遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々―   作:masamune

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第十話 終わらぬ夢、頂点の力

 ……正直、朝は嫌いだ。微睡みの中、ぼんやりとそんなことを思った。

 冬に向かって進み始めている今の季節。肌寒さが嫌いだ。

 ――何より。

 目を覚ます度に、思ってしまう。嗚呼、一人なのだ、と。

 夢に見るような日々はもう、どこにもなくて。

 自分は……一人きりなのだ、と。

 

「…栓のないことだな」

 

 体を起こし、ポツリと呟く。肌寒さが、体を襲った。

 立ち上がり、制服を手に取る。……不意に、空腹を刺激するような香りが鼻腔を刺激した。

 

「何だ……?」

 

 制服に身を包むと、リビングに出た。そして、驚愕する。

 机の上に置かれた、朝食。……こんなものを見るのは、一体何年ぶりになるのだろうか。

 

「おはようございます」

 

 女性用のエプロン――買うには買ったが、結局使わなかったもの――を身に着けた一人の少年が、そんなことを言いながら軽く頭を下げてきた。思わずああ、と生返事をしてしまう。

 それをどう受け取ったのか。少年はすまなさそうな表情を浮かべ、すみません、とこちらへ頭を下げてきた。

 

「勝手に冷蔵庫の中身を使ってしまいました……あの、洋食の方が良かったですか?」

 

 見れば、机に並んでいるのは純然たる和食だ。焼き魚とみそ汁とご飯……いつ振りに見るかもわからないものが並んでいる。

 

「いや……私は和食の方が好きだからいいが、キッチンを使ったのか?」

「あ、す、すみません……! 勝手に……」

「いや、そうではないよ少年。『あの』キッチンを使ったのか?」

 

 委縮する少年へ、そんな言葉を返す。記憶が正しければ、やったこともない料理に何度か挑戦し、挫折し……その結果としてキッチンは人の使える場所ではなくなったはずなのだが。

 

「あ、はい。その、勝手に片づけさせてもらいましたが……」

「……成程」

 

 頷くと、椅子に座った。手を合わせ、味噌汁を軽く啜る。

 

 ……美味しい。

 

 素直にそう思った。見れば、少年が伺うようにこちらを見ている。

 

「あの、どうですか……?」

「……美味しいよ。正直、驚いた。少年、キミにはこんな特技があったのか」

「向こうの寮でも、朝食と夕食は作らせてもらっていたので……」

「何? 確か、購買部でもアルバイトをしていたのだろう?」

「その、あまり料理の質が良くなくて……自炊するなら良い、と聞いたものですから」

「……本当に、苦労しているようだ」

 

 昨日聞いた、少年の過去――ここに来る前にどんな風に過ごし、どんな風に生きてきたか。全てを聞いたわけではないが、やはり大したものだと思う。

 こんな少年を追い出すというのだから、やはり世の中というのは……ままならない。

 

「キミも座るといい。一緒に食べよう」

「あ、はい」

 

 エプロンを外し、対面に座る少年。軽く手を合わせると、少年も朝食を口にし始めた。

 誰かと共に食べる朝食。……随分、久し振りだ。

 

「エプロン、似合っていたよ」

「あっ……す、すみません。勝手に……」

「構わんよ。どうせ私は使わない。だが、女物をいつまでも使い続けるというのも問題か……男物のエプロンでも買うとしよう」

「えっ、そ、そんな」

「そう言うな。この美味しい朝食への礼だよ、少年」

「……すみません」

 

 恐縮したように縮こまる少年。流石に苦笑を返すしかない。

 

「謝ってばかりだな、キミは」

「……すみません」

「ほら、まただ。どうせなら、別の言葉をくれないか?」

 

 そう、別の言葉。

 からかうようにして告げたその言葉へ、えっと、と少年は言葉を探すように視線を彷徨わせ。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 そう、口にした。

 口元が微笑んでいるのがわかる。頷くと、ああ、とその言葉に返答を返した。

 

