遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
ルーキーズ杯の会場である海馬ドーム。そのロビーを、二人の少年が歩いていた。
一人は、どこか穏やかな雰囲気を纏う少年――夢神祇園。
もう一人は、好奇心の塊のような視線をあちこちに向ける少年――遊城十代。
元は同じアカデミア本校においてレッド寮の生徒として研鑽を積んだ親友同士である。祇園の退学によって一度繋がりは断たれたかに思えたが、再びこうして言葉を交わすことができている。
「やっぱプロって凄ぇ! 今日のデュエルも楽しみだぜ!」
「……僕は正直、楽しむ余裕はないけどね」
体を震わせながら言う十代に、祇園は苦笑しながらそう言葉を紡ぐ。楽しみではある。だがそれ以上に……怖い。
昨日は感じなかった、何か重いものを背負っている感覚。その不可思議な重さが、心にものしかかっているのだ。
これがプレッシャーなのだろうか……そんなことを思うが、同時に何を気負うのだとも思う。夢神祇園は挑戦者であり、勝てば奇跡、負けて当然な立場のはずなのに。
「何だ、祇園? お前は楽しみじゃねぇのか?」
「楽しみではあるんだけどね。それよりも怖いというか……うーん、何て言ったらいいのかな?」
自分でもよくわからない、もやもやした感覚。……自信がないというのはこういうことなのだろうな、と昨日の菅原の言葉を思い出して苦笑した。
「ふーん、よくわかんねぇけど……でも、祇園なら大丈夫だって! 昨日だって勝っただろ?」
「あはは、どうにかって感じだけどね……」
苦笑する。はた目から見れば完勝でも、実際は紙一重だ。一つの歯車がズレていれば、敗北していたのは祇園の方である。
「けど、祇園も凄いよな。美咲先生と幼馴染なんだろ? そんで美咲先生と戦うために大会に出るとか、やっぱ凄いと思う」
「誰から聞いたの? 幼馴染の話なんて」
首を傾げる。美咲との関係は別に隠しているつもりはないが、公にしているわけでもない。そもそも、今の自分と彼女では大きな差がある。本来なら言葉を交わすことさえ許されないほどの差が。
そういう意味で、この大会では自分自身の立ち位置を祇園はしっかりと定めるつもりだ。……美咲がどういう反応を示すのかが、少し不安だが。
「美咲先生が言ってたぜ? 時々レッド寮に来るんだけど、その時に雑談で。祇園は親友だって言ったら色々話してくれたんだ」
へへっ、と笑みを零す十代。親友――その言葉は素直に嬉しい。
友達、と呼べる相手がどれだけ大切か……祇園はその身を以て知っているから。
「そっか。……美咲はね、僕にとっては恩人なんだ。だから、恩返しがしたい。小さい頃、約束をしててね。大観衆の前で、対等にデュエルをしよう――そんな、他愛もない約束で、果たせるかどうかもわからない約束だったけど。でも、どうにかここまで来れた」
対等というには、余りにも差が大き過ぎるのが現実だけれど。
それでも、ようやく辿り着けた場所。
「そっか……俺もさ、紅葉さんと戦いたいって目標があるんだ」
「響プロと?」
「おう。……紅葉さんが全日本チャンプになった時、テレビで見て憧れた。その後、俺がドジって怪我しちまったんだけど……病院で紅葉さんに出会って、デュエルを教えてもらったんだ。その時から、ずっと憧れてた」
響紅葉。かつての全日本チャンプにして、〝ヒーローマスター〟と呼ばれる人物。
十代の憧れる、〝ヒーロー〟の姿を体現した者。
「じゃあ、お互い頑張らないとね」
「おう! 祇園と戦うことになっても容赦しないぜ!」
「あはは、お手柔らかに」
苦笑を返す。十代とデュエル――勝てるかといえば、勝てない可能性の方が高い。
だが、格上が相手なのはいつものことだ。ただ、今回はもう負けることが許されないだけで。
「……ん? あれ、美咲先生か?」
「澪さんもいるね」
雑談をしながら十代と歩いていると、視線の先で美咲と澪が何やら話しているのを見つけた。ロビーのところで机の上に何やら資料を広げ、言葉を交わし合っている。
とはいっても、深刻な話ではないようだ。互いに微笑を浮かべている。
「おーい、美咲先生!」
いきなり十代が声を張り上げた。その声に美咲と澪が気付き、こちらへと視線を向けてくる。
十代が早足でそちらに向かうのに追従し、祇園もそちらへ行く。美咲が笑みを零した。
「おー、十代くんに祇園やんか。どないしたん?」
「祇園と話しながら歩いてたら、美咲先生を見かけたからさ」
「成程ー。でも、祇園は大丈夫なん? 試合もうすぐやろ?」
「じっとしていた方が落ち着かなくて……。気分転換」
「成程、少年らしい。だが、気負う必要はなかろう? 始まってしまえばどうせもう後戻りはできん。なるようになるだけだ」
澪が微笑を浮かべながらそう言ってくる。確かにその通りだ。結局、始まってしまえば後はもう前に進むしかない。
「ただ、一応言わせてもらうならば、物事とはどう転ぼうが『なるようになる』ものだ。川の流れと同じで、身を任せるだけでも何らかの結論は出る。しかし、それが嫌ならば流れに逆らうしかない。……少年、キミはその流れに逆らう気なのだろう? ならば、精々足掻いてみることだ」
「はい。そのつもりです」
「良い返事だ。期待させてもらうよ」
再び、肩に何かが圧しかかる感触。
何も背負っていないはずなのに……酷く、重い。
「澪さんは相変わらずやなー。祇園、そんな固くなる必要はあらへんよ?」
「うん。でも、やっぱり……緊張するから」
「大丈夫だって! 祇園なら問題ない!」
