遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
今でも、思う時がある。
自分に、こんなことをしている権利はあるのだろうかと。
赦しは……あるのだろうかと。
支えられて、生きてきた。
助けられて、生きてきた。
救われて、生きてきた。
けれど――救ったことは、一度もなかった。
生きる意味は、まだわからなくて。
だから、探す。探し続ける。
理由を。
想いを。
かつて持っていたはずのものを。
世界は、ただ輝けるモノだった。
見るモノ全てが美しかった、そんな時があった。
そんな、忘れてしまった幼き日の記憶。
それを、取り戻すために。
人は、何かを忘れたりはしない。
――思い出せなくなることは、あるけれど。
◇ ◇ ◇
――06:00――
目を覚ますと共に体を起こす。目覚まし時計はまだ鳴っていない。毎回こうして目覚ましが鳴る前に起きてしまうので、目覚ましは必要ないのではないかと思うことがある。
だが、一度そう思って目覚ましをかけなかった時に寝坊しそうになったので、結局こうして設置している。気分の問題なのかもしれないが、よくわからない。
「……んっ、くうっ……!」
背伸びをすると、思わず声が漏れた。睡眠時間は六時間程だろうか。まあ、十分だ。
服を着替え、仮眠室を後にする。一応四人まで寝れる部屋であるため二段ベットが二つあり、それなりの広さがある仮眠室なのだが、一週間の間は一人で使っていいと言われている。
とはいえ、どうも気後れしてしまって自分の寝ているスペース以外の場所は使っていないが。服も三着くらいしか持っていないので、荷物は少ないのだ。
「おはようございます」
着替えを終えて向かうのは、KC社の三階にある社員食堂だ。基本的に昼食を提供する場所であるため朝食は出ないのだが、泊まり込みで仕事をしていた社員がここで朝食を食べていたりする。そのための挨拶だ。
だが、今日は誰もいなかった。三日目になるが、初めてのことだ。
(とりあえず、朝ご飯の準備をしないと)
厨房を自由に使う許可も貰っている。とはいえ朝食時と夕食時のみで、昼食は食堂で食えというのが海馬社長の命令だが。
とりあえず業務用の冷蔵庫の中身を確認。昨日の使い残しと思われる食材を取り出し、準備をする。とはいえ朝食だ。大した量は必要ない。食べるのも自分を含めて今日は二人だけだし。
「卵焼きと、焼き鮭でいいかな? ご飯はあるし……。お弁当のおかずにもなるし」
うん、と頷き、エプロンを身に着ける。何故か澪が大阪から持ってきたものだ。
火を点け、油を敷く。外を見ると、徐々に空が白い色を帯び始めていた。
――06:30――
料理ができ、弁当の準備も終えると待ち人が現れた。どこか眠たげな様子でこちらに歩いてくるのは、防人妖花。今年で十二歳の少女である。
「おはよう、妖花さん」
「おはようございます……」
目を擦りながら言う妖花。その彼女の前に、朝食を用意する。とはいっても、酷く簡単なものだが。
「いただきます」
「いただきます……」
まだ眠そうな妖花と共に朝食を口にする。しっかりした少女だが、寝起きの時はどうも意識がはっきりしない部分があるらしい。
朝食を口にする。少し卵焼きは失敗してしまった。まあ、それでも食べられないわけではない。
もきゅもきゅと朝食を口に運ぶ妖花。神社育ちだからなのか、行儀はかなりいい。そして食事が進むにつれ、その意識が覚醒していく。
「今日も美味しいです!」
「ありがとう。卵焼きは少し失敗しちゃったんだけどね」
「そうなんですか? 美味しいですよ?」
「まあ、僕はコックじゃないから。……そういえば、澪さんはまだ?」
「はい。まだ寝てます」
問いかけると、妖花は頷いた。やっぱりか、と苦笑する。
「今日も私の布団に潜り込んでて……、抱き枕にされました」
「僕もソファーで寝てた時にいつの間にか隣で眠ってたことがあるよ。何だろう、抱き癖でもあるのかな?」
「でもあっさり離してくれますよ? 意識はないみたいですけど……」
「そうなの? 僕の時はそうじゃなかったけど……。日によって違うのかな?」
