遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
今回はカイナ先生、本当にありがとうございます。
大歓声が耳に届く。不愉快というわけではない。だが、どうにも煩わしい。
(ああ、またか)
諦めたつもりでも、やはり心のどこかで期待していた。
強者を。
己を、烏丸澪を……倒してくれる者を。
だが現実は、その願いからはあまりにも遠い。
『〝決闘王〟を生んだ極東の島国! そこに僅か18の若さで君臨するデュエリスト! 六番目の王――またの名を、〝幻の王〟! 今日の私たちはラッキーだ! その強さをこの目で見れたのだから!』
歓声と共に自分の名が何度も叫ばれる。メディアや大会にあまり姿を見せないために付いた〝幻の王〟という呼び名。まさかアメリカにも知れ渡っているとは。
『圧倒的な力! これが〝祿王〟! いや、これこそが〝祿王〟!』
大歓声に、軽く手を挙げて応じる。会場が揺れるような歓声が響き渡った。
多くのデュエリストが目指し、そして辿り着けない領域。DMの本場たるアメリカで名を上げ、認められるというリアル。
そんな場所に立ちながら、しかし、〝王〟と呼ばれる少女の心には高揚はない。
あるのは、ただただ空虚な心のみ。
(贅沢なのだろう。そして、礼儀にも反しているのだろうな)
誰もが追い求める場所に立ちながら。
しかし、それを欠片も喜ばない自分は。
本当に、どこか狂っているのだろう。
(……だが、嗚呼、本当に)
歓声に背を向け、少女は歩き出す。その表情に、笑みはない。
ただ、一言。
「……退屈だな」
誰に告げるわけでもなく、少女はそう呟いた。
◇ ◇ ◇
サングラスと帽子で申し訳程度の変装をし、あてのないままにニューヨークの街並みを歩いていく。こうして海外に来るとわかるのだが、日本というのは本当に治安が良い国だ。若い女が夜に一人で歩いていても、それこそ人通りのないところにでも行かない限り問題はそう起こらない。
(黒服を二人も引き連れて街を歩く私は、どう見てもその筋の者にしか見えんのだろうな)
護衛のために澪の側を歩く二人の黒服。KC社から派遣されてきている彼らに僅かに視線を向けつつ澪は呟く。まあ、どれだけデュエルが強かろうが澪も18の女である。荒事となれば少々分が悪い。
一応、護身術の類は一通り修めてはいる。しかし護身術というのは所詮『護身』であり、喧嘩のための技術ではないのだ。『逃げる』ことに終始した技術で戦おうと思うほど澪も愚かではない。
(人が避けて通るのは少し寂しくもあり、しかし妥当とも思える。……まあ、半分ぐらいは彼らの想像通りの人間である以上、仕方がないか)
自嘲の言葉を内心で呟く。縁は切ったとはいえ、それはあくまで書類上のことに過ぎない。この身を流れる血の半分は、あの男と同じモノだ。
その事実がどうしようもないほどに重く、同時にどうしようもないほどに憎い。
思ったところで、どうにもなりはしないというのに。
(……やはり一人だとどうも暗くなる。昔はこんなこともなかったのだが、な)
一人きりで出歩き、多くのデュエリストを壊すようにして戦ってきた日々。あの日々に後悔はない。結局何も見つからなかったが、だからこそ諦めもついた。
結局、烏丸澪という存在は一人きりで。
自分と〝同じモノ〟など、存在しないのかもしれないと。
そんな、どうしようもない結論しか出せなかったが。
(それでもこうしてアメリカにまで出向くのは……やはり、諦めきれないからか。全く、乙女のような思考だ。九分九厘、出会えるはずがないとわかっているというのに)
今回も結局は同じだった。必死に向かってくるデュエリストたちを正面から捻じ伏せる戦い。何人かは心が折れ、しばらく戦えなくなっただろうとそんなことを思う。
