遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第二十五話 〝夢神祇園〟という少年

 

〝ルーキーズ杯〟二日目は、特に問題が起こることなく無事に終了した。正確には少々厄介な問題が発生しているのだが……まあ、それは大会には直接関係ない。

 いずれにせよ、表面上は問題なく終わった。そう、表面上は。

 内面で何かが起こっているのなら、面倒であっても対応しなければならないのも現実である。

 

「御三方は何を飲まれますか?」

「ビールでお願いします」

「日本酒だな」

「梅酒ー」

「……神崎プロはともかく、お二方は未成年ですよね? 何を当然のようにお酒を頼んでいるんですか」

 

 呆れた様子でそう言葉を紡いだのは、ルーキーズ杯で実況アナウンサーを務める宝生だ。彼女以外には桐生美咲、烏丸澪、神崎アヤメの三人がおり、居酒屋の個室で言葉を交わし合っている。

 普通なら有名人である四人がこうして集まっていれば騒ぎが起きそうなものだが、この店は普段から美咲が利用している店で、色々と融通が利く。

 もっとも、ここに来るためにファンを撒くのは大変だったが。

 

「何、誰も口外しなければバレることもないよ」

 

 笑いながらそんなことを言うのは澪だ。宝生が烏丸プロ、と呆れた様子で言葉を紡ぐ。

 

「昨年、未成年で飲酒をした新人に厳しい苦言を呈しておられませんでしたか?」

「うむ。まあ、ポーズとしてだな。やるならバレないようにやれ――そういう意味で言ったつもりだったが、マスコミはそう受け取らなかったというだけだ」

「……その言葉はマスコミがいい仕事をした、という意味で受け取っておきます」

「まあ、何でも構わんさ。なあ、美咲くん?」

 

 話を振られ、疲れた様子でいた美咲ははい、と頷いた。そのまま笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

「バレてクビになったらそれはそれで色々できそうですもんねー」

「いっそ二人で世界中の大会を荒らしに行くか? 生活費ぐらいは稼げる気がするが」

「お、ええですねー。世界一周しながら賞金稼ぎなんて漫画かアニメみたいですやん。楽しそうや♪」

「お二人の場合、実際にできそうですね」

「……お願いですから勘弁してください」

 

 どこか疲れた様子で言う宝生。おいおい、と澪が苦笑を零した。

 

「疲れが溜まっているのではないか? 無理をするものではないぞ、宝生さん。折角の美人が台無しだ」

「誰のせいですか誰の!」

「そんなんやと眉間にしわ増えますよ~♪」

「ああもう!」

 

 行き場のない感情を抱え、悶絶する宝生。ずっと傍観していたアヤメが、それぐらいに、と言葉を紡いだ。

 

「お二方の悪ふざけが過ぎるかと」

「だって宝生さん反応がかわええし」

「うむ。少年もそうだが、真面目な人間というのは実にからかい甲斐がある」

「……やはり、お二方は敵に回したくないですね」

 

 アヤメが肩を竦める。まあ、と澪は言葉を紡いだ。

 

「宝生さんをからかうのはこの辺りにしておこう。――まずは、美咲くんにアヤメくん。一回戦突破は見事だったよ。改めてこの言葉を送らせてくれ。おめでとう」

 

 澪が称賛の言葉を送る。その言葉に、二人はそれぞれの反応を示した。

 

「ウチはまあ、チームメイト候補が見つかったから大満足です♪」

「私の方も、この大会の試みは非常に有意義だと思います。実力を測るにはやはり、直接が一番ですから」

 

 共に自身の勝利に対しては特にコメントはない。勝って当然だった、という雰囲気さえ漂わせている。

 一見、傲慢にも思えるが……それはある意味で仕方がない。それで飯を食べ、生活の一部としている人間と、究極的なことを言えばデュエルがなくとも生きていける学生とではそもそもの覚悟が違うのだ。

 

「それは良かった。……さて、それでは本題だ。アヤメくん、キミは我々と雑談をするためだけにここへ来たわけではあるまい?」

 

 澪が鋭い視線をアヤメへと向ける。アヤメはその視線を受け止め、頷きを返してきた。

 

