遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第五十三話 深き闇、過ぎ去りしモノ

 

 

 

 

 中学生の頃の生活は、正直思い出したくない。

 家と呼べるはずの場所は、帰りたくない場所で。

 唯一の友達だった美咲がプロに入ったこともあり、学校で話せる相手はいなかった。

 ――一度知ってしまうと、そこに『ない』ことがどうしようもないくらいに辛い。

 唯一、心安らげる場所はカードショップだけで。

 あの頃を思い出そうとすると、どうしようもなく心が痛む。

 心が、思い出すことを拒否している。

 

「……どうして、今更こんなこと」

 

 決闘場に向かう足を止め、一人呟く。周囲に人影はない。ここにいるのは、自分一人だ。

 

(思い出すことなんて、なかったはずなのに)

 

 アカデミア本校に入学した時、不安しかなかった。ここは孤島、閉鎖された空間だ。あの頃のように、温かな場所に逃げ込むことはできない。

 けれど、家とは呼べないあの場所から、逃げ出したくて。

 そして、少しでも強くなりたくて。

 だから選んで、心を決めて踏み込んで。

 そしてあの日、出会ったのだ。

 

〝あー! いたいた! なあなあ、お前だろ!? 『真紅の黒竜』を使った奴って!?〟

〝初めまして、81番くん。俺は三沢大地だ〟

〝ぼ、僕は丸藤翔ッス〟

 

 その出会いはいきなりで、本当に驚いたけれど。

 でも――嬉しかった。

 本当に、嬉しかったのだ。

 

〝明日香よ。天上院明日香〟

〝雪乃。藤原雪乃よ、坊やたち〟

 

 自分自身が変われたとは、強くなれたとは今も思えない。

 けれど、あの日から少しずつ……日常が変わっていった。

 

〝……あー、悪ぃ。誰か校長室まで案内してくんねぇ?〟

 

 多くの出会いが、そこにあり。

 友達と呼べる相手がいて、そう呼んでくれる人がいて。

 楽しいと、幸せだと……そう、思った。

 ――けれど。

 

〝引導を渡してやる。――ブルーアイズ・アルティメットドラゴンでダイレクトアタック!! アルティメット・バースト!!〟

 

 そんな日々は、続かなかった。

 勝たねばならない勝負に、敗北し。

 暖かな場所を……失った。

 

〝えっと、ちょっと待ってくださいね……ん~……〟

〝仲間応援すんのは当たり前やろ。頑張れや〟

 

 藁にも縋るような気持ちで訪れた、関西の地。

 そこで出会った、出会うことのできた多くの優しい人たちと。

 ――〝最強〟の、デュエリスト。

 

〝気に入ったよ、少年〟

 

 正直なことを言えば、心が折れるところだった。だが、夢神祇園はそれをしてはいけない。

 諦めることは、全てを失うことを意味している。

 たった一つ、この掌に残ったモノは〝約束〟だけなのだから。

 ――そして。

 

〝ウチはずっとプロで待ってるから、今度は大観衆の前でやろうや〟

 

 幼き頃の約束を、立った半分でも叶えるために挑んだ大会――〝ルーキーズ杯〟。

 そこで多くの人と出会い、戦った。

 

〝頑張ってください、祇園さん!〟

〝今はお前がウエスト校の代表や。エースや。――任せたで、夢神〟

〝応援していますよ、夢神さん〟

〝明日は頑張れ、少年〟

 

 そして、気が付けば。

 応援される立場に立っている、自分がいて。

 

 

〝――強くなったね、祇園〟

 

 

 ずっと、その背中を見失っていた。

 ずっと、追い続けていた。

 見えなくなっても。

 何もわからなくても。

 不安で心が押し潰されそうでも――

 

 手を伸ばし続けたモノへ。

 きっと、この手は届いた。

 たとえそれが一瞬のことであったとしても。

 それでも、届いたのだ。

 

「……僕は……」

 

 何もなかったあの頃とは、もう違う。

 きっと、違うはずなのに。

 

「…………僕は…………」

 

 夢神祇園は、何も変わっていない。

 変わることは、できていない。

 

 烏丸澪との会話で、思い知らされた。

 夢神祇園は、あの日のままだ。

 失うことを恐れ、手を伸ばした振りをするだけの愚か者。

 

「僕は」

 

 手に入れてしまったから。

 温かな場所を。人の優しさという温もりを。

 ――だから、怖くて。

 また失うのかもしれないという恐怖だけが、そこにはあって――……

 

 

「どうしたら、強くなれるんだろう……?」

 

 

 ――どうして、皆はあれほどまでに強くいられるのだろう?

