遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
防人妖花にとっての『世界』は、生まれ育った小さな村だけだった。
同年代の子供はおらず、祖父や祖母を中心に老人ばかりの場所。学校というのも名前は知っていても通ったことはなく、勉強を教えてくれたのは一番年が近い女性――それでも二十の後半だったが――だが、東京に来て、あの村が本当に小さな世界だったと思い知らされた。
そのことをこちらでの保護者であるペガサスと澪に言うと、二人共苦笑して「東京と比べるモノじゃない」と言っていたが……それでも凄いと思う。
正直、この大会に出る話を貰った時は断るつもりだった。祖父や祖母、村の人たちは応援してくれたが、ルールこそ知っていてもまともにデュエルをしたことのない自分では活躍できないと思ったのだ。
実際、初めてのデュエルでは烏丸澪に完敗し、余計に強くそう思った。
――けれど。
「頑張れ~、妖花ちゃん!」
「夢神くんに続いて準決勝進出や!」
「応援しとるで!」
出会ったばかりの人たちが、応援してくれていて。
勝ちたいと思う自分がいることに、気付いた。
「はいっ!」
頭を下げ、会場に向かう。相手は〝アイドルプロ〟桐生美咲。テレビで何度も何度も見てきた。見ていない試合はないくらいに。
毎試合違うデッキで戦う彼女の姿を楽しみにしていたし、『デュエル講座』も毎回見ている。
雲の上の存在だった。テレビの前に座って、眺めているだけの自分には。
「桐生プロかぁ……」
しかし、どういう偶然と幸運か。こうして向かい合うことになって。
緊張もするし、委縮もする。しかし、こんなのは本当に奇跡のようなこと。
ならば、楽しまなければ損だ。
〝妖花ガールには、精一杯楽しんで欲しいデース〟
試合の前日、電話越しにペガサスから言われた言葉だ。残念ながら多忙故に初日と準決勝以降にしか来られないという話だが、ここに連れて来てもらった恩を返したい。
返せる何かを持っているわけではない。ならば、彼が言ったように精一杯楽しむ。
それが、一番の恩返しだ。
『…………』
不意に何かが背中に触れた。振り返ると、そこにいたのは三つ目を持ったモンスター。
『クリッター』と呼ばれる、初期の頃からDMに存在していたモンスターだ。
「ごめんね、デッキに入れてあげられなくて」
その体を持ち上げる。大きさから両手で抱え上げなければならないが、まあ問題ない。
非常に柔らかい感触だ。久し振りの感触でもある。東京に――いや、ペガサスたちが来てからはあまり表に出て来てくれなくなったから。
クリッターを抱えながら会場へと向かう。時々見かける人達は、自分の格好を見て首を傾げていた。村の時からわかっていたが、『皆』は普通の人には見えないらしいし触れないらしい。
まあ、だからどうということでもないのだろうが――
「お、偶然やね」
不意に横手の通路からそんな風に声をかけられた。見れば、美咲が笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「あ、き、桐生プロ!? あ、あの、その」
「あはは、そう緊張せんと。一緒に行こか?」
「は、はい!」
頷く。美咲が微笑を零した。
「せやけど、面白い体勢やね」
「あ、す、すみません!…………ごめん、降ろすね?」
小声で耳打ちする。三つ目が首を傾げるようにこちらを見た。
それを頷きと受け取り、降ろそうとする。だが、美咲がそれを押し留めた。
「ああ、気にせんでええよ。ただ、普通は見えへんからそういう人の前では気を付けた方がええかもわからへんなぁ」
クスクスと笑いながらそんなことを言う美咲。妖花は思わず問いかけた。
「え、あ、み、見えてるんですか……?」
その問いかけに、美咲は静かな微笑を浮かべて言葉を紡ぐ。
「妖花ちゃんみたいに触れるわけやないけどな。十代くんも流石に普段は触れはせんみたいやし、やっぱり面白いなぁ。〝ミラクル・ガール〟――〝奇跡の少女〟。……ふふっ、お先に」
楽しみにしとるで――そう言いつつ、美咲は先に会場へと入っていった。その傍らに、妖花は小柄な少女の姿を見つける。
背中に白い翼を背負った、蒼い髪の幼い天使。
だが、今まで妖花が見てきた『皆』とは大きく違い、その姿は曖昧でぼやけている。
何故だろう、と首を傾げた瞬間、抱えていたクリッターが身をよじるようにして動いた。
『…………』
三つの目が自分を見上げている。妖花は、うん、と頷いた。
「頑張るよ!」
その表情に、満面の笑顔を宿し。
