幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
川の底に沈んだまま、少年は動かなかった。少年の周りには魚がたくさん集まっており、擦り傷から流れる血を止めようとしているようにも見えた。
少年の体のすぐ側に少女も沈んでいた。お互い、少しも動かない。
水面は遠く、結構大きな船が見えている。上条達を探しているのだろうか。だが彼らは川の底に完全に沈んでいるため、見つけるのは相当困難だろう。
そこでようやく少年は目を覚ました。川にいることもお構いなしで時計を確認する。
(・・・あれから半日。そろそろ吸血鬼の体質が抜けきった体にも適応してるだろ・・・。おい、エネ。起きろ)
(・・・うん? ・・・はわぁ!? み、みずぅ!?)
(大丈夫だ。絶対におぼれない。コイツらが、結界張ってくれてるから、そのせいで上の奴らは俺達を見つけられてないみたいだけどな・・・)
(エネさん初めまして。この人の使い魔やってます)
(魚さんかー。水の中の使い魔は私も知りませんでしたわー)
(・・・とりあえず。もう少しここでゆっくりしてようぜ。時がきたら、復活よ)
(やっときます?)
(やろうか)
貴音は銃を取り出すと、上条の眉間に突きつけ発砲した。
「
*
街中で、聖人・神裂火織と聖人後方のアックアが戦っていた。
戦況はアックアが有利だった。
全ては二十二学区第七階層の病院に入院している上条当麻を守るため。少年の右手を、守るため。
アックアの力に絶望しかけたその瞬間。
ドゴォ!! と、水が破裂する音が聞こえた。
第三階層に雨が降る。莫大な水量が巻き上げられた証拠だ。その方向は、上条当麻と榎本貴音が沈んでいた川の方。神裂は思わずそちらを見た。上条達は助けられたはずだ。この目で見てはいないが天草式がそう言っていた。彼らの言葉を信じるなら、彼は病院に入院しているはずだから。
瞬間。
アックアの体が数メートル後ろに滑った。その原因を作ったのは、神裂を守るように立つほぼ無傷の上条当麻のせいだった。
「・・・・・・エネ。同調率は」
『えーと、これが同調率ですかね。97%です。完全じゃないですよ?』
「・・・むしろこの肉体でそこまでの数値を叩き出すこと自体が凄いんだがな。・・・さて、後方のアックア。待たせたな。約束を果たしにきたぜ」
「大人しく右手を差し出しにきた。というわけではなさそうだが」
「安心しろ。もう負けねーからよ」
上条はそう言うと、彼の右腕にはめられた枷を外す。以前神裂と戦った時と同じように。
「さて、と。途中になってたからな。見せ直してやるよ、俺の愛気道をな」
そう言うと上条の体がバラバラと分かれていく。
「それは・・・確か雷歩といったな」
「ああ。だが、見えてないだろ? 風歩すら見切れてないのに、雷歩を攻略しようなんて考えるだけ無駄だぜ?」
上条がそう言いながら『雷歩 奈惰嶺』をくり出すが、弾かれてしまう。
「チッ。速さで動くヤツは対処が早くて面倒臭いな」
「・・・流石の攻撃であるが、先ほどと全く同じ動きなのでな。簡単だった」
「・・・しょうがねーなー。だったら見せてやるよ」
数度呼吸を繰り返した上条が両手を振るうと、フォッ。と肩から先が両腕消える。
(何かする気か・・・。しかし、その間合いで何ができる?)
瞬間。
バヂッと、アックアの体が左に傾く。神裂も、追い付いた天草式の面々も驚いていた。届くはずのない距離。だが上条の攻撃は届いた。
「俺の体に枷が付けられていた理由。それは順風満帆過ぎたせいだから。そんな俺が編み出した技だ。聖人なんて才能持ちのオマエもゆっくりと味わいな」
そう口上を述べる上条の両腕はビリビリと音が鳴るほど高速で動き、風を切る。
そして、上条の攻撃が始まった。
「?! なっ、何だあれ!?」
「攻撃の軌道だけが見える・・・!?」
「まるで、雷のムチ!」
高速での連続打撃がアックアの体が持ち上げられ叩き落とされ、また持ち上げられたと思ったら叩き落とされた。彼が持っていたメイスも、少し離れた所に転がっている。
「なっ・・・!?」
「なんだ、今のは!!?」
「ぐはっ、ごっ・・・」(い、今のは・・・!? まるで重力操作ではないか!?)