背中を叩きながら十代がそんなことを言ってくる。それに苦笑し、うん、と祇園は頷いた。
持てる全てを尽くし、戦う――結局、自分にはそれしかできないのだ。
「ああ、そうそう祇園。一つ聞いておきたいんやけど……」
「うん。どうしたの?」
美咲がいきなり手を叩き、そんなことを言い出した。首を傾げる祇園。その祇園に、美咲は満面の笑みで言葉を紡いだ。
「――澪さんと同棲してるって、どういうこと?」
全身に悪寒が走った。長年の経験から培った防衛本能が悲鳴を上げる。
「ど、同棲!? いきなり何を……!?」
美咲の言い知れぬ威圧感に圧され、思わず一歩後退りする祇園。ふーん、と美咲は鋭い視線を祇園に向けた。
「心当たりはあるんやね?」
「こ、心当たりというか……その、澪さんにはお世話になってて……」
「せやけど、一つ屋根の下ゆーんは……なあ?」
「うう……」
祇園はどんどん縮こまっていく。それを傍観していた澪が、おいおい、と言葉を紡いだ。
「それぐらいにしておきたまえ、美咲くん。少年とて悪気があったわけではなかろう?」
「……澪さんがそれを言うのはちょいと納得いきませんが」
「私に害意はない。……悪戯心はあるがな」
「そういうところが問題なんですよ……!」
澪を睨み付ける美咲と、それを平然と受け流す澪。祇園としてはどうしたらいいかわからずにおろおろするしかない。……十代は苦笑いを浮かべて傍観している。
「まあ、いずれにせよ、だ。少年は試合前だ。問い詰めるならばあとで良かろう」
「……まあ、そうですね。祇園、頑張ってな。アヤメちゃん、めっちゃ強いから」
「うん。頑張るよ」
頷き、時間を確認する。……試合開始まで、そう時間は残っていなかった。
そろそろ控室に行こうか――そんなことを考えていると、向こうから一人の女性が歩いてくるのが見えた。今大会の実況を担当する宝生アナウンサーだ。
「お待たせしました、烏丸プロ……と、桐生プロに、夢神選手と遊城選手」
「あ、初めまして……夢神祇園です」
宝生に対し、祇園は頭を下げる。一般参加枠で上がってきた祇園は、実は宝生とは面識がないのだ。
「こちらこそ、初めまして。挨拶が遅れて申し訳ありません」
「あ、こ、こちらこそ。本来なら僕の方から行くべきなんですが……」
「いえ、夢神選手は学生ですから。ご自分のことに打ち込んでください」
真面目な返答を返される。テレビで見ていた時から感じていたことだが、素の部分からかなり真面目な人なのだろう。
「宝生さん、打ち合わせー?」
「はい。先程終わりました。……そういえば、夢神選手は桐生プロの知り合いとお伺いしましたが」
宝生が問いかけてくる。祇園は一瞬逡巡し、頷いた。
「はい。――『桐生プロ』とは、以前からの知り合いです」
その言葉に、美咲が表情を変えた。澪もまた、ほう、と小さく言葉を漏らす。
宝生は祇園のそんな態度に何を思ったのか、そうですか、と頷いた。
「試合の方、頑張ってください」
「はい、ありがとうございます。……失礼しますね」
頭を下げ、立ち去る。十代も隣で同じように頭を下げていた。そんな十代へ、澪が思い出したように言葉を紡ぐ。
「そういえば、遊城十代くん」
「はい?」
「次の試合では、キミの相棒――〝ハネクリボー〟が見れることを期待しているよ」
「はいっ!」
十代は頷き、そのまま祇園と共にこの場を立ち去っていく。そんな中、でも、と十代は首を傾げた。
「なあ、祇園。どうして美咲先生を『桐生プロ』なんて呼んだんだ? さっきまで呼び捨てにしてたよな?」
「……それが、僕と美咲の本来の距離だからだよ」
どこか、寂しげに。
苦笑を込めて、祇園は呟く。
「僕はアカデミアを退学になった劣等生。美咲は史上最年少のプロデュエリストで、アイドルで、トッププロ。……誰でもわかるぐらいに、どうしようもないくらいの差があるんだよ」
そう、どうしようもない。
それが、夢神祇園と桐生美咲の間に横たわる差だ。
「け、けどさ、友達なんだろ?」
「自惚れじゃないなら、お互いにそう思ってる。でもね、その差っていうのは僕や美咲が決めることじゃないんだ」
二人の間にある隔たりは、祇園や美咲が定めたものではない。
それを定めたのは、『世間』と呼ばれる存在だ。
「たとえ、美咲が許してくれても。世間が許さない。僕と美咲には、世間が決めた明確な差がある」
だから、宝生の前では『桐生プロ』と呼んだのだ。……それが、世間が決めた差だからこそ。
世間へ言葉を伝える、アナウンサーの前では。
「なんだよ、それ。そんなんでいいのかよ!?」
「……迷惑をかけたくないんだ。それにね、十代くん。僕はその差を詰めるためにこうしてるんだ。一度も隣に立てなかったけれど……いつか、隣に立つために」
足を、会場に向ける。
覚悟を口にすれば、自然と足に力が入った。
「――行ってくるね」
僅かに震える体を、必死に抑え込み。
夢神祇園は、会場へと足を踏み入れた。
…………。
……………………。
………………………………。
「……夢神祇園、ですか。十五歳の少年とはとても思えませんね」
祇園と十代を見送り、開口一番宝生はそう言葉を紡いだ。当然だろう、と澪が頷く。
「少年は『そういう人生』を強制されてきた。そこらの『苦労』という文字を言葉の意味でしか知らんような子供とは、そもそもの基盤が違う」
「そのようですね。……あれが、十五歳の少年がする対応と目ですか。思わず身震いしましたよ」
「私が応援したいと言った気持ちを、少しは理解してもらえたかな?」
