幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
―――夜の教会はできあがってもいないため不気味な雰囲気を醸し出している。
中では、オルソラが二〇〇人ものシスター達に囲まれ、さらにその教会には強力な結界が張ってあった。逃亡もできない。そんな状況でもオルソラはこれ以上の幸せなど両手で抱えきれないと考えていた。
何故ならば、次の瞬間。
バン!! と何かの砕ける音と共に、教会を包んでいた結界が消し飛ばされたからだ。
アニェーゼは思わずオルソラから視線を外していた。
外さざるを得ないような事態が進行していた。
「こわ、れた・・・・・・? まさか、おい! あの扉にかけられたアエギディウスの加護の再確認! それから周囲の策敵! くそ、一体どこの組織だってんですか。あれはどう考えても個人で破壊レベルの結界じゃあない。敵の集団はどっから攻撃を仕掛けてやがるんですか・・・・・・ッ!!」
矢継ぎ早に下される命令。
しかし、そのうちの一つが実行されるより早く、望んだ答えはやってくる。
「どーんっ!!」
少女の何故か覇気に欠けるような可愛らしい掛け声と共に、扉が勢い良く開かれる。入ってきた少女は楽しそうに笑う。後ろからゆっくりと入ってきた少年は呆れた風に、
「テンション高いなァ。オイ」
「フフフ」
オルソラを取り囲んでいた二〇〇人以上ものシスター達が、一斉に、しかし音もなく、ギョロリを眼球を動かしてその二人を睨みつける。ただでさえ何百人という人数は数の暴力となるし、まして彼女達は皆、普通の人間ではないのだ。それに恐怖を感じないはずがない。彼らがごくごく普通の平凡な少年少女に過ぎないのなら、怖くないはずがない。
しかし、
それでも、彼らは怯まずに、一歩。
オルソラ=アクィナスを助け出すために、暗闇に塗り潰された教会へと踏み込んだ。
その金色の瞳に好奇心の闘志を抱いて。
その頭部に覚悟の炎を灯して。
上条の姿を認識したのか、嘲るような笑い声が聞こえてきた。
上条がそちらを見ると、彼が知らないアニェーゼ=サンクティスが立っていた。
「そういやぁ、おかしいとは思ってたんですがね」くすくすと、少女は笑みをこぼし、「魔術師でもないただのド素人が、どうしてゲスト扱いで戦場へ駆り出されていたのか。・・・・・・理屈は分かりゃしませんが、結界に対して絶対の力を持つ『何か』があると、そういう訳ですか」
「はっ」
「あらまぁ、どうしちまったんですか? 忘れ物ですか、お駄賃が欲しいとか? あーあー、そこに転がってるモノに未練があんなら裸に剥いちまっても構いやしませんよ」
「殴って良いですか?」
「我慢しろよ・・・貴音」
「殴る? 何を!? この状況見て分かんないんですか? 一体どっちが上でどっちが下か。まさかとは思いますが、私とあなたがおんなじ舞台に立ってるだなんて思っちゃあいませんよね? さあ、この人数相手にあなたがどういう選択を取るべきか、他ならぬあなた自身の口で言ってもらいましょうか」
「・・・・・・、なぁ。何か勘違いしてないか?」
「? なんです?」
「確かに人数差では俺達はお前らには勝てないだろうな。だけどさ・・・・・・たとえばここで水平に銃を撃ったとする。するとどうなるか分かるか?」
「は?」
「必ずお前らの誰かに当たるんだ」
上条は楽しそうに言う。それを聞いたアニェーゼが二、三歩後ろに下がる。
「な、何を言って」
「分からねーか? オルソラは地面に寝転がっていて、エネは今天井付近で浮いてる。この状況で銃をぶっ放せば、俺はどこに撃ってもお前らを倒せるって訳だ」
そう上条が言った瞬間。すでに上条の両手には装飾銃が握られていた。
「は、はは。まさかあなた。人殺しの罪を背負う気ですか? ・・・・・・コイツを助けるためだけに」
「安心しろよ。痛みはないから」
ズガァン!! と、空気を引き裂き銃弾が射出される。それは文字通り開戦の狼煙な訳で、そしてそれはアニェーゼの右太腿を撃ち抜いていた。
「あ・・・ガァ・・・ッ!!」
「シスター・アニェーゼ!!」
シスターの数人が叫ぶが上条は容赦しない。さらに数発発砲し、周りのシスターの肩や膝、関節部位を的確に撃ち行動不能にする。
「ホラ。どこに撃っても誰かに当たるだろ?」
ニッコリと、上条は笑顔で言った。その顔を見たアニェーゼは息が詰まる。それもそのはず、上条はその笑顔とは裏腹に、全身からまるで猫が毛を逆立てるように殺気を放出していたからだ。
(こ、殺されるっ?! コイツ・・・頭のネジが絶対吹っ飛んでる!)