それについて申し訳ないなどと思うことはない。ここで折れるようならいずれどこかで折れていただろうし、それはこちらには関係のないことだ。究極的なことを言ってしまうと、烏丸澪にとって自分の周囲にいる人間――即ち、彼女が『身内』と定義する者以外の他人は生死を含めてどうでもいいのである。
戦い、興味を惹かれなければそれまで。興味が向かなければ名前どころか顔さえも忘れてしまうのが澪だ。ある意味誰よりも純粋で、だからこそ始末に負えない性質である。
――とある人物に〝終わっている〟と評されたのは、この性質故なのだろう。
まあ、直すつもりもないのだが。
「……嗚呼、つまらんな」
大都市の町中を歩きながら、ポツリと呟く。それは不意に出た言葉だからこそ、何よりも本心を表していた。
諦めきれない、自分の同種を探す日々も。
こうして、一人夜空を見上げる今も。
本当に――ツマラナイ。
「なら、俺とデュエルでもしようぜ」
声が聞こえたのは、そんな時だった。
振り返る。そこにいたのは一人の男性だ。澪の側に控えていた黒服が一瞬身構えるが、すぐに警戒を解く。男の胸元に下げられているモノを確認してだ。
「I²社の社員証……、何かご依頼でも?」
「ああ、それもあるな。会長直々のお達しだ。だが、それとは別に興味もある」
一見、にこやかで友好的な笑みを浮かべる男。だが、そこに潜む獰猛さに澪はほう、と吐息を零した。
これは敵意だ。それも、悪意によるものではない。デュエリストとしての――〝戦う者〟としての敵意。
澪と向かい合う者はそのほとんどが前提として『侮り』か『敬意』を前面に持ってくる。前者は澪のことをよく知らない者であり、後者は澪のことを知る者が抱くモノだ。デュエリストとして純粋な敵意を向けてくる者など、ここ数年普通の相手では数えるほどでしかない。
そもそもから〝祿王〟という存在はそれほどまでに遠く、理解し難き領域なのだから。
(最後に純粋な敵意を向けてきた者と出会ったのは……ネクロスの時か。まあ、あれは〝悪意〟だったが)
殺意、と言ってもいいかもしれない。あの時相手は確かにこちらを殺す気でいたはずだ。実際そういう戦いだったのだから当然だが、あれ以来そういう感情を向けられたことがない。
「デュエリストなら、強い奴とは戦ってみたいと思うのは当たり前だろ?」
「確かに道理ですね」
デュエルディスクを指示してくる相手に、頷きを返す。強い者と戦いたいという気持ちは澪にもよくわかる。まあ、根本的な部分で普通の者が抱くそれとは違うのだが仕方がない。
ずれていることも、狂っていることも。
烏丸澪は理解していて、それでも尚こうしているのだから。
「では、やりましょう」
「お、いいのか?」
「断る理由もありませんから。――まあ、とはいえ」
デュエルディスクを取り出し、澪は相手を見据える。二人の黒服が、僅かに澪から離れた。
「あまり機嫌が良いわけでもありません。……期待を裏切らないで頂けると助かります」
「……成程、いいねぇ」
大抵の者が呑まれてしまう、澪が身に纏う絶対的なまでの空気。だが、男はその中でむしろ笑みさえ浮かべて見せた。
「噂以上だな。楽しめそうだぜ……!」
「――ほう」
「ああ、自己紹介がまだだったな。――空時レオだ。今からお前さんをぶちのめす」
「成程。それが虚勢でないと信じましょう」
自然、笑みが浮かんでくる。大会は期待外れだった。だが、もしもだ。
――もしも、この男が自分よりも強いならば。
それだけで、ここに来た意味が生まれる。
「「――決闘!!」」
月が隠れる闇夜の中。
二匹の獣が、激突する。
◇ ◇ ◇
空時レオ。その名には澪も聞き覚えがある。確か今回の『シンクロ』を生み出すプロジェクトにも関わっていた人物だ。夫婦でI²社に勤めており、テストデュエルとはいえタッグデュエルでは社内でも上位の実力を誇るという話を聞いたことがある。
実力者であることは間違いないし、覚えていてもおかしくないはずの相手だ。思い出せなかったのは単純に言葉を交わしたことがなかったためだろう。澪はプロジェクトの中心にいたとはいえ、その仕事の多くはテストプレイヤーとしてのものだった。それ故、裏方と関わる機会があまりなかったのである。