首を傾げる。ただ、美咲も仮眠室で澪に潜り込まれたことがあると言っていたので、多分そういう人なのだろう。執着の度合いが違うのは、その日の気分だろうか。……無意識ではあるはずだが。
「本当は、朝ご飯もしっかり食べて欲しいけど」
「……でも、起こすのは怖いです」
「普段なら起きてくるんだけどね。すぐに二度寝しに行くけど。……昨日は忙しかったみたいだから、しょうがないかな?」
昨日は会議に出席し、夜遅くまで仕事をしていたとのことだ。澪によると「今日一日でカフェイン中毒になれるな」とのことだったので、相当忙しかったのだと思う。
――烏丸〝祿王〟澪。
史上最速でタイトルを手にした〝天才〟であり、〝日本三強〟の一角。その実力はあの海馬瀬人やペガサス会長でさえも認めるほどの人物であり、基本的にできないことはない完璧超人だ。
だが、そんな彼女にも弱点はある。一つは家事。これは本人が全く興味を持てないからであり、本人曰く「上手くなる気もない」とのこと。そしてもう一つが朝の弱さだ。「一日十二時間以上寝なければ万全にはなれない」とは本人の弁である。
そしてそれだけ寝ること――というより動かないこと、のんびりすることが好きな彼女だが、だからこそそれを邪魔すると厄介なことになる。被害はないが……とりあえず、怖い。
「……起こしに行ったのに、上半身だけ起こしてずっと半目でこっちを見つめて来た時は怖かったです」
「うん。あれは怖いよ。仕方ない」
同居の時も基本的に澪は自分で起きてくるのでそう問題はなかったが、何度か起こしに行った時に同じ目に遭ったことがある。
……しかも。
「基本的に覚えていないしね……」
「記憶がないって言ってました」
この性質の悪さである。まあ、だからといって嫌いになるわけではないが。むしろ数少ない欠点という意味で好感さえ持てる。
初めて会った時からしばらくの間は、自分と同じ人間ではなく彼女は〝怪物〟なのではないかと半ば本気で思っていたくらいだ。
……その認識が半ば以上正当であることに、祇園は気付いていないが。
「とりあえず、お昼御飯だけ用意しておこうかな。妖花さんは今日、外に出るんだよね?」
「はいっ。えっと、十五歳以下の大会があるみたいなので出場してきます!」
「そっか。頑張って。お弁当用意するから」
「ありがとうございます!」
眩しい笑顔。それにこちらも笑顔で返し。
ごちそうさま、と二人で手を合わせた。
――07:40――
簡単なお弁当を二つ用意し、一つを妖花に渡す。大会の開始が九時かららしく、妖花は礼を言いながら送迎の車で会場に向かっていった。
正直、彼女が同世代の者に容易く負ける姿は想像できない。デュエルも勝敗自体は僅かにこっちが上なレベルだ。結果は期待していいと思う。
「よぉ、夢神」
「あ、モクバさん」
第七資料室――新たな概念『シンクロ』の資料を中心に集められた部屋に向かう途中で、見知った人物に出会った。海馬モクバ。かのKC社社長海馬瀬人の弟であり、彼自身も優秀な社員である人物だ。
「これから資料室に行くのか?」
「はい。まだ頭に入っていないことも多くて……」
「真面目だな。良いことだぜ」
「モクバさんはお仕事ですか?」
「おう。これから兄サマと一緒に四国の支社に飛ぶ。年越しも近いからな。整理しなくちゃなんねーことが多いんだ」
「成程」
そういえば、そろそろ年越しだ。あと二週間で新年を迎える。
……ちなみに、例の『シンクロ発表』は12月24日。クリスマス・イヴであったりする。
「じゃあ、頑張れよ夢神。発表の時に恥を晒さないようにしとけ」
「はい。精一杯頑張ります」
「……なんか調子狂うな」
何事かをぼそりと呟き、モクバは曲がり角に消えていった。首を傾げるが、考えてわかることではない。
資料室を開ける。入口の側にうずたかく積まれた器具や、あちこちにある机とソファー。そして何より、図書館を思わせる本棚に無数の資料が納められている。
「えっと、昨日はC-2まで見たから……」
何冊目かもわからないノートを取り出しつつ、本棚へと移動する。色んな情報を強いれながら自分のデッキを模索しているが、中々決まらない。
「頑張ろう」
協力してくれている人たちのためにも。
そう気合を入れ直すと、祇園は資料をいくつか取り出して机へと移動した。
――09:30――
