幻想殺しと電脳少女の学園都市生活 作:軍曹(K-6)
「それじゃあ行きますか」
「はいな!」
「なんで、レディリーがそっちなのかな?」
「さあね」
「インデックスは腰に回した手を離さないでくださいね」
「わ、分かってるんだよ!」
上条達の学生寮の前に、一台の車と一台のバイクが止まっていた。
上条とレディリーが乗っているのはメルセデス・ベンツSSK。貴音とインデックスが乗っているのはハーレーダビットソン・ソフテイル。
本来学生が住む学生寮の前に車が止まっているのは異様な光景だった。
上条達の乗るベンツSSKに続いて貴音達の乗るハーレーが走り出す。
「レジャー温泉って結局どこのなの?」
「第二十二学区。地下街になるんだけどな」
およそ二キロ四方と、学区としての面積は一番狭いものの、地下数百メートルまで開発が進んでいるという、元々SFっぽい雰囲気を持つ学園都市の中でも際立って近未来な場所だ。
「アミューズメント施設と合体してるんだ。だけど、風呂入りに行くだけだから遊びには行かねーぞ」
「ちぇっ」
「ちぇっじゃねーよ。しかし、夜の学園都市ってやっぱり空いてるなー」
「ステアの挙動もエンジンの響きも心地良いですし、路面のコンディションも丁寧だから思わずスピードが出ちゃいますよね」
「・・・後ろをついてこないんだな」
「テへ」
いつの間にかベンツSSKと並走していた貴音が話しかけてくる。
上条の寮は第七学区の端だ。隣の第二十二学区までは歩いて行ける距離である。上条達が乗り物を使うのは、単に湯冷めしないようにという配慮だろう。
第七学区を抜けて第二十二学区へ入ると、インデックスが何かを言っていた。きっと驚いているのだろう。
それもそのはず、第二十二学区の地上部分は他の学区と大きく異なる。いわゆる一般的な家屋やビルは存在せず、風力発電のプロペラだけが並んでいるのだ。
上条達の乗るベンツが急加速し、四角く切り抜かれた地下ゲートをくぐると同時、横滑りを開始した。
「え、えぇ!?」
第二十二学区の地下は巨大な円筒形になっていて、その道路は直径二キロの筒の外周を這うように、ぐるぐると回りながら下っていく。反対の上り車線と合わせると、理髪店の前でクルクルと回っているポールのような配置になるらしい。
いつまでも緩やかなカーブを描くトンネルをおぞましいスピードでドリフトしながらベンツSSKは進んでいく。
「あっはっはっはっ! いつ見てもご主人は馬鹿じゃないのって言いたくなるぐらいの超絶ドリフトですねぇ!!」
「確かレジャー温泉は第三階層だったよな。・・・・・・という事はそろそろだな」
「なっ、何が?」
そうこうしている内に、第三階層―――地下九十メートルへの入り口ゲートが見えてきた。上条はアクセルを踏み込むと横滑りさせていた車体を、四角いゲートの中に滑り込ませた。
「うわぁ・・・」
「何度見ても・・・っていうか夜はほとんど初めてか。ここの空は外と変わりねーなー」
「ご主人。あれですよね。レジャー温泉」
「ん、そうだな。街のお風呂ランキング三位」
「そんなに有名な所なら、知り合いと顔合わせたりしそうですねー」
*
貴音達がお風呂に入っていると、御坂美琴が入ってきた。
「あっ、あれ!? 何でアンタこんな所にいるのよ!?」
「お風呂では、静かに!」
「・・・お湯にタオルは入れないのよ」
貴音とレディリーに指摘され、地味にヘコむ美琴。そこでふと、タオルの事を注意してきたのが見覚えのある、有名人だと気づいた。
「え? レディリー=タングルロード? な、なんでアンタがコイツらと一緒に・・・・・・」
「分け入った事情でね。あなたの言うあの馬鹿と同棲中なのよ」
「は、はぁ?」
「私と、でしょう? 何を勝手に話をねつ造してるんですか。それと鳴神。漏電するな。ここを電気風呂にする気か」
その後、少しして美琴が考え込みすぎてのぼせていたりした。
「?」
一足先にお風呂から上がっていた上条は自販機の前で、コーヒー牛乳とMAXコーヒーのどちらで攻めるべきか考えていた所で、ふとバタバタという足音を聞いて振り返った。
救護室、と書かれた部屋から出てきた女医さんが女湯に突撃していくのが見えたが、ここで貴音に念話したりすると、透視を疑われるので素直に悩み直す事にした。
そんなこんなで楽しいお風呂タイムは終わった。
上条はレジャーお風呂のビルから出て、MAXコーヒーを片手に正面入り口に突っ立っていた。
「・・・・・・地下街だっつーのをすっかり忘れてた」
しばらく経ってから完全な無風状態である事に気づき、肩を落とす上条。
がっくりしながらも、彼はふと考える。
(そろそろか・・・? いや、もしかしてまだ何も起こらない?)
うーむ、と悩む上条の隣に、何だか湯上がりでいい匂いがする貴音が近づいてきた。
「そんな所にいると湯冷めしますよ♪ ご主人」
「髪、結わえてないんだな」
「ええ。久しぶりに外で下ろしてます」
「家では良く下ろしてるけどな。ところで、インデックスとレディリーは?」
「何か、ビルの中にある『食べ物空間』の試食コーナーを駆け回っていましたけど・・・」
「レディリーは連れ回されてる。と?」
「・・・えへぇ」
「んだよそれww」
「散歩でもしますか?」
「二人で夜のデートだな」
「ん、んなっ///」
「突然のアタックにはまだそんな反応するんだな」
「慣れる訳ないでしょう!!」
プンスカ起こる貴音の頭をポンポンと叩き、上条は謝りながら歩き出した。
しばらくくだらない事を話ながら歩いていると、川の上に鉄橋が架かっている。そんな道に出てきた。
「貴音は気づいてるか?」
「ええ。さっきから数十人。天草式の連中でしょうね。それともう一つ一際大きな影が」
「多分後方のアックア、だな」
「そしてそして・・・」
「「人がいない」」
時間は午後10時を回った程度、いくら学生の街だからといっても夜遊び派なら活発に動いている時間帯だ。
声が聞こえる。
前方から、上条達が来た方とは反対側の鉄橋の端から、武骨な男の声が飛んでくる。
「―――貴様の前には、いくつかの選択肢があったはずである」
上条と貴音はこの異常な事態に対して、いまだ平然としていた。
上条達にとってはこの程度は常識の範疇なのだろう。
「―――私の宣告を受けとめた上で熟考し、自分の命を預けるに足ると判断した選択肢が『これ』だと言うのなら、私は真っ向から立ちふさがるのであるが」
だが、と声は嗤った。
「―――率直に言おう。もう少しまともな選択肢はなかったのかね」
嗤う声に合わせるように、上条の声も嗤っていた。
「いんや十分。俺にゃこれぐらいが十分だよ」
「宣言通り、ですね」
「策を練る必要性は感じられない。私はただ、この世界で起きている騒乱の元凶を排除しにきただけである」
「話し合いはなし。最初っから殺す気か」
上条はため息をついた。『殺せる訳ないのにな』と呟く。
「貴様が人ならざるものであるという報告は受けている。しかし、人のそれである事も」
「人は殺さないって言ういい人主義?」
「だから、
「「・・・・・・は?」」
上条達が首を傾げた瞬間。闇の向こうで何かが光った。と思った瞬間銃剣が飛んできた。
銃剣! 奇声が聞こえてくる! 幻聴ではない。