幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
陽は沈み、夜が訪れた。
だが、その到来は静かなものではない。黒い修道服を着たアニェーゼは、同じ色の修道服を着たシスター達にイタリア語で指示を叫んで、あちこちを指差して命令を出している。また、手の中にある小さな本に羽ペンを使い、ものすごい速度で何かを書き込んでいた。デンワみたいなものだよ、とインデックスは言った。あの本に文字を書くと、別の所にある本に同じ文字が浮き出るらしい。『それは電話というよりメールだろ』と指摘した上条は柔らかいパンチをもらった。
漆黒の集団―――おそらくはローマ正教の正規シスター達―――は、オルソラを連れ去った者達が切り取った正三角形の穴から下水道へと飛び降りていった。そして別の集団が地図を広げ、羽ペンに赤いインクをつけて次々とラインを引いてくいく。逃走ルートの特定か、検問や包囲網などの特定かは、上条には関係がない。
バタバタと慌ただしい夜の中で、上条とインデックスとステイルの三人は少し離れた所にポツンと固まっていた。
「あのー、そもそもなんでご主人やインデックスさんはここに呼び出されたんですか? 何かをするとしても、実質働いているのはローマ正教の人達だけです。私達は完全に蚊帳の外ですし、ここにいる意味あるんでしょうか?」
ふわりと現れた少女に、ステイルは驚く事も放棄して、
「・・・・・・、いや。そろそろ僕達の増援も到着してなくちゃならない頃なんだけどね。何をやっているんだ、騎士団の連中は」ステイルは苦そうに煙草の煙を吐いて、「それから、この件には僕達の力は必須だよ。いや、正確に言うなら彼女の力だけどね」
「魔道書・・・図書館」
「そう。魔道書絡みなんだよ。今回の件は。それも『法の書』の原典と来た」
割と自己完結っぽく言うステイルに代わって、インデックスが簡単に話をまとめて説明した。
どうやら『法の書』という、世界の誰にも解読できない暗号で書かれた魔道書があるらしい。魔道書の内容はとても貴重なもので、解読すれば絶大な力を手にする事ができるらしい。そして、今まで誰にも解読できなかったはずの魔道書について、今になって解読方法を編み出した少女が現れたとか。
そんな折、魔道書『法の書』と、それを解読できるオルソラ=アクィナスという少女が、天草式十字清教の手によってローマ正教からさらわれてしまった。
(天草式十字清教ねぇ・・・・・・)
「誰にも解読できない、ねぇ。インデックスとか他の解読専門の魔術師でもダメなんですか?」
「無理だよ。一応やってみたけど、あれは普通の暗号とは違うっぽいかも」
「それってどんな暗号なんだ? あれか、全部絵文字とか」
「うーん。数字があるけど・・・。あとは良く分からない記号ばっかりで・・・・・・」
「・・・・・・良く分からない記号?」
「・・・・・・それプラス数字?」
「「・・・それって、計算式じゃねーの?」ないですか?」
「へ? でも、これ一部だよ・・・? 後書いてあるのも暗号ばっかりで」
「どんな本だ? 検索して自分で解読して見る」
「駄目だよとうま! 『法の書』に書かれた術式はあまりに強大すぎて、それが使われれば十字教が支配する今の世界が終わりを告げるとまで言われるいわくつきの魔道書。真偽なんていちいち確かめちゃだめ! 封が守られるのならそのままにしておいた方が良いんだから。だって一説には人の理を超えた天使の術式すら意のままに操れるとまで言われているんだから!」
その言葉に、上条は唖然とする。
「てん、し・・・・・・だって?」
「うん? 宗教を信じない君には少し奇抜すぎて想像がつかないかな」
ステイルは嘲るように言ったが、違う。
「ですが、誰も『法の書』を解読した事がないっていうなら、本物かどうかは定かではないと」
「うん。でも『法の書』に関してはきっとクロだよ、たかね。あれを執筆するために筆を尽くした魔術師っていうのがもう伝説級なの。それこそ新約聖書に登場してもおかしくないレベルのね。彼が活躍したのはほんの七〇年ぐらい前なんだけど、その七〇年で数千年を超える魔術師の歴史は塗り替えられてしまったと言っても過言じゃない。現在いる魔術師の二割は彼の亜流だし、何らかの影響を受けている程度なら五割に届くかもしれないほどの実力者だったの」
インデックスの言葉は真剣で、上条は下手に言葉を挟む事もできない。
「『法の書』は本物だと思う。もしくは、ウワサ以上の代物であっても私は驚かないよ」
「へェ・・・・・・」
「その『彼』というのは?」
「エドワード=アレクサンダー。またの名をクロウリー。今はイギリスの片田舎の墓の中で眠っている」ステイルは新しい煙草に火を点けて、「一言で言えば、最悪の人間だったと記録されているね。ある魔術実験では守護天使エイワスと接触する器として共に世界旅行に出かけていた妻の体を旅先で使っているし、娘のリリスが死んだ時も顔色一つ変えずにmagickの理論構築を行っていたそうだ。しかも、その実験では娘と同い年ぐらいの少女達を犠牲にしていたらしい。・・・・・・一応、それらの功績として別世界―――天界や魔界などと呼ばれる『層の異なる重なった界』の新定義を見出し、それまでの魔術様式を一新したんだがね」
風向きが変わったのに併せて、ステイルは立ち位置を変えた。インデックスへ煙を向かわせたくないらしいが、そのとばっちりで思い切り上条の方へ流れてくる。上条は気にした感じもない様子で、ステイルを横目で見た。
「まぁ、それだけ善悪好悪大小様々な逸話が多い魔術師としても知られているのさ。『法の書』もそうだ。奴は自分の進む道に迷うと、『法の書』を使った書物占いを行い、その内容を元に道を選んでいた。つまりは世界最高の魔術師の分岐点を―――近代西洋魔術史全体の舵を取っていた魔道書ってわけだ、『法の書』には何らかのいわくがあると踏んだ方が賢明だろう?」
自分で自分の言葉に嫌気が差したのか、ステイルは舌打ちする。
上条と貴音は共通して、一つのある単語が気になっているようだった。
「ちょっと待て、『法の書』を書いた彼の名前が何だって?」
「聞いてなかったの? とうま。いい?
「アレイスター・・・・・・?」
「クロウリー・・・・・・?」
「まったく。今そんな事を考えても仕方がないだろう。馬鹿だな、君は」
「エイワス・・・・・・?」
「何がそんなに気になってるの? とうま、たかね」
「・・・・・・い、いや。気にするなインデックス。もう、大丈夫だから」