幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
オルソラの住んでいた家は、大きな通りから一本小さな道へ入ったところにあるようだ。すぐそこに海水の運河が流れていて、潮の香りがする。石畳の道路に小さな貝がへばりついている。
どうやらアパートメントの一室を借りていたらしく、彼女が立ち止まったのは五階建ての四角い建物の前だった。といってもオートロックに床暖房完備の現代的建物ではもちろんなく、壁の表面は薄いベージュ色に塗られた煉瓦造りで、何だか歴史的建造物のような風格すらあった。
「凄っ。学園都市と比べちゃいけないのは分かってますが・・・・・・、周りも周りで古めかしい建物ばかりですよね」
「何でもかんでも発明して最新の物と交換したがる。学園都市と同じにしちゃいかんだろ」
「古めかしいのではなく、実際に古いだけなのでございますけどね」
オルソラのその言葉に上条が『あ、そうなの?』と聞くとオルソラは肯定の返事だけを返してきた。
彼女の案内の元、上条達はアパートメントの四階まで上がる。
そして、鍵を差し込む前に、ドアが勝手に開いた。
「自動ドア?」
「んな訳あるか」
貴音の問いに答える上条は、その中から出てきた東洋系の・・・・・・天草式の面々に会釈をする。
「あっ! とうまだとうまとうまーっ!」
そんな脳天気な声に上条は思わず青筋を浮かべると、右手をポキポキと鳴らして。
「・・・インデックス。勝手に迷子になりやがったあげく、人の家でのんきにアイスクリームを食っていたことに対して何か言い訳はあるか?」
「え? でもお引っ越しするから冷蔵庫の中を片付けるのを手伝ってって言われたよ?」
「よし、遺言はそれでいいな? 今から太平洋のど真ん中に飛ばしてやるから覚悟せよ」
「え。と、とうま? それ、本気?」
「安心しろ。海の上だ。死ぬことはないかもしれんが、どのみち死ぬかもな」
「ご、ごごごごごごめんなさいなんだよ!」
「んー?」
「か、勝手にはぐれたことも、当麻の気持ちも考えずにのんびりしたことも、全部謝るから許してほしいんだよ―――っ!!」
「・・・・・・いいか。次勝手な行動とったら月に飛ばすからな?」
「さ、さらに酷いところへっ!?」
右手をならすのをやめた上条はそのまま右手をスナップする。するとインデックスが頭を抱えて苦しみだした。
「いや~! たかねにぐりぐりされてる感触があるーっ!!」
ぎゃー! とかいいながら転げ回るインデックスを一瞥すると天草式の面々をチラリと見る。と、彼らはどうも、風景に不釣り合いなひそひそ話をしていた。貴音も気になるのか、上条の側へと寄ってきた。
「・・・・・・あれが教皇代理が一目置いていた御仁・・・・・・。しかし実力はいかほどのものか・・・・・・」
「そこに疑問を抱くのは、あなたがオルソラ様救出作戦に参加していなかったから・・・・・・」
「かの御仁は、ローマ正教が誇る二百五十名の戦闘シスター相手に武器も持たず、あの二人で宣戦布告をした殿方なのですよ・・・・・・」
(なにげに私は戦力外通告ですか?)