「どういたしまして、だな」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 学校へは二人並んで登校した。とはいえ、少年――夢神祇園はまだ制服を受け取っていないので、今回は私服だ。その隣を制服で身を包んだ烏丸澪が歩く形になる。

 流石に日本五大タイトルの一つである〝祿王〟の称号を持つだけのことがあり、その容姿の端麗さも相まって登校時に澪に向けられる視線はかなり多い。

 もっとも、その視線のほとんどが好奇のものであるのは隣の少年のせいだろうが。

 

「昨日はよく眠れたか、少年?」

「あ、はい。すみません何から何まで――」

「ほら、また謝る」

「……ありがとうございます。寝床を頂いて」

「何、どうせ部屋は余っていたのだ。あのまま腐らせるよりは遥かに良い。『間違い』が起こったわけでもないのだからな」

 

 楽しそうにそんなことを言う澪。祇園は、はぁ、と生返事を返すしかない。

 

「でも、いいんですか? やっぱりその、一つ屋根の下というのは……」

「何だ? 不満でもあるのか、少年?」

「そんな、不満なんかはないですけど」

「……安心するといい。世間のマスコミは私に限ってはそう簡単に手は出さん。余程のことがない限り、キミが私の家に泊まっていることは漏れんよ」

 

 どこか寂しげに言う澪。そんな表情をされては、祇園としては何も言えない。

 実際、住む場所がないというのも厳然たる事実なのだ。昨日の一晩助かったのは事実であるし、それに今日の転入手続きが住めば寮に入れるだろう。それで問題はない。

 澪には大きな借りができたが、それは少しずつでも返していくしかない。

 

「まあ、まずは校長室へ行く必要があるな。付いてくるといい」

「は、はい。よろしくお願いします」

「そう固くなるな、少年。安心するといい。どうにかなるよ」

 

 微笑みながらそう言う澪の後を追って。

 祇園は、アカデミア・ウエスト校へと足を踏み入れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 デュエル・アカデミア高等学校は日本に四つ存在している。

 まずは、海馬瀬人がオーナーを務める、デュエル・アカデミア本校。この学校が一番最初に建てられた学校であり、一番の権威を有している。

 次いで、この本校を『イースト校』とした場合に北・西・南にそれぞれ建てられている学校が三つ存在している。

 これらは大本として『KC社』と『I²社』の二つをバックに抱えていることを基本としている以外、ほとんど繋がりはない。あるとすればアカデミア本校とノース校が定期的に交流戦を行っているのと、ウエスト校とサウス校が同じように交流戦を行っているくらいだろうか。

 それ故か、それぞれの学校には独自の教育方針が打ち立てられている。本校は月一試験と三つの寮のランク分けがそうであるし、ノース校は徹底したランキングによる実力主義――それこそ学年など関係ない、実力の世界であるという特色を有している。

 サウス校は本校のように寮を分けているものの、実力順に分けているわけではない。入寮はランダムで、以後三年に渡って各寮ごとの対抗戦などを行うことで各寮の結束や切磋琢磨を促すという形式をとっている。

 ――そして、祇園が改めて転入しようとするウエスト校。ここは他の三校に比べると、『学校』という側面が強いことで知られている。

 他の三校がプロデュエリストの輩出を基本路線とし、デュエリストとしての能力を第一としているのに比べ、ウエスト校は『通常授業にデュエルが加わった学校』という形式をとっているのだ。

 入学時、進級時に本人の望む進路でコースを選択でき、それこそプロデュエリストを目指したり進学を目指したり就職を目指したりと、それぞれの望む形で授業を受けることができる。それ故、デュエル以外の能力も必要となってくるため、四校の中では一番偏差値が高い学校である。

 ただ、その反動というべきか……島で一年を過ごす本校はともかく、本土にあるノース・ウエスト・サウス校の生徒が出場するような大会では後塵に廃することも多い。

 そんな、ある意味で文武両道を目指す学校――それがアカデミア・ウエスト校だ。

 

