遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
デュエルアカデミア本島海岸。早朝だというのに、そこに多くの人影があった。
その中心にいるのは、気弱そうな一人の少年。その少年を取り囲むようにして、主に赤と黄の制服に身を包んだ生徒たちが立っている。
「本当に行っちまうのかよ、祇園!?」
「……仕方ないよ。そういう、約束だったんだから」
名残惜しむような遊城十代の言葉に、少年――夢神祇園は首を左右に振って応じる。彼の肩に下げられているのは、小さなバッグが一つだけ。私物も碌に持たない彼は、この程度の荷物しかない。
海馬瀬人と夢神祇園の二人で行われた制裁デュエルより、二日。
祇園が敗北したその日に、PDAで祇園の退学が決定されたことが連絡された。しかし、それをアカデミアの生徒は黙って見ていたわけではない。いつも寮の食事を作ってくれていた祇園を助けようと、レッド寮の生徒を中心に署名活動まで行われた。
伝説のデュエリストを相手に折れることなく立ち向かい、それどころか切り札である『青眼の究極竜』まで出させた祇園。更にほとんどの生徒は彼が生活費のために毎日購買部でアルバイトをしていることも知っている。人畜無害という言葉が誰より似合う彼が嫌いな者など、そういない。
一部ではブルー生でさえ参加したという署名活動。しかし、決定は覆らなかった。
それどころか、倫理委員会の者はその署名を一瞥するだけでまともにとり合うことさえしなかったという。
……けれど、祇園は皆に礼を言うだけで。
最後まで、たった一つの恨み言さえ口にしなかった。
「負けちゃったから。だから、退学。それだけだよ」
「け、けどさ! 廃寮に入ったくらいで……!」
「ありがとう、十代くん。でも……もう、仕方ないんだ」
その言葉は、誰かに伝えるものではなく。
自らに言い聞かせているように……聞こえた。
「祇園くん、本当に言っちゃうッスか!?」
「どうして祇園が退学になるんだな!?」
翔と隼人がそれぞれの言葉を口にする。祇園は、ごめんね、とだけ呟いた。謝るようなことではないし、謝るべきことでもない。けれど、祇園にはそれ以外の言葉が出なかった。
二人が泣きそうな顔になる。祇園は、もう一度ごめんね、と呟いた。
「……祇園。キミの対策を用意していたんだが、無駄になってしまったな」
そんなことを口にするのは、三沢だ。彼がアンチデッキを用意する――それはつまり、三沢が対策する必要があると認めたということ。
素直に嬉しい。主席入学であり、イエローのトップ。結局、正式な場でのデュエルはなかったけれど。
「僕の対策をしてくれてたんだ」
「ああ、だが折角のこのデッキが無駄になるのも忍びない。祇園、餞別だ。受け取ってくれ」
「えっ? でも……」
「キミには何度か世話になっている。受け取ってくれ」
差し出されるデッキ。祇園は遠慮がちにそれを受け取ると、ありがとう、と頷いた。
「必ず、お礼はするよ」
「待っているさ」
三沢が頷く。それに続くように、明日香たちが祇園へと声をかけた。
「ごめんなさい。あなたの退学を取り消せなくて……」
「僕の責任だよ。全部ね」
「……つまらないわね、本当に。ボウヤ、私に勝ち逃げするつもり?」
「藤原さんのほうが強いよ、僕なんかよりも」
苦笑を零す。……背後の定期便の、汽笛が鳴った。
もう、出発する時間だ。
「……もう、行くよ。みんな、ありがとう」
集まってくれた全員へと頭を下げて。
祇園は、船へと乗り込む。その祇園に。
「祇園! 帰って来いよ! そんでまたデュエルしようぜ! 楽しいデュエルを!」
十代が拳を突き上げ、そんな言葉を紡いでくれた。祇園も拳を突き出し、うん、と頷く。
「――約束だ」
そして、船が動き出す。
決して長い時間そこにいたわけではない。けれど、楽しい思い出はいっぱいあって。
涙が零れそうになるのを、必死で堪えた。
「…………うん、そうだよ、約束……」
鼻を啜り、壁に背を預ける。
夢があった。目標があった。
自分なんかじゃ、目指すことさえおこがましいような夢だった。
――隣に立ちたい。
胸を張って、親友の隣に立ちたかったのに。
なのに――……
「……今度は、約束、果たさないと……」
上着のポケットの中。そこに入っている二通の手紙を手に取る。
――『推薦状』。
共にそう書かれたものの中にあるのは、アカデミア・ウエスト校の推薦状。
まだ、夢への道は閉ざされていない。
躓いてしまって、折られそうにはなったけれど。
「……頑張るよ、頑張る」
推薦状に書かれている名前は、二つ。
桐生美咲。
如月宗達。
退学を免れることができないとわかった祇園へ、それぞれが伝手を使って用意してくれたもの。
その二つと、たった一つのデッキだけを携えて。
険しい夢へと、向かっていく。
「必ず、そこへ……行くから」
