遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
〝ルーキーズ杯〟三日目、準決勝。
十六人のデュエリストから勝ち残ったのは、僅か四人。
全日本ランキング29位、〝アイドルプロ〟桐生美咲。
元全日本チャンプ、〝ヒーロー・マスター〟響紅葉。
アカデミア本校推薦枠、〝ミラクルドロー〟遊城十代。
そして、アカデミア・ウエスト校所属、一般参加――夢神祇園。
当初の予想では上位陣は全てプロデュエリストとなると思われていたこの大会。しかし、蓋を開けてみれば残った半分はアマチュアだ。
遊城十代はわかる。逆転のドローを連続してみせるその豪運は観客を魅了する。一年生でありながら学校を代表する二人のうちの一人として出場しているのも、そういう部分からだろう。アマチュアではあるが、彼のデュエルは人を惹き付ける『何か』があるのだ。
だが、夢神祇園。彼は、本来なら一回戦で消えていてもおかしくないデュエリストのはずだった。
しかし、現実として彼は勝ち上がり、遂に準決勝の舞台に立っている。
それを〝奇跡〟と呼ぶ者もいるだろう。いや、むしろそう感じる者の方が多いのかもしれない。
そしてそれは、過ちでもなんでもない。
〝奇跡〟とは、血の滲むような努力をした者のみが手にすることのできる、〝答え〟なのだから。
◇ ◇ ◇
歓声の声が、廊下にまで響き渡る。
今から行われる準決勝への期待からくる歓声だろう。自分でもこの大会の準決勝の試合はどんな組み合わせでも期待する。
――そう、自分がその準決勝で戦う選手でなければ。
「大丈夫、ですか……?」
不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは一人の少女。
この大会で出会ったエクゾディア使い――防人妖花。
心配そうな表情でこちらを見るその少女に、少しね、と苦笑して少年――夢神祇園は頷いた。
「やっぱり、緊張するから」
「夢神さんも、緊張するんですね」
「こういう大会ではすぐに負けて、人目に触れるようなことはなかったから」
苦笑を返す。ジュニア大会では初戦で敗北し、インターミドルには参加すらできなかった。
そんな自分がこんな大会に出ていることに、改めて違和感を感じる。
「なら私と一緒ですね! 私も初めてでした!」
楽しそうに言う妖花。先程まで悔しさで泣いていたのに、立ち直りの早い少女だ。
祇園はそんな妖花に、うん、と頷きを返す。
「だから、ずっと憧れてたんだ」
遠く、霞むようにしてあった場所。
約束の場所は……もう、すぐそこにある。
「行ってくるね」
「応援してます!」
その言葉に背を押され、祇園は会場へと足を踏み入れる。
納得できないこと、割り切れないこと、未だ、胸の内に燻るものはある。
――けれど、今この瞬間は忘れよう。
『今大会の台風の目! 夢神祇園選手です!』
『この大会が始まった時、一体誰が予想した? アカデミアから推薦されたわけでもなく、それどころか代表選考で敗北し、一般参加枠でどうにか勝ち上がってきた少年が……こうして、勝ち上がってくるなどと』
自分でさえも予想していなかったことだ。出来過ぎているとさえ思う。本来なら、夢神祇園はもっと早くに負けているはずで。
応援席で試合を見ているのが、正しい姿のはずだから。
――けれど。
自分自身でさえ信じていなかったこの結果を、信じてくれていた人がいる。
「信じてたよ、祇園」
先に会場に入っていた少女が、微笑みながらそう言った。うん、と頷きを返す。
「ありがとう」
その言葉に、多くの意味を込めて。
それ以上の言葉は、紡ぐことをしなかった。
「――へへっ。祇園とデュエルするのは久し振りだな」
会場へと歩を進めながらそんな言葉を口にするのは、奇跡の強運を持つ少年。
――遊城十代。
友であり、最大のライバル。
「確か、通算では僕が大きく負け越していたよね」
授業でも、遊びでも。祇園の勝利は圧倒的に少ない。
だが、それでも。
『負ける』と思って戦うことは――ない。
「ああ。けど、デュエルはやってみなくちゃわからないだろ?」
「そうだね。うん、その通りだ」
「俺も、紅葉さんと戦いたい。全力で、悔いのないデュエルをしようぜ!」
「――勿論」
言葉を交わす中、響紅葉も入場してくる。これで、準決勝の四人が揃った。
