遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第四話 月一試験、終わる世界と竜の咆哮

 デュエル・アカデミアでは世間一般の高等学校が行う中間・期末テストとは別に、月一で試験が行われる。それは勿論成績に直結する試験であると同時に、優秀な成績を修めれば寮のランクアップも狙えるというものだ。

 とはいっても今回の試験は入学してから最初のもの。いきなりランクアップはまずあり得ないし、そもそも相手は同じ寮から実力が拮抗するように選ばれる。そこまで気追う必要はないだろう。

 ――もっとも。

 

「流石に『死者蘇生』に祈るだけじゃ成績は上がらないと思うよ翔くん……」

 

 隣室の友人たちと一緒に勉強でもしようと隣の部屋を訪れた夢神祇園は、目の前の光景に思わず苦笑を漏らした。何やら祀られている『死者蘇生』に一心不乱に祈りを捧げる翔。勉強もせず一体何をしているのか。

 

「よぉ、祇園。どうしたんだ?」

「いや、一緒に試験勉強しようかなって……」

 

 言いつつ、祇園は翔の方へと視線を送る。どうやら十代も翔の奇行には若干引いているらしく、苦笑していた。

 

「翔の奴さっきからずっとああなんだよ。別に試験程度そんなに気にすることないだろうにさ」

「いや、十代くんの場合はもう少し気にしようよ。小テスト毎回最下位だよね?」

「あー、聞こえない聞こえない」

 

 耳を塞ぎながらそんなことを言う十代。案の定というか、やはり十代は勉強が苦手のようだ。

 

「そう言わずに。隼人くんも一緒に勉強しようよ。翔くんも祈ってないで」

「うう、どうせ無理なんだな……」

 

 祇園が呼びかけると、ある意味翔よりも沈んだ空気を纏っている男子生徒がそう応じた。前田隼人。一年留年しているということもあり、どうも自分に自信が持てないでいるらしい生徒だ。

 自信が持てないという気持ちについては祇園もわからなくはない。祇園自身、未だ自分の実力には自信が持てないでいる。

 だが、同時にこうも思うのだ。自信がないという言葉は『甘え』であると。

 

「いいからやろう? やらない後悔よりもやる後悔だよ」

 

 言うと、渋々隼人と翔が机の側に座る。十代も流石に自分だけ何もしないというのは問題だと思ったのか、素直に席に着いた。

 教科書を広げる。月一試験はデュエルモンスターズのことについてのみ。そして最初の試験である以上、そこまで難しい問題は出ないはずだ。

 

「とりあえずクロノス先生と響先生の授業のおさらいからやろう。あの二人がデュエルモンスターズの担当教員だし」

「おう」

「だな」

「はいッス……」

 

 ノートを広げ、互いに言葉を交わし合いながら勉強を進めていく。翔に元気がないのが気になったが、気にしないことにした。

 そして、夜が更けていく――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌朝。昨日遅くまで勉強会をしていたせいではっきりしない目を擦りつつ、祇園はアカデミアへの道を歩いていた。ただただ純粋に眠い。

 

「ちょっと寝坊したけど……まだ間に合う、かな」

 

 時間を確認するが、まだまだ余裕だ。焦る必要もないのでのんびりと歩いていく。

 すると、不意に肩を叩かれた。

 

「よっす。おはよう祇園」

「あ、十代くんおはよう。翔くんと隼人くんは?」

「二人共早くから学校行って勉強するってさ」

「へぇ……」

 

 凄いなぁ、と素直に感心する。二人共昨日の勉強会では随分必死にやっていたようだし、これは期待できるかもしれない。

 今日の試験について色々と言葉を交わしながら歩いていく祇園と十代。同じ寮の者同士が対戦するとなれば、十代と対戦するかもしれない――などと適当なことを祇園が言い、それを聞いた十代が楽しみだ、と笑う。どうにも対人恐怖症のきらいがある祇園としては、十代たちと一緒にいるのが凄く楽だ。個性はあるが悪い人間ではないし、信用できる。

 そんなことを思いながら歩いていると、前方に見覚えのある人影があることに気付いた。あれは――

 

「……トメさん?」

「ん? 誰だ?」

「購買部の責任者さん。いつも世話になってる人だよ」

「へぇ。でもなんかトラブルみたいだな」

「うん。ちょっと行ってみる」

「俺も行くぜ」

 

 祇園の言葉に十代が頷き、トメさんのところまで二人で走り寄る。どうしたんですか、と祇園が声をかけるとトメは困ったような表情を二人に向けた。

 

「ああ、祇園ちゃんかい。ええと、そっちは……」

「遊戯十代だ。どうしたんだおばちゃん?」

「あなたが十代ちゃんかい? 祇園ちゃんから話は聞いてるよ。良い子だって」

 

 トメが笑いながら十代にそう言うと、十代が照れたように笑う。そんな二人を見ながら、それで、と祇園が言葉を紡いだ。

 

「どうしたんですか? 何かトラブルみたいですけど……」

「それがねぇ、祇園ちゃん。エンジンが止まっちゃったんだよ」

「成程……」

 

 困ったように言うトメに、祇園は頷く。車のエンジンについては知識もない。そうなると――

 