防人妖花も、会場へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
会場に足を踏み入れると、大歓声が体を叩いた。かつては心臓が裂けるのではないかと思うこともあったが、今では随分と慣れて緊張というものを覚えなくなった。三年間の経験値は、間違いなくこの身に染み込んでいる。
『今大会の大本命! 優勝候補筆頭、〝アイドルプロ〟桐生美咲選手です!』
『〝アイドル〟と名乗るデュエリストにはファッション感覚でデュエルをする者も多く、実力が伴っていない者も多いが……美咲くんの場合は別だ。その実力に偽りはない』
『〝ルーキーズ杯〟開催直前の時点で、全日本ランキング29位。世界ランクも100位以内に名を刻む一線級のデュエリストですからね』
『まともに勝ち星の一つも挙げられずに消えていくプロが多い中、『最年少』と『アイドル』という二つの看板を背負い続けてきたのが美咲くんだ。その精神力は伊達ではない』
『昨日の試合は印象が強いです。……また、先にベスト4進出を決めている夢神選手と桐生プロは古くからの知り合いという情報も来ていますね』
『そうらしいな。……きっと、互いに何か思うことはあるのだろう。その想いの一端でも、見ることができればいいが』
解説席の言葉に耳を傾ける。好き勝手に言ってくれるものだ。まあ、間違っていないが。
(祇園とのことは澪さんも知っとるくせに)
全国放送で言うようなことではないので仕方がないといえばそれまでだが。……まあ、祇園は先に準決勝進出を決めた。追いつかなければならない。
祇園の後を追う――初めてかもしれないそれに、思わず笑みが零れる。本当に、強くなった。
あの日、初めて見た時はこんな風に思わなかったのに――……
『そして今大会における超新星! 〝ミラクル・ガール〟とかのペガサス会長に言わしめる防人妖花選手です!』
『豪運もそうだが、エクゾディアをあそこまで使いこなす実力には驚きだな』
『昨日の試合により、防人選手は日本の公式戦においては五人目のエクゾディアを揃えた選手となりました』
『今日も見れるのか……期待したいところだ』
妖花が会場へと入って来る。流石にもう抱えることはしていないようだ。
「あ、あの、先程はすみませんでした……」
「ええよー、そんなん。多分、寂しかったんちゃうかな? 禁止カードになってしもたし」
「はい……昔から、一緒にいたんですが……」
「あはは、成程なぁ。ウチもよー世話になったよ。……さて、そろそろ始めよか」
デュエルディスクを構える。妖花も、はい、と頷いた。
「「――決闘(デュエル)!!」」
大歓声の中、最後のベスト4の椅子を賭けたデュエルが始まった。
◇ ◇ ◇
テレビから聞こえてくる歓声を聞きながら、しかし、画面へと視線を向けることはできなかった。
ここはホテルの一室だ。ビジネスホテルではなく、シティホテル。一人部屋とは思えないほどの広さがあり、特に窮屈に思うことはない。十二分に快適だ。
部屋から出ることができないことを除けば、特に問題はない。実際、その辺りで憂慮してはいないのが現状だ。
『準決勝への最後の椅子を手にするのはどちらでしょうか』
『しかし、驚きだな。準決勝は良くて一人、アマチュアから勝ち上がれる可能性がある程度と思っていたが……アカデミア本校とウエスト校から一人ずつ、しかも一年生が勝ち上がるとは』
『本当に驚きですね。特に夢神選手は一般枠。あの過酷な予選を勝ち抜いてきたわけですから』
『それを聞くと所謂〝天才〟の類にも思えるが、少年の場合はそう感じないのが面白いところだ。〝天才〟という呼称はむしろ、遊城くんに相応しい』
『素晴らしいドロー力でしたからね』
『才能の一言で片づけるの容易いが……それ以外にも理由があるのだろう。いずれにせよ、楽しみだ』
アカデミア――その名称に、思わず体が震えた。そして、恐る恐る顔を上げる。
画面の中心に映し出されているのは、試合を始めたばかりの桐生美咲と防人妖花の二人。だが、画面の端には準決勝進出を決めた三人の名前が載っている。
響紅葉。
遊城十代。
そして――夢神祇園。
自分が切り捨てた、アカデミア本校のレッド生。
「…………」
無言で息を吐く。どうしてこんな事になってしまったのか。
あの時の判断は間違っていなかったはずだ。今までと同じように判断を下したはずで、それで間違いは起こらなかった。
退学者を出したこと自体、随分と久し振りのことだったのは間違いない。『制裁デュエル』といっても余程のことがなければ退学にする必要性もなく、結局退学は免除するようにしてきた。