 迷いと共に、少年は進んでいく。

 

 戦いの、舞台へと。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 画面から聞こえてくるのは歓声とアナウンス。できれば現場で見たいところだが、それはできない。

 立場というのも面倒なものだ――烏丸澪は息を吐きながらそんなことを思う。

 

『それでは、アカデミア本校代表夢神祇園選手の入場です』

 

 ノース校の代表……確か、大八木といったか。その入場に続き、ゆっくりとステージへと上がっていく少年の姿。

 映し出される背中は、どこか頼りなさを感じる。

 だが、その背に宿る悲壮感が……どこか、〝強さ〟を感じさせてもいるのだ。

 

「あ、澪さん」

「……お帰ンなさい、御嬢サン……」

 

 視線の先。桐生美咲と烏丸銀次郎がそう合図をしてくれる。それに頷いて応じながら、澪はゆっくりとソファーに腰掛けた。

 

「ただいま。間に合ったようで良かったよ」

「とりあえず本校が一勝ですね、これで」

「……夢神サンは、どうなンで……?」

 

 銀次郎が問いかける。んー、と美咲は顎に手を当てて小さく唸った。

 

「一年生の中では、十分にトップクラスなんです。復学やら退学やらそれに伴う出席日数がなければ今頃昇格してるはずですよ」

「本当に運がないな、少年は」

 

 思わず苦笑してしまう。レッド寮の環境が劣悪であることは有名だ。度重なる不運の果てにその状況とは……どうにも、ままならない。

 

「まあ、祇園自身は苦にしてへんみたいですからね。……中学の時なんか、酷かったもん」

「虐待、だったか?」

「肉体的なモノやないんですけどね。あんま思い出したくないみたいです。ウチもプロになったばかりで一年の時はあんまり学校行けなくて……会う度、祇園の目が荒んでいってたのを覚えてます」

 

 その言葉に思わず眉をひそめる。祇園は結局、表面的な部分しか澪には過去のことについて語っていない。無理に踏み込むことではない上、おそらくあれはトラウマになっていることだ。だから聞こうとも思わない。話してくれるなら受け入れる、そういう認識だ。

 だが、目が荒んでいったというのは気になる。正直、そういうモノはあの少年とは無縁に思えるのだ。

 

「……正直、夢神サンのそういう姿は想像できやせンね……」

「今の祇園は、中等部三年になってからのモノなんです。住み込みで……アルバイトなんですけど、店長さんの好意で働けるようになって。それで、ようやく家を出れて……戻っていったんです」

「何があったんだ、少年に」

 

 画面に映し出される祇園の顔。その瞳が僅かに暗いように見えるのは、こんな話を聞いているからだろうか。

 

「わかりません。わからないんです。祇園、絶対にその頃の話をしてくれへんから。『今思えば虐待だったかもしれない』――そんな風にしか話してくれへんから」

 

 それは自分に対してもだ。夢神祇園という少年は、己の過去についてそうとしか語らない。

 ただただ、心の奥にその事実を仕舞い込む。

 

「ただ……忘れられへんことがあるんです」

 

 ポツリと、呟くように美咲は言う。

 

「一年生の時、何か月振りかに祇園に会ったら言ったんです。〝久し振り〟って。笑いながら言ったんです。その時の顔が、今も忘れられへん」

 

 その笑顔と、言葉の意味。

 それはきっと、想像することさえ許されない。

 

「……やはり異常だな、少年は。私が出会ってきたあらゆる人間の中で、どうにも異常に過ぎる」

 

 何故折れないのか、と彼に問うた。

 折れたら何もかもが終わるからと、彼は答えた。

 きっと、本当にそうなのだ。

 折れてしまえば、屈してしまえば、諦めてしまえば、壊れてしまえば。

 ――夢神祇園という人間は、本当に終わってしまうのだろう。

 

「澪さん。一つ聞いてええですか?」

 

 不意に美咲がそんなことを言い出した。首を傾げると、一度息を吸い、美咲はこちらを見据えながら問いかけてくる。

 

「今日ここへ来た理由、本当は何なんですか?」

 

 ここへ来た理由。

 面倒臭がりで、普段の仕事も受けることを渋ってばかりの澪がわざわざ遠いところまで直接足を運んだその理由。

 彼女を知る者ならわかる。いくら祇園がお気に入りといっても、『暇だから』という理由で彼女がこんなところまで来ることは有り得ない。

 

「暇だから、という理由は嘘ではないよ。それもある。キミから少年が出ることは聞いていたし、丁度いいとオフのギンジを誘ったのもその時の気分だ」

 

 そう、嘘ではない。ただ、それだけではないだけで。

 

「……見極めに、来たんだよ」

 

 あの日のことを思い出し、澪は呟くように言う。

 誰を、という問いはない。

 見極めるべき相手など、澪にとってこの場には一人しかいない。

 

「――先日、少年の親族を名乗る者がKC社を訪れたんだ」

 

 これが、もう一つの理由。

 彼の過去、そのもの。

 

 美咲の表情が固まり、空気に罅が入る。

 テレビから、大歓声が届いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「頑張れ祇園! 応援してるぜ!」

「このまま二連勝だ!」

「レッド寮の意地見せたれ!」

 

 

 聞こえてくる応援の言葉に、頭を下げるようにして応じる。〝ルーキーズ杯〟の時もそうだったが、どうにもこうして応援されることには慣れない。

 それはきっと、今までそんなことはなかったからだ。

 だって、夢神祇園は――

 

「胸張れよ、祇園。代表だろ」

 