同時に行われる二つのデュエル。勝者同士が、明日の決勝に出られるのだ。
約束があり、理由があり、誓いがある。
その両肩に、誰もが一つの想いを背負い。
「「「「――決闘(デュエル)!!」」」」
戦いが、始まった。
◇ ◇ ◇
『デュエルが始まりましたね。烏丸プロ、如何ですか?』
『少年と遊城くんのデュエルも楽しみであるが、やはり注目度では美咲くんと紅葉氏の方が上だろうな。『横浜スプラッシャーズ』の先鋒と次鋒。共に手の内は知っていても、戦った経験は一度だけだ』
『対戦経験は……三年前ですか』
『ジュニア大会で優勝した美咲くんと長期療養に入る直前、全日本チャンプになった紅葉氏によるエキシビジョンマッチだな。あの時は流石に紅葉氏がプロの力を見せつけたが……』
『三年の月日でどう変わっているのか注目ですね』
『互いに一筋縄ではいかない実力者だ。期待しよう』
一度瞳を閉じ、改めて目の前に立つ人物を見つめる。
――響紅葉。
元全日本ジュニアチャンプにして、〝ヒーロー・マスター〟とも呼ばれる実力者。病気による長期療養に入る前は、タイトルも確実と言われていた人物。
「先行はウチですね。ドローッ☆」
手札を見る。気合が入っているせいか、手札は十分良かった。
「……正直なことを言えば、最初は美咲さんに譲ろうと思ってたんだ」
どう動くか――そんな風に考えていると、不意に紅葉がそんなことを口にした。思わず眉をひそめるが、紅葉は頷きつつ言葉を続ける。
「彼――夢神くんのことを聞いてね。協力したいとさえ思った。彼だろう? キミがいつも言っていた、〝大切な人〟というのは」
「ええ、そうですよ」
微笑を返す。祇園は大切な人だ。本当に、心からそう思う。
いつからこんな風に想うようになったのかは、わからないけれど――
「彼は凄いよ。この場所に、ボロボロになって、傷だらけになってでも辿り着いた。聞きかじった僕でさえそう思うんだ。きっと、逃げ出していてもおかしくなかったんだと思う」
「……そう、ですね」
「その強さには憧れさえ感じる。……けれど、僕にも譲れない理由ができた」
「十代くん、ですか」
「格好つけさせてもらうなら、師匠と弟子の関係だ。――だから、そう簡単に勝負を捨てるわけにはいかない」
紅葉の纏う雰囲気が大きく変わる。流石に一度は頂点に立った男。容易く捻じ伏せられる相手ではない。
(せやけど、譲れん理由はウチにもある)
だが、それで退くほど弱い覚悟は持っていない。
祇園は必死になって約束を果たそうとしてくれている。なのに、ここで自分が躓くことはできない。
約束は、果たすからこその〝約束〟だ。
「それ聞いて、ウチも覚悟が定まりました」
「それは良かった」
「けど、一つ勘違いしてませんか?」
「ん?」
「――『横浜スプラッシャーズ』の〝エース〟は、このウチや」
三年もの間、ずっと先鋒で戦い続けてきた。その誇りは確かにある。
たとえ相手が全日本チャンプであろうと、負ける気はない。
いいだろう、と紅葉は挑戦的な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「なら、その称号をここで貰うだけだ」
「上等や。――最初から全力や! ウチは手札から永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動! 一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターがいない時、手札から天使族モンスターを特殊召喚できる! さあ、おいでませ! 最強の天使!! 『The splendid VENUS』を特殊召喚!!」
The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400
現れるのは、世界に一枚ずつしか存在しない『プラネット・シリーズ』のカード。そのレアリティ、そして圧倒的な神聖さに、会場が大いに沸く。
「早速、最強の天使の登場か……!」
「言うたでしょ? 最初から全力やて。ウチは手札から『天空の使者ゼラディアス』を捨て、効果発動。デッキから『天空の聖域』を手札に加えます。そしてそのまま発動し、モンスターをセットしてターンエンドや」
周囲の風景が天使たちの楽園へと変わり、美咲の背後には神々が住まう城が聳え立つ。
