遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第二十二話 憧れた場所で

 

 解説席に再び戻ってきた桐生美咲を加え、会場には三人の声が響いていた。

 

『さて、これで第六試合が終了しました。アカデミア・ウエスト校代表の菅原選手と一般枠の新井選手。勝者は新井選手となりましたが』

『格が違う、というほどではないが、明確な実力の差があった戦いだったな』

『二人共プロ志望やし、楽しみやね~♪』

『現在残っているのは今年度ジュニア準優勝の藤原千夏選手、アカデミア本校代表丸藤亮選手、推薦枠の防人妖花選手、一般枠の夢神祇園選手ですが……』

『残り二試合か。随分と長く解説をしていた気分だ』

『でも、ここからも面白そうですよー。ジュニア準優勝、サイバー流正統継承者、ミラクル・ガール、そして澪さんが『台風の目』と呼ぶ一般人』

『少年については、キミも期待しているだろう?』

『ま、そらねー』

『では、最後の組み合わせの決定です。……決まりました、第七試合は藤原千夏選手と夢神祇園選手です!』

『トリを飾る、ということにならないのが少年らしい』

『全日本ジュニア準優勝……懐かしいなぁ。もう四年くらい前になるんやな~』

『では、試合開始は十五分後です!』

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室で自分の名前を呼ばれ、夢神祇園はゆっくりと立ち上がった。相手が今目の前にいる妖花ではなかったことに少し安堵しつつ、同時に少し重い気持ちになる。

 

(全日本ジュニア準優勝か……僕にとって、全日本ジュニアは見ているだけの世界だったから……)

 

 美咲がカードショップを立て直すと言い、ほとんど不可能とされた本選出場からの優勝を成し遂げた時。祇園は、ただそれを見ていることしかできなかった。

 弱い自分とは遥かに違う強さを持つ、同い年ぐらいの者たちが全力で戦う場所。

 テレビの中の遠い場所で、憧れることしかできない場所だった。

 

(美咲と戦えたら、って思ったことはあったけど……やっぱり、無理で)

 

 あの美咲でさえ、当時は「苦労した」と愚痴っていた場所だ。自分などが戦える場所ではない。

 今でも、全日本ジュニアの試合はテレビで見る。同時に、そこで戦える彼らを凄いと尊敬する。

 ――だって。

 その場所は、憧れることさえ許されない場所だったから。

 

「あの、が、頑張ってください!」

 

 少女――防人妖花が拳を握り締めながらそう言った。彼女の体は震えており、どうやら酷く緊張しているようだ。

 それはそうだろう。祇園の相手が決まった時点で、妖花の相手も確定する。そして妖花の相手は、日本ではかなりの知名度を誇る『サイバー流』の正統継承者だ。

 ただでさえ緊張するのに、相手は実力者。それは緊張もするだろう。

 

「うん。お互い頑張ろう」

 

 頷きつつ、努めて微笑を浮かべる。緊張はある。しかし、不思議と心は落ち着いていた。

 

「どのような結果になるにせよ、悔いのないように頑張ってください」

 

 こちらへ一礼しつつそんなことを言うのは神崎アヤメだ。結局、彼女もこの部屋で共に観戦することになった。

 そんな彼女の言葉にも頷き、祇園は部屋を出る。一度の深呼吸。そして、ゆっくりと歩き出す。

 

(やっぱり、不思議だなぁ……。僕がこんなところを歩いているなんて)

 

 本来、夢神祇園とは会場の観客席の隅にいるような人間だ。もしくは、テレビの前で試合を観戦しているぐらいの。

 親戚の者たちとの折り合いが悪く、常に孤立していた祇園。中学に上がった頃には、年齢を偽って様々な仕事をさせられた。同級生たちが遊びに行く中、一人、大人に交じって働く日々。カードショップに一度向かい、そこから仕事に行くというのが日常だった。

 そんな時、仕事をしながら見ていたものが……プロの試合。

 夢見ることさえ許されない、遠い場所。それが、今の祇園が歩いていく先。

 大観衆の前でする――決闘。

 

(目指した場所は、もう少しで)

 

 声が聞こえてくる。大歓声だ。

 

(だから、前に進む。そう、決めた)

 

 何もできないから。

 出来た記憶が、ないから。

 ならば、〝諦めない〟ことが、できる全て。

 

