遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第四十一話 あの日から、変わったこと

 呼び出しを示すコール音が耳元に響いている。しかし、いくら待っても相手は出ない。

 それを確認すると、少女は一つため息を零して電話を切った。もしかしたらという淡い希望に賭けてみたが、予想通り相手は出てくれないらしい。

 こういう時の予感は当たるものだ。元々彼は風来坊な気質がある。待たされるのはいつものことだが、やはり不安は尽きない。

 あの時も、結局自分には何も告げずに一人で全てを壊して、言い訳の一つもせずに立ち去ってしまったから――……

 

「――雪乃?」

 

 物思いに耽ってしまっていたらしい。友人が隣で心配そうな表情を浮かべていた。

 

「なんでもないわ」

 

 手を振り、いつものように返答を返す。大抵の相手はこれで誤魔化せるのだが――

 

「宗達のこと?」

 

 それなりに付き合いの長い親友には見破られてしまうらしい。肩を竦め、ええ、と誤魔化すのを諦めて頷く。

 

「相変わらず、ろくに連絡もしてこないわ。便りがないのは無事の証拠、とはいうけれど……ね」

「でも、こまめに連絡する宗達もらしくないんじゃない?」

「確かに気持ち悪いわねぇ……」

 

 想像し、思わず息を吐いてしまう。あの男がいちいち連絡を寄越してくる姿を想像すると笑いよりも違和感が先に立つ。元々、他人に自分のことを話すことを拒む性格なのだ。

 だから、そういう意味で自分は信頼されているのだろうと思う。一度だけだが弱音を吐かれたこともあるし、他人に決して話そうとしない過去のことも話してくれた。

 だが、それだけでは満足できない自分も確かにいるのだ。

 信頼されていることがわかっていても、だからこそ連絡がないのだとわかっていても。

 我儘な自分は、確かにいる。

 

「けれど、連絡シテ欲しい私もいるのも確か。宗達が私にいちいち連絡してくる姿なんて想像できないけど、ね」

「……自分で言ってて矛盾してることに気付かない?」

「あら、矛盾如きで諦めてちゃ何も得られないわよ明日香?」

 

 微笑を浮かべ、そう言葉を紡ぐ。矛盾――それは確かに通常ならば成り立たない論理だ。だが、自分がしているのは『恋愛』であり『恋慕』である。そこに常識は存在しない。

 

「恋愛というのはね、明日香。想う相手と想ってくれている相手さえいれば成り立つのよ。互いの想いだけが存在する、一人じゃ絶対に成り立たないモノ。だったら欲張らないと損でしょう?」

「私にはわからない話ね」

 

 はぁ、と明日香がため息を零す。ふふっ、とそのため息に微笑を返した。

 

「それは明日香がまだ恋をしていないから。いいものよ、恋って。辛いこともあるし、泣きたいことも多いけれど。自分が一人じゃないって……泣いてもいいって、教えてくれるモノだから」

 

 泣ける場所、安らげる場所。それが人には必要で。

 同時に、全てを懸けて愛したいと想う相手がいるということは本当に幸福なのだろうとそう思う。

 

「一応、言っておくわ。……ご馳走様」

「フフッ、お粗末様」

「でも、心配にならないの? 一人でアメリカなんて。いくら留学経験があるからって……」

「信じてるもの。私は如月宗達の恋人であり、同時に如月宗達は藤原雪乃が愛する男。疑う余地なんてないわ。第一、私は宗達の一番のファンでもあるのよ?」

 

 たった一人で、孤高に戦い続ける姿。

 周囲の全てを敵に回しながら、それでも折れることなく牙を剥き続けたその姿に。

 あの日の私は――藤原雪乃という〝女〟は、魅了されたのだ。

 

「世界の全てが敵になっても、それでも私は彼の味方。私はそう決めたの」

 

 それが、何もできなかったあの日に誓い、纏った鎖。

 全てを一人で解決できてしまう彼だからこそ、敵には敵として接してしまう彼だからこそ、最後の拠り所になりたいと思ったのだ。

 

「……宗達も幸せ者ね。雪乃にここまで想ってもらえるなんて」

「あら、私の想いなんて彼とよくて同等よ?」

 

 からかうように告げてみる。それだけ愛されているという自覚があるし、愛しているという自覚がある。

 あの父に認めてもらうために、宗達は今頑張ってくれている。強くなろうともがいている。

 苦しくても、辛くても、そんなことはおくびにも出さずに。一年前のあの日、アメリカへと渡った時のように全てを抱え、背負い、ただただ〝強さ〟を求めている。

 強くなる理由に自分を据えてくれている――これほど想われていることを実感できることもない。

 

「でも、だからこそ私も強くならなければならないの」

 

 寄りかかるだけの、頼るだけの自分はもう嫌だ。

 だって、かつての自分がそうだったから。あまりにも無力で、どうしようもなかったから……あの日、如月宗達は立ち去ってしまったのだから。

 

「常に隣に居たいとは思うわ。けれど、そうすることだけが愛じゃない。私はまだ十五の小娘で、宗達も十五の若者だけれど。それでも、それだけはわかってる」

 