◇ ◇ ◇
祇園を乗せた船が出港し、見えなくなった頃。港に、一人の少女の声が響いた。
「はいはーい、皆授業の時間やでー。急いで教室に向かいやー」
パンパンと手を叩きながら言う少女。その姿を見て、その場の全員が驚きの表情を見せる。
「ん、誰だあんた――」
「ええっ!? なんでこんなところにいるッスか!?」
十代の声を遮り、翔が奇声を発さんばかりの勢いでそう言葉を紡いだ。周囲の者たちも、その少女の姿に驚き困惑している。
「な、なんだよ翔。知り合いか?」
「知らないッスかアニキ!? ありえないッスよ!」
「十代、テレビとか見てないんだな?」
「十代らしいというか、何というか……」
呆れた調子の三沢の声。それを受けてか、その少女はコホン、と一つ咳払いをする。
途端――周囲が、静まり返った。
「知っとる子もおるみたいやけど、一応自己紹介しよか。――桐生美咲。KC社とI²社にスポンサーになってもらって、『横浜スプラッシャーズ』にも所属しとります。一応、職業はプロデュエリストや。今日から週二回、非常勤講師としてここで授業しますんで。――どうぞよろしゅう」
微笑ながら、その少女は言う。
――〝史上最年少プロデュエリスト〟。
おそらくは現在活躍しているプロの中でも屈指の人気を誇るアイドルの登場に、その場の全員が――
「「「えええええええぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!??????」」」
――驚きの叫びを打ち上げた。
◇ ◇ ◇
そして、授業の開始時間。教壇に立つのはいつもならクロノスであるこの時間、時間割の変更が行われたということで美咲が教壇に立っていた。
簡単な自己紹介を美咲が行うと、教室内ではざわめきが起こる。当然だ。『アイドル』でもあるプロデュエリストがこんなところへ来たのだから。
「おいおい、何で美咲ちゃんがこんなところに……?」
「本物かよ?」
「サイン欲しいな~……」
「…………ふん」
一部を除き、浮足立つような妙な雰囲気になる教室。美咲が、ほな、と声を上げた。
「質問の時間をとりたいとことやけど、時間もないしさっさと進めるよ~♪ ウチ個人のことは置いといて、授業について質問ある人~?」
「――一つ聞きたい」
真っ先に手を挙げたのは宗達だった。凄い視線を一人の女生徒が宗達に向けているが……宗達はそれを務めて意識の外に追いやり、美咲に質問を飛ばす。
「非常勤講師としてここに来た理由を教えて欲しいね。忙しいはずのあんたがわざわざ教鞭執る理由なんて相当なことだと思うんだけどな?」
「お、いい質問やね~♪ 理由は単純、社長――自分らにとってはオーナーやね、その人の命令や。『アカデミアの実力調査』と『実力の底上げ』が目的になるんかな?」
クスクスと笑いながら言う美咲。彼女は鞄からプリントの束を取り出しながら、楽しそうに告げる。
「二日前の社長と祇園のデュエルは見とったな? あの後、社長が鮫島校長に聞いたんよ。『アカデミアの生徒の実力はどれほどのものか』、ってな。そしたら、祇園は『強引に留めるほどの実力ではない』って返答が返って来た。つまり、ここにいる皆は祇園よりも遥かに強い――そういうことやろ?」
その時、彼女の笑みに違和感を覚えた人間がどれだけいたか。
口元は笑っていても、目が欠片も笑っていない。そんな彼女に、背筋を凍らせた者は……数人。
「せやけど、記録見たら祇園は悪く見積もっても成績は中の上。良く見積もったら十分上位陣に食い込んでる。品行方正、廃寮への侵入があったらしいけど、それ以外は問題を一つも起こしてへん。それどころか毎朝毎晩寮の食事を作り、購買部でも仕事をしとると。
流石にこれで底辺ゆーんはちょっとウチも社長も信じられんくてなー。それで、実力確認や。今からテストするさかい、三十分で解いてもらうよ。ほな用紙配るで~♪」
美咲が前列の生徒へテスト用紙を配る。一部からえー、という不満の声が上がった。
「筆記かよー」
「あっはっは。DMのルールテストや。ルール把握してへん奴がまともに勝てるわけがあらへん。……ああそうそう。ウチの授業やけど、ナメとったら退学になるから覚悟しときや?」
その言葉に、教室の空気が変わる。美咲は、何がおかしい、と首を傾げた。
「祇園はデュエルに負けて退学になったんやで? おかしいかな?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! えーっと……」
「美咲先生、もしくは美咲ちゃん☆と呼ぶように。……遊城十代くんやね? どうぞ」
席順から名前を確認し、先を促す美咲。十代は立ち上がると、焦った調子で言葉を紡いだ。
「美咲先生! デュエルの実力はテストじゃ測れねぇって!」
「十代くんは筆記が苦手か? 安心するとええよ、実技もやるから。筆記と実技、それぞれ百点ずつ。合計二百点で成績は付ける。それに十代くんも、筆記は存在せんでもええとは思ってないやろ?」
