幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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ミイ号が目を覚ますと、そこは病室だった。昨日の夜、こっそり抜け出したはずの病院の一室に寝かされていた

。麻酔が効いているせいか、唇の辺りにおかしな感触を感じながらも、ミイ号は目だけを動かして辺りを見渡した。今はどうやら朝方を少し過ぎた頃らしい。ただ弱い冷房の音だけが静寂の病室に響き渡る。当然といえば当然なのだが、着替えも、お見舞いの果物も置かれてはいない。あたりまえだ。自分はクローンなのだから。病室にあるものといえばベッドの横のイスに座っている上条当麻ぐらいだし。

 

「!?」

「お、目ぇ覚めたか。よかったぁ」

 

上条は安心したような声を上げる。対称的に、ミイ号は思わず飛び上がりそうになるが、麻酔の効いた体はピクリとも動かなかった。

そしてさらに、上条はミイ号の手を左手で優しく握っていた。

 

「すみません、非常にどうでもよく、いえどうでもよくは無いのですがなんと言うかその、なぜいわゆる異性との対人コミュニケーションによる快感を得るための電子遊具に出てくるような展開になっているのでしょうか、とミサカは冷静かつ分かりやすい例えで質問します」

 

ミイ号の慌てたような言葉に上条は首を傾げ。

 

「いや、なんか座ってたらお前が手を握ってきたからさ。払いのけちゃうのも悪いかなー、と思って手を握ってたんだけどその分なら問題なさそうだな」

 

ぱっ、と。それこそ何の気無しにミイ号の手を握っていた手を放してしまう上条に、ミイ号はむっ、とした表情を浮かべる。

あれ、なんかまずったか?と、不安になる上条だが、伝えなければならない事があるという事実がそれを打ち消した。

 

「あ、そうそう『実験』の事だけど」

「一方通行の敗北と共に中止に向かう事が決定したようですねとミサカは把握します」

「いや、その事じゃなく」

「御坂の体はお姉さまの体細胞から作り出されたクローンであり、そこへさらに様々な薬品を投与する事で急速に成長を促した個体であるため、ただでさえ寿命の短い体細胞クローンがさらに短命になっているという件ですね?とミサカは納得します」

「・・・・・ああ、だかr」

「そういう訳で学園都市の中や外の研究機関を頼り、急速な成長を促すホルモンバランスを整え、細胞核の分裂を調整する事である程度の寿命を回復させることになったようですね。とミサカは」

「ええい! 人の台詞をとるんじゃありません! お前はあれですか、効率厨ですか!? テレビゲームとかで操作だけ確認してシナリオとかスキップしちまうタイプ!?」

 

ああ、そういえば御坂妹たちは脳内でネットワーク的なものを繋いで情報とかを共有してるんだっけ。と上条は頭を抱えながらため息をつく。確かに便利だとは思うが、コレではプライバシーも何もあったものではないだろう。上条とエネも脳内で会話ができるが、それだって一定の制限を掛け合ってお互いの機密を保護している。今後はそういったネットワーク的な部分も『調整』されると良いなぁ。と思いながら上条は立ち上がった。

 

「んじゃあ俺、そろそろ行くわ。待たせちまってる奴もいるし」

「・・・・・あの、もう行ってしまうのでしょうか、とミサカは」

 

「大丈夫」上条当麻は振り返らず

 

「きっとまた会えるさ」

 

・・・・・そうですか。と言って、ミイ号は目を閉じた。

それが良い。特別な約束や何かを残しては、もう二度と会えないような気分になる。

すぐに会えるならば、本当にそう信じているならば、いつものように何でもない風に別れた方が『もっともらしい』

物語はここで終わった訳ではない。いつか今日の日が何でもない思い出になるぐらい、これから先も続いていくのだから。

目を閉じた暗闇の中、ドアが閉まる音が聞こえた。薬によって作られた眠気が襲いかかってくる。 それでも、いつの日か再開できるその時を夢見て、ミイ号は笑っていた。

 

 

「あ、き、奇遇ね」

 

上条が病院の敷地を出ると、そこには御坂美琴がいた。その顔には疲労の色が強く現れていたが、それでも彼女は笑っていた。

 

「ほい、あの子達のお見舞いのついでだけど、アンタにもおすそ分け。それ、デパ地下でなんか高そうなクッキーだったから買ってみたんだけど・・・・・ま、そこそこ美味しいんじゃないかしら?後で感想聞かせなさいよ、まずかったら二度とあそこの店は使わない事にするから」

 

俺は毒見かよ、と上条は思いながら

 

「でもクッキーというなら手製がベストですな」

「・・・・・アンタ、私にどんなキャラ期待してんのよ」

「いやいや。あえて不器用なキャラが不器用なりに頑張ってみたボロボロクッキーっていうのがね、わっかんねーかなぁ?」

「だからナニ期待してんのよアンタは!」

 

上条と美琴はぎゃあぎゃあ騒ぎながらいつもの時間を過ごした。いつもの時間にいつもの世界が立っている事が、上条は嬉しかった。

 

