幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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やる気がほとんどなくなったのでほぼ小説の通りだと思います。消されないかな・・・?


表舞台の裏側

「だーっ! チョーカーの事忘れてたァ!!」

「だーから充電は大事なんですよ。複雑な演算をご主人の場合必要としませんから、そこまで問題じゃありませんけど、それでも。ご主人は今回二回も電極の電池を無駄遣いするような事をしたんですからね!」

「・・・・・・あー。俺と一緒になって検査を受けた人に言われたくないですよ」

「・・・じゃあ何も言いません!」

 

ふい。と明後日の方向を向いた貴音に上条は少し笑うと、

 

「そう言えば、何で幻想殺し(オレ)の側に風斬は現れたんだ?」

「・・・・・・さあ?」

 

上条は窓の外を眺める。ここからでは見えないが、その方角には窓の無いビルが建っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで満足か?」

 

ドアも窓も廊下も階段もエレベーターも通風孔すら存在しないビルの一室で、土御門元春は空中に浮かぶ映像から目を離して吐き捨てるように言った。

巨大なガラスの円筒の中で逆さに浮かぶアレイスターは、うっすらと笑っている。

返事はない。その嫌な静寂に、かえって土御門はせっつかすように言葉を絞り出す。

 

「かくして人間は駒のように操られ、また一つ虚数学区・五行機関を掌握するための鍵の完成に近づいた、という訳だ。正直、オレにはお前が化け物に見えるぞ」

 

虚数学区・五行機関

 

「まさかその正体がAIM拡散力場()()()()だなんて誰も思わぬだろう。学園都市住む二三〇万人もの学生の周囲に発生する力が虚数学区を作っているなどと」

 

AIM拡散力場によって作られる五行機関は、街に能力者がいる限り必ず作られてしまうものだ。

五行機関は有害か無害か、それすらも分かっていない。

それは原子力のような巨大な力の塊ではない。そんなものが街に溢れていれば、誰だって異常に気がつくだろう。五行機関の正体はあくまでAIM拡散力場であり、機械を使って計測しなければ分からない程度のものなのだ。

ただし、五行機関は減圧下における〇度の水のように不安定な存在でもある。

減圧下、つまり気圧の低い状態では、凝固点が下がるため水は〇度になっても凍らない。しかし、その水を棒や何かでかき回すと、減圧下の水は途端に凍りついてしまう。

五行機関も同じ。普段は機械で計測しないと分からない程度の力だが、一定の衝撃を加える事でその力は爆発的に増してしまう。

そこで問題なのは、その『一定の衝撃』がどの程度の物なのかが分からないという点だ。迂闊に指で突いただけで大爆発を起こすかもしれないし、案外気にするほどのものでもないのかもしれない。

また、『爆発的に力が増してしまう』とは言っているものの、それもあくまで『予想』にすぎない。どういう種類でいかなる程度のものかも分からないのだ。学園都市が地図から消えるかもしれないし、実は怯えるほどのものでもないのかもしれない。

どこまで踏み込んで良いのかも判別できず、何が起こるかも分からない。従って、学園都市は不用意に五行機関を叩く事もできないのだ。

ならばこそ、滅ぼさずに制御するという方法が考えられた。

そのための、鍵こそが――――。

 

「風斬氷華、という訳か。まったく、あくまで虚数学区の一部分とはいえ、あんなものへ人為的に自我を植えつけて実体化の手助けをするなど、正気の沙汰とは思えない」

 

幻想殺し、という右手を持つ少年がいる。

その存在は、虚数学区にとって唯一の脅威とも言える。

そして、その脅威は自我を生む。

食欲や睡眠欲のように、生命体の本能が生み出す欲求は『生きるための』『死を遠ざけるための』シグナルとして生み出される。つまり、生死を知らない者には最初から本能や自我といったものは芽生えない。

ならば、逆に。

幻想殺しという死を教え込めば、心持たぬ幻想は自我を持つようになる。

と、それまで黙っていたアレイスターの口が開いた。

 

「これも虚数学区を御するための方策だ。『何をするか分からない』無自我状態よりも、敢えて思考能力を与えた方が行動を予測できるし、上手く立ち回れば交渉や脅迫なども行える」

「生み出される心がお前の予想範囲内の善人なら問題ないがな。それがとんでもない悪人になったらどうするつもりだったんだ」

「善人よりも悪人の方が御しやすい。両者の間にある違いなど、取り引きに使うカードの種類が異なる程度のものだろう」

 

くそったれが、と土御門は口の中で毒づいた。そもそも、アレイスターの人間に関する取り扱いは常人のそれとは大きく異なる。

 

「そこまでして、虚数学区を掌握することに意味があるのか」土御門は、やがて問い質した。「確かに虚数学区は学園都市の脅威だ。だが、脅威とは内側だけにあるものではないぞ。今回、お前が黙認した一件によって、世界は緩やかに狂い始めた。理由はどうあれ、イギリス清教の正規メンバーを警備員の手を借りて撃退したのだ。聖ジョージ大聖堂の面々はこれを黙って見過ごすとは思えない。まさか、お前はこの街一つで世界中の魔術師達に勝てるなどとは思っていないだろうな」

