遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第三十四話 祭の後に

 

 第一回、〝ルーキーズ杯〟は無事に終わりを迎えた。

 表彰式では人前に立つことに慣れるどころかむしろそれが仕事である桐生美咲とは対照的に、終始緊張した面持ちの夢神祇園が躓いて転んだりというハプニングこそあったが、問題は起こらずに済んだ。

 そして、現在。二人はKC社の本社、それも社長室にいる。他に部屋にいるのは、社長の席で睨み据えるようにいて資料を見ている海馬瀬人と、ソファーに座っているペガサス・J・クロフォードと数人の黒服だ。

 

「二人共、本当におめでとうございマース」

「あ、ありがとうございます」

「頑張った甲斐がありました♪」

 

 ペガサスの言葉に、それぞれの言葉で応じる。ペガサスは嬉しそうに微笑んだ。

 

「イエス、実に見事でシタ。美咲ガールも祇園ボーイも、実に素晴らしい可能性を提示してくれましたネ」

「ふぅん、まあ、凡骨は凡骨なりによくやったと褒めてやろう」

「素直やないなぁ、社長。褒めたいんやったら褒めてくれてええんですよー?」

「……美咲、後でデュエルルームに来い」

「今日疲れたんでパスでお願いします」

「社長命令だ。拒否は許さん」

「ちょっ!? 横暴やー!」

 

 美咲が言うが、海馬は鼻を鳴らすだけだ。祇園はどうしていいかわからずオロオロしている。

 ペガサスはそんな様子を見て微笑を浮かべていたが、一つ咳払いをすると真剣な表情を浮かべて言葉を紡ぎ始めた。

 

「では、本題に入りまショウ。美咲ガール、祇園ボーイ。二人には一週間後、海馬ドームでステージに立ってもらいたいのデース」

「ステージ、ですか……?」

「イエス。一週間後に発表する新たな概念。その発表における実演を、二人にお願いしたいのデース。如何でショウ?」

「え、ええと……」

 

 いきなりのことに戸惑う祇園。その隣に座る美咲が、要するに、と言葉を紡いだ。

 

「ウチらは実演担当ゆーことやな。ほら、会長と澪さんの対談でゆーてたやろ? 新しい概念が登場する、って」

「うん。一週間後に発表する、って聞いたけど……」

「そのイベントを海馬ドームで行うんよ。まあ、ぶっちゃけてまうと〝ルーキーズ杯〟はそのために『世間の注目を集める』っていう役割を持ってたんよ。思った以上の成果やったけど」

「期待以上の収益だということもあり、来年以降も続けていくという方向で話はまとまりまシタ」

 

 ペガサスがうんうんと頷く。祇園としては成程、という思いだ。

 大会を開くとなるとそれなりの金額が動くことは容易に想像できるし、逆に言えばそれを回収できる『何か』がなければやる意味がないということでもある。新たな概念……それを大々的に広めるつもりだというのなら、ある意味納得だ。

 

「そして、優勝者と準優勝者であるあなた達には私からこれをプレゼントしマース」

 

 言いつつ、ペガサスが机の上に置いたのは二つの小さな箱だった。カードが入るくらいの大きさの、本当に小さな箱である。

 

「それぞれ一枚ずつカードが入っていマース。世界に一枚だけ……オンリー・ワンのカードデース。さあ、手に取ってみてくだサーイ」

 

 言われ、美咲の方へと視線を送る。美咲は頷くと、片方の箱を手に取った。

 

「ウチから先に、ってゆーことで」

「じゃあ、僕は……こっちで」

 

 手に取る。重みは特に感じない。けれど。

 

(熱い……?)