 隣に立つことと、寄りかかることは違う。

 あの時の自分はあまりにも弱く、だからこそ彼がボロボロになるまで何もできず、何一つ気付かなかった。

 

「私は宗達を信じてる。今はそれでいいのよ。そして、信じ続けるために、信じ続けてもらうために……私もまた、強くならなくちゃいけないわ」

「……あなたは十分に強いわよ、雪乃」

「ふふっ、ありがとう」

 

 親友の言葉に、笑みを返し。

 藤原雪乃は、空を見上げる。

 

 ――遠い空の下に、彼はいる。

 けれど、隔たれた場所ではない。この空と繋がっているはずだから。

 

 今はそれでいいと、そう思えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何度目かもわからない深呼吸を繰り返す。手が震え、体も震える。

 緊張からくるものだということはわかっている。しかし、わかっているからといってそれでどうにかできるような類ではない。

 

「さあ、そろそろ出番やで祇園?」

「……うん」

 

 隣の幼馴染には自分と違って緊張の色は窺えない。流石に場数を踏んでいるだけのことはある。素直に尊敬してしまった。

 

「――〝案ずるより産むが易し〟、っていうやろ?」

 

 一歩前に歩み出ながら、不意に相手はそんなことを口にした。こちらに背を向けているため、表情は窺えない。

 

「あれ、要するに『やってしまえばどうとでもなる』ってことやと思うんよ。実際その通りやとも思う。あれこれ考えるより、やってしまった方がええ。良くも悪くも、そこで結果は出てまうから」

 

 それが良い結果であろうと、悪い結果であろうと。

 行動を起こせば、何かしらの〝結果〟という名の〝答え〟が出る。

 

「流れるままに、ってのは凄い楽なことやと思う。案外どうとでもなるしなぁ、何事も。せやけど、『どうとでもなる』が嫌なら自分で一歩を踏み出さないとアカン」

 

 流されるままに出る結果は、望んだモノでは決してない。

 自らが動かなかったのだから、それは当然だ。

 

「この言葉の意味がわからへんほど、祇園は馬鹿やないやろう?」

 

 振り返った少女が浮かべた笑みは、こちらに信頼を寄せたもので。

 昔から変わらない、何度も見た笑顔だった。

 

「うん。そうだね。その、通りだ」

 

 流されるままに生きていくことの結果を、祇園はその身で味わっている。

 そしてそれは、決して幸いには届かないモノだということも。

 

「頑張るよ。……頑張る」

 

 言い聞かせるようにして呟き。

 夢神祇園は、その一歩を踏み出した。

 

 

『それでは、新たなる力――〝シンクロ〟の実践と参りましょう! 〝ルーキーズ杯〟優勝者、桐生美咲選手! そして準優勝者、夢神祇園選手の入場です!』

 

 

 入場を促され、一歩を踏み出す。歓声と、拍手の音が耳に届いた。

 その中で、祇園は隣の少女へと小さく呟くように言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そのやり取りは、一見軽いものだけど。

 だからこそ、確かな信頼がそこにはある。

 

 ステージの、幕が上がる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ステージで向かい合い、二人はデュエルディスクを構える。美咲とはこの一週間、数えきれないほどデュエルをした。主にシンクロの特性を理解するためだ。理屈を知ることはもちろん大事だが、やはり実践に勝るものはないというのも事実。

 ちなみに澪や妖花、時には様子を見に来た十代たちとも何度となくデュエルをした。〝ルーキーズ杯〟参加者であるプロ勢ともデュエルをしたが、ほとんど勝利を得ることはできなかった。

 まあ、そこについては元々からの地力の差があるので仕方がない。

 

(美咲は『今日のために面白いデッキを組んだ』、って言ってたけど……)

 

 プロの試合で使うためのものではなく、シンクロの実演のためにうってつけのカテゴリーがあったとのこと。彼女によれば長期戦もできる優れたデッキだとか。

 対し、こちらのデッキはある意味でシンクロに全てを懸けた構築をしている。『カオスドラゴン』の時もそうだったが、どうも自分が作ると一点部分に特化しやすい。あのデッキも除外にはかなり弱かったし。

 まあ、今回は弱点を突かれることもないだろう。……無いと信じたい。

 

「ほな、会場の皆さん! ご一緒に!」

 

 互いに五枚ずつドローし、先行はデュエルディスクによって美咲と決まった状態。美咲は手を振り上げ、会場へと呼びかける。

 こういうところは、やはり流石というべきか。

 

 

「「「決闘!!」」」

 

 

 会場の大合唱の中、デュエルが始まった。

 

「ウチの先行、ドロー!」

 

 相変わらずのドロー動作を見せる美咲。少々大げさだが、美咲曰く『魅せることもプロのお仕事やから』とのこと。確かにその通りだ。興行である以上、『魅せる』事は重要になる。

 まあ、本人も全力で楽しんでいるようだが。

 

「むー、まあ上々といえば上々やな。ウチはモンスターをセット、カードを一枚伏せてターンエンドや」

「僕のターン、ドロー」

 

