遊戯王GX―とあるデュエリストたちの日々― 作:masamune
決闘王と語られる、最早世界に知らぬ者なき最強のデュエリスト――武藤遊戯。
そんな彼と並び称されるのが、今祇園の前に立つ人物――海馬瀬人だ。
世界に三枚しか現存していない、伝説のレアカード『青眼の白龍』。その所有者であり、幾度となく武藤遊戯との死闘を演じてきたデュエリスト。
世界に名だたるKC社の社長でもあるその人物とデュエルすることなど、普通は有り得ない。それも制裁デュエルでなど余計にありえないことだ。
しかし、現実としてこうして向き合うことになっている。
「ふぅん、先行はくれてやる」
「ど、ドロー……ッ」
鳴り響く心臓の音をどうにか黙らせようと何度も深呼吸を繰り返すが、効果はない。ただただ鳴り響くだけ。
本来なら、向かい合うことさえ許されていないほどの格上。勝つことなど、夢想さえしてはいけない。
――けれど。
「……モンスターを一体セットして、ターンエンドです」
勝たなければ、何もできない。
何も……成すことはできない。
「ふぅん、消極的だな。勝つ気がないのか?」
「…………」
「期待外れだな。俺のターン、ドロー!……ふぅん、貴様程度には勿体ないが――冥途の土産に見せてやろう。俺は魔法カード『召喚士のスキル』を発動! デッキからレベル5以上の通常モンスターを手札に加える! 俺が加えるのは勿論『青眼の白龍』だ!」
会場がざわめき、緊張が高まる。伝説のレアカードを見ることができるかもしれない……そんな緊張が、自然と会場を黙らせる。
「更に俺は手札より『正義の味方カイバーマン』を召喚!」
正義の味方カイバーマン☆3光ATK/DEF200/700
現れたのは、海馬によく似た姿に加えて頭に仮面を被ったモンスターだった。その低いステータスに会場が僅かにざわめくが、海馬は欠片も気にした様子もなく続ける。
「正義の味方カイバーマンの効果発動! このカードを生贄に捧げることで、手札より『青眼の白龍』を特殊召喚する!――伝説を見せてやる。現れよ、ブルーアイズ・ホワイトドラゴン!!」
轟音が轟き、静謐な空気が会場を支配した。
唾を呑み込む音さえも聞き取れそうなほどに静まり返った会場。そこへ、一体の白龍が降臨する。
青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)☆8光ATK/DEF3000/2500
咆哮を上げる白龍。その威容に、会場の観客は魅了され。
――一気に、大歓声を上げた。
「凄ぇ!! アレが伝説のブルーアイズか!!」
「この目で見れる日が来るなんて……!!」
「ヤバい!! 感動で泣きそうだ……!?」
口々に感動の声を上げる生徒たち。だが、向かい合う祇園としてはたまったものではない。こちらを射抜くようにして見据える海馬の視線と、青眼の白龍の威圧感を前に呑まれてしまいそうだ。
「これこそがこの俺の最強の僕!! 何が来ようと粉砕してくれるわ!! ブルーアイズで攻撃!! 滅びのバーストストリーム!!」
「――――ッ!!」
吹き飛ばされるセットモンスター。その姿は背中の翅の部分に星を宿した一匹の昆虫だ。
レベル・スティーラー。守備力0のそのモンスターは、何の抵抗もできずに破壊される。
「ふぅん、その程度の雑魚モンスターで我がブルーアイズをどうにかできると思ったか? 俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」
「……僕のターン、ドロー」
自然と声が小さくなる。気圧されているのだということは理解できるが、それに対してどうしろというのか。
「ふぅん、戦意喪失か。くだらんな。美咲の言葉も信用できん」
「……戦意は、喪失してません」
――気圧されているのはわかっている。
今の自分では勝てないこともわかっている。
「僕は、僕のできることをやるだけです……!」
それでも、諦めることはしない。ずっと諦め、俯き続けてきたから。
アカデミアに入る時、決めたのだ。
――みっともなくとも無様でも、最後まで足掻くって。
「ならば見せてみろ!」