デッキ構築の上で大切なのは、どのカードがどのカードと相性が良いかを洗い出すことである。一枚一枚で強力な力を持つカードもあるが、それは少数だ。結局はコンボに頼る部分が出てくる。
特に新たな概念である『シンクロ』はその傾向が強い。『融合』のカードを必要としない代わりにフィールド上にモンスターを揃える必要があるため、特殊召喚のギミックを多く組む必要があるのだ。
(釣り上げ効果を持ってるモンスターがやっぱり強力かな……。出すだけで二体揃うから。後は、条件付きでも特殊召喚できるモンスターを……)
資料を見つつ、気になったモンスターやカードを記入していく。まずは理解することが第一だ。幸いというべきか、デッキを試すためのデュエルルームの使用許可は下りている。デュエルマシーンもあるので、思いついたデッキはすぐ試せる。
これについてはモクバによると『データが集まる』ということでWIN-WINの関係を築けている。美咲や澪、妖花も手伝ってくれているので非常にありがたい。
ちなみに美咲はある程度デッキは完成しており、現在は融合デッキ――『エクストラデッキ』のカードを詰めているところだそうだ。シンクロの概念を普及すると共に大幅なルールの変更が行われ、従来の融合デッキの無制限化を解除。十五枚という上限を定めることが決定されたためである。
大枠は変わらないらしいが、このルール変更は大きな反響を呼ぶことになるように思う。とはいえ、ルールはルールだ。プロや教育機関などにはすでにシンクロの伝達が始まっているようだし、時間はかかれど浸透していくだろう。
(とにかく今はイベントのためのデッキを作らないと。『お仕事』だし、失敗しちゃいけない)
アルバイトとはいえ、就労の経験も豊富な祇園である。『責任』というものに対する考え方はしっかりしている。特に『バイトだから』という言い訳が一切通用しない場所で働いてきたのだから尚更である。
とりあえず、いくつか形になったデッキはある。だが、どうも肌に合わないのだ。
(贅沢が言える身分じゃないのはわかってるんだけど……)
だが、デッキだ。自分の半身とも呼べる存在。それに、今回は報酬として給料とは別に作ったデッキを貰えることになっている。
そう――『自分のカードで作ったデッキになる』のだ。
拾い集めたカードと、美咲から貰ったカードだけで構築された今のデッキとは違う……自分のカードで。
(……時間ギリギリまで粘ろう)
うん、と再確認する。あまり時間は残っていないが、方法はそれしかない。
幸い、方向性は定まっている。『連続してシンクロ召喚をする』――言うのは易しだが、それしかない。世界に一枚しかないカードまで託されたのである。期待されている分は応えたい。
……まあ、自分は美咲の当て馬程度の立ち位置なのだろうが。
「夢神、いる?」
不意にノックの音と共にそんな声が聞こえてきた。手を止めて振り返ると、そこにいたのは一人の女性だ。
――本郷イリア。
ウエストリーグで現在首位に立っているプロチーム『スターナイト福岡』の選手で、〝爆炎の申し子〟と呼ばれる人物だ。美咲と同期の選手であり、新人の頃から活躍していたこともあって良く『ライバルとして名が挙がる。ちなみに美咲との通算戦績はイリアが僅かに勝ち越している。
福岡が本拠地のチームであるため東京に来ることはほとんどないのだが、現在福岡は関東で試合をしている。そのため、空き時間にこうして訪れてくれるのだ。
「美咲はいないの?」
「テレビの収録に行ってます。お昼頃には帰ってくると言ってましたが……」
「相変わらず忙しいわね。どうでもいいけど。……〝祿王〟と妖花は?」
「澪さんは寝てます。多分、お昼まで起きてきません。妖花さんは大会に出てるので、今はいませんね」
「それは残念ね。〝祿王〟の意見も聞きたかったんだけど。後、妖花を撫でまわしたかった」
「あはは……」
どう反応していいかわからず苦笑する。イリアはまあいいわ、と言うとこちらに何枚かの資料を差し出してきた。
「この間言ってたデッキの草案よ。どう思う?」
「えっと、『ラヴァル』でしたよね?」
「炎属性のカードは私の信条だから。それに、ラヴァルなら『炎王』とも組み合わせられそうだし」