まあ、そもそもからして『面倒臭い』という理由で表に出たがらず、積極的には関わりたがらなかったというのもあるのだが。
いずれにせよ、ほとんど初対面であるが知らぬ相手というわけではない。だからどうということでもないが、素性が知れているかいないかでは大きく違う。
「俺の先行だ。ドロー。……俺はカードを二枚伏せ、モンスターをセット。ターンエンドだ」
レオの立ち上がりは酷く静かだ。雰囲気から察するに一気に攻めてくると思ったが、そうではないらしい。
「随分と静かな立ち上がりだな」
「いきなり手の内を見せるわけにはいかねぇだろう?」
「成程、それもまた道理か。だが、今日の私はいつものように『待つ』気分ではない。来ないのであれば、私の方から往く。――私は手札より、『トランス・デーモン』を召喚」
トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500
現れるのは、紫色の体躯をした悪魔だ。ある意味において実に悪魔らしい姿をしたモンスターの出現に、レオが表情を曇らせる。
「厄介なモンスターが出やがったか……」
「まあ、まだ効果は使わんがな。――私はカードを二枚伏せ、魔法カード『墓穴の道連れ』を発動。互いのプレイヤーの手札を確認し、それぞれ一枚ずつ選んで捨てさせ、その後カードを一枚ドローする」
「なっ!?」
「さて、手札を見せてもらおうか」
澪の手札は『暗黒界の狩人ブラウ』と『暗黒界の龍神グラファ』だ。墓穴の道連れ――ピーピングハンデスという強力な効果だが、自分も捨てさせられるというデメリットを持つカードだ。だが、澪の用いる『暗黒界』は手札より捨てられることで効果を発揮する。相性は抜群だ。
互いの手札がソリッドヴィジョンによって公開される。だが、その瞬間にレオの伏せカードがその姿を現した。
「――なんてな、甘いぞ〝祿王〟! 速攻魔法『手札断殺』! 互いのプレイヤーは手札を二枚墓地に送り、その後カードを二枚ドローする!」
「ほう……」
「『墓地に送る』である以上、『暗黒界』の効果は発動しない。そっちのデッキについては有名だからお見通しだ。悪く思うなよ」
「別に構わんさ。有名税というモノには慣れている」
互いに手札を二枚墓地に送り、二枚ドローする。これで墓穴の道連れの解決時に澪の手札は入れ替わり、その効力が最大では発揮できないことになる。
「暗黒界と戦う上で厄介なのは『墓穴の道連れ』だ。だが、これなら手札は入れ替わる。効力は十分に発揮できないはずだ」
「確かに予定は少々狂った。だが、空時レオ……といったかな? あなた自身が言っただろう。私は〝祿王〟だ」
澪がカードを二枚ドローする。このうち、一枚でも暗黒界以外のカードならば澪の目論見は外れたことになるのだが――
「――この程度で、この私が止まるとでも?」
澪の手札→暗黒界の術師スノウ、暗黒界の龍神グラファ
先程の手札よりも、更に強力。
公開されたその手札に、なっ、とレオが言葉を漏らす。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったか」
サングラスと帽子を取り外し、澪は微笑を浮かべて見せる。
月の出ない闇の夜。ネオンに照らされた街中に、その美しい黒髪が煌めくようにたなびいた。
「――烏丸〝祿王〟澪。末席だが、日本タイトルを預からせてもらっている」
浮かべるのは微笑。しかし、多くの者にとってその微笑は絶望としてしか映らない。
闇夜に佇む一人の〝王〟は、その絶対性を持って己が最強を指し示す。
暗黒の僕を従える、〝日本三強〟が一角。
――人は彼女を、〝王〟と呼ぶ。
◇ ◇ ◇
「おい、野良デュエルだぞ!」
「しかもデュエルをしてるのは〝幻の王〟だ!」
「これを見逃すのは勿体ねぇぞ!」