「トメさん、僕が後ろから押してみますのでハンドルをお願いしてもいいですか?」

「大丈夫かい?」

「大丈夫です。普段お世話になっていますし、これくらいは」

 

 言いつつ腕時計を見る。……このままでは遅刻だ。だがそれは仕方がないことでもある。普段お世話になっている人を見捨ててまで試験に急ぐ程薄情ではない。

 

(次があるしね)

 

 それに月一試験のメインは筆記よりも実技だ。挽回のチャンスはある。自信はないが……。

 

「十代くん、とりあえず――」

「よっし、行くぜトメさん!」

 

 先に行って、という言葉を言い終わる前に十代はすでに行動を起こしていた。彼はすでに車を後ろから押す準備をしている。

 その様子に祇園が驚いていると、十代はいつもの快活な笑顔を向けながら言葉を紡いだ。

 

「へへっ、水臭いぜ祇園。二人でさっさとやっちまおうぜ!」

「十代くん……ありがとう」

「おうっ!」

 

 祇園と十代が車をゆっくりと押し出す。しばらく進むと、エンジンが大きな音を立てて動き出した。

 それを確認するとトメさんに礼を言われながら、二人は校舎に向かって走り出す。

 

 ――時間は、完全に遅刻だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 結局、筆記試験は残り三十分という本来の三分の一の時間で必死に問題を解くという状況に追い込まれた。結局八割ほどしか解けず、現在祇園は机に突っ伏して撃沈中である。

 

「うう~……」

「だ、大丈夫か祇園?」

「祇園がこんなに落ち込んでるなんて珍しいんだな」

「でも、アニキも祇園くんも人助けをしてたんスよね?」

「そうだけど……でも、やっぱり落ち込む……」

 

 最後の方の問題が時間さえあれば解ける問題だったのが余計に辛い。まあ、言っても仕方がないのだが。

 祇園は顔を上げると、教室を見た。実技試験は午後からであるため今は昼食の時間のはずだが、教室内には祇園たち以外にはほとんど人影がない。

 

「あれ? 皆食堂に行ったのかな? 随分早い気がするけど……」

「今日入荷の新パックを買いに行ったんだろう」

 

 不意に聞こえてきた声に反応し、そちらを見る。そこにいたのは学年でおそらく一番の頭脳を持つ人物、三沢大地だった。

 

「三沢くん。試験はどうだった?」

「完璧、と答えたいところだが今見直していたら一つケアレスミスがあった。悔しいな」

「一つって……」

 

 相変わらず凄いというか、なんというか。祇園など一つどころか毎回二桁以上のケアレスミスを連発するのに。

 土壇場に弱いというか、いざという時に実力を発揮し切れないのが祇園の弱点である。デュエルでは問題ないが、日常ではその手のミスが多い。

 

「み、三沢くん。新しいパックってどういうことッスか?」

「知らなかったのか? 今日の購買部に入荷するという話だが」

「ええ~っ!? 知らないッスよぉ~!」

 

 絶叫するような声を上げ、翔は全力で教室を出て行く。今から行っても遅いと思うが……まあ仕方ない。

 翔の姿を見送る四人。そんな四人に、一人の女生徒が声をかけた。

 

「今丸藤くんが走って行ったみたいだけど……どうしたの?」

「あ、明日香さん」

 

 そこにいたのは天上院明日香だった。祇園は明日香に対し、翔の行動の理由を説明する。

 

「新しいパックが入荷したっていう話を聞いて、走って行っちゃった」

「ああ、成程……あなたたちはいいの?」

「興味はあるけど、どうせもうないだろうしな」

「俺は俺のデッキを信頼している。調整も無しに新しいカードを入れるつもりはないからな」

「俺も新しいパックにはシナジーするカードがなさそうだから……やめておくんだな」

 

 それぞれ十代、三沢、隼人の台詞だ。明日香が夢神くんはどう? と問いかけてくる。祇園は苦笑しながら頷いた。

 

「僕はその……買うお金がないから」

 

 えっ、という誰が発したかもわからない言葉で空気が凍る。遊戯王のパックはいくつも買えばそれは値も張るが、一つ二つなら大した値段ではないはずだ。

 それが買えない――特に普段祇園と共に昼食を摂る機会の多い十代たち三人は彼の昼食がいつも購買の残り物である事実に気付き、僅かに声を漏らす。だが、そんな中で最初に立ち直ったのは三沢だった。

 

「だ、だが祇園。DPがあるだろう? あれを使えばいいんじゃないか?」

 

 DP――デュエリスト・ポイント。授業などでデュエルをする度に僅かずつとはいえ加算されていく、アカデミア内専用の通貨だ。これはアカデミアにおいてはパックを買ったり日用品を買うことに使用でき、非常に重宝するしシステムである。

 だが、祇園は三沢の言葉に苦笑を更に深くする。

 

「どうしても日用品の方に使っちゃって……カードが後回しになっちゃうんだよね」

 

 貧乏生活が染みついており、そもそもカードを買うことが当人にとって凄まじく勇気のいる行為であったという過去を持つ祇園にしてみると、カードパックを買うのはどうしても後回しになる。デュエリストとしてそれはどうなのかという意見が飛んできそうだが、生きていくための必要なのだから仕方がない。