 ふと聞こえてくる声は、珍しく最前列から真面目に試合を見ている宗達からのモノだ。それを聞き、一度大きく深呼吸をする。

 ――そうだ、ウエスト校の先輩である菅原にも言われたではないか。

 自分自身に胸を張れないならば、自分を応援してくれる人たちを。

 こんな自分を応援してくれている人たちを誇れと、言われたはずだ。

 

「…………」

 

 相手を見る。恐れる必要はない、畏れる必要があるだけだ。

 向かっていかなければ、何もわからない。

 夢神祇園は、いつだって前へと踏み出してきたはずだ。

 

「……何だ、やっぱり覚えてねぇのか」

 

 デュエルディスクを構えると、不意に相手――大八木啓次郎がそんなことを言い出した。えっ、と言葉を漏らす祇園に、大八木は尚も言葉を続ける。

 

「まあ、俺も忘れてたからな。ある意味でお互い様か。話したこともねぇ。そりゃそうだ。だってお前、学校じゃ誰とも話してなかったもんな」

「……何の、ことですか」

「いっつも教室の隅っこにいてよ。教室の掃除も全部押し付けられて。そのくせ、何も言わなくて」

 

 大八木がデュエルディスクを構える。

 ドクン、と祇園の心臓が大きく高鳴った。

 

「一度だけ、デュエルをしたんだが。覚えてねぇのか?」

「…………あ……」

 

 ドクン、と心臓が高鳴ると同時に。

 ズキン、と頭に痛みが走った。

 思い出したくないと、心が悲鳴を上げる中。

 相手は、容赦なく言葉を投げかけてくる。

 

「同級生だっただろ? 思い出したか?」

 

 ――大八木啓次郎。

 かつて祇園と美咲が通っていた中学校の同級生であり。

 美咲がいないとはいえ、同校のエースとしてインターミドルに出場。関東大会にまで導いたこともある人物。

 

「さあ、決闘だ」

 

 デュエルが、始まり。

 心臓が、うるさいくらいに鳴り響く。

 

「ぼ、僕のターン、ドロー」

 

 落ち着け、と何度も何度も自分へと言い聞かせる。

 だが、体が震え、手は動かない。

 

「……僕はモンスターをセット、ターンエンドです……」

 

 心が、寒い。

 視線が、揺らぐ。

 

「何だ、それだけか? もしかしてあの時と何も変わってねぇんじゃねぇだろうな?――俺のターン、ドロー! 俺は手札より、『コアキメイル・グラヴィローズ』を召喚!!」

 

 コアキメイル・グラヴィローズ☆4炎ATK/DEF1900/1300

 

 現れるのは、茨の鞭を持つ植物族のモンスター。『コアキメイルの鋼核』という魔法カードをコストとして要求するカテゴリーに属するモンスターだ。

 

「バトルだ、セットモンスターに攻撃!」

「セットモンスターは『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』です! 手札から『ライトパルサー・ドラゴン』を捨てることで破壊を無効に……!」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 現れるのは、金髪をポニーテールにした魔法使いだ。チッ、と大八木が舌打ちを零す。

 

「またそいつかよ……。まあ、リクルーターばっかりで何がしたいかもわかんねぇデッキとは違うみたいで安心したぜ。あんなデッキ、何も面白くねぇ。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンド。エンドフェイズ。グラヴィローズの効果で手札の植物族モンスターを相手に見せる。『キラー・トマト』を見せ、ターンエンド」

 

 目の前にいるのは、忘れ去ろうとした過去。

 黄昏の日々……そのもの。

 

 震える手で、祇園はカードをドローする。

 心臓の音が、耳に響いて鳴り止まない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……妙なことになってきたようだな。この件については後回しか」

 

 画面を見ながら呟く澪の言葉に、静かに頷きを返す。

 大八木啓次郎――言われてみれば、いたような気がする人物だ。正直、美咲自身プロの活動が忙しくて学校についてはあまり記憶にない。

 だが、祇園は違う。

 夢神祇園は、ずっと中学校に通い続けていたのだ。

 ――それは、当たり前のことであると同時に。

 彼にとっては、あまりにも辛いこと。

 だって、祇園は――

 

「知り合い、というような生易しいものではなさそうだが……美咲くん、何か知っているか?」

「いえ……ウチは何も」

「まあ、仕方ないか。キミはあまり中学に通えていなかったようだしな」

 

 私が言えたことではないが、と肩を竦める澪。その隣に立っている銀次郎が、呟くように言った。

 

「……相手の……大八木サンの目ですが、あれはおそらく憎悪でしょう……」

「憎悪、か。成程、道理で。そうでなければああまでして噛み付かんだろうが……だが、何だ?」

 

 首を傾げる澪。美咲も心当たりはなく、考え込む。

 ……だが、不意に。

 本当に不意に、思いついてしまった。

 

「もしかして」

 

 その、可能性に。

 あまりにも気付くのが遅い、それに。

 ――そして。

 

『ふざけんなよ』

 

 自身の予想が間違っていなかったことを、思い知る。

 憎悪の言葉が、夢神祇園に放たれた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「何でテメェなんだよ? 何でテメェがそんなところに立ってんだよ?」

 