 先行一ターン目からフルパワーで回してくるのかと思ったが、そうではなかったらしい。

 準備のいるデッキなのか、それとも単純に手札が悪いのか。……いずれにせよ、動けるうちに動いた方がいい。

 

「僕は魔法カード『調律』を発動。デッキから『シンクロン』と名の付いたチューナーを一体手札に加え、デッキをシャッフル。その後デッキトップからカードを一枚墓地へ送ります。僕は『ジャンク・シンクロン』を手札に加えます」

 

 デッキをシャッフルし、トップのカードを墓地へ送る。送られたのは……『スポーア』だ。最高の結果に、内心でガッツポーズを作る。

 会場にざわめきの声が広がった。『チューナー』――その言葉に依る。

 基礎説明でも告げられたその新たな存在に、会場の視線が注目する。

 

「そして僕は、チューナーモンスター『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果発動! 召喚に成功した時、墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にして守備表示で特殊召喚できる! 『スポーア』を蘇生! 更に墓地からの特殊召喚に成功したため、『ドッペル・ウォリアー』を特殊召喚!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 スポーア☆1風・チューナーATK/DEF400/800

 ドッペル・ウォリアー☆2闇ATK/DEF800/800

 

 一瞬で三体のモンスターが並び立つ。以前ならいくらモンスターを並べようとステータスが低ければ嘲笑の対象になることもあった。だが、これからの新たなる概念――『シンクロ』は違う。

 ――力を合わせる。

 そんな、当たり前のようで今までできなかったことをするための力が――これだ。

 

「いくよ、美咲」

「うん。来てや」

「――僕は、レベル2ドッペル・ウォリアーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚!」

 

 二体のモンスターが交わり、その星の数を合わせた輝きが空間を支配する。

 

「――『TGハイパー・ライブラリアン』!!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 現れたのは、一冊の本を持った魔術師だった。白い法衣を纏うその姿に、会場は一瞬驚き。

 次いで、爆発的な歓声が広がった。

 

「初手でライブラリアンかぁ……。廻ってるなぁ」

「正直、僕もびっくりしてる。……ドッペル・ウォリアーの効果を発動。このカードがシンクロ召喚の素材となって墓地へ送られた時、『ドッペル・トークン』を二体攻撃表示で特殊召喚できる」

 

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 ドッペル・トークン☆1闇ATK/DEF400/400

 

 二体のトークンが姿を現す。そして、フィールドにはチューナーと非チューナーがまだ残っている。

 

「更にレベル1、ドッペル・トークンにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『フォーミュラ・シンクロン』!」

 

 フォーミュラ・シンクロン☆2光。チューナーATK/DEF200/1500

 

 次いで現れたのは、F1のような外見を有するモンスター。シンクロモンスターでありながらチューナーという、一風変わったモンスターである。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果発動。シンクロ召喚成功時、カードを一枚ドロー。そしてライブラリアンはシンクロ召喚に自分か相手が成功する度に一枚ドローできる。二枚ドローするよ」

「残念ながらそれは邪魔できひんわ」

 

 肩を竦める美咲。カードを引き、確認。……どうやらこれ以上は展開できないらしい。

 

「バトルフェイズ。――ライブラリアンでセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは『ガスタの希望カムイ』や」

 

 ガスタの希望カムイ☆2風ATK/DEF200/1000

 

 緑髪の青年が姿を現す。戦闘破壊は問題ないが……まさか『ガスタ』とは。資料で見ただけで詳しくはわからないが、継続戦闘能力に長けたデッキのはずだ。

 

「そしてカムイのリバース効果。デッキから『ガスタ』と名の付いたチューナーを特殊召喚できる。ウチはデッキから『ガスタ・イグル』を守備表示で特殊召喚や」

 

 ガスタ・イグル☆1風・チューナーATK/DEF200/400

 

 現れる小さな鳥。確か『ガスタ』というカテゴリーはこういったリクルートの能力に長けていた気がする。ただ、詳しいことはわからない。

 澪によると「相手にするとこれ以上なく面倒なデッキだ」とのことだが……。

 

「……僕はカードを一枚伏せて、ターンエンドだよ」

「ほな、ウチのターンやな。ドロー!」

 

 美咲がカードを引く。正直、この状況からならいくらでも巻き返してくるはずだ。

 デュエルは序盤。本番はここからである。

 

「いくで祇園、ウチも見せたるよ。――手札より、『ジャンク・シンクロン』を召喚! 効果により、『ガスタの希望カムイ』を守備表示で特殊召喚や!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/500

 ガスタの希望カムイ☆2風ATK/DEF200/1000

 

 現れたのは、こちらのデッキにおけるキーカードである『ジャンク・シンクロン』。墓地からモンスターを吊り上げるという能力から、効果さえ通れば4、5レベルのシンクロができるのは確かに強力である。

 

「更に手札から『ガスタ・グリフ』を捨て、『THEトリッキー』を特殊召喚! そしてグリフの効果発動! このカードが手札から墓地へ送られた場合、デッキからガスタと名の付いたモンスターを特殊召喚できる! 『ガスタ・ガルド』を特殊召喚!」

 

 THEトリッキー☆5風ATK/DEF2000/1200

 ガスタ・ガルド☆3風チューナーATK/DEF500/500

 