「本来なら響プロにも来て頂こうと思っていたのですが……ご家族の方と約束があるそうで」

「そういえば、響プロの姉はアカデミア本校の教員でしたか」

「ウチの同僚やでー、宝生さん。……まあ、紅葉さんはしゃーなしとして、イリアちゃんと松山さんは?」

「本郷プロは傍観すると。松山プロは『興味がない』と仰っておられました」

「まあ、妥当だろうな。後ろ暗い話へ理由もなく自分から足を踏み入れるのは馬鹿のすることだ。イリアくんの性格上、放ってはおけないが関わるのもおかしい……そんなところだろう」

 

 アヤメの言葉に澪が頷く。そう、プロデュエリスト・本郷イリアは今回の話を聞いた時に色々考えたようだが、結局傍観を選んだ。『プロ』としては十分に正しい選択である。

 

「はい。ですが、本当に手が必要になれば言って欲しいとは」

「まあ、今のところは必要ないと思いますわ。しゃちょーが情報操作始めたし、色々と調整が難しくなっとるから動くに動けへん状況ですしねー」

 

 今回の〝ルーキーズ杯〟の裏側で問題になっている出来事。それは表沙汰にするには少々厄介な話だ。冗談抜きでプロの世界が荒れかねない。

 そのために美咲はマスコミの前に出、澪と共に話題を逸らした。所詮は時間稼ぎだが、やる意味はある。

 

「……その、先程聞いたお話は真実なのでしょうか?」

 

 不意に、宝生がそう言葉を紡いだ。それと同時に、飲み物が運ばれてくる。

 

「お待たせしましたー」

「ああ、注文いいかな? この刺身の盛り合わせと唐揚げと、串カツ盛り合わせを頼む。他には何かあるか?」

「んじゃ軟骨お願いしますー♪」

「焼き鳥もお願いします」

 

 宝生の言葉など聞いていなかったかのように注文する澪と、それに続く美咲とアヤメ。店員がそれを受付け、部屋から出て行く。

 それを見送ってから、宝生さんの質問だが、と運ばれてきた烏龍茶――結局これにした。ちなみに美咲はグレープフルーツジュースである――を口に含みながら澪が言葉を紡ぐ。

 

「結論から言えば、真実だ。だが、あくまで私や美咲くんの主観が入っているということは心に留めておいて欲しいが」

「……不当に退学にされた生徒と、差別を受けていた生徒……ですか」

「別に珍しい話でもないのだがな。こういった話は世間の学校でもありふれている。教師とて人間だ。気に入らない生徒もいるだろうし、その逆もある。今回もその例に漏れん。ある意味ではな」

 

 その言葉に、美咲とアヤメも頷く。そう、この手の話は表沙汰になっていないだけで世間にはありふれている。学校というのは閉鎖された空間で、外に情報が洩れ難い。そんな場所で教師と生徒が結託して情報を隠ぺいするのだから、明るみに出ることはほとんどないのだ。

 故に、今回の状況は異常とも言える。――生徒が、積極的に外へ情報を流そうとしている状況など。

 

「元々、以前からアカデミア本校は孤島にあるゆーことで問題視はされてたんです。ブルー生の評判とかもありましたしね。せやけど、確実に卒業生が結果を残してたからどうにでもなった。……今回の件は、その辺りの部分も関係してるんです。サイバー流やら鮫島校長なんてのは結局のところ問題の一部分。『アカデミア本校の体質』が問題なんですよ」

「私はアカデミア本校については聞いた話だけだが、色々と叩けば埃は出てくるぞ? 所属寮の格差については生徒のモチベーションの問題上、ありではある。だが、その決め方が問題だ。中等部からの持ち上がり組は問答無用で最上級の寮であるブルー寮に入り、余程のことがなければ下の寮の者たちはブルーには上がれない。これで今まで問題にならなかった方が不思議だ」

 

 美咲の言葉に追従するようにして澪が語る。アヤメが頷いた。

 

「私が学生の頃から問題ではありました。しかし、倫理委員会の存在がそれを包み隠していたのです。……下手を打てば、プロの世界にもひびが入りかねません」

「正直、ここまで後ろ暗いものが出てくるのは私も予想外だったというのが本音だ。海馬社長も大変だろう」

「火付け役は澪さんですやん。祇園のこと注目選手とかゆーて、記者に興味持たせたくせに」

「今まで歯を食い縛って不遇な中でも前を向いてきたのが少年だ。応援したいと思うのは人情だろう?」

「別に澪さんの発言を否定はしてませんよー。むしろウチとしてはお礼を言いたいくらいでしたし。……というか、今回の一番面倒臭いことは何って、祇園が自分の状況を理解してないことなんやねんなぁ……」