 投げかけられた言葉は、敵意に満ちていた。

 かつての無関心とは違う、明確な敵意。

 

「テメェ、弱かったじゃねぇか。それがなんだよ、ルーキーズ杯? 準優勝? 挙句の果てにはシンクロのカードまで手に入れる? どんな汚い手を使ったんだよ」

 

 ふざけんな、と彼は言う。

 こちらへ、敵意を込めた瞳へ向けながら。

 

「美咲ちゃんだってそうだ。幼馴染だぁ? そんなんで付き纏ってんじゃねぇよ」

「……付き纏ってる、わけじゃ」

「じゃあなんでテメェなんかと一緒にいるんだ? 友達の一人もいねぇテメェなんかとよ」

「…………ッ」

「安っぽい同情、お涙頂戴の話で気を引いたのか? まあ、そうだよな。そうでなきゃ、美咲ちゃんがテメェなんかに話しかけるわけがねぇもんな」

 

 思い出したくなかった、現実。

 どこにも居場所がなかった、あの日々。

 ――その理由は、一人の少女で。

 たった一人の少女と友達でいるというただそれだけで、夢神祇園は一人ぼっちだった。

 

「しかも、最下位のレッド寮のくせに代表戦にまで出てよ。何だ、俺たちに負けた時の言い訳か? さっきの野郎は凄かったけど、お前が強いはずがねぇもんな。……ああ、そういやお前、中学の時も教師の受けは良かったっけ。いいよな、不幸な奴は。勝手に同情してもらえて」

「…………ッ、僕は……」

「弱いくせにこんなとこにまで出てきやがって。勘違いしてるんじゃねぇのか? お前は同情されてるだけだろ。よくできた話だもんな。落ちこぼれが底辺から這い上がって公の場で結果を残す――〝ルーキーズ杯〟はそういう舞台だったわけだ。はっ、万丈目さんはそんな大会に出なくて正解だぜ。万丈目さんまでそんな汚いことに加担するところだった」

「なっ……!」

 

 あんまりな物言いに、祇園の頭にも血が昇る。はっ、と大八木は吐き捨てるように言い捨てた。

 

「おかしいだろ、大体よ? テメェみたいな雑魚がいきなり準優勝? 脚本が無かったらそんなことありえねぇだろうが」

「…………ッ、それは――」

「ふざけんなよお前ッ!!」

 

 声を絞り出そうとする祇園。それを遮るように声を張り上げたのは、十代だった。彼は身を乗り出し、怒りを込めた目で大八木を睨む。

 

「祇園は強いんだよ!! お前みたいな奴に何がわかるってんだ!! 祇園はな!! ずっと努力して、俺たちに勉強も教えてくれて……!! ずっと頑張ってきて!! そうやってあの大会で美咲先生と戦える場所まで這い上がったんだ!! それを!!」

「はぁ? そういう筋書きだっただけだろ?」

「――――ッ、お前ぇッ!!」

「やめろ阿呆。デュエル中だ」

 

 身を乗り出し、それこそ今にもフィールド上に来ようとする十代を止めたのは宗達だ。彼は面倒臭そうに十代の肩を押さえている。

 

「なんで止めるんだよ宗達!? あんなこと言われてるんだぞ!?」

「飛び込んでどうなる? 祇園の失格になるだけだろうが。大体、ああいう手合いは相手するだけ時間の無駄だ。祇園を見習え。全部スルーしてんだろうが」

 

 違う。そうじゃない。

 何も、言い返せないだけ。

 言い返す、勇気がないだけなのに。

 

「つーか、いいのかオマエ? こんなとこで個人を罵倒して。テレビ放送されるんだろ?」

「はっ、このテレビ放送は万丈目さんのグループがスポンサーなんだよ」

「……成程、都合の悪いところは全カットか」

 

 校内にはライブで流れているようだが、地上波に乗る時は編集がされているということだろう。そしてそれは、向こうにとって都合のいい形で行われる。

 

「まあ、どうでもいいかそんなこと。で、えっと、何だっけオマエ?」

「大八木だ」

「ああ、そうそれだ。ぶっちゃけオマエがどういう感情持ってようがそれこそどうでもいいけどさ。祇園をナメんなよ?」

「はぁ?」

「うだうだ言うのは勝ってからにしろって話だ。じゃなきゃ負けた時悲惨だぜ?」

「はっ、負けるわけがねぇだろ」

 

 笑う大八木。それに対し、阿呆だな、と宗達は言い切った。

 

「そこにいんのはアカデミア本校一年、夢神祇園。実力は折り紙つきだぞ」

 

 見せてやれよ、と宗達は言う。

 こんな、自分に。

 

「オマエ、踏ん張ってたじゃねぇか。いつもいつも、歯ァ食い縛ってよ。昔に何があったかなんて知らねぇし、知る気もねぇけどさ。けど、昔のオマエと今のオマエは違うだろ?」

 

 昔の自分と、今の自分。

 その二つの、違い。

 

「……僕は手札より、魔法カード『調律』を発動します。デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップからカードを一枚墓地へ」

 

 墓地に落ちたカード→金華猫

 

 昔と比べて変われたことは、無いと思う。

 