 一瞬だった。

 本当に一瞬で、美咲は容易く五体のモンスターを揃えて見せた。凄まじい力である。

 

「一枚ドローは覚悟せなアカンなぁ。まあ、しゃーない。――ウチはレベル2、ガスタの希望カムイにレベル3、ガスタ・ガルドをチューニング! シンクロ召喚! さあ、おいでませ! 『ダイガスタ・ガルドス』!」

 

 ダイガスタ・ガルドス☆5風ATK/DEF2200/800

 

 現れるは、巨大な怪鳥を駆る少女。新たなシンクロモンスターに、おおっ、と会場が湧き立った。

 

「相手がシンクロ召喚に成功したので、一枚ドロー」

「ん、それはまあ必要経費や。――ダイガスタ・ガルドスの効果発動。一ターンに一度、墓地のガスタを二枚デッキに戻すことで表側表示の相手モンスターを一体破壊できる。ウチはグリフとカムイを戻して、ライブラリアンを破壊や!」

「ッ、チェーン発動! フォーミュラ・シンクロンは相手のメインフェイズ時にこのカードをシンクロ素材としてシンクロ召喚を行うことができる! レベル5、TGハイパー・ライブラリアンとレベル1ドッペル・トークンに、レベル2フォーミュラシンクロンをチューニング!」

 

 今ライブラリアンを失うのは少々惜しいが、破壊されるよりは遥かにマシ。むしろ、こういう状況のためにこうしたのだから。

 

「集いし願いが新たな力を呼び起こす! 光さす道となれ! シンクロ召喚!――飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!」

 

 星々が煌めき、一体の竜が飛翔する。

 星屑をばら撒いたような翼を持つその竜は、破壊を打ち消す星の名を持つドラゴン。

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 世界に一枚しか存在しないという、超が付くほどのレアカード。

 背負うにはあまりにも重く、しかし、背負わなければならないモノ。

 その竜は、まるで永き封印から解かれたかのように。

 

『――――――――』

 

 天に向かって、甲高い咆哮を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 舞い降り、咆哮を上げた一体の竜。

 何度も目にしたし、何度となくその力に憧れたこともある。

 

「……綺麗」

 

 そう呟いたのは、誰だったのか。

 時間にして一瞬。しかし、体感にして久遠のように永い沈黙の後。

 

 

「――――――!!」

 

 

 爆発的な歓声が、周囲の世界を粉砕した。

 その美しさと、力強さ。圧倒的な存在感に、歓声と拍手が響き渡る。

 

(……思った通りやなぁ)

 

 ふと、そんなことを思った。星屑の竜を従え、こちらに臆することなく視線を向けてくる彼。

 その姿が、一人の〝英雄〟と僅かに重なる。

 

(祇園はあの人ほど強くはないけれど。……スターダストは、あの目をした人によく似合う)

 

 時が流れるほどに思い出せなくなっていく記憶。

 思い出せなくなることこそが正しい記憶。

 その中でずっと自分たちを背負い続けたあの人を、確かに幻視した。

 

(……感傷に浸るのはここまでや)

 

 今の自分は『美咲』であり、アイドルプロ・桐生美咲だ。

 もう戻れない日々のことに思いを馳せる必要はない。

 

「上手いこと躱したなぁ、祇園」

「……躱しきれなかったよ」

 

 苦笑しながら言う祇園。そう、その通りだ。

 こうなるように自分は誘導した。そして誘導した以上、相応の結末は用意している。

 

「いくよ、祇園。――ウチは、レベル5THEトリッキーにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 ドクン、と心臓が高鳴った。

 僅かに幻視した視界に映るのは、自信と気迫に満ち溢れた彼の背中。

 

「――王者の鼓動、今ここに列をなす。天地鳴動の力をここに! シンクロ召喚! 招来せよ、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』ッ!!」

 

 轟音と共に雷が鳴り響き、巨大な火柱がいくつも立ち昇る。

 数多の焔を纏いながら姿を現したのは――紅蓮の悪魔。

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/2000

 

 圧倒的な火力を体現する、絶対の力の象徴。

 桐生美咲が譲り受けた、新たな力だった。

 

「いつ見ても、凄い威圧感だね……」

「そらもう、『王者』のカードやからな。強いよ~?」

 

 フフッ、と笑う。そして、美咲は更に、と言葉を紡いだ。

 

「まだまだ行くよ! レベル5ダイガスタ・ガルドスに、レベル1、ガスタ・イグルをチューニング! シンクロ召喚! 『ダイガスタ・スフィアード』!!」

 

 ダイガスタ・スフィアード☆6風ATK/DEF2000/1300

 

 現れるのは、杖を持った一人の女性だ。小柄な体をしているが、身に纏う雰囲気がその強さを示している。

 

「スフィアードのシンクロ召喚成功時、墓地から『ガスタ』と名の付いたカードを一枚手札に加えるよ。ウチは『ガスタ・ガルド』を手札に。そして、スフィアードの別の効果や。このカードは戦闘では破壊されず、また、このカードがフィールド上に存在する限りガスタの戦闘でウチが受けるダメージは全部相手が受ける」