「酷い言われようだな。見て分かんねーか? 俺は誰も殺してねーよ。その代わり死ぬより辛い目に遭ってもらうかもしれねーけどな!」
上条はそう言うと二丁拳銃を天井に放る。それと同時に炎を噴出しオルソラまで一気に近づくと、彼は彼女を抱えて空を飛ぶ。
天井では、投げられた二丁拳銃を受け取った貴音がバカスカ銃を撃っていた。
「言っとくがこれは俺、上条当麻と」
「私、榎本貴音が」
「「あんた等に個人的に売り込んだ勝手なケンカだから、その辺よーく分かっておくように!」」
二人は宣言する。だが、それに割りこむように唐突に、何者かの声が飛んできた。
「まったく、勝手に始めないで欲しいね。せっかく結界の穴から上手く侵入できたというのに。せめて十分にルーンを配置する時間ぐらいは用意させておいてもらいたかったんだけど」
「は・・・・・・?」
アニェーゼが呆けたような顔で振り返った瞬間。轟!! と炎が酸素を吸い込む音と共に、完成途中の教会を支配していた暗闇が、オレンジ色の爆発によって一気に薙ぎ払われた。
教会の奥、ちょうど上条のやや後ろ。
説教壇の背後にある壁には、二階ぐらいの高さの位置にステンドグラスを嵌める予定の窓がぽっかりと穴を空けている。おそらくは外壁工事のための足場を伝ってやって来たのだろう、その窓枠に足をかけ、炎の剣を手にしたイギリス清教に神父が立っている。
「だったら、もうちょっと待ってからでも良かったんじゃねーの? ステイル」
「ふん。後の始末は僕ら魔術師が着ける気でいたから素人には引っ込んでいてもらう予定だったんだけどね。あれだけのウソ説得ウソ説明が全部台無しだ」
「イギ、リス清教? 馬鹿な・・・・・・これはローマ正教内だけの問題なんですよ! あなたが関わるというなら、それは内政干渉とみなされちまうのが分かんないんですか!?」
「ああ、残念ながらそれは適応されない」
ステイルはつまらなそうに煙を吐いて、
「オルソラ=アクィナスの胸を見ろ。そこにイギリス清教の十字架が掛けられているのが分かるな? そう、そこの素人が不用意に預けてしまった十字架さ」
にやにやと、いたぶるようにステイルは笑って、
「それを誰かに預けてもらう行為は、そのままイギリス清教の庇護を得る―――つまり洗礼を受けて僕達の一員になる事を意味している。その十字はウチの
「そっか、それで・・・・・・」
上条は自分の左手を眺めていう。何かあったのだろうか。
アニェーゼは、顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かした後、
「そ、そんな詭弁が通じるとでも思ってんですか!?」
「思っちゃいないね。きちんとイギリス清教の教会の中で、イギリス清教の神父の手で、イギリス清教の様式に則って行われたものでもないし」
ステイルは煙草を揺らし、
「だが、今のオルソラがとてもデリケートな位置に立っているのに間違いはないだろう? ローマ正教徒のくせにイギリス清教の十字架を受け、しかもそれをやったのは科学サイドの学園都市の人間なんだ。彼女が今、どこの勢力に所属していると判断すべきか、ここは時間をかけて審議すべきだと僕は思う。君達ローマ正教の一存のみで審問にかけるというなら、イギリス清教はこれを黙って見過ごす訳にはいかないんだよ」
すとん、と。窓から飛んだステイルは、説教壇の前へと静かに着地する。
そして炎の剣の切っ先を、遠く離れたアニェーゼの顔へ突きつけた。
「それに何より、
「チィッ! 二人が三人に増えたところで、何が・・・・・・!?」
彼女は憎々しげな声をあげたが、やはりそれも別の人間の声によって遮られてしまう。
「三人で済むとか思ってんじゃねえのよ」
「!?」
野太い男の声にアニェーゼが振り返った瞬間、今度は横合い壁が爆弾で吹き飛ばされたように砕け散った。もうもうと立ち込める砂煙の中から、大剣を握る大男が歩いてくる。
「お前もか、建宮」
多角宗教融合型十字教術式・天草式十字清教の現・教皇
その後ろには、別の建物に監禁されていたはずの天草式の面々が揃っている。その数は五〇程度、おそらくは監禁されていた全員だ。
「俺が戦わなきゃいかん理由は、わざわざ問うまでもないよなぁ?」
「お前、奇襲を仕掛けるなら移動中が最適だって言ってなかったっけ?」
「
建宮は呆れたように答えた。
最後に、カツンと足音を鳴らして、教会の入り口から聞きなれた白い少女の声が飛んできた。
「まったく、いつまでたってもとうまはとうまなんだからね」
「現れて唐突に悪口かよ。インデックス」
「こうなっちゃったら仕方がないね。―――助けよう、とうま。オルソラ=アクィナスを、私達の手で」
「なーんだ。全員助ける気満々でしたかー。悪いですねー。二人とも天井に張り付いてて」
「あっはっはっは!」
そんな彼らを見て、アニェーゼ=サンクティスは爆発した。殺せ、というただ一言の命令の下、闇に染まる数百ものシスター達が跳ねるように襲いかかってくる。
最後の戦いの火蓋は切って落とされた。
不条理なお話に決着をつけるために集まった者達の、最後の戦いが。