遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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間章 力の代償

 DMの生みの親であるペガサス・J・クロフォードはアメリカ人である。現在でこそバトルシティや『決闘王』が日本人であるということからDMにおける日本という国は重要な立ち位置にいるが、そもそもの本場はアメリカだ。

 そこでは幾度となく高額の賞金が懸けられた大会が行われ、また、全32チームからなるプロリーグも存在する。メジャー、3A、2A、1A、ルーキーリーグ……全米で幾人のデュエリストがいるかはアマチュアを含めれば数えきれないほどだ。

 だからこそ誰もがその頂点をめざし、ドリームを掴むために挑戦する。

 ――そう。

 ドラフトにかからないならば、テスト入団で。

 そう思う者は、いくらでもいる。

 

 

「……フロリダのプロチームねぇ」

「フロリダ・ブロッケンスだ。今シーズンはリーグ15位。最下位争いの真っ最中。優勝からは随分遠い。まあ、名門からは程遠いチームだわな」

 

 小奇麗というわけではないが立派なドームを窺えるベンチで、一人の青年と初老の男がそんな言葉を交わし合う。少年は面倒臭そうな目をしており、男は逆に楽しそうな目をしていた。

 

「いきなりラスベガスから出るとか言い出すから何かと思えば……馬鹿かジジイ? ボケたのか?」

「そういう言葉は一度でも俺に勝ってから言うんだな。まあ、ボケ老人にも勝てんひよっこだって泣き言をいうんなら構いやしねぇが」

「……上等だクソジジイ。で、何させるつもりだよ」

「オメェさんの考えてる通りだ」

 

 言って、男――皇〝弐武〟清心は指で挟んだ煙草をドームへと向けた。そこには英語で『入団テスト会場』と書かれた看板がある。

 日本でも年に一度行われているプロテストの会場だ。とはいえ、日本の場合は一つの会場で行われることがほとんどで、こうしてチームごとに行うことはほとんどないのだが。

 少年はそんな清心の言葉を聞きふーん、とつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「こっちのリーグにゃ特に興味もねーんだけどな。そもそも俺、団体行動苦手だし」

「オメェさんは我が強過ぎるからなぁ。今までも無駄なトラブルを呼び込んでたんじゃねぇか?」

「……さァな」

 

 立ち上がり、会話は終わりだと言わんばかりに少年は歩を進める。その最中で、思い出したように少年は清心へと言葉を紡いだ。

 

「ああ、そうだ。一つ聞いてもいいか?」

「俺に答えられることならな」

「このプロテストに合格して、ライセンスを取れたら」

 

 振り返る、その少年の表情は。

 氷のように冷たく――しかし、今にも壊れそうなほどに脆かった。

 

「――誰もが認めてくれたって、自惚れてもいいのか?」

 

 その言葉に対し。

 さァな、と清心は言葉を紡ぐ。

 

「だが、少なくともオメェさんが弱くはないことの証明にはなるだろうさ」

「なら……それでいい」

 

 今はそれで充分だ――その言葉と共に、少年は受付へと足を運ぶ。

 受付の女性へと声をかける。女性は少年の若さと姿に驚きつつ、登録のための用紙を取り出した。

 

「お名前は?」

「宗達。ソウタツ・キサラギ」

 

 そして、懐から一冊の手帳を取り出す。

 日本における最高峰のデュエリスト養成学校であり、しかし、その中では底辺の者たちが持つそれを。

 

「所属は、日本デュエル・アカデミア本校だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 プロテストにおける最初の課題は筆記テストだった。とはいえ、内容はDMについてがほとんどである。まあ、DMのプロテストなのだから当然だが。

 その試験は終わり、宗達は結果を待つための待機室にいた。そこには宗達と同じように試験を受けにきた者が集まっている。当然だが、日本人は彼以外にいない。

 

「おいおい、なんでこんなところに子供がいるんだ?」

 

 そして、異端ということはイコールで目立つということ。出来るだけ目立たないようにしたつもりだったが、こういう輩はどこにでもいるものだ。

 

「…………」

 

 とりあえず無視する。視線も合わせない。そもそも清心がいきなり言い出したことであるため朝が早く、寝不足なのだ。

 

「よぉ、無視してんじゃねぇぞイエロー」

 

 声に微妙な怒気が宿る。堪え性がないなー、などと思いながら宗達はようやくそちらへ視線を向けた。男はふん、と鼻を鳴らす。

 

「お前みたいなイエローが受かるわけがねぇ。ここにいるのはな、全員がギリギリでドラフトにかからなかったような面子だ」

「…………」

「冷やかしなら帰れ。俺たちは人生懸けてここにいるんだよ、イエロー」

「……まあ、冷やかしってのは別に間違っちゃいねぇけど」

 

