幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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今回からようやく六巻です。

朝早くに失礼します。


虚数学区・五行機関編
舞台裏の表側


学園都市の窓のないビル。

ドアも窓も廊下も階段もない、建物として機能しないビル。大能力(レベル4)の一つである空間移動(テレポート)を使わない限りは出入りもできない密室の中心には、巨大なガラスの円筒器が鎮座していた。

直径四メートル、全長一〇メートルを超す強化ガラスの円筒の中には赤い液体が満たされている。広大な部屋の四方の壁は全て機械類で埋め尽くされ、そこから伸びる数十万ものコードやチューブが床を這い、中央の円筒に接続されていた。

窓のないその部屋はいつも闇に包まれていた。ただし、円筒を遠巻きに取り囲む機械類のランプやモニタの光が、まるで夜空の星々のように瞬いている。

赤い液体に満たされた円筒の中には、緑色の手術衣を着た人間が逆さで浮かんでいた。

学園都市統括理事長、『人間』アレイスター。

それは男にも女にも見え、大人にも子供にも見え、成人にも囚人にも見える。その『人間』は自分の生命活動を全て機械に預ける事で、計算上ではおよそ一七〇〇年もの寿命を手に入れていた。脳を含め前身はほぼ仮死状態に近く、思考の大半も機械によって補助している。

 

(・・・・・・、さて。そろそろか)

 

アレイスターがそう思った瞬間、タイミングを合わせたかのように円筒の正面に、唐突に二つの人影が現れた。一人は小柄の空間移動能力者の少女、そしてもう一人は彼女にエスコートされるように手を繋いだ大男だ。

空間移動能力者は一言も発さないまま会釈すると、再び虚空へ消える。

闇の中には大男だけが取り残された。

その大男は短い金髪をツンツンに尖らせ、青いサングラスで目線を隠した少年だった。アロハシャツにハーフパンツという、こんな場所にはそぐわない格好をしている。

土御門元春。イギリス清教の情報をリークする学園都市の手駒だ。

 

「警備が甘すぎるぞ。遊んでいるのか」

 

スパイである土御門は、雇い主であるアレイスターに向かって苛立った口調で言った。スパイであるものの、土御門はアレイスターの従属的な部下ではないのだ。

土御門の口調は突き放すような響きがあり、普段の彼を知るものなら驚きに身をすくめていただろう。自分の不満を隠そうとしない土御門に、アレイスターは淡く笑って、

 

「構わぬよ。侵入者の所在はこちらでも追跡している。これを使わぬ手はない。若干ルートを変更するだけで。プラン二〇八二から二三七七までを短縮もでき―――」

「言っておくが」

 

土御門は遮るように言った。バン、と手の中のレポートをガラスの円筒へ押しつける。クリップで留められた隠し撮りの写真には侵入者の女の姿が映っている。

 

「シェリー=クロムウェル。こいつは流れの魔術師ではなく、イギリス清教『必要悪の教会』の人間だ。アウレオルスの時のようにはいかないぞ」

 

土御門はまるで無理な禁煙でもしているかのような苛立った様子で、

 

「イギリス清教だって人の作る組織である以上は一枚岩ではない。いや、構成の特性上、十字教の中でもあれほど複雑に分岐した国教は他にない。お前とて分かっているだろうが」

「隣人を愛する者同士が互いにいがみ合うとは、随分と素敵な職場だな」

「まったくだ」土御門は息を吐いて、「しかし、それ故にイギリス清教にも様々な派閥と考えがある。学園都市協力派だけとは限らないぞ。中には全世界を英国の植民地にして全ての国旗のデザインを一つに統一したいと考えるヤツまでいる始末だ。お前がウチのお姫様と結んだ『協定』にしても、どこまで役に立つかは分からん」

 

イギリス清教と学園都市のトップ同士が決めた『協定』さえ疑問視する者もいる。知識の宝庫たるインデックスが学園都市内部にいる事が、既に情報漏洩の危機をはらむに違いないと(まあ実際科学の生徒の頭の中にコピーされている訳だが)。もちろん、『必要悪の教会』とは別枠の『騎士団』達が実際にインデックスのセキュリティが外れている事までは掴んでいないとは思うのだが。

 

「オレも教会に潜ればある程度の人心を操作する事もできる。だがな、それにも限度ってものがあるんだ。派閥や勢力が異なる所までは手を伸ばせない。伸ばせたとしても、どこかでこちらが意図的に操作した情報は歪曲してしまう」

 

彼は一度そこで言葉を切ってから、

 

「大体、アウレオルスの時でさえ散々あちこちに手を回していただろうが。魔術師は同じ魔術師が裁かなければならない。この法則はオレよりもお前の方が分かっているはずだ。学園都市は『科学』を、教会は『神秘』を、それぞれの技術を独占する事でアドバンテージが生まれている。その中で学園都市の面子が魔術師を潰してみろ。せっかく死守してきた門外不出の独占技術がそこから漏れる()()()()()()と思われただけで立派な亀裂の出来上がりだ」

 

上条当麻という少年は、この一ヶ月強で何人かの魔術師と戦ってきた。しかし、ステイルや神裂は教会と事前の取り引きがあったし、アウレオルスや闇咲などは教会所属ではない流れの魔術師なので、それほど波風は立たなかった。

だが、今回は意味の重さが違う。学園都市に侵入してきたのは『イギリス清教独自の術式』を抱えた魔術師で、しかも取り引きもない。これが一派閥の意向なのかシェリーの独断かは判断できないが、仮に彼女の判断だとしても、勝手に倒すのはまずい。

