。

 

「……本来ならば三体の生贄が必要だが、墓守を生贄とする場合一体で召喚できる。使徒を生贄に捧げ――『墓守の審神者』を召喚」

 

 墓守の審神者☆10闇ATK/DEF2000/1500

 

 現れるのは、審神者本人。そして、その恐るべき効果が発動する。

 

「召喚時、審神者は生贄に捧げた墓守の数だけ効果を発動する。我が発動するのは第三の効果。そう――相手モンスターの攻守は、2000ポイントダウンする」

「…………ッ!?」

「まさか!」

 

 その絶望的な言葉に祇園の表情が凍りつき、ウイッチも悲痛な声を上げた。

 だが、状況は止まらない。

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800→400/0

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000→500/0

 

 弱体化する二体のモンスター。

 最早、防ぐ手立てはない。

 

「ここで散るならば、それは所詮その程度ということだ。――消えろ」

「――――ッ!?」

 

 祇園LP4000→2400

 

 悲鳴を上げることさえ許されなかった。全身を衝撃が駆け巡り、激痛が遅れて体に響く。

 ごぽっ、という生理的にも嫌悪感を感じるような音が響き。

 ――それが自分の吐血の音だと気付くのに、数秒かかった。

 

「マスター!!」

 

 ウイッチの声さえも、どこか遠くに聞こえる。

 

「精霊が宿るカードを持っていたとしても、視ることも触れることも、ましてや選ばれることさえない者に……未来はない」

 

 降り注ぐは、〝神〟の拳。

 

 祇園LP2400→-1100

 

 痛みは、感じなかった。

 ただ、意識が消えていく。

 

「マスターッ!!」

 

 聞こえてきたのは、悲痛な叫び。

 応じることは……できなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「守ったのか? この程度のモノを?」

 

 問いかけに、竜は応じない。

 ただ黙してこちらを見つめ返している。

 

「このモノは〝予言の子〟でなければ、〝巫女〟でもない。〝王〟でもなければ、〝背徳者〟となる資格さえ持ち合わせないモノだ。選ばれることがなく、また、忌避されることもない」

 

 おそらくは、世界の人間のほとんどがそうであろう事実。

 そして、人はそういうモノを〝凡夫〟と呼ぶ。

 

「我々に触れるどころか、視ることさえできぬモノ。価値などない。そこで倒れている魔法使いにとっては価値があろうと、貴様にはないはずだろう?」

 

 本当の主ではないばかりか。

 力を十全に引き出すことさえできないモノを、どうして。

 

「……まあ、いい。生き残ったならばそれはそれで是だろう。それで世界が滅びようと、我のすることは変わらない」

 

 ただ、ここに座すだけ。

 そうして、時を刻むだけだ。

 

「世界は、どうしようもないほどに……残酷だ」

 

 弱者は、奪われるだけで。

 死んでいくだけの、世界。

 

 真っ白な、何も描かれていない一枚のカードを投げる。

 それはまるで吸い込まれるように、少年のデッキケースへと吸い込まれていった。

 

「賽は投げられた」

 

 小さく、呟くと同時に。

 全てが、消えた。

 

「我は審神者。〝神〟の代弁者なり」

 

 何も変わらない。ただ、ここに座すだけ。

 こうして、我はここにいるだけだ。

 

 ――それが、役目なのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 墓守の長とのデュエルは無事に終了した。それで何の問題もなかったはずだが――

 

「何で追われてんだよ俺たちは!?」

「早く逃げるんだな!」

「急ぐッス~!」

「ああもう、無茶苦茶よ!」

「置いて行かないで欲しいのにゃ~!」

 

 闇のデュエルのダメージによって走れない十代を背負う隼人と、その傍を並走する翔、明日香、大徳寺の三人。その背後からは、大量の墓守の兵たちが追いかけてきている。

 

「いてて……」

 

 傷が疼き、痛みを感じる十代。その胸元には、墓守の暗殺者から託されたペンダントが下げられている。

 傷は負ったが、良い戦いだった。楽しいデュエルではあった。

 ……正直、この展開は勘弁してほしかったが。

 

「あ、あれ宗達くんじゃないッスか!?」

 

 ネクロバレーを出たところで、見覚えのある顔を見つけた。側には何やら青い鎧を着た侍がいる。

 宗達もこちらに気付いたらしく、軽く手を挙げ――そして、即座にこちらに背を向けた。

 

