幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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とある異郷の幻想喰い

常盤台から離れた場所。お昼前だからだろうか、ファーストフード店などに沢山の人が集まっていた。

 

「・・・くっ。どこに・・・」

「・・・さて、誰をお探しかな? 魔術師さん」

 

海原光貴は驚いて頭上を見上げる。表通りのビルの途中。室外機に腰かけた少年がいた。

 

「・・・・・・何の事でしょうか?」

「ははっ。とぼけんなよ」

 

フードを目深に被っているため、顔は見えない。

しかし、海原が自分だと確信したのは、周りに誰もいなかったからだ。

 

「いきなりなんですか?」

 

室外に腰かけていたフードの少年は異常だった。降りて来た時に分かったが、ロングコートだった。この夏の暑い日に黒のロングコート、馬鹿としか言いようがない。

目深にかぶったフードも黒。これではそうとう熱いに決まっている。

 

「いきなり? ここ最近、いや。この間までずぅっと人の事つけてたくせによく言うぜ」

「・・・まさか」

「俺が誰か何かこの際どうでもいいんだ。邪魔だから消えてもらうぜ?」

 

そう言って少年がとりだしたのはリボルバータイプの銃。派手な装飾はなにもされておらず。いたって普通のモデルだった。

 

「・・・こんな街中で撃つ気ですか? 風紀委員や警備員に捕まりますよ」

「・・・・・・ご心配なく」

 

少年が一発目の引き金を引いたのと、海原が黒いナイフを天にかざしたのは同時だった。

少年が持っていた銃がバラバラになった。継ぎ目からバラバラに。

 

「ほらな。魔術師じゃん」

 

少年はバラバラに崩れ落ちたはずの銃を拾い上げると、綺麗に元の形に戻した。

 

「!?」

「銃ってのは元々点検用にある程度分解できるんだ。やろうと思えばこのぐらいは出来るんでね」

 

そして、銃を数発撃った。

 

街中に響いた発砲音に気付かない馬鹿はいなかった。全員何かに脅え、少年の持つ物に気付いた者は逃げて行く。

 

「一つ言っておきます。先程の自分の攻撃、人体にも影響あるんですよ?」

「・・・へェ? だから? お前は顔を正確に狙えるのか?」

「っ!」

 

言われて海原は気付く、彼はロングコート+フードの格好。つまり皮膚が露出しているのは顔しかないという事だ。

 

「・・・・・・貴方も酷い手を使いますね。上条当麻」

「・・・俺はお前が邪魔なだけ。今の俺には名前もないし性別もない。そうだなイレイザーとでも呼んでくれ」

 

二人とも睨みあったまま動かない。だが、少年の方が素早く動いて、路地裏に消えた。慌てて追いかけると、そこには工事中のビルがあり、少年はそこにいた。

 

「お前の持ってるそのナイフ。黒曜石でできてるだろ。つまり、だ。それはトラウィスカルパンテクウトリの槍ってワケだ。アステカの魔術師さん?」

「ふっ・・・やはりあなたは危険だ」

「・・・・・・やっぱり。狙いは俺か? いや、俺の仲間()()か」

「簡単に言ってのけますが、あなたは自分がどれだけ危険な事をしてしまった理解していないんですか?」

「あ?」

「あなたはただでさえ『禁書目録』を―――、一〇万三〇〇〇冊もの魔道書を占有している。そのうえ、イギリス清教の魔術師や常盤台の超能力者、吸血鬼に対する切り札など、多種多様な人材を仲間に引き入れているらしいじゃないですか」

 

魔術師は自嘲するように告げた。

 

「魔術世界と科学世界は本来、相容れないはずのもの。なのに、あなたはその両方に精通してしまっています。もはや『上条勢力』という一つの団体ができつつあると言っても良い。自分のいるような『組織』ではね、そういった新しい勢力が世界のパワーバランスを崩してしまう事を極端に恐れているんです」

 

組織。

それは学園都市か、教会世界か、魔術結社か、どこぞの経済大国か。

 

「だから自分はここへ送り込まれた。と言っても、最初から『海原光貴』となって誰かに危害を加えようという訳じゃない。ここへやってきたのは一月前の事だし、入れ替わったのはほんの一週間前の事ですよ。最初はただの監視だった。あなた方『上条勢力』がパワーバランスに影響ない存在だと分かれば、問題ナシと報告するだけで済む話だったんです」