 

 それはきっと、錯覚なのだろう。だが、一瞬。

 まるで、竜が嘶くような声が……聞こえた気がした。

 箱を開ける。そして、出てきたのは。

 

「ウチのは……〝Red Dragon Archfiend〟やな」

「僕のは……〝Stardust Dragon〟……?」

 

 そこに描かれていたのは、星屑の竜。

 綺麗だ、と思った。煌めく星の中を飛翔する、その竜が。

 ――何より。

 

「枠が、白い……?」

「イエス。それが新たな概念、〝シンクロ〟デース」

 

 ペガサスが頷く。〝シンクロ〟――馴染みのないその言葉に思わず眉をひそめる。それを察してくれたのか、ペガサスが言葉を続けてくれた。

 

「星の力を合わせるという概念……〝チューナー〟と呼ばれるモンスターを中心に、力を合わせて戦うという概念デース。詳しくは実際に美咲ガールや澪ガールを中心にこのプロジェクトに関わっている人物から聞いてくだサーイ。一言では説明しきれまセン」

「わ、わかりました」

 

 頷く。星の力を合わせる――その意味がよくわからないが、それは一週間以内に習得しろということだろう。まあ、美咲や澪が一緒ならばどうにかなりそうな気はする。

 

「あの、他には誰が……?」

「今大会に出場しているプロデュエリストは全員知っていマース。それと、妖花ガールも参加させてくれると嬉しいデース」

「わかり、ました。でも、どこでやれば……」

「――それについては俺の管轄だ」

 

 海馬が言うや否や、部屋の隅に控えていたSP――確か、磯野といったか――が何かを差し出してきた。見ると、『社員証』と書かれたカードである。それを祇園が受け取ると、海馬がこちらへ視線を向けてきた。

 

「二十二階にある第七資料室。そこに〝シンクロ〟に関係したカードをある程度揃えてある。貴様はそこにあるカードで一週間後のイベントに出るためのデッキを創れ」

「デッキを、ですか」

「そうだ。これは形式上は貴様へ依頼した仕事という形になる。無論、報酬も用意してやろう」

「要するにカード自由に使ってええからデッキ作れー、ゆーことやな。まあ、ウチも協力するから大丈夫やで?」

 

 美咲が補足の説明を入れてくれる。つまり、一週間後に開かれるイベントでは自分と美咲がその〝シンクロ〟のデッキを使ってデュエルをする、ということだろうか。

 

「えっと、でも、僕こっちで滞在するお金が……」

「ふぅん、何のためにその社員証を渡したと思っている? 貴様はここで寝泊まりしろ」

「え、そんな……いいん、ですか?」

「仮眠室も食堂もある。一週間だけだが、許可してやる」

「あ、ありがとうございます」

 

 頭を下げる。大会が終われば再びすぐに関西へ戻ることになると思っていたのだが、どうやらそうはならないらしい。

 

「では、私からは以上デース。何か質問はありマスか?」

「えっと……いえ、大丈夫だと思います」

「それなら良かったデース。……では、海馬ボーイに譲りまショウ」

 

 ペガサスが一度目を伏せる。海馬が頷き、美咲も小さく息を吐いた。

 空気が変わる。何だろうか――そう思った瞬間。

 

「ああ。小僧――いや、祇園」

 

 海馬が、その鋭い視線を祇園へと真っ直ぐに向けてきた。心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

 思わず背筋が伸びる祇園。そんな祇園に、海馬は静かに言葉を紡いだ。

 

 

「アカデミア本校へ戻る気はあるか?」

 

 

 それは、あまりにもいきなりの言葉で。

 答えを、返せなかった。

 

「貴様自身、気付いているのだろう? 貴様の退学は道理に合わぬものだったとな」

「え、そんな、でも、あれは――」

「貴様がどう思っていようとこの際構わん。問題なのは貴様の認識ではなく『世間の認識』だ。不愉快なことにマスコミはこのことで騒ぎ立てようとしている。俺としてはどうでもいい話だが、貴様にとってはそうではないだろう。だから貴様自身に問う。貴様はどうしたい?」

「…………僕は……」

 

 言葉を紡ごうとして……紡げない。

 いきなりのことに、思考が追い付いていないのだ。

 

「……ふぅん、まあいい。磯野、小僧を案内してやれ」

「はっ。……夢神様、こちらへ」

「えっ、あ、でも……」

「すぐに答えが出せるようなことでもなかろう。考えておけ」

 