「そして手札より、『ローンファイア・ブロッサム』を召喚。効果により、一ターンに一度植物族モンスターを生贄に捧げることでデッキから植物族モンスターを特殊召喚します。ローンファイア・ブロッサムを生贄に、チューナーモンスター『スポーア』を特殊召喚」

 

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 

 けれど、確実に変わったと思えることが、一つだけ。

 

「レベル4、ドラゴン・ウイッチにレベル1、スポーアをチューニング。――シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れる、法衣を纏う魔法使い。チッ、と大八木が舌打ちを零した。

 

「シンクロかよ」

 

 ――一度失ってしまったから、心の底から思うようになったことがある。

 自分自身の〝居場所〟の、大切さ。

 それを、思い知ったのだ。

 

「更に墓地のスポーアの効果を発動。デュエル中一度だけ、除外した植物族モンスター分のレベルを上げて特殊召喚できる。ローンファイアを除外。更に墓地の『金華猫』を除外し、手札より『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚」

 

 スポーア☆1→4風・チューナーATK/DEF400/800

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 次々と現れるモンスター。会場にざわめきが起こる。

 だが祇園は、あくまで淡々と手を進める。

 ――そうしなければ、考えたくないことを考えてしまうから。

 

「レベル4、ワイバースターにレベル4、スポーアをチューニング。――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光さす道となれ! シンクロ召喚!――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!!」

 

 竜の嘶きが響き渡り。

 星屑の竜が、飛翔する。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 会場が、その姿に見惚れ。

 一瞬、大八木でさえも言葉を失っていた。

 

「そして墓地に送られたワイバースターの効果でデッキから『暗黒竜コラプサーペント』を手札に加え、更にシンクロ召喚に成功したためTGハイパー・ライブラリアンの効果で一枚ドロー。そして墓地ワイバースターを除外し、暗黒竜コラプサーペントを特殊召喚」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 現れる、漆黒の竜。バトル、と祇園は宣言した。

 

「スターダストで攻撃!」

「は、甘いんだよ! 罠カード発動、『聖なるバリア―ミラーフォース―』! テメェのモンスターは全滅だ!!」

 

 聖なる障壁により、祇園の場のモンスターに破壊の光が降り注ぐ。

 通常ならば、抗う術無きその一閃。しかし、今の祇園の場には――

 

「――スターダストの効果発動! このカードを生贄に捧げることで、破壊効果を無効にする! ヴィクテム・サンクチュアリ!!」

 

 星屑の竜の力が煌き、ミラーフォースの力を無効にする。なんだと、と大八木が眉をひそめた。

 

「バトル続行、ライブラリアンでグラヴィローズを攻撃! コラプサーペントでダイレクトアタック!!」

「チッ、罠カード『ガード・ブロック』! コラプサーペントによる戦闘ダメージを0にし、カードを一枚ドロー!」

 

 大八木LP4000→3500

 

 大八木にダメージが入る。はっ、と大八木が哄笑した。

 

「折角出した上級モンスターも無意味だったな!」

「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンド。――エンドフェイズ、墓地のスターダストの効果を発動。自身の効果によって墓地へ行ったこのモンスターは、エンドフェイズに蘇る。再び飛翔せよ――スターダスト・ドラゴン!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8ATK/DEF2500/2000

 

 再び祇園の場に舞い戻る、星屑の竜。

 会場が、息を呑んだ。

 

「な、何だと……? なんだよそのインチキ効果は!?」

「ターンエンドです」

 

 大八木のその言葉には応じず、祇園は静かにそう告げる。

 

「……強い」

 

 誰が呟いた言葉だったのか。

 その一言が、今の祇園とその背に付き従う星屑の竜を示していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「万丈目さん、よろしいのですか……?」

 

 紫水千里――先程十代と戦った少女が、隣に座る万丈目に問いかける。彼女の言葉の真意は一つだ。先程の祇園に対する大八木の是非を問うているのだろう。

 万丈目は鼻を鳴らすと、構わん、と静かに告げた。

 

「たとえそれがどんな暴論だろうと、勝者が正しく敗者が過ち。それが我がノース校のルールだ。敗者の――弱者の言葉など、誰の耳にも届かない。千里、お前自身がそうだっただろう?」

「……はい」

 

 否定されてきた戦い方で勝利し続け、そしてその果てに万丈目に見出された自分。それまでの日々は辛かったけれど、強くあることこそが証明だった。

 もし自分が弱ければ、負けてばかりならば。きっと、ここには立てていない。

 ――勝者が、正しい。

 それは摂理であり、真理。

 

「夢神祇園も、大八木の論理を力で否定できないならば所詮その程度だったということだけだ」

「……そう、ですね」

「勝たねばならんのだ。自分自身の価値を証明し続けるためにはな」

 

 視線の先。大八木は笑っている。

 あれだけの大口を叩いたのだ。きっと、それだけの自信があるのだろう。

 ……けれど、どうしてだろうか。

 夢神祇園――その瞳が、どことなく怖い。

 まるで、底の見えない闇がそこにあるようで――……

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 大八木の、その声が。

 会場に、響き渡る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「はっ、インチキくせぇカードだな。だが、そんなので俺は止められねぇんだよ。俺は手札より、『神獣王バルバロス』を妥協召喚!」

