遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第二十一話 目指した背中、親友たちがくれたモノ

 

 ルーキーズ杯、二日目。本選が行われているその日は、現時点でプログラムの半分を消化した。

 現時点で行われた試合の勝者は、それぞれ神崎アヤメ、桐生美咲、本郷イリア、響紅葉の四人。

 前者三人の相手はアカデミアの生徒であり、響紅葉の相手はジュニアチャンプだったのだが……結果的にアマチュア勢は誰も一矢を報いることさえできなかった。

 

「これで四試合が終了したわけですが……」

「美咲くんが随分と派手なデュエルをした反面、イリアくんと紅葉氏は随分とスマートなデュエルだったな。特にイリアくんは敵のモンスターを除去しつつの下級モンスターによるビートダウン。理想的な勝ち方だ」

「響プロは早速、切り札の『E・HERO アブソルートZero』を融合召喚していましたが」

「まあ、奥の手は隠している状態だな。流石にプロの壁は厚い。アマチュア勢も勉強になったことだろう。……さて、次の試合だ。――ふむ、どうやら連続五試合でプロの試合を拝めそうだな」

 

 示された番号を見、烏丸澪が微笑む。宝生アナがはい、と頷いた。

 

「続いての試合は『大宮フィッシャーズ』所属の松山源太郎プロと、アカデミア本校所属、アカデミア推薦枠からは唯一の一年生。遊城十代選手です」

「遊城十代……面白い子だ。私が見たものが本物であるなら尚更興味深い。そして何より、アカデミア本校といえば週に二日、美咲くんが臨時講師をしている学校だ。その推薦枠――美咲くんも認める才能の持ち主ということだろう」

「成程、それは楽しみですね」

「うむ。さて、試合は十五分後からだ。ようやく折り返しといったところだが、まだまだ見どころは多い。楽しみにしていて欲しい」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 特別観戦席で、十代はガッツポーズをしていた。次々とプロが戦っていく中、ずっとそれを眺めていたのだ。特に響紅葉の時は自分ではなくがっかりした。

 しかし、このタイミングでプロとデュエルチャンスが巡ってくるとは……素直に嬉しい。

 祇園ともデュエルしてみたかったが、それはまた次の機会だ。それに、共に勝ち上がることができればいずれデュエルはできる。

 

「よっしゃー!」

 

 叫び、十代は控室を出て行く。その姿を見送り、試合後に特別観戦席へと戻ってきていた紅葉は苦笑を零した。

 

「相変わらず元気だな、十代は」

「昔からあのような子なのですか?」

 

 紅葉にそう問いかけるのは、神崎アヤメだ。現在特別観戦席にいるのは、出て行った十代を除けばこの二人だけである。先程までイリアもいたのだが、所要で出て行った。美咲は取材中だ。彼女の場合、試合が終わるたびにコメントを求められるほどの人気があるので、今頃質問攻めに遭っているだろう。

 それに、彼女にはもう一つ、マスコミにとっては大いに『ネタ』となる部分がある。

 

「十代は昔からあんな感じだよ。それにしても……夢神祇園くん、か」

「一般枠の彼ですね。彼がどうかしましたか?」

「神崎プロも気になっているだろう? あの〝祿王〟が注目すると公言したほどのデュエリストなんだから。……それに、美咲さんの幼馴染という話もある」

 

 ――夢神祇園。アカデミア・ウエスト校の一年生であり、あの予選を突破してきたデュエリスト。

 予選そのものはかなりシビアなルールということもあって、突破は容易くなかった。それを越えて来ただけでも十分に思えるが、彼の場合はそれだけではない。

 烏丸〝祿王〟澪。

 史上最年少タイトルホルダーであり、公式記録において未だ『無敗』を誇るデュエリストだ。本人の気質かそれとも別の理由か、タイトル戦以外で滅多に表に出てこないこともあって『幻の王』とも呼ばれる彼女だが、その存在はプロの中ではある意味で絶対視されている。

 何故なら、当時四冠を誇っていた現日本ランキング一位のプロデュエリスト――DD。

 タイトルトーナメントで突如現れた彼女は他の全てを圧倒し、DDからタイトルを奪取したのだ。DDの不敗神話を崩した天才。それこそが、烏丸澪というデュエリストである。

 

「彼女が個人名を指してああいった言い回しをする例はほとんどない。それは周知の事実だ。それは勿論、注目もするだろう」

「確かにそうですね。〝祿王〟は他人を褒めることも多い人ですが、選手紹介の時のような言い方をするのは珍しいです」

 

 澪は言うことははっきりと口にするタイプだ。その彼女がその場で語ることをせず、夢神祇園のデュエルの時にこそ彼については語ると口にした……正直、これはかなり珍しい。

 

「ただ、私個人としてはそこまで力を感じませんでしたが」

「それは僕もだ。強い、とは思う。けれど、それを言うなら新井くんや丸藤くんのほうが遥かに雰囲気がある」

「しかし、〝祿王〟は彼を『台風の目』と言い切りました」

「今のところ、試合そのものは大番狂わせはない。……美咲さんがとんでもないことをしているけど、それ以外にはプロ側の全勝だ。台風どころか風さえ吹いていない」

「ならば、ここから暴風が起こるということですか?」

「〝祿王〟の見解が正しいならば」

 

 紅葉は頷く。別に澪は絶対者でなければ神でもない。故にその予言が全て当たるというわけでもないのだ。

 しかし、だからといって。

 烏丸澪の言葉が外れたというには、少々不気味過ぎる。

 まるで、嵐の前の静けさのような――

 

「……響プロ。その夢神選手ですが、懇意にしている記者から連絡が入りました」

 

 携帯端末を取り出し、不意にアヤメがそんなことを言い出した。紅葉が視線を向けると、アヤメは端末へと視線を落としながら言葉を紡ぐ。

 

「大会における入賞暦は特になし。ジュニア大会には参加していても予選落ち。インターミドルには出場さえしていませんね。……ただ、気になる点が。彼はアカデミア本校の生徒のようです」

「本校? 彼はウエスト校の生徒だろう?」

「はい。しかし、以前は本校に在籍し、僅か二か月足らずで退学になっているようです」

「……退学とは穏やかじゃないね。問題を起こすような子には見えなかったけど……」

 

 大人しい、という言葉が何より似合うような雰囲気をしていた少年だった。本校といえば『侍大将』がいる。素行については彼の方が問題となっていそうだが……。

 

「はい。私もその点については私も同意します。ただ、退学になった際に『制裁デュエル』が行われたようですね」

「制裁デュエル?」

「アカデミアにおける生徒の救済措置です。退学が確定的になった生徒に最後のチャンスとしてデュエルを行わせ、勝利した場合退学を免除するというもの。とはいえ、基本的にそれは建前です。最終的にはよほど酷いデュエルをしない限りは理由を付けて停学になるものですが」