しかし、あの日は。
(オーナーが来られた時に、私は……)
詰め寄られ、退学の決定を覆すことをしなかった。それはある意味で当然だ。倫理委員会で決まった決定をそう簡単に覆していては、信用に関わる。自分は結局、雇われた側の人間なのだ。
――しかし、その退学がきっかけでバッシングが始まった。
今はまだ、KC社の影響力で週刊誌が取り上げている程度だが……いずれ大衆が知ることになるだろう。そうなった時、責任は全て自分に降りかかる。
それは明らかな破滅の道。〝マスター〟の名も、〝サイバー流〟の名も地に堕ちる。
今更自分の名誉など取り返せると思っていない。しかし、サイバー流だけは。愛し、大切に想うものだけは――
コンコン。
不意に、ノックの音が響き渡った。外ではSPが護衛の名目で自分を監視している。何か用だろうか――入っていい旨を伝えると、ドアがゆっくりと開いた。
そして、そこから入って来た人物に、思わず呟きを漏らす。
「……亮」
「……お久し振りです、師範」
元々からクールな性格ということもあり、あまり笑顔を浮かべることのない弟子――丸藤亮が、沈痛な面持ちでそう言葉を紡いだ。その亮に対し、どうしたのです、と言葉を紡ぐ。
「ルーキーズ杯……応援はよろしいのですか?」
「師範こそ、遊城十代はアカデミア本校の代表です。会場に行かなくてもいいのですか」
「行きたくとも、今の私は行くことが許されない身の上ですから」
肩を竦める。そうですか、と亮は静かに頷いた。相変わらず笑みの一つもなく、表情は硬い。
「……夢神は、準決勝に進みましたね」
少しの沈黙が流れた後、不意に亮がそう切り出した。ええ、と頷く。
「驚きました。まさか、ここまで活躍するとは」
「……夢神は強いです。確かにその戦術には未熟な部分が多く、負けることも多いでしょう。しかし、夢神には諦めない強さがあります。ここまでの二試合を見て、俺は思い出しました。師範、あなたがどうしようもないほどに弱かった昔の俺にくれた言葉を」
その時の亮の表情は、複雑な感情を宿したものだった。
尊敬と、嫌悪と、称賛と、侮蔑と……そして何より、捨てきれない『情』が込められている。
「――〝諦観の先に、未来はない〟」
それは、かつて弟子たちへと紡いだ言葉。
幾度となく敗北し、同時にそれ以上の数の勝利を得てきた〝マスター〟だからこそ紡げた言葉。
「俺はその言葉を理解しているつもりでした。最後まで諦めない――そんなものは当たり前だと。しかし、昨日、防人とのデュエルで俺は諦めた。諦めてしまった。勝てないと、抗うことさえしなかった」
防人妖花――日本史上五人目の〝エクゾディア〟を揃えたデュエリスト。
サイバー流にとってエクゾディアは邪道だ。そうなるよう、教えてきた。
――だが、それでも。
丸藤亮が敗北し、サイバー流が敗北したのは……事実。
「しかし、夢神はあの海馬瀬人を相手に敗北が決定した中でも諦めることをしませんでした。それどころか、退学になり、身一つでウエスト校へ転入し……あの過酷な予選を突破して勝ち上がってきた。あの姿こそが、『諦めない』ということだと俺は知りました」
不屈の心。諦めない心。
傍目からは無様に見えても、それでも夢神祇園は諦めなかった。
「何故ですか、師範。何故、夢神を退学にしたのです? あなたの教えである『諦めない』ということを、誰よりも体現していたのは夢神だ。――あの言葉は、嘘だったのですか!?」
耐えかねたように、亮は叫んだ。その瞳を、静かに見据える。
(……良い目です。少し見ないうちに、変わったようですね)
その変化がいいものであるか、そうでないかはわからない。
ただ……それを否定しようと思わない自分がいることも、確かだった。
「……亮。『信用』という言葉は、どうやって生まれると思いますか?」
その問いかけに、亮は眉をひそめた。それを意識の隅に置きつつ、言葉を続ける。
「よく、信頼という言葉を耳にしますが……大人の世界では真の意味で信頼する相手などほとんどいません。信じ、頼る――どんな言葉で取り繕うとも結局は自身の力で道を切り開くしかない現実の前に、そんな世迷い事は許されません」
「…………」
「しかし、一人では限界があるのも事実です。そこで生まれるのが『信用』という言葉。信じ、用いられる――あるいは、用いる。結局のところ、それが全てです」
誰かに頼るのではなく、誰かを用いる。あるいは、用いられる。
人というのは脆弱な生き物だ。一人では何もできないのに、人を頼ることも満足にできない。否、できなくなっていると言うべきか。