 

 その言葉に、祇園が表情を曇らせた。この言葉の意味することを理解したのだろう。

『ガスタ』は所謂『リクルーター』の多いカテゴリーだ。そしてリクルーターは最後の手段としてダメージ覚悟での自爆特攻という手段がある。それは肉を切らせて骨を立つ戦術だが、スフィアードがいる限りダメージの全てを祇園が負うこととなる。

 リスクがリスクでなくなったそれは、あまりにも一方的な戦いだ。

 

「さあ、バトルや。スターダストの効果は強力。せやけど、単純に殴り倒せば問題あらへん!」

「…………ッ!」

「レッドデーモンズでスターダストを攻撃! アブソリュート・パワーフォース!」

 

 轟音が響き渡り。紅蓮の一撃が星屑の竜を打ち砕く。

 

 祇園LP4000→3500

 

 悲しき声を上げるスターダスト。だが、祇園にはどうにもできない。

 そして、がら空きになる祇園のフィールド。美咲が追撃の指示を出す。 

 

「スフィアードでダイレクトアタック!」

「手札より『速攻のかかし』の効果を発動! 相手の直接攻撃を無効とし、バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 間一髪、現れたかかしがその一撃を防いだ。うーん、と美咲が唸る。

 

「しゃーないなぁ……。カードを一枚伏せて、ターンエンドや」

「僕のターン、ドロー!」

 

 激化するデュエル。観客の声を置き去りに。

 美咲は、祇園へと視線を向ける。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 手札は七枚。動くことは可能だ。だが、スフィアードをこのままでは超えられない。

 多少強引な手を使えばどうにかできそうではあるが……。

 

(伏せカードもある。……仕方がない。やれることをやらなくちゃ)

 

 どの道、やれることは限られているのだ。ならば、やれることをやるしかない。

 

「永続罠、『リビングデッドの呼び声』を発動! 墓地から攻撃表示でモンスターを特殊召喚! 『TGハイパー・ライブラリアン』を蘇生!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン☆5闇ATK/DEF2400/1800

 

 ライブラリアンの効果は強力だ。このカードが場にいるだけで、アドの稼ぎ方が大きく変わる。

 ――だが。

 

「その蘇生にチェーンして、手札から『増殖するG』を発動や。相手が特殊召喚に成功するたび、一枚ドローするで」

「…………ッ!?」

 

 やられた、とそう思った。このままでは最悪の事態に陥りかねない。

 だが、退くわけにもいかないのもまた事実。ここで動かなければ、押し切られるのはこちらだ。

 

「僕は手札より『ダーク・バグ』を召喚! 効果発動! 召喚成功時、墓地からレベル3のチューナーを効果を無効にして特殊召喚する! ジャンク・シンクロンを蘇生!」

「一枚ドローや」

 

 ダーク・バグ☆1闇ATK/DEF100/100

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 

 動かないことが正解だったのかもしれない。だが、動かざるを得ない。

 黙って負けるのは、何よりもしてはならないことだ。

 

「そして手札の『ライトロード・ハンター ライコウ』を捨て、『クイック・シンクロン』を特殊召喚!」

「一枚ドロー」

 

 クイック・シンクロン☆5風・チューナーATK/DEF700/1400

 

 現れるのは、西部劇のような恰好をしたモンスターだ。そのモンスターの登場を確認し、いくよ、と言葉を紡ぐ。

 

「レベル1ダーク・バクに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ドリル・ウォリアー』!!」

 

 ドリル・ウォリアー☆6地ATK/DEF2400/2000

 

 現れるは、ドリルの右腕を持つ一人の戦士。シンクロに成功したために一枚ドローする。

 そして、引いたカードを確認し、ここだ、と言葉を紡いだ。

 

「レベル5TGハイパー・ライブラリアンに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ダークエンド・ドラゴン』ッ!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 そして、守備表示で現れる新たなドラゴン。闇を纏うその姿は、破壊の化身にしか見えない。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果を発動。攻守を500ポイントずつ下げ、相手モンスター一体を墓地に送る。……スフィアードを墓地へ」

 

 迷ったが、これが最良だ。レッドデーモンズは諦めるしかない。

 

「そして、ドリル・ウォリアーの効果を発動。攻撃力を半分にすることで、相手にダイレクトアタックすることができる。――ドリル・ウォリアーでダイレクトアタック!!」

「つうっ……!」

 

 美咲LP4000→2800

 

 最良の結果とは程遠い。だが、こういう手段しか方法がなかった。

 

「そしてドリル・ウォリアーの効果を発動。手札を一枚捨てることで、次のスタンバイフェイズまでこのカードを除外するよ。……『レベル・スティーラー』を捨て、除外。更にダークエンドのレベルを一つ下げ、守備表示で特殊召喚。カードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8→7闇ATK/DEF2600/2100→2100/1600

 レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0

 

 正直分はかなり悪い。何よりもレッド・デーモンズが残ったのが最悪だ。

 あのモンスターは、敵味方問わず戦う意志無きモンスターを許さない。

 