 

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF3000/1200→1900/1200

 

 現れるのは、神に最も近い位置にいるという獣。だが、妥協召喚された状態では本来の力を発揮できない。

 

「そして俺は手札より魔法カード『アドバンスドロー』を発動! 自分フィールド上のレベル8以上のモンスターを一体生贄に捧げて発動! カードを二枚ドローする! くっく、いくぜぇ!! 速攻魔法『デーモンとの駆け引き』!! レベル8以上の自分モンスターが墓地に送られたターンに発動できる! デッキ、手札から『バーサーク・デッド・ドラゴン』を特殊召喚する!! 来い、狂気の竜!!」

 

 バーサーク・デッド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0

 

 狂気を纏う竜の咆哮が響き渡る。

 バトルだ、と大八木は宣言した。

 

「バーサーク・デッド・ドラゴンは相手モンスター全てに一度ずつ攻撃できる! さあ、全て消えされ!!」

「…………ッ、コラプサーペントの効果でデッキからワイバースターを手札に……!」

 

 祇園LP4000→2300→1300→200

 

 一瞬でフィールドをひっくり返され、更にLPも危険域に突入する。大八木が笑みを浮かべた。

 

「テメェは所詮その程度なんだよ。ターンエンドだ」

 

 バーサーク・デッド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3500/0→3000/0

 

 狂気は長く続かない。攻撃力が500ポイントダウンする。

 だが、それでも3000。圧倒的な力だ。

 

「……僕のターン、ドロー……!」

 

 言い返すことは、できなかった。

 どうして、だろう。

 どうして、僕は。

 

 夢神祇園は、こんなにも弱いのだろう――?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……嫉妬ですか……。醜いもンですね、どうも……」

「それなりに人生経験を積めば、『若いな』の一言で切り捨てることのできるモノではある。しかし、いつ見ても男の嫉妬というのはやはり醜いな。それも、かつての自分よりも下だった者がいつの間にか上に行っていたという事実に対するモノ。本当に醜い」

「……女性だとどうなンです、御嬢サン……?」

「程度によるが、華だな。女の嫉妬を許すのが男の度量であり、思わず嫉妬してしまうほどにその相手を心の底から愛するのが女の義務だよ。そしてそれができないから、男女の関係はややこしい。……まあ、そんなことはどうでもいいが」

 

 ふう、と息を吐く澪。その視線が、俯く美咲へと向けられる。

 

「……別にキミが悪いわけではなかろう。ああいう手合いはどの世界にも存在する」

「…………」

「結論から言ってしまえば、少年はキミから離れるという選択肢もあった。だが、そうしなかった。その結果ああして悪意に晒されるようになったというならば、それは少年の選択の結果だ。キミに罪はない。あるとすれば、くだらない嫉妬を抱く愚か者たちにだけだ」

「でも、でもっ! ウチが、ウチのせいで!」

 

 何かができたかもしれないのに。

 桐生美咲は、何もできなかった。

 何も――見えていなかった。

 

「結局、キミには何もできなかったさ」

 

 画面へと視線を送りながら。

 烏丸澪は、静かに言う。

 

「むしろ、キミが絡めば更にややこしくなっていただろう。そういうモノなんだよ、これは」

「けどウチは、自分が忙しいからって、何も、何も……」

「少年が気付かせなかったんだ。彼らしい話ではある。心配させたくなかった――いや、違うな。きっと、嫌われたくなかったんだ」

 

 ――嫌われたくなかった。

 その言葉に、美咲はえっ、と呟きを漏らす。

 

「ずっと疑問だった。彼はどうしてあれほどまでに前を向こうとするのか、それがようやくわかってきたよ。彼のアレは、〝逃避〟なんだ」

「……どういうことです、御嬢サン……?」

「人は過去の上に現在を築き、未来を見る。だが、彼の場合土台となるべき過去に対して目を向けることができない。そう、できないんだ。彼にとって過去とは、目を背けたいモノの方が多いんだよ」

 

 それが、夢神祇園の歪みの根本。

 彼の奥底には、罅割れた過去がある。

 

「そして、だからこそキミとの〝約束〟に対してどうしようもないほどに拘るんだ」

 

 ――〝約束〟。

 それは、桐生美咲と夢神祇園が交わした大切なモノ。

 

「彼は言っていたよ。キミは〝ヒーロー〟なのだと。自分を救い出してくれた、大切な人だと。だから知られたくなかった。知って欲しくなかった。見られたくなかった。当たり前だ。キミにまで見捨てられたら、少年は本当に独りきりになる。なってしまう」

「…………ッ」

「人に頼ろうとしないのもそれが原因なのだろうな。……哀しい生き方だよ、本当に。今だってそうだ。彼は結局、独りきりで戦っている」

 

 画面に映る、少年の背中。

 震えるその背は、どこか頼りなく。

 そして――哀しい。

 

「どうして。……どうして、こんな風なんやろう」

 