「――僕は手札から『バイス・ドラゴン』を特殊召喚します! このカードは相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚できます! ただしその際、攻守は半分になります!」
「そんな雑魚モンスター一体でどうするつもりだ?」
「墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動! バイス・ドラゴンのレベルを一つ下げ、フィールド上に特殊召喚します!」
バイス・ドラゴン☆5→4闇ATK/DEF2000/2400→1000/1200
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
二体のモンスターがフィールド上に並ぶ。ほう、と海馬が感心したような声を漏らした。
「生贄を二体並べたか」
「僕は二体のモンスターを生贄に捧げ――『ダーク・ホルス・ドラゴン』を召喚します!!」
ダーク・ホルス・ドラゴン☆8闇ATK/DEF3000/1800
現れたのは、黒煙を纏う漆黒のドラゴンだった。その攻撃力を見、海馬が驚きの表情を見せる。
「ブルーアイズと同じ攻撃力だと……!」
「ダーク・ホルス・ドラゴンでブルーアイズに攻撃! 相討ちです!」
二体の龍がそれぞれの口から炎と光線を吐き出し、互いに破壊し合う。大歓声が轟いた。
そんな中、ブルーアイズを破壊された海馬はそれこそ殺意のこもった視線を祇園に向けている。
「おのれぇ、この俺のブルーアイズを……!」
「………………カードを一枚伏せて、ターンエンドです」
嫌な汗とストレスからくる腹痛を感じつつ、努めて冷静に祇園はそう言葉を紡ぐ。海馬はカードを引くと、デュエルディスクを操作した。
「俺のターン、ドロー!……我がブルーアイズを破壊したことは褒めてやる。だが、無駄だったということを教えてやろう! リバースカードオープン! 『リビングデッドの呼び声』! 蘇れ……ブルーアイズ!!」
再び復活する伝説の龍。海馬はそのまま、ブルーアイズへ攻撃の宣言をした。
「行けブルーアイズ! 滅びのバーストストリーム!」
「リバースカードオープン! 『リビングデッドの呼び声』! これにより、墓地のダーク・ホルス・ドラゴンを蘇生します!」
「何だと!? クッ……おのれぇ、バトルは中止だ! 俺はモンスターを一体セットし、更にカードを一枚伏せてターンエンドだ!」
互いの場には、攻撃力3000のモンスター。
そして、LPへのダメージは、0。
海馬が現れた時、すぐに決着が着くと思われていたこのデュエル。いつしか、会場の全てが見入るようにして二人のデュエルを見つめていた。
「僕のターン、ドロー!」
いつしか……怯えるようだった少年が、震える体でその歩を一歩、前に進めていた。
◇ ◇ ◇
「……海馬社長は、結局のところ最強のファンデッキ使いや。『青眼の白龍』のカードを使い、生かし、それで勝つためにデッキを構築しとる。そら憧れる人もおるやろうね。ファンデッキで最強に最も近い場所に居続けることがどれほど難しいか、普通のデュエリストならよー知っとる」
「確かにな。始まりは好きなカードを使いたい、ってところからDMの世界に入り込む。けれど、気が付いたら『勝つため』にデッキを組むようになってるなんてのはざらだ」
会場のロビー。設置されたテレビで観戦する桐生美咲の言葉にそう追従するのは、一人の青年だ。如月宗達。その青年に向け、美咲はひらひらと手を振る。
「久し振りやねぇ、『侍大将』」
「そのよくわからないあだ名は止めてくれ。向こうで勝手につけられた名前だ」
「ええやん、格好良くて。ウチなんて『アイドルデュエリスト』やで?」
「それが売りだろ。……全米オープンの時は世話になったな」
「リベンジでもしに来た?」
「やめとくよ。今は牙を研ぎ直してる最中だ」
「さよか」
宗達の言葉へ、美咲はそう返事を返す。二人は一度、全米オープンで戦ったことがある。宗達の言う『プロに負けた』のプロとは、美咲のことだ。
美咲は椅子に座って、宗達は壁にもたれかかって。