「ウチのターン、ドロー。……手札の『ガスタの巫女ウィンダ』を捨て、二体目の『THEトリッキー』を特殊召喚。更にガスタ・ガルドを召喚や」

 

 ガスタ・ガルド☆3風・チューナーATK/DEF500/500

 THEトリッキー☆5ATK/DEF2000/800

 

 豊富な手札を惜しみなく使う美咲。正直、状況はよくない。

 

「――レベル5THEトリッキーにレベル3、ガスタ・ガルドをチューニング。シンクロ召喚! 『スクラップ・ドラゴン』!!」

 

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 

 現れるのは、屑鉄によって形作られた竜。

 蒸気を噴き出しながら、一体の竜が咆哮する。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果や。一ターンに一度、自分と相手のカードを一枚ずつ破壊できる。ウチの伏せカードと祇園の伏せカードを一枚ずつ指定」

「…………ッ」

 

 吹き飛んだのは、『ピンポイント・ガード』。条件が限られる代わりに強力な効果を持つ罠カードだ。

 しかし、発動できずに破壊された。正直――マズい。

 

「そしてウチはチェーン発動、『リビングデッドの呼び声』蘇生するのはガスタ・ガルドや。当然、破壊されるけど……ガスタ・ガルドが墓地に送られたことにより、デッキからレベル2以下の『ガスタ』を特殊召喚する。『ガスタの巫女ウィンダ』を特殊召喚」

 

 ガスタの巫女ウィンダ☆2風ATK/DEF1000/400

 

 本来ならデメリットになるであろう効果も、一工夫を加えればこうして容易くデメリットを掻き消せる。

 本当に――厄介だ。

 

「さあ、バトルフェイズや。終わらせるよ、祇園。――レッド・デーモンズ・ドラゴンでレベル・スティーラーに攻撃! アブソリュート・パワーフォース!!」

 

 振り抜かれる紅蓮の炎を纏う竜の一撃。その一撃は、文字通り強力無比。

 

「レッドデーモンが守備モンスターを攻撃した時、相手フィールド上の守備表示モンスターを全て破壊する!!」

 

 粉砕される二体のモンスター。フィールドは、がら空き。

 

「いくよ、ウィンダでダイレクトアタック!」

「二枚目の『速攻のかかし』を発動! 攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了させる!」

 

 このカードがあったからこそ、強引にスフィアードを破壊しにいったのだ。

 返しのターンに、全てを懸けるために。

 

「むぅ、しゃーないなぁ……。ウチは永続罠、『安全地帯』を発動や。『スクラップ・ドラゴン』に装備。一枚カードを伏せて、ターンエンド」

 

 レッドデーモンズが持つデメリット効果。エンドフェイズ時に攻撃を行わなかった自分のモンスターを全て破壊するという効果を避けるために美咲がこのカードを発動する。強力な力にはデメリットがあるのが常だ。

 

「僕のターン、ドロー! スタンバイフェイズにドリル・ウォリアーが帰還し、墓地からモンスターを回収できる! 僕はジャンク・シンクロンを手札に!」

 

 準備は、整った。

 ここから、反撃の狼煙を上げる。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚! 効果発動! 墓地の『スポーア』を蘇生!」

 

 ジャンク・シンクロン☆3闇・チューナーATK/DEF1300/800

 スポーア☆1風・チューナー風ATK/DEF400/800

 

 ここでドッペル・ウォリアーを出すのがいつもの流れだが、既にそれは一回行ってしまっている。故に、次の一手だ。

 

「墓地の『ライトロード・ハンター ライコウ』を除外し、『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」

 

 暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700

 

 現れるは、光を糧とする黒き竜。ステータスも優秀だが、このカードの利点はそこではない。

 ただ単純に、感嘆に特殊召喚できるモンスターとしての利点が大きいのだ。

 

「レベル4暗黒竜コラプサーペントにレベル1、スポーアをチューニング! シンクロ召喚! 『A・O・Jカタストル』!!」

 

 A・O・Jカタストル☆5闇ATK/DEF2200/1200

 

 現れる、機械仕掛けの兵器。

 このカードを見た時、妖花が「哀しい兵器です」と呟いたことを覚えている。

 それがどういう意味なのか、どういうことなのか。それがわかることはないだろう。

 だから、今はただ力を貸してくれるという事実だけでいい。

 

「暗黒竜コラプサーペントの効果を発動。墓地に送られた場合、デッキから『輝白竜ワイバースター』を手札に加える。墓地のコラプサーペントを除外し、輝白竜ワイバースターを特殊召喚」

 

 輝白竜ワイバースター☆4光ATK/DEF1700/1800

 

 畳み掛ける――そのために、祇園はその一手を紡ぐ。

 

「レベル4、輝白竜ワイバースターにレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 『ジャンク・バーサーカー』!!」

 

 ジャンク・バーサーカー☆7風ATK/DEF2700/1800

 

 巨大な戦斧を持った戦士が出現する。紅蓮の鎧から、確かな狂気と凶気が窺い知れた。マズイなぁ、と美咲がポツリと呟く。

 そしてそれを肯定するように、祇園が最後の手札を使う。

 