 肩を竦め、周囲へ視線を向ける。やはりというべきか、好意的な視線はない。

 まあ、どう見ても子供としか思えない人間がこんなところへ来ていたら面白くもないだろう。彼らは人生を懸けているのだから。

 ――とはいえ、こちらにも理由はある。

 

「俺だって理由があってここにいるんだよ」

「何だとテメェ……、優しく言ってやったらつけ上がりやがって……」

「気に入らないならこの後の試験で俺を倒せばいい。だろ?」

「でけぇ口叩くじゃねぇか。敗戦国の猿がよ」

「こっちじゃ謙遜は喜ばれない。力が全てだ。違うのか?」

 

 やめるべきだとわかっていながらも、声を大きくして挑発する。周囲の視線がこちらへと突き刺さった。

 会場内に殺気が満ちていく。久々の感覚だ。全てが敵。四面楚歌。

 まるで――中学のあの頃に戻ったかのような感覚。

 

(……こっちの方が、俺らしい)

 

 敵意には、敵意を。

 悪意には、悪意を。

 如月宗達は人間だ。それも、他者に善意を振り撒けるような人間からは程遠い、どうしようもない悪意を抱えた人間である。

 故に、自然とこういった形が出来上がる。

 悪意に対して悪意を向ける――そんな形が。

 

 

「それでは、一次試験の結果発表を行う! 成績上位の者から読み上げるので、呼ばれた者はこちらで受験番号を受け取るように!」

 

 

 睨み合う宗達と大柄な男。その二人の耳に、そんな言葉が届いた。チッ、と男が舌打ちを零す。

 

「どうせテメェはここで消えるんだ。気にするだけ無駄だったな」

「それはこっちの台詞だな」

 

 肩を竦める。男はもう一度舌打ちを零し、こちらを睨み付けてきた。

 ――そして。

 

「――№6、ソウタツ・キサラギ!」

 

 宗達の名が呼ばれ、周囲にざわめきが広がる。6――それはつまり、筆記試験を6番目の成績で突破したということ。

 

「なんだ、トップは取れなかったか」

 

 周囲の視線を浴びながら、宗達は前へと歩みを進めていく。彼の行く手を阻む者は――いない。

 とはいえ、テストの本番はこれからだ。筆記を突破した者たちによる総当たり。そこの成績によって入団が決まる。下手をすれば誰も入団できない可能性さえある狭き門。

 

(さあ――こっからが本番だ)

 

 腕章を受け取りながら。

 宗達は、静かに一つ息を吐いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ドーム内に設置された、入団テスト本部。そこでは今日訪れた者たちのデータを見比べつつ、スタッフ他たちが慌ただしくデータ処理を行っていた。

 フロリダ・ブロッケンスはここ数年、常に最下位争いをしている弱小チームである。ドラフトも上手くいかず、資金の限界もあって一縷の望みを懸けた入団テストを行っているのだ。

 だが、正直なことを言えば今のところは特に目立った者の姿は確認できない。

 

「……やはり、難しいか」

 

 ふう、と今回の入団テストにおける責任者である男が憂鬱そうなため息を吐く。埋もれている才能を発掘すると言えば聞こえがいいが、結局入団テストを受けにくるような者は要するにドラフトにかからなかった者だ。三番手、四番手の者にそうそう原石がいるものではない。

 

「また上から嫌味を言われるな。全く――」

「よーう。邪魔するぜ」

 

 男がもう一度ため息を吐こうとしたその瞬間、軽快な声と共に扉が開いた。室内の視線が全て入口へと向かう。

 そこにいたのは初老の日本人だった。微妙に白髪の混じった髪をしているが、その顔には生気が満ち溢れている。

 その人物は当然のように部屋の中まで入って来ると、おー、と声を上げながら筆記試験合格者のリストを手に取った。

 

「あの小僧はちゃんと通ってるか。ここで落ちるようならボロカスに馬鹿にしてやろうと思ってたが」

 

 当たり前のように行動するその人物に、全員が呆気にとられて動けない。そんな中、男は思い出したように声を上げた。

 

「――ミスター・スメラギ!? 何故あなたがここに!?」

「でけェ声出さなくてもわかるってーの。……まあ、ちょっとした野暮用だ」

「ま、まさかうちのチームへ入団を――」

「前に言っただろ? 年棒は単年で最低2000万ドル。出来高も勿論つけてもらう。最低条件でこれがなきゃ契約しねぇってな」

「……相変わらずのようで」

「オメェさんは見ねぇうちに偉くなったみてぇじゃねぇか。前に見た時はスカウトマンだったくせによ」

 

 かっか、と初老の男――皇清心が笑う。ええ、と男は頷いた。

 

「お陰様で今回の入団テストでは責任者です」

「ほぉ。出世したじゃねぇか」

「とはいえ、成果は芳しくはないようですが」

 

 男が肩を竦める。へぇ、と清心は笑みを浮かべた。

 