「あ、そうそう。あいつらのこれからの事なんだけど・・・・・」

 

上条は昨日の夜に御坂妹から教えてもらった事を話した。妹達シスターズは自分の体質を治すために他の研究機関の世話になる事、そしていつかまた、また上条の元に戻ってくると約束した事。

 

「そっか」

 

美琴は、それだけ言った。

何か大切なモノを見守るように目を細めて、けれどどこか翳りのある瞳を浮かべて。

美琴は、確かに「実験」を止める事ができた。

そして、一万人近い妹達の命を救う事ができた。

しかし、それ以外の妹達の命を救う事はできなかった。

 

「けどさ」

 

上条は呟くと、美琴は黙って上条の顔を見た。

まるで知らない街に取り残された子供のような瞳を、上条は見ていられなかった。

 

「お前がDNAマップを提供しなければ、そもそも妹達は生まれてくる事もできなかったんだ。あの『実験』は確かに色々間違ってたけどさ、妹達が生まれてきた事だけは、きっとお前は誇るべきなんだと思う」

 

美琴はしばらく黙っていた。

やがて、ポツリと泣き出しそうな子供みたいな声で、言った。

 

「・・・・・私のせいで、一万人以上の妹達が殺されちゃったのに?」

 

それでもだよ、と上条は答えた。苦しい事に苦しいといって、辛い事に辛いと思って。そんな、誰にでも出来る当たり前の事だって、生まれてこなければ絶対にできない事なんだから。

 

「だから、妹達はきっとお前の事を恨んでない。あの「実験』では色々と歪んだ所があったけど、それでも自分が生まれてきた事だけは、きっとお前に感謝してたと思う」

 

―かつて、エネや師匠達と出会う前の上条が、例えどんな不幸にさいなまれようが、どんな困難に立ちはだかられようが、それを父親と母親のせいにはしなかった、所為にしたくなかったように―

 

上条の言葉に、美琴は息を呑んだ。

そんな彼女の顔を見て、上条は小さく笑いかける。

 

「だからお前は笑って良いんだよ。妹達は絶対に、お前がたった一人で塞ぎ込む事なんか期待してないから。お前が守りたかった妹達ってのは、自分の痛みを他人に押し付けた満足するような、そんなちっぽけな連中じゃねーんだろ?」

 

 

 

 

「・・・・・で、何さっきからふてくされてんだよエネ」

 

美琴と分かれた後、ようやくといった感じで上条はため息を付いた。

視線の先には、何か面白くなさそうな顔で頬をハムスターみたいに膨らませるエネがいる。

 

「別に、ふてくされてません」

 

ずっと前から思っていたが、エネは考え方や頭の回転は凄く大人っぽいのにその容姿や言動、思考回路的な部分で、物凄く子供っぽくなってしまっている気がする。

エネはその足で上条のふくらはぎ辺りをゲシゲシと蹴るが、あまり、というか全然痛くない。なんと言うか本当に構ってほしい子供みたいだった。

 

「何か言いたい事があるなら言ってほしいんでせうが?」

「特にない・・・・・ないですが、その、ずいぶんとあの御坂姉妹達と仲が良くなったものだなと思っただけです」

 

は? と聞き取れなかった上条は聞き返すが、エネは、なんでもない! と、まるで意地になった子供のように叫んだ。

少しびっくりしたような上条の顔を見て、エネはかげりのある顔で、ごめん。と謝った。

 

「その、今回も今回も今回もご主人一人に戦わせてしまっていた事に気づきまして。なんというか、その、色々と不安になってしまって・・・・・」

 

少し、恐かったんです。とエネは告白した。

確かに今回の件は、エネが気づかなければ上条はかかわる事すらなかったかもしれないものだ。『実験」をとめるための作戦も、その作戦を成功させるための条件も、エネが考え、提案したものだ。それは間違いない。

だが、一方通行を倒して実験を止める作戦を成功させたのは、他ならぬ上条だ。妹達に言葉を叩きつけ、生きようと思わせる事に成功したのは上条だ。

エネは、それが、それ以外の方法で『実験』を止める術があったのに何もしなかった。上条のサポートすらできなかった。 上条が一方通行に負けるなど、欠片ほども思ってはいなかったが、それでも上条を容赦なく戦場に送り出したのに、自分は戦いにおいて何の助力もできなかったという事実が、エネの肩にのしかかってくる。

 

「はぁ? 何そんなちっぽけなこと気にしてんだお前」

 

なんでもないように言う上条に、エネは息を呑んだ。

 

「お前が御坂の不信さに気づいて行動を起こしたから、こんなに早く『実験』を止める事ができたんだろ?むしろ、あいつの翳りや暗さにほとんど気づいてなかった俺の方が責められるだろ普通」

 