澪の問いかけ。それに対し、はい、と宝生は頷いた。
「彼には頑張ってもらいたいですね」
「まあ、我々は中立を貫かなければならんがな」
「それは勿論です。ですが、今はそれよりも……」
「……美咲くん。大丈夫か?」
二人の視線の先にいるのは、机に突っ伏した状態の美咲だ。その雰囲気はどんよりと曇っている。
「……祇園、どうしてなんよ……」
「キミとて少年の意図がわからんほどに愚かではなかろう?」
「……そら、そうですけど……」
「気持ちはわからんでもないがな。昨日の取材では焦っていたから私のことをいつも通りの名で呼んでいたようだが、あの分だと私のことも『烏丸プロ』と呼ぶだろう。……それは少し寂しいかもしれんな」
うむむ、と唸る澪。宝生が、いずれにせよ、と言葉を紡いだ。
「彼のことは随分と知られつつあるようです。……今日の新聞ですが」
「ふむ。成程、『アカデミアで不当退学!? 現校長と倫理委員会の横暴!!』か。珍しく真実そのままを衝いているようだな」
「内容は薄いですが、このままだと問題が大きくなりますよ」
「……私としては、ここまでの状況になって理事長について名前さえ出ないのが疑問だがな」
ポツリと澪が呟く。宝生が問いかけると、何でもない、と首を左右に振った。
「まあ、海馬社長がどうにかするだろう。今の我々にできることはないよ」
「そう、ですね」
「……いい加減気合を入れろ、美咲くん。キミも試合があるだろうに」
呆れた様子で言う澪。美咲は、うー、と唸りながら体を起こした。
「……とりあえず、今は置いときます。で、後で問い詰める」
「程々にお願いしますよ、桐生プロ」
「はーい。……そういえば、澪さんも〝視えた〟んですね」
「前に話さなかったかな? まあ、とはいえ私にはいないがな。キミたちとは違い、私は選ばれなかったのだろう。興味もないが」
澪が肩を竦める。宝生が、何のことですか、と問いかけた。澪はああ、とどうでも良さ気に頷く。
「選ばれた人間というのは大変だと、そういうことだ」
その言葉に、宝生は首を傾げ。
美咲は、苦笑していた。
◇ ◇ ◇
試合開始の時間が訪れる。〝ルーキーズ杯〟二日目、第一試合。
神崎アヤメVS夢神祇園。
片や昨年の『新人王』であり、将来を期待されるプロデュエリスト。
片や過去の実績など何もなく、どうにか予選を突破してきた一般人。
勝敗は火を見るよりも明らかに思える組み合わせ。しかし、それでも一般人である少年を応援する声はいくつもある。
「気合入れろ夢神ー!」
「頑張れ夢神ー!」
「応援してるぞ坊主!」
応援の中心はウエスト校の生徒や、アカデミア本校の生徒だ。昨日の試合の後、アカデミア本校から来ている生徒の何人かと話をした。雪乃に聞いたところ、宗達はいないらしい。それは残念だが、仕方がないことだ。
いずれにせよ、応援されるというのは慣れない。しかも、応援はそういった『身内』だけではないのだ。
大衆は物語を好む――以前、美咲がそんなことを言っていた。平凡で当たり前の人間よりも、劇的な人間を好むのだとか。そういう意味で、一般枠から出場し、実績も何もない無名な状態からジュニア大会の準優勝者を倒した祇園はかなり注目されている。
もう一人の一般枠参加が『アマチュア最強』なのだから、余計に祇園が目立つのだろう。
「昨日はありがとうございました」
対戦相手である神崎アヤメが、そう言って礼儀正しく頭を下げてきた。祇園も慌てて頭を下げる。
「い、いえ、こちらこそ。大したことは話せずに……」
「いえ、有意義なお話をお伺いできました。……正直なことを言えば、私はあなたの境遇に同情に近い感情を抱いています。あなたはそんなものを望んではいないことを承知の上で」
「…………」
何と返答したらよいのかがわからず、黙り込む。アヤメは頷き、言葉を紡いだ。
「ですが、私もプロです。一時の感情に流され、敗北することを容認はできません。そんなことは誰も望んでいない。――故に、全力でお相手させていただきます」
「はい。……よろしくお願いします」
頭を下げる。最後の一瞬、こちらを射抜くように放たれた視線から逃げるようにして。
流石は『新人王』である。その威圧感は相当なものだ。
「〝祿王〟が期待し、桐生プロが信頼する力。私にも見せてください」
「全力です。僕は、いつでも」
そう、いつだって。
夢神祇園は、全力で相手に挑む。
そうすることしか、やり方を知らない。
「それは重畳。――では、始めましょう」
会場が湧き、中央にいる二人が宣誓を行う。
「「――決闘(デュエル)!!」」
そして、戦いが始まった。
先行は――神崎アヤメ。
「私のターン、ドロー。……私は手札から、魔法カード『強欲で謙虚な壺』を発動します。一ターンに一度だけ発動でき、デッキトップのカードを三枚捲ります。その中から一枚を選んで手札に加え、残りはデッキに戻します。このカードを使ったターンは特殊召喚を行うことができません」
特殊召喚不可、というデメリットがあるものの、所謂『キーカード』を手札に揃える上でかなり有用なカードだ。美咲は『このカードを上手く使えるかどうかが指標になる』とも言っていた。
祇園の場合、特殊召喚が主体なので使い辛いが……それでも採用圏内ではある。持っていないだけで。
捲られたカード→剣闘訓練所、幻獣の角、魔宮の賄賂
三枚のカードが示される。アヤメは一度顎に手を当てると、では、と言葉を紡いだ。
「魔法カード『剣闘訓練所』を手札に加え、そのまま発動します。デッキからレベル4以下の『剣闘獣』と名のついたモンスターを手札に加えます。……『剣闘獣ラクエル』を手札に加え、召喚」
剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400
現れたのは、鎧と炎を身に纏う一体の獣。剣闘獣――戦うために訓練され、鍛え上げられた獣の姿だ。
「私はカードを四枚伏せ、ターンエンドです」
四枚の伏せカード――剣闘獣らしい動きだ。モンスターの戦闘を伏せカードでサポートし、動かす。
『神崎プロは早速モンスターを召喚してきましたね』
『『剣闘獣』というのはそういうカテゴリだ。モンスターの戦闘をサポートし、その効果で一つずつ丁寧にアドバンテージを奪っていく。あの壁を突破するのは容易ではないぞ』
『成程……』
『さて、少年はどう出るかな?』
実況席の声を聞きながら、祇園はデッキトップに手をかける。
「……僕のターン、ドロー」
まずは、状況の確認。相手の場には攻撃力1800のラクエルと、四枚の伏せカード。ただモンスターを出しただけでは容易く蹴散らされるだろう。
ならば、と祇園は自身の手札からカードを一枚デュエルディスクへと指し込んだ。
「魔法カード、『サイクロン』を発動します。一番左側のカードを破壊」
「……『幻獣の角』が破壊されます」
破壊したのは罠カード『幻獣の角』。発動後に装備カードとなり、装備モンスターの攻撃力を800ポイント上げるカードだ。更に装備モンスターが相手モンスターを破壊すると、カードを一枚ドロー出来るというおまけつきである。
厄介なのを一枚破壊できた。これで終わりでもないだろうが……ひとつずつやっていくしかない。
「僕は手札から、『フォトン・スラッシャー』を特殊召喚します。このカードは自分フィールド上にモンスターが存在しない時に特殊召喚でき、また、自分フィールド上に他のモンスターがいると攻撃できません」
フォトン・スラッシャー☆4光ATK/DEF2100/0
現れる、青と白で彩られた機械のようなモンスター。祇園は、バトル、と言葉を紡いだ。
「フォトン・スラッシャーでラクエルに攻撃」
「――リバースカード、オープン。『和睦の使者』。このターン、私のモンスターは戦闘では破壊されず、ダメージも受けません」
優秀な防御カードだ。よく同じフリーチェーンのカードとして『威嚇する咆哮』が挙げられるが、こっちにはあちらとは違うメリットがある。
攻撃そのものは止まらない――つまりリバースモンスターや、攻撃を受けることで効果を発動するモンスターのトリガーを引くことができるのだ。
そして『剣闘獣』というカテゴリは、『戦闘』をその効果のトリガーとしている。
「バトルフェイズ終了時、ラクエルの効果を発動します。このカードが戦闘を行ったターンのバトルフィズ終了時、このカードをデッキに戻すことでラクエル以外の『剣闘獣』を一体、特殊召喚します。――『剣闘獣ムルミロ』を特殊召喚」
剣闘獣ムルミロ☆3水ATK/DEF800/400
次にあらわれたのは、どこか魚を思わせるモンスターだった。アヤメが、効果発動、と宣言する。
「ムルミロが剣闘獣と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚された時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを一体、破壊します。……フォトン・スラッシャーを破壊」
破壊されるフォトン・スラッシャー。これが剣闘獣の厄介なところだ。
「メインフェイズ2へ入ります。……『魔導戦士ブレイカー』を召喚。召喚成功時、魔力カウンターが乗ります」
「トラップカード『奈落の落とし穴』です。攻撃力1500以上のモンスターの召喚、反転召喚、特殊召喚時に発動でき、そのモンスターを破壊して除外します」
ブレイカーが破壊される。効果による伏せカードの破壊と、壁の用意をと思ったのだが……仕方がない。
「僕はカードを一枚伏せ、ターンエンドです」
どの道、このターンでできることはない。ターンを終了する。
「私のターン、ドロー。……ムルミロでダイレクトアタックです」
祇園LP4000→3200
LPが削られる。ダメージは少ないが……剣闘獣はここからが本番だ。
「ムルミロの効果発動。戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にデッキに、戻し、別の剣闘獣を特殊召喚。……『剣闘獣ベストロウリィ』を特殊召喚。効果発動。このカードが剣闘獣と名のついたモンスターの効果によって特殊召喚された時、相手フィールド上の魔法・罠カードを一枚破壊できます。伏せカードを破壊」
「『使者転生』です。破壊されます」
前のターンに使うかどうかを迷ったカードだが、そもそも手札が少ない。こうしてブラフに使うしかないだろう。
「では、私はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」
「僕のターン、ドロー」
相手の伏せカードは三枚。それが、どうしようもないほど固い壁に見えた。
「魔法カード『光の援軍』を発動します。デッキトップからカードを三枚墓地に送り、『ライトロード』と名のついたモンスターを一体、手札へ。……『ライトロード・マジシャン ライラ』を手札へ」
落ちたカード→大嵐、アックス・ドラゴニュート、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―