「う、それはそうだけどさ……」
「ならそれで終了や♪ さて、テスト配った後に言うのもなんやけど、腹括ってそのテストに解答しなアカンよ? そのテストの点数が、自分らの所持点数や」
所持点数――その言葉に、教室がざわめく。美咲は手を叩くと、注目を自分に向けた。
「所持点数、っていうのは言葉の通りや。今から受けるテストの点数。それがそのまま自分らの持ち点になる。授業態度、テストの結果でそれが変動していくことになるね。で、終了時期に持ってた点数がそのまま成績になる。わかりやすいやろ~?」
「つまり、今回のテストの点数を基礎に積み上げたり引き下げたりする、と。細かくはどういう風になる?」
「お、ええ質問やね『侍大将』。たとえば、今回50点を取ったとする。そしたらそれが基礎点やな。で、授業態度が悪かった――例えば寝てたりすると、-5点とかしていくわけや。無論、上げる方法もあるよ? 授業態度と出席点。出てたら一応、毎時間0.5点ずつはあげるよ。
で、テストや。これは五十点をラインにする。毎時間、前回の授業を含めたルールテストをする。そこで50点以上を取れたら、÷10の端数切り捨て分の点数をプラス。逆に50点より下の場合、逆の形――10点台ならマイナス4点、っていう形でマイナスしていく」
「持ち点が〇になったら?」
「次のテストの点数を次の持ち点にする。そんで、三回自分の点数を0にした子は……悪いけど、退学や。まあ、実技もダメなら、っていう前提条件はあるけどな」
以上、質問はー? そんな風に美咲は聞いてくる。教室内はざわめいているだけで、質問はない。
「あ、ちなみにウチの授業は先に言うたように週二回やけど、単位落としたら留年やから逃げたらアカンよー? 実技についてはその時に説明するわ。……ああ、そうそう」
ポン、と思い出したように美咲は言う。
「そのテスト、昨日祇園にも受けてもらったら祇園は76点やったよ。いくつかケアレスミスがあっただけ。――皆なら……余裕やんな?」
にっこり。そんな表現が何よりも似合いそうな笑顔を浮かべ。
美咲が、ほな、と宣言する。
「――試験、開始や。今回の内容は『召喚時の処理』。レッツ、スタート♪」
◇ ◇ ◇
船旅は思ったよりも長くなかった。礼を言い、船を降りると……久し振りの本当に足を着ける。
感慨深さはない。そもそも今回降りたのは関西の港だ。関東で生まれ育った祇園に覚えがあるはずがないというのが現実だ。
「ええと、駅は……」
地図を取り出し、駅を探す。正直な話、今日の宿さえもない身だ。推薦状があるとはいえ、楽観視はできない。最悪公園で寝泊まりする覚悟を決めて、祇園は歩き出す。
――ここが最底辺だ。後は、どうにかして昇っていく。
駅を目指し、歩いていく。その途中、子供たちが走っていく姿を見かけた。皆、デッキを持っている。おそらくどこかのカードショップにでも向かうのだろう。
何となく、心を惹かれた。ゆっくりと、子供たちの後を追って行く。
辿り着いたのは……一つの、古ぼけたカードショップだった。
「ししょー!」
「今日も来たでししょー!」
「デッキ見てー!」
子供たちが我も我もと言わんばかりに店内へと突撃していく。それを追い、店内に入った祇園は、思わずその場で足を止めた。
複数の子供たちに群がられるようにして店の奥に座る、一人の女性。
凛とした雰囲気を纏い、同時にどこか慈愛に満ちた表情を浮かべるその女性に、見惚れてしまった。
「おや、珍しいな。こんな場末の店にお客さんか」
不意に声をかけられた。見れば、髭を生やした中年の男性がにこやかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「あ、ど、どうも……」
「大したものは置いていないが、ゆっくりしていってくれ。デュエルスペースはデュエル教室をやっているから、少し手狭かもしれないけどね」
「デュエル教室、ですか?」
「近所の子供たちを集めて、あそこの女の子がやってくれているんだよ。情けない話だけど、経営は苦しくてね。子供たちの授業料でどうにか持っているぐらいだ」
「成程……」
視線を再び店内へと向ける。子供たちに囲まれている女性は、一人一人に何やら言葉をかけているようだった。
――不意に、女性の視線がこちらを向く。女性がどこか驚いたような表情を見せると、ほう、とその雰囲気に似つかわしい凛とした声色で言葉を紡いだ。
「珍しいな、この店に客が来るとは。少年、どうだ? 折角だからデュエルして行っては?」
女性が手招きしてくる。店長の方を見ると、軽く頷いていた。祇園も頷くと、えっと、と声を上げる。
「僕が参加してもいいんですか……?」