「『真炎の爆発』があれば展開力は凄いですもんね」
「ええ。ただ、爆発が引けないと少し辛いわ。だから『ガルドニクス』も使いたいんだけど」
「……枠が足りないですね」
「いっそ罠抜きで構築するのもありかもしれないって思ってるわ。どう思う?」
「そうですね……」
資料を見返しながら頷く。資料室に篭っているとこうして〝ルーキーズ杯〟の参加者が訪れることがある。ほとんどが資料のコピー――チーム内での指導に必要だそうで、一人以上で来る――なのだが、その過程で意見を求められることも多い。
とはいえ、こちらは大した意見を持ち合わせていない。なのでほとんどがアドバイスを受ける側だ。
「決まれば強いのは確かなんですが……」
「……まあ、その辺は割り切るしかないかしらね」
ふう、と息を吐くイリア。大した意見も返せなくて縮こまってしまう。その瞬間。
「『封印の黄金櫃』、『強欲で謙虚な壺』でサーチ。守りは『バトル・フェーダー』と『速攻のかかし』でどうにかすればいい。二ターンぐらいなら耐えられるだろう。『炎熱伝導場』さえ来れば準備はできるのだしな」
扉の方からそんな声が聞こえてきた。見れば、そこに一人の女性が立っている。
――烏丸澪。〝祿王〟のタイトルを持つプロだ。
「澪さん。起きて来られたんですね」
「二度寝しようと思ったが、タイミング悪く清掃員が入ってきて追い出された。すまんがそこのソファーで眠らせてもらうよ」
「あ、お弁当ありますよ」
「……頂いてから寝よう」
「食べてすぐ寝ると体によくないと思うんですが……」
差し出した弁当を受け取りつつ言う澪に、苦笑しながら祇園は言う。ふむ、と澪は頷いた。
「少年はどちらの方がいい?」
「それは……やっぱり、澪さんには健康でいて欲しいです」
「ならば寝るのは止めよう。頂くよ」
側のソファーに座り、弁当を開ける澪。そのまま澪はイリアへと視線を向けた。
「さて、議論の続きだが。ラヴァルならば『炎征竜ブラスター』なども薦めよう。値は張るがな」
「……流石にあれは手が出ません」
「まあ、ほとんど出回っていない幻のカードだからな。……いっそのこと、ラヴァルならば罠カードを抜く構築もありだろう。割り切ることも時には必要だ」
言い切る澪。イリアは何事かを考え込む仕草を見せると、そうですね、と頷いた。
「シンクロが公式戦で解禁されるのは二月の日本シリーズ後ですから、それまで色々と考えてみます」
「楽しみにしているよ」
「では失礼します」
祇園の方にも軽く頭を下げると、イリアはコピーした資料を手に出て行ってしまった。流石にプロデュエリスト。忙しそうだ。
……隣にあまりそう感じさせない人がいるが。
「相変わらず、少年の作る弁当は美味しいな」
微笑しながらそんなことを言う澪。その笑顔に少しドキリとさせられながら、ありがとうございます、と祇園は頷いた。
穏やかだ、と思う。
がむしゃらに突き進むだけだったからこそ、余計にそう感じるのだろう。
こんな日々が続けばいい。
心から、そう思えた。
――13:00――
昼を迎える。軽いものを腹に入れ、祇園はまた資料室に篭っていた。ソファーでは澪が安らかな寝息を立てている。気が付いたら眠っていたのだ。こちらに声をかけて来なかったのはそういうことらしい。
現在は祇園が持ってきた毛布を澪は被っている。本当に疲れていたようだ。……普段から寝ることに喜びを見出す人なので、断言はできないが。
「ふう……」
息を吐く。座りっぱなしであったためか体が硬くなっている。肩を回すと骨の音が響いた。
伸びをする。隣を見ると、変わらず澪は眠っていた。少し外の空気でも吸おうか――そう思った瞬間。
「隙ありや!」
「うわっ!?」
いきなり背後から抱き着く形でのタックルを喰らった。いきなりだったために耐え切れず、衝撃で巻き込まれて転倒する。
激しい音と共に椅子を巻き込んで倒れる。体を起こすと、側には見知った顔。
「美咲……。お帰り」
「うん、ただいまや。もー、疲れたよー。評論家のおっさんがNG出しまくりでなー。昼前には戻れるはずやったのに」
そんな愚痴を零しながら少女――桐生美咲が立ち上がる。流石というべきか、怪我はない。
「お昼ご飯は食べた?」
「うん、共演者の皆と一緒して来たよ。祇園は?」