「魔法カード、『星屑のきらめき』を発動! 墓地のドラゴン族シンクロモンスターを指定し、そのレベルに合うようにモンスターを除外することで蘇生する! 墓地のクイック・シンクロン、ドッペル・ウォリアー、ダーク・バグを除外し、再び飛翔せよ、『スターダスト・ドラゴン』ッ!!」

 

 スターダスト・ドラゴン☆8風ATK/DEF2500/2000

 

 蘇る、星屑の竜。

 その美しい姿に、会場が再び歓声に包まれた。

 

「ドリル・ウォリアーの攻撃力を半分にし、バトル! ドリル・ウォリアーでダイレクトアタック!」

「罠カード発動! 『聖なるバリア―ミラーフォース―』相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

「スターダスト・ドラゴンの効果を発動! このカードを生贄に捧げ、破壊効果を無効にする! ヴィクテム・サンクチュアリ!!」

 

 聖なる輝きによる一撃も、星屑の竜の前には無意味となる。

 

 美咲LP2800→1600

 

 美咲のLPが減る。トドメ、と祇園が宣言した。

 

「ジャンク・バーサーカーでウィンダを攻撃!」

 

 迫る一撃。それを見据え。

 美咲は、しゃーないな、と肩を竦めてみせた。

 そして。

 

「――やっぱり強くなったなぁ、祇園」

 

 その、言葉と共に。

 

 美咲LP1600→-100

 

 桐生美咲のLPが、0を通過した。

 爆音のような歓声が響き渡り。

 その中央で、二人は静かに握手を交わした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。目が覚めた美咲はKC社の仮眠室を出て休憩所にいた。たまに残業中の者がいたりするのだが、今日は誰もいないようだ。

 

(楽しかったなぁ……)

 

 昼間のことを思い出し、美咲は無意識のうちに笑みを作る。祇園とのデュエルを終えた後、澪とDDによるデュエル解説と共にシンクロについての詳しい説明が行われた。だが、言葉だけでは伝わり難い部分も多く、困惑が会場を支配することとなる。まあ、仕方がないが。

 その後、予定通り新パックの販売が行われた。美咲はいつもの営業スマイルでそれに参加したのだが、やはりというべきかただの握手会になっていた。売上量が一番多いのも美咲だったが。

 ……祇園のところに女性客が多かったことについては言いたいことがあるが、それは置いておく。

 そして、流れるままに会場のあちこちでデュエルが行われることとなった。目の前でデュエルを見せられて黙っているデュエリストはそういない。そしてその中でも目立っていたのは遊城十代、菅原雄太、新井智紀の三馬鹿だ。基本的に騒がしい上にデュエルも全体的に派手なので、多くの人が集まっていた。

 更に新井が妖花にデュエルを申し込み、奇跡的な回転を見せた妖花のデッキがエクゾディアを完成。会場のテンションが更に上がる。十代がテンション任せに澪にデュエルを申し込んだが、グラファスキドレ瘴気の布陣に打つ手全てを砕かれた。奇跡のドローもあらゆる効果を無視された上に墓地まで抉られてはどうしようもなかったらしい。

 本当に楽しい一日だった。こんな日が続けばいいと、そう思ってしまうくらいに。

 

「美咲?」

 

 不意に、声が聞こえた。見れば、そこにいたのは想い人。

 寝起きなのか、僅かに髪を撥ねさせた状態の祇園が立っていた。

 

「どうしたの? 明日早いんだよね?」

「んー、目が覚めてしもて。祇園は?」

「僕もだよ。明日の夜には大阪に戻ると思うと、ちょっとね」

 

 帰る、ではなく戻る。その言い回しが、彼の性格を表しているように思えた。

 そもそも、今の彼にとって〝帰る〟場所はどこなのか……聞きたいような、聞きたくないような疑問が浮かぶ。

 

「今日は楽しかったなぁ」

 

 疑問を口にするかどうかの迷いは一瞬。『触れない』ことを選ぶ。

 臆病者、と内心で自嘲した。

 

「うん。楽しかった。……十代くんのあれには驚いたけど」

「凄かったなぁ。澪さん、笑いながら十代くんの打つ手打つ手を潰してたし」

「『融合』を『魔宮の賄賂』で無効にされて、引いたカードが『融合』だもんね。やっぱり十代くんは凄いよ」

「澪さん笑いながらそれも『神の警告』で打ち消してたけどな」

 

 十代のドロー力も理不尽だが、〝祿王〟もやはり相当理不尽である。あの底の知れなさは自分が今まで見てきたデュエリストの中でも最上位に入る。

 

「本当に、楽しかったなぁ……」

 

 その言葉に、多くの想いを乗せ。

 星の映らぬ夜空へと、祇園が視線を送る。ああ、これだ、と美咲は思った。

 この横顔が好きなのだと――そう、改めて確認する。

 

「…………」

 

 二人の距離は近い。もう少し寄れば、肩が触れてしまうぐらいの距離。

 それぐらいの距離ならば、手が触れ合うことも容易い。美咲は手を伸ばそうとし、しかし、躊躇する。

 きっと祇園は受け入れてくれる。苦笑するか、それとも笑ってくれるか。いずれにせよ、手を握り返してくれるはずだ。それは夢神祇園という存在を見続けてきたからこそ確信できること。