「遠慮するな、少年。キミが悪い人間ならば即座にお帰り願うところだが、見たところ人畜無害そうじゃないか。カードショップに来てただ帰るだけというのも味気ないだろう?」
「え、えっと、じゃあ一度だけ……お手合わせ、お願いします」
「うん。素直な人間が好きだよ、私は」
女性が言い、祇園は席に着く。女性は周囲を見回すと、紅里くん、と声を上げた。
「お客さんだ。相手をしてやってくれ」
「……うにゅう……?」
布の塊が声を上げた――祇園は一瞬、本気でそう思った。
紅里(あかり)、と呼ばれた物体――布団をいくつも重ねがけしたような状態の塊――から腕が生えてくると、ゆっくりと人が這い出てくる。
「……う~、あれ、みーちゃん……?」
「全く、相変わらずだな。ほら、こっちへ来るといい」
「……うにゅう」
目を擦りながら現れたのは、一人の女の子だった。年の頃は祇園と同じくらいに思える。紅里、と呼ばれたその少女は祇園と向かい合う位置に座ると、デッキを取り出した。
「えっと、ちょっと待ってくださいね……ん~……」
紅里はそう言うと、一度大きく深呼吸をした。――そして。
「それじゃあ、始めましょうか~」
先程までの雰囲気はどこへやら。鋭利な雰囲気さえ携え、紅里は祇園と向き合う。
祇園もデッキを取り出すと、一度深呼吸をした。デュエルディスクなしのデュエルというのも久し振りだ――そんなことを思いつつ、デッキをシャッフルする。
「頑張れお姉ちゃーん!」
「なぁなぁ、お兄ちゃんってどんなデッキ使うん?」
「お姉ちゃんのデュエル見るの、久し振りや~」
子供たちの口調が美咲と似ているのは、やはりここが関西だからか。そういえば美咲も関西出身だといっていたな――そんなことに少し微笑みつつ、祇園はカードを引く。
「「決闘」」
背負うものが何もない、ただの……デュエル。
それが随分、久し振りのように感じた。
◇ ◇ ◇
テストが終了し、美咲がそれをすべて回収する。それをパラパラと眺めると、んー、と美咲は少し考え込むような仕草を見せた。
「さて、早速採点したいんやけど……人数多いなぁ。ほな、三十分休憩。次の時間までにここで採点するから、それまで自由にしててええよー」
ひらひらと手を振りながら美咲は言う。一気に教室内が騒がしくなった。
美咲はPDAを取り出すと、どこかへ連絡を付ける。更に、近くで美咲の護衛として立っていたKC社の護衛たちにも声をかけた。
「井上さん、石橋さん、採点手伝ってくれませんか?」
「は? しかし……」
「解答はありますし、お願いします。人手が足りひんのですよー」
お願いします、と小さく拝みながら言う美咲。ボディーガードの二人は一度目を合わせると、美咲の側で採点を手伝い始める。
そんな中、教室に一人の女性が入って来た。――響緑。プロデュエリスト響紅葉の姉であり、アカデミアでも教師を務める女性だ。その女性は美咲の傍まで歩み寄ると、久し振りね、と声をかける。
「いきなりメールが来たからどうしたかと思ったけど……」
「お久し振りです、緑さん。いきなりですみませんけど、採点手伝ってもらえません?」
「採点?」
「今さっき、テストしたんですよー。で、今採点中です」
「成程……いいわよ、手伝ってあげる。弟も世話になってるみたいだしね」
「次鋒には迷惑かけっぱなしです」
美咲の隣に座り、採点を始める緑。ペンを取り出し、採点を始めようとして――緑の手が止まった。
「美咲、あなたこのテスト……」
「何やおかしいとこありますかー?」
言いつつも、美咲の手は止まっていない。次々とテストを消化していく。
緑は、いくらなんでも、と言葉を紡いだ。
「一年生にこの問題は無茶よ。あなたの採点方式と授業方針は聞いたけど、これじゃあ本当にブルー生が誰もいなくなるわ」
「そう言われましても、大分甘いんですよ? そもそも、『退学になった夢神祇園が最底辺』っていう大前提で授業しろって社長に言われましたし。ウチには逆らえませんよー」
「……確か、持ち点が0になったら寮の格下げだったかしら?」
「それについてはこの後言うつもりでしたけどねー」
あっけらかんと言う美咲。緑はふぅ、と息を吐いた。
「無茶をするわね」
「社長に言うてください。オッケー出したん社長ですし」
「……怒ってる?」
「怒るも何も、そんなことする理由がありませんよ?」
テストの採点をしながら、美咲は言う。
「どっちにせよ、いずれはてこ入れも必要やったんです。それが今なだけですよ。緑さんも聞いてるでしょ、冬休みの件」
「……ええ」
「井の中の蛙でいられたら困ります。せめて、人様の前で無様晒さん程度の力は見せてもらいませんとね」
そう言った、美咲の表情は。
どこか、寂しげだった。
…………。
……………………。
……………………………。
採点が終わり、再開される授業。教壇に立つ美咲はしかし、かなり厳しい表情をしていた。
「さて、採点が終わったわけやけど……んー、まず、ちょっと名前呼ぶよ?