 

「成程、アカデミア本校の生徒さんですか……」

 

 校長室。澪と共にそこへ入った祇園の正面で執務机に座っているのは、一人の柔和そうな笑顔を浮かべた老人だ。眼鏡の奥の細い目は、静かに祇園を見据えている。

 

「は、はい。その、本校を退学になった身で厚かましいお願いだとは存じています。ですが、よろしければ自分を転入させていただけないでしょうか」

「ふむ……まあ、おかけください。烏丸さん、お茶を淹れてくれませんか?」

「龍剛寺校長、秘書の一人でも雇っては如何です?」

 

 水を向けられ、慣れた様子で茶器を用意しながら澪が言う。その口調には呆れが混じっていたが、校長はいえいえ、と首を左右に振った。

 

「補佐が必要なほどに偉い身分でもありませんのでね」

「どの口が言うのでしょうね。……お茶の淹れ方など知りませんので適当になりますが、よろしいですか?」

「構いませんよ」

 

 頷く校長。澪は手早くお茶を淹れると、ソファーの前に置いてある机の上に二つのカップを並べた。更に校長の執務机にもカップを置く。

 

「どうぞ、お座りください」

「……失礼します」

 

 一礼し、ソファーに座る祇園。その隣へと澪も腰かけた。

 

「……さて、転入の件ですが。私個人としてはあなたのことを歓迎します」

「あ、ありがとうございます!」

 

 頭を下げる。校長は、いえいえ、と笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。

 

「烏丸さんがわざわざここまで連れてくるほどです。キミには何か光るものがあるのでしょう」

「さて、それはどうでしょう。学校というシステムこそがその才能を見出し、研磨するものでは?」

「キミには適いませんね。……ただ、転入していただくにあたっていくつかクリアして頂かなければならない問題があります。我が校は『ランキング制』というものを導入しておりまして。キミがどの立ち位置にいるのか、今日一日で測らせていただきます」

「ランキング制、ですか」

 

 祇園が首を傾げる。校長はええ、と相変わらず人の良さそうな微笑を浮かべたまま頷いた。

 

「ノース校のような徹底したものではありません。定期的に塗り替わるランキングというものを教育のための指針として我々は利用しているのです。闇雲に努力しても効率が悪い……ならば、自身がどこにいるか。どこを目指すべきか――それを明確にしようというものです」

「デュエルの場合は座学と実技でそれぞれ別に。その他、教養においても全教科でランキング化がされている。PDAで見ることができるから、後で確認するといい」

「……あの、言い難いんですが……」

 

 澪の言葉に、祇園はおずおずといった調子で手を挙げる。そのまま、実は、と言葉を切り出した。

 

「PDA、持ってないんです……」

「……何? 本校にいた時はどうしていたんだ、少年?」

「その、支給品を……持っているのはこれだけで……」

 

 祇園はボロボロになった携帯端末を差し出す。簡単なメール機能と通話機能しか持たないそれは、破格の安さで利用できるツールだった。

 

「……本当に、苦労していたのだな」

 

 祇園の端末を見ながら、絞り出すように澪はそんなことを言う。祇園としては苦笑するしかない。

 苦労、と思ったことはない。祇園としてはこれが当然のことだったし、これ以上のことはそれこそ本校にいた時ぐらいだ。その時だってPDAを頻繁に使うことはなかったから、正直何処までが『苦労』なのかは祇園にはわからない。

 そんな祇園の姿を見て何を思ったのか。校長は成程、と頷くと祇園に向かって一つの提案をした。

 

「どうでしょう、奨学金の申請をしてみては?」

「奨学金、ですか」

「二通の推薦状からキミの身分は保証できています。資格は十分にありますよ」

「その代わり、通常よりもクリアしなければならないラインは高いぞ、少年。……元々本校在籍の時に申請していた奨学金もあるようだが、今回のこれはいわば『支援』という意味での奨学金だ。奨学金そのものは就職してからゆっくり返していけばいい。私も利用している。さて、どうする?」