 

土御門の脅迫めいた声に、アレイスターは笑みを崩さない。

 

「魔術師どもなど、あれさえ掌握できれば取るに足らん相手だよ」

「あれ、だと?」

 

アレイスターの言葉に土御門は眉をひそめる。

虚数学区・五行機関は確かに学園都市の中ではどこが安全で何が危険かも分からないほどの不気味な存在だ。だが、それは逆に言えば学園都市内部限定という事だ。AIM拡散力場は、能力者の周囲にしか展開できないのだから。

そこまで考えて、ふと土御門は背筋に嫌な感覚が走り抜けた。

 

(待て、よ・・・・・・)

 

もう一度、彼はAIM拡散力場の集合体、虚数学区・五行機関について考える。

それは赤外線や高周波のように、そこにいるのに見る事も聞く事も出来ず、

人間とは別位相に存在する、ある種の力の集合体によって構成される生命体。

土御門元春は知っている。

その存在を、魔術用語で述べるとどんな言葉になるのかを。

 

(まさか、()使()

 

いや、虚数学区の住人――――例えば風斬氷華が『天使』と表現されるなら、彼女達が住んでいるとされる『街』とは、つまり・・・・・・。

 

「アレイスター・・・・・・お前はまさか、人工的に天界を作り上げるつもりか!?」

「さてね」

 

 

対して、アレイスターはつまらなそうに一言答えるのみ。

 

人工的に天界を作り上げる・・・・・・いや、あくまで科学的な力のみで作られるなら、それは天界や魔界などいう既存の言葉では呼べない。カバラにも仏教にも十字教にも神道にもヒンドゥーにも表記されていない、まったく新しい『界』を生み出す事となる。

そして、『界』の完成は、あらゆる魔術の破滅を意味している。

 

例えば地球上の浮力や揚力の基準値が大きく変化したとする。

この状態で幼稚園児(しろうと)が画用紙に描いた設計図通りに飛行機を作ったとしても、それは最初から飛ばないだろう。が、キチンとした専門家(まじゅつし)が描いた設計図に従って飛行機を作っても、それはやはり飛ばない。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()、いざ離陸しようとした所で姿勢を崩して爆破してしまう。

 

新たな『界』の出現による魔術環境の激変は、それを意味している。魔術師が魔術を使おうとすれば体が爆発し、魔術によって支えられている神殿や聖堂などは柱を失って自ら崩れて行くだろう。

 

これはそんな宗教にも当てはまる。

考えてみれば良い。あらゆる宗教・魔術は一定のルールに従って実行される。もちろん、ルールは一つではない。仏教には仏教のルールが、十字教には十字教のルールがある。世界はたくさんの色彩(ルール)が重なり合って描かれる巨大なキャンバスのようなものなのだ。

 

あらゆる宗教は何らかのルールに従っている事だけは変わりない。

そこへ、すでにルールが固まっている所へ、新たに『界』を突っ込んだらどうなるか。これまで安定していたルールはかき乱され、何をやっても魔術師は自分の暴発に巻き込まれる。

どんなに素晴らしいヴァイオリンの演奏家でも、楽器そのものの調律が滅茶苦茶なら、まともな演奏などできっこない。ルールをかき乱すとは、そういう意味だ。

 

今の所は虚数学区の鍵は未完成のようだが、それが完成すればあらゆる魔術師は学園都市の中で魔術を使う事ができなくなるだろう。

学園都市は世界の縮図。

能力開発を世界規模に発展させ、あらゆる人々が能力に目覚めた時、世界はAIM拡散力場で覆われる。街の中限定で展開されていた虚数学区は、そのまま全世界を埋め尽くす。

 

いや、

準備は、とうの昔に完成している。

上条の手によって救われた二万体もの人工能力者達『妹達』は、治療目的で世界中に点在する学園都市の協力機関に送られている。何故わざわざ『外』で体の調整を行う必要性があったのか土御門には疑問だったが、その答えはここにあったのだ。

 

鈴科白夜を使ったあの馬鹿げた『実験』の真意は、絶対能力進化(レベル6シフト)計画などではない。世界中に配置すべき人造能力者の量産にこそあったのだ。いかにも自然に街の『外』へ送るために、敢えて一度量産能力者(レディオノイズ)計画を潰し、さらには隠れ蓑であるはずの絶対能力進化実験を潰して、二度の偽装を得て妹達は全世界へ蔓延した。

 

その目論見は成功と見て良いだろう。現にイギリス清教を始めとする教会諸勢力は妹達が『外』へ配布された事に気付いていない。いや、気付いていたとしてもその重大性までには至っていない。せいぜいが、学園都市の内輪の問題の後始末ぐらいにしか考えていないはずだ。

 