――三沢大地、如月宗達、藤原雪乃、天上院明日香……この四人、今日の授業出なくてええよ。出ても意味ないやろし」
教室内がざわめく。それを受け、ああ、と美咲は手を左右に振った。
「悪い意味やないよ。この四人は80点以上取ったメンバーや。いやまぁ、受けてくれるんやったら受けてくれてもええんやけど……多分退屈やで、って話」
「具体的な内訳は?」
宗達が手を挙げて問いかけてくる。美咲がうん、と頷いた。
「三沢くんが92点、侍大将は90点、藤原さんは84点、天上院さんも同じく84点やね。……他のメンバーについては、正直期待外れもええとこや。何やコレ? 八割以上が50点以下? やる気あるんか自分ら? 過大評価しとったみたいやな、どうも」
「――ふざけるな!!」
罵倒するような言葉を紡ぐ美咲。その彼女に対して声を荒げたのはブルー生――万丈目だった。
「プロデュエリストか何か知らないが、こんなテストで何を測れる!? 俺たちはエリートだぞ!!」
「プロ試験にはもちろん筆記試験もあるんやで、万丈目くん。このテストはその試験にさえ出てこないような超が付くほどの初級問題や。それさえできひんのやったら、そもそもプロになんてなれへんよ」
「何だと……!?」
「ほな、早速今日の授業いこか。……万丈目くん、今日のテストの第一問。召喚――表側の召喚と、手札からの召喚条件における特殊召喚の処理手順は全部でいくつある?」
「何?……そもそも召喚とはメインフェイズに行われるもので――」
「ああ、ちゃうちゃう。そんなん必要あらへんよ。人の言葉聞いてたか?……答えは8、もしくは10。七番目の手順を三つに分けた場合は10になる。さて、これの正答者がほとんどおらんのはどういうことやろな?」
ルールブックぐらい読んどくものやで――美咲は言いつつ、言葉を続ける。
「そして第二問。これを詳しくかけ、と。今日のテストはこの二つだけやったんやけど、もう無茶苦茶やね皆。おかげで採点すぐに終わったけど。
まず一つ目、『召喚宣言』。これはわかり易いね。召喚する、って行動を示すわけや。
その二、『召喚条件を満たす』。生贄召喚の場合やったらここで生贄に捧げる処理が入る。このタイミングで発動するカードやったら『死霊の誘い』があるな。
その三、『召喚モンスターの公開』。どの表示形式で出すかはここで宣言する。ただし裏側の場合は公開せーへんよー。
その四、『各種召喚を無効化する効果の発動』。有名どころなら『神の宣告』とか『神の警告』とかはこのタイミングやね。
その五、『召喚成功』。ここでようやく、『召喚できた』という状況になる。
その六、『永続効果の適応』。永続魔法、永続トラップ、フィールド魔法、モンスター……その他諸々、既に発動してるカードの効果を適用するのがこのタイミング。
その七の一、『モンスターが召喚される前に発動が確定している効果の発動』。任意も強制も関係なく、ここで発動や。例としては『クリッター』や『ハーピィ・ダンサー』の効果で風属性モンスターを召喚した時の『霞の谷の神風』なんかはこのタイミングになるね。
その七の二、『召喚したことにより誘発する効果の発動』。このタイミングは、まず強制効果。『帝』シリーズや『ブラック・ガーデン』のトークン召喚、あと――『スクラップ・コング』はここで死ぬ。
で、七の三。『任意発動系の誘発効果の発動』。テキストに『召喚時~できる』って書いてある、要は任意の効果やね。最近出てきたカテゴリ、『水精鱗』の『水精鱗―アビスパイク』の効果タイミングがここや。
で、その八。『召喚に対してクイックエフェクトの発動』。『激流葬』やら『落とし穴』やら、『連鎖除外』なんかがここ。一応、召喚とは無関係なクイックエフェクトも発動可能や」
スラスラと教科書も見ずに語る美咲に、その場の全員が呆然としている。そんな様子を見て、ふう、と美咲がため息を吐いた。
「……で? どうして誰もノートを取ってへんのや? 三沢くんだけか、ノート取ってるの。言うたはずやけどな。来週またここテストに出るで、って」
その言葉を聞き、一斉にノートを取り始める生徒たち。十代でさえも例外ではない。祇園が退学になった――その現実を見ている彼は、本当に何もしなければ退学になると理解している。