 

 澪の問いかけ。それに対し、祇園は迷い……そして、頷きを返した。

 そんな祇園を見、ほう、と澪は頷きを返す。

 

「良い目だな、少年。そういう目をしている方が私は好きだよ。……そう、デュエリストならば自身の力で掴み取らなければならない。キミは何もかもを失った。ならば今度は掴み取る番だ。――そうだろう、少年?」

 

 その、言葉に。

 静かに、夢神祇園はもう一度頷きを返した。

 

「改めて、歓迎しましょう」

 

 机の上の資料。それに何やら、判子を押しながら。

 龍剛寺校長が、笑みと共に頷いた。

 

「――アカデミア・ウエスト校へようこそ、夢神祇園くん」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 転入試験は文字通りの一日仕事だった。一般教養の試験を受け、体力測定も行い、最後にDMの筆記テストと実技テストだ。

 正直、そこまで悪い出来ではなかったように思う。いくつかケアレスミスをしたように思えるが……それはいつものことだ。毎日、予習と復習をしっかりしていたのが役に立った。

 実技でも、どうにかLPを減らさずに勝つことができた。『真紅眼の黒竜』のカードを見せて欲しいと試験官である先生に言われた時は驚いたが、凄くいい人だったと記憶している。

 とにかく、もう時間は放課後だ。授業が行われている校舎とは別の教室で受けていたので生徒と話すことはなかった。実技試験の時は観客が何人もいて、正直かなり緊張したが……どうにか乗り越えることができたと思う。

 校門に向かって歩いていく。遠巻きにこちらを見る視線をいくつも感じるが、話しかけてくる気配はない。……正直、初対面の人と何を話せばいいのかわからないのでその辺はかなりありがたいのだが。

 その途中、一人の女性を見つけた。ベンチに座り、脚を組んで本を読むその姿は……どこか、深窓の令嬢を思わせる。

 

「…………」

 

 声をかけるべきか迷い、立ち止まる祇園。そんな祇園へ、本を畳みながら女性――澪が笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 

「待ち侘びたぞ、少年。試験は……上手くいったようだ」

「はい。どうにか」

「奨学金はどうなるかはわからないが、入学が消えることはなかろう。それにもし消えたとして……少年はそれで終わりでもないようだからな」

「もしそうなら、来年もう一度受験します」

「良い言葉だ。……ああ、そうだ。弁当は美味しかったぞ。量も丁度良かった。ありがとう」

 

 微笑みながらそんなことを言う澪。その様子に少しどきりとしながら、いえ、と祇園は首を左右に振る。

 

「お口に合って良かったです」

「ふむ、明日も作ってくれるか?」

「え、でも……」

「寮は満杯。そう言われたのだろう?」

「……お世話になります」

「素直な少年は好きだよ」

 

 笑いながらそんなことを言う澪。そんな彼女と並びながら、でも、と祇園は言葉を紡いだ。

 

「流石にいつまでもお世話になるわけには……」

「私なら気にする必要はない。それに、今のキミは外に一人で放り出されて生きていける程の力はないだろう?」

 

 そう言われると反論できない。それを受け、気にするな、と澪は微笑んだ。

 

「いずれ借りは返してくれればいい。美咲くんとも約束しているのだろう? ならば、私とも約束してくれ。これを恩と思っているのならば。――いずれ、プロの舞台で私を倒すと」

 

 微笑みながら言う彼女。しかし、その目がさっきまでとは大きく違った。

 どこか濁った、淀んだ瞳。

 違和感を覚える。しかし、祇園はそれを意識の外へ追いやると、はい、と頷いた。

 

「いつか、必ず」

「良い返事だ」

 

 先程までの違和感が消え、澪の笑顔が元に戻る。僅かに先へと進む澪。その背に向かい、祇園はただ、と言葉を紡いだ。

 