 

 美咲はため息を零す。今回の騒動における中心にいるのが祇園だ。被害者という立場でだが、彼の退学を入り口にしてマスコミは動き始めているのも事実。

 しかし、本人はそのことについて自覚していない。勘は悪くないので何かが起こっていることは理解しているのだろうが、今の状況については知らないだろう。

 そんな美咲の言葉に、ですが、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「夢神さんは退学も自分の責任と思っているようですから、知らないのも無理はないかと」

「ホンマやで、もう……。まあ、祇園がどう思うかと世論は別やから、問題ないといえば問題ないんやけど……」

「問題はどこまでやるかだな。KC社やI²社の名を落とすわけにもいかんだろう? 私としてもスポンサーを失うのは辛い。働かなくても金が入ってくるという素晴らしい状況なのに」

「……今の発言は聞かなかったことにします、烏丸プロ」

「うむ。そうしてくれると嬉しいよ、宝生さん。……先程、龍剛寺校長からも連絡があってな。動く準備はしているそうだ」

「動く、て……『昇龍会』ですか?」

「私の裏のスポンサーといえばそこしかない。大体、KC社とI²社だけでは表側を抑えつけることができても裏側のいざござまでは手が届かん。そういう意味で彼らにも動いてもらう予定だが……着地点、妥協点を先に見極める必要がある。そのためには少年が重要になるんだが……」

「まあ、当事者ですしねー」

 

 うんうんと美咲は頷く。結局のところ、一番無難な妥協点は『退学の問題』の決着だ。それ以上は触れれば面倒なだけであり、海馬を含め関係者も触れるつもりはないだろう。

 まあ、海馬のことだ。倫理委員会については教師陣から話を聞いてどうにかしようとしているだろう。寮についても、運の良いことに美咲が行っている寮の入れ替えのシステムがある。

 

「……夢神祇園、ですか。彼もまた、可哀想ですね。本人の知らないところでこんな目に遭って」

 

 ポツリと宝生が呟く。澪が、ああ、と頷いた。

 

「最終的な妥協点は、少年の今後にも関わってくる。……どういう結論を出すのだろうな」

 

 全てを自身のせいにし続けてきた、少年は。

 一体、どういう結論を出すのか――

 

「……そういえば、防人さんはどちらへ? 大会中は烏丸プロが保護者代わりと聞きましたが」

 

 不意にアヤメがそんなことを言い出した。ああ、と澪は持ってこられた唐揚げを口にしながら言葉を紡ぐ。

 

「妖花くんなら少年と共にウエスト校が泊まっているホテルだ。私もそこに泊まっていることもあって、彼女もそこに宿泊している。今頃は少年の一回戦突破祝いと、負けた二人の慰労会で盛り上がっているはずだ」

「明日試合やけど、大丈夫なんかな祇園……」

「我々も人のことは言えないかと」

「まあ、大丈夫だろう。少年はその経験からか体が随分と丈夫なようだからな。毎朝弁当を作ってくれるのには本当に感謝している。……むっ。この唐揚げ、少年が作ってくれたものの方が美味いな」

「へー、毎朝弁当を――って弁当!?」

 

 美咲が立ち上がらんばかりの調子で叫ぶ。どうした、と澪は眉をひそめた。

 

「食事中にはしたないぞ美咲くん。それでもアイドルか」

「いや、今はカメラないから気にせんでも……ってそうやない! 弁当!? 澪さん祇園に弁当作ってもらっとるん!?」

「うむ。何だ、知らなかったのか?」

「いや知るはずがない……って、何で作ってもらっとるんです? 澪さん、確かに料理グダグダやけど」

「キミに言われたくないな、美咲くん。いい勝負だろうに。……まあ、礼としてだ。少年の寝床を提供した礼にと家事をやってくれていてな。かなり助かっている」

「家事? って、まさか……一緒に暮らしてる、とかそんなファンタジーなことは……?」

「一つ屋根の下だぞ。マンションだが」

「嘘やろ!? ウチもそんな経験ないのに!?」

「桐生プロ、落ち着いてください」

「烏丸プロも、煽るのはその辺に。というより、流石に冗談ですよね? 同棲なんて……」

「いや、冗談ではないぞ? 残念ながらウエスト校の寮は今満室でな。私の部屋に少年が住んでいる状態だ」

 