制限カードである『大嵐』が落ちたのが痛い。どうせ防がれるだろうが、伏せカードを確実に一枚削れるカードだというのに。
「僕はモンスターをセットし、カードをセット。ターンエンドです」
「私のターン、ドロー。……私は手札から、『剣闘獣エクイテ』を召喚します。そして、ベストロウリィとエクイテをデッキに戻し、『剣闘獣カイザレス』を特殊召喚!」
剣闘獣カイザレス☆6闇ATK/DEF2400/1500
現れるのは、剣闘獣ではおそらくもっとも有名なモンスター。『融合』のカードを必要とせず、ベストロウリィと別の剣闘獣をデッキに戻すことで特殊召喚可能なモンスターだ。その効果は強力無比であり、ベストロウリィの制限カード入りに大きく影響を与えた。
大きく会場が湧く。そんな中、効果発動、とアヤメが宣言した。
「カイザレスの特殊召喚成功時、相手フィールド上のカードを二枚まで選んで破壊できます! モンスターと伏せカードを破壊!」
「リバースカードオープン、速攻魔法『禁じられた聖杯』! カイザレスの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップ!」
「カウンタートラップ『魔宮の賄賂』! 相手はカードを一枚ドローし、魔法・罠の発動を無効に!」
「…………ッ!」
あるとは思っていたが、まさかこのタイミングで使ってくるとは。
祇園の場のモンスターが破壊される。これでフィールドはがら空きだ。
「……ッ、ドロー……ッ!」
引いたカードを見る。破壊されたセットモンスター、『ライトロード・ハンター ライコウ』がその力を発揮しないまま墓地へと送られた。
「カイザレスでダイレクトアタック!」
「つうっ……!」
祇園LP3200→800
祇園のLPが大きく削り取られる。会場が湧く中、アヤメは更なる手を進める。
「カイザレスの効果発動! バトルを行ったバトルフェイズ終了時にこのカードを融合デッキに戻し、ベストロウリィ以外の剣闘獣を二体特殊召喚できる! 『剣闘獣ラクエル』と『剣闘獣レティアリィ』を特殊召喚!」
剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400→2100/400
剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800
現れる二体の剣闘獣。効果発動、とアヤメが言葉を紡いだ。
「ラクエルは剣闘獣と名のついたモンスターの効果で特殊召喚された時、元々の攻撃力が2100になります。レティアリィは剣闘獣と名のついたモンスターによって特殊召喚された時、相手の墓地のカードを一枚除外できます。……『アックス・ドラゴニュート』を除外」
墓地のモンスターが減る。アヤメはターンエンド、と宣言した。
「見せてください。――ここからの、逆転劇を」
その、言葉に。
祇園は、何も答えられなかった。
◇ ◇ ◇
「ふぅん。流石にプロ、といったところか。詰将棋のようなデュエルだ」
「一つ一つ、丁寧に彼の手を潰していますね。……この状況、どう覆すのか」
「墓地の闇属性モンスターも減らされた状態だ。逆転は難しいだろうな」
「かもしれませんね」
「……やはり、期待外れか」
カツン、という靴の音が響いた。その音の主に対し、もう一人が声をかける。
「見届けられないのですか?」
「あの小僧がせめて凡骨ような目をしていたなら話は別だったがな。……諦めた者に、興味はない」
「辛辣ですねぇ」
「俺とデュエルをした時に比べ、弱くなったようだ。あの目を見ろ。――多少の荷を背負った程度で負けるなら、それは所詮その程度だということだ」
靴の音が響く。部屋を出ようとする。
――会場が、大きく湧いた。
「何だ?」
振り返る。そこでは。
――アカデミアの生徒たちが、一人の少年へと声援を送っていた。
◇ ◇ ◇
手が震える。負けたくない。負けたくないが、現実はただただ自分の負けへと近付いている。
重い。背が、肩が。何かがのしかかってきているように……重い。
「…………ッ」
一体、どうしたのか。昨日のデュエルでは、こんなことはなかったのに。
ずっと、調子が出ないままだ。
どうして――そんな、答えがない問いかけが頭の中を巡った瞬間。
「――踏ん張れ夢神ィ!! 俯いとる場合かボケェ!!」
「ウエスト校の生徒やろうが!! 根性見せろド阿呆!!」
「お前は俺らの代表やぞ!! 俯いとる暇があったら空元気でも笑わんか!!」
聞こえてくる声に、思わず体が跳ねた。振り返れば、ウエスト校の生徒たちが必死で声援を送って来てくれている。
昨日、応援すると言ってくれたことは……嘘ではなかったのだ。
だが、彼らの言葉を聞く度にどんどん両肩に重みがかかってくる。どうしようもないほどに……辛い。
「頑張るッスよ祇園くん!!」
「祇園!! 前を見るんだな!!」
「ここで諦めるのはキミらしくないだろう!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。観客席にいる、丸藤翔、前田隼人、三沢大地――友人たちの声が聞こえてくる。
アヤメに対する声援も勿論ある。しかし、祇園の耳にはそれが入らない。
まるで周囲に押し潰されてしまうかのような感覚。逃げたい、という気持ちさえ湧いてくる。
(……どうして)
そんな言葉が、何度も浮かぶ。
(どうして、こんな僕なんかを)
弱くて、情けなくて、ちっぽけで。
奇跡のような偶然で、ここにいる自分を。
どうしてこんなにも、皆は応援してくれるのだ――?