不用意に人に頼れば、痛い目に遭うのは自分だ。
故に、信頼ではなく信用。
そんなことしか、できない。
「とはいえ、信用さえあれば大抵のことはどうにかなります。私が校長を任されていたのも、その信用があったからこそですから」
「……師範」
「それももう終わりでしょうが……まあ、そういう運命だったとして諦めるつもりです」
視線をテーブルへと向ける。そこにあるのは、一通の封筒。
『辞表』と書かれた、一つの答え。
「辞めるおつもりですか」
「信用を失った以上、続けることは難しいですから。オーナーは遊城くんが準決勝まで進むなら手腕を評価すると仰られましたが……信用を失ってしまった以上、長くは続きません」
「夢神の、件ですか」
「それが最大の失敗でした。他にも理由はありますが……彼を退学にしたこと。信用を得るためにしたそれが、結果として信用を失うことになった。ままらないものです」
息を吐く。結局はそういうことだ。取り返しのつかないことであり、今更取り返そうとも思わない。
「信用とは、約束の履行を積み重ねることで生まれます。私はこれまで、『オーナーが望む結果をもたらす』という『約束』を果たし続けてきました。夢神くんを退学にしたのも、倫理委員会で定められた決定だったからこそ。一度取り決めたことを反古にしていては、信用を失いますから」
結果として、その判断が全ての過ちだったということだ。……とはいえ、海馬もその辺りのことは理解している。だからこそのあの条件だった。
しかし、状況はそれを許さない。
――夢神祇園。
実力がないとして退学にしたその少年は、ルーキーズ杯で台風の目となりつつある。アカデミアの推薦を受ける生徒が強いのは当たり前であり、プロなど言わずもがな。ジュニア大会のトップ二人にペガサス会長の秘蔵っ子。一般枠という名目ながら、〝アマチュア最強〟を謳われる大学生。
そんな者たちの中で、文字通りの『一般代表』として出場した少年。その少年は、誰もが予想しなかった結果を世に示す。
ジュニア大会の準優勝者を倒し、昨年の『新人王』を倒した。ギリギリで、それこそどうにか掴んだ勝利ではあったが……そうであったとしても、勝利は勝利だ。
「あなたも、もう自由にしなさい。……先日の代表戦。あれは、決別の言葉だったのでしょう?」
「そのつもりです」
「ならば、自分の道を進みなさい。この大会が終われば、私と倫理委員会は大いにバッシングを受けることになるでしょう。アカデミアにできるだけ火の粉が飛ばないようにするつもりですが……プロを目指すあなたが、プロになる前に不要な傷を持つべきではありません」
考えを違えたとはいえ、弟子だ。その将来を案じる気持ちはある。
亮は、わかりました、と頷いた。そして。
「師範。――最後に、あなたに鍛え上げられた俺の力を見てください」
デュエルディスクを取り出しながら、そんなことを言い出した。いいのですか、と問う。
「私のことを、師範などと呼んで」
「道は違えど、あなたを慕い、信じた俺は確かにいます」
その言葉を受け、自身の口元に笑みが浮かんだのがわかった。デッキを取り出し、今はもう旧型になってしまった現役時代のデュエルディスクを取り出す。
デッキもデュエルディスクも持ち歩いていることに、少し苦笑が漏れた。
自分は、未だに未練があるのだろうか――……
「いいでしょう。――これが、最後の教えです」
デュエルディスクを構える。正面に立つのは、酷く大きくなった……一人の弟子。
決闘、と、互いに静かに言葉を紡ぎ。
――それと時を同じくして、テレビの中の試合が始まった。
◇ ◇ ◇
大歓声が体を叩く。昨日も思ったが、やはり東京というのは人が凄く多い。テレビの中で行われていたプロの試合と、それを見守る大観衆。それは嘘でもなんでもなく、現実に存在していた。
凄い、という感想しか出て来ない。貧相な感想だが、それ以外言葉が見つからないのだから仕方がない。
「さあ、妖花ちゃんのターンやで?」
「は、はい! ど、ドロー!」
どうやら呆けていたらしく、美咲に促されるままカードをドローする。先行はこちらだ。正直、デッキのコンセプト的には先行であることはありがたい。
手札を見る。……悪くはない。いつも通りの動き方をすれば、どうにかできる。
「手札より魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。デッキトップのカードを三枚捲り、そのうちの一枚を手札に加えます。一ターンに一度しか使えず、このカードを使用したターンは特殊召喚ができません」