 微妙な表情になる四人。祇園は苦笑を深くすると、その空気を変えるために口を開いた。

 

「とりあえず、食堂に行こうよ。午後からは実技試験だしね」

「ん、ああそうだな。明日香も来るか?」

「私は他の子と約束があるから……じゃあね、四人共」

「おう、またな!」

 

 またなも何も、この後実技試験なのだからすぐに顔を合わせることになるのだが……まあ、そこが十代らしいところだろう。

 四人で適当な会話をしながら食堂に向かう。すると、購買部の前で項垂れている翔を見つけた。

 

「翔、お前どうしたんだよ?」

「やっぱり買えなかったの?」

 

 予想通りといえば予想通りだが一応聞いてみる。翔はアニキ~、と力ない声を出した。

 

「なんか、発売してすぐ買い占めた人がいるって……」

「買い占め?」

 

 その言葉に祇園は眉をひそめる。そんなことをした人がいたのか。

 翔はもう駄目だ~、などとこの世の終わりのような言葉を吐いている。祇園も実技は不安だが、翔の子の姿を見ていると安心するから不思議だ。

 とにかく何か食べよう――そんなことを祇園が提案した時、不意に購買の奥から声が聞こえてきた。トメだ。

 

「二人共、今朝のお礼だよ。本当にありがとうね」

 

 そう言ってトメが差し出したのは二つのパックだった。トメによると、自分用にとっておいたものらしい。

 礼を言い、祇園と十代はそれを受け取る。十代は早速パックを開けていた。

 

「おっ、『ハネクリボー』のサポートカード! やったぜ!」

 

 無邪気に喜ぶ十代と、それを羨ましそうに眺める翔。その光景を見た時、ふと祇園の中でデジャヴが起こった。

 カードパックを買って喜んでいる子供と、それを見ているだけの自分。そんな光景を。

 ――故に。

 

「翔くん、上げようか?」

「えっ……い、いいんスか!?」

「うん。欲しいなら」

 

 未開封のパックを差し出しながら、祇園は微笑む。翔はそれを受け取ろうとして、しかし、寸でのところで思いとどまった。

 

「いや、やっぱりそれは祇園くんのものッス」

「いいの?」

「アニキと祇園くんは人助けをしてそれを貰ったんスから……やっぱり二人が受け取るべきッスよ」

「そっか」

 

 その言葉に思わず笑みが零れてしまう。翔の言葉――いつもこんな風に立ち振る舞うことができれば、彼も変わるだろうに。

 パックを開ける。そして目に入ったカードに、祇園は思わず目を見開いた。

 

「『アレキサンドライドラゴン』……?」

「これは……祇園のデッキにはピッタリなカードじゃないか。光属性、攻撃力2000の四つ星通常モンスター。『ジェネティック・ワーウルフ』と同じステータスだが、こちらの方が遥かにサポートが多い」

 

 三沢の解説通り、祇園のデッキにぴったりなカードが入っていた。祇園のデッキには同じ攻撃力2000の四つ星ドラゴンとして『アックス・ドラゴニュート』がいるが、あれにはデメリットがある。更にこっちは光属性。十分採用圏内だ。

 翔はそのカードを見て、やっぱり祇園くんに相応しいッス、と言ってくる。本当に嬉しい。

 さて、このカードを入れる代わりに抜くモノをどうするか……そんなことを思いながら移動していると、もう一枚見落としていたカードに気付く。

 ――そこに描かれていたのは、祇園のデッキにおいて切り札の一枚となっているドラゴン。

 その、最終形態。

 

「――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 実技最高責任者たるクロノス・デ・メディチは上機嫌だった。大量に購入したカードを万丈目に渡し、彼のデッキを大幅に強化。これであの遊戯十代を叩き潰す準備ができた。

 ドロップアウトボーイのくせに何度も楯突き、あろうことか入学試験で自分を倒した目の上のタンコブ。ここいらでその立場をわからせる必要がある。

 そんなことを思いつつ、鼻歌まで歌いながら廊下を歩くクロノス。そのクロノスを一人の女生徒が呼び止めた。

 

「ああ、クロノス先生。少しよろしいでしょうか?」

「ん~? これはこれはセニョール藤原。どうしたノーネ?」

 

 そこにいたのは、蒼い髪をツインテールにした妖艶な女生徒だった。高等部に上がってからはあまり聞かなくなったもののその行動が度々問題となり、よく職員会議に名が挙がる生徒だ。女優の娘ということもあって端麗な容姿をしており、それもまた理由の一つなのだろうが。

 とはいえブルー寮では一年生の中で一、二を争う実力者であり、今はアカデミアにいないが彼女と共によく名が挙げられる生徒の実力も申し分ないため、クロノスとしては悪いイメージを持っていない。

 ……ただ、中等部に在籍していた頃によくとある男子生徒を自室に連れ込んでいたのはどうかと思うが。

 

「試験が始まりまスーノ。急いだ方がよろしいノーネ」

「ええ、その試験で一つ『オネガイ』がありまして」

 