 

魔術師は歯を食いしばった。

その眼は、少年の顔面を射抜くように彼を睨みつけている

 

「けれど、あなたは危険すぎたんですよ! こちらに入る断片的な情報から推測するに、あなたはこの夏休みだけでいくつかの『組織』を壊滅してしまったらしいじゃないですか! その上、あなたの『力』は金や圧力などで操作・制御・交渉できるような類のものではない。全部あなた一人の感情による独断独裁独善だ! こんな不安定で巨大な力を、『上』の連中が危険視しないと思いますか!?」

「お前達の狙いは・・・」

「ええ。自分の目的は『上条当麻』個人ではなく『上条勢力』全員です。あなた一人が死んだ所で、もはやこの『勢力』の仲の繋がりは消えませんからね」

 

知り合いに『化ける』理由はそこにあるのだろう。

上条の良く知る人間の『顔』で、できる限りの悪さをして、信用をなくす。そして用済みになったら、別の知り合いの『顔』へ入れ替わり、同じ事を繰り返すそうやって『勢力』を内側からじわじわと腐敗させていく。

その途中で『偽者』の存在が浮かび上がっても問題ない。今度は『誰が偽物か分からない』という疑心暗鬼によって仲間の輪を引き裂く事ができるのだから。

内部腐敗。

それは古くより数多くの王朝を破綻に導いた工作手段だ。一見して堅牢なはずの制度があっという間に腐敗したり、聡明な王がある日突然暴君へと変貌した裏には、見えざる密偵達の活躍がある。そのあまりに鮮やかで残酷な手並みから、国によっては狐や悪魔など、迷信じみた例えで表現されるほどである。

 

「できうる限りあなたは最後に回したかったのですが、致し方ありません。『海原光貴』はもう素性が割れてしまいました。今度はあなたの顔をいただくとしましょうか、ね!」

 

言って、魔術師が『槍』を振るう。

それを受け止めたのは一つの式神だった。

 

「!? な、何だそれ・・・」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。上手く出来てたかにゃー?」

「っ! 土御門元春! 何故ここに!」

「言ったろ? カミやんに頼まれたんだぜい。ここ一月自分とその周りを嗅ぎ回っていた奴が御坂美琴に近づいたから、事情を聞き出してくれってな」

「だが、声は!」

 

土御門は笑って、フードの襟元を見せる。

 

「学園都市製のボイスチャンジャーだ。その性能は肉声とほぼ変わらない。それに加えて小型だからいざとなったら。ちびっこ探偵のものまねも可能だぜい」

「くっそ・・・本当に・・・何でですか。上条当麻・・・なぜあなたは・・・」

「・・・御坂が好きなんだろ? オマエ」

「・・・・・・は?」

 

魔術師は思わず変な声が出た。伏せていた顔を再び上げるとそこには土御門の顔を半分ほど剥した上条がいた。

 

「なっ・・・あっ・・・!」

「いやードッキリ大成功ってな。二重騙しで消しておしまい。そう思ったんだけどな・・・事情を変えよう。オマエ、御坂が好きなんだろ? ニセモノさんよ」

「・・・・・・、  ですか」

 

魔術師は、口の中で何かを呟いた。

上条が眉をひそめる前に、彼はもう一度言う。

 

「ニセモノじゃ、ダメなんですか」噛み締めるように、「ニセモノは、平和を望んじゃいけないんですか。ニセモノには、御坂さんを守りたいと思う事も許されないんですか」

「あ・・・・・・?」

「ええそうですよ。自分だってこんな真似はしたくなかった。『海原』だってね、傷つけたくはなかったんです。だって、それが一番幸せじゃないですか。誰も傷つかない方がいいに決まってるじゃないですか。自分は、この街が好きだったんです。一月前、ここに来た時からずっと。たとえここの住人になれなくたって、御坂さんの住んでいるこの世界が、大好きでした」

 

でもね、と魔術師は続ける。

 

「やるしかなかったんですよ。結果が出てしまったから。上条勢力は危険だと『上』が判断してしまったから。ねえ、分かりますか? 自分がどんな気持ちで『海原』と入れ替わったのか。自分がどんな想いで、御坂さんのいるこの世界に傷をつけたか」

 

魔術師は、歪んだ顔に激情の表情を乗せて、

 