レオとのデュエルが始まってから、すぐに野次馬たちが集まってきた。流石にアメリカ、DMの本場である。日本でも野次馬は集まって来るが、こうすぐに人によるフィールドができる程には集まらない。
「さて、選択の時間だ。手札を見せてもらおう」
敬語などどこかに置き去りにした。気分が高揚する。冷めた感情の中、敵を倒すことを喜ぶ自分がいるのだ。
それがどういう意味を示すのか。澪は知っていて、深く追求することはない。
人の心など、深淵に潜るべきものではない。底に蠢くのは、醜い感情だけなのだから。
レオの手札→トライワイト・ゾーン、死者蘇生、調律
手札は全て魔法カード。その全てが厄介なカードだ。出来れば全て叩き落としたいところだが、生憎その手段はない。
「では、『死者蘇生』を捨ててもらおう」
「……俺はグラファを選択する」
「ならば互いにカードを一枚ドロー。そしてグラファの効果だ。このカードが捨てられた時、相手フィールド上のカードを一枚破壊できる。伏せカードを破壊だ」
「……『リビングデッドの呼び声』が破壊される」
破壊される蘇生カード。成程、少しレオのデッキの形が見えてきた。
『手札断札』によって墓地へいったカードや手札の情報から考えるに、祇園と似たタイプのデッキだろう。大量展開によるシンクロデッキ。単純だが強力なデッキだ。
(だが、気になるのは手札断殺で送られた二枚のレベル1モンスターだ。『キーメイス』に『ワイト』……ワイトはともかく、キーメイス? トライワイト・ゾーンのこともある。少年とはまた随分と違う形を見せてくれそうだ)
状況を分析し、確認する。ある程度見えてきたが、まだ全てが見えてきたわけではない。
ただわかるのは、油断すれば一瞬で持っていかれるということ。
「私はトランス・デーモンの効果を発動し、手札の『暗黒界の術師スノウ』を捨てることで攻撃力を500ポイントアップする。そしてカード効果によってスノウが捨てられたことにより、効果を発動。デッキからスノウ以外の『暗黒界』と名の付いたカードを手札に加える。私は『暗黒界の門』を手札に加え、発動」
トランス・デーモン☆4闇ATK/DEF1500/500→2000/500→2300/800
悪魔の攻撃力が上昇する。澪は更に、と言葉を紡いだ。
「『暗黒界の門』の効果を発動する。墓地の悪魔族を一体除外することで、悪魔族モンスターを一体捨てる。その後、カードを一枚ドロー。私はブラウを除外し、『暗黒界の尖兵ベージ』を捨てて一枚ドロー。ベージが捨てられたことにより特殊召喚され、更に暗黒界を手札に戻すことで『暗黒界の龍神グラファ』を特殊召喚する。甦れ、最強の暗黒界――龍神グラファ」
闇に閉ざされた世界に、轟音の如き咆哮が響き渡る。
体を押し潰すような威圧感。二人のデュエルを見守る者たちが、皆一様に息を呑んだ。
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
顕現するは、圧倒的な力を持つ龍神。
その威容に、野次馬たちはただ固唾をのんで見守るしかない。
「そしてリバースカード・オープン。『暗黒界の取引』。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、その後一枚捨てる。私は『暗黒界の狩人ブラウ』を捨て、一枚ドローだ」
「ドロー。……俺は『ギゴバイト』を捨てる」
再びのレベル1通常モンスター。澪はふむ、と頷きを零した。
もう一体のグラファを出すという選択肢もあったが、手札の関係からそれを断念せざるを得なかった。決めきれなかった時の返しの保険が必要だったのだ。
「さて、長くなったがバトルフェイズだ。――グラファでセットモンスターへ攻撃」
「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』だ! リバース効果により、トランス・デーモンを破壊! その後デッキトップからカードを三枚墓地へ送る!」