 妖艶に微笑む女生徒――藤原雪乃。

 彼女はその形の良い唇から、クロノスへ一つの提案をする。

 

「――私、一人戦いたい相手がおりまして。オネガイ、聞いていただけますか?」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 最初の頃は無茶苦茶緊張していたが、時間が経つにつれて大分落ち着いてきた。何より翔が勝った姿を見れたのが大きい。途中危ない場面がいくつもあってハラハラしたが、最終的に勝利を収めた。翔のガッツポーズは印象に残っている。

 そして隼人と三沢だが、二人とも無事勝利。隼人は本当にギリギリだったが、個人的に獣族デッキは面白いと祇園は思う。色々と面白いコンボができそうだ。三沢は三沢で相変わらずそつのない勝利。『妖怪デッキ』と言っていたが、あれだけ自在に墓地から手札からデッキからとモンスターが湧いて来ては相手もやり辛いだろう。

 ……まあ、特殊召喚の連打については祇園も人のことは言えないのだが。

 そして試験も後半に差し掛かり、そろそろ終わりが近づいた頃。

 

『オシリス・レッド一年遊城十代、第一フィールドへ。オシリス・レッド一年夢神祇園、第二フィールドへ』

 

 ようやく名前をコールされた。しかし、同時に疑問が浮かぶ。もうオシリス・レッドには祇園と十代しか残っておらず、それ故に二人でデュエルするものだと思っていたのだが……。

 

「なあ、祇園。相手は誰だろうな?」

「うん……僕は十代くんとデュエルするって思ってただけど……」

 

 途中、十代と合流しながらそんなことを話す。一体誰が相手なのだろうか?

 デュエルフィールドに降りると、祇園は第二フィールドへ向かおうとする。四つあるフィールドの一つ――そこへ向かおうとした時。

 

「さっさと上がって来い、ドロップアウト!」

「ま、万丈目!? 相手は万丈目なのか!?」

 

 隣のフィールドからそんな声が聞こえてきた。見れば、十代の相手は万丈目らしい。

 相手はオベリスク・ブルーか……とはいえ十代は実技授業において未だ無敗を誇っている。普段のデュエルでも祇園は十代に負け越しており、確かにオシリス・レッドでは相手にならないだろうと判断できた。

 では自分の相手は? この間PDAで戦績を確認すると、ギリギリ勝率七割だった。全部のカードがピン差しというデッキなので手札事故も起こりやすいのだ。

 そんな自分の相手は一体誰か――

 

「――私が相手よ、ボウヤ?」

 

 眼前、そこにいたのはオベリスク・ブルーの『女帝』と呼ばれる人物。

 ――藤原雪乃。

 怪しげな笑みと共に、その人物がそこにいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「えっ、な、なんで藤原さんが……?」

「ふふっ、少しボウヤのことが気になってね。クロノス先生にお願いしたの。……さあ、楽しみましょう……?」

 

 妖艶な笑みを向けられ、思わず一歩後ずさってしまう。どうもこういうタイプの人は苦手だ。

 だが、言っても仕方がない。どんな相手だろうと全力を尽くすしかないのだ。

 互いにデュエルディスクを起動。先行は――祇園!

 

「遊んであげるわ。おいで、ボウヤ」

 

 必要以上に妖艶な動きで手招きをしてくる雪乃。周囲から男子生徒の歓声が上がっているが、祇園は真剣な表情のままだ。

 そして五枚のカードをドローし、互いに宣言する。

 

「「決闘!!」」

 

 まずは祇園は手札を確認――正直手札は良くない。あまり初手からやりたくはないが、これは仕方がないだろう。

 

「僕のターン、ドロー! 僕はカードを一枚伏せ、モンスターをセット。そして魔法カード『手札抹殺』を発動! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数と同じ数だけカードをドローする!」

「あらあら、その辺の子たちなら手札交換かと思うけれど……あなたは違うわね。墓地肥やし、かしら」

「……僕は三枚カードを捨て、三枚ドロー」

 

 図星を当てられ、祇園は雪乃の言葉に応じないまま処理を進める。雪乃は初期手札を全て捨て、カードを五枚ドローした。

 

「僕はもう一枚カードをセット。ターンエンド」

「私のターン、ドロー。……ありがとう、ボウヤ。あなたのおかげで私はいきなり私の切り札を召喚できるわ」

「えっ?」

「『墓地とは第二の手札』――私が尊敬する数少ない男の台詞よ。あなたならその意味が理解できるでしょう、ボウヤ?」

「そう、だね。僕のデッキは墓地に依存してる。墓地にカードが多ければ多いほど展開力が上がっていく。『墓地肥やし』は重要だよ」

 

 墓地というのは重要だ。祇園の場合『ダーク・アームド・ドラゴン』や『ライトパルサー・ドラゴン』を中心に墓地があってこそ活躍するカードが多い。そういう意味で『墓地肥やし』と呼ばれる行為の重要性は理解しているし、だからこそ皆が『使えない』と評価する『おろかな埋葬』なども採用している。

 雪乃はそんな祇園の言葉に満足したのか、楽しそうに頷いた。

 