「――往こう」

 

 呟くように、そう告げて。

 最弱の挑戦者が、表舞台へとその生涯で初めて足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 藤原千夏(ふじわらちなつ)は、全日本ジュニア準優勝の肩書きを持つデュエリストである。

 十五歳までしか出場できない全日本ジュニアだが、それ故に優勝者や準優勝者は総じて14、15歳の者となることが多い。経験、というものはやはり重要な意味を持つのだ。

 その点、今年で13歳になる千夏がジュニアで準優勝した時は大いに騒がれた。前年度は特に名前も挙がらず、本選に出場した程度だったのだから尚更だ。

 故に、彼女は自分自身の実力に絶対的な自信を持っている。同世代においては間違いなく最強だと。

 しかし――……

 

(お姉ちゃんは、私のことを認めてくれてない)

 

 アカデミア本校に通う、大好きな姉。ジュニア大会の報告をした時にはかなり褒められたが、同時に苦言も呈された。

 いつも堂々としており、優しさを併せ持つ姉。『女帝』と呼ばれていた姉は公式の大会にはほとんど姿を現さなかったが、それでも当時の同世代の者たちの中ではかなり名前が通っていたらしい。

 ……まあ、姉の彼氏である『侍大将』の存在も大きいのだろうが。

 

(だから、今度こそ認めてもらう)

 

 ずっと憧れて、追い続ける姉の背中に。

 少しでも、近付くために。

 

(如月宗達に勝てば、お姉ちゃんは認めてくれる。だから、これからの相手なんて正直どうでもいい。記者の人は何か言ってたけど、ただの一般参加なんて相手にならない)

 

 新井智紀――事実上アマチュア最強とされるあの大学生ならともかく、何の実績も持たずにただ予選を突破しただけの一般人など相手にならない。〝祿王〟の評価も、後輩というだけのリップサービスだろう。

 ならば、負ける道理はない。

 

「…………」

 

 無言のまま、大歓声の中を歩いていく。相手はすでに待っており、こちらを見るなり頭を下げてきた。

 

「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

 

 相手に合わせ、一礼する。穏やかな雰囲気を持つ青年だ。そういえば、姉と同じ年齢だったか。一度家に来たあの『侍大将』とは全く違う雰囲気だ。

 緊張はないらしい。こういう大規模な大会に出たことはないと聞いていたが……まあ、別にいい。どうせすぐ忘れる相手だ。

 

「「――決闘(デュエル)」」

 

 互いに静かな宣誓を行う。先行は――千夏。

 

「私のターン、ドロー!――私は手札から、『可変機獣ガンナードラゴン』を妥協召喚!」

 

 可変機獣ガンナードラゴン☆7闇ATK/DEF2800/2000→1400/1000

 

 現れたのは、一体の機械で造られたドラゴンだった。しかし、召喚された直後にその体が半分に縮み、小さくなる。

 

「ガンナードラゴンは生贄なしで召喚でき、その場合元々の攻撃力と守備力は半分になるわ。私はカードを二枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 千夏がエンドフェイズの宣言をする。解説席から声が飛んだ。

 

 

『デメリットモンスター、ですか。どうなのでしょう、烏丸プロ、桐生プロ』

『むしろメリットだろう。最上級モンスターなど出せなければ手札で腐るだけだ。その点、相手に依存することもなく弱体化こそすれ通常召喚できるガンナードラゴンは優秀なカードだ』

『裏側守備表示でセットしたら『闇のデッキ破壊ウイルス』のコストにして打ち込めますしねー』

『しかし、折角の上級モンスターでもあれでは容易く突破されるのでは?』

『単体でいるならばその通りだ。しかし、彼女は全日本ジュニア準優勝者だぞ?』

『ま、単純に考えて二つの可能性がありますねー』

 

 

 解説の言葉を耳に入れながら、千夏は相手を見る。テレビでジュニア大会自体が放映されているということもあり、千夏の戦術は知られていることも多い。だが、世の中には『知っていてもどうにもできないこと』というのが確実に存在する。

 実際、中等部一年生である千夏自身、学校で相手にデッキが知られた状態であったとしても何度となく勝利している。

 

(突破できるのなら、してみなさいよ)

 