「ろくなのがいねぇってことか?」

「実際のデュエルを見ないことには断言できませんが、やはり参加者の大半が大学やクラブチームの三番手、四番手ばかりですから。期待はできないかと」

「厳しいねぇ」

「平均の者を育てる余裕はありませんから。最悪、合格者0もあり得ます」

「まあ、力がないんだったらそれも妥当だわな」

 

 言いつつ、清心は懐から煙草を取り出す。だが、『Not smorking』の張り紙を見て苦笑しながら煙草を握り潰した。

 

「自由に煙草も吸えねぇのか」

「部屋が汚れますから。喫煙所へどうぞ。……それより、何故あなたほどの方がわざわざこんなところへ?」

「ん? ああ、俺が気まぐれに色々叩き込んでる小僧がいてな。面白そうだから見に来たんだよ」

 

 その言葉に、室内の者たちが表情を変えた。僅かに上ずった声で、代表するように男が問いかける。

 

「それは、まさか。あなたのお弟子ということですか?」

「そんな大層なもんじゃねぇなぁ。あの小僧にしてみりゃ、俺も標的の一人だろう。ぶち殺したい相手のはずだ」

「……その人物の名前をお聞きしても?」

「気にすんな。俺の弟子なんて馬鹿げた情報はなしにあの小僧を見てやれ。使えねぇならそれまで。あの小僧もそんなこたぁ望んじゃいねぇだろう」

 

 くっく、と笑い、清心は資料へと目を落とす。

 

「しっかし、面白い試験だな。3Aから5人、2Aから10人を混ぜて筆記合格者での潰し合いか」

「勝率90%以上を示せないなら、不合格とします」

「……まぁ、妥当だわな。緩くする理由もねぇ」

 

 そして、清心はモニターへと視線を向ける。

 その表情は、どこか楽しげで。

 

「さて、小僧は何回敗けるかねぇ?」

 

 届かぬ挑発の言葉を、口にしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 六番目、という順位に特に不満はない。むしろ上々だ。DMの筆記試験とはいえ、周囲にいるのは自分よりも経験が長い者たちである。そんな中でこの順位なのだから文句はない。

 まあ、この辺りはアカデミアで学んだことが効いているのだろう。良い思い出があるとは言い難いが、やはりDMにおける最高の養成機関だ。

 

(しっかし、参加者157人の総当たりで勝率九割ねぇ……)

 

 狭き門だとは聞いていたが、流石に予想外だ。157人ということは大戦数は156。その中で九割となれば156×0.9≒142。敗北が許されるのは12回だけ。

 全てが一発勝負だ。そうなると、どうしても運の要素が絡んでくる。そして『運』という要素において如月宗達は最弱の分類だ。

 

(やりようはあるが、まだ使いこなせてるとは言い難いんだよな……)

 

 力は手にした。だが、あれは未だ不安定な力だ。それに、自分の中で使い続けることに不安がある。

 何かが自分の中で失われていくような……そんな気がするのだ。

 

〝どうした、震えているのか?〟

 

 不意に聞こえてきたのは、こちらを嘲笑うような声。はっ、と小さく息を零す。

 

「誰に向かって言ってやがる」

〝くくっ、粋がるな虫けら。代わってやろうか?〟

「冗談だろ。いいからテメェは黙って見てろ。勝手なことをするようなら、今度こそ消してやる」

〝面白い。なら一先ずは傍観しよう〟

 

 声と共に、周囲に満ちていこうとしていた気配が消える。鈍痛が頭に響いた。

 

(……前途は多難、ってか。まあいい)

 

 壁から背を離し、大きく息を吐く。通路の向こうから、一人の男がこちらへと声を張り上げてきた。

 

「№6、試合だ! 急げ!」

 

 どうやら順番らしい。気のない返事を返し、如月宗達は歩き出す。

 その瞳に映るのは、彼の友が宿すものとは大きく違う。

 新たな楽しみに心震わせる興奮でもなく。

 新たな未知に対する不安と恐怖でもなく。

 ただ淡々とした――〝殺意〟だけが宿っている。

 

「強くなると誓ったんだ。今更、それ以外に望むことなんざありゃしねぇ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 水の冷たさが熱くなった頭を冷やしてくれる。叩き付けるように蛇口から流れる水を浴びながら、如月宗達は必死で息を整えていた。

 頭が熱い。まるで直接熱湯でも注がれたかのようだ。頭の内側で何かが暴れているかのような感覚さえある。

 

「……ッ、は、はあっ」

 

 頭を上げ、近くの壁へと背を預ける。頭から下たる水を不快に感じたが、気を払う余裕はなかった。

 ふらつく身体と思考をどうにか黙らせ、トイレから出る。ちょうど半分の試合を終えた今は休憩時間だ。これからまたデュエルが待っているかと思うと、どうしようもなく辛い。

 