「その『墓地肥やし』という言葉の必要性をここにいる人間のうちどれだけが理解しているのかしらねぇ……。ふふっ、いいわぁ、ボウヤ……♪ 久し振りにゾクゾクしちゃう……♪」

 

 頬を赤らめ、そんなことを言う雪乃。……見ているこっちが恥ずかしくなってくる人だ。

 そんなこちらの反応を楽しんでいるのか、雪乃は楽しそうな笑みと共にいくわよ、と言葉を紡いだ。

 

「私は手札から魔法カード『儀式の準備』を発動するわ。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、墓地から儀式カードを一枚手札に加えることができる。私はデッキから『サクリファイス』を手札に加え、墓地から『高等儀式魔術』を手札に加えるわ」

「手札抹殺で……それに、『サクリファイス』……!」

 

 厄介だ。心の底からそう思う。それに気付いたのか、雪乃は楽しそうに目を細めた。

 

「ふふっ、『サクリファイス』の名前だけで警戒するあなたはやっぱり素敵ねぇ……♪ けれど、今回は『サクリファイス』に出番はない……私のエースは別にいるの。――手札から『マンジュ・ゴッド』を召喚! 効果発動! デッキから儀式モンスター一体か儀式カードを手札に加えることができる! 私は『終焉の王デミス』を手札に加える!」

 

 終焉の王デミス。その名を聞いた瞬間、祇園は自身の心臓の鼓動が跳ねあがるのを感じた。

 レベル8の儀式モンスター。その効果は強力無比の一言に尽きる。もしも彼女のデッキが祇園の考えているものと同じ種類なら、このターンに潰される可能性さえ存在している。

 

「ふふっ、その顔だと恐ろしさはわかっているみたいねぇ……? 嗚呼、いいわその顔、ゾクゾクしちゃう……♪ 手札から『高等儀式魔術』を発動、デッキから『昆虫装甲騎士』を二体、墓地に送るわ。そして『終焉の王デミス』を特殊召喚!」

 

 現れたのは、その誕生と共に世界を滅ぼす終焉の王。

 その圧倒的な威容に、見守っていた者たちも一瞬、言葉を失う。

 

 終焉の王デミス☆8闇 ATK/DEF2400/2000

 

 レベル8のモンスターとしては決して高くないステータス。だが、その本領はその能力にこそある。その能力の前には、どんなモンスターも抵抗は許されない。

 そして、墓地に送られた二枚の『昆虫装甲騎士』のカード。攻撃力1900の通常モンスター。これだけでも優秀なのだが、更に厄介なのはこのモンスターが『昆虫族』であるということと、一気に二枚も墓地に送られたということだ。

 

「『デミス・ドーザー』……!」

「あら、知っているのね? ふふっ、ますます興味が湧いたわ。――デミスの効果発動! ライフポイントを2000ポイント支払い、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する! エンド・オブ・ザ・ワールド!」

「――――ッ、くううっ……!?」

 

 終焉の王が振るった斧による一撃が、世界を蹂躙した。三枚のカードが破壊され、墓地へ送られる。

 世界を終わらせる王は、終焉の名に相応しい結果だけを場に残す。

 

「セットモンスターは……『ライトロードハンター・ライコウ』。ふふっ、こちらのカードを破壊しつつ墓地を肥やすつもりだったみたいだけれど、当てが外れたようねぇ?」

 

 クスクスと雪乃が笑う。セットカードの二つは『聖なるバリア―ミラーフォース―』と『王宮のお触れ』だ。これは本当に不味い展開になってきた。

 もしも雪乃の手札に『あのカード』があれば、このまま狩り取られる……!

 

「ふふっ、そう怯えなくても私の手札にあなたが恐れているカードはないわ。けれど――ダメージは受けてもらう。――『終焉の王デミス』でダイレクトアタック!」

「ぐううっ!?」

 

 祇園 LP4000→1600

 

 ボードアドバンテージとライフアドバンテージを一気に持っていかれた。このままでは本当に終わる。

 

「私はカードを二枚セット。……さあ、ボウヤ? 見せて頂戴。あなたの実力を」

 

 こちらへ手を差し出してくる雪乃。……正直、状況は最悪だ。

 デミスの効果によって一瞬でこちらのフィールドは更地にされ、更に相手はあのモンスター――『デビルドーザー』の準備も整えてきた。このままでは……負ける。

 

「僕のターン、ドロー……ッ! 僕はモンスターをセット、リバースカードを一枚セットしてターンエンド……ッ!」

 

 起死回生の手がない。ここは耐える場面だ。

 

「消極的ねぇ……期待し過ぎたかしら。私のターン、ドロー。手札から『センジュ・ゴッド』を召喚。効果発動。デッキから二枚目の『終焉の王デミス』を手札に加えるわ」

 

 センジュ・ゴッド☆4光 ATK/DEF1400/1000

 

 ここに来て二体目のデミスが手札に加わる。……このままでは本当にマズイ。

 

「ふう……楽しめると思ったのだけれど。デミスで攻撃」

「リバースカードオープン! 『和睦の使者』! このターン僕のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも〇になる!」

「それでも攻撃を止められるわけじゃないわ」

 

 デミスがセットモンスターに攻撃を仕掛ける。すると、巨大な一つ目が入った瓶のようなモンスターが姿を現した。

 