「タイトルホルダーが相手となると……いつまでかかるか、わかりませんが」

「――ならば、試してみるか?」

 

 振り返り、澪は言った。

 その表情は……笑み。

 

「実を言うと、デュエルにおいて私はウエスト校において『圏外』という扱いになっている。まあ、流石に私がトップに居座るのもどうかという話だ。それ故に実戦の機会があまりないのが悩みの種でな。実技は見せてもらったよ、少年。――どうだ、ここで一つ挫折を知っておくのは?」

 

 その言葉に込められているのは、絶対的な自信。

『最強』の称号であるタイトル――〝祿王〟を有するが故の、絶対的なまでの誇り。

 

「……挫折は、何度も味わいました」

 

 一度も勝てなかった、幼少時代に。

 カード一つ買えなかった、あの頃に。

 友に敗北した、あの日に。

 全てを懸けた〝伝説〟との戦いで敗れた――あの時に。

 

「でも、諦めません」

 

 デッキを取り出しながら、祇園は言う。澪は鞄からデュエルディスクを取り出すと、一つを祇園に投げて渡してきた。本校でも使っていた標準的なタイプだ。

 対し、澪が取り出したもう一つのデュエルディスクは随分とコンパクトだった。それこそ収納時は掌二つ分くらいのものだ。しかし、展開するとサイズは通常のものと変わらなくなる。全体的に鋭角的なデザインが、彼女の雰囲気には似合っていた。

 

「よく言った。それでこそ、デュエリストだ」

 

 澪もデッキを構える。いつの間にか下校途中の生徒たちが何人も集まり、人垣ができていた。

 その人数はどんどん増えていく。DM以外にも力を入れているとはいえ、流石は専門学校の生徒たちだ。

 

「おい、姐さんがデュエルするってよ!」

「マジかよ! 相手誰だ!?」

「あの人転入生の人よ! お姉様の彼氏って噂の!」

「えっ!? 彼氏!?」

「嘘だろ!?」

「水島先生をノーダメージで倒してた人よ!」

 

 いくつか根も葉もない噂が流れているようだが、無視。

 正面を見る。

 

 ――ゾクリと、全身が総毛立った。

 

 澪は笑っている。だが、その瞳が――先程感じた、濁り、淀んだものになっていた。

 

「さあ、いくぞ」

 

 ゆっくりと澪が手招きする。宗達は頷くと、一度深呼吸をした。――そして。

 

「「――決闘(デュエル)!!」」

 

 目指すべき〝頂点〟へと、挑みかかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「僕の先行! ドロー!」

 

 手札を見る。正直、相手のデッキの情報がないのが辛い。〝祿王〟である彼女は滅多に表舞台に出てこないこともあって出回っている情報が少ないのだ。去年のタイトル戦では確か『悪魔族』のデッキを使っていたが……変わっている可能性が高い。この間『クリッター』も禁止になったばかりで、その影響もあるだろう。

 ――ならば、こちらは打てる全力を持ってデュエルする!

 

「僕は『ライトロード・マジシャン ライラ』を召喚!」

 

 ライトロード・マジシャン ライラ☆4光ATK/DEF1700/200

 

 まずは墓地を肥やす手段が必要だ。一瞬の爆発力が凄まじいと澪は『カオスドラゴン』のことを評価していたが、そのためには準備がいる。

 

「あいつのデッキ、『ライトロード』か? 確かランキング三位がそうだったよな?」

「ああ、そうなると姐さんに勝つのは難しいぞ。運の要素が強過ぎる」

「あんたたち知らないの? あの人のデッキはライトロードじゃないわよ」

 

 外野の声が聞こえる。祇園はそれを務めて記憶から追い出すと、更に手を進めた。

 

「カードを二枚セットして、ターンエンドです。エンドフェイズ、デッキトップを三枚墓地へ送ります」

 