「……くそ、が」

 

 壁に手をつき、大きく息を吐く。それだけで、僅かに気分が楽になった。

 時計を見る。まだもう少し、後半開始までは時間がある。それまでに少しでも回復させなければ。

 

「――ボロボロだなぁ、小僧」

 

 不意に背後からそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは一人の男。

 ――皇〝弐武〟清心。全日本ランキング2位にして、タイトルの一つを保有する世界クラスのデュエリストだ。

 その男はどこかこちらを嘲笑うような表情を浮かべている。はっ、と宗達は息を吐いた。

 

「あんたの目は節穴かよクソジジイ。俺は万全だよ」

「ほう?」

「多少目が霞んで、吐き気と眩暈がするだけだ。吐くモンなんざ残っちゃいねぇ胃が不愉快だが、戦えねぇわけじゃねぇ」

 

 自らの身体に鞭を打ち、強引に立ち上がる。視界が、僅かにブレた。

 だが、そんな素振りは微塵も見せないように必死で振る舞う。弱さを見せることは敗北だ。それはできない。してはいけない。

 如月宗達は、〝最強〟になると誓ったのだから。

 

「思考はできる。腕も足も動く。これのどこがボロボロだ」

「……強がりも、貫き通せるんなら立派な現実だ。だが小僧、オメェさんは甘過ぎる」

 

 言いつつ、清心は懐から煙草を取り出した。禁煙のはずだが、お構いなしに紫煙をくゆらせる。

 

「80戦を終えて、72勝8敗。立派な数字だ。だがな、小僧。最後の三つ、手ェ抜いただろう?」

「…………」

「ここに来る連中は、総じて三番手だの四番手だのの集まりだ。だが、それでも本場アメリカで揉まれた連中。普段のオメェで勝てる相手じゃねぇ」

 

 この男は本当に不愉快だと宗達は思う。

 普段は適当なことしか言わないくせに、こういう時だけはこちらの内側を抉るような言葉をぶつけてくる。

 

「自覚しろ小僧。オメェは弱い。普段のオメェが勝てるほど、世界は甘くねぇ」

「……わかってる。俺の実力が足りねぇことぐらい、わかってるさ」

「なら何故手を抜いた? 力が足りねぇなら全身全霊、それこそ命を懸けるのは当たり前だ。――いい加減甘えるのをやめろ、小僧」

 

 清心の目つきが変わる。冷たい、僅かに狂気も孕んだ――濁り、淀んだ瞳に。

 

「オメェは正道から外れたんだ。先に待ってるのは破滅。それを自覚したんだろう? 未来よりも今を選んだんだろう? だったら、自分の身体の事なんざ気遣うんじゃねぇ。そんなものはな、恵まれた才能のある奴だけの特権だ」

 

 才能が無き者は、何かを捨てなければ強くなれない。

 それもまた、如月宗達が知った真実。

 

「覚悟が決まったなら、〝邪神〟を使え」

 

 宗達の隣を横切りながら、清心が静かに告げる。

 

「こっち側に来るんなら、弱体化した〝邪神〟ぐらいは捻じ伏せて見せろ」

 

 宗達は振り返らない。

 振り返ることはない。

 

「――――」

 

 吐息のように呟いた言葉は、何だったのか。

 自分自身でもわからぬままに、宗達は戦場へと足を向けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 どれだけ勝利したのか、そして敗北したのか。もう、わからなくなっていた。

 ただわかっているのは、これで全てのデュエルが終わったということ。ただ、それだけ。

 

〝虫の息だな〟

「……うるせぇ」

〝我を使っていればもっと容易かったろうに〟

「……うる、せぇよ……」

 

 自身の声にも覇気がこもっていないことがわかる。だが、これでいいと思う自分も確かにいた。

 いずれ越えなければならない一線であったとしても。

 越えなくてもいいなら、それが一番だとは理解している。

 ――ただ。

 

「……甘い、んだろうな」

 

 捨てると決めて、実際に捨てたモノ。

 躊躇いがまだ残っているのは、甘えているから。

 

「……情けねぇ……」

 

 呟く。そして、結果を見るために立ち上がろうとした時。

 

 ――カツン。

 

 靴の音が、宗達の耳に入った。視線を向けると、そこにいたのは一人の女性。

 白髪――いや、艶のあるそれは銀色に見える長髪を携えた女性だ。

 

「…………?」

 

 見覚えのないその女性の姿に、宗達は眉をひそめる。参加者にあのような女性はいなかったはずだ。

 そうなると、職員か。だが、それなら説明が及ばない部分がある。

 ――デュエルディスク。

 市販のモノとは違う、鋭角的なフォルムをしたそれが、ただの職員であることを否定している。

 

「Вы который?」

 