「そうか、神崎プロはアカデミアの出身だったね」

「はい。私の友人も問題を起こして制裁デュエルを受けて負けましたが、結局二週間の謹慎とレポート提出で退学は免れました。そもそも学校側としては自主退学ならともかく学校側からの勧告による退学処分は世間の印象も良くありません」

 

『自分から辞める』という自主退学ならばともかく、学校側から下される退学処分にするのはかなり難しい。そもそも問題がある生徒は入学させないはずで、世間にマイナスイメージを与えてしまうのだ。

 特にアカデミアはデュエルの専門学校。そういった風聞は致命傷になりかねない。孤島という閉鎖社会で問題が起こったことを知ったとして、子供の親がそこに通わせる気になるかというと、答えはノーだ。

 

「彼は自主退学ではないと?」

「はい。勧告を受けていますね。しかも、即日退学。……相当な問題児でも中々ない処分です」

「人は見かけによらないということかな?」

 

 あのような大人しそうな雰囲気をしていても、札付きの不良だったということだろうか。

 

「いえ、どうやらそれも違うようで」

「そうなのかい?」

「アカデミア本校の生徒……丁度応援に来ている生徒も多いですから、彼らに取材をしたようです。すると、彼に対しては好印象の言葉ばかりが返ってきていると書いてあります」

「人格者ということかな?」

「そこまではわかりませんが……彼の退学を取り消すための署名活動まで起こったとか。記者が取材したこの『F』という生徒によればですが」

「……妙な話だね」

 

 素行に問題がない生徒がいきなり制裁デュエルを受けさせられる。それどころか、彼の退学を取り消そうという動きまであった。

 その動きの規模はわからないが、それを覆してまで退学にするなど――

 

「一体、何があったんだろう?」

「わかりません。ただ、もう一つに気になる点が。――彼の制裁デュエルの相手は海馬瀬人。〝伝説〟のデュエリストです」

「海馬社長……? アカデミア生がデュエルしたのかい?」

「しかも大健闘だったと。……すみません響プロ。少し失礼します」

 

 立ち上がるアヤメ。どうしたんだい、と問いかけると、アヤメは頷きながら言葉を紡いだ。

 

「彼と会って来ます。記者は控室に入れませんので。ついでに名刺でも渡そうかと」

「彼は試合前だ。あまり刺激しては駄目だよ?」

「その辺は弁えています。では」

 

 部屋を出て行くアヤメ。記者と繋がりを持ち、更に人脈をしっかり繋いでいこうとする姿は本当に真面目だ。まあ、紅葉も仲良くしている記者やアナウンサーはいるし、人脈は広いに越したことはない。

 

「……アカデミア、か」

 

 妙に気になる。それは、十代が通っている学校だからか――

 

「…………」

 

 PDAを取り出し、電話をかける。確か、生徒の引率でこっちに来ていると聞いていたが――

 

『……もしもし? どうしたの?』

「あ、姉さん。時間大丈夫かな? 一つ、聞きたいことがあるんだけど――」

 

 紅葉の視線の先、特別観戦席から見えるフィールドでは。

 十代が、プロデュエリストと向かい合っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 紅葉との電話を終え、響緑は応援席へと戻ろうとしていた。その表情には思案の色が浮かんでいる。

 

(いきなり電話をかけてきたと思ったら、『夢神くんについて教えて欲しい』なんて……何かあったのかしら)

 

 夢神祇園。彼が予選を突破してこの大会の本選に出場していると知った時、かなり安堵した。美咲からウエスト校に無事転入できたとは聞いていたが、それでも心配はしていたのだ。

 彼に落ち度が全くなかったわけではない。校則違反をしたのは事実であり、それを罰せられるのは当然だ。

 しかし、レッド生とは思えないほどに勤勉に努力し、教職員も利用する購買部で毎日アルバイトをしてまで学費を稼ぎ。そして少しずつ成績を上げていた彼が退学になったことは、教職員の中でもかなり話題になっていた。

 人との会話が少々苦手なだけで、基本的に人畜無害。周囲に気を配ることのできる優しさを持っていたし、レッド寮で毎日朝食と夕食を作っていると聞いた時は職員会議でレッド寮の待遇変更の話が持ち上がったくらいだ。彼自身、もう少しでイエローへの昇格の話もあった。

 最初の頃はドロップアウトとして見向きもしなかったクロノスでさえ、徐々に成績を上げていく祇園については期待していた素振りがある。だからこそ、制裁デュエルでは自分で相手をしようと思っていたのだ。もし祇園が負けても、内容さえ悪くなければ便宜を図るつもりで。

 

(けれど、オーナーが現れて……彼は退学になった)

 

 オーナーがどういうつもりだったかはわからないが、美咲の言うところによると祇園を退学にするつもりで来たわけではなかったらしい。しかし、結果として彼は退学になった。

 そもそも、名前を呼び、『待つ』とまで言った相手をあの海馬瀬人が退学にするとは正直思えない。

 

(そして、先日の丸藤くんと如月くんのデュエル)

 

 鮫島校長の独断により行われたトップ2のデュエル。そこで表面化した、アカデミア本校の問題。

 正直頭が痛い思いだ。クロノスたちと共に仲裁に入ったが、『冬休み』というクッションがなければ文字通りアカデミアは崩壊していただろう。本当に、鮫島校長は何を考えているのか。

 緑としては、『サイバー流』などどうでもいいと思っている。『リスペクト』というのは基本の行為であり、それをするのは至極当然なのだ。

 彼らの主義・主張については思うところはあるが……それは別にどうでもいい。自分に迷惑がないなら。

 それが如月宗達という生徒を追い詰めていたという事実を知った時は、本当に後悔したが――

 

「あら、緑先生」

 

 不意に名を呼ばれ、緑は振り返った。そこにいたのは、アカデミアにおいてある意味でかなりの有名人である少女――藤原雪乃。

 

「藤原さん。どうしたの?」

「フフッ、先生こそ。十代のボウヤの応援は良いのかしら?」

「少し席を離れていただけよ。そういう藤原さんは?」

「ちょっと取材を受けていただけよ」

 

 苦笑を零す雪乃。その彼女に、取材、と緑は首を傾げた。

 

「どうしてまた」

「アカデミア生に取材をしていたみたいね。歩いているところを捕まったわ。――何せ、本校からは〝三人〟もの生徒が出場しているんだもの」

 

 三人――その言葉に引っ掛かりを覚えたが、緑はすぐに納得した。

 夢神祇園。彼が加わるなら、確かに三人だ。

 