「……ッ、成程。トランス・デーモンの効果は使えんか」
破壊された時に除外された闇属性モンスターを回収する効果を持つトランス・デーモン。だが、ライコウによって破壊されると回収のタイミングでライコウの処理が入り、『タイミングを逃す』こととなってしまう。
レオのデッキから墓地に送られたカード→チューニング・サポーター、ワイトメア、ワイトキング
墓地に送られたのは、いずれもモンスター。その光景を見、ぐっ、と澪は唇を引き結ぶ。
(落ちたカードの全てに意味がある……。成程、大した豪運だ。これは少々マズいかもしれんな)
下手をすれば次のターンの返しで倒される可能性さえある。
だが、できることはない。ターンエンド、と宣言する。
「いくぜ、ドローッ!」
勢いよくレオがドローする。あの動きの中、結局レオにダメージは通らなかった。正直、予想外だと思う部分がある。
動きは悪くなかった。なのに、何故。
「いくぜ、俺は魔法カード『調律』を発動! デッキから『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、更にデッキトップからカードを墓地に送る!」
墓地に送られたカード→スポーア
マズい、と澪は本能でそう直感した。流れがあちらへと傾きかけている。
いや、違う。初めからこちらに流れなどなかった。手札断殺の時も、強引にこちら側へと向けさせただけ。
烏丸澪にはないものを、眼前の男は持っている。
「そして『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果により、チューニング・サポーターを蘇生!」
だが、だからといって指を咥えて見ているわけではない。
「リバースカード、オープン! 速攻魔法『禁じられた聖杯』! ジャンク・シンクロンの効果を無効にする!」
流れなど必要ない。力でねじ伏せ、力で蹂躙する。必要なのはその意志のみ。
精霊たちに愛されることがなかろうと。
退屈な日々の中で生きようと。
それでも尚、烏丸澪は〝最強〟なのだ。
「まだだ! 手札より魔法カード『トライワイト・ゾーン』を発動! 墓地からレベル2以下の通常モンスターを三体特殊召喚する! 来い、キーメイス、ワイト、ギゴバイト!」
だが、その男はそれさえも踏破せんと突き進む。
ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800
キーメイス☆1光ATK/DEF400/300
ワイト☆1闇ATK/DEF300/200
ギゴバイト☆1水ATK/DEF350/300
現れる三体のモンスター。これだけならばグラファには届かない。
「――レベル1、ギゴバイトとレベル1、ワイトにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ジャンク・ウォリアー』!!」
ジャンク・ウォリアー☆5闇ATK/DEF2300/1300→2700/1300
現れるのは、青きジャンク品で形作られた一人の戦士。
その戦士は高々と拳を突き上げ、誇るようにして見せつける。
「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚成功時、自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力分、自身の攻撃力をアップする! パワー・オブ・フェローズ!」
祇園も使う『ドッペル・ウォリアー』と合わせれば3100にまで攻撃力を上げる単純だが強力な効果。だが、それでもまだグラファには届かない。
「そして手札より速攻魔法『サイクロン』発動! 『暗黒界の門』を破壊!」
これで攻撃力が並んだ。しかし――
「どうするつもりだ? ここでグラファを倒したとて、ジリ貧だろう」
グラファの蘇生はかなり容易だ。相討ちならばジリ貧になる未来が視えている。
だが、やはりというべきか。