ぼんやりと、試合を見る。
「会場へは行かないのか?」
「こんな可愛いのが行ったら大騒ぎになるやろ?」
「…………ああ、そう」
「冗談やんか。……邪魔したくないんよ、祇園の」
そう言った美咲の瞳は、慈愛に満ち溢れていた。宗達は、思わずといった調子で問いかける。
「知り合いなのか?」
「うん。小さい頃から知ってる。そもそも、今祇園が使ってるカードの大半を上げたんはウチやで?」
「……成程、『カオスドラゴン』の発想はあんたのものか。道理で――」
「なんや勘違いしてるみたいやけど、あのデッキを考えたんは全部祇園やで? ウチはただ、カードを少し分けただけ」
微笑みながら言う美咲。それを聞き、宗達も驚きの表情を見せる。
「おいおい、持ってないカードからあんなデッキ考えられるのか?」
「さあ? ただ、一つだけウチが知っとるんは……祇園は、誰よりも『考える』っていうことをしてるってことだけや」
そう、美咲が言った瞬間。
会場が、大きく歓声を上げた。
◇ ◇ ◇
聳え立つは、伝説の龍。臆してはいけない。臆したら――負ける。
未熟なことはわかっている。いつだってそうだ。実力が足りないままに、目の前の現実と戦わせられる。
――けれど、それは仕方がない。
万全の状態で立ち向かえることなどない。いつだって今ある手札で戦い続けるしかない。
――だから!!
「僕のターン、ドロー!……ッ、僕は魔法カード『光の援軍』を発動! デッキトップのカードを三枚墓地に送り、デッキから『ライトロード』と名のついたレベル4以下のモンスター一体を手札に加えます! 僕は『ライトロード・ハンター ライコウ』を手札へ!」
宣言し、デッキトップを落とす。落ちたカードは……『D・D・R』、『真紅眼の黒竜』、そして――『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』!
そのカードを見、祇園は手札と見比べる。――攻めるなら、ここだ!
「ほう、凡骨と同じカードか」
海馬の感心したような声。祇園は更に魔法カードを差し込んだ。
「魔法カード発動!! 『死者蘇生』! これにより、墓地のレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを蘇生します!」
「――甘いな。トラップカード発動、『奈落の落とし穴』! 除外されてもらおうか!」
「――――ッ!?」
破格の能力を持つ黒竜、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン。その黒竜はしかし、奈落の底へと落ちていく。
「そのモンスターの凶悪さは知っている。除外させてもらうぞ。帰還するにも『D・D・R』が墓地へ行った以上、とれる手段は多くないだろうがな」
「……僕は墓地のレベル・スティーラーの効果を発動します。ダーク・ホルス・ドラゴンのレベルを一つ下げ、特殊召喚。更にレベルスティーラーを生贄に捧げ――『ヘルカイザー・ドラゴン』を召喚! 更にもう一度ダーク・ホルス・ドラゴンのレベルを下げ、レベル・スティーラーを守備表示で蘇生!」
ダーク・ホルス・ドラゴン☆8→6闇ATK/DEF3000/1800
ヘルカイザー・ドラゴン☆6炎ATK/DEF2400/2000
レベル・スティーラー☆1闇ATK/DEF600/0
祇園のフィールドに、三体のモンスターが並び立つ。ふぅん、と海馬が鼻を鳴らした。
「それで、どうするつもりだ?」
「こうします。――装備魔法『スーペルヴィス』を発動! デュアルモンスターにのみ装備でき、このカードを装備したデュアルモンスターはデュアル状態になる! ヘルカイザー・ドラゴンに装備! そしてヘルカイザードラゴンのデュアル効果は二回攻撃です!」
会場が歓声を上げる。祇園はバトル、と気合を入れる意味でも強く叫んだ。
「ダーク・ホルス・ドラゴンでブルーアイズへ攻撃! 相討ちです!」
「ぐっ……! おのれぇ、一度ならず二度までも……!」
海馬が呻くが、気にしない。意識の外へ追いやる。
続けて狙うは――あのセットモンスターだ!