「何を聞かれたの?」

「アカデミアで何があったか、それだけよ」

「…………」

「そう怖い顔をしないで。……私が黙っていても無意味よ。ボウヤの退学について、記者はかなりのところまで調べてるわ。昨日、〝祿王〟がボウヤのことを注目選手と爆弾発言をしてたけど……それを理由に多くのマスコミがボウヤについて調べているみたい。私が知らないことまで教えてくれたわ」

 

 肩を竦める雪乃。緑は苦い表情を浮かべた。

 冷静に考えれば、祇園の退学にはおかしな点が多過ぎる。ただでさえアカデミアは今現在、厄介な問題を抱えているというのに――

 

「ねぇ、先生」

 

 不意に、雪乃が真剣な表情で言葉を紡いだ。何、と問いかけると、雪乃は睨み据えるようにしてこちらを見ているのに気付く。

 

「先生は、どちらの味方?」

 

 どちら、という言葉の意味がわからないわけではなかった。

 そして、自分の気持ちがどちら側にあるのかも。

 

「……教師は、中立よ」

 

 しかし、自らの立場を考えればこう答えるしかない。

 雪乃は、そんな緑に。

 

「そう、ご立派ね」

 

 そう呟きを残し、観客席へと向かって行った。

 背後の観客席から聞こえてくる声が……遠く聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 部屋をノックするが、しかし、反応はない。扉に手をかけてみると、鍵がかかっていた。

 灯りも点いていないところから考えると、別のところにいるのだろうか――神崎アヤメはそう判断した。

 

「困りました。お話を伺いたかったのですが」

 

 腕を組み、うーん、とアヤメは唸る。夢神祇園――彼に色々と話を聞いてみたかったのだが。

 普段から世話になっている記者から、彼の取材の予約を取り付けて欲しいという連絡があったので来てみたが……さて、どうしたものだろうか。個人的に興味もあったのだが。

 アカデミア本校を退学になり、ウエスト校に転入したという少年。

 しかも、あの桐生美咲の幼馴染。更に言えば、あの過酷な予選を突破してくるだけの才覚もある。

 

「……何故、退学になったのでしょうか」

 

 正直な話、アカデミア本校は理想の環境とは言い難い場所だ。中等部からの持ち上がり組であるオベリスク・ブルーの生徒たち。彼らの傲慢な態度を始めとし、本校は学校として協調をとれているとは言い難い状況になっているのである。

 ただ、流石に総本山問うこともあって推薦枠などはしっかりしているし、進学において有利なのは間違いない。アヤメもだからこそ大学に進学し、プロになった。

 

「アカデミアで退学になるなど、相当な理由がなければありえないと思うのですが」

 

 オシリス・レッドという救済措置もあるのだ。普通に考えて、退学になることは酷く難しいはずなのだが……。

 

「――とりあえず、飲み物を買ってくるよ」

 

 不意に背後からそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこには目的の人物。

 ――夢神祇園。

 

「あれ、ええと……神崎プロ、ですよね……?」

「はい。神崎アヤメです。以後お見知りおきを」

 

 ぺこりと頭を下げる。向こうも慌てて頭を下げてきた。どうやら、礼儀も弁えているらしい。

 ますます妙だ。何故、この少年が退学になったのだろうか。

 

「あの、僕に何か用でしょうか……その、控室の前に立っておられるので……」

「ええ、少々お話を伺いたく。よろしいですか?」

「は、はい」

 

 頷く祇園。緊張させてしまったか――そんなことをアヤメが思った瞬間。

 

「か、神崎プロですか!?」

 

 祇園の後ろから、一人の少女が姿を見せた。確か、防人妖花。あのペガサス会長が推薦し、烏丸澪も実力を認めている少女。

 

「はい。防人選手ですね」

「わわ、私の名前……! あ、あの、サインください!」

 

 サイン色紙を差し出しながら言ってくる妖花。アヤメはそれを受け取ると、わかりました、とペンを取り出しながら頷いた。

 サインを書く。まだまだ新人とはいえ、ありがたいことにそれなりのファンがいるおかげでサインの書き方について困ることはない。

 

「これでいいですか?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 妖花は何度も頭を下げてくる。その彼女に微笑を返し、では、とアヤメは祇園の方へと視線を向けた。

 

「お時間はとらせません。よろしくお願いします」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大歓声の中、逸る気持ち共にステージに立つ。すでに相手はそこで待っており、こちらの到着を見ると手を差し出してきた。

 

「良いデュエルにしよう」

「おうっ!」

 

 相手の言葉に対し、笑みを返す。放送の声が届いた。

 

 

『それでは、松山源太郎選手と遊城十代選手の試合を始めます』

『ここまでアマチュア側は四連敗。とはいえ、プロにも意地がある。面白いデュエルを期待させてもらおう』

『さあ、デュエル開始です。先行は……遊城選手!』

 

 

 歓声が聞こえる。その全てに応じるように、十代は声を張り上げた。

 

「いくぜ、俺の先行! ドローッ!」

 

 相手はプロデュエリスト。そして、憧れの相手――響紅葉はすでにベスト8進出を決めた。ならば、その背を追う。

 勝てばきっと、戦える。

 ずっと憧れてきた――あの人と!

 

「俺は手札から魔法カード『増援』を発動! デッキからレベル4以下の戦士族モンスター一体を手札に加える! 俺は『E・HERO エアーマン』を手札に加え、そのまま召喚! 効果発動! このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『HERO』と名のつたモンスターを手札に加えることができる! 俺はデッキから『E・HERO バーストレディ』を手札に加えるぜ!」

 

 E・HERO エアーマン☆4風ATK/DEF1800/300

 

 現在発売されている『HERO』の中では唯一の制限カード。その効果は単純であるが故に強力だ。

 

「更に『沼地の魔神王』を捨て、『融合』を手札に! カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

 一ターン目の動きとしては理想的な動きを見せる十代。それを見、解説席から声が飛んだ。

 

 

『制限カードを見事に引き当ててきましたね』

『引き当てた、というよりはサーチカードで手札に加えたという方が正しいがな。……ここで問題だ、宝生アナ。デッキが四十枚の時、特定のカードを三枚入れていた場合初手の五枚に引ける確率は何%だ?』

『え、ええっ……?』

『答えは39.5%。まあ、約4割だ。正直、これは確率が低いと思わないかな? コンボというのは一枚ではなく、数枚で組み合わされるからこそ『コンボ』だ。それが都合よく手札に来てくれる確率など微々たるものだぞ』

『確かに……。ですが、それは仕方ないのではないでしょうか?』

『そのためのサーチカードだ。例えば、遊城選手の使った『増援』。エアーマンも増援も制限カードだが、どちらかが手札に来ればいいと仮定すると、その確率は約26%。四回に一回だ。これがエアーマンのみになると、約13%になる。十度に一度だ。どうだ? 全く違うだろう?』