 挑戦的な目を向ける。だが、相手は静かにこちらへと視線を返しただけ。

 そこには普段の千夏が感じる、敵意もなければ殺意もない。

 ――覚悟。

 父に殴られながら、それでも一度たりとも目を逸らさなかったあの男の瞳と……重なった。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 静かに、相手がドローする。相手は一度手札を確認すると、今度はこちらの場へと視線を寄越してきた。そして一つの頷きをつくり、宣言する。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、このカードは特殊召喚できる!――『バイス・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

 バイス・ドラゴン☆5闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200

 

 現れたのは、紫色の体躯を持つドラゴンだ。しかし、こちらも現れると同時に体躯が縮み、小さくなる。

 

「バイス・ドラゴンはこの方法で特殊召喚した時、攻撃力と守備力が半分になります。――そして手札から魔法カード『巨竜の羽ばたき』を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在するレベル5以上のドラゴン族モンスターを一体手札に戻し、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する!」

「なっ……!? リバースカードオープン、速攻魔法『禁じられた聖杯』! モンスター一体の効果をエンドフェイズまで無効にし、攻撃力を400ポイントアップする! 対象はガンナードラゴンよ!」

 

 可変機獣ガンナードラゴン☆7闇ATK/DEF1400/1000→3200/2000

 

 相手のバイス・ドラゴンが手札に戻ると同時に突風が吹き荒れ、千夏の伏せカードを吹き飛ばした。破壊されたのは今の『禁じられた聖杯』と『次元幽閉』。正直、厄介だ。

 しかし、ガンナードラゴンの攻撃力は3200。一度能力がリセットされ、エンドフェイズを迎えても2800だ。そう容易く超えられるとは思わないが……。

 

「僕はもう一度、バイス・ドラゴンを特殊召喚します。そしてバイス・ドラゴンを生贄に捧げ――『ストロング・ウインド・ドラゴン』を召喚!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2400/1000→3400/1000

 

 暴風を纏い、一体の竜が降臨する。翼の音を響かせ、その竜は大きく咆哮した。

 

「ストロング・ウインド・ドラゴンは生贄に捧げたドラゴン族モンスターの攻撃力の半分を得る。――バトル、ガンナードラゴンへ攻撃!」

「――――ッ!!」

 

 千夏LP4000→3800

 

 攻撃を受け、ガンナードラゴンが破壊される。相手はその結果を見ると、ターンエンド、と宣言した。

 こうも簡単に攻撃力で突破された――その事実を受けながら、千夏は思考を切り替える。思ったよりはやれるようだ、と。

 だが、所詮はそれだけだと認識する。――次のターンには、状況も変わる。

 

「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセットし、カードを一枚セット! ターンエンド!」

 

 とはいえ、今はまだ動けない。少し待つ必要がある。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 相手――千夏が名前を覚えようともしなかったそのデュエリストは、静かにカードをドローした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『烏丸プロ、桐生プロ。今の攻防は如何でしたか?』

『少年の上手さを感じたな。『バイス・ドラゴン』は条件さえ合えば何度でも特殊召喚できる。相手に依存こそするものの、『巨竜の羽ばたき』との相性はいい』

『バイス・ドラゴンに『奈落の落とし穴』は効きませんしねー。激流葬打つにしてもステータス下がって更に特殊召喚相手やから……まあ、微妙やなぁ』

『成程。それと、ガンナードラゴンなんですが、攻撃力が一気に跳ね上がりましたが……』

『ガンナードラゴンは妥協召喚という『効果で攻撃力が下がっている』状態なので、『禁じられた聖杯』で効果を無効にすれば元の攻撃力に戻る。少年が使用したバイス・ドラゴンにも言えることだがな』

『それを利用したデッキもあるし、むしろ藤原さんはそういうデッキな気がするなぁ』

『成程……対し、夢神選手ですが』

『少年についてはまあ、美咲くんと同じタイプだ。種族が違うということぐらいか? 相違点は』

『ライトロードのランダム墓地肥やしのあるなしもありますよー』

『ああ、成程。そこは確かに重要かもしれんな』

『ウチの場合、ピンポイントでできますから。その分遅いですけどね』

『成程、ありがとうございます。……では、夢神選手のターンです』

 

 