「夢神さん」
ふと、前から声が聞こえた。
そこにいるのは、対戦相手である女性。
「あなたは、何のためにここに立っているのですか?」
ここに立つ理由。
歯を食い縛って、恥を晒して。
それでも、ここに立つことに拘った理由。
「あなたにもまた、譲れない大切な理由があるのでしょう。しかし、今のあなたは最早あなただけのものではありません。応援するだけだった、と桐生プロのことについて語っておられましたね? 今、あなたを応援する人たちにとっては、あなた自身がかつてあなたが応援した『桐生美咲』というデュエリストなのです」
応援するだけだった、遠く、憧れるしかなかった背中。
あの時に感じた気持ちを、祇園に声援を送る者たちも感じている。
「力が足りなかろうが、自信が無かろうが。一度誰かの期待と信頼を背負ったならば、逃げることは許されません。――見せてください、あなたの力を。〝伝説〟に一矢報いた、その強さを」
言われ、一度大きく深呼吸をする。――思い出すのは、昨日受け取った言葉。
(自分のことは、信じることができない)
そんなことは、できやしない。
でも、それでも。
(菅原先輩は、僕を応援してくれる人たちを信じろって……)
みんなの事なら、信じられる。それなら、できる。
――ならば。
諦めるには、早過ぎる。
「僕のターン、ドロー!」
手札を見る。――まだ、どうにか戦える!!
「僕は手札から『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚!」
ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200
現れるのは、光の力を持つモンスター。
まずは第一関門。この召喚が通るかどうか。
アヤメは動きを見せない。――よし、通った!
「バトル! ライラでレティアリィに攻撃!」
「リバースカード、オープン! 速攻魔法『収縮』! 相手モンスターの元々の攻撃力を半分にします!」
やはり迎撃用のカード。だが、そのカードなら――
「――手札から速攻魔法『収縮』を発動! レティアリィの攻撃力を半分に!」
「…………ッ!?」
これを止められればアウトだが――アヤメの伏せカードは発動されない!
ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200→850/200
剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800→600/200
アヤメLP4000→3750
初めてアヤメのLPが減る。微々たるものだが……これが第一歩だ!
「そしてメインフェイズ2、ライラの効果発動! このカードを守備表示にし、伏せカードを破壊します!」
破壊されたアヤメのカードは……『幻獣の角』。レティアリィには使えないカードであるため発動できなかったのだろう。
「僕はターンエンドです。エンドフェイズ、ライラの効果でデッキトップからカードを三枚墓地へ」
落ちたカード→ストロング・ウインド・ドラゴン、レベル・スティーラー、DDR
いいカードが落ちた。祇園はターンエンド、と宣言する。
会場が大きく湧き、アヤメも素晴らしい、と頷いた。
「そういう姿を見たかったのです。ですが、私も容易く敗れるつもりはありません」
「……はい」
それはわかっている。そもそも、以前有利なのは向こうなのだ。
モンスターを引かれれば、それでデュエルが終わってしまう。
「私のターン、ドロー。……ラクエルでライラへ攻撃」
「……破壊されます」
モンスターを引かれることはなかったようだ。だが、効果発動、とアヤメが宣言する。
「ラクエルをデッキに戻し、『剣闘獣ダリウス』を特殊召喚。そしてダリウスの効果。剣闘獣と名のついたモンスターの効果で特殊召喚した時、墓地の剣闘獣を一体特殊召喚できます。ただしこの効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、このカードがフィールドから離れた時、デッキに戻します。――レティアリィを蘇生」
剣闘獣ダリウス☆4地ATK/DEF1700/300
剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800
現れる二体のモンスター。アヤメは更に、と言葉を紡いだ。
「カードを伏せ、ターンエンドです」
「僕のターン、ドロー!」
カードを引く。引いたのは――『メタモルポット』!
もう一枚の手札を確認する。……これならどうにかできる可能性がある。
「僕はモンスターをセット、ターンエンドです!」
残りLPは400だというのに、この一手。会場からざわめきの声が広がるが、祇園は無視した。
『夢神選手、勝負を諦めたのでしょうか』
『さて、私にはとてもそうは見えんがな』
『ですが、セットモンスターが一体だけというのは……』
『何か手があるのだろう。――少年は、まだ諦めていない』
澪の言う通りだ。まだ、諦めない。
そうだ。そうなのだ。才能も、運も、実力も足りない今の自分の〝強さ〟は。
みっともなくても、恥知らずでも〝諦めない〟、それだけのはずだ!