シェリー=クロムウェルは王立芸術院でも最も寓意画の組み立てと解読に優れた人間だ。寓意画とは絵画の中に魔道書の内容を隠した暗号絵画の事で、例えば洋上に浮かぶ船の上から見た、夕暮れに水平線へ沈んでいく太陽の絵画があったとする。普通の人が見れば何気ない一枚の風景画に過ぎないが、この中の海水は『塩』を、太陽は『黄金』を意味し、これらを組み合わせると『黄金と塩を使えば、海の中を魚のように泳ぐ事ができる魔術の方法を示している』という情報を取り出せる。

他にも絵具のカラーや厚み、夕暮れという時間帯、船の上という場所・・・・・・絵画の中にある些細な要素の全てが何らかの意味を持つ暗号として機能するので、何百年経ってから寓意画の読解に誤りがあったと判明するパターンも多い。真の意味で寓意画のスペシャリストになるのは、それぐらい難しいのだ。

インデックスが知識の収集・保管を担当するなら、シェリーは暗号技術によってその知識を封印・開封する専門家である。彼女が他勢力の手に落ちれば、イギリス清教が守り続けてきた複雑怪奇な暗号の解読法が丸ごと相手側に伝わってしまう事になる。

下手にシェリーを倒せばイギリス清教と学園都市の間に亀裂が走る。シェリーを送り込んだ派閥が学園都市を嫌っているのだとすれば、そこを狙って亀裂を押し広げようとするだろう。

だが、土御門はその先を敢えて言葉に出さない。

というよりも、出せない。その一文は口に出すのもためらわれ、胸の中に広がっていく。

―――最悪、科学世界と教会世界の戦争となるかもしれない。

 

土御門はアレイスターを睨みながら、

 

「まぁ、今回の件でもよほど間抜けな選択をしない限り、この火種が燃え上がる事はないだろう。だが、火種を消すために水面下で人死にが起きるかもしれない。お前は何を考えている? 本腰を入れて警備に力を入れれば、いくらでも侵入を阻止できたくせに」舌打ちして、「とにかく、オレはシェリーを討つぞ。魔術師の手で魔術師を討てば、少しは波も小さくなる。それからスパイはこれで廃業だ。ここまで派手に動けば必ず目をつけられるからな。まったく、心理的な死角に潜ってこそのスパイだというのに、四六時中監視されて仕事が―――」

「君は手を出さなくて良い」

 

遮るようなアレイスターの一言に、土御門は一瞬凍りついた。

何を言っているのか、理解できなかった。

 

「君は手を出さなくて良いと告げた」

「・・・・・・本気で言ってるのか?」

 

土御門は、相手の正気を疑うように言った。

 

「可能性は、決してゼロではないんだぞ。水面下での工作戦なんてビルからビルへ綱渡りするようなものだ、手を間違えれば戦争が起きるかもしれないというのに!」

 

大量破壊兵器の設計図が他国に漏れれば、それだけで戦争の火種として正当化される。学園都市内で教会の魔術師を捕獲するとは、つまりそういう意味なのだ。

確かによほどの事がない限り、全面戦争にはならないだろう。しかし、逆に言えばよほどの事があれば戦争が起きてしまうのだ。それも国家と国家の戦争ではない、国境の壁すら越えた『科学』と『教会』、二つの世界の大戦だ。

学園都市を代表する『科学』と教会を代表する『オカルト』の間に圧倒的な戦力差はない。それはつまり、実際に戦争が起きれば泥沼のように長引いてしまうのだ。

 

「アレイスター、お前は何を考えている? 上条当麻に魔術師をぶつけるのがそんなに魅力的か。あの右手は確かに魔術に対するジョーカーだが、それでもアレだけで教会全体の破壊などできるはずもないだろう!」

「プラン二〇八二から二三七七までを短縮もできる。理由はそれだけだが?」

 

アレイスターの言葉に、土御門の息が詰まる。

プラン。『計画』というよりは『手順』といった所か。アレイスターがこの単語を口にする場合、該当するものは一つしかない。

 

「虚数学区・五行機関の制御法か」

 

土御門は忌々しげに呟いた。虚数学区・五行機関。学園都市ができた当初の『始まりの研究所』と呼ばれているが、今ではどこにあるのか、本当にあるのかも分からないと言われる幻のような存在。ウワサでは現在の工学でも再現不可能な『架空技術』を抱え、また学園都市の裏側からその全権を掌握しているとさえ考えられている。

『外』の教会や魔術師はこのビルを指していると思っているようだが、()()。実際はそんなものではないし、本当の事を『外』に教える訳にもいかない。

言えるはずがない。学園都市に対して絶大な影響力を持つ『ソレ』が、()()()()()()()()()()()()()()()()()も分からないまま潜んでいるなどと。

学園都市を治めるアレイスターとしてはあらゆるものを利用してでも五行機関の御し方を掴まなければならない。いや、アレイスターはおそらく御し方自体はすでに掴んでいる。ただし、それを実行するための材料が、キーが足りないのだ。

『手順』というのは鈴科白夜が行った絶対能力進化実験を思い浮かべると分かりやすい。あれと同じく、一定の順序で事件・問題を起こしてキーを作り上げていく。

 

「お前、本当に戦争を未然に回避する自身があるのだろうな?」

「その自信は君が持つべきだろう。舞台裏を跳び回るのは君の役割だ。なに、君の努力次第では水面下の工作戦にしても死者を出さずに済むかもしれんぞ」




この章では、貴音に上条の幻想殺し並みのジョーカーが手に入るハズです。

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