『な、成程……』

『更に『E・HERO』には専用のサーチカードとして『E―エマージェンシーコール』がある。これは準制限カードで、二枚デッキへ組み込める。これを前者二枚と合わせて計算すると、初手五枚にどれか一枚が来る確率は約52%。二分の一だ。サーチカードの重要性はこれだけで理解できると思う』

『凄いですね……二回に一回という確率なら、ああして召喚できたことはおかしくないと』

『うむ。まあ、それでも運の要素ももちろんある。一部では『引けばいい』などという戯けたことを言い、折角のサーチカードを積み込まない者もいるようだが……それでは勝てん。デッキ圧縮にも意味がある以上、サーチカードは必須とも言える。特に、美咲くんの『ヘカテリス』と『神の居城―ヴァルハラ』など合計で六枚積める。初手五枚で引く確率は約79%。まあ、まず引けるだろう』

『……凄いですね。そう言われると、サーチカードの重要さがよくわかります』

『まあ、エアーマンの場合は場にもエアーマンというモンスターが残るということもあって『ガジェット』のような動きをするからな……ただのサーチカードとは呼び辛いが。まあ、そういうことだ。――ちなみに、この計算式を知りたい者はいるか?』

『…………』

『ふむ、残念だ。希望があれば烏丸澪による高校数学講座が始まっていたのだが』

『えっと、ところで烏丸プロ。その計算はどこで……?』

『これぐらい暗算でできるだろう?』

『……いえ、失礼しました』

 

 

 解説席の言葉を耳に入れつつ、十代は前を見る。サーチカードを使用した際の確率については、宗達から何度も教えられた。相変わらず計算式については理解できないが、それでも重要性だけは理解したつもりだ。

 

「成程、流石は〝祿王〟。興味深い。そしてキミも、基礎はしっかりと学んでいるようだ」

「へへっ」

「なら、こちらも基本に忠実にいくとしよう。――手札から魔法カード『愚かな埋葬』を発動。デッキからモンスターを一体、墓地へ送る。……デッキから『黄泉ガエル』を墓地へ」

 

 アカデミアならば自分から墓地へモンスターを送ろうものなら嘲笑が待っているが……十代はそう感じない。墓地肥やしの恐ろしさは、夢神祇園とのデュエルで学んでいる。

 

「……普通ならここで嘲笑でも来るものだが、成程、面白い。墓地肥やしについてもしっかりと学んでいるようだ」

「俺の友達に墓地肥やしをされて酷い目に遭ったことがあるからな」

「ほう。良い友達を持ったな。――俺は手札からスピリットモンスター、『磨破羅魏』を召喚」

 

 磨破羅魏(マハラギ)☆4地ATK/DEF1200/1700

 

 現れたのは、何やら土偶のような姿をしたモンスターだった。不可思議な文様が刻まれている。

 

「効果発動。このカードが召喚・リバースしたターンの次のドローフェイズ、ドロー前にデッキトップのカードを確認し、デッキの一番上か下に置くことができる」

「このターンには何もしないのか?」

「ああ、そうだ。……俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド。エンドフェイズ、スピリットモンスターは手札に戻る」

 

 磨破羅魏が松山の手札に戻る。解説席で今のプレイングについての言葉が紡がれた。

 

 

『スピリットモンスター、ですか』

『エンドフェイズ時に手札に戻る強制効果を共通して持つカテゴリだ。面白い効果を持つ者が多く、有名どころでは相手モンスター全体に攻撃できる『阿修羅』や、最近禁止カードの牢獄から出所し、準制限になった『月詠命』などが有名だろう』

『成程……しかし、手札に戻るというのはデメリット効果なのでは?』

『単体で考えれば、な。だが、松山プロが使った『魔破羅魏』のような召喚時効果を持つモンスターなら何度も再利用できるのが強みだし、他にもエンドフェイズ時に手札に戻るという効果を利用して『強制転移』などとも組み合わせることができる。全ては使い方次第だ』

『ふむふむ、勉強になります』

『ただ、『黄泉ガエル』が墓地へ行き、伏せカードが一枚。……私としてはこの先の展開についてあまりいい想像は出来んがな』

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 解説席の言葉を成程と思いつつ、十代はデッキからカードをドローする。確かに磨破羅魏の効果は要するに引きたいカードを引く確率を上げる効果だ。そういうものを連打できるとなると、確かに強い。

 ならば、こちらもいくつか準備をしていかなければ。

 

「俺は手札から『カードガンナー』を召喚!」

 

 カードガンナー☆3ATK/DEF400/400

 

 玩具のマシン。青と赤で彩られた、そんな表現が似合うモンスターが現れる。

 

「カードガンナーの効果発動! 一ターンに一度、三枚までカードをデッキトップから墓地へ送り、送った数×500ポイントの攻撃力を上げる! 俺は三枚のカードを墓地へ送るぜ!」

 

 カードガンナー☆3ATK/DEF400/400→1900/400

 落ちたカード→E・HERO スパークマン、E・HERO ネクロダークマン、E・HERO バブルマン

 

 運の良いことにモンスターが三体、墓地へ送られる。十代はよし、と頷いた。

 

「いくぜ、バトル! 手札に戻るってことは場ががら空きになるって事だ! エアーマンで――」

「――対策をしていないとでも? リバースカード、オープン! 罠カード『威嚇する咆哮』! このターン相手は攻撃宣言ができない!」

「なっ!?」

 

 空気を震わせる震動により、エアーマンが動きを止める。十代はくっ、と小さく呻いた。

 

「俺はカードを伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドローフェイズ。磨破羅魏の効果発動。デッキトップを確認する。……確認したカードをデッキの一番下へ戻し、ドロー。そしてスタンバイフェイズ、俺の魔法・罠ゾーンにカードが存在していないため、墓地から『黄泉ガエル』を特殊召喚する」

 

 黄泉ガエル☆1水ATK/DEF100/100

 

 条件付きではあるものの、スタンバイフェイズに蘇生を繰り返す効果を持つモンスター。かつては規制を受けていただけはあり、その効果は強力だ。

 

「そして黄泉ガエルを生贄に捧げ――『砂塵の悪霊』を召喚!」

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 

 現れたのは、砂嵐を纏った一体の幽鬼だった。浅黒い肌と白い髪。不気味に光る白い目を有している。

 

「砂塵の悪霊の効果発動! このカードの召喚成功時、このカード以外の表側表示のモンスターを全て破壊する! エアーマンとカードガンナーを破壊!」

「何だって!?」

 

 吹き荒れる砂塵により、二体のモンスターが破壊される。十代は呻くと共に、効果発動、と叫んだ。

 