 海馬の突き放すようでいて、しかし、温かい言葉に。

 

「……失礼します」

 

 頭を下げながら、そんな言葉しか返せずに。

 祇園は、磯野に連れられて部屋を出た。

 

「ではまず、夢神様が泊まられる部屋の案内を――」

 

 先を歩く磯野の背中を追いながら、祇園は思う。

 

(僕が、どうしたいか……)

 

 今まで、祇園自身が何かを決定することは決して多くはなかった。良くも悪くも状況に流され、その中でどうにか選択を繰り返してきただけだ。

 今回もある意味ではそれと同じだが、違うのは――

 

(……僕は、何を目指すんだろう……?)

 

 美咲との約束を、半分とはいえ果たした今。

 夢神祇園が、どこへ向かえばいいのか。

 それが、わからなかった――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 祇園が立ち去った後の社長室。そこに、一つの吐息が響いた。発したのは美咲だ。

 

「物事には順序ゆーもんがあるでしょうに。あんなこといきなり言われて、悩まん方がおかしいですよ」

「困難とは畳み掛けてくるものだ。言い訳をすれば誰かが助けてくれるのか? そんなことは有り得ん。間断なく襲い掛かってくるそれらを捻じ伏せてようやく果たせるものがある。これで潰れるのであれば、小僧もその程度だったということだ」

「厳し過ぎません?」

「ならば問うが、貴様は小僧がこの程度で潰れると考えるのか?」

 

 睨み据えるようにして美咲を見る海馬。美咲は盛大なため息を吐いた。

 

「本当、人が悪いというか何というか。社長はツンデレやなー」

「……聞かなかったことにしておいてやる。美咲、貴様はこの後取材とレコーディングがあるはずだ。さっさと行け」

「Oh、そうでシタか。美咲ガール、頑張ってくだサーイ」

「どうにかやってきます~。……せやけどまあ、ウチがこの子を手にすることになるなんてなぁ……」

 

 ふう、と息を吐く美咲。その視線の先にあるのは、ペガサスより託された一枚のカード。

 紅蓮の悪魔が描かれた、世界に一枚しかないカードだ。

 

「元々、この子らの仮の宿主を探すのが目的やったのに」

「その宿主に選ばれた、ということでショウ。不思議な力を持つカードたちデース。大事にしてくだサーイ。――あなたの目的のためにも」

「……まあ、どうせ巡り巡って本来の持ち主には渡るのが運命です。それまではウチが預かるー、ゆーことで」

「ふぅん。貴様らしくもない。非ィ科学的な話だが、貴様の話が真実であるならば貴様は選ばれたということだ。誇ればいいだろう?」

「あはは、できるわけないやないですか」

 

 苦笑を零し、美咲は椅子から立ち上がる。

 

「ウチなんて、なーんもできんかった子供やのに」

「……貴様の語ったことさえ、俺にとっては俄には信じ難い話だがな」

「別に信じてもらわんでも大丈夫といえば大丈夫ですよ。むしろあんな話信じる方がどうかしてます。……それに、風向きが随分と変わってきてますから。どう転ぶかはわかりません」

 

 肩を竦め、部屋を出ようとする美咲。そして彼女は部屋を出る前に、思い出したように海馬に聞いた。

 

「そういえば、アカデミア本校のことはどないするんですか?」

「この後、記者会見を開く。気になるようなら同席するか?」

「お仕事ありますし、遠慮しますわ」

「貴様の名も出すことになるかもしれん。留意しておけ」

「はいはい~。ほな、失礼します~♪」

 

 美咲も部屋を出る。その姿を見送り、ペガサスがポツリと呟いた。

 

「……美咲ガールも、無理をしなければ良いのデスが……」

「言って聞くようなタマでもなかろう。だが、俺たちにはどうしようもないというのも事実だ」

「私たちは、今できる最大をするしかありまセン」

「その通りだな」

 

 海馬が、そう言葉を返し。

 しばらく、沈黙が室内を支配した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

〝ルーキーズ杯〟も無事に終わり、各選手たちもようやく最終日の取材から解放された。ここにも、取材を終えた一人の選手とその保護者がいる。

 