「軽く食べたよ。……澪さんはまだだけど」
「あー、やっぱり。寝てるもんなぁ」
眠っている澪の方へ視線を向け、美咲は苦笑する。あれだけの音を立てたというのに澪が起きる様子はない。
「まあ、割と昔から澪さんは寝ると中々起きひんからなぁ」
「あ、そうなんだ」
「ウチもあんま朝強くないけど、澪さんは別格。起こしてもすぐ二度寝するしな。タイトル防衛戦で寝坊したこともあるくらいやよ?」
「……大丈夫なのそれ」
「『王者の余裕』とか煽りが入ってたけどなぁ」
多分素で寝坊したのだろう。何度もそうなりかけた場面を見ている。
「とりあえず、あんまり引き籠ってても体に悪いよ? 外に出た方がええと思うけどな」
「うーん。確かにそうかもしれないね。ちょっと気分転換に行こうかな」
「それが一番や。……そういえば、妖花ちゃんは?」
「妖花さんは大会に出てるよ。夕方には帰ってくるはずだけど……」
「そうなん? どこで?」
「えっと……」
「……渋谷だ。あそこにある『コート・ソード』というカードショップの大会に参加している」
思い出そうとしていると、そんな声が聞こえてきた。澪だ。立ち上がりながら、澪はこちらへと視線を向ける。
「帰ってきていたか、美咲くん。忙しいのだから休める時にのんびりしておけばいいものを。わざわざここまで来ずに」
「あはは、ご心配には及びませんよー。ウチは元気いっぱいですから」
……二人の会話を聞いていると微妙に寒気を感じたのは何故だろうか。
「しかし、渋谷か。最近はどうなんだ? 去年までは悪い噂を聞いてばかりだったが」
「そうなんですか?」
「私はあまり詳しくないが、よく道端で喧嘩が起こっていたそうだ。一般の人間が巻き込まれることもあったらしい」
澪は肩を竦める。所謂筋モノのことだろうか? いや、喧嘩ということは不良か?
「んー、裏通りは昔とあんま変わりませんよ。ただ、表で喧嘩する阿呆は減った感じですかねー」
「成程。まあ、去年までが異常だったからな。そんなものか」
「よー言いますわ。一人でフラッとその危険地域に足踏み入れてたくせに」
呆れた調子で美咲は言う。澪は微笑を零した。
「そういう場所でなければ見つからない。それだけだ。……結局、見つからなかったが」
「澪さんの探してるものなんて、そうそう見つかるもんでもないでしょうに」
「わかっているさ。もう諦めている。それに今は、もっと興味があるモノも見つけたところだ」
澪の視線がこちらを向く。首を傾げると、澪は柔らかい表情を浮かべた。
「まあ、とにかくだ。外に出るのだろう? 折角だから妖花くんの応援に行くのはどうだ?」
「成程。いいですね」
「賛成~。ほな、早速行きましょうか」
方針が決まれば行動は早い。祇園は資料を片付け、澪と美咲は服を着替えに資料室を出て行く。
資料を棚に戻し終えると、ほとんど同時に二人は戻ってきた。美咲は帽子を被った上にメガネまでしており、変装はばっちりである。
「無駄に混乱させたらアレやしなー。変装すんのも面倒や」
「有名税だな。仕方なかろう」
「澪さん人のこと言えへんでしょ? 変装せんでええんですか?」
「私は元々あまりメディアに出ていないからな。ルーキーズ杯の解説で顔が知られているかもしれんが、選手に比べれば微々たるものだ。それに公の場では制服かスーツを着ている。私服で眼鏡でもかければ気付かれんよ」
そう言うと、澪はポケットから取り出した伊達眼鏡を装着する。確かに普段、澪が声をかけられることは少ない。やはりイメージと露出というのは大事なのだろう。
まあ、美咲が有名過ぎるというのもあるが。
「とりあえず車出してもらえるそうなんで、行きましょう」
「渋谷ならすぐですよね?」
「三十分とかからんよー」
「妖花くんのことだから不安はないが、楽しみだな」
部屋を出る。本当に穏やかで、静かな日常だ。
……だから、なのだろうか。
どうしようもなく、落ち着かないのは――……
――14:00――
訪れたカードショップは、かなり大規模だった。祇園にとってカードショップとは幼少時代からお世話になっている店のイメージが強い。そのため、こういった大規模なカードショップ――というよりはホビーショップ――はやはり驚かされる。