「カードガンナーが破壊され墓地に送られた時、カードを一枚ドローできる! ドローッ!」

「それがどうした! 砂塵の悪霊でダイレクトアタック!」

「トラップ発動! 『攻撃の無力化』! 相手の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了するぜ!」

 

 十代の目の前に不可思議な渦が現れ、砂塵の悪霊の攻撃を吸い込んでいく。ほう、と松山が声を漏らした。

 

「耐えたか。……俺はこれでターンエンドだ。砂塵の悪霊は手札に戻る」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。一気に二体のモンスターが破壊されたが、手札は五枚ある。

 

「…………ん?」

 

 相手の場を見る。伏せカードがない。これは、つまり。

 

「今なら攻撃が通る……! 墓地のネクロダークマンの効果発動! このカードが墓地にある時、一度だけ『E・HERO』を生贄なしで召喚できる! 『E・HERO エッジマン』を召喚!」

 

 E・HERO エッジマン☆7地ATK/DEF2600/1800

 

 現れたのは、金色の装甲を持つ戦士だ。十代は更に手を進める。

 

「更に手札から『融合』を発動! 手札の『バーストレディ』と『フェザーマン』を融合! 来い、マイフェイバリット・ヒーロー! 『E・HERO フレイム・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO フレイム・ウイングマン☆6風ATK/DEF2100/1200

 

 現れたのは、竜頭の腕を持つHERO。十代が最も信頼し、大切にするヒーローだ。

 十代の連続召喚に会場が湧く。解説席からも声が聞こえてきた。

 

 

『遊城選手、怒涛の連続召喚! 大型モンスターを二体並べてきました!』

『それ自体は素直に凄いと言えるだろう。だが……』

 

 

 聞こえてくる声を意識の隅に追いやると、十代はバトル、と叫んだ。

 

「二体のモンスターでダイレクトアタックだ!!」

「――『バトルフェーダー』!! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを強制終了させる!!」

「ッ、なあっ……!?」

 

 鐘の音が鳴り響くと共に、十代のモンスターたちが沈黙した。十代はくっ、と小さく呻くと手札からカードを一枚伏せた。

 

「カードを伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、黄泉ガエルが蘇生する!」

 

 再び場に現れる一体のカエル。そのモンスターそのものは決してステータスにおいて強くないのに、今の十代には一つの絶望に見えた。

 

「そして手札から魔法カード『サイクロン』を発動! 今伏せたカードを破壊だ!」

「俺の『激流葬』が……!」

 

 吹き飛ばされるなら、いっそ巻き込もうと思っていたのに――それを阻まれた。

 

「ほう、良いカードを破壊した。――俺は黄泉ガエルを生贄に捧げ……『砂塵の悪霊』を召喚! 効果により、このカード以外の表側表示モンスターを全て破壊する!」

「くうっ……!?」

 

 再び砂嵐が吹き荒れ、十代のモンスターが全て破壊された。

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 

 目の前に立つ一体の幽鬼。それが、どうしようもないほど強く見えた。

 

「砂塵の悪霊でダイレクトアタック!」

「うわああっ!」

 

 十代LP4000→1800

 

 十代のLPが大きく減らされる。歓声が上がった。

 

 

『ここで松山選手の直接攻撃が決まりました!』

『これは遊城くんの不注意だな。少年の知り合いなら、『バトル・フェーダー』の可能性には思い至ったと思うが……』

 

 

 聞こえてくる声に、そういえばそうだった、と十代は呟く。バトル・フェーダーで攻撃を防ぎ、返しのターンで生贄にして攻撃――祇園がよく使っていた手ではないか。

 何故こんな簡単なことに思い至らなかったのか。十代はそれに対して反省しつつ、松山を見る。

 

「俺はカードを伏せ、ターンエンドだ。砂塵の悪霊は手札に戻る」

「俺のターン、ドロー!……くっ、モンスターをセットしてターンエンド!」

「それでは、ドローフェイズ。『和睦の使者』を発動させてもらう。このターン、俺のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けないが……このタイミングでは特に意味はない」

 

 松山が苦笑する。そして、ドロー、と宣言した。

 

「スタンバイフェイズ、『黄泉ガエル』を蘇生する!」

 

 黄泉ガエル☆1水ATK/DEF100/100

 

 再び姿を見せるカエル。本当に厄介なモンスターだ。

 

「更に手札から魔法カード『サイクロン』を発動! 伏せカードを破壊!」

「くっ、『ヒーロー・シグナル』が……!」

 

 伏せカードが破壊される。ヒーロー・シグナルは戦闘破壊をトリガーに発動するカード。砂塵の悪霊の効果では発動しない。

 

「そして俺は黄泉ガエルを生贄に捧げ、『砂塵の悪霊』を召喚! だが、砂塵の悪霊の効果ではセットモンスターの破壊はできない。……バトル、砂塵の悪霊でセットモンスターに攻撃!」

「俺のセットモンスターは『E・HERO クレイマン』だ……!」

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 E・HERO クレイマン☆4ATK/DEF800/2000

 

 下級HEROでは最高の守備力を持つクレイマンでも、幽鬼の攻撃には耐え切れない。問答無用で破壊される。

 

「俺はカードを伏せ、ターンエンドだ。砂塵の悪霊は手札へ」

 

 これで十代のターン。だが、彼の場にはカードはなく、手札も0。LPは砂塵の悪霊に攻撃されれば尽きる程度であり、伏せカードは十中八九防御カード。

 八方塞、絶体絶命――正にその状況だ。

 

 

『これは……流石に松山選手の勝ちでしょうか』

『宝生アナ。まだ決まっていないうちにそういうことは言うものじゃない』

『ですが……』

『――前を向かぬ者に、奇跡は絶対に起こらない』

 

 

 歓声の中、澪の言葉が響き渡る。

 

 

『確かに状況は絶望的だ。十人中十人が彼の負けを確信しているだろう。だが、デュエルとは最後の一枚のドローまで勝負がわからない。――彼の表情を見てみろ』

 

 

 体が震える。ゾクゾクする。心臓が大きく高鳴る。

 顔を上げる。視線の先。

 ――特別観戦室からこちらを見る、一人の男。

 響、紅葉。

 ずっと憧れ、その背を追い続けた相手――!!