 肩を竦める澪。驚く宝生の隣で、アヤメが冷静な調子で言葉を紡いだ。

 

「スキャンダルですね」

「うむ。広めてくれて構わんよ。少年のようなタイプは外堀から埋めていくに限る」

「ちょっ、何言うてるんですか澪さん!? アカンよアヤメちゃん!? そんな許さんからな!?」

「桐生プロ、落ち着いてください。烏丸プロも煽るのはそれぐらいに……」

「あの夜は熱かった……」

「浮気!? 祇園浮気したん!?」

「いえ、夢神さんは桐生プロのものではないと思いますが」

「燃え上がるようだったな」

「祇園んんんんんっっっ!? 嘘やろぉぉぉぉぉっっっ!?」

「……桐生プロが壊れました」

「とりあえず、烏丸プロ。煽るのはその辺でやめてください」

「楽しいじゃないか。恋する乙女というのは実に見ていて面白い」

 

 くっく、と笑みを零す澪。宝生が呆れた調子で言葉を紡いだ。

 

「プロであっても桐生プロは十五歳です。あまり煽り過ぎないでください」

「まあ、こうでもしないといつまでも『待つ』のが美咲くんだ。少年はどうもその辺りの感情が薄いように思える。焚き付けただけだよ。……そうでないと、こちらも張り合いがない」

 

 微笑ながら言う澪。視線の先では、部屋の隅で何やら呟いている美咲がいる。

 

「……問い詰める……? でも……浮気……いや……約束……」

 

 ブツブツと何かを呟いている美咲。アヤメも引いてしまっている。

 

「うむ」

 

 そんな彼女を眺め、澪は鷹揚に頷いた。

 

「煽り過ぎたか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 アカデミア・ウエスト校の生徒たちが止まっているホテルの宴会場。そこでは食事を終えた生徒たちのほとんどが集まり、好き勝手に騒いでいた。

 

「菅原歌います! 今日の悔しさを歌に込めて!」

「縁起悪いで菅原~!」

「お前の歌で夢神が明日負けたらどうするんや~!」

「うっさいボケェ! 文句あるんやったらかかって来いやぁ!」

 

 壇上では今日、大学リーグMVPにして事実上アマチュア最強のデュエリストである新井智紀に一回戦で敗北した菅原雄太を中心に、男子生徒が大声で騒いでいる。一見すると危険そうだが、ウエスト校の気質を知った祇園にしてみれば特に気にすることもない。あの程度は日常茶飯事だ。

 だが、初めて目にする人にとってはやはり衝撃なのだろう。実際、祇園の側にいる少女――防人妖花はどこかびくびくして怯えている。

 

「あ、あの、大丈夫なんでしょうか……?」

「大丈夫。いつものことだから。それよりも、妖花さんは大丈夫? 知らない人ばかりのところで……」

「大丈夫です! こんなに大勢の人を見る機会なんてなかったから、少し驚いていますけど……」

 

 祇園の問いかけに、妖花は頷きながら応じる。障りの部分しか聞いていないが、妖花はずっと小さな村で同年代の子供がいない中過ごしてきたらしい。故に、友達などいないのだとか。

 ずっとテレビでプロや大会の様子を見てきたと言っていた。その話には、共感できる部分がある。

 

「ぎんちゃん~、よーちゃん~」

 

 不意に、間延びした口調でこちらに歩いてくる女生徒に気付いた。――二条紅里。今日プロ希望の旨を明言した、ウエスト校ランキング一位のデュエリストだ。

 

「紅里さん、お疲れ様です」

「あはは、ぎんちゃんたちもお疲れ様~。取材、大変だったでしょ~?」

 

 苦笑しながら聞いてくる紅里。祇園も苦笑を返した。

 

「僕はそこまでだったんですが……妖花さんが大変でした。澪さんに協力してもらって、どうにかここへ戻ってきたんですが……」

「うーん、そっか~。大変だったね~」

 

 妖花の頭を撫でる紅里。妖花は照れ臭そうにしながら、いえ、と首を左右に振った。

 

「凄く光栄でした! 取材なんてテレビの中のことだと思っていましたし……」

「そっか~。うー……可愛いっ!」

 