 解説席の声を聞きつつ、祇園はカードをドローした。

 ライトロードの墓地肥やしには不安定な部分が多いが、その分早い。それに美咲の場合、『堕天使アスモディウス』などが一枚ずつとはいえピンポイントで墓地へ落とせる効果を持っているし、その上祇園の『カオスドラゴン』ほど墓地に依存していない。

 

「僕は手札より、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を召喚します」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1100

 

 現れたのは、金髪をポニーテールにした一人の魔術師だ。先にフィールドに出ていたストロング・ウインド・ドラゴンの少し前に現れ、まるで使役するような立ち位置に立つ。

 

「バトルです。――ストロング・ウインド・ドラゴンでセットモンスターへ攻撃! ストロング・ウインド・ドラゴンは貫通効果を持っています!」

「――――ッ! リバースカード・オープン! 二枚目の『禁じられた聖杯』よ! ストロング・ウインド・ドラゴンの効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップ!」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF3400/1000→2800/1000

 

 攻撃力の変動が起こる。だが、暴風を纏う竜は何の躊躇もなくセットモンスターへと攻撃を仕掛けた。

 振るわれる鋭い爪。それによって現れたのは――一匹の黒い猫。

 

「セットモンスターは『不幸を告げる黒猫』よ! リバース効果によって、デッキのトラップカードを一枚デッキトップに置くことができる! 私は永続罠『スキルドレイン』をデッキトップに!」

 

 不幸を告げる黒猫☆2闇ATK/DEF500/300

 

 現れた猫の鳴き声と共に、千夏のデッキトップへと『スキルドレイン』が送られる。しかし、黒猫は竜の一撃に耐えることができず、破壊された。

 スキルドレイン――厄介なカードだと思うと同時、祇園は追撃の指示を出す。

 

「ドラゴン・ウイッチでダイレクトアタック!」

「くうっ……!」

 

 千夏LP3800→2300

 

 千夏のLPが削られる。祇園はカード一枚取り出すと、フィールド上にセットした。

 

「僕はカードを一枚伏せて、ターンエンドです」

 

 ストロング・ウインド・ドラゴン☆6風ATK/DEF2800/1000→2400/1000

 

 エンドフェイズ時、再び攻撃力の変動が起こる。一度効果が無効になったため、上昇効果が消えたのだ。

 

「私のターン、ドロー。――私は手札から、『神獣王バルバロス』を妥協召喚!」

 

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF3000/1200→1900/1200

 

 現れたのは、槍と盾を持つライオンの頭をした神獣だった。『邪神』に最も近い存在としてデザインされ、『神』の名を一部に持つモンスター。

 強力な効果を持つと同時に、妥協召喚を行える上級モンスターとしてかなり有名なモンスターだ。

 

「バトルフェイズ、バルバロスでドラゴン・ウイッチに攻撃!」

「…………ッ、ドラゴン・ウイッチの効果発動! 手札のドラゴン族モンスターを捨てることで破壊をまぬがれることができる! 『ライトパルサー・ドラゴン』を墓地へ!」

「ダメージは受けてもらうわよ!」

「――――ッ!」

 

 祇園LP4000→3600

 

 僅かにLPを削られる祇園。千夏は更に、手札を一枚デュエルディスクにセットした。

 

「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドよ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 手札を見る。相手の伏せカードは間違いなく『スキルドレイン』だ。発動時にLPを1000ポイント支払い、永続的にフィールド上のモンスター効果を無効にする永続罠。

 アレを使われるとバルバロスの攻撃力は3000となり、突破は一気に難しくなる。そうなると……。

 

「僕は墓地の『ライトパルサー・ドラゴン』の効果を発動! 手札から光属性と闇属性のモンスターを一体ずつ墓地に送ることでこのモンスターを蘇生できる! 僕は『ライトロード・ハンター ライコウ』と『ダーク・ホルス・ドラゴン』を墓地へ!――甦れ、ライトパルサー・ドラゴン!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 

 現れたのは、純白の竜。胸の部分から無数の光を放出する竜は、静かに嘶く。

 だが、千夏の表情から余裕は消えない。それはそうだろう。あの伏せカードが『スキルドレイン』であるならば、バルバロスには勝てない。

 しかし、これで準備は整った。ライトパルサー・ドラゴンを召喚できた時点で、勝利は目前だ。

 