それに上条は知っている。エネ貴音の事情を知っている。

彼女は、否、上条も含め『あちら側』に住んでいるものは『こちら側』では表立って力を使ってはならないという決まりを知っている。禁書目録争奪戦の時でさえ、エネは大した術式を使ってはいないのだ。(上条はエネと共に『首輪』の中に入っていないため、エネがとあるスペルを宣言した事を知らない。自分の力を引き出されたのは分かったが)

確かにエネが能力を使えばもっと楽に、上条達だけでなく、一方通行さえも傷つかずに事を収める事ができたかもしれないが、それとこれとは別の問題である。

 

「お前の事だから『力があるのに何もしなかった』『最良の展開にする力があるのに何も出来なかった』って思ってんのかも知んないけどさ。それが最良の展開、なんかじゃなくたって俺も御坂もミイ号も御坂妹も、それからお前も、ちゃんと帰ってこれたんだから何の問題もないじゃんか。お前があいつらを助けようって言ってくれなかったら、力を貸してくれなかったら『何一つ失う事なく皆で笑って一緒に帰る』って言う俺の夢は叶わなかったんだからさ」

 

一人なんかじゃなかった。エネがいたから戦えた、俺は、俺達は一緒に戦ってた。

だからほら、と上条は笑ってエネに手を差し伸べる。

 

「帰ろうぜ、貴音」

 

・・・・・ええ! とエネは上条の手を取って子供のように笑った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「と、その前に。あいつ俺のこと思い出してるかな・・・」

『・・・・・・どうでしょうね』

 

イヤホン越しに少女の声が聞こえてくる。あまりにも長い時間『お出かけ』していたため、当分出てくることはできなさそうだが。

 

上条はエネが入ったスマートフォンを片手にある病室を訪れた。

ノックをして、中の人が返事をする前に扉を開ける。

 

「よっす」

「・・・返事ぐらい待てませンかねェ?」

 

病室の中では、頭に包帯を巻いた白髪赤目のアルビノ少年が窓際からこちらを睨んでいた。

 

「よう。白夜、体調はどうだ? あと、思い出してくれた?」

「―――上条、オマエ。ケンカ売ってんのか? 高く買うぞ」

「いやだなー。上条さんは友情の確認をしに来たんですよ?」

「友情もへったくれもねーだろ。人の顔面殴り飛ばしておいて」

「あーするしか『実験』を止める手段が無かったからだ」

「・・・そもそも俺は一人も殺してねーよ。殺したらテメェの馬鹿みてーな拳が飛んでくるンだかンなァ」

「え? 殺してねーの? じゃあ一〇〇三〇人の妹達は?」

「今はこの病院で看護婦をしてる。最近オマエに連絡付かなかったからな。そう、上条、オマエ、アレイスターに連絡とって生きている妹達の分も―――」

「『必要無い』」

「アァ?」

「アレイスターからのメールで『滞空回線(アンダーライン)で見ていたから対策済みだ』と」

「相変わらずお前の叔父さんは手回しが早いな。・・・そういや、あいつは?」

「・・・アイツ?」

「ツインテールのあいつだよ」

「・・・・・・こっちだよ」

「・・・?」

 

白夜は上条の言葉に怪訝そうな顔をしながらも、ついてあるく。

 

「ほら」

「・・・・・・コイツは」

「おっ。やっとパーツがそろったね?」

「「ゲコ太先生?」」

「さあ。その子を助けようか」

 

ゲコ太先生が言うには、電脳少女を肉体に送り込めさえすれば貴音は目覚めるという。

 

「・・・マジ、で!?」

「そうだよ? それには君のチカラが必要だ。鈴科白夜くん」

「あ?」

「彼女の意識を彼女の脳細胞に送り込むことはできるかい?」

「はっ。要するにお前はこう言いたいわけだ。電子機器の信号を肉体脳波の信号のベクトルに合わせろと」

「でき、るのか?」

「俺を誰だと思ってやがる。さっさとあの馬鹿女の意識が入った端末よこしやがれ」

「お、おう」

 

培養器の中の液体が流れ、数年ぶりに貴音の体に上条の手が触れる。だが、邪魔だとどかされ病室の隅でいじけ始めた。

 

「いいのかい?」

「アイツはすぐ立ち直る。コイツさえ起きればな。おい、良いか榎本」

『もちです!』

 

白夜がエネそのもののベクトルを操り脳波の信号に置き換えていく。

 

「慌てるな。大丈夫だァ、俺はなんて言ったって学園都市第一位だからなァ!」

『お、おぉおぉ!?』

 

数十秒後。貴音の頭から白夜の手が離れる。

 

「ハァッ・・・ハァッ。やるべき事はやったぞゲコ太」

「うん。そのようだね」

「・・・・・・・・・ぅ、うぅん・・・。・・・・・・! つ、ついに戻ったんですか?」

 

筋肉や骨格の衰えがあるのか、貴音は上手く体を動かせていない。だが、そこに肉体を取り戻した少女の姿があった。

 

「た、かね・・・」

「おはようございます!」

「さ。邪魔者は退散しようか」

「アァ」


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