 落ちたカード→カオス・ソーサラー、エクリプス・ワイバーン、サイクロン

 

 理想的な落ち方だ。祇園は墓地に落ちたカードの効果を発動する。

 

「『エクリプス・ワイバーン』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、デッキからレベル7以上の光もしくは闇属性のドラゴン族モンスターを除外し、墓地のこのカードが除外された時そのカードを手札に加える! デッキから『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を除外します!」

 

 その一連の動きに、周囲がざわめいた。澪がカードを引きつつ、良く通る声で言葉を紡ぐ。

 

「――『カオスドラゴン』。準備こそ必要なものの、一瞬の爆発力ととある型が決まった後の安定感は抜群であるデッキだ。はっきり言おう。強いぞ。使い手もデッキもな」

 

 周囲がざわめく。タイトルホルダーに褒められ、祇園は少し照れくさい気分になるが……その気持ちは押し留めた。

 相手は明らかに格上なのだ。ならば、気を抜けるはずがない。

 

「では、私のターンか。……ふっ、成程。そういう形か。いいだろう。――一ターン時間をやろう、少年。次のターンで私を殺してみせろ」

 

 ターンエンド――何もせず、澪はそう宣言する。『バトル・フェーダー』か『速攻のかかし』か――一撃で殺されない手があるのだろう。

 ならば、このターンは場を整えることを優先する。――幸い、必要なパーツはほとんど揃った。

 後は、一枚だけ。

 

「僕は手札から『光の援軍』を発動します。コストとしてデッキトップのカードを三枚墓地へ送り、『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札に」

 

 落ちたカード→レベル・スティーラー、リビングデッドの呼び声、ライトパルサー・ドラゴン

 

 最高の落ちだ。このまま相手を追い詰める。

 

「僕は手札から装備魔法『D・D・R』を発動! 手札を一枚捨て、除外されたモンスター一体を特殊召喚します! 来い――レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン!!」

 

 その呼び声と共に、最強の真紅眼が降臨する。

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン☆10闇ATK/DEF2800/2400

 

 破格の能力を持つが故に制限カード入りしたモンスター。祇園は更に手を進める。

 

「更に墓地の『ライトパルサー・ドラゴン』の効果発動! 墓地にこのカードが存在する時、手札から光と闇のモンスターを一体ずつ墓地に送ることで特殊召喚できる! 手札の『ダーク・ホルス・ドラゴン』と『ライトロード・ハンター ライコウ』を捨て、特殊召喚! 更にレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、手札・墓地からドラゴン族モンスターを特殊召喚できる! ダーク・ホルス・ドラゴンを蘇生!」

 

 ライトパルサー・ドラゴン☆6光ATK/DEF2500/2000

 ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800

 

 並び立つ三体の上級ドラゴン。、それを見て、観客が沸いた。

 

「凄ぇ!! 何だアイツ!! 通常召喚なしで上級ドラゴン三体並べやがったぞ!!」

「マジかよ……攻撃力3000!?」

「姐さんをマジで倒しちまうのか!?」

 

 絶対的な威圧感を伴い、並ぶ三体の龍。先程召喚していたライラも合わせれば、四体ものモンスターが並んでいる。

 代償として手札は0になったが――ここは攻める時だ!

 

「ダーク・ホルス・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 

 澪LP4000→1000

 

 攻撃力3000のモンスターによる直接攻撃。吐き出された黒炎に巻き込まれ、澪のライフが大きく削られる。

 祇園は更なる追撃を仕掛けようとして――それを見た。

 

「――相手の場ががら空きならば、気を付けなければならないモンスターがいるということを教えておこうかな、少年?」

 

 冥府の使者ゴーズ☆7闇ATK/DEF2700/2500

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF3000/3000

 

 澪の場に、それぞれ守備表示と攻撃表示で二体のモンスターが出現していた。

 ――『冥府の使者ゴーズ』。

 場に何もカードが存在しない時に戦闘ダメージ、もしくは効果ダメージを受けた時に特殊召喚できるという効果を持った強力なモンスターだ。その効果の強力さにより制限カードとなっており、あの『決闘王』武藤遊戯も使っていたとされる。