「――バトルフェイズ。ライトパルサー・ドラゴンでバルバロスへ攻撃!」

「私の伏せカードを忘れたのかしら?――リバースカード、オープン! 永続罠『スキルドレイン』! LPを千ポイント支払い、フィールド上のモンスターの効果を統べて無効にする!」

 

 千夏LP2300→1300

 神獣王バルバロス☆8地ATK/DEF1900/1200→3000/1200

 

 フィールド上に結界のようなものが張られ、それによってバルバロスが巨大化する。光の竜はそれでも果敢に攻撃しようと突撃するが、神獣王の槍によって貫かれ、破壊される。

 

 祇園LP3800→3300

 

「攻撃力3000なんて、そう簡単には――」

「――ライトパルサー・ドラゴンの効果発動。このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスターを一体蘇生することができる。蘇れ――『ダーク・ホルス・ドラゴン』!!」

 

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 千夏の言葉を遮るようにして宣言する祇園の言葉に従い、漆黒の竜が現れる。

 会場に、大歓声が轟いた。

 

 

『これは……夢神選手、攻撃力3000のモンスターを特殊召喚してきました!』

『スキルドレインはあくまでフィールド上の効果を無効にするカードだ。ライトパルサー・ドラゴンは墓地で発動する効果であるため、すり抜けてくる』

『正直な話、ダーク・ホルス・ドラゴンを捨ててライトパルサー・ドラゴンを蘇生した時点で祇園はこうしようって思ってたんやろねー。相変わらず、隙のないことしてくるなぁ』

『……スキルドレインに頼り切ったのが問題だった、というところだろうな』

『祇園の方が一枚上手やった、ってとこでしょうねー』

 

 

 聞こえてくる声。千夏を見ると、ダーク・ホルス・ドラゴンを見て呆然としている。当然だろう。攻撃力3000というのは一つのラインだ。祇園はそれをこうも容易く出してきたのだから。

 しかし、夢神祇園は〝伝説〟と戦ったデュエリストである。

 終始押されていたとはいえ、確かに一矢報いたのが夢神祇園というデュエリストだ。

 今更攻撃力3000のモンスターに臆することは、ありえない。

 

(――往こう)

 

 そう、心で呟き。

 祇園は、右手を振るう。

 

「ダーク・ホルス・ドラゴンで神獣王バルバロスに攻撃!」

「…………ッ、そんな……!」

 

 相討ちにより、二体のモンスターが消える。

 そして残るのは、二体のモンスターだけ。

 

「そんな、嘘……」

 

 呆然と呟く、千夏と。

 凛とした表情で彼女を見据える、祇園。

 

「――二体のモンスターでダイレクトアタック!!」

 

 千夏LP1300→-2600

 

 LPが0を超える音が響き。

 爆発的な歓声が、会場を支配した。

 

 

『勝者――夢神祇園選手!!』

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 藤原千夏は、逃げるようにして祇園に背を向けて会場を離れた。廊下の隅で蹲り、必死で目元を拭う。

 

「ひっぐ、うっ……なんで、なんでよぉ……っ……!」

 

 溢れ出す涙が止まらない。勝てるはずだった。少なくとも、あんな風に負けるはずはなかった。

 ――けれど。

 終わってみれば、完封されたに等しい内容。

 あんな大勢の前で、無様に負けてしまった。

 

「……こんな、じゃ……お姉ちゃんに、ひっ、嫌われ……っ……」

 

 姉――藤原雪乃。大好きで、誰よりも尊敬する人。

 そんな姉に認めてもらいたくて努力してきた。けれど、こんな結果ではまた笑われる。

 

 ――強くならないと。

 

 千夏の心に、ずっと残っている姉の言葉だ。一年前、酷く憔悴した様子で家に帰って来た雪乃が、自分に言い聞かせるようにして呟いた言葉。

 その意味を聞いても、教えてはくれなかった。ただ、その後雪乃の彼氏である如月宗達がアメリカへと留学したということを知った。

 アメリカといえばDMの本場だ。そんな場所に留学するというのは本来、喜ぶべきこと。

 なのに……その日からしばらく、雪乃が毎晩一人で泣いていたのを覚えている。

 あんなに強い姉が、どうしてと。

 そう、何度も思って。

 藤原千夏は、ずっと――

 

 

「――あら、こんなところで何をしているのかしら?」

 