「ヘルカイザー・ドラゴンでセットモンスターに攻撃!」
「……破壊されたのは『ドル・ドラ』だ」
ドル・ドラ――厄介なモンスターが破壊された。だが、祇園はそれで止まることはできない。
「――ヘルカイザー・ドラゴンでダイレクトアタック!!」
「ぐおおっ……!?」
海馬LP4000→1600
海馬のLPが大きく削られる。その現実に、再び歓声が上がった。
一方的に祇園が負けるだけだと誰もが予測していた中、現実として海馬が圧されているという事実。あのブルーアイズを相討ちとはいえ二度も倒すその実力は凄まじいものがある。
「……ターンエンドです」
「その瞬間、『ドル・ドラ』の効果を発動。デュエル中一度だけ、破壊されたターンのエンドフェイズに蘇生できる。その際、攻激力と守備力は1000になるがな」
ドル・ドラ☆3風ATK/DEF1500/1200→1000/1000
ドラゴンが蘇生される。一度だけの上にタイムラグがあるとはいえ、自身の効果で帰還するモンスターは強力だ。
そしてこれで祇園の手札は一枚。フィールドは祇園が絶対的に有利。しかし、その表情は優れない。
わかっている。この程度で押し切れるほど、伝説のデュエリストは甘くないのだと。
「俺のターン、ドロー。……ふぅん、貴様、名は何だ?」
「……夢神、祇園です」
「成程、貴様を凡骨程度のデュエリストとは認めてやる。故に……もう一体の伝説を見せてやろう。――俺は手札より魔法カード『クロス・ソウル』を発動する! このカードの効果により、貴様のヘルカイザー・ドラゴンと俺の場のドル・ドラを生贄に捧げ――降臨せよ、『青眼の白龍』!!」
現れる二体目の最強。その姿を見て、再び体が震えた。
やはり……強い。
――だが。
「墓地に送られた『スーペルヴィス』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、墓地から通常モンスターを一体蘇生する! 甦れ――『真紅眼の黒竜』!」
真紅眼の黒竜☆7闇ATK/DEF2400/2000
現れたのは、ブルーアイズと並び称されることもある黒き龍――レッドアイズ・ブラックドラゴン。
しかし、ブルーアイズには及ばない。
「ふん、レッドアイズさえも我がブルーアイズの前にはただの雑魚も同然。……だが、クロス・ソウルを使ったターンはバトルフェイズを行えん。ターンエンドだ」
「僕のターン、ドロー。……僕はモンスターをセットし、ターンエンドです」
読まれているだろうが、先程手札に加えた『ライコウ』をセットする。これで破壊できれば勝利も見えてくるが……。
「俺のターン、ドロー。……ふぅん、そういえば鬱陶しい駄犬を手札に加えていたな。退場してもらおうか。魔法カード発動! 『シールドクラッシュ』! 守備表示のモンスター一体を破壊する!」
「……ッ、そんな……!?」
ライコウのリバース効果は、『フィールド上のカードを一枚破壊し、その後デッキトップから三枚墓地へ送る』というもの。だが、リバース効果は表にならなければ発動しない。
破壊され、墓地へ送られるライコウ。……これで、ブルーアイズを破壊する手段は失われた。
「ふぅん、ではまずその鬱陶しい真紅眼の龍から破壊させてもらおうか! ブルーアイズで攻撃! 滅びのバーストストリーム!!」
「…………ッ、レッドアイズ……!!」
『可能性を持つ』とされるモンスターも、ブルーアイズには歯が立たない。これで祇園の場はレベルスティーラーのみが残る形となる。
「俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
「僕のターン、ドロー……ッ」
諦めない。諦めたくない。
だが……打つ手が、ない。
「……ッ、『ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―』を守備表示で召喚します……」
ドラゴン・ウイッチ―ドラゴンの守護者―☆4闇ATK/DEF1500/1200
ずっと昔から持っているカード。ある意味フェイバリットとも呼べるカードを召喚する。