 不意に、女性がそんな言葉をぶつけてきた。聞き覚えのない言語だ。周囲に視線を巡らせるが、人影はない。どうやら声をかけてきたのは自分に対してらしい。

 だが、言葉がわからなければ返事のしようがない。故に視線だけを返す。すると、女性は一つ咳払いをして言葉を紡いできた。

 

「失礼。英語ならわかりますか?」

「……ああ」

「ならば、改めて問います。――あなたは何者ですか?」

 

 鋭い視線をこちらを向けながら、女性はこちらへとそう言葉を放ってきた。聞き間違いではない。相手から感じる敵意もまた、勘違いではないらしい。

 美しい顔で、しかし無表情に睨まれると妙な迫力がある。だが、それで退くような性格を宗達はしていない。

 

「初対面でいきなりなんだ? 随分なことじゃねぇか」

「質問に答えてください」

「……ただの日本人。更に言えば高校生だよ」

「答える気がないのなら、それで構いません」

 

 言いつつ、女性はデュエルディスクを構えた。そのまま、再び宗達へと視線を向ける。

 

「危険の芽は、摘める時に摘むモノですから」

「話が見えねぇな」

「話など単純です。――ただの人間が、〝闇〟を纏っているはずがない」

 

 ピクリと、宗達の眉が跳ねた。女性は、参ります、と告げる。

 

「私はカードプロフェッサー、マリア・シャレル。あなたの正体を暴かせていただきます」

「名乗られたんなら、名乗り返すのが礼儀か。――如月宗達。ただの学生だ」

 

 そして、二人は向かい合う。

 

「「決闘!!」」

 

 会場の方から、召集の声が響いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カードプロフェッサー・ギルドといえば、デュエリストの間では有名な集団だ。

 DMは高額な賞金や貴重なカードが賞品とされた大会が世界各地で数多く行われている。彼らはそれらに出場し、賞金を稼ぐことを生業としているのだ。時には主催者側から雇われたりすることもあり、その仕事は多岐に渡る。

 日本では所謂『賞金稼ぎ』である彼らに対していい感情を持たない者もいるが、宗達はそうは思わない。プロは夢を与える者――だが、プロであってもその日を生きるための資金が無ければ何もできないのもまた現実だ。

 むしろそういう生き方こそ宗達にとっては目指すものでさえある。チームというもの――というより、『集団』に溶け込むことが苦手な宗達にしてみればプロとして己の仕事と任務を全うする方が性に合っているのだから。

 

(カードプロフェッサー・ギルドのトップは黒いデュエルディスクを使ってんだったか? コイツはそうじゃなさそうだが……。今のトップは確か、ティラ・ムークとかいうヴァンパイア使いだったよな……?)

 

 記憶を掘り返しながら思考を巡らせる。ギルドの規模はかなり大きいため、流石にその全容までは宗達も知らない。

 情報がないのが不安だが、仕方がない。売られた喧嘩は買う主義だ。

 

「先行は私です。ドロー」

 

 相手がカードを引く。出来れば先行が良かったが、こればかりは仕方がない。

 

(全米オープンの予選でやり合った奴はそれなりに強かった。気ィ引き締める必要がありそうだ)

 

 宗達が五位に入賞した全米オープンでもカードプロフェッサーは何人も入賞している。侮れる相手ではない。

 

「私は手札より、『ハーピィ・チャネラー』を召喚します」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4風ATK/DEF1400/1300

 

 現れたのは、杖を持ったハーピィ・レディシリーズのモンスターだ。そのままマリアは効果発動、と言葉を紡ぐ。

 

「一ターンに一度、『ハーピィ』と名のつくモンスターを捨てることでデッキからチャネラー以外のハーピィを表側守備表示で特殊召喚します。私は『ハーピィ・レディSB』を捨て、『ハーピィズペット竜』を特殊召喚!」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4→7風ATK/DEF1400/1300

 ハーピィズペット竜☆7風ATK/DEF2000/2500

 

 並び立つ二体のモンスター。マリアはそれを確認すると、カードを一枚デュエルディスクへと指し込んだ。

 

「カードを一枚伏せ、ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー」

 

 相手の場を見据えながら、カードを引く。守備力2500……宗達としては2500というのは一つのラインだ。切り札である『大将軍紫炎』の攻撃力がその数字だからである。

 突破する方法はあるにはあるが、少しリスクがある。

 

(つっても、無視できるほど生易しいもんでもねーしなぁ。――仕方ねぇ、全力でいくか)

 

 頭痛がする頭を強引に捻じ伏せ、一度大きく深呼吸する。吐き気と頭痛が強まり、同時に体に僅かな寒気が奔った。

 だが、これでいい。これで――戦える。

 

「俺は手札より、永続魔法『六武衆の結束』を発動。『六武衆』の召喚・特殊召喚ごとに最大二つまでカウンターが乗り、このカードを墓地に送ることで乗っているカウンターの数だけドローできる」