「妖花くん、疲れてはいないか?」

「はいっ、大丈夫です」

 

 KC社の廊下を歩きながら、一人の女性――烏丸澪が発した問いに、その隣を歩く少女、防人妖花は笑顔で応じた。その表情には確かに疲労の色はない。

 

「ならば安心だ。とりあえず、妖花くんも一週間はこちらで過ごすのだったな」

「はいっ。え、でも、私も……って?」

「ああ、言っていなかったか? やりたくもないが仕事の都合で私もとりあえず一週間ほどここで世話になる予定だ。ちなみに少年は強制的にここで一週間以上過ごすことになる」

 

 海馬社長がそういう趣旨の話をしていたので、まず間違いない。そもそも祇園があの海馬社長に逆らえるはずがないのだ。

 

「そうなんですか……嬉しいです!」

「ふふっ、まあ折角の機会だ。こちらでの生活が終われば関西に行くことになる。それまで楽しむといい」

「はいっ! あ、じゃあ夢神さんと一緒にどこか行きたいなー……。約束したし……」

「……待て。聞き捨てならんぞそれは」

 

 どういうことか――問い詰めようと妖花の方へ視線を向けようとする澪。しかし、その彼女の視界に一人の男の影が映り込んだ。

 アカデミア教員の制服を着た、その男の名は――

 

「……〝マスター〟鮫島か」

 

 ポツリと呟く。それに気付いたわけではないだろうが、その男――鮫島はこちらへ会釈をしてきた。澪も礼儀として会釈を返す。

 

「妙なところでお会いしますね、鮫島さん」

「はい。〝祿王〟と会えて光栄です」

「お世辞を。私など若輩です」

「それこそ謙遜でしょう」

 

 鮫島が苦笑する。だが、その笑顔には翳りがあり、どこか疲れているようにさえ見受けられた。

 まあ、彼の状況を考えれば当然かもしれない。あの海馬社長のことだ。何かしら厳しい決定を下しているだろう。興味もないのでどうでもいいが。

 

(……ん?)

 

 不意に、服の裾を引っ張られる感覚を覚えた。見れば、妖花が戸惑った表情を浮かべている。初対面の相手ということで不安なのだろう。

 

「ああ、すまなかったな妖花くん。この方は鮫島さんだ。アカデミア本校で校長をしておられる」

「鮫島です。防人妖花さん……でしたね。素晴らしいデュエルでした」

「あ、ありがとうございます!」

 

 何度も頭を下げる妖花。そのまま、あの、とどこか不安げに言葉を紡いだ。

 

「その、間違ってたら……申し訳ないんですけど……」

「はい? 何でしょうか?」

「もしかして、その……〝マスター〟さん、ですか……? 元プロデュエリストの……?」

 

 その時、鮫島はどんな気持ちだったのか。興味もないし知ろうとも思わないが、その表情が変わったのだけは見て取れた。

 

「……はい。確かにそう呼ばれていた頃もありましたね」

「ほ、本当ですか!? あ、あのっ、サインください!」

 

 どこか寂しげに言う鮫島とは対照的に、慌てて鞄から色紙とペンを取り出す妖花。鮫島は驚いた表情を浮かべ、しかし、はい、と頷いた。

 

「もう引退したロートルですが、それでもよろしければ」

「ありがとうございますっ!」

 

 頭を下げ、礼儀正しく鮫島へと色紙を差し出す妖花。だが、身長差があるために届かず、鮫島が屈むことで色紙を受けとり、そのままサインを書き始めた。

 そんな鮫島を一瞥し、澪は興味から妖花へと言葉を紡ぐ。

 

「しかし、よく知っていたな? 〝マスター〟の全盛期を」

「あ、いえ……その、リアルタイムで見たことはないんです」

 

 鮫島の手が止まる。それを視界の隅に置きながら、澪は妖花の言葉に耳を傾け続けた。

 