「渋谷では一番大きな場所だからな。大会の参加者は毎回百人を超える」
「多い時は二百人とかでやってますしねー。交通の便もええから、近くの学校の生徒もよく来るみたいですし」
「だからトラブルも多いようだがな。まあ、昔に比べれば確かに雰囲気は随分マシだ」
「〝侍大将〟みたいなんはいませんからねー。アレは本人にその気がなくても厄を呼び寄せるタイプやし。本人にも非はあったとはいえ、運が悪いですよ」
目立たないように大会が行われている場所を目指しながら、二人がそんな会話をしている。祇園は周囲に視線を送りながらその話を聞いていたのだが、聞き覚えのある単語に思わず反応した。
「美咲、〝侍大将〟って……」
「ん? ああ、そっか祇園は知らへんのか。あの店は渋谷からは遠いし、そういや話題にしたこともあらへんかったなぁ」
「何だ、知らなかったのか少年。私たちが話していただろう? 少し荒れていた時期の――」
『――予選結果の発表です。決勝トーナメント進出者32名はトーナメント表を確認してください』
澪の声を遮るように、アナウンスの声が聞こえてきた。どうやら予選が終わったらしい。澪は苦笑すると、行こうか、と言葉を紡いだ。
「景気の悪い話をしても仕方ない。妖花くんのことだから心配はないだろうが、見に行ってみよう」
「そうですね。えっと……」
「んー、人多くて見辛いなぁ……。お、見えた。七番のとこに名前あるね」
「見たところ、妖花くん以外には二人だけか。十二歳以下で決勝トーナメントに進んでいるのは。流石というべきかな」
「妖花さん、強いですから」
トーナメント表の七番の項目には確かに『防人妖花(12)』という表記がある。周囲を見回すと、椅子に座って自分のデッキを眺めている妖花の姿が目に入った。
「あ、妖花さん」
声をかける。すると妖花は驚いた様子で顔を上げ、次いで笑みを浮かべた。
「夢神さん!」
美咲と澪も伴い、妖花のところまで歩いていく。こちらを見ると妖花は驚いた表情を浮かべた。
「ど、どうしたんですか?」
「応援に来たんだ。決勝トーナメント進出、おめでとう」
「流石だな。……相棒たち元気そうで何より」
「やっぱり強いなー、妖花ちゃん。ウチも誇らしいで」
「えへへ、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑う妖花。それにつられて笑みを浮かべる。
純粋、という言葉が何より似合う。
「どう、決勝トーナメント。勝てそう?」
「わからないです……。こういう大会、出たことないので……」
「初出場で決勝トーナメントに出るだけで十分凄いけどなぁ。この規模で」
「参加者は157人か。多いな」
トーナメント表を見つつ澪が言う。十五歳以下のみとはいえ、157人というのはかなりの規模だ。DMというものがどれだけ浸透しているのかがよくわかる。
「まあ、妖花ちゃんなら入賞ぐらいはできるやろ。頑張るんやで?」
「はいっ」
満面の笑みを浮かべる妖花。防人妖花――その実力は祇園もよく知っている。十代に負けず劣らずの豪運の持ち主である彼女の実力は確かだ。〝ルーキーズ杯〟に推薦されたのは偶然でもなんでもないのである。
決勝トーナメントの開始までは時間があるらしい。チラリと祇園が時計に視線を送ると、見知った顔が視界に入った。
「あれ……?」
「ん、おお、見覚えある面だと思ったら夢神か」
向こうもこちらに気付き、歩み寄ってくる。冬だというのに少し焼けた肌をしている青年――新井智紀は、どうしたんだ、と言葉を紡いだ。
「お前16だろ? 出場してたのか?」
「えっと、応援です。妖花さんの……」
「おー、成程。いや、見てたぞ嬢ちゃん。やっぱ強いなー。予選であれだけバシバシエクゾディア揃えられたらそりゃキツいわ」
「ありがとうございますっ」
新井の称賛を受け、笑みを浮かべる妖花。その表情は本当に嬉しそうだ。素直な少女である。
――新井智紀。大学リーグ前年度覇者である『晴嵐大学』のエースであり、〝アマチュア最強〟とも評される人物だ。〝ルーキーズ杯〟では一般枠から本選へと勝ち上がり、結果はベスト8。あの遊城十代とギリギリの激戦を繰り広げた。