 

 とりあえずのエンジンだ。これがあるかないかで、状況は大きく変わる。

 

「そして俺は手札より、『真六武衆―カゲキ』を召喚! 効果発動! このカードの召喚成功時、手札から『六武衆』を特殊召喚できる! 来い、『六武衆―ザンジ』!」

 

 真六武衆-カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 六武衆の結束0→2

 

 並び立つ二体の六武衆。宗達は更に、と言葉を紡いだ。

 

「六武衆の結束を墓地に送って二枚ドロー。……更に場に六武衆がいるため、『六武衆の師範』を特殊召喚!」

 

 六武衆の師範☆5地ATK/DEF2100/800

 

 現れたのは、黒い道着を身に纏った白髪の老人だ。だが、老人であってもその体からは漲るような覇気を感じる。

 

〝我を使え〟

 

 不意に、声が聞こえた。宗達は、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「テメェの出番はねぇよ。――バトルだ! ザンジでハーピィズペット竜へ攻撃!」

 

 宗達LP4000→3300

 

 守備力に阻まれ、宗達のLPが削られる。だが、マリアの表情は浮かない。

 

「ザンジの効果だ。他の六武衆がいる時、このカードで攻撃したモンスターはダメージステップ後に破壊される。――ハーピィズペットドラゴンには退場してもらうぞ」

「…………ッ」

「まだだ。――師範でチャネラーを攻撃し、カゲキでダイレクトアタック!!」

「あうっ!?」

 

 マリアLP4000→3300→1600

 

 マリアのLPが一気に削り取られる。宗達は二枚のカードを伏せると、ターンエンドと宣言した。

 

「ッ、私のターン……! ドロー!」

 

 マリアがカードを引く。そして、その口元に微笑を刻んだ。

 

「凄まじい力ですね。プロテストで見せた力は偽りではないようです」

「見てたのかよ」

「ですが、だからこそ問いたい。――それほどの力を持ちながら、何故ですか?」

 

 マリアの瞳にはは純粋な疑問が浮かんでいる。彼女はこちらを見据え、静かに告げた。

 

「何故、〝闇〟の力を手にしているのです?」

「……心当たりがねぇな」

「下手なごまかしは止めてください。私には見えるのです。あなたが背負い、身に纏う闇が」

 

 何を馬鹿な、という言葉は紡げなかった。マリアの言葉に対する答えを、宗達は持っている。今この手に握っている力は――邪悪の権化。

 皇清心によれば人どころか国さえも呑み込みかねない力を持つ存在なのだから。

 

「語るべき言葉も、必要もねぇな。それほどの力?――テメェに何がわかる?」

 

 そう、これは今の自分には必要なことであり、必要な力だ。

 前を向くだけでは、光を望むだけでは何も手に入らないと知ってしまったのだから。

 

「気に入らねぇんなら俺を倒せばいい。そうだろうが」

「……成程。あなたはすでに呑み込まれているようですね。今すぐお救いいたします」

「見当違いも甚だしい。俺は望んでこうなったんだよ」

 

 力を求め、強さを求め。

 如月宗達は、憎悪に塗れた。

 

「……まだ世には出ていない力ゆえ、使いたくはありませんでしたが。致し方ありません」

「あァ?」

「リバースカード、オープン。『リビングデットの呼び声』発動。墓地より『ハーピィ・チャネラー』を蘇生し、手札から二枚目の『ハーピィ・チャネラー』を捨てることでデッキから『ハーピィ・ダンサー』を特殊召喚します」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4風ATK/DEF1400/1300

 ハーピィ・ダンサー☆4風ATK/DEF1200/1000

 

 新しく現れたのは、風を纏うダンサーだ。更に、とマリアは言葉を紡ぐ。

 

「フィールド魔法『霞の谷の神風』を発動。一ターンに一度、風属性モンスターが手札に戻った時、デッキから風属性モンスターを特殊召喚できます。――そして、『ハーピィ・ダンサー』の効果を発動。一ターンに一度、風属性モンスターを手札に戻し、手札から風属性モンスターを召喚します。私はダンサーを戻し、チューナーモンスター『霞の谷の戦士』を召喚!」

 

 霞の谷の戦士☆4風・チューナーATK/DEF1700/300

 

 現れたのは、背に翼を持つ屈強な戦士だ。だが、そんなことよりも宗達には眉をひそめざるを得ない部分がある。

 

「チューナー……?」

「その疑問ももっともですが、先にフィールド魔法の効果です。デッキより二体目の『霞の谷の戦士』を特殊召喚!」

 

 ハーピィ・チャネラー☆4風ATK/DEF1400/1300

 霞の谷の戦士☆4風・チューナーATK/DEF1700/300

 霞の谷の戦士☆4風・チューナーATK/DEF1700/300

 