「でも、テレビでたくさん特集をやってて、その度に凄いな、って。その、私、テレビしか見てなかったので……」

「そういえばそうだったか」

「はい。その、〝マスター〟のデュエルは凄く格好良くて、自信で一杯で、背中が凄く格好良かったんです。テレビで昔の試合をやる度に、ワクワクして見ていました!」

「――防人さん」

 

 不意に、鮫島がそう言葉を発した。妖花が視線を向けると、鮫島は妖花へと色紙を差し出し、どこか表情を隠すように俯いていた。

 

「サインなど久し振りでしたから……これで大丈夫でしょうか?」

「はいっ! ありがとうございますっ!」

「いえ……こちらこそ、ありがとうございます」

 

 言うと、鮫島はゆっくりと立ち上がった。澪は、妖花くん、と言葉を紡ぐ。

 

「先に行っておいてくれ。すぐに追いつく」

「? はい、わかりました。えっと、鮫島さん、ありがとうございました!」

 

 妖花が足早に立ち去っていく。それを見送り、澪は廊下の壁に背を預けた。鮫島は、立ち尽くすようにその場にいる。

 

「……礼を、言うべきでしょうか」

「ただのお節介ですから、お気になさらず。私も一応は末席とはいえプロですから、ファンに弱みを見せない手伝いぐらいはしますよ」

「ふふっ、〝日本三強〟のタイトルホルダーが末席ですか……」

「創世記に活躍したあなたに比べれば、まだまだです」

「……活躍……」

 

 そこで、鮫島は一度言葉を切った。そのまま、天上を見上げる。

 そして、何か言葉を紡ごうとした瞬間――

 

「――〝どこで間違えたのか〟、などというありきたりな言葉を吐くつもりならやめておいた方がいいですよ。私はあなたを慰めるつもりなどありませんし、女々しい言葉を聞くほどに暇でもありません」

「……残酷な人ですね」

「現実的なだけです。私はあなたと違い、誰かを教え、鍛え、導くということができるような人間ではありませんから」

「それは皮肉ですか?」

「ただの体験談です。私のせいで何人も壊しかけたことがありましてね。それ以来、必要以上に教えることには関わらないようにしてきました。デュエル教室も基礎を教えるだけです」

 

 結局、自分はそういう存在なのだと今は自覚している。〝異端〟であり〝異常〟。昔は同種を探したものだが、今ではそれをすることさえなくなった。

 そんな自分が誰かを教えるなど、無理を通り越して不可能だ。

 

「まあ、とにかく。正直あなたの進退になど興味はありませんが。いい大人が容易く諦める姿を見るのは、あまり気持ちのいいものではありませんから」

 

 誰よりも諦めなかった少年を、短い間であれどずっと見てきたから。

 尚更――そう思う。

 

「よく、ゼロからの出発という言葉を聞きますが。あんなものはありえません。今まで歩んできた道、積み上げてきたモノ、壊したモノ、失ったモノ……その全てをなかったことになどできません」

 

 壁から背を離し、澪は言う。

 

「あなたがどういう選択を選ぶかは知りませんし、興味もありませんが。あなたを未だに慕うファンがいることだけはお忘れなきように」

 

 そのまま、振り返ることなく歩いていく。しばらく歩くと、妖花が待っていてくれた。

 

「待たせてしまったか」

「えへへ、大丈夫です」

「なら良かった。……そういえば、海馬社長にもサインをもらうのだったな?」

「はいっ!」

「……どんな顔をするか、楽しみだ」

 

 振り返ることは、しない。

 自らがすべきことは、ここで終わっている。

 後は、誰がどんな選択をするかだけだ。

 

「さて、用が終われば少年のところへ襲撃でもかけようか」

「賛成です!」

 

 祭は終わっても、次の何かが始まるだけ。

 ならば……立ち止まる必要は、どこにもない。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大会は終わった。短いお祭が終われば、後は日常に帰るだけだ。

 

「アタシは新幹線の時間があるから……これで失礼するわ」

「自分もですね。お疲れ様です」

 