「セットモンスターは『メタモル・ポット』! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、カードを五枚ドローする!」

「あらあら、折角の『デミス』が。……ふふっ、けれどあなたはミスをしたわ。私は手札から『儀式の準備』を二枚発動。デッキから『サクリファイス』を二枚と、墓地から『高等儀式魔術』と『イリュージョンの儀式』を手札に加える。更に手札を一枚捨て、『死者転生』を発動。墓地の『終焉の王デミス』を手札に加えるわ」

 

 これでもう猶予はほとんどなくなったと言ってもいい。次のターンには、確実に終わる。

 

「まだ終わらないわよ、ボウヤ? 手札から『恵みの雨』を発動。互いのプレイヤーはライフポイントを1000ポイントずつ回復する。……この意味、わかるかしら?」

 

 雪乃LP2000→3000

 祇園LP1600→2600

 

 互いのLPが回復する。通常ならLPの回復は喜ぶべきところだが、祇園にとってそれは悪夢でしかない。

 

「次のターン、また『デミス』の全体破壊が来る……!」

「その通りよ。良い顔をするじゃない、ボウヤ。そっちの方が私は好きよ? 自分に自信がないいつもの表情ではなくて……デュエリストのその表情が。――けれど」

 

 雪乃は、更に一枚のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「このフィールドを前に、まだ戦意抱けるかしら?――墓地の『昆虫装甲騎士』二体をゲームから除外し、『デビルドーザー』を特殊召喚!」

 

 現れたのは、悪魔の名を持つ巨大な昆虫。二体の昆虫族モンスターを喰らい、その威容を顕現させる。

 

 デビルドーザー☆8地 ATK/DEF2800/2600

 

『デミス・ドーザー』の中核の担うモンスターの出現に、祇園は息を呑む。先程の全体破壊の後、このモンスターを出されていたらほとんどそれで『詰み』という強力なデッキだが、『デビルドーザー』と『終焉の王デミス』を中心に高価なカードが多いため、造るのが難しいデッキ。

 また、同時に儀式が中心であるために操ることも難しいこのデッキを、雪乃は一切の淀みなく操っている。凄まじいタクティクスだ。

 

「さあボウヤ。この布陣を突破できるかしら。――ターンエンド」

 

 雪乃がターンエンドを宣言する。いつの間にか十代は万丈目とのデュエルを終えており、こちらを見ていた。おそらく勝ったのだろうが、その表情はこちらを心配したものとなっている。

 周囲の視線を感じる。そしてその全てがこちらの負けを確信したものだった。当然だろう。このまま相手にターンを譲れば『デミス』に全てを砕かれて終了。デミスを倒したとしても後続はすでに準備されている。

 

「祇園!」

 

 十代の声が聞こえた。見ると、十代が笑みを浮かべてこちらにいつものガッチャのポーズをしてきた。そして同時に、彼は言う。

 

「笑えよ祇園! 最高のデュエルだろ!? そんなに楽しそうなデュエルなのにそんな顔をしてたら勿体ないぜ!」

 

 十代の言葉に、思わず顔に手を触れた。今の自分は、どんな表情をしているのだろうか。

 だが、十代の言う通りだ。今の自分はこんなに凄い相手と戦っている。それなのに、怯えてどうする?

 

 ――楽しめ、夢神祇園。

 今のお前は、昔のように弱くない。信じるデッキがある。

 そうだろう?

 

「……表情が変わった。何を見せてくれるのかしら?」

「逆転劇を」

 

 相手の場に並ぶ三体のモンスター、そのうち二体は最上級モンスターであることに加え、伏せカードも二枚ある。おそらくあの二つはこちらの妨害カードだろう。

 対し、こちらには表側守備表示になったメタモルポットが一体のみ。だが、手札は五枚。ドローをすれば六枚だ。

 ならば――打てる手はまだ残されている!

 

「いいわ。来なさい、ボウヤ。――返り討ちにしてあげる」

「僕のターン、ドローッ!――僕は手札から魔法カード『闇の誘惑』を発動! カードを二枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを除外する!」

 

 来てくれ、と祈る。待っているのは――あのカード!

 

「――――ッ!?」

 

 ドローしたカードを見て、祇園は自身の口元が緩んだのを感じた。

 デッキが……応えてくれた。

 ありがとう、と小さく呟く。そして。

 

「僕は手札から闇属性モンスター『アックス・ドラゴニュート』を除外! そして魔法カード『融合賢者』を発動! デッキから融合を手札に加え、そして『サイクロン』を発動! 右の伏せカードを破壊する!」

「チェーン発動よボウヤ。『強制脱出装置』。そうね……『メタモル・ポッド』を手札に戻しなさい。生贄召喚でもされると面倒だわ」

 

 手札に戻る『メタモル・ポッド』。だがそれは構わない。大事なのは伏せカードを一枚破壊したことだ。

 

「僕は手札から『融合』を発動! 手札の『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』と『神竜ラグナロク』を融合! 来い、『竜魔人キングドラグーン』!」

 