 これで三体のモンスターが並んだ。だが、状況は読めない。

 モンスターをいくら並べようと、こちらの布陣は超えられないはずだが……。

 

「そして手札より『召喚僧サモンプリースト』を召喚します。効果によって守備表示になり、更に手札より『ヒステリック・サイン』を捨てることでデッキより『ハーピィ・クィーン』を特殊召喚します」

 

 召喚僧サモンプリースト☆4闇ATK/DEF800/1600

 ハーピィ・クィーン☆4風ATK/DEF1900/1200

 

 フィールドに五体のモンスターが並び立つ。凄まじい展開力だが、それだけだ。これから何をするつもりだというのか。

 そんなこちらの疑問に答えるように、参ります、とマリアが言葉を紡いだ。

 

「レベル4、召喚僧サモンプリーストに、レベル4、霞の谷の戦士をチューニング」

「……ちゅー、にんぐ……?」

「――シンクロ召喚。降臨せよ、『ダークエンド・ドラゴン』!!」

 

 ダークエンド・ドラゴン☆8闇ATK/DEF2600/2100

 

 現れたのは、闇を纏う一体の竜。その威圧感に、思わずこちらも飲まれてしまう。

 

「ダークエンド・ドラゴンの効果を発動。一ターンに一度、攻守を500ポイントずつ下げることで相手モンスター一体を墓地に送ることができる」

「何だと!?」

「六武衆の師範を墓地へ」

 

 闇に呑み込まれ、『六武衆の師範』が墓地へ送られようとする。宗達は舌打ちと共に伏せカードを発動した。

 

「リバースカード、オープン! 永続罠『デモンズ・チェーン』! モンスター一体の効果を無効にし、攻撃不可とする!」

「成程……なら、次はこちらです。レベル4ハーピィ・チャネラーに、レベル4霞の谷の戦士をチューニング。シンクロ召喚。――『スクラップ・ドラゴン』!!」

 

 スクラップ・ドラゴン☆8地ATK/DEF2800/2000

 

 次いで現れたのは、廃棄品で造られたようなドラゴンだ。シンクロ――その原理はわからないが、相当ヤバいものだということは理解できる。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果を発動。一ターンに一度、自分フィールド上のカードと相手フィールド上のカードを一枚ずつ破壊できます。私は不要となった『リビングデットの呼び声』を破壊し、あなたの『デモンズ・チェーン』を破壊します」

「……ぐっ」

「バトルです。スクラップ・ドラゴンで師範を。ダークエンド・ドラゴンでザンジを。クィーンでカゲキを攻撃します」

 

 宗達LP3300→2600→1800→100

 

 一気にLPが削り取られ、宗達のLPが危険域に突入する。

 後一撃でも貰えば終わり――そんな状態だ。

 

「そしてエンドフェイズ、墓地に送られた『ヒステリック・サイン』の効果を発動。このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ時、ハーピィと名のついたカードを三枚まで手札に加えることができます。『ハーピィ・チャネラー』、『ハーピィ・ダンサー』、『ハーピィ・クィーン』の三枚を手札へ」

 

 0になったはずの手札が三枚に増えてしまう。その光景が、どうしようもなく理不尽に思えた。

 

「チッ、ふざけた力だな。何のインチキだそれは!」

「新たなる力、そして概念。それがシンクロです。公式のデュエルで使用が許されるのはまだ先ですが、これは非公式なもの。それに、闇を相手にしていてはそんなことは言っていられないでしょう?」

「……上等だ。良い性格してんなテメェ」

 

 一瞬怒りがわき上がったが、懸命に堪える。冷静さを失ってはいけない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 フィールドを見つつ、状況を確認する。シンクロ――あの力の意味はよくわからないが、察するに強力なモンスターを出すための召喚方法なのだろう。

 そして、今求められているのはそれを突破する力だ。

 

〝困っているようだな〟

 

 再び、声が聞こえた。思わず息を零す。

 

(……うるせぇ野郎だな)

〝そう邪険にするな。未知の力に対抗するのだろう? ならば我は適任だぞ〟

 

 その言葉には確かに頷ける部分はある。宗達はふう、と息を吐くと改めて前を見た。

 未知の力と、カードプロフェッサーという強者が立ち塞がっているという現実。出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 

「いいぜ。使ってやる。精々俺のために働きやがれ」

 

 頭が痛み、体が悲鳴を上げる。その原因が何なのか、宗達は考えないようにした。

 ――そして。

 

「いくぜ、手札より永続魔法『六武衆の結束』を発動! そしてリバースカードオープン、『諸刃の活人剣術』! 墓地から二体の六武衆を蘇生し、エンドフェイズに破壊! その攻撃力分のダメージを受ける! カゲキとザンジを蘇生!」

 

