幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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学園都市 肆 Science_Worship. Ⅳ

ステイルとインデックスは薄明座の大ホールから出て、元はチケット売り場だったらしきロビー跡地を歩いていた。

彼らの少し前を、漆黒の修道服を着た少女が先導していた。

その名を、アニェーゼ=サンクティスと紹介した。

 

「状況はもうメチャクチャ。情報も錯綜しちまってオルソラはどこへいったのやら、って感じですか。『法の書』の方も確保したって情報は上まで上がってきやしませんし、こっちもヤバめな感じですよ」

 

この場に日本人はいないのだが、アニェーゼは流暢な日本語で言った。

 

「一応、さらわれちまったオルソラを輸送してた天草式への奇襲は成功って事になんですけどね。ウチの誰かがオルソラを救出したはいいものの、そいつが本隊に合流する前にまた天草式にかっさらわれちまったんです。それで彼女を再び取り戻すと、さらに天草式の別働隊にかっさらわれて・・・・・・ってな感じの繰り返し。策敵の包囲網を広げ過ぎたのが仇んなりましたね。総合的な人数が多くても、一部隊一部隊の人数が少なくなっちまったもんで、そこを付け込まれました。そんなこんなで何度も何度も何度も何度も奪還・強奪を繰り返してる内に、いつの間にか追っかけてたはずのオルソラがどっかに消えちまってたって訳なのですよ」

 

アニェーゼの敬語は粗雑さと丁寧さが同居していた。仕事中に実地で学んだとしたら、彼女は日本の刑事や探偵などと会話する内に言葉を覚えたのかもしれない。

と、そんな事を考えていたステイルに、アニェーゼはくるりと振り返る。短いスカートがひらりと舞って、白い太股が一際大きく露になる。

 

「何か? ああ、すいませんね。英国語(クイーンズ)もできるんですが、どうしてもイタリア語のなまりが残っちまうのですよ。普通ならあんま気にしないんですけど、相手がイギリス人の場合だけは例外という事でお願いいたしやす。言葉は現地の方には敵いませんからね」

 

ステイルは特に気にした様子もなく口元の煙草を揺らしながら、

 

「いや、別に気にしていないよ。何ならこちらがイタリア語に合わせても構わないけど」

「それはやめてください。イギリスなまりの母国語なんて聞いちまったら吹き出しちまって仕事になりません。こういうのは、共通の外国語である日本語を使うのがいんですよ。()()()()()()()()()()()()ケンカになんないですから」

 

ぱかぱか、とアニェーゼの厚底サンダルが馬の足みたいな音を出す。

確かに一理あるのだが、彼女はこの国の住人(ジャパニーズ)には何語で話しかけるつもりなんだろうか、とステイルはいらぬ心配をした。そもそも現地の人に使えないのならその国の言葉を覚える必要などこにあるのか疑問だが。

インデックスはさっきから黙ったまま、一言も声を発しようとはしない。

むっすー、と。ご機嫌斜めにつき沈黙中、という少女の顔をステイルはチラリと見て、それから再びアニェーゼの方へと視線を戻す。

 

「それで、お宅から『法の書』とオルソラ=アクィナスを拝借したっていう天草式だけど、君達にとってそれほど驚異的な勢力なのかな」

「そりゃ言外に『ローマ正教は世界最大宗教のくせに』って言ってますね。いや実際、返す言葉はありませんよ。数や武装ならこちらが上なんですけどね、連中は地の利を生かして引っかき回しやがるのですよ。日本はヤツらの庭ですから。数字の上で不利なはずの相手に手傷を負わされるってのは結構頭にきちまうんですがね。悔しいですが、ヤツらは強いです」

「・・・・・・、となると、簡単には屈しないって訳か」

 

ステイルの声はわずかに苦い。

『武力を見せつけて言葉でねじ伏せる』というのが最速かつ平和的な解決法だと思ったが、相手が交渉に応じない程度の戦力を持つとなるとなれば、後は泥沼の戦いを行うしかない。

天草式との戦闘が長引けば長引くだけ、神裂が横から首を突っ込んでくる危険性は高まる。こうなったら半端な容赦は全て捨て、彼女に勘付かれる前に電撃戦で天草式を一気に撃破した方が、話はスムーズに進むかもしれない。

ローマ正教の目的は『法の書』及びオルソラ=アクィナスの救出であって、天草式の殲滅ではない。目的のものさえ戻れば、ローマ正教はそこであっさり手を引くだろう。

後はいかにして、天草式の戦意を失わせるかだ。

 

「僕は日本の十字教史には疎いから良く分からないんだけど、天草式の連中はどんな術式を使うかわかるかな。それによって、探索や防御のための陣や符を用意できるかもしれない」

 

ステイルは今まで元・天草式の神裂と行動を共にしていたが、彼女の術式を分析しようという気にはなれなかった。何せ相手は世界で二〇人もいない『聖人』だ。仮に解析できたところで常人である彼に利用できるものではない。どんな人間でも、長さが五〇センチしかない定規で太陽と地球の距離を測ろうとは思わないだろう。

神父に質問されたアニェーゼも困ったように、

 

「実は・・・・・・こっちも正確には天草式の術式は解析できちゃいないんです。ザビエルの耶蘇会が元になってんならヤツらもローマ正教のの傍流という事になるんでしょうが、もはや匂いも残っちゃいません。チャイニーズやジャパニーズなどの東洋系の影響力が強すぎるんです」

 

それを聞いても、ステイルは特にアニェーゼを責めたりはしない。昨日の今日ぶつかっただけで仏教や神道が混ざっている事を掴めただけでも、まぁ上々の分析力と言えるかもしれない。