 

 

『彼は、敗北など欠片も考えていない。――勝つつもりだぞ』

 

 

 澪のその言葉に、背を押されるように。

 十代は、デッキトップに指をかける。

 

「楽しい、楽しいぜ! やっぱプロってめちゃくちゃ強ぇんだな!」

「そう言ってもらえると嬉しいが、俺などプロの中では下位のデュエリストだ。俺より強い奴は大勢いる」

「そうだよな……そうなんだよな……! くぅーっ、楽しいぜ! 最高だ!」

「俺も楽しいぞ。お前みたいな気持ちのいい奴は久し振りだ。――さあ、来い! 逆転してみせろ! 俺も全力で相手をしてやる!」

「勿論だ!!」

 

 そして、十代はカードを引く。

 

「俺のターン、ドローッ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お、お茶です」

「ありがとうございます」

 

 緊張した様子で妖花がアヤメへとお茶を出すと、アヤメは微笑んで礼を言った。妖花はそんなアヤメに対し、何度も頭を下げる。

 

「こ、こちらこそです! 神崎プロとこんなに近くで……!」

「そう緊張されずとも大丈夫です。私は所詮、ただの新人ですから」

「で、でもっ! テレビでずっと見てて! 大ファンです! サイン大事にします!」

「ありがとうございます」

 

 微笑むアヤメ。妖花は何度も頷くと、祇園の隣へ若干隠れるようにして座った。面白い子である。しかし、これでペガサス会長の推薦を受けているというのだから侮ることはできない。

 モニターから聞こえてくる声。どうやら勝負は中盤に差し掛かっているらしい。

 

「気になりますか?」

 

 真剣な表情でそれを見ている少年――祇園へとアヤメはそう言葉を紡いだ。祇園は苦笑し、はい、と頷く。

 

「十代くんは友達ですから」

「成程、友達。良い言葉です。元々は同じ本校の生徒、それも同じ寮だったのでしたか」

「……どこでそれを?」

 

 祇園が驚いた表情を見せる。アヤメはすみません、と軽く頭を下げた。

 

「少々調べさせてもらいました。〝祿王〟が注目する選手ということで、興味があったので」

「成程……でも、僕なんて注目されるような力がないですよ。大会で結果を残せたことなんてないですし、十代くんにだって全然勝てませんし……」

「しかし、予選を突破したのでしょう?」

「ギリギリです。その、ほとんどの試合でLPは1000近くまで削られていましたから……」

 

 祇園は苦笑している。妖花はというと、祇園に隠れるようにしながらもモニターの方に釘付けだ。先程小さい頃からテレビをずっと見ていた、と言っていたし、元々テレビが好きなのだろう。

 だが、アヤメにとっては妖花のことも気になるが今は祇園だ。この少年に対し、少々興味が出てきた。

 

(人格的には問題なし。多少内向的ですが、十分許容範囲ですね。それに、防人さんを助けたという話もあります。……ますます、人格的な問題で退学した線は薄くなってきましたね)

 

 これが彼の演技だという可能性もあるが、おそらくそれはないだろう。伊達にアヤメもプロデュエリストをやっているわけではない。これまで多くの人間を見てきたし、その中で様々な経験をしてきた。絶対とは言わないが、人を見る目はあるつもりだ。

 

(桐生プロや〝祿王〟ほど人のことを見抜くことはできませんが……彼に限っては、どうやらこれが素のようですね)

 

 内心で頷く。結論は勘だが、女の勘というのは結構当たるものだ。

 

「それで、ですね。夢神さん」

 

 最初は選手と呼んでいたが、妖花と合わせて固辞されたのでさん付けで呼んでいる。本人は呼び捨ての方がいいらしいが、この変は性格の問題だ。

 

「話し辛いことならば黙秘していただいて構いません。単刀直入に問います。あなたが退学になった経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「え、ええっ?」

「半分ほどは興味ですので、話したくないのであればこれ以上はお聞きしません。如何でしょう?」

「いえ、その……話しても問題はないんですが……退屈ですよ……?」

「構いません」

 

 お茶を啜りつつ、アヤメは頷く。祇園は一度息を吐いてから、静かに話し始めた。

 

「その、退学になったのは……『制裁デュエル』で負けたからなんです」

「制裁デュエル、ですか」

「えっと、ご存知ですか? 神崎プロは、その……アカデミア出身ですよね?」

「一応は。よく知っておられますね」

「去年、試合を見ていたので……。えっと、ですね。元々は僕と、今デュエルをしている十代くんと、他に三人のメンバーで立ち入り禁止になっている廃寮に入ったことが原因なんです」

「廃寮?」

「生徒が行方不明になった、っていう噂があって……いえ、実際には噂じゃなくて事実だったんですが。その、そこを探検しようと十代が言い出して。それについていったんです」

「成程」

 

 廃寮――そんなものがあっただろうか、とアヤメは内心で首を傾げる。少なくとも自分がいた時にはなかったはずだが。

 

「そしたら、そこに不審者がいて……あ、別に問題はなかったんです。その人とは和解して、怪我人もなくて。ですが、その次の日に校則違反で呼び出されて……倫理委員会で退学が決定されたと通達されたんです」

「次の日? そんなに早くに決定が下りたんですか?」

「はい。匿名の情報提供があったって……」

「匿名? そんなものを信じて処分を?」

 

 思わず問いかける。そんなもの、証拠も何もないではないか。

 

「そう、みたいです。おかしいとは思ったんですけど……その、廃寮に入ったのは事実ですし、逆らえるわけがありませんから。受け入れて、僕と十代くんと……翔くん、っていう三人で制裁デュエルに挑むことになって。僕はシングル、二人はタッグという形になったんです」

「待ってください。三人だけですか? 残り二人はどうしました?」

「話にも挙がりませんでした。理由はわからないですけど……」

「……その二人の名前を聞いても?」

「えっと、前田隼人くんと如月宗達くんです。あと、廃寮で天上院明日香さんという人とも出会ったんですが……その三人はお咎めなしでした。僕はむしろ三人が無事で良かったと思いましたが……」

「…………」

 

 思わず黙り込む。――何だそれは。

 前田と天上院という生徒は知らないが、如月宗達の名はアヤメも知っている。『侍大将』――全米オープン五位入賞という経歴を持つ、プロ候補だ。

 実力者である彼が免除されていたというのは、まるで。

 ――レッド寮の落第生を排除しようとしているようではないか。

 

「それで、その……当日、制裁デュエルで海馬さんと戦うことになって……」

「……参考までに、海馬社長のLPをどこまで削ったかをお聞きしてもよろしいですか?」

「えっと、400ポイント……だったと思います」

「400!? 海馬社長を相手にですか!?」

「え、あ、でも、削れたのは一度だけです! 2400のダイレクトアタックだけで……後はコストで」

「……成程」

 

 考えを変える必要がある。いくら〝伝説〟が相手であっても、あまりにも無様なデュエルをしたが故に退学の処分を受けたのかと思っていたが……それはありえない。

 一体プロデュエリストの中にどれだけ、海馬瀬人という〝伝説〟とそこまでデュエルできる者がいる?