「おい待てよ宗達!?」

「だれが待つかド阿呆! やっぱりオマエらが面倒事起こしてんじゃねぇか!?」

「デュエルには勝ったぜ!」

「だからどうしたこの状況何とかしろボケ!」

 

 悪態を吐きつつ側に来てくれる宗達はなんだかんだで優しいと思う。だからどうしたという話だが。この状況では。

 

「虹色の光が消える前にあの扉まで急ぐのにゃー!」

 

 大徳寺が声を上がり上げる。そこで、扉の所にある人影に気付いた。

 

「祇園!? 良かった、無事だったのか!」

 

 その言葉に、祇園は笑顔を浮かべて軽く手を振りかえしてきた。その仕草と笑顔に少し違和感を覚えたが、気にしている余裕はない。

 

「急ぐでござるよ!」

 

 青い鎧を着た鎧武者が叫ぶのに頷き、十代たちは扉へと駆け込んでいく。

 虹の光が満ちる時のみに出現する、精霊界と現世を繋ぐ扉だ。

 

「間に合ったーッ!!」

 

 それは、誰の叫びか。

 あるいは、全員か。

 

 

 ――全てが、光に包まれた。

 

 

〝クリクリ~〟

 

 聞こえてくる相棒の声に、ありがとう、と呟く。

 そして、目を開けると。

 

「……帰って来た、みたいね」

 

 明日香の呟き。周囲は、元々の目的地である遺跡だった。

 

「いやぁ、大変だったな」

「もうあんなのは嫌ッスよ~」

「俺もなんだな……」

 

 十代の言葉に疲れたため息を零す二人。まあまあ、と大徳寺がそんな二人を宥めていると、不意に聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 

『いやぁ、帰還できてよかったでござるな宗達殿』

 

 そこにいたのは、『向こう』で宗達と共にいた鎧武者。その姿を見、宗達が大仰にため息を吐く。

 

「俺は知らねぇからな」

『え、何が――って、拙者はどうやって帰ればいいでござるか!?』

「知るか阿呆」

『殺生でござるよ宗達殿! 宗達殿――ッ!』

 

 おそらくこの中では自分しか見えないであろうやり取りに、笑みを零す。

 

 そして、遊城十代は気付かない。

 夢神祇園。彼が、こちらに戻ってから何一つ言葉を発していないことに。

 何かを堪えるように、壁に背を預けていることに。

 

 ――誰も、気付かない。

 誰もいない場所で、彼が何かを堪えるようにして自身の身体を抱き締めていることに。

 いつものように夕食を作り、彼が自室に戻るまで。

 

 誰一人、彼の異常に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

〝私はいついかなる時も、マスターのお傍におります〟

 

 こちらへ戻って来る時のウイッチの言葉だ。祇園は、自身の部屋で小さく息を吐いた。

 ――夢神祇園は、彼女を認識できない。

 その事実を、今更理解できてしまって。

 

「……何が、違うんだろう?」

 

 努力なのか。

 才能なのか。

 環境なのか。

 ……いや、何でも構わない。

 ただ、わかっていることが一つだけ。

 

「弱いなぁ、僕は……」

 

 何か、重いものが倒れた音が響く。

 ただ、それだけで。

 

 

 ――誰も、その音には気付かない。

 











ぶっちゃけオベリスク強いですよね。
……エクスカリバー? 知るかそんなの。








今回はちょっといつもと違う……のでしょうか? 祇園くんがやられるのはいつものことな気がしますが。
まあとりあえず、〝三幻神〟が今後出てくることは多分ない……はず。というか、精霊界からもいなくなってたらバランスが崩れてえらいことになってるはず。ということで新カードの審神者さんの活躍でした。
そして祇園くんは精霊が相変わらず視えない。
〝選ばれることも、忌避されることもない〟――彼に与えられた、残酷なキーワードということで一つ。要するに割とどうでもいい存在ということです。多くの人がそうであるように。


ちなみに雪乃は宗達に〝邪神〟などについて問い詰めていません。これは二人の関係性の問題で、逆の立場でも宗達はそうしたでしょう。
話さないということは理由があるということ。そう想い合えるというのは大事なことです。
……納得できるかは知りませんが。

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