天使を従え、その居城に住まうのが神ならば。
――その中心に立つ少女は、一体何者なのか。
「僕のターン、ドロー!」
紅葉がカードを引く。彼の強さはチームメイトである美咲が誰よりも知っている。長期療養でブランクこそあるものの、それでも復帰後すぐに最前線で戦える実力は相当なものだ。
実際、横浜でも紅葉が控えていてくれることはかなりプラスになっている。
「僕は手札より魔法カード『増援』を発動! デッキからレベル4以下の戦士族モンスターを手札に加える! 僕は『E・HERO エアーマン』を手札に加え、召喚! 効果により、デッキから『E・HERO フォレストマン』を手札に加える!」
E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300
現れるのは、両肩に扇風機のようなものを背負ったヒーローだ。HEROにおけるエンジンであり、キーカード。
「更に『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に。そして魔法カード『融合』を発動! エアーマンと手札の『E・HERO フォレストマン』を融合! HEROと風属性モンスターの融合により、暴風纏いしHEROが姿を現す! 降臨せよ、『E・HERO Great TORNADO』!!」
E・HERO Great TORNADO☆8風ATK/DEF2800/2200→2300/2200
竜巻を纏い、一人のHEROが現れる。効果発動、と紅葉は言葉を紡いだ。
「このモンスターが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターの攻守を半分にする!」
The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400→1400/1200
ヴィーナスの永続効果によってトルネードの攻撃力も500ポイント減少しているが、半分にまでされてはどうしようもない。
「更に『ミラクル・フュージョン』を発動! フィールド・墓地から素材モンスターを除外し、『E・HERO』を特殊召喚する! 墓地のフォレストマンと沼地の魔神王を除外! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO アブソルートZero』!!」
E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000→2000/2000
現れるは、名実ともに『最強のHERO』と呼ばれるヒーロー。紅葉は、バトル、と宣言した。
「トルネードでヴィーナスへ攻撃!」
「……ッ、破壊されます。せやけど、『天空の聖域』のフィールド効果で天使族モンスターは戦闘ダメージを受けません」
「わかってる。――アブソルートZeroでセットモンスターを攻撃!」
「セットモンスターは『マシュマロン』です! このカードが攻撃によってリバースした時、相手LPに1000ポイントダメージを与えます!」
マシュマロン☆3光ATK/DEF300/500
戦闘で破壊されず、一時期は制限カードにも指定された強力なモンスター『マシュマロン』。バーンダメージも強力なこのモンスターで耐えるつもりだったのだが――
「――手札より、速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! フィールド上のモンスターの攻撃力を400ポイントアップし、効果を無効にする!」
「なっ……!?」
思わずそんな声を漏らしてしまう。効果を無効にされてしまったら――
「これでバーンダメージも、戦闘耐性も消える。……僕はこれでターンエンドだ」
E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000
E・HERO Great TORNADO☆8風ATK/DEF2800/2200
紅葉がターンエンドの宣言をする。互いに一ターンずつのターンが終わり、手札は二枚ずつ。だが、フィールドには大きく差が空いた。
(油断したつもりやなかったけど……流石に強いなぁ)
マシュマロンをここまで容易く除去されるとは。厄介この上ない。
――だが、まあ。
(打つ手はまだいくらでもある。――さあ、いくで皆!!)