デメリットはあるが、そもそも特殊召喚は『金華猫』ぐらいしかないのが妖花のデッキである。そうでなくても多くのデッキに採用されることもあり、優秀なカードだ。
捲れたカード→封印されし者の右腕、強欲で謙虚な壺、強欲な瓶
『エクゾディア』関連のカードが見えたことにより、歓声が上がる。澪が言っていたことはこれだったのだろうと昨日の試合で理解した。
妖花としてはエクゾディアは珍しいものではない。逆に言うと『これしか知らない』のだから当然だ。故に会場が湧くことについては理解し難い部分があるのだが……それはまた別の話。
「私は『強欲で謙虚な壺』を手札に加えます。そして、『ミスティック・パイパー』を召喚」
ミスティック・パイパー☆1ATK/DEF0/0
笛を吹いたピエロが現れる。そのピエロはこちらへ振り向くと、ウインクをしてきた。それに頷きを返し、効果発動、と宣言する。
「このカードを生贄に捧げ、カードを一枚ドローします。そのカードがレベル1モンスターだった時、カードをもう一枚ドロー。……『ミスティック・パイパー』です、もう一枚ドロー」
完璧な回転だ。今日は『皆』の機嫌がいいこともあって、良く回ってくれている。
「私はカードを五枚伏せて、ターンエンドです」
フィールド上に現れる五枚の伏せカード。会場が再び湧いた。
『昨日に引き続き、防人選手は五伏せです』
『チェーンを組むことで真価を発揮する『積み上げる幸福』がある以上、当然だろう。先行でこれをやられると厳しいものがあるが……さて、美咲くんはどうするつもりだろうな』
『昨日の試合を見る限り、普通の方法では突破できませんからね……』
『だからこそ、期待もする。……さて、美咲くんのターンだ』
聞こえてくる解説の声。全く以てその通りだ。昨日、ウエスト校の人たちには『勝つ方法がわからない』と言われたが、慣れられれば普通に負けるだろう。そもそも『初手にエクゾディアのパーツがあると事故になる』というデッキだ。負ける時は本当にどうにもならないままに負けてしまう。
「ほな、ウチのターンやね。――ドローッ☆」
テレビで何度も見た、美咲のドローの仕草に思わず拳を握り締める。歳は三、四程度しか違わないはずなのに、纏う雰囲気が全く違う。
(やっぱり可愛いです……)
思わず息を吐く。〝アイドル〟の名に恥じない可愛さ……本当に憧れる。
「むー、手札があんまり良くないなー……。昨日はっちゃけ過ぎたんか……まあええか。ウチは手札より永続魔法『神の居城―ヴァルハラ』を発動や。一ターンに一度、自分フィールド上にモンスターがいない時、天使族モンスターを手札から特殊召喚できる。――『堕天使アスモディウス』を特殊召喚!」
堕天使アスモディウス☆8闇ATK/DEF3000/2500
現れたのは、闇を纏う一体の堕天使。昨日の試合でも活躍した、美咲が誇る大型モンスターだ。
「アスモディウスの効果を発動するよ。一ターンに一度、デッキから天使族モンスターを一体墓地へ送ることができる。『堕天使スペルピア』を墓地へ送るで。――フォーリン、エンジェル!」
毎ターン確実に墓地を肥やすことのできるアスモディウスはやはり優秀だ。しかも破壊したら破壊したで別の効果を持っているのが尚更性質が悪い。
もっとも、妖花のデッキは相手の破壊を目的としていないので関係ないが。
「ほな、バトルフェイズや。――アスモディウスでダイレクトアタック」
「リバースカードオープン、罠カード『和睦の使者』! このターン私のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージを受けません!」
五枚も伏せているのだから、当然防御カードはある。美咲が苦笑した。
「あはは、やっぱりか。しかも、まだ終わらへんのやろ?」
「はい。チェーン発動、罠カード『活路への希望』。LPを1000支払い、相手とのLP差2000ポイントにつき一枚ドローします。更にチェーンし、罠カード『ギフトカード』を発動。相手のLPを3000ポイント回復。更にチェーン、罠カード『強欲な瓶』、カードを一枚ドローです。最後に罠カード『積み上げる幸福』。チェーン四以降に発動でき、カードを二枚ドローします」
妖花LP4000→3000
美咲LP4000→7000
昨日の試合と似た動きが決まる。使用したカードは五枚で、手札に加えるのも――五枚。
「合計で五枚ドローです」
カードを引く。……十分良い手札だ。