 いきなり妖花を抱き締める紅里。その表情はかなり緩んでいる。

 妖花は抱き締められたことに驚きつつも、しかし、抵抗はしない。

 

「あ、あのっ、二条選手?」

「んー、紅里さん、って呼んで~?」

「あ、紅里さん。いきなりどうしたんですか?」

「妖花ちゃんが凄く可愛かったから♪」

 

 楽しげに微笑む紅里。そんな紅里の様子を見てか、女生徒たちが集まってきて妖花を取り囲んだ。といっても乱暴するわけではなく、まるで可愛いものを愛でるように妖花に声をかけ始める。

 

「うわ、綺麗な黒髪やなぁ。羨ましいわ」

「近くで見ると小っちゃい……いくつなん?」

「ちょい紅里! うちにも抱かせて!」

「えー、やだー」

「あ、あの、これは――」

 

 人に埋もれて見えなくなってしまった妖花。その様子を苦笑しながら眺めていると、飲み物を持った青年がこちらへと歩み寄ってきた。

 菅原雄太。代表戦で祇園に勝った、尊敬できる先輩だ。

 

「よぉ、夢神。調子はどないや?」

「菅原先輩、お疲れ様です」

「お互い様やろ? むしろ俺なんか明日何もせんでええからお前より気楽やわ」

 

 苦笑し、肩を竦める菅原。祇園は、でも、と言葉を紡いだ。

 

「僕も、どうにか勝てただけで……」

「おいおい、正気か自分? 危なげない勝ちやったやないか」

「……運が良かったんです。少し巡り合わせが違えば、負けていました」

 

 藤原千夏――あの藤原雪乃の妹であり、ジュニア選手権での準優勝者。あのデッキと祇園のデッキの相性は実を言うとかなり悪い。序盤で『スキルドレイン』と『王家の眠る谷―ネクロバレー』が揃ってしまえば、そのまま完封されていたこともあり得た。

 そういう意味で、運が良かった。もう一度戦えば勝てるかどうかは正直わからない。

 そんな祇園の様子を見て、どう思ったのか。菅原は苦笑を零した。

 

「そういうところが自分のええところで、同時に悪いところなんやろな」

「悪い、ですか?」

 

 首を傾げる。祇園としても自分のマイナスに行きやすい考え方や性格は短所だと思っている。出来れば治したいとも思っているのだ。

 だが、菅原が言いたかったのはそういうことではないらしい。彼は苦笑の表情のまま、自分さ、と言葉を紡いだ。

 

「自分自身のこと、好きやないやろ?」

「……自分のことが、ですか」

「自分の立ち振る舞いとか言い回しとか聞いてるとな。そう思えるわ。図星やろ?」

 

 言われ、どうだろうかと祇園は自問する。夢神祇園という人間が、自分は嫌いなのだろうか。

 

(弱くて、一人じゃ何もできなくて。……変わりたい、って何度も思って)

 

 一人きりでいた時には、逃げることしかできなかった。

 友達ができた時は、その友達に手を引いてもらうことしかできなかった。

 一人で立ち向かった伝説には、太刀打ちすることさえ許されなかった。

 路頭に迷うところだったのを救ってくれたのは、やはり友人たちと……新たに出会った、優しい人たちだった。

 

(やっぱり、僕は一人じゃ何もできない)

 

 強くなりたいと、約束を果たすと息巻いても。

 結局、一人では何もできない弱者だった。

 

「……好きじゃない、と思います」

 

 頷きを返す。やろうな、と菅原は笑った。

 

「自分に足りんのはそこや。別に好きになれとは言わんし、そんなもんは強制するもんでもあらへん。ちなみに俺は自分が大好きや。一生付き合っていく『菅原雄太』ゆー人間を嫌いになったところでメリットなんてあらへんしなぁ」

「……ですが、僕は。自分を好きになんて……」

「別に好きになる必要はあらへん。――ただ、せめて〝自信〟くらいは持ったらどうや?」

 

 自信――夢神祇園からは縁遠い言葉だ。いつだって祇園は立ち向かう側であり、そしてその中で多くの敗北を経験してきた。

 自信など、持てようはずがない。

 自分を信じることなど、できるはずがないのだ。

 だが、そんな祇園を見、阿呆、と菅原は言葉を紡いだ。そのまま、軽く祇園の胸を拳で叩く。

 