デッキトップに手をかけ、そして、宣言する。
「ウチのターン、ドローッ☆」
引いたカードは――『堕天使アスモディウス』。
これなら、まだまだ戦える!
「ウチはヴァルハラの効果を使い、『堕天使アスモディウス』を特殊召喚や!」
堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500
現れる、闇の力を纏う堕天使。光に続き、闇――これが美咲の操る『混沌天使』だ。
「アスモディウスの効果を発動。デッキから『堕天使スペルピア』を墓地へ。そして、バトル。――アスモディウスでトルネードに攻撃!」
「くっ……!」
紅葉LP4000→3800
紅葉のLPが削り取られる。美咲はターンエンド、と言葉を紡いだ。
「アスモディウスか……厄介なカードを」
「相手が『厄介』と思うカードは、総じて強いカードですよ?」
「その通りだ。――僕のターン、ドロー!」
紅葉がカードをドローする。そして、笑みを浮かべた。
「手札より『E・HERO プリズマー』を守備表示で召喚!」
E・HERO プリズマー☆4光ATK/DEF1700/1100
現れるのは、光を反射する身体を持つHEROだ。紅葉は、効果発動、と言葉を紡いだ。
「一ターンに一度、融合デッキの融合モンスターを見せることでそこに記載されるモンスターを一体デッキから墓地に送って発動。プリズマーはエンドフェイズまでそのモンスターとして扱う。僕は『E・HERO フレイムブラスト』を見せ、『E・HERO レディ・オブ・ファイア』を墓地へ」
そして紅葉はZeroを守備表示にすると、ターンエンドと宣言した。時間を稼ぐつもりだろう。
「ウチのターン、ドローッ☆」
手札を見る。……これなら、動ける。
「ウチは手札より魔法カード『トレード・イン』を発動や。レベル8モンスターを一体捨てて、カードを二枚ドローするで。ウチは『マスター・ヒュペリオン』を捨てて二枚ドローや」
カードを引く。……十分な手札だ。これならまだまだ戦える。
「さあ、バトルフェイズや。――アスモディウスでZeroに攻撃!」
「ッ、Zeroの効果発動! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」
「アスモディウスの効果発動!」
戦闘破壊によってトリガーが引かれた、アブソルートZeroの効果。それに対し、真っ向から美咲は挑みかかる。
「このカードが破壊され墓地に送られた時、『アスモトークン』と『ディウストークン』を特殊召喚する! 二体とも攻撃表示で特殊召喚や!」
アスモトークン☆5闇ATK/DEF1800/1300(カード効果では破壊されない)
ディウストークン☆3闇ATKDEF1200/1200(戦闘では破壊されない)
まるで怨念の残滓のように現れる二体のトークン。バトル、と美咲は言葉を紡いだ。
「バトルフェイズ中に特殊召喚したモンスターには攻撃権がある! ディウストークンでプリズマーを攻撃!」
「――ッ、トラップ発動! 『ヒーロー・シグナル』! 自分フィールド上のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の『E・HERO』を特殊召喚できる! 僕はデッキから『E・HERO バブルマン』を特殊召喚! そしてバブルマンの効果! 自分フィールド上にこのカード以外のカードが存在していないため、二枚ドロー!」
紅葉が手札を補充する。だが、美咲には関係ない。
「バブルマンをアスモトークンで攻撃や!」
「破壊される……!」
これで紅葉のフィールドは空だ。美咲はメインフェイズ2、と言葉を紡いだ。
「墓地の光属性モンスター、マシュマロンとゼラディアスを除外し、『神聖なる魂』を特殊召喚」
アスモトークン☆5闇ATK/DEF1800/1300
ディウストークン☆3闇ATKDEF1200/1200
神聖なる魂☆6光ATK/DEF2000/1800
フィールドに並ぶ三体のモンスター。それを示し、いきます、と美咲は言葉を紡いだ。
「アスモトークンとディウストークンを生贄に捧げ――『アテナ』を召喚!!」
アテナ☆7光ATK/DEF2600/800
現れたのは、盾を持つ美しい純白の天使だ。その神々しさに、会場が一瞬言葉を失う。
ただ、紅葉だけが苦い表情をしていた。