 真六武衆―カゲキ☆3風ATK/DEF200/2000→1700/2000

 六武衆―ザンジ☆4光ATK/DEF1800/1300

 六武衆の結束0→1

 

 己の身を削りながらも蘇る二体の侍。宗達は更なる一手を注ぎ込む。

 

「手札より『真六武衆―キザン』を特殊召喚! そして『六武衆の結束』を墓地に送って二枚ドロー!」

 

 真六武衆-キザン☆4地ATK/DEF1800/300→2100/300

 

 棍棒を持った侍が姿を現す。それを見据え、一度息を吐き。

 ゆっくりと、カードを引いた。

 

(さあ、来い)

 

 来てくれ、という願いはいらない。

 必要なのは、全てを捻じ伏せる力のみ。

 

(――お前たちを従え、俺は〝最強〟になる!!)

 

 カードを二枚引く。その内容を見て、宗達は笑みを浮かべた。

 

「シンクロ、だったか? 面白い見せもんだった」

「…………」

「だが、これでゲームエンドだ。――二体以上六武衆がいるため、『大将軍紫炎』を特殊召喚! 更に永続魔法『一族の結束』を発動! 墓地が戦士族のみのため、フィールド上の戦士族の攻撃力は800ポイントアップする!」

 

 大将軍紫炎☆7ATK/DEF2500/2400→3300/2400

 

 六武衆の切り札が姿を現す。宗達は更に、と最後の一枚をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「キザン、ザンジ、カゲキの三体を生贄に――『邪神アバター』を召喚!!」

 

 世界を、闇が包み込んだ。

 冷たい、体を凍らせるかのような風が吹き荒れる。そして現れるのは、漆黒にして邪悪の権化。

 

 The Wicked Avatar☆10闇ATK/DEF?/?→3400/3400

 

 漆黒の球体は形を変え、黒き将軍へと姿を変える。

 力を失っていようと、それでも尚、そこにいるは絶対にして最強の存在。

 ――如月宗達の、力の象徴。

 

「う、あ……」

 

 ごほっ、とマリアが小さく咳込む。どうやらこの空間がお気に召さないらしい。

 まあ、宗達とて好きではない。好きではないが居心地は良いのだから面倒ではあるが。

 

「気分が悪いか? なら、楽にしてやる。――紫炎でダークエンドへ攻撃!!」

「う、あああああああっっっ!?」

 

 マリアLP1600→900

 

 絶叫するような悲鳴を上げるマリア。周囲を包む空間から察するに、擬似的なあれが再現されているのだろう。

 人が傷つき、人が涙する――〝闇のデュエル〟を。

 

「終わりだ。アバターでクィーンに攻撃!」

「――――――――ッ!!」

 

 マリアLP900→-600

 

 あまりにも悲痛な、叫びと共に。

 勝者と敗者が、決定された。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 会場に入ると、丁度結果発表の最中だった。今回の合格者は二人らしい。

 一人はすでに発表されたらしく、該当者と思われる男は泣きながら喜んでいる。

 そして。

 もう一人の合格者の名に、会場は静まり返ることとなる。

 

「――№6、ソウタツ・キサラギ!!」

 

 会場の視線が、一斉にこちらを向いた。その全てを受け止めながら、悠然と歩を進めていく。

 不合格者たちの中を突き進み、辿り着く。そこで、一人の男が問いかけてきた。

 

「改めて、キミの名と所属を聞かせて欲しい」

「――ソウタツ」

 

 肩を竦め、それに応じる。

 

「ソウタツ・キサラギ。所属は日本デュエルアカデミアの……劣等生だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 通路に、靴の音が響く。テンポよく音を刻んでいた靴音は、しかし、不意に途切れた。

 

「……とりあえずは、呑まれちゃいねぇようだ」

 

 廊下で倒れ伏す女性を見下ろしながら、男はそう呟いた。女性に外傷はない。おそらく時間が経てば目も覚ますだろう。

 その時、心も無事かはわからないが。

 

「さぁて、あの小僧は壊れる前に諦められるかね?」

 

 こちら側に来ることは容易いことではない。多くを捨て、失い、そして諦めなければならないのだ。

 残るのは、〝力〟だけ。これはそういう力であり、そういう道。

 ――故に。

 

「こちら側へ来れるなら、歓迎するぞ小僧。己以外の全てを殺し、〝最強〟になれるのならな」

 

 笑い声が響く。それは、酷く乾いたもので。

 会場から聞こえてくるざわめきと相まって、酷く空虚なものに聞こえた。











何のために、強さを望んだのか。
少年は、それを思い出せなくなっていく。







というわけで今作品ナンバーワンの問題児、宗達くんです。順調に悪い方、というより闇に染まっていってます。
救いはあるんでしょうかねー?
てなわけで、また次回。
とりあえずコラボの方をようやく進める予定です。ではでは、ありがとうございました。

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