 

「ゴーズ……!」

「驚くようなことか、少年? まあ、キミが予測していたのであろう『バトルフェーダー』で止めても良かったのだが……私の想像以上の回転を見せてくれた礼だ。まさか『ダーク・ホルス・ドラゴン』まで特殊召喚してくるとは」

 

 手札から『バトル・フェーダー』のカードを見せつつ、澪が笑う。祇園はぐっ、と一度歯を食い縛ると、追撃の指示を出した。

 

「レッドアイズでゴーズに攻撃!」

「破壊される……が、ダメージはない。終わりかな、少年?」

「……ターンエンドです」

 

 祇園がターンの終了を宣言する。ライラの効果が発動し、祇園はデッキトップを三枚墓地へ送った。

 

 落ちたカード→死者蘇生、禁じられた聖杯、闇次元の解放

 

 先程までとは打って変わって悪い落ち。それが、祇園の結末を暗示しているように見えた。

 

「私のターン、ドロー。……では、一気に行こうか。まずは『大嵐』を発動させてもらう」

 

 破壊されるのは、『リビングデッドの呼び声』と『サイクロン』、そして『D・D・R』。

 

「D・D・Rが破壊されたことにより、レッドアイズが破壊されます……!」

 

 除外されたモンスターを特殊召喚する装備魔法、『D・D・R』。しかし、破壊されてしまうとそのまま装備モンスターも破壊される。

 これで二体のモンスターたち以外に止める術はない。

 

「見事だったよ、少年。故にチャンスをやろう。……魔法カード『一時休戦』を発動。互いのプレイヤーはカードを一枚ドローし、その後、次の相手のターンのエンドフェイズまで互いが受けるダメージは〇になる」

 

 優秀なドローソースであると同時に、防御カードでもある『一時休戦』。『カウントダウン』や『エクゾディア』で見かけるカードだが――

 

「……ほう、これを引くか。面白い。魔法カード、『手札抹殺』を発動だ。私は四枚、少年は一枚を捨てて捨てた枚数だけドローする」

 

 祇園も利用する、手札交換兼墓地肥やしのカードだ。一体何をする気か――そう思った瞬間。

 

「――カードの効果で捨てられたことにより、バトルフェーダー以外の三枚のカードの効果が発動する」

「捨てられたら、って……まさか……!」

「そうだ。発動するカードは、『暗黒界の狩人ブラウ』、『暗黒界の術師スノウ』、そして――最強の暗黒界、『暗黒界の竜神グラファ』だ。それぞれ一枚ドロー、暗黒界と名の付いたカードをサーチ、相手フィールドのカードを一枚破壊する効果を持つ。まずはグラファの効果で……ダーク・ホルス・ドラゴンを破壊だ」

「……ッ」

 

 やられた――そんなことを思う祇園。澪は更に続けてくる。

 

「スノウの効果で二枚目のグラファを手札へ。ブラウの効果でドロー。……妙な話だな、相手のカードを破壊しておいて手札が増えている。さて、次だ。フィールド魔法『暗黒界の門』を発動。悪魔族の攻守を300ポイント上昇させ、更に一ターンに一度墓地の悪魔族を除外することで悪魔族モンスター一体を手札から捨てる。その後、一枚カードをドローで切る。スノウを除外し、グラファを捨てる。……ライトパルサー・ドラゴンを破壊。一枚ドロー」

「その瞬間、ライトパルサー・ドラゴンの効果発動! このカードが破壊された時、墓地からレベル5以上の闇属性ドラゴン族モンスターを蘇生します! 甦れ、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン!!」

 

 レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンとライトパルサー・ドラゴン。互いが互いを補い合うとされる理由は、ここだ。