「アテナの効果発動。一ターンに一度、アテナ以外の天使族モンスターを墓地に送ることで墓地から天使族モンスターを一体蘇生できる。ウチは『神聖なる魂』を墓地に送り、『堕天使スペルピア』を蘇生!」
堕天使スペルピア☆8闇2900/2400
現れる、新たな堕天使。禍々しき力が、地の底より闇となって溢れ出る。
「更にスペルピアの効果。このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、墓地の天使族モンスターを一体蘇生できる。――甦れ、最強の天使! 『The splendid VENUS』!!」
The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/2400
再び蘇るは、最強の天使。会場が大いに沸いた。
三体の最上級モンスター。しかも、これだけでは終わらないのだ。
「アテナの効果発動。天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚される度、相手LPに600ポイントダメージを与える。今回は二体分――1200ポイントのダメージや!」
「くうっ……!?」
紅葉LP3800→2600
LPが削り取られる紅葉。アテナ――バーン効果と、それを任意で発動させることも可能な効果を同時に持つ強力な天使。長くフィールドに居座れば居座るほど、その力は猛威を振るう。
そして、気付いているだろうか。美咲のLPは、未だ4000。
その派手な攻撃力にばかり目が行くが、彼女の本質はそこではない。
桐生美咲。彼女のデュエリストとしての本質とは――
『恐ろしいコンボですね。『アテナ』と『堕天使スペルピア』ですか……』
『放置すればスペルピアを生贄にまたスペルピアを蘇生し、更に天使を蘇生するという悪夢のようなことが行われる。恐ろしいことこの上ない』
『響プロはどう出るのでしょうか』
『紅葉氏も黙ってはいないだろうが……それよりも、美咲くんの性質が如実に出たデュエルと言える。派手な展開、上級モンスターの連続で気付き難いが、彼女の本質は何よりも『防御』にこそある』
『守り、ですか?』
『戦闘ダメージを消す『天空の聖域』に始まり、『マシュマロン』など天使族モンスターには戦闘耐性を持つモンスターが多い。そして、単純に強力な上級モンスターの連打……彼女のLPを削るのは至難の業だぞ』
混沌天使の神髄は、展開でも破壊力でも攻撃力でもない。
純粋な、容易くは突破し切れない防御力。
「ウチはこれでターンエンドです」
三体の天使を従えて。
桐生美咲は、凛とした声でそう告げた。
◇ ◇ ◇
遊城十代。ドロップアウトボーイと呼ばれる彼は、アカデミア本校における『落第生』の寮――オシリス・レッドの寮に所属している。
それだけを聞くと実力も大したことがないように思えるが、筆記はともかく実技における実力は凄まじい。
技術指導最高責任者であり、プロ並の実力を持つとされるクロノス・デ・メディチに入学試験で勝利し、更にアカデミアにおける実技授業では驚異の勝率九割越えを記録している。
その彼を支えるのは、〝ミラクルドロー〟と〝祿王〟が評するそのドロー力。
どんな状況であろうと、たった一枚のドローから逆転にまで繋げてしまうその力こそが〝強さ〟の理由。
(そして……十代くんは、誰よりもデュエルを楽しんでる)
常に笑顔を浮かべ、心の底からデュエルを楽しむ姿。
神様という存在がいるのであれば、彼のそういう姿に心惹かれているのだろう。
(憧れるなぁ……十代くんにも、宗達くんにも)
自分自身の力に自信が持てない祇園にとって、常に自身の力に誇りを持って戦う二人は憧れる存在だ。
けれど、憧れるだけでは駄目だ。
勝たなければならない。〝勝利〟の意味とその価値は、敗北の日々で学んだのだから。
「僕の先行、ドロー!」
カードを引く。相手は十代だ。おそらく、常に最善の手を打ってくる。
なら、こちらも最善の手を打つだけだ。
「僕はモンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンドだよ」
「慎重だな祇園」
笑みを浮かべ、十代が問いかけてきた。うん、と祇園は頷きを返す。
「細心の注意を払って、全力で突き進む。そうしないと十代くんには勝てないから」
「へへっ、そう言ってくれると嬉しいぜ。――俺のターン、ドロー!」