「情けない話やけどな、俺と二条は一回戦で負けてしもた。せやけど、お前は勝った。一回戦を突破した。それは胸張るべきことやろ。違うんか?」

「で、ですが。僕の勝ちは運もあって……」

「――ならお前は、たった一度の出会いや人生さえも『運』や『偶然』で片付けるんか?」

 

 拳を祇園の胸に当てながら。

 菅原は、真っ直ぐな目でそう言った。

 

「お前が勝って、俺らは負けた。そら運もある。特に二条なんかあの美咲ちゃ――ゴホン、桐生プロの本気を相手にしたんや。勝てる可能性なんて0に等しかったやろ。いくらなんでもな。……でもな、俺はこうも思うんや。俺たちには『覚悟』が足りんかったんやって」

 

 覚悟。拳を引き戻しながら、菅原は苦笑を込めてそう言った。

 

「ナメとったんや、俺も二条も。他のアカデミアの連中も、丸藤亮――〝帝王〟でさえも。この大会に対する覚悟と、プロに対する認識が甘かった。……悪いとは思ったんやけど、姐さんから聞いたんや。お前がこの大会に出ることに拘った理由。代表戦で、何であんなに必死になってたんか」

「…………」

「桐生プロの幼馴染とは驚いたけど、まあそれはええ。……いや、良くない。めっちゃ羨ましい。サインもらっといて欲しいくらいや。ちゅうか頼む。この通りや」

 

 手を合わせて頭を下げ、拝むポーズを見せる菅原。祇園は苦笑した。

 

「はい。頼んでみます」

「マジか!? いやー、持つべきものはええ後輩やな! で、なんやったか……ああそうそう、覚悟や。そう、覚悟。自分、桐生プロと戦うために参加したんやて?」

「……はい」

 

 頷きを返す。別に隠すようなことではない。それを理由に、むしろそれだけを理由にここまでどうにかやってきたのだから。

 菅原はさよか、と頷くと、だからや、と言葉を続けた。

 

「自分は正直、まだまだやと思う。インターハイとかに参加しても、近畿大会に出られるかどうか……府予選の上位にどうにか食い込める程度やと思う。まあ、自分の学年でそれなら十分凄いんやけど、でも、やっぱり他の参加者に比べたら格下や。遊城十代とかゆーのみたいなドロー運もない自分は、実績の面から見ても一番下やろ?」

「……そうですね。妖花さんとデュエルしても、正直勝てるイメージが湧きません」

 

 相性の問題もあるが、それよりも祇園が危険視するのは妖花のドロー運だ。『帝王』とのデュエルにおいて、結局彼女は一度も『ミスティック・パイパー』におけるドローを外していない。十代ほどではないにしても、十分過ぎる強運である。

 そのことを妖花自身は『皆のおかげ』と語っていたが、皆とは誰なのかについては結局わからないままだ。

 結局のところ、夢神祇園はあの場所において一番の異端だ。ライオンの檻に迷い込んだウサギ――立ち向かう力はなく、同時に一人では何もできない、そんな存在。

 

「僕は、弱いです」

「けど、勝った。……結局な、気持ちなんやと俺は思う。俺はお祭の気分で参加して、負けた。新井にはプロでリベンジするつもりやけど、まあそれはええ。せやけど……お前は違う。本気で、勝つためにデュエルをした。多分、そういうもんなんやと思う」

 

 祇園が勝利し、菅原が負けた理由は。

 それが理由だと、菅原は語る。

 

「自分さ、インターミドルとかジュニア大会とか出たことあるか?」

「インターミドルは、その……出られませんでした。ジュニア大会は予選落ちで……」

「成程、応援する側やったんやな」

「……はい」

 

 そう、インターミドルもジュニア大会も、祇園にとってはテレビの前から応援するだけの世界だった。ジュニア大会では美咲の活躍を応援し、インターミドルに至っては中学校に友達がほとんどいなかった祇園にとっては出場さえできない世界だ。そもそもの代表選考にさえ出ていない。

 だからこそ、祇園は自分が〝ルーキーズ杯〟に出ていることに自分自身で違和感を感じている。どうしようもないほどの場違い感を覚えるのだ。

 