 

(これは……想像していた以上にスキャンダラスな話になりそうです)

 

 元々、孤島という閉鎖空間での教育は問題視されていたのだ。何が起こっているかが外部には判断し辛く、倫理委員会はそれを判断させるための組織だったが――

 

「ありがとうございます。辛いことをお話させてしまい、申し訳ありません」

「あ、いえ……僕が弱かったのが、理由ですから」

「……それは、海馬瀬人という〝伝説〟に勝つつもりだったということですか?」

 

 疑問符を浮かべる。自信過剰なだけか――そう思ったが、すぐにそれが間違いだとアヤメは悟ることになる。

 

「勝たなければ、ならなかったんです」

 

 拳を握り締め、静かに祇園はそう言った。

 その言葉は、あまりにも……弱々しい。

 

「相手が誰かなんて、関係なくて。勝たなければ残れないなら、勝たなければならなかった。そして僕は負けた……ただ、それだけだったんです」

「……強いですね」

 

 思わず、その言葉が漏れた。

 どうしようもない理不尽の中、退学を喰らったはずの少年。しかし、彼はその全てを自分の責任と言う。

 それが、どれほど難しいことか。

 

「弱かったから……負けたんですけどね」

 

 苦笑する祇園。その彼に、アヤメは思わず問いかけた。

 

「理不尽を、恨みはしませんでしたか?」

「えっ?」

「どうしてと、叫びはしませんでしたか?」

 

 彼の境遇はあまりにも理不尽だ。だというのに、彼の言葉からは何の憎悪も感じなかった。

 一体、何故――?

 

「理不尽も、不条理も。いつだって、どこにだって転がっています」

 

 苦笑する、彼の表情は。

 どうしようもなく、痛々しく。

 

「それに対して怒りをぶつけても、何にもならないです。でも、いつか。いつか、きっと……前を向いていたら、良いことがあるかもしれないじゃないですか」

 

 アヤメは知る由もないが、それが夢神祇園という少年がこの若さで到達した真理だ。

 たった一人の彼に、一人の少女が声をかけたように。

 世界は理不尽と不条理ばかりだけれど……それだけではない。

 優しい奇跡は、きっとある。

 だから、夢神祇園は前を向く。

 

「……〝祿王〟が気に入り、桐生プロが気にかける理由がわかりました」

 

 頷くアヤメ。彼女は、夢神さん、と静かに言葉を紡ぐ。

 

「今日が終わると、あなたはきっと取材攻めにあうでしょう」

「え、ええっ……?」

「勝てば、尚更です。負ける気もないのでしょう?」

「それは……もちろん」

 

 頷く祇園。ならば、とアヤメは言葉を紡いだ。

 

「もし何かあれば、私を頼ってください。全力で協力いたします」

「え、で、ですが……」

「これは私のアドレスと番号です。その代わり、試合が終わった後にこの方の取材を受けて頂けるとありがたいのですが……よろしいですか?」

「え、あ、は、はい」

 

 アヤメに押されるままに頷く祇園。その姿を見、苦笑を浮かべながら。

 

(まだ情報が足りませんが……少し、桐生プロが不機嫌な理由がわかった気がします)

 

 PDAを取り出す祇園。それを見て妖花もアドレスを交換して欲しそうに祇園を見つめ、祇園がそれを了承する。

 

(理不尽と不条理。大人になればそれに振り回されるのは常です。しかし、学生の身分でそれに振り回されるのは……少し違う)

 

 ふう、と一度息を吐き。

 アヤメは、内心で呟いた。

 

(この後、桐生プロに連絡しましょう。都合が合えば〝祿王〟も。宝生アナを巻き込んでもいいかもしれません。……知ってしまった以上、無視はちょっと……できません)

 

 モニターから、大歓声が響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大歓声が響く。絶望的な状況。誰もが彼の敗北を予見する中、十代だけは笑みを浮かべていた。

 

(こんなの、絶望でもなんでもない。祇園なんて、俺の手札が0なのに大型ドラゴンを三体以上並べてくるなんて普通だった)

 

 十代は知っている。己の持てる全てを懸け、〝伝説〟を相手に己は牙を突き立てた友の背中を。

 

(宗達なんて、カウンタートラップで待ち構えて来てた)

 

 十代は知っている。己がドロー運の無さを自覚しながら、それでも可能性に手を伸ばした友の背中を。

 

(カイザーなんて、攻撃力8000なんてモンスターを出してきた)

 

 十代は知っている。己が信じる道のため、あれだけのブーイング、その全てを黙らせる信念を見せた先達の姿を。

 

(なら、俺にできることは?)

 

 十代は、問う。

 友とは違う、遊城十代の〝強さ〟は何かと。

 

 ――答えは、決まっている。

 

 そんなもの、考えるまでもない。

 遊城十代の、俺の強さは――!!

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 いつだって全力でデュエルを楽しんで。

 同時に、自分のデッキを誰よりも信じること!!

 

「俺は魔法カード、『ホープ・オブ・フィフス』を発動!! 墓地の『E・HERO』を五枚選択し、デッキに戻す!! その後カードを二枚ドロー!!」

「E・HERO専用の『貪欲な壺』か!」

「それだけじゃないぜ! このカードの発動時、手札・自分フィールド上に他のカードがない時、更に一枚ドローできる!! 俺はバーストレディ、ネクロダークマン、エアーマン、バブルマン、クレイマンを戻して三枚ドロー!!」

 

 引いたカードを見る。――これなら!!

 

「そして俺は『E・HERO バブルマン』を召喚! 効果発動! このカードの召喚・特殊召喚成功時、自分フィールド上にカードが存在しなければカードを二枚ドローできる!! 二枚ドロー!!」

 

 怒涛の連続ドロー。これで手札は四枚だ。会場で大歓声が上がった。

 

 

『これは……遊城選手、手札0から一気に四枚にまで増やしてきました!』

『まさかこれほどとはな。〝ミラクルドロー〟……この資料に書かれていることは事実のようだ』

 

 

 手札と場を見る。そして、十代は笑みを浮かべた。

 

(ありがとう、祇園、宗達。――二人のおかげで、俺はまだ戦える!!)