十代が手札を引く。そしてそのまま、いくぜ、と言葉を紡いだ。
「俺は手札より『E・HERO エアーマン』を召喚! 効果発動! 召喚・特殊召喚成功時、デッキから『HERO』を一体手札に加える! 俺は『E・HERO フェザーマン』を手札に加えるぜ!」
E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300
HEROにおけるエンジンであり、唯一の制限カード。
その制限カードをこうも容易く初手で引いてくるのだから、やはり十代の引きは凄まじい。
「いくぜ、バトル! エアーマンでセットモンスターに攻撃!」
「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』だ! リバース効果でフィールド上のカードを一枚破壊し、その後デッキトップからカードを三枚墓地へ送る! エアーマンを破壊!」
「くっ……!?」
ライトロード・ハンター ライコウ☆2光ATK/DEF200/100
落ちたカード→エクリプス・ワイバーン、大嵐、死者転生
良いカードが落ちたとは言い切れないが……エクリプス・ワイバーンはありがたい。
「『エクリプス・ワイバーン』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、デッキからレベル7以上の光、もしくは闇属性のドラゴンを一体除外! そしてこのカードが除外された時、除外したカードを手札に加える! 僕は『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外!」
エアーマンがHEROのエンジンなら、レッドアイズはドラゴンにおける起点だ。
「くっ……、俺はメインフェイズ2に入るぜ。手札から『沼地の魔神王』を捨て、デッキから『融合』を手札に加える。そして発動! 手札の『E・HERO ネクロダークマン』と『E・HERO アイスエッジ』で融合! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す! 来い、『E・HERO アブソルートZero』!」
E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000
現れたのは、極冷の力を纏うHEROだ。『最強』とも呼ばれるHEROの登場に、祇園は僅かに眉をひそめる。
「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」
「僕のターン、ドロー!」
アブソルートZero――迂闊に破壊すればこちらの被害が凄まじいことになる。だが、どうにかしなければ進むこともできない。
――ならば。
「僕は墓地の光属性モンスター『エクリプス・ワイバーン』を除外し、手札から『暗黒竜コラプサーペント』を特殊召喚!」
暗黒竜コラプサーペント☆4闇ATK/DEF1800/1700
現れたのは、一体の漆黒のドラゴンだ。おお、と十代が目を輝かせる。祇園は言葉を続けた。
「コラプサーペントは墓地の光属性モンスターを除外することでのみ特殊召喚でき、通常召喚はできない。更に、この効果での特殊召喚は一ターンに一度だけできる。そしてエクリプス・ワイバーンが除外されたことにより、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を手札へ。そしてコプラサーペントを除外し――手札から『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を特殊召喚!!」
レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400
現れるは、漆黒の光を纏う真紅眼の黒竜。その威容に、会場が大きく湧いた。
「凄ぇ! やっぱり祇園は凄ぇな!」
「ありがとう。でも、まだおわりじゃないよ。――手札より魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地へ送る。僕は『ライトパルサー・ドラゴン』を墓地へ送り、レッドアイズの効果を発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴンを特殊召喚する! 甦れ、『ライトパルサー・ドラゴン』!!」
ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000
次いで現れるは、胸に球体を宿す純白の竜。十代が更に目を輝かせた。
「マジかよ! くぅーっ、やっぱ祇園とのデュエルは面白いぜ!」
「ありがとう。――バトルだ、レッドアイズでZeroを攻撃!」
「ぐっ、その瞬間罠カード発動! 『ヒーロー・シグナル』! モンスターが戦闘で破壊された時、デッキからレベル4以下のHEROを特殊召喚する! 俺は『E・HERO バブルマン』を特殊召喚し、効果発動! このカードの召喚・特殊召喚成功時に自分フィールド上にカードがない時、二枚ドロー出来る! 二枚ドロー!」
E・HERO バブルマン☆4水ATK/DEF800/1200
十代LP4000→3700
LPこそ減ったものの、手札補充はきっちりとこなしてくる十代。しかも、ここではまだ終わらない。
「そしてアブソルートZeroの効果! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」
氷結し、二体のドラゴンが崩壊する。だが、これで終わるほど竜たちは弱くない。
「ライトパルサー・ドラゴンの効果! このカードが破壊され墓地へ送られた時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴンを一体蘇生する! レッドアイズを蘇生!」
同時に破壊するだけならば、レッドアイズが残ってしまう。二体が揃った時の圧倒的なスタミナと立て直しの早さ。それこそが『カオスドラゴン』の強さ。
――しかし。
「甘いぜ祇園! 俺は手札からライトパルサー・ドラゴンの効果にチェーンして『D.D.クロウ』を発動! このカードを捨て、相手の墓地のカードを一枚除外する! レッドアイズを除外だ!」
「…………ッ!」
一羽の烏が飛翔し、祇園のデュエルディスクに一撃を加えた。その結果、レッドアイズが除外される。
笑みを浮かべる十代。だが、その表情は次の瞬間に凍りつくこととなる。
レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400
祇園のフィールドにいたのは、除外したはずの漆黒の竜が咆哮を上げて降臨していた。
どうして、という十代の言葉に、祇園はリバースカードを持って答える。
「永続罠『闇次元の開放』。ゲームから除外されている闇属性モンスターを一体、特殊召喚する。このカードが破壊された時、特殊召喚したそのモンスターを破壊して除外するけど……そんなことは関係ない」
レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンは強力なカードだ。それ故に破壊されるどころか除外されるリスクは常にある。それを避けるための手段の一つが、これ。
「そして、バトルフェイズ中に特殊召喚したモンスターには攻撃権がある。――レッドアイズでバブルマンを攻撃!」
「ぐうっ……!?」
LPにダメージはないが、十代の場はこれで空になった。祇園はカードを一枚伏せ、手を進める。
「レッドアイズの効果で、ライトパルサー・ドラゴンを蘇生。カードを一枚伏せ、ターンエンド」
一瞬の攻防。それを制したのは、ひとまず祇園。
「……色々、考えたんだ。今のはその答えの一つ。勝つために考えた方法だよ」
十代と自分の実力の差はわかっている。だが、それでも勝ちたいと――勝つと、そう決めたなら。
自分に出来得る全てを懸け、挑むだけだ。
「へへっ、そっか。けどな、祇園。――勝ちたいのはお前だけじゃない! 俺のターン、ドロー!」
十代の手札は今のドローで四枚。対し、祇園の手札は二枚。
だが、十代のフィールドはがら空きだ。どうするつもりか――
「俺は手札より魔法カード『融合回収』を発動! 墓地から融合素材となったモンスターを一体と、『融合』を手札に加えるぜ! 俺は『E・HERO アイスエッジ』と『融合』を手札に加え、そのまま『融合』を発動! 『E・HERO フェザーマン』と『E・HERO バーストレディ』を融合し、来い、マイフェイバリット・ヒーロー!! 『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」