「せやけどな、夢神。――今はお前が応援される側なんやで」

「僕が……?」

「俺らはアカデミアの代表として出てるわけや。まあ、負けたけど。……せやけど、お前は一般参加の枠から上がってきて、しかも勝った。記者連中に聞いたけど、自分を応援する電話も結構多いみたいやで? それに、自分はウエスト校唯一の生き残りやからな。今こうして騒いどる連中も、俺含めて明日は全力で応援するつもりや」

 

 胸を張れ、と菅原は言った。

 

「今はお前がウエスト校の代表や。エースや。自分で自分のことを誇れへんなら、俺たちを誇れ。オマエを応援する俺たちをや。――任せたで、夢神」

 

 肩を叩き、菅原はステージに戻っていく。そのまま彼はマイクの取り合いをしていた男子生徒からマイクを奪い取ると、声を張り上げた。

 

「オラァ! 明日の試合、夢神の応援気合入れてくで!」

「当たり前や! 夢神! 頑張るんやで!」

「応援しとるで! 関西の根性見せたれや!」

「けど、夢神関東出身やなかったか?」

「かまへんかまへん! ウエストの生徒なら関西人や! 東京もんを叩き潰せ!」

「美咲ちゃんは関西出身やけどな」

 

 好き勝手なことを言い出し、そのままカラオケ大会が始まる。祇園は、はい、と頷いた。

 

「……ありがとうございます……!」

 

 大きく、深々と頭を下げる。周囲から、阿呆、と声がした。

 

「仲間応援すんのは当たり前やろ。頑張れや」

「菅原のド阿呆に生徒会長、そんで夢神か。今年のインハイと国大はええ結果残せそうやな」

「これで姐さんが出てくれたらなー」

「流石にタイトル持ちはなぁ。特別措置で出場禁止やったっけ?」

 

 祇園に応援の言葉を送りながらも、すぐに雑談に興じていくウエスト校の生徒たち。祇園は、自身の口元に笑みが浮かぶのを自覚した。

 転校生として入って来た自分に、ここまで優しくしてくれる。それが……嬉しかった。

 

「夢神さん!」

 

 そんな風に考えていると、いきなり名前を呼ばれた。見れば、妖花が満面の笑みを浮かべてこちらへと走り寄ってくる。

 彼女の背後の方では、何人かの生徒が机に突っ伏していた。

 

「ええと、あれはどうしたの?」

「えっと、デュエルをして欲しいといわれたのでデュエルをしました!」

 

 満面の笑みを浮かべる妖花。成程、どうやら『エクゾディア』の犠牲になったらしい。

 ……まあ、確かに妖花とデュエルをすればそのドロー加速にどんどん追い詰められるのは目に見えている。その上揃えられるのはエクゾディアだ。揃えることなどほぼ不可能とまで言われるそれを目の前でやられたら、ああなるのも必然だろう。

 そうして机に突っ伏している女生徒たちに、紅里が声をかけている。だが、流石に関西人。そしてウエスト校の生徒だ。顔を上げると、妖花へと言葉を紡いだ。

 

「いやアレや! 強いわ!」

「こんなんどないせーゆーねん。まあ、せやけど面白かったわ。明日応援しとるで妖花ちゃん!」

「ウチらに勝ったんやからサクッと優勝するんやで!」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 ぺこぺこと何度も頭を下げる妖花。その仕草も小動物じみていてどこか可愛い。

 

「楽しそうだね」

「はい。……今までデュエルは見るだけで、今日の丸藤選手との試合が二回目でしたから……。皆さんとのデュエルは凄く楽しいです!」

 

 元気良く頷く妖花。そっか、と祇園は頷いた。

 真っ直ぐに、純粋にデュエルを楽しむ防人妖花という少女。成程、こういう〝強さ〟もあるのだろう。

 ――ならば、自分は?

 夢神祇園の〝強さ〟とは、一体……何だ?