 本郷イリア、松山源太郎の二人がそう言って一礼と共にこの場を離れようとする。明日から再びプロリーグの試合が始まるので、本拠地に戻るのだろう。

 

「はい。お疲れ様でした」

「じゃあ、日本シリーズで会おう」

 

 神崎アヤメと響紅葉は、二人に対してそう言葉を返す。明日からは敵同士。互いに高め合う関係になれればと思う。

 ……まあ、自分ではまだまだ実力不足だが。

 二人が部屋を出て行く。それを見送ると、紅葉も立ち上がった。

 

「それじゃあ、僕も家族と約束があるから……失礼するよ」

「明日からの三連戦、よろしくお願いします」

「こちらこそ。……それじゃあ、プロの試合で」

 

 紅葉も部屋を出て行く。一人残されたアヤメは、海馬ドームの特別観戦室で一つ吐息を零した。

 多くの可能性を感じたお祭だった。いい経験になったと思う。

 

「……楽しい大会でした」

 

 ポツリと呟き、コーヒーを啜る。

 自分たちの後に続こうとする後輩たち。彼らの実力を見せてもらった。そういう意味で、非常に有意義だったといえるだろう。

 

「祭の後とは、寂しいものですね……」

 

 観客も去り、静かになった会場を眺める。

 つい先程まで、あの場所で二人のデュエリストが戦っていたというのに――

 

「……収穫もありましたしね」

 

 手元の、スカウトのための資料を一瞥し。

 微笑と共に、神崎アヤメは呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 記者会見の会場はざわめいていた。それはそうだろう。あの海馬瀬人が緊急で記者会見を開くというのだから。

 以前より取材で明らかになっていた、アカデミア本校の問題。夢神祇園――〝ルーキーズ杯〟で一般枠から準優勝にまで上がってきた新星が、不当な退学を受けたという事実。

 その件について、明確な返答はなかった。だが、今日この場でその返答が得られる。

 

「――待たせたな」

 

 その言葉が発せられると同時に、数多のフラッシュが瞬いた。海馬瀬人――KC社の社長と、その弟である木馬が入って来る。

 

「ふぅん……俺も忙しい身だ。単刀直入に言おう」

 

 椅子に座るなり、海馬がそう言葉を紡いだ。記者たちが一斉に口を噤む。

 

「貴様らが一番気になっているのはアカデミア本校の件だろう? その件についてだが、今更積極的に俺が語るようなことはないと言っておく」

 

 ざわめきが広がった。記者の一人が声を上げる。

 

「どういうことですか?」

「わざわざ聞かねば理解できんのか。……まあ、結果だけは告げておこう。今年度限りで鮫島は校長から解任。同時に、倫理委員会も近日中に解散とする」

 

 ざわめきが強くなる。記者たちから次々と質問が飛んだ。

 

「即解任ではないんですか!?」

「不当退学はあったということですか!?」

「責任は誰が取るんですか!?」

 

 怒号のような声が上がる。海馬は一度息を吐くと、ならば、と静かに言葉を発した。

 

「鮫島をこの場で解任したとして、その後始末を誰がやる?」

 

 怒号が響く中で。

 その言葉は、全員の耳に届いた。

 

「貴様らの得意な言葉だ。責任を取って辞任を――それで真に被害を被るのは誰だ? アカデミアの生徒たちだ。貴様らは良いだろう。特に何の被害もない。だが、あの場所には今も学ぼうとする生徒たちがいる。己が犯した失態は己の手で拭う。社会の常識だ」

「し、しかし、問題があったわけで……」

「いつ問題があったと俺が言った? 俺は鮫島の解任と倫理委員会の解散を告げただけだ」

「詭弁ですよ海馬社長!」

「ふぅん、ならば鮫島の後釜になれる素養を持つ者の候補を挙げてみろ。後始末をこなすことも含めてだ。社会人ならば他者を批判する際、その対抗策を述べるのは常識。それさえできん人間はただの無能に過ぎん」

 

 それだけを言うと、海馬は立ち上がった。記者たちが制止の声を上げるが、海馬は立ち止まらない。

 