世界残土を囲うように、虚数学区のアンテナたる能力者は配備された。

あとは未完成の虚数学区を完全に制御し、新たな『界』として起動すれば。

『界』の出現によって、全ての魔術師は己の力の暴走によって自滅し、

そして能力者にとっては、AIM拡散力場は何の妨害にもならない。

そうなれば、科学世界と魔術世界の戦争の結果など目に見えている。いや、それはそもそも戦争にもならない。両手をあげた敵達の頭を一人ずつ順番に撃ち抜いていくようなものだ。

 

 

(いや・・・・・・)

 

そこまで考えて、土御門は首を横に振った。

本当にこれが、アレイスターの最終的な目的なのか? そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。この人間ならこの程度はほんの下準備だと笑うような気もするし、存外何も考えていないという可能性もある。

分からない。

男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見えるアレイスターは、人間としてのあらゆる可能性を内包している。それ故に、アレイスターの考えなど予測もつかない。人類が考えうる限り全ての意見を持っていると言っても過言ではなさそうだ。

土御門は戦慄しながらも、なかば負け犬が吼えるように吐き捨てる。

 

「ふん。これがイギリス清教に知れれば即座に開戦だな。今にして少し思う、オレはシェリー=クロムウェルに同情すると。お前の言動を吟味する限り、ヤツのポジションは単なる悪役ではない。れっきとした、自分の世界を守るために立ち上がったもう一人の主役だろうさ」

「馬鹿馬鹿しい妄想を膨らませるな。私は別に教会世界を敵に回すつもりは毛頭ない。そもそも君の考えにある人造天界を作るには、まずオリジナルの天界を知らねばならない。それはオカルトの領分だろう。科学にいる私には専門外だ」

「ぬかせ。お前以上に詳しい人間がこの星にいるか。そうだろう?」

 

土御門は、唇の端を歪めて、

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

かつて、二〇世紀には歴史上最大の魔術師が存在した。

彼は世界で最も優秀な魔術師であると同時、世界で最も魔術を侮辱した魔術師であるとも呼ばれていた。

その彼が、長い歴史の中でどの魔術師も行わなかった魔術に対する世界最大の侮蔑とは、

極めた魔術を全て捨てて、一から科学を極めようとした事だった。

魔術師として頂点に立っていたアレイスターが何を思って全てを捨てたのかは誰にも分からない。だがそれは魔術世界にとって最大の屈辱だった。名実共に世界一の魔術師が、魔術を捨てて科学に頼ろうとしたのだ。それはつまり、勝手にアレイスターが魔術文化代表を名乗って誰の許可も取らずに科学文化へ白旗をあげてしまったようなものだ。

 

故に、アレイスター=クロウリーは全世界の魔術師を敵に回した。それは魔女狩り専門のイギリス清教のみならず、少しでも魔術を知った者なら例外なく、という意味だ。

なのにステイルがアレイスターと顔を合わせていてもその正体を看破できなかったのには訳がある。イギリス清教は長年かけて集めてきた『アレイスター=クロウリー』の情報を元に追跡を続けている訳だが、この情報は全てアレイスターが意図的に掴ませた誤情報なのである。元の情報が狂っている以上、それと照らし合わせてアレイスターを魔術的、あるいは科学的に調べた所で一致する点などあるはずもない。結果として彼は同姓同名の別人もしくは偽名という事になっていた。

そこまでやる技量と度胸に土御門は舌を巻く。土御門なら例え可能であってもそんな危険な橋を渡ろうとは思えないだろう。それが端的に両者の力量差を示していると言っても良い。

 

「丸っきり負け惜しみになるがな、お前に一つだけ忠告してやる。アレイスター」

「ふむ。聞こうか」

「お前はハードラックという言葉の意味を知っているか」

「『不幸』だろう?」

「『地獄のような不幸に何度遭遇しても、それを常に乗り越えていく強運』という裏返しの意味も持つ」土御門は、わずかに笑って、「オレにはお前が考えている事など分からないし、おそらく説明を受けても理解できないだろう。だが、あの幻想殺しを利用するというなら覚悟しろ。生半可な信念ぐらいで立ち向かえば、たとえどんな関係であろうと、あの右手はお前の世界(げんそう)を喰い殺すぞ」

 

彼が告げると、ちょうどタイミングを計ったように空間移動能力者が部屋に入ってきた。

土御門は踵を返して彼女の方へ歩いていこうとする。が、その背中に声がかけられた。

 

「一つ。情報を与えてやろう」

「・・・・・・なんだ」

「皆が虚数学区・五行機関と呼んでいるAIM拡散力場の集合体だがな。私は別の呼び方をしているのだよ」

「・・・・・・」

「『人』によって生み出された()()()()・・・・・・『人造エネミー』と」

「・・・・・・記憶の片隅にでも置いといてやる」

「そうしてくれ」

 

三〇センチ以上も背の低い少女にエスコートされ、土御門はビルから出ていく。

誰もいなくなった部屋の中、逆さに浮かぶ男は一人呟いた。

 

「ふむ。私の信じる世界など、とうの昔に喰われているさ」


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