「私のターン、ドロー。――バトル、レティアリィでセットモンスターへ攻撃!」
「セットモンスターは『メタモルポット』です! お互いに手札を全て捨て、カードを五枚ドローします!」
メタモルポット☆2地ATK/DEF700/600
互いに一枚ずつの手札を捨て、カードを五枚ドローする。ここからが賭けだ。あのカードを引けないと、負ける。
果たして、答えは――
「――ダリウスでダイレクトアタック!」
「『バトルフェーダー』です! ダイレクトアタックを無効にし、バトルフェイズを終了します!」
バトルフェーダー☆1闇ATK/DEF0/0
引くことができた。これでまだ、戦える。
対し、成程、とアヤメは頷いた。そして、一枚のカードをディスクに差し込む。
「成程。……私は手札から『剣闘獣ラクエル』を召喚します」
剣闘獣レティアリィ☆3水ATK/DEF1200/800
剣闘獣ラクエル☆4炎ATK/DEF1800/400
剣闘獣ダリウス☆4地ATK/DEF1700/300
並び立つ、三体の剣持つ獣。その威圧感は、やはり凄まじい。
だが、同時に気付く。三体の剣闘獣――ラクエルを含む三体がフィールドに揃っているということは。
「まさか、これをお見せすることになるとは思いませんでした。――ラクエルと二体の剣闘獣をデッキに戻し、『剣闘獣ヘラクレイノス』を特殊召喚!」
剣闘獣ヘラクレイノス☆8炎ATK/DEF3000/2800
現れたのは、最強の剣闘獣。
その圧倒的な威圧感が、フィールドを支配する。
『これは……昨シーズン、『東京アロウズ』が日本一を決めた時に召喚された神崎プロの切り札ですか!』
『手札を一枚捨てることで、相手の魔法・罠カードの発動を無効にする効果を有するモンスター。――強いぞ。その制圧力は圧倒的だ。少年、どう出る?』
会場が大いに沸く。祇園も観戦する側だったら、素直に感動していただろう。
だが、目の前でこうして相対すると思う。
――無理だ、と。
そんな弱気な気持ちが、芽生えてきて――
(――折れるな!)
だが、折れそうになる心を必死で繋ぎ止める。まだ、終わっていない。無様に見えても、どうであっても。
LPが0になるその瞬間までは――諦めない!
「私はカードを二枚伏せ、ターンエンドです」
伏せカードが三枚に、こちらの魔法・罠を手札を捨てることで無効にしてくるヘラクレイノス。アヤメの手札は二枚。即ち、二度防がれる。
次のターンはないと思った方がいいだろう。防ぐ手段が見当たらない。
――ならば、ここで自分がすべきことは――
「僕のターン、ドロー! 僕はバトルフェーダーを生贄に、『ダークフレア・ドラゴン』を召喚!」
「罠カード発動、『奈落の落とし穴』です。ダークフレア・ドラゴンを破壊し、除外します」
やはりあった、破壊カード。ここまでは予測通りだ。次の一手を打つ。
「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードは攻守を半分にして手札から特殊召喚できます! バイス・ドラゴンを特殊召喚!」
バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200
現れる紫のドラゴン。反応は――ない。
「更に墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動! バイス・ドラゴンのレベルを一つ下げ、特殊召喚!」
バイス・ドラゴン☆5→4闇ATK/DEF1000/1200
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
相手の伏せカードは残り二枚。今はこれで耐えるしかない。
「僕はターンエンドです」
「私のターン、ドロー。……バトル、ヘラクレイノスでバイス・ドラゴンを攻撃」
破壊される紫の体躯を持つドラゴン。アヤメは、更に、と言葉を紡いだ。
「カードを一枚伏せ、ターンエンドです」
「僕のターン、ドロー!」
四枚の手札。これでどうにか、突破しなければならない。
(ここからは賭けだ。その賭けに負ければ……僕の負け)
心臓の音が高鳴る。そんな中で、祇園はそれでも必死に表情を取り繕った。
――全力で、立ち向かう!!
「僕はレベル・スティーラーを生贄に、ライトパルサー・ドラゴンを召喚!」
ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000
現れる純白のドラゴン。アヤメは一瞬眉をひそめたが、伏せカードの発動はない。
ならば――まだやれる!!
「――墓地の闇属性モンスターは、ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―、バイス・ドラゴン、レベルスティーラーの三体。墓地に闇属性モンスターが三体のみ存在する時、このモンスターは特殊召喚できます。来い――『ダーク・アームド・ドラゴン』!!」
迅雷が舞い降り、世界が悲鳴に包まれた。
漆黒の鎧を纏う、破壊の化身たる龍が――咆哮する。
ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000
制限カードに指定される、特殊な条件下でのみ特殊召喚を許されたモンスター。そのモンスターの登場に、会場が大きく湧く。
――しかし。
「カウンタートラップ『神の警告』! モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚及びそれを含むカードの効果をLPを2000ポイント支払うことで無効にします!」
アヤメLP3750→1750
コストにより、アヤメのLPが大きく減る。会場から、悲嘆のため息が漏れた。
誰もが、祇園の敗北を確信した。これで終わりだと。
(賭けは、僕の勝ちです……! 神の警告――ダーク・アームド・ドラゴンの効果を使わせなかったということは、あの伏せカードに『戦車』はない……!)
剣闘獣と戦う際に最も気を付けなければならないカード。『剣闘獣の戦車』。自分フィールド上に剣闘獣がいる時にのみ発動でき、相手モンスターの効果の発動を無効にして破壊するという効果を持つ強力なカウンタートラップ。
それが伏せられていれば、ここで終わっていた。だが――ないのなら!
(僕は、ずっとテレビの中で戦う美咲やプロの人たちに憧れるだけで……! 強い人と当たれば真っ先に負けて、笑い者になるような力しかなくて……!)
手札を見る。残りは二枚。
可能性は――繋がっている!!
「僕は、墓地の光属性モンスター『ライトロード・ハンター ライコウ』と闇属性モンスター『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』をゲームから除外します!」
ずっと、憧れていた。
テレビの中で戦う人たちに。エースと呼ばれ、天才と呼ばれる人たちに。
その背に、羨望の眼差しだけを……向けていた。
(僕は弱い……ずっと、弱いままで……でも、今の僕を! こんな僕の背中を見てくれている人は確かにいるんだ!)