 別に多くを祈ったわけでも、願ったわけでもない。

 彼はきっと、小さな幸せを望んだだけで。

 ただ……それだけのはずで。

 

「どうして、ままならへんのかなぁ」

 

 彼が応援してくれた、〝歌う〟という夢。

 それで手にしたモノが、彼を苦しめていた。

 

「だが、目を逸らすわけにはいかない」

 

 その背中から。

 目を逸らすことは、できない。

 

「否応なしに、彼は過去と向き合っている。彼の過去に何があったかはわからない。だが、それでも向き合っている。震える体で必死に向き合っているんだ。ならば、我々が目を逸らすわけにはいかない」

 

 僅かにぼやけた視界で、画面を見る。

 そこにいる背中を、必死に見つめる。

 

 決着が――近付く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 思い出したくない過去。一人ぼっちだった現実。

 別に、直接的な何かがあったわけではない。何もなかった。そう、何もなかったのだ。

 居場所も、友も。

 どこにも――なかった。

 

 そこにあったのは、〝透明な存在〟。

 ただ、それだけ。

 

 己のせいでもあったのだろう。弱い自分のせいでもあったのだろう。

 だから、一人だった。

 どうしようもなく……一人きりだった。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 強ければ、何かが違ったのかもしれない。

 けれど、それはもう過去のこと。

 だから、乗り越えなければならない。

 

「魔法カード『竜の霊廟』を発動。デッキからドラゴン族モンスターを墓地に送り、それが通常モンスターだったとき、もう一体続けて墓地へ送ることができます。僕は『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に送り、更に『エクリプス・ワイバーン』を墓地へ。更にエクリプス・ワイバーンの効果により、デッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外」

 

 心が、冷える。

 静かに、渦巻く。

 

「そして手札より、『ジャンク・シンクロン』を召喚。効果で――」

「させるかよ! 『エフェクト・ヴェーラー』! 相手モンスター一体の効果をエンドフェイズまで無効にする! はっ、これで――」

「墓地の『暗黒竜コラプサーペント』を除外し、『輝白竜ワイバースター』を特殊召喚。そして、レベル4ワイバースターに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、『ジャンク・バーサーカー』。そしてワイバースターの効果でコラプサーペントを手札に」

 

 ジャンク・バーサーカー☆7風ATK/DEF2700/1800

 

 大八木の言葉を遮り、祇園はモンスターを特殊召喚する。

 

「そして、『ジャンク・バーサーカー』の効果を発動。墓地の『ジャンク』を除外することで、相手モンスターの攻撃力を除外したモンスター分下げることができる。ジャンク・シンクロンを除外し、攻撃力を1300ポイントダウン」

「チッ、二枚目の『エフェクト・ヴェーラー』だ! これで種切れ――」

「リバースカード、オープン。罠カード『闇次元の解放』。除外されている闇属性モンスターを一体、特殊召喚する。『ジャンク・シンクロン』を特殊召喚。更に墓地の『エクリプス・ワイバーン』を除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚。エクリプス・ワイバーンの効果により、レッドアイズを手札に。コラプサーペントを除外し、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚。効果により、墓地から『スターダスト・ドラゴン』を蘇生」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆11闇ATK/DEF2800/2400

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 僅か、一瞬。

 ほんの一瞬で、フィールドにモンスターが増えていく。

 

「ぐっ……だ、だが、バーサークデッドは超えられやしねぇ!」

「――レベル8、スターダストにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング。星々を喰らう絶対なる竜、その煌めきを今ここに。シンクロ召喚――『星態龍』」

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 

 現れるのは、星々を喰らう龍。

 あまりの強大さに、頭部のみがソリッドヴィジョンで映し出される。

 

「レベル11の、シンクロモンスター……?」

 

 大八木の言葉も、何も響かない。

 ただ、今は――

 

「魔法カード、『星屑のきらめき』を発動。自分の墓地のドラゴン族シンクロモンスターを指定して発動。レベルが同じになるようにモンスターを除外し、そのモンスターを蘇生する。ドラゴン・ウイッチとワイバースターを除外し、甦れ――スターダスト・ドラゴン」

 

 再び舞い戻る、星屑の竜。

 これで、祇園の場にはモンスターが四体。

 

 星態龍☆11光ATK/DEF3200/2800

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆11闇ATK/DEF2800/2400

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 ジャンク・バーサーカー☆7風ATK/DEF2700/1800

 

 高レベル、高攻撃力のモンスターが並ぶ姿は。

 確かに、圧巻だった。

 

 心が、軋む。

 どうしようもなく……乾く。

 

「――バトルフェイズに入る!!」

 

 絶叫するように、祇園は言い。

 

「断ち切れ、星態龍!!」

 

 狂気の竜を、祇園の従える龍が喰らい。

 

「総攻撃!!」

 

 彼の感情に応じるように、モンスターたちが駆け抜ける。

 

 大八木LP3500→3300→-4700

 

「…………ッ、はっ、はあっ……」

 

 ソリッドヴィジョンが消えていく中、誰も何も言葉を発しない。

 ただ、祇園の荒い息が響くだけ。

 

「……何が……わかるんだ……」

 

 ポツリと、一人の少年が呟く言葉が。

 いやに……響き渡る。

 