「オマエでも弾くどころじゃねーだろ。昔の俺の技『雷迅』だ」
元より上条は聖人を普通の人間のように扱える。それも武術を使ってのことだが、今回は上条自身が最も得意としていた武術での戦い。負けるはずがない。
「だが、まだ弱いのである!!」
「うーん。勢いだけは良いな。いやはや良くやった。大したもんだオマエ」
アックアの単純な攻撃を雷迅でいなす上条。そして愉快そうに笑いながら言った。
「―――だけど、だからこそ残念だ。あと、十年熟成させたらまた来い」
上条がそう言うと同時、アックアの背中に大量の打撃が落とされた。
そしてまるで何かに上から押し潰されたようにアックアの体が地面に叩きつけられる。
「や・・・やったの・・・!?」
「そういうのは、フラグって言うんだけどな・・・」
上条はフラフラと後ろに下がるとしりもちをつくように座る。
「い、いや。まだ立つ可能性も・・・」
「どんだけバケモンですか」
「立つわきゃね―――。もし立てても背骨がネジ曲がりまくってるはずだ。殆ど動けず、お前等の誰でも簡単に勝てるさ」
上条がそう言って立ち上がろうとした所で、数百にも及ぶ銃剣が上条に襲いかかってきた。
「クッ。まさか!」
上空から降り注ぐ聖書のページ達を忌々しげに睨みつける。
「シィィィィィィィィハァアァアァアァアァアァアァ!!」
「やっぱりオマエか! アンデルセン!!」
大量に飛んできた銃剣を全て弾き飛ばす上条。目の前に立つ狂信者の神父を軽く睨みつける。
「ウチの馬鹿吸血鬼はどうした? 戦ってたんだろ?」
「・・・決着は着いていない。だが、貴様の右腕。それが異教徒以上の化け物だと聞いて始末しにきた」
「元々それで来てたんだもんなー。相手してやるよ。かかってこい」
「皆殺しだ」
アンデルセンの猛攻をかわしたり、受け流したりする上条だったが、だんだんと体中に切り傷ができはじめる。
(やっべ。流石に刃相手じゃ俺の愛気道も文字通り刃が立たないな)
無言の死闘の最中に上条はそんなことを考える。体中にできた小さな切り傷がだんだんと閉じ、完全に傷すらつかなくなった。
(残念。もう俺に傷は着かねぇ)
ボッ!! と、空気が潰れるような音が響く。瞬間、アンデルセンの目の前に拳の壁ができあがった。それは一撃で数十発のダメージを彼の体に与え、吹き飛ばす。
が。
簡単に戻ってきた。
「面倒くさいなー。再生者」
奇声と共に飛んできた銃剣を全て弾いた上条は、後ろに下がり始める。
それを追ったアンデルセンが先ほどまで上条がいた場所にたった瞬間。彼の動きが停止した。
「ぬぅ・・・!?」
「オマエのお家に送り返すぜ。バチカンにな。アデュー」
アンデルセンがその場から消えたのを確認すると、上条は座り込む。
「あー。終わったー」
「で、でも。あいつはまた戻ってくるんじゃ」
「私情で敵を襲うことはない。そういう男だ」
「アーカード。引き分けたんだな」
「だが、久しぶりに楽しめた」
愉快そうに笑うアーカードの笑みはどこか美しさすら感じさせる。
「終わりだよ。終わり! 帰ろうぜ、貴音」
「・・・えぇ!!」
「帰ってどうするんだ?
「飯にでもしようぜ。半日何も喰ってなくて腹減った」
「ではよりに腕をかけて・・・」
「腕によりをかけてだな」
「・・・・・・。・・・、・・・・・・よりを」
「諦めろよ」
談笑しながら帰路につく彼らを、天草式や神裂はただただ見送るしかなかった。