「あはは、流石やなぁ。んー、ほな、魔法カード『テラ・フォーミング』を発動や。デッキからフィールド魔法カードを手札に加えるよ。『天空の聖域』を手札に加えて、発動。このカードがある限り、天使族モンスターは戦闘ダメージが発生しない。……更に魔法カード『トレード・イン』を発動。手札のレベル8モンスターを捨て、二枚ドローするで。『マスター・ヒュペリオン』を捨てて、二枚ドロー。……モンスターをセットして、ターンエンドや」
美咲がターンをこちらへと譲ってくる。それに頷きを返し、ドロー、と妖花は宣言した。
「私は手札より魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。デッキトップを三枚捲り、そのうちの一枚を手札へ」
捲れたカード→無謀な欲張り、成金ゴブリン、強欲な瓶
カードを確認。少し迷った後、手札に加えるカードを決定する。
「『成金ゴブリン』を手札に加え、発動です。相手のLPを1000ポイント回復し、一枚ドローです。……更に『ミスティック・パイパー』を召喚、効果を発動してドロー。……『速攻のかかし』です。もう一枚ドロー」
ミスティック・パイパー☆1光ATK/DEF0/0
美咲LP7000→8000
順調に手札が増える。妖花は更に、と言葉を紡いだ。
「カードを五枚伏せて、ターンエンドです」
今のところ、理想的な回り方をしている。このままいけば、十分に勝てる可能性が見える。
『防人選手、再びの五伏せです』
『美しいと言えるほどの回転だな。こうまで回されると色々辛い。だが……どうしてだろうな? 美咲くんは笑っているぞ』
『防人選手の手札には『速攻のかかし』があり、更に防御カードもあるはずです。突破できるのでしょうか……』
『さて、な。――いずれにせよ、ここからだ』
相手を見る。――桐生美咲。〝アイドルプロ〟と呼ばれる、一線級のデュエリスト。
その人は、笑っていた。満面の笑顔。何故――そう思うと同時。
「ウチのターン、ドロー☆」
その笑みを浮かべたまま、美咲がカードをドローした。
◇ ◇ ◇
引いたカードを確認しつつ、さて、と美咲は呟いた。現在の状況はあまりよろしくはない。
(ウチのデッキはビートダウンが基本や。単純なパワーで押し潰すデッキ。正直な話、妖花ちゃんのデッキとはこれ以上ないくらいに相性が悪い)
殴り合いを大前提としたデッキだ。そもそも戦闘をしないデッキとの相性は格段に悪いのである。
(せやけど、だからこそ効果モンスターを中心としたトリッキーな動きについては誰よりも対策をし、考えてるつもりや)
弱点があることはわかっているのだ。ならば、するべきことは決まっている。
「アスモディウスの効果を発動や。デッキから『堕天使エデ・アーラエ』を墓地へ。そして、魔法カード『闇の誘惑』を発動。カードを二枚ドローし、その後、闇属性モンスターを一体ゲームから除外する。出来ない場合、手札を全て捨てる。――二枚ドローし、『堕天使ディザイア』を除外や」
優秀なモンスター除去の効果を持つ『堕天使ディザイア』も、この状況では役に立たない。
手札をもう一度確認。――どうやら、神様とやらは自分に勝てと言っているらしい。
(引けるかどうか、ピン差しのカードやから賭けやったけど……賭けはウチの勝ちやな)
ペガサス会長が〝ミラクル・ガール〟と呼ぶ存在、防人妖花。彼女はきっと、『愛された者』だ。
精霊のことといい、その豪運といい……流石にペガサスが見出しただけのことはある。遊城十代――彼もその類だが、彼はどちらかというと『選ばれた者』。
羨ましいかと問われれば、羨ましい。だが――
(悪いけど、ウチにも譲れん理由があるんよ)
約束をした。待っている、と。
相手は必死になって、ボロボロになって、それでも約束を果たそうともがいてくれている。
小さな、本当に小さな約束だったはずなのに――
「なぁ、妖花ちゃん」
声をかける。妖花は首を傾げた。妙に可愛らしい仕草である。
「はい?」
「デュエル、楽しい?」
「はい! 楽しいです!」
元気いっぱいの返事。美咲は笑みを浮かべ、そっか、と頷いた。
「ええなぁ、やっぱり。せやけど、ウチも簡単に負けるわけにはいかへんのや。だから、ここで勝負やで」
「勝負、ですか?」
「その伏せカード、ドローカードやろ? 今から出すモンスターで、ウチは妖花ちゃんのLPを全部削り取る。それを防げたら妖花ちゃんの勝ち。できなかったら妖花ちゃんの負けや」
宣言する。会場が大いに沸いた。
『これは、勝利宣言でしょうか!』
『……成程、美咲くんのやろうとしたことがわかったよ。確かに、方法はそれしかないか』
『桐生プロは何をされるおつもりなんですか?』
『単純だ。攻撃してLPを削れないなら、攻撃しなければいい。――裁きの力が降り注ぐぞ』