 現れる、ドラゴンを従える一人の魔人。ドラゴン族モンスターを効果の対象とすることを不可能とし、また、一ターンに一度手札からドラゴン族モンスターを特殊召喚できるという能力を持った強力な融合モンスターだ。

 

 竜魔人キングドラグーン☆7闇 ATK/DEF2400/1100

 

 このモンスターの強力な点はノーコストで毎ターン一回ずつ手札からドラゴン族モンスターを特殊召喚できることだ。強力なドラゴンを何度も出せるのである。その効果は強力無比。

 しかし、雪乃はそんな魔人の登場にも一歩も怯えた様子を見せない。

 

「甘いわよ、ボウヤ! トラップカード発動、『奈落の落とし穴』! 相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動可能! そのモンスターを破壊し、ゲームから除外するわ!……『竜魔人キングドラグーン』は効果の対象されることからドラゴン族を守る効果を持つ。けれど、『奈落の落とし穴』は対象を取っていないわ」

 

 ふふっ、と楽しげに笑う雪乃。そのまま彼女は祇園に向かって小さく拍手をした。

 

「見事よ、ボウヤ。何を特殊召喚するつもりだったかは知らないけれど……そのモンスターと上級ドラゴンで『デミス』を倒し、ダメージを通せば『デミス』の効果は使えなくなる。けれど、ここまでよ。よくやったけれど……」

「――まだ、僕のターンは終了していない」

 

 残り手札は四枚。更にそのうちの一枚は『メタモル・ポッド』だとわかっている。その中で紡いだ祇園の言葉に、雪乃が形の良い眉をひそめた。そのまま彼女はボウヤ、と静かに言葉を紡ぐ。

 

「潔く散るのも一つの美しさよ。この状況を打破できるとしたらボウヤの切り札である『ダーク・アームド・ドラゴン』しかない。けれど、ボウヤの墓地には闇属性モンスターが五体。これを三体に減らす必要がある。更に墓地には墓地の闇属性モンスターの数を調節できる特殊召喚条件を持つモンスター『ダークフレア・ドラゴン』と『カオス・ソーサラー』があってそれは回収できない。そんな状態でどうやって勝つつもり?」

「……それでも、勝つよ。ううん」

 

 息を吸い、誰もが祇園の敗北が決まったものだと確信する中で。

 祇園は、凛と通る声で宣言した。

 

「――勝つんだ!」

 

 そして、祇園は動き出す。手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「墓地の闇属性モンスター『ダークフレア・ドラゴン』と光属性モンスター『ライトロードハンター・ライコウ』を除外し、『ライトパルサー・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 現れたのは、胸元の装置から流星を吐き出す白きドラゴン。墓地の光と闇属性のモンスターを除外することで特殊召喚され、更に破壊された時に墓地の闇属性レベル5以上のドラゴン族モンスターを特殊召喚するという強力なカードだ。

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光 ATK/DEF2500/2000

 

 だが、それでは『終焉の王デミス』は倒せても『デビルドーザー』は倒せない。その上――

 

「……強力なカードだけど、それじゃあ足りないわよボウヤ。ボウヤの墓地にいるレベル5以上のドラゴン族モンスターで一番強力なのは『真紅眼の黒竜』だけれど、そのカードじゃ届かない。たとえ自爆特攻を行って墓地の闇を三体揃えて『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚しても、バトルフェイズは終了した後。返しのターンで終わりよ?」

「確かにそうだよ。だから、こうする。――自分フィールド上のドラゴン族モンスター一体をゲームから除外し、特殊召喚! 来い、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!」

 

 

 ――ギャオオォォォォオオオオオオッッッ!!――

 

 

 漆黒の金属をその身に纏うレッドアイズの究極形態が、その咆哮と共に姿を現した。

 伝説のレアカード『真紅眼の黒竜』。それが更に強力になり、同時に圧倒的な気配を纏うその姿に、会場の者たちが息を呑む。

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇 ATK/DEF2800/2400

 

「レベル……10……?」

 

 神と同レベルのランク付けをされたそのモンスターを前に、雪乃が呆然と呟く。だが、このモンスターの本領はここではない。

 流石にPDAがないのは問題ということで祇園にも支給された簡易PDA。そこに書かれていた制限カードリストにも記載されるこのカードはそのレア度の高さ故にほとんど知られていないが、その能力は確かに圧倒的だ。

 

「『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』の効果発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴン族モンスターを特殊召喚できる!」

「そんな……墓地って……!」

「僕は墓地から『真紅眼の黒竜』を特殊召喚!」

 

 そして現れる、『真紅眼の黒竜』。勝利をもたらすブルーアイズの対極、可能性を持つとされるレッドアイズが、自身の究極体の横に並び立つ。

 

「……ッ、けれどボウヤ! その二体では私には――」

「――これで墓地の闇属性モンスターは三体になった」

 

 雪乃の言葉を遮るように、祇園は言い。

 そして、彼のエースが降臨する。

 

「墓地に闇属性モンスターが三体のみの時、このカードは手札から特殊召喚できる! 来い! 『ダーク・アームド・ドラゴン』!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴン☆8闇 ATK/DEF2800/1000

 

 漆黒の竜が三体、フィールドに並び立つ。壮観な光景だ。……相手からすれば悪夢だろうが。

 