手札は一枚。このままでは……負ける。
「防戦一方か。つまらん。――俺のターン、ドロー。ブルーアイズでその虫へ攻撃!」
「…………ッ!!」
レベルスティーラーが破壊される。確実に減っていく壁。あの攻撃がこちらに届く時、それはきっと……敗北の時だ。
「僕のターン、ドロー……ッ、僕はモンスターをセット、ターンエンドです」
「くだらんな。……ふぅん、貴様に引導を渡してやる。俺は手札より魔法カード『古のルール』を発動! 手札よりレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! 現れよ――『青眼の白龍』!」
降臨する、二体目のブルーアイズ。
それが、祇園には絶望が襲い来るようにさえ……視えた。
「ブルーアイズでセットモンスターに攻撃!」
「……ッ、セットモンスターは『メタモルポット』です! 互いのプレイヤーは手札を全て捨て、カードを五枚ドローします!」
祇園は一枚、海馬は〇。互いに手札が一度リセットされ、五枚引く。
それを見て、海馬が笑みを浮かべた。
「ふん、それがどうした。――もう一体のブルーアイズでドラゴン・ウイッチへ攻撃だ!」
「ドラゴン・ウイッチの効果発動! 手札のドラゴン族モンスターを捨て、破壊を無効にします! 『ライトパルサー・ドラゴン』を捨てます!」
破壊を免れる魔術師の女性。それを見て、海馬は鼻を鳴らす。
「随分と粘るな。――俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ!」
「僕のターン、ドロー……ッ!」
引いたカードを、恐る恐る見る。この状況を打破できるカードは、もうあのカードしか――
「――来たッ!! 僕は魔法カード『ブラックホール』を発動!! フィールド上のモンスターを全て破壊します!!」
「ふん! そんな反撃は読めているわ! リバースカードオープン、『神の宣告』! LPを半分支払い、発動を無効にして破壊する!!」
海馬LP1600→800
全てを呑み込む黒穴は、しかし、何も呑み込まずに霧散する。そんな、と祇園が呟きを漏らした。その祇園に、海馬が言葉を向けてくる。
「このタイミングで引いてきたのは見事だ。だが……その程度では足りん」
「……ッ、まだです! 墓地の闇属性モンスターは『バイス・ドラゴン』、『レベル・スティーラー』、『真紅眼の黒竜』の三体!! 墓地の闇属性モンスターが三体のみの時、このモンスターは特殊召喚できる!!――『ダーク・アームド・ドラゴン』を特殊召喚!!」
迅雷を纏い、一体のドラゴンが現れた。漆黒の鎧を纏う黒竜。祇園が持つモンスターの中でも破格の能力を有する切り札だ。
ダーク・アームド・ドラゴン☆7闇ATK/DEF2800/1000
黒竜が咆哮を上げる。そしてそのまま、祇園は叫ぶようにその効果を発動した。
「ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスターを除外し、フィールド上のカードを一枚破壊できる! バイス・ドラゴンを除外し、ブルーアイズを破壊!!」
「その程度で俺のブルーアイズを超えられると思ったか!! リバースカードオープン!! 『天罰』!! 手札を一枚捨て、相手モンスターの効果の発動を無効にし破壊する!!」
吹き飛ぶダーク・アームド・ドラゴン。
起死回生の切り札さえ……届かなかった。
「…………ッ、僕は……!」
手札を見る。しかし、打てる手はない。
三枚の手札はそれぞれ、『王宮のお触れ』、『バイス・ドラゴン』、『愚かな埋葬』だ。この状況では、何もできない。
「……僕は……!」
考える。考え続ける。方法はないかと、必死に考える。
だが……何も、ない。
「……僕は、ターンエンドです……ッ!」
逆転の手段は、残されていない。
どれだけ考えようと……もう、残されていなかった。
「ふぅん、貴様はよくやった……俺がそう保障してやろう」
カードをドローしながら、不意に海馬がそんなことを言い出した。そのまま、鋭い視線を祇園に向ける。