流石は〝祿王〟。こちらの意図を理解したらしい。口元に笑みを浮かべつつ、ほな、と美咲は言葉を紡いだ。
「――ウチはセットモンスターを生贄に捧げ、『裁きの代行者サターン』を召喚!!」
裁きの代行者サターン☆6光ATK/DEF2400/0
現れたのは、『裁き』の名を冠する代行者。蒼き体を持つその天使が、ゆっくりと地上に舞い降りる。
「サターンの効果は単純や。『天空の聖域』がある時、このカードを生贄に捧げることで相手のLPを超えている分のダメージを与える。ウチのLPは8000、妖花ちゃんは3000。つまりは5000ダメージや。これを喰らえば当然、妖花ちゃんは負け。でも逆に、その伏せカードでドローして『エクゾディア』を揃えることができれば、妖花ちゃんの勝ちや」
ビートダウンをしているだけでは、互角の勝負さえできない。故に、引きずり出す。
勝つか、負けるか。ギリギリの勝負のフィールドへと。
「…………ッ」
「そう怖い顔せんと、楽しまな。ギリギリの勝負や。どうなるかは蓋を開けてみるまでわからへん。――これが勝負や。さあ、いくで」
会場の歓声が大きくなる。美咲は、効果発動、と叫んだ。
「サターンを生贄に捧げ、相手に5000ポイントダメージや!!」
「ッ、リバースカードオープン、罠カード『活路への希望』! LPを1000支払い、相手とのLP差2000ポイントにつき一枚カードをドロー! 更にチェーンし、罠カード『ギフトカード』を発動! 相手のLPを3000ポイント回復! 更に罠カード『無謀な欲張り』を発動し、カードを二枚ドロー! 最後に罠カード『強欲な瓶』! カードを一枚ドローです!」
美咲LP8000→11000
妖花LP3000→2000
残る一枚は防御カードだったのだろう。妖花は発動させなかった。
そして、処理が始まる。
「ドローするカードの枚数は、8枚です」
「ん、それで引けなかったら妖花ちゃんの負け……9000ポイントのダメージやね」
もうダメージが凄まじいことになり過ぎているが、それは仕方がない。
はい、と妖花は頷いた。
「引かせて、もらいます」
「どうぞ」
デッキトップに手をかける妖花。彼女は大きく深呼吸をし。
一枚、また一枚とカードを引いていく。
――そして。
「……桐生、プロ」
全てのカードを引き終わり、妖花は朗らかに、しかし、悔しそうに微笑んだ。
「――楽しかったです!」
その言葉に込められていた感情は、多過ぎて。
きっと、一言では語れない。
「うん。ウチも楽しかったよ。また、やろな?」
「はい!」
そして、そんな彼女の頷きに応じるように。
裁きの代行者が、その力を発揮する。
妖花LP2000→-7000
奇跡の少女が光に包まれた時。
試合は、終わりを告げていた。
『勝者――桐生美咲選手!!』
アナウンサーである宝生のその言葉が、試合を締め括り。
美咲は、妖花の方へと歩み寄った。
「ありがとうな」
「ありがとう、ございました!」
勢い良く頭を下げてくる妖花。
美咲は微笑し、うん、と頷いた。
勝者、プロデュエリスト、桐生美咲。
ベスト4、進出。
◇ ◇ ◇
テレビから、試合終了の声が聞こえてくる。勝者は桐生美咲――もしや、という考えはあったが、やはりプロは盤石だ。
その勝利方法は条件こそ厳しいもののバーンカードによるものなので首を傾げたい気持ちもあるが……今は一観客に過ぎない自分にはどうでもいいことだ。
――それに、それどころではない現実が目の前にある。
「お別れです、師範」
ソリッドヴィジョンが消える中、静かに『帝王』と呼ばれる男が言葉を紡ぐ。
「あなたはやはり、俺が憧れた強さそのものでした。しかし、師範。俺はあなたとは違う〝強さ〟を目指します」
「それが、答えなのですね?」
「はい。――お世話になりました」
礼儀正しく頭を下げる弟子。決別の言葉を投げかけながら、それでもこうして礼儀正しくする彼はどうしようもなく甘いのだろう。
だが、その甘さについて今更言葉を投げかける必要も意味もない。もう、自分は『師範』ではないのだから。
ただ、一つだけ。
誰よりも期待し、信頼した弟子にかけるべき言葉が残っている。
「世話になったと思うのなら……最後に一つだけ約束をしてください」
「……はい」
多くの生徒を、弟子を見てきたからこそ。
このことだけは、伝えなければならない。
「鬼にならねば、見えぬ地平があります。頂点とはそういう場所。何かを捨て、あるいは失わなければ立てない場所――それが〝最強〟という地平の果て」
頂点に挑んだからこそわかる。あそこはそういう場所だ。