「……僕の、何が……」

 

 体を震わせ、少年は呟く。

 想いを、詰め込んで。

 

 

「――何がわかるっていうんだ!!」

 

 

 その絶叫は、あまりにも悲痛。

 誰も、何も言えない。

 

 

 静かな拍手の音が、響き渡る。

 音の主は――万丈目。

 

 

「良いデュエルだった、夢神祇園」

 

 立ち上がり、敬意を表するように。

 万丈目が、こちらを見下ろす。

 

「高いところからですまないな。そして、非礼を侘びよう。――すまなかった。俺の身内が、無礼な真似を。これは俺の監督責任だ」

 

 そして、彼は静かに頭を下げる。会場が思わずざわついた。

 

「な、ま、万丈目さん!? こんな奴に頭を下げるなんて……!」

「黙れ大八木! 貴様は敗北しただけではなく、ノース校の名さえも貶めたんだ! 恥を知れ!!」

「…………ッ」

 

 万丈目の一喝に、大八木が黙り込む。

 ――拍手が、少しずつ巻き起こる。

 まるで、祇園を称えるように。

 

「…………」

 

 祇園は、大八木に一瞥を残しただけで。

 何も言わず、無言でその場を立ち去った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……よろしいンで、御嬢サン……?」

「私とて美咲くんのように少年の下へ行きたいのはやまやまだが……どうも、そうはいかんようでな。――私に用があるのだろう? 出てきたらどうだ?」

 

 立ち上がり、烏丸澪は柱の陰へと視線を送る。

 そこから現れたのは、一人の少女。

 

「キミは確か、〝侍大将〟と共にいた少女だな」

「藤原雪乃と申します。質問させていただきたく参上しました」

「ほう、何だ?」

「――如月宗達とは、どういう関係ですか?」

 

 その言葉に、明確な敵意を感じ取り。

 

「それはまた、妙なことを聞く」

 

 烏丸澪は、笑みを浮かべた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

(祇園、大丈夫かな……?)

 

 トイレに向かって歩きながら、十代は友のことを思い浮かべていた。夢神祇園――彼のあんな姿は見たことがない。

 怒るでも、感情でもない感情の発露。

 彼の奥底にあるモノが、見えた気がして。

 けれど、だからこそ心配で。

 

「……って、あれ、宗達――」

「――シッ」

 

 何故かトイレの前で壁に背を預けている友人に声をかけようとすると、黙るようにとジェスチャーが帰って来た。

 どういうことか、と首を傾げながら近付く。

 

 

「……俺は、勝たねばならんのだ……!」

 

 

 不意に聞こえてきたのは、万丈目の声。気付かれないように耳を澄ませると、万丈目がまるで自身に言い聞かせるように何度も何度もそう言葉を紡いでいた。

 どういうことだ、と視線で宗達に問いかける。だが、返答は。

 

「…………」

 

 軽く肩を竦め、宗達は立ち去っていく。

 ……雨が降り出しそうな、天気だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ちょっと、疲れた、な……」

 

 人気のない廊下で、壁に背を預けて座り込む。

 頭が未だに混乱している。状況を整理できない。

 ただ、キツい想いをしたことと。

 どうにもならない感情を抱いたことを、覚えている。

 

「…………」

 

 俯く視線の先に、何かが視えた。

 誰だろう、とぼんやり考える。

 

 ――何かが、体を優しく包んだ。

 温かいと、そう思った。

 

「……もう、休もう。祇園」

 

 涙声の、その言葉に。

 うん、と小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「おいおい、スポンサー側負けてるぞ。大丈夫かよ……」

「金持ち側が負けてるのは個人的にスッとしてるけどな」

「おいおい、滅多なこと言うもんじゃねぇよ。……けど、この様子じゃ最初の二つはNGだな」

「だな。まあ、最後の結果次第だけど」

「でもさ、この『如月宗達』ってのはあれだろ? 最近ニュースになってる、アメリカでライセンス取得したっていう。この後取材しろって指示出てるみたいだし」

「そんなのに万丈目グループのボンボンで勝てんのかよ。あーあ、今頃プロデューサーは頭抱えてんだろうな」

「仕方ないとも思うけどな」

 

 

 アカデミア本校代表、如月宗達VSノース校代表、万丈目準。

 ――間もなく、開戦。

 











なんかめっちゃ暗いですね今回。
というか悪役っぽいのが久々登場。








まあ、解説というかなんというか。
祇園くんは基本的に独りきりで、本人の性格もあって割とどうしようもなかった状態です。で、直接的なことはなくて『いてもいなくても同じ』くらいの扱いでした。
で、そんな風に見下してた相手がアイドルと仲良い(一年時はともかく、二年次半ばくらいからは美咲も有名になって来ていたので)、という時点で一部から敵視され始めます。更にしばらくすると大会でも活躍してるわで嫉妬爆発。本気で救いようがない。でもまあ、高校一年生ならこれが普通かな、とも。後先考えない感じが。

……しかし、あんまり祇園くんの過去についてどうこうするつもりはなかったんだけどなぁ……。
難しいですね、本当に。

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