「貴様を一人のデュエリストとして認めてやろう。そしてだからこそ、全力を以て叩き潰す。――俺は魔法カード『龍の鏡』を発動! フィールド・墓地から指定されたモンスターを除外し、ドラゴン族の融合モンスターを特殊召喚する!!――現れろ、我が究極の僕!! 『青眼の究極竜』!!」
――天より舞い降りたのは、目を離せないほどの力を持つ究極の龍。
三つ首を持ち、事実上海馬にしか召喚することが許されない――最強のモンスター。
青眼の究極竜☆12光ATK/DEF4500/3800
圧倒的な存在感を持つそのモンスターを従える、海馬瀬人の姿は。
確かに……〝伝説〟そのものだった。
「――更にリバースカードオープン!! 『異次元からの帰還』!! LPを半分支払い、除外されたモンスターを可能な限り特殊召喚する!! 甦れ、三体のブルーアイズ!!」
青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500
青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500
青眼の白龍☆8光ATK/DEF3000/2500
そして襲い来る、絶望という名の〝伝説〟。
究極の龍の側に三体の白龍が控えるその姿に……会場は、ただただ黙して見守るしかなかった。
「終わらせてやろう。ブルーアイズで攻撃!!」
「……ッ、バイス・ドラゴンを捨てて破壊を無効に……ッ!!」
「まだ抗うか! 二体目のブルーアイズで攻撃!」
「………………ッ、破壊、されます……ッ!!」
ドラゴン・ウイッチが破壊される。
……祇園のフィールドには、一枚のカードも残っていなかった。
「引導を渡してやる。――ブルーアイズ・アルティメットドラゴンでダイレクトアタック!! アルティメット・バースト!!」
――光が、会場を薙ぎ払った。
少年のLPが、0を刻む音がした。
敗北者が決まった、瞬間だった。
◇ ◇ ◇
ソリッドヴィジョンが消えていく。祇園は思わず自身の手札を取り落としそうになり、それを堪えた。
その代わり、足がゆっくりと床へと――
「――膝を折るなッ!! 祇園!!」
轟いた、その一喝は。
会場に、大きく響き渡った。
「貴様にデュエリストとしての誇りが欠片でもあるのなら!! 膝を折らずこの俺を見据えてみろ!!」
「――――ッ!!」
だんっ、という鈍い音が響き渡った。
踏み止まった、一人の少年。その顔が、ゆっくりと〝伝説〟へと向けられる。
傷つき、折れそうなその瞳は。
しかし……逃げることなく、目の前の〝伝説〟を映していた。
「――それでいい」
一言、海馬は頷くと、祇園へと背を向ける。
「貴様がもう一度俺の前に立つ日を、楽しみにしているぞ」
そう言い放ち、立ち去って行く海馬。祇園はその背が見えなくなるまでずっとその背中を見据えていた。
――そして。
爆音のような歓声と拍手が響く中、祇園は海馬が消えた方とは逆の方向へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
「やっぱり凄いぜ祇園は!! あの海馬さんとあんなに凄ぇデュエルをするなんて!!」
「僕、感動したッス! 絶望的な状況なのに、最後まで諦めないで……!」
「早く声をかけに行くんだな!」
「急ごう!」
十代、翔、隼人、三沢……祇園が特に仲良くしているメンバーが足早に観客席から控室の方へと走っていく。そんな中、明日香や雪乃、ジュンコやももえといったメンバーは動けずにいた。
「凄いデュエルでしたわね……」
「うん、本当に……」
放心した状態でそんなことを呟くのは、ジュンコとももえの二人だ。その二人の隣で、雪乃が厳しい表情を浮かべている。
「ええ、確かにボウヤは凄かった。あの海馬瀬人とここまで戦えるデュエリストが、このアカデミアにどれだけいるのか……そう思ってしまうくらいには」
「……でも、このデュエルは」
明日香がポツリと呟く。雪乃も頷いた。