ステイルはアニェーゼからインデックスへ意見を求めるように、視線を移す。

こういう場面では、軽く常人の一万倍以上もの知識量を誇る彼女の独壇場だ。

純白のシスターはさも当然と言った口ぶりで、

 

「天草式の特徴は『隠密性』だよ。母体が隠れキリシタンだからね。十字教を仏教や神道によって徹底的に隠して、儀式と術式を挨拶や食事や仕事や作法の中に隠して、天草式なんてものは初めから存在しなかったように全ての痕跡を隠し通すの。だから天草式はあからさまな呪文や魔法陣を使わない。お皿やお茶碗、お鍋や包丁、お風呂やお布団、鼻歌やハミング・・・・・・こうした一見どこにでもある物を使って魔術を行うんだよ。多分、プロの魔術師でさえ天草式の儀式場を覗いた所で正体は分からないと思うよ。だって、普通の台所とかお風呂場にしか見えないはずだもん」

 

ステイルは口の端の煙草をゆっくり上下させ、

 

「となると、偶像のスペシャリストといった所かな。ふむ、近接格闘戦より遠距離狙撃戦の方が得意そうだね。グレゴリオの聖歌隊のような大規模なものでない事を祈りたいけど」

「ううん。天草式は鎖国時にも諸外国の文化を積極的に取り入れていて、洋の東西問わず様々な剣術を融合させた独自の格闘術も身に付けているの。彼らは日本刀からトゥヴァイハンダーまで何でも振り回せると思う」

「・・・・・・、文武両道か、面倒な連中だ」

 

ステイルは忌々しげに吐き捨てた。ちなみにいつの間にか会話の輪の外に追いやられたアニェーゼは爪先でロビーの床を軽く蹴っていじけ虫になっている。床を蹴るたびにいちいち短いスカートがひらひらと揺れた。ぱかんぱかん、と少し間の抜けた足音が響く。

煙草を咥えた神父はアニェーゼの方を振り返り、

 

「それで、『法の書』及びオルソラ=アクィナスの捜索範囲はどこまでなのかな。僕達ものんびりしていられないだろう。どこを捜せば良い?」

「あ、はい。捜索はこちらで行ってんで大丈夫です」

 

話題の中心に戻ってこれて、アニェーゼは少し慌てたように姿勢を正し、

 

「人海戦術はウチの専売特許でね、今も二五〇人体制でやってます。今さら一人二人増えた所で何も変わりやしませんし、命令系統が違うんでかえって混乱しちまう恐れもありますんでね」

「・・・・・・? それなら、どうして僕達はここに呼び出された?」

 

ステイルがわずかに眉をひそめると、アニェーゼは口の端を吊り上げて笑い、

 

「簡単ですよ。ウチらに調べらんないトコを調べて欲しいんです」

「例えば? 日本にイギリス清教が直接管理する教会などない。僕達に断らなければ探索できない場所など、せいぜいイギリス大使館ぐらいのものかな」

「いいえ、学園都市ですよ」アニェーゼはパタパタと片手を振って、「場所柄を考えれば、ありえん話じゃないでしょ。オルソラが学園都市に逃げ込んじまえば、天草式は彼女を追えません。いや、追いづらい、ぐらいですかね。だからあなた達には学園都市へ連絡を入れて欲しいんですよ。ウチらローマ正教は学園都市との繋がりがないんで面倒ですし」

「確かに・・・・・・。しかし、それなら前もって教えてもらえると助かったかな。ちょっと昔の僕に良く言って聞かせてやりたい気分だよ」

 

インデックスが学園都市に預けられている事から分かる通り、学園都市とイギリス清教は細かい糸で繋がっている。せいぜい国交のようなものが『ある』か『ない』かぐらいの意味しか持たないが、全く『ない』ローマ正教よりは一応『ある』イギリス清教が連絡を入れた方が波風は立たないだろう。

 

「・・・・・・けれど、だとすれば面倒な所へ駆け込まれたもんだ」

「あくまで可能性の話なんで。我らがオルソラ嬢に、そんぐらいの分別がつく心の余裕があんのを祈りましょう。で、連絡っつうか確認にはどんぐらいの時間かかります?」

「ああ、電話一本・・・・・・とはいかないか。一度、聖ジョージ大聖堂の方へ連絡を入れて、そこから中継して学園都市へラインを繋がなくてはならないから・・・・・・緊急と言っても七分から一〇分はかかるかもしれないね。ちなみに学園都市への侵入許可となるとさらに面倒になる。技術的に忍び込むのは可能なんだが、役所的に考えるとそれは避けたいところだしね」

「とりあえず確認だけでいんで、もちっと早くしてもらえっと助かりま―――」

 

言いかけた所で、不意にアニェーゼの動きが止まった。

彼女の視線を追うと、ロビーの先には建物の出入り口がある。ガラスでできた両開きのドアが五つも並んだ、大きな入場口だ。

 

「何だ? 一体どうし―――」

 

ステイルは問い質そうとした所で、やはり彼の動きが止まる。

 

「?」

 

最後にインデックスが二人の視線を目で追い駆けた。

ガラスの入場口のさらに向こうには、元は駐車場に使われていた、アスファルトの広場がある。建物の大きさに反して、極端に小さな空間だった。今では固められた地面の隙間からたくましい雑草が伸びている以外は何もないはずのだが―――何もないはずの駐車場跡地に、何かがあった。

というより、誰かがいた。

 

「あ、とうまだ」

 

インデックスは見慣れた少年の名を告げて、

 

「お、るそら=アクィナス?」

 

アニェーゼは、少年のバイクにまたがっている漆黒のシスターの名前を言った。

名を呼ばれた彼らは、まだ薄明座の中にいる魔術師達の存在に気づいていないようだった。


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