「ちなみに今日のテスト結果は掲示板に名前付きで全員分張り出しとくさかい、確認しとくように。ああ、そうそう。持ち点が三回0になったら退学やけど、一回0になるごとに寮の格下げやから」
再び教室内がざわめく。そんな中、ただし、と美咲は続けた。
「100点超えたら格上げや。――以上。質問は?」
質問はないらしい。全員が黙ったままだ。
それを見届けると、それじゃあ、と笑みと共に美咲は言った。
「今日の授業や」
◇ ◇ ◇
デュエルは、非常に静かだった。
「僕の先行です、ドロー。えっと……モンスターをセットしてターンエンドです」
「私のターンですね、ドロー。うーん、メインフェイズに入りますけど、何かありますか~?」
「いえ、何も」
「それでは、『イービル・ソーン』を召喚します。効果発動まで行きますけど、何かありますか~?」
「いえ、大丈夫です」
「では、イービル・ソーンの効果発動。このモンスターを生贄に捧げて、相手ライフに300ポイントダメージ。そしてデッキから『イービル・ソーン』を二体まで攻撃表示で特殊召喚します~。ただし、この方法で出したイービルソーンはこの効果を発動できません」
祇園LP4000→3700
イービル・ソーン☆1闇ATK/DEF100/300
イービル・ソーン☆1闇ATK/DEF100/300
ライフが削られ、更に相手の場に弱いとはいえ二体のモンスターが並ぶ。
「永続魔法『超栄養太陽』を発動します~。超栄養太陽の効果、レベル2以下の植物族モンスターを一体生贄に捧げて、デッキから生贄に捧げたモンスターのレベル+3以下の植物族モンスターを特殊召喚します。イービル・ソーンを一体リリースして、『ローンファイア・ブロッサム』を守備表示で特殊召喚~。更にローンファイア・ブロッサムの効果発動、一ターンに一度、植物族モンスターを生贄に捧げてデッキから植物族モンスターを特殊召喚します。……セットモンスターが少し怖いけど、『ギガプラント』を特殊召喚します~」
怒涛の特殊召喚連打。恐ろしいことに、これだけ回しておいても消費手札は『イービル・ソーン』と『超栄養太陽』の二枚だけだったりするから恐ろしい。
ローンファイア・ブロッサム☆3炎ATK/DEF500/1400
ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200
並ぶのは二体のモンスター。紅里は迷った様子を見せつつも、うん、と頷く。
「ギガプラントで攻撃~」
「セットモンスターは『ライトロード・ハンター ライコウ』です。……リバース効果でギガプラントを破壊します」
「うにゅう!?」
リバース効果によって破壊されるギガプラント。祇園は更に、ライコウのもう一つの効果を発動する。
「デッキトップを三枚墓地へ」
落ちたカード→死者蘇生、レベル・スティーラー、D・D・R。
あまり良い落ちとは言えない……レベル・スティーラーぐらいだろうか。
「ほう、ライトロードか……? 切り札がかなり高価なデッキだが……いや、D・D・R……?」
デュエルを見守っている女性がぼそりとそんなことを呟いていた。……これだけで予測を立ててくるとは。まあ、別に知られても問題ないのだが。
対し、子供たちもそれぞれの意見を口にする。
「あー、ライコウ踏んでしもたなー」
「でも仕方ないんちゃう? デッキわからんし」
「ライロかな、お兄ちゃんの? せやったら急がんとヤバいね」
子供たちの意見に、紅里は苦笑。カードを二枚セットすると、ターンエンドを宣言した。
「えっと、それじゃあ僕のターン。ドロー。……メインまで、何か?」
「ないよ~」
「それじゃあ、魔法カード『光の援軍』を発動します。デッキトップを三枚落として……」
落ちたカード→禁じられた聖杯、ダークフレア・ドラゴン、エクリプス・ワイバーン
「……『ライトロード・マジシャン ライラ』を手札に。更に『エクリプス・ワイバーン』の効果でデッキから『ダーク・アームド・ドラゴン』を除外します」
その一連の流れ。それを受けて、ほう、と女性が感嘆に似た吐息を漏らした。
「『カオスドラゴン』か。珍しいデッキを使うな、少年」
「ししょー、『カオスドラゴン』ってなにー?」
子供が手を挙げて質問する。女性はああ、と頷きながら答えた。