獅子の名を持つ男は、それがどうしたと言葉を紡いだ。
「手札より装備魔法、『下克上の首飾り』をキーメイスに装備する!」
『はいっ!』
最後の手札と、キーメイスより聞こえてきた声に。
澪は一瞬、呆然としてしまった。
「『下克上の首飾り』は通常モンスターにのみ装備でき、装備モンスターが戦闘を行う際に相手の方がレベルが高ければダメージステップ時にレベルの差×500ポイント攻撃力を上げる」
キーメイスはレベル1。グラファとの戦闘においては3500ポイントもの上昇を見せる。
成程、これは確かに……強力だ。
(精霊か。成程、あの豪運にも頷ける)
遊城十代や防人妖花がそうであるように、精霊に愛されるものは総じて通常よりも明らかに異常な幸運をその身に宿す。
精霊は神と同一視されることもあるほどの存在だ。その寵愛を受けるとなれば、それも当然。
そしてそれは、自分にはないモノ。
羨ましいとは思わない。そんな感情はとうに切り捨てている。
だが、厄介なことには変わりない。
「バトルだ。キーメイスでグラファに攻撃!」
「――――ッ!?」
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800
キーメイス☆1光ATKDEF400/300→3900/300
澪LP4000→2800
本来ならば、相手にならないはずの相手。
しかし、その矮躯に秘められた一撃により、龍神が砕け散る。
「更にジャンク・ウォリアーでダイレクトアタックだ!」
澪LP2800→100
危険域。あと一ポイントで終わりを迎える状況へと持ち込まれる。
「おいおい、何者だあの日本人」
「まさか、〝幻の王〟が」
「圧されてる……?」
聞こえてくる雑音。澪は一度、大きく息を吸い。
「手札より、効果を発動――」
冥府の使者ゴーズ☆7闇ATK/DEF2700/2500
冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF2700/2700
冥府へと続く道を渡る二人の使者が、王を守らんと身を屈める。
野次馬たちが大いに湧く。だが、澪とて理解していた。
このままでは、ジリ貧だと。
「俺はターンエンドだ」
「私のターン、ドロー」
カードを引く。正直、状況はかなり厳しいと言えた。
出来ることは、本当に限られている。
「私は『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚し、手札に戻すことで『暗黒界の龍神グラファ』を特殊召喚する。そしてバトルだ。ジャンク・ウォリアーにグラファで攻撃し、相討ちとする」
敵の数を減らしておくことは重要だ。もっとも、これが限界だが。
「ゴーズとカイエンを守備表示に。ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー! 『ミスティック・パイパー』を召喚し、効果発動。生贄に捧げることで一枚ドローし、更にそれがレベル1モンスターだった時、もう一枚ドロー出来る。……俺が引いたのは『ワイト』だ。もう一枚ドロー」
これでレオの手札は二枚。本当に、大したデュエリストだ。
(強いな、本当に……強い)
久しく見ない強敵だ。思っていた以上に楽しませてくれる。
「手札を一枚捨て、魔法カード『ライトニング・ボルテックス』を発動! 相手フィールド上の表側表示モンスターを全て破壊する!!」
空より雷が降り注ぎ、澪の場のモンスターが一掃される。
LPは僅かに100。
たった一撃で、全てが終わる。
「キーメイスでダイレクトアタックだ!」
一撃でも貰えば、それで敗北。養成の一撃が迫りくる。
微笑を零す。成程、と。
こんな形も、悪くは――
〝必ず……辿り着きます〟
聞こえてきたのは、とある少年の声。
あの日、あの場所で。絶対的な力の差を見せつけられながら、あの少年はそう言った。
(あの時、私は何と答えた?)