(土壇場でのあの最終兵器は貴音が起こしたようなものなんだけどな・・・・・・)
「あとこれは近頃になって教皇代理が得た情報だが、学園都市では七天七刀を手にしたあの
天草式の面々の会話がピタリと止まる。思念会話をしていた上条達もピタリと止まる。
最初に話を始めた少年が音もなく首だけ上条達に向けて、
「・・・・・・、怪物?」
「おいテメェら。人の顔見るなりその曲がりに曲がった評価はなんなんだよ? そもそも、俺は神裂の顔面なんか殴ってねーよ。蹴りは一発か二発入れて泣かせた記憶はあるけどよ」
上条は唇の端をひくひく震わせながら訂正する。それを見た天草式の面々は顔色を真っ青にすると慌てて部屋の中へと逃げ帰る。
理由として、上条が
上条はその後の天草式の会話にため息をつくと、早々に部屋の奥へと入り込んだ。
「あうあう。待ってくださいよぅ」
「・・・・・・おかしい」
「? 何がです?」
「平和すぎる。絶対何かある。ここまで不幸件数が低すぎる・・・。貴音、嵐があるぞ」
「A・RA・SHI?」
とりあえずオルソラの手料理を食べ、引っ越しの手伝いをした上条達が外を見ると、すっかり日は落ちていた。
「・・・・・・ふぅ。終わったな」
「ですね」
「これからどうする? オルソラは?」
「これからキオッジアにお別れを告げに回りたいと思っています」
「ふーんそうか」
上条は貴音とインデックスとともに、オルソラに別れを告げてそれぞれ反対へ歩き出そうとした、まさに一歩手前で、
ピクン、とインデックスが顔を上げて、
「まさか・・・・・・
突然彼女が叫んだ。
「みんな伏せて!!」
上条はとりあえず、オルソラの元に走る。こういう場合、狙いはインデックスでも、上条当麻でもない。
ガチンと、どこか遠くから金属のような音が聞こえた。
貴音が笑う。
上条がオルソラを抱えて跳んだ。
その瞬間。先ほどまで上条達がいた辺りの地面が抉れた。
「ご主人。狙撃です」
「どこから狙ってるか分かるか?」
「ここから今の場所を狙える
「了解」
上条はそう言うと、自信の影の中からスナイパーライフル取り出し、一発撃つ。
その視界の端で、貴音が水路へ引きずり落とされた。
「たかっ!?」
「だいじょぶ・・・ですっ!」
「おま、昔からの病気のせいでまともに泳げねぇだろっ!」
上条も慌てて飛び込むが、その際襲撃者と思われる者の顔面を蹴り飛ばしていた。
水の中に沈んでいく貴音を引き上げて水面に顔を出させる。
「おい。水飲んでねぇだろーな!?」
「え、えぇ・・・何とか・・・・・・」
上条達の耳に太い男の叫び声が飛んできた。インデックスが何かをしたのだろう。そして上条の耳にイタリア語が聞こえてきた。
「
「・・・・・・」
「へ? え?」
真剣な顔をする上条に貴音が不思議そうな顔をするが、上条と貴音の下に地面が出来る。
「「は?」」
そのまま上条達は打ち上げられた。運河の底から飛び出した、一隻の帆船の甲板の上に。
「まるで幽霊船だな」
その帆船は氷のような、半透明の物質で作られているようだった。マストや帆、ロープまで全て同じで、帆船と機能するか疑問に思えるほどだった。
「それ、本当にそうですよね・・・・・・」
そう、それ以上におかしいのはこの船のサイズだった。
運河の幅は二、三十メートルはあったはずだが、飛び出した船は横幅だけで運河の壁となる左右の道路を砕き、
「・・・こんなもん、今までどうやって隠れてたんだ?」
横へ広がっていた船の甲板は、手すり辺りでオルソラを引っかけると、今まで道路の高さに固定されていた甲板が一気に真上に突き上げられた。
「きゃ・・・・・・ッ!!」
オルソラは船の縁に引っかかっているだけなので、上条と貴音は慌てて甲板を走りオルソラを引き上げる。
「大丈夫か?」
「え、ええ。何とか大丈夫でございますよ・・・・・・」
「インデックス!」
「な、何かなとうま!」
「天草式の連中に話を伝えろ! この船、おそらく一隻じゃないはずだ!!」
「へ?」
「いいから、天草式の連中に、協力を仰げっつってんだ! 魔力のない魔道書図書館が一人で無理しようとすんじゃねぇっ!!」
「わ、分かったんだよっ!」
走り出したインデックスを見送ると、上条はオルソラを支えるようにして船内へと入っていく。
その時、この船に大きな振動が走った。
「な、何? なんなの!?」
「石橋だ。この船、海に出る気だ」
「なんですとぉ!?」
「大きな声を出すな。とりあえず今は隠れて様子見するぞ」
「は、はい! 分かったのでございますよ」
楽しく始まったはずのイタリア旅行は、思わぬ形で別の側面を見せ始めていた。
貴音「帆船ですよ! 帆船!!」
上条「あー。動力は風じゃなさそうだぞ」
貴音「雰囲気も何もあったもんじゃないですね」