かなり面倒見が良い人物であるため、十代も大会後には何度か連絡を取り合っているらしい。一度だけだが資料室に来、デッキ作りの意見交換をしたこともある。
だが、今期のドラフト一位候補筆頭である彼は15歳以下ではない。何故ここにいるのだろうか。
「新井さんはどうしてこの大会に?」
「ん、理由は単純だよ。後輩が出てるからな。その応援だ。今日は大学の練習もオフでなー。暇だったんだよ」
「成程」
「まあ、知ってる奴が十人参加して勝てたのは二人だけだけどな」
新井が肩を竦める。やはりこの規模になると勝ち上がるのは難しいらしい。その点、妖花は流石といえる。
「……っと、目立ち過ぎたか」
「えっ?」
不意に新井が呟いたことに首を傾げる。それとほぼ同時に、周囲の声が耳に入って来た。
「おい、新井さんと一緒にいるのって」
「夢神選手じゃねぇ……?」
「〝ルーキーズ杯〟準優勝の」
ざわめきと共に視線がこちらに向いてくるのがわかる。マズい、と祇園は思った。ここには美咲と澪がいる。あの二人がいることがわかれば、最悪パニックになりかねない。
振り返る。だが、二人の姿はなかった。
「あ、あれ?」
「どうした?」
「あ、いえ、一緒に来ていた人が……」
周囲に視線を向けるが、姿はない。どうしたのだろう、と思っているとアナウンスが流れた。
『それでは、決勝トーナメント一回戦を始めます』
周囲のざわめきが強くなる。祇園は妖花の方を向くと、頑張って、と言葉を紡いだ。
「応援してるよ」
「はいっ! 精一杯頑張ります!」
「嬢ちゃんなら優勝狙えるかもしれねーしな。頑張れよ」
そして、二人でその場を離れる。慣れない周囲の視線が、どこかむず痒かった。
――15:00――
決勝トーナメントは順調に進み、今はベスト8の試合が始まろうとしている。祇園は新井と並んでモニターから妖花の様子を観戦しているのだが……周囲の視線をまだ感じる。
「まあ、有名人だからな。お前も」
そんな様子の自分に気付いたのだろう。新井が笑いながらそう言った。そうなんでしょうか、と言葉を紡ぐ。
「僕なんて大した実績もない一般人なのに……」
「〝ルーキーズ杯〟は全国放送されてたからな。そこで一般参加枠の無名がいきなり決勝まで勝ち上がったんだ。メディア連中は面白おかしく書き立てるし、一般大衆も興味を持つ。そりゃ注目されるよ」
「でも、決勝に行けたのは運が良かったからです。巡り合わせが良かった」
「だが、お前は決勝に行った。しかも俺を倒してくれやがった十代にも勝ってだぞ? 成績を見りゃ、お前は俺よりも強いってことになる」
意味ありげに笑って見せる新井。祇園は首を左右に振った。
「新井さんに勝つなんてできませんよ」
「やってみなきゃわかんねーさ。現にお前は強いよ。……野次馬ってのはな、鼻が利くんだ」
周囲へ視線を送りながら。
新井は、呟くように言葉を紡ぐ。
「嗅ぎ分けるんだ。〝スター〟の匂いをな」
「スター、ですか」
「そうだ。……まあ、しばらくすりゃ収まるだろうからそれまでの辛抱だよ。注目されっぱなしの生活も悪くはねぇが、息が詰まる。彼女の一人も作れねーしな」
新井が肩を竦める。祇園としては苦笑するしかないのだが、新井はそういえば、と言葉を紡いだ。
「お前は彼女とかいねーのか?」
「はい、いません」
「即答だなオイ。美咲ちゃんは?」
「幼馴染で、恩人です」
「……ふーん」
祇園の言葉をどう思ったのか、新井は深く追求してこなかった。
僅かな沈黙。モニターを見ると、妖花が無事にベスト4に駒を進めたところだった。流石だ、と思う。相手は皆自分よりも年上ばかりなのに。
澪が以前言っていた。防人妖花は〝愛された存在〟なのだと。
天才、という一言で片づけるのは容易い。しかし、それ以外に表現する方法がない。
もし、彼女のような〝天才〟が立ちはだかったとして。
自分は、勝てるのだろうか。そんなことを、最近ふと思う。
「やっぱ強いな、嬢ちゃん。羨ましい。才能ってのはあればあるほどいいもんだ」
心を読んだわけではないだろう。新井はそんなことを呟いた。
妖花とて努力はしている。だが、それは才能に裏打ちされたモノだ。彼女の努力は必ず結果に結びつく。故に――天才。
――〝天才〟とは、努力が必ず報われる者を示す言葉なのだから。