きっとこの背中は、精一杯の虚勢が創り出したモノ。
本来の夢神祇園という存在は、結局、観客席にいる『誰か』と変わらない。
烏丸澪が評した、『観客席にいる諸君ら』という祇園に対する評価は、文字通りの意味なのだ。
「この条件で特殊召喚するのは――『カオス・ソーサラー』です!」
カオス・ソーサラー☆6闇ATK/DEF2300/2000
光属性と闇属性のモンスターを除外することで特殊召喚できる、強力無比なカオスモンスター。
仮面の下に揺らめく瞳が、剣闘獣の英雄を静かに捉える。
(今は、どうしてか僕が強い人になってて……それは凄く怖くて、逃げたくなるけど……でも、わかるから。誰かに憧れる気持ちは、僕にだってわかるから!)
友の背に、同世代のヒーローたちの背に。
ずっと、憧れてきたから――
「カオス・ソーサラーの効果発動! 攻撃権を放棄する代わりに、一ターンに一度相手フィールド上の表側表示モンスターを除外できる! ヘラクレイノスを除外!」
消え失せるは、剣闘獣の英雄。会場が大いに沸いた。
「行けぇ!! 夢神ィ!!」
「今や夢神くん!!」
「頑張れ祇園!!」
「そこだ坊主!!」
声援を、その背に受けて。
祇園は、静かに言葉を紡ぐ。
「墓地のレベルスティーラーの効果発動! ライトパルサー・ドラゴンのレベルを一つ下げ、守備表示で特殊召喚!」
ライトパルサー・ドラゴン☆6→5光ATK/DEF2500/2000
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
(ここで引いたら、意味はない! 相手の伏せカードは二枚……! ここで押し切れなければ、負ける!)
アヤメの手札は二枚であり、対し、祇園は一枚。
ここで押し切らなければ――
「バトル! ライトパルサー・ドラゴンでダイレクトアタック!」
「――罠カード発動、『聖なるバリア―ミラーフォース―』! 相手の攻撃宣言時に発動でき、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊! カオス・ソーサラーとライトパルサー・ドラゴンを破壊です!」
吹き飛ぶ二体のモンスター。――だが、まだ何も終わってはいない!!
「ライトパルサードラゴンの効果発動! このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスターを一体特殊召喚できる! バイス・ドラゴンを蘇生!!」
バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400
何度も何度も諦めかけた。でも、まだ。
まだ――戦える!!
「バイス・ドラゴンでダイレクトアタック!!」
宣言する。アヤメが一瞬、デュエルディスクに手をやり。
――一つ、吐息を零した。
「……見事でしたよ、夢神さん」
竜の一撃が、アヤメへと振り下ろされる。
アヤメLP1750→-250
長い長いデュエルが、ようやくここで終わりを告げた。
『これは……勝者、夢神祇園選手!! 一般枠から参加した無名の選手が、プロを打ち破りました!!』
『紙一重のデュエルだったな。デュエルにたら、ればは厳禁だが……本当に僅かな違いで勝者は違っていただろう』
『夢神選手、準決勝へ一番乗りです!』
会場が大いに湧く。その中でもアカデミア生たちからは祇園に次々と声援が送られてきた。
「よっしゃあああああああっ!! ようやったぞ夢神ィ!!」
「それでこそ俺らの代表や!! このまま準決も勝って決勝や!!」
「カッコ良かったで夢神くん!!」
「次も応援してるぞ!!」
「頑張れ!! 本当に頑張れ!!」
次々と送られてくる声援に、何度も何度も頭を下げる祇園。その祇園に、失礼、と背後からアヤメが声をかけてきた。
「見事でした、夢神さん」
「こ、こちらこそ! ありがとうございました!」
「その実力ならば、冗談抜きで今すぐスカウトしたいくらいです。……準決勝、頑張ってください。応援させていただきます」
ありがとうございました――そう言って立ち去っていくアヤメ。彼女にもまた、いくつもの惜しみない拍手が送られた。
「――ありがとうございます……!」
その背に、祇園は深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
控室へ向かう廊下。そこで、神崎アヤメは一人の少女と遭遇する。
――桐生美咲。
今大会の優勝候補筆頭とされる少女は、微笑を浮かべていた。
「負けてしまいました。強いですね、彼」
苦笑を零す。すると、相手も微笑んでいた。
「同情はありましたが、その感情は置いてきたつもりだったのですがね」
「才能を視れた。それでええやろ、多分。ウチらは下の子らを育てるんもお仕事や」
「そう言ってもらえると、気が楽ですね」
微笑む。そして、では、と言葉を紡いだ。
「自由な身となりましたので、応援に回ります」
「あはは、しっかり応援してやー?」
「桐生プロなら、問題はなさそうですがね」
肩を竦める。そのまま、失礼します、とだけ言い残してアヤメは立ち去って行った。その背に、そうそう、と美咲は言葉を紡ぐ。
「最後、何で伏せカードを発動せーへんかったん?」
「見てみたいと思いました。彼の、デュエルを。……それだけです」
今度こそ立ち去っていくアヤメ。一人残された美咲は、祇園、と小さく呟いた。
「……強くなったなぁ……」
その言葉には、嬉しさと、寂しさと、その他多くの感情が。
全て、込められていた――
勝者、夢神祇園!!
準決勝――進出!!
勝者、夢神祇園!!
背負ったものを放り投げることも無視することもなく、また一歩、成長してみせました!!
で、美咲に対する呼び方ですが、ああいうところが祇園くんのよく言えば大人、悪く言えば卑屈なところ。
世間から見た二人の『差』を冷静に感じられるからこうなるのです
いやー、面倒臭い主人公だなしかし……