 けれど、できない。それがわかっていながら、そうすることができなかった。

 

(……臆病やな、ウチも)

 

 大丈夫とわかっていても、踏み出せない。

 それが、〝臆病〟ということ。

 ステージの上では好きなように立ち回れても、祇園の前ではそうはいかない。本当に、ままならない。

 

(どうしようもない。せやけど、これだけは伝えなアカン)

 

 勇気が出せず、決勝戦の前日から結局今まで伝えることができなかったこと。

 彼への――謝罪。

 

「なぁ、祇園」

「うん」

 

 彼は、問いただそうとしなかった。

 きっと、待っていてくれたのだ。

 そういう……人だから。

 

「初めて会った日のこと、覚えてる?」

「勿論。忘れないよ」

 

 嬉しいと思う。その言葉は。

 夢神祇園の中に、桐生美咲は確かに存在しているということだから。

 

「……ごめんな」

 

 でも、だからこそこの言葉を口にする。

 出会い直してくれたから。もうあの日のことを、引きずらないために。

 

「あの時、ウチ、祇園のことを暇潰しのための道具ぐらいにしか考えてへんかったんよ」

 

 本当にゴメン、と呟いた。

 言い訳はいくらでもある。あの時の自分は本当に荒んでいて、DMが嫌いになるところだった。いや、多分憎んでさえいただろう。

 精霊たちにも、憎悪を向けようとしていて。

 壊れる……寸前だった。

 

「そっか。……うん、そっか」

 

 祇園の表情はわからない。見ることができない。

 怖い、と思った。胃が痛い。今更、後悔している。

 本当に自分は、臆病者だ。

 

「でも安心した、かな」

 

 紡がれた言葉は。

 あまりにも、予想外の言葉。

 

「…………え?」

「だって、あの時の僕は……今もそんなに変わらないけど、ダメダメだったから。正直、美咲が声をかけてくれたことにさえ驚いてたんだよ?」

 

 あはは、と苦笑しながら祇園は言う。その瞳に、嘘はない。

 

「だから、むしろそれぐらいの軽い気持ちで声をかけてくれたんだってわかって良かった。……うん、良かったよ」

 

 最後に、呟くような言葉。真意がわからず、困惑する。

 良かったとは、どういう意味なのか。

 

「だって、憐れみとか同情じゃなかったんだよね? 僕にとってはそっちの方が辛かったよ」

 

 そこで、ハッとなる。祇園自身が語っていた。ずっと一人だったと。一人きりで、あの場所にいたのだと。

 

「……同情とかは、なかったよ。それはない。断言できる。本当に偶然、目に入っただけやった」

「そっか。……同情も、憐れみも、痛いだけだよ。向けられる側は、辛いだけ」

 

 その言葉には、深い想いが込められていて。

 頷くことしか、できなかった。

 

「ウチも一人やったしなぁ。そういうのはなかったよ」

「なら、いいかな。今は友達だしね」

 

 友達――その言葉に、胸がズキリと痛み。

 けれど、その言葉を嬉しいと感じる自分もいて。

 そうやね、と感情を悟られないように頷いた。

 

「雪だね」

 

 窓の外に映る、雪。

 すでに時刻は日の変わりを示しており、今日はクリスマスだ。

 

「綺麗やね」

 

 休憩室の、小さな窓から見上げる夜の雪。

 色気は何もないけれど、こういう場所で、こういう形での逢瀬の方が。

 あの頃に戻れたようで、嬉しかった。

 

 ――いつの間にか、二つの手が重なる。

 伝わる温かさに、そこに確かに相手がいることを確認する。

 

 小さな、小さなその窓の先に。

 幼き二人が笑っている姿を、少女は幻視した。











初めて出会ったあの日から、二人の想いも関係も大きく変わった。
けれど、こうして隣に並んで笑い合えるのなら……きっとそれは、正しい変わり方。







更新遅くなってすみません。頑張ります。

というわけで今回はシンクロお披露目会。しかし、実は新パックにおけるシンクロモンスター封入率は米版シク並という暴挙。そういえば英語版大会で使えなくなりますね。まあ、大会用のデッキには英語版ないからいいのですが。
ミサッキーのガスタはとりあえず今回限り。彼女の本来のシンクロデッキは『TG代行』という割とガチ。これだと下手すればクリスティア無双なので今回はお見送り。シンクロを見せることが目的でしたしね。……しかしガスタとレモンの相性悪過ぎだろこれ。
そして祇園くん。割とジャンドでは強い方といわれる『白黒ジャンド』です。でも、ウイッチいたりかかし入ってたりダーク・バグいたりと中々に変態構築。友人の許可頂いて参考にしてます。何故あの構築で回るのか素で疑問です我が友人。祇園くん自身、色々構築考え中のようで。

美咲ちゃんの謝りたいこととは出会った時に見下していたことです。とはいえ、祇園くんも今更ですし、特に気にはしていません。割と慣れていますので。見下されたりするのには。……哀しいですね。


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