「――〝ペンは剣よりも強し〟。そう言ったのは貴様らだろう? 貴様らは貴様らのやりたいように記事でも何でも書くがいい。だが、一つだけ言っておく」

 

 海馬が振り返る。その鋭い、殺気さえ称えた瞳に、その場の全員が身を竦ませた。

 

「もし貴様らの手で〝誰か〟の人生が狂わされたとしたら……その時は、覚悟しておけ」

 

 そのまま海馬は部屋を出る。そのまま、木馬、と隣を歩く弟へと声をかけた。

 

「手筈は?」

「へへっ、大丈夫だぜ兄サマ。根回しは終わってる。多分、そこまで騒ぎにならないまま終わるはずだよ」

「ならばいい。これから会議だ。急ぐぞ」

「うん。……なあ、兄サマ」

「なんだ?」

「気に入ったのか、アイツのこと?」

 

 木馬の問いかけ。それに対し、海馬は鼻を鳴らし。

 

「さて、な」

 

 そうとだけ、返答した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 夜。アカデミア・ウエスト校の生徒たちが泊まっているホテルの宴会場は、文字通りの混沌と化していた。

 

 

「いくぞ! パワーボンドを発動! 来い、『サイバー・エンド・ドラゴン』!! 攻撃力8000でダイレクトアタック!!」

「くっ、罠カード『リビングデッドの呼び声』! 更に速攻魔法『収縮』! これでこのターンは――」

「甘い! 速攻魔法『リミッター解除』! サイバーエンドの攻撃力は倍になる!! エターナル・エボリューション・バーストォッ!!」

「うおおおおおおおおおッ!?」

「後攻ワンターン・キルだな。エグい。流石はカイザー」

「東京モンは無茶苦茶すんなぁ……」

「新井さん、このカードなんだけどどうかな?」

「ん? あー、『HERO’S ボンド』か。展開力は上がるけどなぁ……。手札消費が面倒臭いだろソレ。それなら『ヒーロー・アライブ』の方がいいと思うぞ?」

「えー、でもライフコストが重くねぇかなー?」

「ライフなんざ削られなきゃ1でもいいんだよ。お前ドロー運ヤバいくらいいいんだからそれを生かせって」

「うーん」

「藤原千夏です。姉がお世話になっているそうで……」

「ううん。こちらこそ雪乃には世話になっているわ。私は天上院明日香よ」

「フフッ、どうしたのかしら? そんなにしおらしくして……」

「ううっ、また負けたッスー……」

「えへへ~、楽しかったよ~?」

「流石にウエスト校のトップは強いんだな」

「すみません、二条さん。次は自分とデュエルを……」

「うん、いいよ~。えっと……」

「三沢大地です」

「さあ、東西対抗戦第十五戦目! 盛り上がってきたぁ!」

「真打登場や! 十五人目はこの俺、菅原雄太! 曲は美咲ちゃん☆のファーストシングル〝約束〟で!」

「美咲ちゃんを汚すなー!」

「菅原いつの間に演歌以外の歌覚えたん?」

「昨日聴いたんやて」

「え、それで歌えるのあの人?」

 

 

 デュエルをする者、雑談をする者、ステージで何やら始まっている歌唱対決に参加する者……全員が参加しているというわけではないが、三つのアカデミアの生徒たちが混ざり合い、各々の思うように過ごしている。

 

「……遅れて来たのはいいけど、どうしたらいいんだろう……?」

 

 入口のところで壁に背を預けながら、祇園はポツリとそんなことを呟いた。随分と賑やかだ。一週間の間の話を色々と聞いているうちに、こんなことになっているとは。

 

 

「賑やかで楽しいですね!」

「ほらほら妖花ちゃん、もっと食べや~。これ美味しいで?」

「はいっ、ありがとうございます!」

「……餌付け?」

「可愛らしいので良しとしましょう」

 

 

 自分よりも少し前に戻ってきていた妖花は、女生徒たちに囲まれて楽しそうにしている。ああして溶け込める力は、素直に羨ましい。

 少しの勇気があれば、変わるのだろうとは思う。だが……そう容易く変われないのも、現実だ。

 