E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200
現れるのは、十代が最も大切にする竜頭の腕を持つHEROだ。十代が笑みを浮かべる。
「更に魔法カード『貪欲な壺』を発動するぜ。墓地のエアーマン、バブルマン、アブソルートZero、沼地の魔神王、D.D.クロウをデッキに戻し、二枚ドロー!」
そしてここタイミングでこのドロー加速。相変わらず凄まじい。
「そして墓地の『E・HERO ネクロダークマン』の効果! このカードが墓地にある時、一度だけ『E・HERO』を生贄なしで召喚できる! 『E・HERO エッジマン』を召喚!」
E・HERO エッジマン☆7ATK/DEF2600/1800
現れるは、金色の装甲を持つHERO。二体の大型HEROが、祇園の混沌の二竜と向かい合う。
「でも、エッジマンもフレイムウイングマンもレッドアイズには勝てないよ?」
「へへっ、焦るなよ祇園。HEROにはHEROの戦うべき舞台がある! フィールド魔法発動! 『摩天楼―スカイスクレイパー―』!!」
紡がれるのは、アメコミの世界のようなビルに溢れた世界。その遥か上空に、二体のHEROが佇んでいる。
「スカイスクレイパーは、HEROが攻撃する時、相手の攻撃力よりも劣っていればダメージ計算時のみ攻撃力が1000ポイントアップさせる!」
「…………ッ!」
「いくぜ、エッジマンでライトパルサー・ドラゴンに攻撃!」
祇園LP4000→3900
エッジマンの方が攻撃力は上のため、スカイクレイパーの効果は発動しない。だが……本番はここからだ。
「いくぜ、フレイム・ウイングマンでレッドアイズに攻撃!」
「くっ、レッドアイズ……!」
フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200→3100/2100
レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400
最強のレッドアイズも、攻撃力3100にまで跳ね上がったHEROには勝てない。その焔と蹴撃により、粉砕される。
「――そして、フレイム・ウイングマンの効果発動! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、その攻撃力分のダメージを相手に与える! フレイム・シュート!!」
「――――ッ!!」
祇園LP3900→3600→800
一気に削り取られる祇園のLP。へへっ、と十代が笑った。
「どうだ祇園! これが俺のデュエルだぜ!」
「あはは、やっぱり強いなぁ……」
思わず苦笑してしまう。引くべきカードを、引くべき時に引く。それこそが十代の強さ。
本当に、凄まじいドロー運だ。
「俺はこれでターンエンドだ」
ドロー運で十代に勝てるとは思っていない。そういうレベルの相手ではないのだ。
だが、それで諦めはしない。戦うことは――まだできる!!
「僕のターン、ドロー!!」
可能性のために。
祇園は、力を込めて宣言した。
◇ ◇ ◇
―デュエル途中経過―
・桐生美咲 LP4000
手札:一枚
『フィールド』
アテナ☆7光ATK/DEF2600/800
堕天使スペルピア☆8闇2900/240
The splendid VENUS☆8光ATK/DEF2800/24000
『魔法・罠』
天空の聖域(フィールド魔法)、神の居城―ヴァルハラ
VS
・響紅葉 LP2600
手札:三枚
『フィールド』
なし
『魔法・罠』
なし
夢神祇園 LP800
手札:三枚
『フィールド』
なし
『魔法・罠』
伏せカード:一枚
VS
遊城十代 LP3700
手札:二枚
『フィールド』
E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200
E・HERO エッジマン☆7ATK/DEF2600/1800
『魔法・罠』
摩天楼―スカイスクレイパー―(フィールド魔法)
ルーキーズ杯、準決勝。
勝者は、二人。
それぞれの想いを乗せ、デュエルは更に加速する。
というわけで、気付けばお気に入りも凄く増えて、驚くやら何やらです。
準決勝は次回で終了。そして、いよいよ決勝です。
誰もが約束を抱く中、その約束を叶えるのは誰なのか。見守って頂けると幸いです