「ああ、そういや十代に聞いたが〝侍大将〟のダチなんだって?」
「え、あ、はい。少なくとも僕はそう思っています」
「あの馬鹿、今どっか行ってるらしいな。しっかし、友達ねぇ。あのクソガキが丸くなったもんだ」
くっく、と笑う新井。どういうことですか、と祇園が問いかけると、笑みを浮かべながら新井は言葉を紡いだ。
「〝侍大将〟っつったら一年前までこの辺で暴れてたクソガキの名前だよ。あの馬鹿を恨んでる奴も多い。……詳しいことは本人に聞け。黒歴史だろうがな」
「はぁ……」
「まあ、一つだけ言えるのはアレだ。あの馬鹿を擁護するわけじゃねーが、巡り合わせが悪過ぎたんだよ。要はそういうことだ」
巡り合わせ――その言葉は、祇園にとっても重い意味を持つ。
僅かな奇跡に救われて、夢神祇園はここにいるのだから。
――19:30――
大会の結果、妖花は準優勝だった。決勝戦で鮮やかな金髪をした見るからに『不良』といった少女と当たり、敗北したのだ。
とはいえ、デュエル自体は正々堂々としたものだった。妖花の防御の壁を突き崩した格好といえる。
「おめでとうやで、妖花ちゃん」
「準優勝とは立派なものだ」
「えへへ、ありがとうございます!」
ちなみに美咲と澪は祇園が新井と会話をしている際に視線が集まっているのを感じ、別の場所に避難していたらしい。見つかれば大騒ぎになっていただろうから、正しい判断だと言える。
「そういえば、賞品って何だったの?」
「えっと、カードパックです」
「限定パックやな。結構新しい奴ちゃうか?」
「得したな。この際だ、妖花くんも少年と共に新しいデッキを作ればいい」
「うーん、どんなデッキが良いでしょうか……」
妖花が悩み始める。現在四人でいるのは食堂だ。夕食を食べ終え、食後の休憩をとっている。
周囲にはKC社の社員も多くおり、彼らはこれから残業、もしくは深夜業に入るのだろうと想像できた。
祇園もまたデッキ作りである。煮詰まってきている気がするが、だからといってサボれることではない。
「ウチはある程度完成しとるからなぁ」
「私もだ。しばらく使おうと思っているデッキは完成している」
「そうなんですか?」
「僕はまだですね……。頑張らないと」
苦笑してそう言葉を紡いだ瞬間、激しい音と共に扉が開いた。思わず食堂の入り口を見ると、そこには海馬瀬人が立っている。
「あら、社長?」
美咲が首を傾げる。ふむ、と澪も頷いた。
「珍しいな。食堂に来ることなどほとんどないはずだが」
「何かあったんでしょうか?」
食堂中の視線が海馬の方を向く。海馬は一度周囲を見回すと、こちらへと視線を向けてきた。
「ふぅん、ここにいたか小僧。今すぐデュエルルームに来い」
良く通る声でそんなことを言う海馬。小僧、という呼び方をされる相手は自分しかいない。
「僕、ですか?」
「二度言わせるな。貴様のデッキを持って第一デュエルルームへ来い、と言っている。待っているぞ」
コートを翻し、颯爽と立ち去っていく海馬。祇園が思わず三人の方へと視線を向けると、美咲が呆れたように呟いた。
「何か考えついたんかなぁ……?」
――19:50――
第一デュエルルーム。KC社では最も大きいデュエルルームであり、海馬がよく使用する場所だ。私闘に近い美咲とのデュエルでも主にここが使用される。
その部屋に入ると、海馬はすでに待っていた。そのまま、鋭い視線をこちらへと向けてくる。
「来たか。早速始めるぞ。デュエルディスクを構えろ」
「え、あ、は、はい」
何かしらの説明があるかと思ったら、何もない。強引に思えるが、こういう人なのだとして納得する。
「貴様は今疑問に思っているだろう。その疑問については、このデュエルに勝てれば答えてやる」
「……はい」
「前に貴様が我が前に立った時。あの時の貴様は凡骨以下のデュエリストだった。――失望させてくれるな。最低でも凡骨としての意地を見せてみろ」
そして、デュエルの幕が開く。
「「――決闘(デュエル)!!」」
理由もわからないままに。
二度目の〝伝説〟とのデュエルが、始まった。
次の道は、未だ定まらず。
見据える先に、何を願う――……
というわけで日常回です。大会に少し出てきたお二人と、軽い会話。そして妖花ちゃんの一般大会デビューですね。