「ちょっと、風に当たって来ようかな……」

 

 部屋を出る。背中越しに聞こえる喧騒が、どこか遠くの世界の出来事のように思えた。

 特に目的もなく、歩く。ゆっくりと、少しずつ。

 ――そして。

 

「……やぁ、少年」

 

 ロビーの端にある、小さなソファーに座っているその人を見つけた。その人は手に持ったワイングラスを小さく揺らし、微笑んでいる。

 

「暇なら付き合わないか?」

「……未成年ですよね?」

「多少香りがきついだけのジュースだよ」

 

 微笑みながらそう言われては、こちらも深く追求するつもりはない。そもそも言って聞くような相手でもないのだ。

 向かい合う席に座る。それと同時に、なぁ、と澪がこちらへと言葉を紡いできた。

 

「悩んでいるのか、少年?」

「……いえ、それは……」

「誤魔化さなくてもいい。キミはどうも感情が表に出易いようだ。……大方、海馬社長に言われたことだろう?」

 

 ビクリと、体が反応したのが自分でもわかった。思わず相手の顔を見てしまう。澪は微笑んでいた。

 

「ペガサス会長から話は聞いた。まあ、確かに一つの選択肢としてはありだろう。元々、キミは不当に退学となってウエスト校に来た。ならば、元の道に戻るも道理だ」

「……それは、違います。不当でも、何でもなくて」

「不当と世間が決めたのならそれは〝不当〟なんだよ、少年」

「……〝世間〟って、何ですか……?」

「何も知らない身でありながら、何もかもを知っているような風に語る存在だ。厄介なのはそれが多数派の意見であるということだな。民主主義というのはな、少数派の意見を握り潰すという考え方だ」

 

 コトン、という音と共にグラスが机の上に置かれる。澪は、そのまま静かに言葉を紡いだ。

 

「冷静に考えれば――というより、キミの目標であるプロデュエリストというものを目指すことを考えれば、本校に戻るのが一番ではある。総本山だ。高卒でなれずとも、大学を含めいくつものパイプがある。ウエスト校はデュエル方面では流石に本校には劣るのでな」

「でも、僕は拾ってもらった身分です。澪さんにも、迷惑をかけて……」

「私は迷惑などとは思っていない。楽しかったよ、短い間だったがな。ギンジもキミには感謝していた。龍剛寺校長も、キミの友人たちも、紅里くんたちも、子供たちも。誰一人、キミを責めたりはしないさ」

「……ですが」

「まあ、本音を言えば」

 

 祇園の言葉を遮るように。

 澪は、苦笑を交えて言葉を紡いだ。

 

「キミにはウエスト校に残って欲しいとは思う」

「…………」

「だが逆に、ここでキミがいなくなったからといって私たちとの縁が切れるとも思わん。勘違いしないで欲しいのは、少年。誰もキミの不幸など望んでいないし、むしろ幸福を願っているということだ。だから、キミの選択次第だ。どうするかはキミ自身が決めるといい。私を含め、キミを応援する者は大勢いる」

 

 飲み物が切れたか――澪はそう言うと、追加の飲み物を注文した。新たな飲み物が運ばれてくるのを確認し、祇園は澪に問いかける。

 

「どうしたら、いいんでしょうか……?」

「さて、な。私は神様ではないし、人の人生にどうこう言える程に徳を積んだ坊主というわけでもない。ありきたりだが、『キミが選べ』という以外の言葉はないよ」

「……僕は……」

「すぐに答えを出せ、ということでもなかろう? ならば、今は忘れておくといい。これでも飲んで、な」

 

 差し出されるグラス。それを受け取り。

 

「準優勝、おめでとう」

 

 澪のその言葉を聞きながら。

 一気に、それを飲み干した。

 

 ――それは酷く、苦い味がして。

 でも、どこか……嬉しかった。














海馬社長がツッコミどころ多いのは今更ということでどうか一つ。








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