「ボウヤは頑張ったわ。それは誰もが認めるコト。ブルーのボウヤたちでさえ、あまりのことに興奮シテるみたいだし……」
「けれど、祇園は負けたわ」
「そう……そして敗北は、ボウヤの退学を意味する」
その言葉に、ジュンコとももえが表情を変えた。雪乃は、つまらないわ、と呟いた。
「こんなことで、ボウヤは本当に退学にさせられるというの?」
その言葉に、何かを言える者は。
ここには、いなかった。
◇ ◇ ◇
十代たちが控室に辿り着くと、扉の前に宗達が立っていた。その表情は厳しく、十代たちを見るとまるで立ちはだかるように体を前に出してくる。
「宗達? お前、どこに行ってたんだ?」
「飲み物買って、そこのロビーで見てた。……祇園に会いに来たのか?」
「はいッス!」
「凄かったんだな! 本当に!」
「ああ。あれは誇るべきデュエルだった。是非――」
「――後にしてやってくれよ」
どこか寂しげな表情で、宗達は言った。十代が、えっ、と声を上げる。
「どうしてだよ? 祇園はそこにいるんだろ? なら――」
「十代。お前たちは何のために、何を賭けてデュエルをした?」
その言葉に、全員がハッとなった。宗達は、静かに続ける。
「凄いデュエルだったさ。手加減もあったろうし、侮りもあっただろう。だが、祇園は海馬瀬人をあそこまで追い詰めたんだ。それはきっと、称賛されるべき事柄なんだろうと思う。けど、負けたんだ。アイツは。負けたら退学になるデュエルで、全身全霊を懸けて、必死になって……それでも、負けたんだよ」
静かな言葉だからこそ、あまりにも重く告げられる言葉。
〝現実〟を前に、彼らは何もできない。
「け、けどさ! 祇園はあの海馬さんとここまで戦ったんだぜ!? なのに退学になるってのか!?」
「相手が誰だろうと、負けることは許されなかった。十代、翔。お前たちもそういう覚悟で迷宮兄弟に挑んだはずだ。相手が誰であるかも、どんなデュエルだったかも結局は関係ない。負ければ失う戦いで、夢神祇園は敗北した。それだけなんだよ」
本当に、それだけなんだ――宗達は、拳を強く握り締めながらそう言った。
そんな、と翔が声を上げる。
「何とかならないッスか!? ねぇ!? 祇園くんがいなくなるなんて……!」
「――オーナーが直々に出て来てんだぞ!? なるわけねぇだろうが考えろよ!! オーナーが!! 海馬瀬人が来たって事はそういうことなんだよ!! そういう話で!! そういう決着で!! それだけなんだよ!! 覆る可能性なんざ残ってねぇんだよ!!」
耐えかねたように叫ぶ宗達。きっと、彼は何度も何度も考えたのだろう。
夢神祇園を救う術を。何度も、何度も。
……けれど。
彼を救う術は、ない。
「一人に、してやってくれ」
宗達は、頼むよ、と両の拳を握りながらそう言った。
「あの海馬瀬人の前で、あんなに気合入れて気を張ってたんだ。きっと、見られたくないだろうから」
その、言葉に。
十代たちは、何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
控室。その中で、祇園は一人床へと座り込んでいた。その周囲には、彼のデッキが散らばっている。
部屋に入り、椅子に座ろうとして……足をもつれさせ、転倒してしまったのだ。
そのせいで散らばってしまったカードを拾おうとしたのだが、座り込んだまま立てないでいる自分に気付いた。
「あれ、なんで」
ポタリと、瞳から滴が零れた。
一度零れた涙は、止まることなく溢れ出す。
「……ああ、そっか……」
涙を拭うことをせず、天上を見上げる。
滲んだその視界は、正しく心を映している。
「……僕、負けたんだ……」
相手は〝伝説〟。容易く勝てる相手とは思っていなかったし、実際、ほとんど防戦だった。攻めに行けたのは一度だけである。
けれど、負けてはならなかった。
ここにいるために、夢神祇園は敗北してはならなかったのに。
「十代くんと翔くんが勝って、僕も……って、そう……思ってた、のに」
心が、叫ぶ。
慟哭する。
約束があった。
強くなると。
待っていてくれる場所へ、辿り着くと。
なのに。
なのに――……