「光と闇の属性を利用し、立ち回るデッキだ。正直、爆発力は相当なものがある。ただし、その分運の要素も混じるため扱いが難しい。……まあ、見ていればわかるさ」
「「「はーい」」」
子供たちは返事をすると、真剣な表情でデスクを見つめ始めた。祇園は、ここで少し考え込む。
相手のデッキの動きを考えると、おそらく『植物デュアル』。ギガプラントと制限カードであるローンファイア・ブロッサムを中心に展開するデッキだ。
一気に回されると押し潰される。今は守備表示で存在しているローンファイア・ブロッサムをどうにかして排除したいが、さてどうしたものか。『大嵐』……いやせめて『サイクロン』でもあるとありがたいのだが。
「……『魔導戦士ブレイカー』を召喚します。カウンターが乗り、攻撃力がアップします」
魔導戦士ブレイカー☆4闇ATK/DEF1600→1900/1000
剣と盾を持つ魔法使いを召喚する。召喚時に魔力カウンターが乗り、それを取り外すことで相手の魔法・トラップカードを破壊できるのだが……。
「うにゅう~……それは困るかも~。『奈落の落とし穴』です」
「……はい」
これでがら空き。……本格的にまずくなってきた。
「カードを一枚伏せて、ターンエンドで――」
「エンドフェイズ、『サイクロン』を発動です~」
エンドサイク、と呼ばれる方法だ。それにより、『リビングデッドの呼び声』が破壊される。
正真正銘の……がら空き。
「私のターンです、ドロー。……メインフェイズまでに、何かありますか~?」
「……ないです」
「では、ローンファイア・ブロッサムの効果で、二体目のギガプラントを特殊召喚です。更に、召喚権を使ってギガプラントを再度召喚。これで、効果を得ます。一ターンに一度、墓地から植物族モンスターを蘇生します。ローンファイア・ブロッサムを蘇生。効果発動、デッキから『椿姫ティタニアル』を特殊召喚します~」
ギガプラント☆6地ATK/DEF2400/1200
椿姫ティタニアル☆8ATK/DEF2800/2600
植物族の数少ない大型モンスターが二体も並ぶ。それを見ると、ため息さえ漏れた。
「二体で攻撃~」
「僕の負け、です」
あっさりとした敗北。けれど、楽しかった。
格上のデュエリストは数多くいる……そんなことを、ふと思った。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました~」
頭を下げる。すると、少年、と女性が声をかけてきた。
「打つ手は本当になかったのか?」
「えっと、はい。……手札は、これで」
祇園最後の手札→ヘルカイザー・ドラゴン、レベル・スティーラー、ライトロード・マジシャン ライラ、ダーク・ホルス・ドラゴン。
これ以上ないくらいの事故である。女性も、ああ、と苦笑した。
「これでは確かにどうしようもない。運が悪かったか」
「でも、相手の……紅里さん、のタクティクスも凄かったですから」
「私なんてみーちゃんに比べたらまだまだだよ~」
紅里が手を左右に振りながらそんなことを言う。少年、と女性が肩を叩きながら問いかけてきた。
「見たところ地元の人間ではないようだが……旅行か?」
「あ、いえ。こっちのデュエルアカデミア・ウエスト校に用がありまして」
「……何? どんな用だ?」
「その、転入をお願いしたいと……」
ポケットから二つの推薦状を取り出しつつ、祇園は言う。それを見て、ほう、と女性が頷いた。
「見ても構わないかな?」
「あ、はい。どうぞ」
「ふむ……」
女性が推薦状を開く。ピクリと、その眉が一度跳ね上がり……そして、了解した、と頷いた。
「だが、少年。今日のウエスト校は開校記念日で休校だぞ?」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ。事務などは開いているだろうが……手続きができるかというと、微妙なところだ。どうする? 案内してもいいが」
「あっ、その……学生寮とかはどうなってるんでしょうか? 宿が決まってなくて……」
「紅里くん、男子寮に空きはあったかな?」
「う~ん、なかったかもです~。そもそも寮自体、広くないので~」
「えっ……そんな……」
眩暈を感じた。休校の上、学生寮も空いていないなど……本当に、どうしたらいいのか。