 

「明日は頑張りましょう!」

「……うん。お互い、頑張ろう」

 

 頷きを返す。周囲にいるのは、自分たちを応援してくれる人たちであり、仲間だといってくれる人たち。

 応援されることなど、祇園の人生では一度もなかったことだ。いつだって応援する側の人間であり、観客席から戦う人たちを見ているだけだったのが夢神祇園という少年である。

 目標があり、目指す場所と約束があっても。

 鼻で笑われ、夢は潰え……そうして消えていくはずの存在だった。

 ――けれど。

 今、自分はここにいて……。

 

「……頑張るよ。頑張る」

 

 頼りなさ気に、しかし、それでも言い聞かせ。

 夢神祇園は、微笑んでいた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 今日もまたチケットは早々に売り切れ、大盛り上がりを見せる〝ルーキーズ杯〟。午前中のプログラムには祇園も参加し、初心者教室をアカデミア・ウエスト校の教師陣と共に開いていた。

 昨日の試合を見てか、祇園のことを応援してくれる子供も多く、子供以外からも多くの激励の言葉を貰った。

 一般枠で参加した一年生――成程、菅原が言っていたように自分は『一般』の代表としても認識されているらしい。

 そんなプログラムが終わり、片付けを自主的に手伝っていると……解説席からの放送が響いた。

 

『さて、諸君。二回戦の組み合わせが決定されたので通達しよう。昼食後の第一試合は……宝生アナ。頼む』

『はい。一回戦は……プロデュエリスト、神崎アヤメ選手VS一般参加枠、夢神祇園選手』

 

 会場のあちこちから声が上がった。祇園は、小さく拳を握り締める。

 ――神崎アヤメ。今シーズンリーグ首位を走る『東京アロウズ』の不動の副将にして、昨シーズン新人王。

『玄人』と呼ばれるその実力は、決して侮っていいものではない。

 

「夢神祇園」

 

 不意に、名を呼ばれた。振り返ると、そこにいたのは昨日祇園が勝利した相手――藤原千夏。

 彼女は、頑張りなさい、と視線を合わさないままに言葉を紡いだ。

 

「私に勝ったんだから、絶対に勝ちなさい。……応援くらいは、してあげるわ」

 

 それだけを言うと、彼女はこの場を立ち去って行った。

 祇園はその背中を見つめ、うん、と小さく頷く。

 

「……応援される側、か」

 

 小さく、呟いて。

 祇園は、片付けの作業を続行した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふぅん。あの小僧がプロにどこまで喰らいつけるか、楽しみだな」

「結局、期待しておられるのですね」

 

 VIPルームにそんな声が響く。現在、その部屋にいるのは二人だけだ。

 一人は、KC社社長にして〝伝説〟のデュエリスト――海馬瀬人。

 もう一人は、アカデミア・ウエスト校の校長――龍剛寺。

 

「諦めない、ということは存外難しい。あの小僧は俺とのデュエルにおいて、それこそLPが0になるその瞬間まで諦めなかった」

「それを評価したと?」

「腑抜けの凡骨の中ではマシに見えたというだけだ」

 

 海馬が言い切る。そのまま、だが、と言葉を続けた。

 

「ここで負けるようならば、所詮はそれまでだったということに過ぎん」

「一回戦を勝ち抜いただけでも、十分とは思いますが」

「デュエリストならば目指すのは頂点のみだ。過程などどうでもいい。……小僧は美咲と戦うためには決勝まで駒を進める必要がある。どこまでやれるか、見せてもらわねばな」

「それは、アカデミア本校の件も関係しているのですか?」

「最終的には小僧の立ち位置で妥協点が決まる。……それだけの話だ」

 

 物語の中心にいる、一人の少年。

 しかし、彼は何も知らぬまま……物語は進んでいく。

 

「そういえば、鮫島校長はどうされているのです?」

「ホテルで待機している。今日の結果でこちらのとる手段が決定される以上、奴には大人しくしてもらわなければならん」

「成程、それはそれは」

「さて、小僧。――貴様はここで潰えるか、それとも這い上がれるか?」

 

 海馬の、視線の先には。

 スクリーンに映し出された、緊張した面持ちの祇園の表情があった。














とりあえず、現在の問題がどういうものかであるという点の整理です
鮫島校長やら倫理委員会やらサイバー流やらはあくまで派生した問題であり、一番問題なのは『祇園の不当な退学』と『アカデミアの体質』なわけです。

まあ、ややこしくなっているからこそ情報操作もできるわけで。
海馬社長も大変ですね

そして相変わらず、自分が騒動の中心……どころかそもそも騒動にさえ気づいていない祇園くん。
彼はその立場から、応援する側であることが多かった。しかし、ほとんど初めて『応援される側』になったわけです。
成長したなぁ、祇園くん
あとウエスト校はやっぱり楽しいですね

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