覚えていないはずがない。あの日、烏丸澪は確かに答えた。
――〝待っている〟。
そう、答えたのだ。
あの時確かに、烏丸澪はそう答えた。
ならば――
「ああ、そうだな少年」
鐘の音が、鳴り響く。
「――約束だ」
バトル・フェーダー☆1闇ATK/DEF0/0
強制的に戦闘が終了する。
その鐘の音は、終焉の音に似ていた。
「くっ、俺はターンエンドだ」
「私のターン、ドロー」
手札は、二枚。場には戦う力のないモンスターが一体だけ。
ほとんど『詰み』に近い状態だ。しかし、烏丸澪はまだ終わらない。
「敗北は、まだ受け入れられない」
それはあの日からずっと望んでいたことで。
そして、手に入れられないモノだけれど。
「約束を破るのは、少々私の流儀に反する。――手札より魔法カード『貪欲な壺』を発動! 墓地より冥府の使者ゴーズ、暗黒界の術師スノウ、暗黒界の狩人ブラウ、トランス・デーモン、暗黒界の龍神グラファの五枚を戻し、二枚ドローする!」
烏丸澪に、精霊の加護はない。むしろ、多くの精霊たちが彼女からは遠ざかっていく。
とある精霊に告げられたことがある。自分は『異常』であり『異端』なのだと。共に歩くわけではなく、全てを捻じ伏せる存在。己の意志とは関係なしに、烏丸澪という存在はただそこにいるだけで精霊たちをそうさせる。
故に、彼女は一人。
故に、彼女は孤高。
愛情でも、憎悪でも、善意でも、悪意でも、好意でも、敵意でもなく。
「そして『手札抹殺』を発動! 私の捨てるカードは二枚……『暗黒界の術師スノウ』と『暗黒界の尖兵ベージ』だ! 捨てた枚数であるカードを二枚ドローし、ベージを特殊召喚! 更にスノウの効果により『暗黒界の門』を手札に加える!」
ただただ純粋な力と存在により、烏丸澪はそこにある。
「『暗黒界の門』を発動し、ベージを手札に戻すことで『暗黒界の龍神グラファ』を墓地より特殊召喚する!!」
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
再び蘇る龍神。しかし、これではまだ届かない。
「『暗黒界の門』の効果を発動。墓地のスノウを除外し、ブラウを捨てて一枚ドロー。更にブラウの効果によってもう一枚ドローする。……魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキから『暗黒界の龍神グラファ』を墓地に送り、ベージを召喚。手札に戻すことでグラファを蘇生する」
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
並び立つは、二体の龍神。
王が従える魔物が、咆哮する。
「私はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
周囲からざわめきの声が漏れた。確かにキーメイスは首飾りがある以上倒せない。しかし、だからといって何もしないままだと敗北だ。
「俺のターン、ドロー! 俺は手札より『調律』を発動! 二枚目の『ジャンク・シンクロン』を手札に加え、デッキトップからカードを一枚墓地へ送る! 墓地に送られたのは――『ダンディ・ライオン』だ! 綿毛トークンを二体特殊召喚!」
綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0
綿毛トークン☆1地ATK/DEF0/0
ここにきて、この落ち。成程、冗談とは思えない強さだ。
正に、愛されし者。
「そして、ジャンク・シンクロンを召喚! 効果でチューニング・サポーターを蘇生!」
シンクロの準備が整う。しかし、その瞬間。
――レオのフィールドのモンスターが、全て吹き飛んだ。
「なっ……!?」
「――罠カード、『魔のデッキ破壊ウイルス』。攻撃力2000以上の闇属性モンスターを生贄に捧げることで攻撃力1500以下のモンスターを全て粉砕する。更に三ターン、ドローカードさえも喰らうことになるが……まあ、それはいいだろう」
撒き散らされたウイルスにより、レオの場が荒らし尽くされる。
手札は0。何も残されていないその状況下では、如何なる豪運も意味を成さない。
「さて、私のターンだ。ドロー。……ベージを召喚し、手札に戻すことでグラファを蘇生する」
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100
再び蘇る、最強の龍神。