 レッドアイズはライトパルサーを蘇生し、ライトパルサーは破壊されるというトリガーが必要なものの、レッドアイズを蘇生できる。この布陣を突破するには、一ターンに二度レッドアイズを倒す必要があるのだ。

 

「更に『暗黒界の取引』を発動。互いのプレイヤーはカードを一枚引き、一枚捨てる。……三枚目のグラファだ。レッドアイズは破壊させてもらう」

 

 本来なら突破も難しい布陣が、こうも容易く処理された。

 これでライラを残してがら空き。手札も……よくはない。

 

「更に『暗黒界の尖兵ベージ』を召喚。墓地のグラファの効果を発動。フィールド上、表側表示の暗黒界と名のつくモンスターを手札に戻すことで特殊召喚できる。甦れ、最強の暗黒界――龍神グラファ」

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF3000/3000

 

 並び立つ二体の上級モンスター。対し、こちらは逆。まるで先程と逆の光景だ。

 条件付きとはいえ除去効果を持ち、同時に安易な特殊召喚を行えるモンスター――『暗黒界の龍神グラファ』。理不尽この上ないモンスターだ。

 その効果の凶悪さとステータスの優秀さ故にレア度が高く、持っている人間などほとんどいないと聞いていたが……流石に〝祿王〟、こんなものを三枚も有しているとは。

 

「グラファでライラへ攻撃。破壊。……さて、ターンエンドだ。少年、覆せるか?」

「……ッ、ドロー!」

 

 カードを引く。先程の『暗黒界の取引』で捨てたのは『愚かな埋葬』だった。この場面では役に立たない。

 故に、このカードに懸けたのだが――

 

「……『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を守備表示で召喚、ターンエンドです」

 

 ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1200

 

 黄色い髪をポニーテールにした女性が膝をついた現れる。そして、澪がカードをドローした。

 

「……見事だったよ、少年。本当に見事だった。学生としては十分過ぎるほどのタクティクスだ。だが、哀しいかな。――〝王〟には、届かんよ」

 

 そして、澪が宣言する。

 

「暗黒界の門の効果を発動。ブラウを除外し、ベージを捨てて一枚ドロー。そして暗黒界の尖兵ベージは手札からカードの効果で捨てられた時、特殊召喚できる。そのベージを戻し、二体目のグラファを特殊召喚。ベージを召喚し、戻すことで三対目のグラファを特殊召喚する」

 

 

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 暗黒界の龍神グラファ☆8闇ATK/DEF2700/1800→3000/2100

 冥府の使者カイエントークン☆7光ATK/DEF3000/3000

 

 

 絶対的な威圧感がこちらへと向けられる。三体の龍神と、冥府の使者。

 その攻撃力は、等しく3000。

 耐えられる道理は――ない。

 

「グラファでウイッチへ攻撃だ」

「……ッ、『ヘルカイザー・ドラゴン』を捨てて破壊を無効に……ッ!」

「その場凌ぎだな、少年。……二体目のグラファで攻撃」

「……破壊、されます」

「三対目のグラファとカイエンでダイレクトアタックだ」

 

 祇園LP4000→-2000

 

 決着が訪れる。ソリッドヴィジョンが消えると、澪がこちらへと歩み寄ってきた。その表情は……苦笑。

 

「少年、どうだ? 頂きの高さは見えたか?」

「……高過ぎて、見えませんでした」

「そうか。だが、私も容易く敗れるわけにはいかないのでな。容赦がないのも勘弁してくれると嬉しいよ」

 

 周囲は静まり返っている。祇園は真っ直ぐに澪を見つめ。

 ――それでも、とその言葉を口にした。

 

「いつか、いつかきっと……辿り着きます」

 

 その言葉に、周囲は一度驚きの雰囲気を共有し。

 次いで――拍手を以て褒め称えた。

 澪は、ああ、と頷く。

 

「待っているよ、少年」

 

 口ではそう言いながらも。

 どこか……寂しげに。


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