 

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。顔を上げる。すると、そこにいたのは最愛の姉の姿。

 その顔には苦笑が浮かんでおり、ハンカチをこちらへと差し出してくる。

 

「折角の可愛い顔が台無しよ、千夏」

「……お姉、ちゃん……」

「ふふっ、私がここにいるのがそんなにおかしいかしら?」

 

 ハンカチを受け取り、涙を拭う。雪乃は、いいデュエルだったわ、と微笑みながらそう言った。

 

「ただ、ボウヤの方が上手だった。……それだけの話」

「で、でもお姉ちゃん。私は……」

「――夢神祇園。あのボウヤはね、海馬瀬人と渡り合ったほどのオトコよ」

 

 雪乃がどこか真面目な表情でそんなことを口にする。千夏がえっ、と言葉を漏らした。

 

「海馬瀬人、って……」

「『決闘王』永遠のライバルよ。……無論、ボウヤは敗北したけれど。千夏、あなたはそんな相手と戦っていたのよ?」

「でも、でもっ! 私は!」

 

 絞り出すように。

 千夏は、姉へと言葉を紡ぐ。

 

「私は、勝ちたかった!」

「その気持ちを忘れないこと。あなたはまだまだ、可能性があるんだから」

 

 微笑む雪乃。そして、そのまま彼女は優しく千夏の頭を撫でた。

 

「さあ、千夏。ご飯でも食べに行きましょう。お母さんも来ているわ」

「そうなの?」

「ええ。家族三人で食べに行きましょう。どこがいいかしら」

 

 家族の中に父がいないことに対して、千夏はツッコミを入れることをしない。現在、雪乃と父は大喧嘩中だ。流石に地雷とわかっているところへ飛び込むことは千夏もしようと思っていない。

 ただ、最後に一つだけ。

 千夏は、雪乃に問いかける。

 

「あの人、名前なんだっけ?」

「夢神祇園、よ。私に公式で二度も勝っているわ」

「お姉ちゃんに!?」

「ええ。私もあなたも、まだまだ未熟ね」

 

 クスクスと微笑む雪乃。千夏は、そっか、と小さく頷いた。

 

「……夢神祇園。覚えておくね」

 

 

 勝者、一般枠、デュエルアカデミア・ウエスト校所属、夢神祇園。

 ベスト8進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 控室に戻る途中、アヤメと共に会場に向かう妖花と出会った。妖花は祇園を見つけると、満面の笑みを浮かべてくる。

 

「おめでとうございます夢神さん!」

「うん、ありがとう。防人さんも頑張って。応援してる」

「はいっ! 精一杯頑張ります!」

 

 妖花はそう言うが、どこか表情がぎこちない。緊張しているのだろう。

 だが、それはもう仕方がないことだ。祇園も緊張はしていたし、妖花のようにこういったものにほとんど出たことのない人は当然だろう。

 その妖花は一度大きく深呼吸をすると、ここまで連れて来てくれたアヤメに礼を言い、会場に向かって行った。頑張れ、と声をかけると妖花は振り返り、大きく頷きを返してくれた。

 

「素晴らしいデュエルでした。おめでとうございます」

 

 アヤメがこちらへと一礼してくる。祇園はいえ、と苦笑した。

 

「運が良かっただけです。『Ur』が出てくれば本当にどうしようもなくなっていました。スキルドレインが中心のデッキならば、入っていたと思いますし」

「成程。確かに一理あります。ですが、勝利は勝利です。……そして、これはアドバイスです。外に出るのであればお気を付け下さい。おそらくマスコミはあなたを取材しようと躍起になっていますから」

「僕を、ですか?」

「自分自身で理解しているのではありませんか? マスコミというのは『スキャンダル』というものが大好きです。正直な話、あなたはあなた自身に非がなくとも、あまりにも多くの導火線を抱えています」

 

 その言葉に対して返答はできない。実際、自分でも理解している。

 アヤメが聞いてきた退学の経緯や、美咲との関係。確かにマスコミが喰いつく材料はいくつもある。

 

「とはいえ、あなた自身に非はないことも事実。もし何かあれば、お渡しした連絡先へ。……アドバイスとしては、自分自身を決して偽らないこと。それだけですね」

 