相手が如何なる存在であろうと、正面から捻じ伏せ、叩き伏せる。
「そうだな。もしも、あの日。私がプロになると決めたあの時――一人で戦うことを決めたあの日ならば、敗北しても良かった。きっとそれを私自身も望んでいた。だが、今は駄目だ。私を、烏丸澪を〝最強〟として目指す者がいる。昔ならばどうでも良かったが……今はそうはいかないのでな」
――悪く思うな。
その言葉と共に、終幕の一撃が振り下ろされる。
「随分長い時間をかけたが……これで終わりだ」
「――――ッ!?」
『レオさん!?』
レオLP4000→-2000
龍神の一撃により、LPが削り取られる。
野次馬たちの歓声が、決着の合図だった。
「……月は見えない、か」
その絶対的な力を称え。
人は彼女を、〝王〟と呼ぶ。
――たった一人の、孤高の王と。
◇ ◇ ◇
野次馬に一折応じた後、澪は護衛を連れてレオと共にレストランにいた。高級レストランに入ってもよかったが、レオに拒否されたのでやめておいた。まあ、場所などどこでもいいのだが。
「ペガサス会長の依頼?」
「ああ。それとあんたが会長に渡した真っ白なカード。あれについても話があるんだそうだ」
「真っ白いカード? 何の話だ?」
「いやいや、興味持てよ。あんたが持ち込んだんだろうが」
レオが呆れた調子で言うが、本当に記憶にない。忘れているということは興味を抱かなかった、あるいは必要ないと判断したことのはずなので、正直どうでもいいのだが。
「それよりも、お二人も座って食事をしては如何ですか?」
「は、いえ、烏丸様の護衛任務中ですので……」
「食事を終えれば大人しくホテルに戻りますよ。そもそも護衛が大げさなのですから」
「しかし……」
「料金なら私がお支払いしましょう。食べる時に食べておかないと、いざという時に困るものです」
祇園の口癖だ。眠すぎて朝食に手が伸びない時に何度も言われた。
「……では、失礼します」
「ええ。……さて、失礼した。それで、依頼というのは?」
「詳しいことは日本に戻ってからって事になってる。てか、俺には敬語なしか」
「挑戦者にはこういう言葉遣いが染みついているのでな。一応、これでも敬意は払っているつもりではあるが」
「まあいいけどな。とにかく、一度日本に戻ってくれ。観光とかは悪いが諦めてもらうことになるが――」
「ああ、安心して欲しい。元より明日には帰るつもりだったよ」
コーヒーを口にしつつ、申し訳なさそうなレオにそう応じる。レオが何でだ、と言葉を紡いだ。
「予定じゃ明日はオフだろ?」
「まあ、そもそも観光にあまり興味がないのと、そうだな……日本食が恋しくなった、というところかな? 特に食事だ」
別に食事が不味いというわけではない。ただ純粋に、肌に合わないのだ。
「特に魚料理が恋しくなってきた。肉料理はあまり好きではない分、余計にな」
「成程な。気持ちはわかる」
「まあ、そういうわけだ。ペガサス会長にはそう伝えておいて欲しい」
そう言うと、澪はさて、と呟きながら立ち上がった。そのまま、それではな、と言葉を紡ぐ。
「また会う機会もあるだろう」
「そうだな。今度は負けねぇぞ」
「その時は本来のデッキを見せてくれると嬉しいよ。私はいつでも待っている。この場所でな」
笑みと共にそう返し、護衛の二人を連れて店を出る。その途中で、携帯にメールが来ていることに気付いた。
また仕事だろうか、と思い確認する。相手は――祇園。
こちらの調子を確認する内容と、いつ戻れるかのメールだ。そういえば、慌ただしくここへ出てきたせいで伝えていなかったか。
「明日には帰るよ、少年」
彼がアカデミアに戻るまで、そう時間は残っていない。
ならば、その時まで少しは見守っていたいと思う。
「弱くなったな、私は」
首を傾げる護衛二人になんでもないとそう告げて。
烏丸澪は、歩を進める。
(だが、悪くはない)
姿を見せぬ月を見上げ。
王と呼ばれる少女は、静かに呟いた。
絶対的な強さ。それ故に、彼女は手に入れることができない。
彼女が求めるモノを手にするのは、いつの日か。
大変遅くなってしまい、もうしわけありません。最後のコラボです。
今回はすぴぱる小説部にてカイナ先生が連載中の『遊戯王GX~パラレル・トラベラー~』とのコラボとさせていただきました。
本当に、ありがとうございます。
そして次回より、冬休みも終わっての本編スタート。
予告編と合わせて、お付き合いいただけると幸いです。
ありがとうございます。