そんな祇園を見かねたのか、女性は紅里くん、と紅里に向かって言葉を紡いだ。
「私は少しこの少年の話を聞いてみよう。すまないが、教室を頼まれてくれるか?」
「は~い、皆行くよ~」
紅里が子供たちを伴って移動する。女性は祇園の正面に座ると、さて、と呟くように言葉を紡いだ。
「何やら込み入った事情があるようだな、少年。よければ私に話してはくれないか?」
「え、でも……」
「こう見えて、私はウエスト校の三年生だ。学校主席の立場にも置かせてもらっている。力になれると思うよ。……ああ、自己紹介がまだだったか。私の名は澪。烏丸澪(からすまみお)だ。末席ながら……学生プロデュエリストを名乗らせてもらっている」
◇ ◇ ◇
DM界には、日本と世界でそれぞれいくつかの『タイトル』が存在している。
決闘王武藤遊戯――彼が遺した伝説を追うようにして行われた大会。その中で、いくつかの『王者』としての称号が生まれたのだ。
日本に存在するタイトルは、五つ。
〝壱龍〟、〝弐武〟、〝参魔〟、〝伍天〟、〝祿王〟。
それぞれ決められた大会で実力を示し、一週間にも渡るタイトル戦で勝利しなければ名乗れない称号だ。
海外タイトルは九つ存在しているが……今は置いておこう。
この五つのタイトル、現在〝壱龍〟、〝参魔〟、〝伍天〟は一人のプロデュエリストが所有している。『DD』――十年連続ランキング一位を誇る破格のデュエリストである人物だ。
対し、残る二つは別の人物が所有している。〝弐武〟は現在の世界ランク三位にして世界タイトルも一つ所有する歴戦のデュエリストが所持している。
――そして、〝祿王〟。
これを所有するデュエリストはほとんど表舞台へ出てこない。タイトル戦にのみ姿を見せ、それ故に〝幻の王〟とも呼ばれている。
そして、その人物こそが。
今、祇園の目の前にいる人物。
――烏丸〝祿王〟澪。
桐生美咲を史上最年少でプロデュエリストになった人物とするならば、彼女は別。
史上最速でタイトルを手にした――デュエリスト。
「……成程。辛い目に遭ったな、少年」
そのタイトル保持者は祇園の話を聞き終えると、心配そうな目を祇園に向けた。祇園はいえ、と首を左右に振る。
「僕が負けたのが……理由ですから」
「だがあの海馬瀬人が相手だろう? そう勝てる人間もいないと思うが」
「それでも、です。……勝負に、絶対はありませんから」
「成程。気持ちのいい言葉を吐くな、少年」
「僕なんて」
もう一度首を左右に振る。澪は、面白い、と頷いた。
「気に入ったよ、少年。夢神祇園、といったな。転入自体は何の問題もなく行えるだろう。それは私が保証する。まさか美咲くんだけでなく『侍大将』の推薦状まで見れるとは思わなかったが。ウエスト校に私がいると思って書いたのだろう」
「あ、ありがとうございます……!!」
頭を下げる。いくら推薦状があるとはいえ、断られればそこで路頭に迷うところだったのだ。本当に助かった。
しかし、入学が上手くいっても別の問題が残る。
「だが、宿がないか。手持ちはどうだ?」
「そ、そんなには……」
「まあ、雰囲気でわかるよ。そうなると……ふむ」
そこで澪はじっと祇園の顔を見つめてきた。そして。
「………………顔はそこそこ好みだな」
ボソリと何事かを呟くと、仕方ない、と腕を組みながら言葉を紡いだ。
「私の家に来るといい。多少散らかっているが、それは容赦してくれ」
「え、ええっ!? そんな、いくらなんでも……!」
「困っている者がいるなら見捨てるわけにはいかないのでな。それとも、いかがわしい気持でもあるのか?」
「あ、あるわけないです!」
「ならば問題ない。美咲くんはともかくあの『侍大将』が信を置く人間だ。人格者であるのだろう。……さて、それでは少年、少し手伝ってくれ。キミもDMの知識はあるだろう?」
そう言って、こちらへと手を差し伸べてくる澪。
その手を、ゆっくりと握り返して。
不意に、涙が溢れそうになった。
先行きも、何もかもが不安な中で。
差しのべられた手が……あまりにも、暖かかった。
故に……頭を、下げた。
「ありがとう、ございます……!!」
新たに刻む、一歩は。
こうして……始まった。
捨てる神あらば、拾う神あり。
プロデュエリスト関係とタイトル、アカデミア設定はオリジナルです。適当に流して頂けると幸いですね。