「分かるはずがない! あなたが全部壊したんだ! あなたがもっと穏便でいてくれたら、問題ナシって報告させてくれたら、それで静かに引き下がれたのに! 自分は海原を襲う事も御坂さんを騙す事もしなくて済んだのに! 確かに、今の自分はあなた達の『敵』です。でもそうなってしまったのは誰のせいだ!?」

「・・・『上』のせいだろうな」

 

本当に平淡に上条は言った。

 

「・・・何を・・・」

「何だ? じゃあ逆に聞かせてもらうぞ? お前達は()()()()()()()()()()()をしている『組織』なのか?」

「・・・は?」

「結局お前達が怯えてんのは見えもしない巨大な力だっつってんだ。上条勢力? ンだよそりゃ。勢力なんて大きなもんじゃない。俺の仲間は貴音だけだ」

「・・・・・・後の、御坂さん達はなんだというんですか・・・!」

「・・・良く言って『友達』。悪く言って・・・・・・」

 

そこで上条は口の端を異常につり上げて、引き裂けるように笑う。

 

「―――『捨て駒』かな?」

「あなたって人はッッ!!」

「おう。怒れ怒れ! もしかしてお前らは勘違いしてないか? 俺が善人だとでも思ってんのか? 俺がやってんのは全部俺の我儘だっつうの。だから俺は友達を平気で傷つけられるんだぜ?」

「ハッ!! 覚悟してください!!」

「テメェみたいなあまっちょろい奴に俺は倒せない。まだ誰かを想う心があるなら、俺の前に立たない方がいいぜ?」

 

そう言った上条は垂直に上げた左手から銃弾を撃ち出した。

 

「!? ―――透明な銃!? それも学園都市製ですか」

「いんや、これは異郷製だ。ちなみに土御門の声は俺のものまねな。結構似てるだろ?」

 

さて、と上条は言って

 

「お前に大義名分をやろう」

「は?」

「目的を果たそうとしたけど邪魔が入って失敗したっていう大義名分をな!」

 

上条がそう言うと同時、工事中のビルのあちこちが爆発し鉄骨が降り注ぐ。

 

「自分からっ!? あなたは一体何を」

「お前の幻想・・・喰い殺させてもらうぜ」

 

崩れ落ちてくる鉄骨。上条は避けようともせず真っ直ぐに魔術師へ向かって走る。

そこまでの距離じゃないため、数歩で距離を詰めた上条は魔術師の顔面を殴りつけた。

 

「さて、このまま死ぬか?」

「・・・自殺願望でもあるんですか?」

「ないよ。ま、人間死ぬ時は死ぬさ。ただ、それは今じゃない」

 

その一帯に響く轟音。空を裂く不思議な音も響く。

気がつくと上条達の真上の鉄骨が溶けてなくなり、周りにのみ突き刺さった。

が、魔術師は倒れた鉄骨と鉄骨の隙間に片手をはさまれているようだった。と言っても、鉄骨に押し潰されているのではなく、元から空いている隙間に手を突っ込んだような感じだ。超重量級の手錠をはめているような状態に近い。

 

「自分は、負けたんですか」

「さあな。それは偶然だし、お前はピンピンしてるしな」

 

上条は頭を掻いてそう言ったが、魔術師は首を横に振った。理由はどうあれ、今の魔術師は身動きが取れない。この状態で戦闘を続けても逆転はできない。

 

「負けました、か」魔術師は、小さく笑って「なら、自分はここで止まれたって事ですかね。御坂さんも、その他の誰も、殺さずに済んだって、そう言う事なんですかね」

「さあな。学園都市の闇は深い。お前も落ちる事になるかもよ」

「・・・・・・守ってもらえますか、彼女を」

 

彼は問う。

 

「いつでも、どこでも、誰からも、何度でも。このような事になるたびに、まるで都合のいいヒーローのように駆けつけて彼女を守ってくれると、約束してくれますか」

 

それが、彼が願いつつも決して叶えられない望み。

本当は自分がやりたかった夢を、他の何者かに明け渡すという重み。

そうして。

 

「俺はヒーローじゃないし、この手は二本しかない。だけど、アイツが俺のこの手が届く範囲。学園都市の中ぐらいでなら助けてやれるかもな」

 

そう告げると、首を縦に振った。

まったく最低な返事だ、と魔術師は倒れたまま苦笑してつぶやいた。


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