「だからこそ、あなたはあなたのままに戦いなさい、亮。何かを犠牲にして得た勝利は、あなたの道を閉ざすことになる。私とは違う強さを目指そうとも、〝破滅〟へと手を伸ばすことだけは止めなさい」
――あるいは、勝利を求めること以外の全てを捨て去れば自分も頂点に建てたのかもしれない。そんなことを考えたことがある。
だが、できなかった。
自らが信じた流派と、考え方。それを捨て去ることだけは……できなかった。
それが答えで、全て。
それ以上のことは、存在しない。
「心に、刻みます」
そう言葉を残し、部屋を出て行く亮。それを見送り、ふう、と小さく息を吐いた。
強くなることを望み、ただそれだけを追求した果てに待っているのは――破滅。
弟子がそうならなかったことだけが、救いなのだろうか。
「……〝鬼〟、ですか」
思い出すのは、サイバー流を正面から否定した一人の少年。
あの少年の、目は――
「考えても、仕方がないことです」
ベッドに腰掛け、テレビへと視線を向ける。
そこでは、ベスト4に進んだ四人が映し出されていた――
◇ ◇ ◇
「お疲れ様」
歩いていると、不意にそんな声をかけられた。顔を上げると、そこにいたのは見覚えのある人。
夢神祇園。
東京に出て来たばかりで、右も左もわからなかった自分を助けてくれた人。
「……負けちゃいました」
苦笑を返す。勝てると思っていたが、甘かった。要はそういうことだ。
相手は一線級のプロデュエリスト。容易くは勝てなかった。
「桐生プロは強いからね」
桐生プロ――祇園のその呼び方に、少し違和感を覚えた。美咲のことを、彼はそんな風に呼んでいただろうか。
だが、気になったのは一瞬。続いて彼が紡いだ言葉に、意識が揺れた。
「悔しい?」
その言葉で、何かがこみ上げてくるのを感じた。目元に、熱い何かを感じる。
頷き、そして気付く。
試合が終わった時に感じた喪失感。それはきっと、そういうことだったのだろう。
「そっか。……やっぱり、悔しいよね。僕も負けると悔しいし、泣きたくなることも、泣いちゃうこともある」
大丈夫だよ、と彼は言った。
優しく、頭を撫でながら。
「それはおかしなことじゃない。ここなら、誰もいないから」
その言葉と共に、涙が溢れた。
悔しくて、情けなくて、申し訳なくて。
「…………ッ!!」
応援してくれた、人がいた。
それに頷きを返した、自分がいた。
勝ちたいと思った、自分がいた。
勝てなかった、自分がいた。
昨日、初めて〝勝つ〟ということを知って。
そして知ったからこそ、〝負ける〟ということを知った。
初めて負けた時には、感じなかった気持ち。
それが、〝悔しい〟ということ――……
「いっぱい泣いて、また頑張ればいい」
静かで、優しいその言葉に。
何度も、何度も頷いた。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、烏丸プロ。どうされたのですか? 試合が終わると同時に席を立たれましたが……」
「まあ、何というか。一応は保護者を任されている身としては放っておけるものではないということだ」
「はぁ……」
「とはいえ、私には敗北の気持ちがわからん。なので、私が信頼する人物に任せてきた。……少年は、誰よりも『敗北』という気持ちを知っている。私が知る中ではな」
「よくわかりませんが……問題は解決したということですか?」
「そういうことだ。――さて、準決勝だ」
「準決勝は二試合同時に行います。その組み合わせですが……決まったようです」
「……神様とやらがいるなら、実に残酷なことをする」
思わず苦笑が漏れた。本当に、最後まで飽きさせないでいてくれる。
「四人とも、戦いたい相手がいた。しかし……」
願った対戦は、一つしか叶わない。
いや、その一つさえ……叶わない可能性がある。
「準決勝は、桐生美咲選手VS響紅葉選手、そして遊城十代選手VS夢神祇園選手です!」
「二試合同時に行い、勝者同士が明日に決勝戦だ。――試合開始は三十分後。見逃さないようにしてくれ」
「今後も、実況は私宝生と」
「解説は烏丸でお送りさせてもらう」
準決勝の、組み合わせが決定された。
プロデュエリスト、桐生美咲VSプロデュエリスト、響紅葉
アカデミア本校推薦枠、遊城十代VS一般参加枠、夢神祇園
――試合開始まで、後三十分。
勝者は、二人。
というわけで、盤石の美咲ちゃんの勝利です。
はてさて、決勝へは誰が勝ち上がるのやら。
勝利の意味を知るからこそ、敗北の怖さと辛さを知ることができる――今回の妖花ちゃんはその典型。頑張って欲しいものです。