「僕は墓地の『ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―』と『ハウンド・ドラゴン』、『カオス・ソーサラー』をゲームから除外し、相手モンスターを全て破壊する!」

 

 がら空きになるフィールド。そして、祇園は宣言した。

 

「――攻撃!!」

 

 雪乃LP3000→-5000

 

 決着が着き、ソリッドヴィジョンが消えていく。……凄いデュエルだった。終わってみれば楽しいデュエルだったが、本当にギリギリの勝負だ。

 息を吐く祇園。その彼の視線の先で、雪乃が崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「そんな……私が負けるなんて……」

 

 呆然と雪乃は呟く。そのまま彼女は俯いてしまい、そして、静寂だけが残った。

 ――ポタリと、滴が床に落ちた音が響く。

 まさか、と祇園が雪乃の側に駆け寄ろうとした瞬間。

 

 

「――『女帝』が人の前で涙を見せるもんじゃない」

 

 

 静かな声が、会場内に響き渡った。同時に一人のコートを着た男子生徒がフィールドに飛び降りてくる。その男子生徒は雪乃の傍まで歩み寄ると、俯いたままの彼女に自身のコートを被せた。

 

「良いデュエルだったぞ、雪乃」

 

 微笑と共にその男子生徒は雪乃に言い、そして雪乃の頭を軽く撫でた。そのままその男子生徒は祇園の方へと視線を向けてくる。

 

「一部始終は見てたが、やるなぁオマエ。万丈目のボンボンがXYZ使い出した時は何事かと思ったが、へぇ……活きの良い新入生が入ってんじゃねぇか」

 

 楽しそうに笑いながら、全身を黒い服装で統一したその男子生徒は言う。祇園としては突然現れたこの人物が何者かがわからない。十代に視線を送ると、彼も知らないと首を左右に振った。

 いったい何者なのか――そんな疑問を伝える前に、一人の男子生徒がその正体を口にする。

 

「貴様、如月! 如月宗達(きさらぎそうたつ)! 帰っていたのか!?」

 

 声を荒げたのは万丈目だ。その彼の言葉に、会場内が一気にざわめく。

 

「おい、如月って……」

「もうアメリカアカデミアから帰ってきたのかよ……」

「『帝王』に最も近い男が……」

 

 ひそひそ話が聞こえてくる。だが、祇園にはそれでも目の前の人物が何もかはわからない。聞こえてくる言葉から察するに実力者のようだが――

 

「――如月宗達。本来ならアカデミア中等部を文句なしの首席で卒業するはずだった男だ」

「三沢くん?」

「少し前にデータベースで見つけてね。気になっていた。――『帝王に最も近いデュエリスト』と異名をとるデュエリストがいると」

 

 三沢のその言葉を聞き、宗達が笑みを濃くした。そのまま、くっく、と楽しそうに三沢に対して言葉を紡ぐ。

 

「話わかる奴がいんじゃねぇか。一年空けてる間に新入生も入って楽しみにしてたんだよ」

「……キミはアメリカ・アカデミアに留学し、そのデュエルの腕を磨いていたんじゃなかったのかな? 最近の成績では全米オープン五位入賞というものがあったはずだが」

「ああ、あのプロに負けたやつか。表彰台乗れなかったのが心残りだったがやり残したことはなかったし、こっちに帰ってくる条件の『全米オープン入賞』もやったしな。今日の朝着いたとこだ」

 

 快活に笑いながら言う宗達。悪い人には見えない――祇園がそんなこと思うと同時、十代が目を輝かせて言葉を紡ぐ。

 

「全米オープン入賞!? マジかよ! お前めちゃくちゃ強いんじゃないのか!?」

「お、元気いいなオマエ。そりゃもー強いぞ俺は。なんせ強過ぎてアメリカに行かされたぐらいだしな」

「マジかよ! なあ俺とデュエルしようぜ!」

「待つんだ十代!」

 

 いつものノリでデュエルに入ろうとする十代。しかし、三沢がそれを止めた。

 

「止めておいた方がいい。あの男と何も知らないままデュエルするのは危険だ」

「ええ、どういうことだよ三沢?」

「どういうこと?」

 

 十代と祇園の疑問。ある種当然のそれに、三沢は厳しい表情で頷いた。

 

「彼は巷では『侍大将』と呼ばれている。それは彼の使用するデッキが理由だろうが……そんなことじゃないんだ。重要なのはもう一つの異名。中学時代、アカデミアで彼が呼ばれていた名前。当時圧倒的なその強さ故に、彼と戦った者の何人かはデュエリストとして再起不能になったと言われている」

 

 その言葉に中等部からの持ち上がり組であるブルー生たちが一様に苦い顔をした。彼らはその当時の宗達を知っているのだろう。そしてそれは宗達にプライドの高いブルー生たちがそんな表情をせざるを得ないほどの実力があるということを示している。

 批判は起きない。陰口さえ聞こえない。ある種アカデミアの『帝王』と呼ばれる人物と同じ場所に立つ天才。

 

「――『デュエリスト・キラー』。それがキミの呼び名だろう?」

 

 その、言葉に。

 如月宗達は、静かに笑みを浮かべた。


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