 それでは――そう言って、妖花が向かった方へと歩いていくアヤメ。その姿を見送り、逆方向へと祇園は歩いていく。

 控室へ戻ろう――歩きながら祇園がそんなことを思った瞬間。

 

「夢神選手!」

 

 いきなり大声で呼ばれ、思わず飛び上がりそうになった。見れば、数人の記者がこちらに向かって走って来ている。

 関係者は立ち入り禁止のはず――そう思ったが、すぐに思い直す。控室の場所はともかく、この辺りには記者も入れるのだ。実際、会場に入る時も見かけた。

 前の試合の二人を取材し終えてこちらを見つけたのだろう。逃げよう――そんなことを咄嗟に思ったが、すぐに思いとどまる。逃げる必要はないし、意味もない。

 

「一回戦突破おめでとうございます!」

「素晴らしい試合でしたね!」

「藤原選手はどうでしたか!?」

 

 矢継ぎ早に質問され、どうしたらいいかわからず困惑する。追い詰められるようにして壁に背を預けると、すみません、と前の方にいた記者の一人が声を上げた。

 

「質問はよろしいでしょうか?」

 

 最初の勢いはどこへやら。メモを取り出した記者たちが一斉にこちらを見てくる。二十人近くはいるのだろうか。人見知りする祇園にとっては最早拷問だった。

 

「は、はい……」

 

 上ずった声が出てしまったが、仕方がない。取材を受けた経験などないのだ。

 記者たちにはどうやら質問の順番が予め決められているらしく、一人ずつ言葉を紡ぎ始めた。

 

「ベスト8進出おめでどうございます。まずはご感想を」

「あ、ありがとうございます。その、勝てて嬉しい、です」

「烏丸プロから注目されておられますが、プライベートでもお知り合いですか?」

「は、はい。その……烏丸プロは先輩で……あの、えっと、カードショップでデュエル教室の、その、手伝いを……」

「桐生プロとは幼い頃からの知り合いと聞きましたが?」

「は、はい。桐生プロとは知り合いです……」

 

 知らない人達――それも大人からの質問に、どうにか答えていく祇園。正直一杯一杯だった。

 そんな中、一人の記者が静かにその質問を口にする。

 

「――アカデミア本校を、不当に退学にされたというのは事実ですか?」

 

 その質問に。

 祇園は、自身の身体が固まったのを感じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「さて、そろそろ少年が記者たちに捕まっている頃か」

 

 次の試合までの休憩中。何となしに澪がそんな言葉を紡いだ。それを聞いた美咲が、でしょうねー、と頷く。

 

「でも、本当にこれでいいのかは疑問ですねー」

「おや、キミの企みだろう? だから私も乗ったのだがな」

「それは感謝しとりますけど、やっぱり祇園を巻き込むんはちょっと気が引けます」

「まあ、彼はアマチュアだからな。しかし、彼がこの話の中心にいるのもまた事実だ」

「あー、嫌やなぁ。お腹の中真っ黒な大人なんて」

「腹黒さならキミも大差なかろうに」

 

 笑いながら言う澪。そんな二人の話を聞いていた宝生アナウンサーが、あの、と言葉を紡いだ。

 

「お二人は何の話を……?」

「何、大した話ではないさ。何の非もなき一人の少年が理不尽な目に遭い、私たちはそれを知った。そして私も美咲くんもその少年のことを気に入っている。それだけの話に過ぎんよ」

「ま、要点纏めたらそうなりますかねー。本島のことはまた別やし」

「ええと、よくわからないのですが……?」

「そう焦る必要はない。明日になればマスコミが騒いでいるだろうさ。少年の返答次第だが……まあ、馬鹿正直な少年のことだ。全て話すだろう」

「あー、ありそうですねー」

 

 あはは、と笑う美咲。いずれにせよ、と澪が静かに言葉を紡いだ。

 

「今日の最終戦は、ある意味で焦点だ。……さて、そろそろ試合開始の時間だな」

 

 言いながらマイクのスイッチを入れる澪。宝生はまだ首を傾げていたが、とりあえず置いておくことにしたのだろう。マイクに向かって言葉を紡いだ。

 

「それでは本日の最終戦。アカデミア本校代表、丸藤亮選手と、推薦枠、防人妖花選手の試合です」











祇園くん、危なげなく勝利
珍しく、完勝に近い勝利です



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