 

 親友たちがくれた、この手の力。

 それだけで――戦える。

 

「俺は手札から魔法カード『融合』を発動!! 手札のエアーマンとフィールド上のバブルマンで融合!! HEROと水属性モンスターの融合により、極寒のHEROが姿を現す!! 来い、最強のヒーロー!! 『E・HERO アブソルートZero』!!」

 

 E・HERO アブソルートZero☆8水ATK/DEF2500/2000

 

 氷の結晶が、無数に宙を舞う。

 世界が、割れ。

 絶対零度のHEROが、姿を現す。

 

「バトルだ!! アブソルートZeroで――」

「甘い!! リバースカードオープン、『威嚇する咆哮』!! 攻撃宣言は不可能だ!!」

「くっ! カードを二枚伏せ、ターンエンドだ!!」

 

 これで手札は0。次の十代のターン。そこで全てが決まる。

 

「俺のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、黄泉ガエルを蘇生!」

 

 黄泉ガエル☆1水ATK/DEF100/100

 

 何度目かもわからないカエルの姿。松山が笑みを零した。

 

「強いなぁ……! これだからデュエルは楽しいんだ! お前みたいなのと出会える! だが、勝つのは俺だ! 俺は黄泉ガエルを生贄に、『砂塵の悪霊』を召喚!」

 

 砂塵の悪霊☆6地ATK/DEF2200/1800

 

 そして向かい合う、幽鬼とHERO。

 幽鬼の周囲で、風が舞う。

 

「アブソルートZeroの効果は知っている! 確かに砂塵の悪霊は破壊されるが、それだけだ! 所詮は時間稼ぎに過ぎん! 効果発動! 砂塵の悪霊以外の表側表示モンスターを破壊する!」

「――それはどうかな?」

 

 笑みを零す。そして、十代はトラップ発動、と宣言した。

 

「『亜空間物質転送装置』!! 自分フィールド上のモンスター一体をエンドフェイズまで除外する!!」

「何だと!? それでは……!!」

「そう、砂塵の悪霊の効果は不発だ!! そしてアブソルートZeroの効果発動!! このカードがフィールドから離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!!」

「ぐううっ!?」

 

 絶対零度が幽鬼を襲い、破壊する。十代は笑みを浮かべた。

 

(ありがとう祇園!! お前に貰ったカードのおかげだ!!)

 

 アブソルートZeroとのコンボができる、と宗達が来たあの日に祇園がくれたカード。それがここで役に立った。

 本当に、最高の親友だ。

 

「くうっ……! 俺はカードを伏せ、ターンエンドだ!」

「そのエンドフェイズ、アブソルートZeroが戻ってくる! そして、ドロー!!」

 

 引いたカードを見る。そして、十代は思わず笑みを浮かべた。

 

「魔法カード発動!! 『ミラクル・フュージョン』!! フィールド・墓地から融合素材となるモンスターを除外し、E・HEROの融合モンスターを融合召喚する!! 俺は墓地のスパークマンとフレイム・ウイングマンを融合!! 来い、『E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン』!!」

 

 E・HERO シャイニング・フレア・ウイングマン☆8光ATK/DEF2500/2100→3700/2100

 

「シャイニング・フレア・ウイングマンは墓地のE・HERO一体につき攻撃力が300ポイントアップする! 墓地のHEROは四体! 1200ポイントアップ! いくぜ、バトルだ! シャイニング・フレア・ウイングマンでダイレクトアタック!」

「ここを超えれば勝利が見えてくる! リバースカード、オープン! 『攻撃の無力化』!! その攻撃を無効に――」

「甘いぜ!! カウンタートラップ発動!! 『神の宣告』!! LPを半分支払い、相手の発動した魔法・罠カードを無効にして破壊する!!」

「何だと!?」

 

 十代LP1800→900

 

 宗達のデュエルの中、カウンタートラップの重要性を十代は学んだ。そして、その彼を超えるため、彼から貰って投入したカードだ。

 

(ありがとう宗達!! お前のおかげだ!!)

 

 サイバー流という流派に抗い続けた、一人の親友。

 彼が間違っていないということを、十代はこの場で証明する。

 ――何故なら。

 サイバー流の教えでは、決してあの防御の壁を超えることができなかったから――

 

「バトルだ!! 二体のHEROでダイレクトアタック!!」

「ぐあああああああっ!?」

 

 松山LP4000→-2200

 

 二体のHEROの攻撃が通り、松山のLPが0を通過する。

 十代は腕を突き出すと、満面の笑みを浮かべた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 そして、爆発するような大歓声が響き渡る。

 解説席からも称賛の声が届いた。

 

『アマチュア勢で初めてプロを打ち破ったのは……遊城十代選手!! 一年生がやりました!!』

『見事だ。素直に称賛を送ろう。そのドロー運、そして最後のカウンタートラップによるタクティクス。全てが素晴らしい。見事なデュエルだった』

 

 割れんばかりの拍手が巻き起こる。松山は、負けたよ、と肩を竦めた。

 

「頑張れ。俺に勝ったんだ、優勝ぐらいしてみせろ」

「おうっ! ありがとな!」

 

 満面の笑みで、互いに握手を交わす。

 そんな二人を、万雷の拍手が包み込んだ。

 

 ――勝者、アカデミア本校所属、遊城十代。

 ベスト8進出。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 桐生美咲はようやく記者たちから解放され、人心地をついていた。『プラネット・シリーズ』だけならまだしも、『カオス・ソルジャー―開闢の使者―』まで使ったのだから当然といえば当然なのだが、かなり疲れたのというのが本音だ。

 それでもアイドルである。笑顔は絶やさなかったし、終始愛想よく振る舞っていた。祇園のことを聞かれたことについては適当に誤魔化したが……まあ、いいだろう。

 

「うー、疲れた~……」

 

 呟く。十代の試合は見ていたが、実に見事な試合だったと思う。互いに全力を出し合い、楽しんでいた。悔いはないだろう。

 ――ただ。

 目の前にいる男にとっては、そうではないのだろうが。

 

「何や、来とったんですね。アカデミアが大変やー、ゆーのに」

 

 相手は無言。何も言わない。

 美咲としても、長く会話をする気はない。正直、この男のことは嫌いなのだ。

 故に、一つだけ告げておく。

 

「記者さんたち、祇園のこと調べてるみたいでしたよ。あの様子やと、遠くないうちに退学の事実に辿り着くでしょうねー。心当たりあるでしょ?」

「…………」

「『倫理委員会と校長の癒着!! 倫理委員会のメンバーはその八割が校長の元教え子!!』――自分で言うといてあれやけど、しょーもないわ」

 

 足を止める。背後に感じる男の気配は、それでも何も言わなかった。

 

「ま、それもこれも祇園が勝ったらの話や。負けるようならマスコミも興味失うやろ。……精々、祇園の負けを祈ってればええんちゃうか?」

「ええ、そうさせてもらいますよ」

 

 靴の音を響かせ、男は立ち去っていく。

 美咲は、彼女にしては珍しく、大きく舌打ちを零した。

 

「子供の負けを祈るやと? 教育者の言葉とは思えんわ」

 

 吐き捨てるような、その言葉は。

 宙に溶けて、消えていった。












やっぱりGXの主人公は十代くんですね

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