「――――――――、」
――夢が崩れた音が、聞こえた。
◇ ◇ ◇
校長室。そこへ訪れた人物に、校長である鮫島はぎこちない笑みを浮かべていた。
「鮫島、夢神祇園の退学は決定事項でいいのだな?」
「え、ええ。倫理委員会で決まっていたことですから……」
「つまり、その決定を覆してでも留めるほどの価値がないと……そう判断した、ということだな?」
眼前の男――海馬瀬人の言葉に、鮫島は小さく頷く。倫理委員会の決定を覆すこと自体は鮫島にも可能だ。だが、それをすると立場的に色々と面倒事が増える。
今日のデュエルは凄まじいものだったが、普段の彼は精々が中の上。安定感がなく、その上あの如月宗達と仲良くしている生徒だ。そこまでする義理はないと鮫島は思っていた。
そんな鮫島を冷めた目で一睨みすると、ふん、と海馬は鼻を鳴らした。
「ふん、いいだろう。つまり、アカデミアには夢神祇園よりも遥かに強い生徒が――いや、夢神祇園が最底辺に思えるレベルのデュエリストが大勢いるということだな?」
「そ、それは……」
「違うのか? 夢神祇園が優秀なら、何があっても留めておくべきだと考えるのが普通だと思うが」
「い、いえ……」
鮫島は口ごもる。それを一瞥すると、海馬は美咲、と部屋の端に控えていた少女へ声を発した。
「以前話したように、貴様がここで非常勤の講師をして生徒の実力を見定めろ。必要とあれば退学者を出しても構わん」
「はいな。せやけどしゃちょー、ウチ、他に仕事抱えてますよ?」
「本土とここの往復ぐらいこなしてみせろ。我が社員ならな」
「うあー……ブラック企業やー……」
美咲がげんなりした様子を見せる。鮫島が、お待ちを、と声を上げた。
「そのような話は聞いていないのですが……」
「何だ? この俺の命令が聞けないのか? 美咲には俺と同程度の権限を与えておく。重要な決定の際には俺と貴様の承認が必要にはしてあるが……」
「そんな変なことはしませんよ。退学も必要ないやろし。あ、寮の移動はあるかな?」
「定期連絡は欠かすな。以上だ。――美咲、付いて来い。他の職員のところへ行く」
「はいな」
驚きから状況について来れていない鮫島を置き去りに、二人は部屋を出る。そして廊下を進んでいると、美咲が一人の男子生徒にぶつかった。
「おっと、ごめんなー」
「気を付けろ!……って、あなたたちは……!」
その男子生徒は苛々した調子で美咲へと言葉をぶつけたが、海馬と美咲の姿を確認すると表情を変えた。どことなく鳥のような髪型をした、鋭い目つきの生徒である。
「ふぅん、ブルー生か。美咲、丁度いい機会だ。実力を測ってみろ」
「えー、社長。時間大丈夫なんですか? 会議間に合いませんよ?」
「十五分以内に終わらせろ」
「はいはい、っと。……ごめんなー、ちょっとウチとデュエルしてくれへんかな? あ、デュエルディスクはあるみたいやね」
目の前の男子生徒にそう申し入れを行う美咲。男子生徒は戸惑っていたようだったが、ああ、とどこか呆けた様子で頷いた。
そして、二人が海馬瀬人の見守る中でデュエルディスクを構える。
「あ、そうそう。名前教えてくれへんか」
「万丈目だ。万丈目準」
「万丈目くんか。ごめんなぁ、手間取らせて」
デッキをセットし、美咲が微笑む。
「――すぐ終わるから、堪忍な?」
…………。
……………………。
…………………………。
「ふぅん、この程度か。これならばあの小僧の方が遥かに上だな」
「まあまあ。あれですよ、彼、ブルーでも弱い方やったかもしれませんし」
「まあいい。五分か……時間を無駄にした」
「辛辣ですねー」
立ち去って行く二人の声を聞き、一人の青年は床へ膝をつく。
今起こったこと、見せつけられたこと……それが、受け入れられなかった。
「くそっ、くそっ、くそぉっ……!」
青年は、静かに歯を食い縛る。
「この俺が、どうしてこんなっ……!」
この日、敗北者は二人いた。
しかし、その二人はその在り方が大きく違う。
どちらが正しいかは……誰にもわからない。
夢神祇園、敗北!!
退学決定!! 夢はここに潰えるのか……!?