幻想殺しと電脳少女の学園都市生活   作:軍曹(K-6)

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誰にも聞こえぬ確かな号砲 Compass.

十月九日。

学園都市の独立記念日でもある今日は、その内部に限り祝日となる。

第七学区の病院も、朝からのんびりとした雰囲気に包まれていた。カエル顔の医者は正面玄関から外に出て、柔らかい麻の陽射しを受けていた。医者の傍らには、十歳ぐらいの少女が立っている。

打ち止めラストオーダーと呼ばれる少女だ。

彼女は九月三十日に木原数多率いる『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』に連れ去られ、『学習装置(テスタメント)』という機材を使って脳内に特殊なデータを入力されていた。今まではそのデータの除去を行っていたのだが、その作業が終わったので退院する事になったのだ。

 

「せっかくの退院だというのに、誰も迎えに来ないとはね?」

 

医者は呆れたように言ったが、打ち止めは対して気にしていないようで、

 

「ミサカは一人でもタクシーに乗れるもん、ってミサカはミサカは胸を張って宣言してみる」

「ま、頭の中のウィルスも完璧に駆除できたし、もう心配はないんだけどね。タクシー代は黄泉川さんの貸しにしておくから、ひとまずまっすぐ彼女のマンションへ向かうんだよ?」

 

その時、ちょうど病院前のロータリーにタクシーがやってきた。

カエル顔の医者が手を上げてタクシーを止め、荷物を抱えている打ち止めを後部座席へ乗せる。

それを見守りながら、運転手は言った。

 

「お客さん、どちらまで?」

「第六学区の遊園地! ってミサカはミサ―――」

「第七学区のマンション『ファミリーサイド』の二号棟。忘れずにね?」

 

打ち止めが言いかけた寝言を封じ、結局カエル顔の医者が面倒を見る羽目になった。

運転手は苦笑しながら、

 

「了解しました」

「詳しい住所を教える必要はあるかい?」

「いいえ。この街は学生寮ばかりでマンションは少ないですから。名前が分かればカーナビで検索もできますし」

 

カエル顔の医者が車内から首を引っ込めると、後部ドアが自動で閉まった。窓に両手をつけて外を眺めている打ち止めを乗せて、タクシーは丁寧な挙動で病院の敷地から出ていく。

タクシーが消えると、彼は仕事場である病院へ戻った。清潔な通路を歩いていき、簡単なソファとテーブルだけが置かれた談話スペースに入ると、壁際にあった自動販売機でコーヒーを買う。

自販機は紙コップ使う方式のものだ。四角い金属製ボックスの中に『コーヒー』という液体が入っているのではなく、あらかじめ焙煎された豆をすり潰す所から自動で行われていく。そのため多少時間はかかるが、味と気分転換の効率はそこそこ良い。

ふう、と医者は息を吐いて、

 

(さて、と。次は妹達(シスターズ)の方の調整を終わらせて、一刻も早くここから出してあげないと―――)

 

そう考えたカエル顔の医者の思考が、唐突に途切れた。

 

 

カツリ、と。

談話スペースに向かう病室側の廊下からブーツの音が響いたからだ。

 

 

もちろんそれだけでは誰も手を止めたりなどしない。医者にとってその靴音はとある少年と深い関わりを持つ少女のものだからだ。

その感覚が正しいことを確認したカエル顔の医者は、少女に目を向けて、

 

「調整はもう終わったのかい?」

「えぇ。ルナティークはもう帰って良いと」

 

その少女は、真っ黒な服装に金色の髪がよく目立つ中学生ぐらいの少女だった。

彼女の後ろから白衣を着た少女と瓜二つの女性が小走りで駆けてくる。

 

「ヤミちゃん待ってちょうだい。まだお話は終わってないの!」

「調整は終わったはずです。今は貴女の話を聞いてる場合ではありません」

 

女性の懇願を無視して少女はどこかへ行こうとする。その行き先を察した女性は、少女の前に両手を広げて立ち塞がる。

 

「お仕事はやめてって言ってるじゃない」

「ルナティーク、何度も言っていますが、家族面をするのをやめてくださいと」

 

そんな様子をコーヒーの待ち時間に眺めていたカエル顔の医者は、呆れた調子で彼女達に声をかける。

 

「またやっているのかい? ルナティーク君」

「カエル先生、彼女の足止めをお願いします」

「ヤミちゃんを止めてください先生」

 

カエル顔の医者は、少女を通し女性に話しかける。

 

「いつも言っているだろう。患者に必要な物を用意するのが僕の仕事だ」

「・・・はぁー」

「そんなに嫌かい? 彼女が仕事をするのが」

「一度見捨ててしまった償いがしたいだけなのかもしれません・・・けど」

「君が面倒を見ていた頃とは違って、彼女は自分の意思で今を生きている。子どもの成長は意外と早いものなんだよ」

「そうですね・・・」

 

カエル顔の医者は振り返る。

すでに、そこには誰もいなかった。彼女の固有スキルを使って、すぐ近くの階段へ飛び込んだのか、影すらも見当たらない。

医者はしばらく、誰もいない空間を眺めていた。

ピー、という電子音が聞こえる。カエル顔の医者は、自販機の取り出し口からコーヒーを取り出すと、苦い液体を一口含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条当麻は第七学区の道路を車でもって疾走していた。

『フェアレディS30Z』悪魔のZと呼ばれたその車体は、今現在学園都市の超科学技術(オーバーテクノロジー)を詰め込んだ怪物車(モンスターカー)に変貌していた。

そのZに乗っている上条は隣に乗った貴音に目を向けて、

 

「これから何をするかは分かっているか?」

「徹底的な邪魔、でしょ? 分かってるわよ」

「なら、いいんだけどよ」

 

上条はそう言いながら目的地に向かって車を走らせる。

彼等の目的地は、第七学区コンサートホール前広場。とあるルートより入手した情報にあった、統括理事会の一人親船最中の暗殺を阻止するための行動だ。

誰に頼まれたわけでもないが、統括理事会の人間は半分親戚のようなもの。上条達にとっても死んでもらっては困るのだろう。

 

「で? もしかして講演の方を中止させればいいの? 私もご主人(リーダー)も講演を中止させる事ができるような交渉術なんて持ってないわよ?」

「知ってるさ。それに中止させる事はできない。なんと言っても、もう講演は始まってるんだよ。残念な事に、俺達ができるのは奴さんの邪魔くらいさ」

「はぁ!? 本気!? っていうか間に合うの?」

「車で行っても間に合わねーかもな。でもよ、銃弾なら分からねーぜ?」

 

上条はそういうと、車を横滑りさせ車体を停止させる。ちょうど助手席がコンサートホールの方を向くように。

貴音はその行為の最中に意思を読み取り、狙撃銃を取り出した。

 

「ほんと、無茶な注文ね。ここから狙撃手じゃなく、そいつが撃った銃弾を狙えなんて! 私じゃなきゃ断ってるわよ」

 

貴音は言いながらヘカートと自分の両足を助手席の窓から投げ出し、車内で体勢を整えるとそのまま射撃準備に入った。

 

「距離は?」

「5249フィート」

「風は?」

「狙撃に影響なし」

「ありがと」

 

簡単に現在の状況を確認した貴音は、現在の環境が自身の狙撃に全く支障をきたさないことを認識した。

時間にしてほんの数秒。極度の集中下では数分にも感じられるそんな時間が経過したその時、彼女は何の気なしに引き金を引いた。

撃ち出された銃弾は、風を切りながら飛んでいく。

そして、親船を狙って相手の狙撃手が撃った銃弾に空中で直撃。その衝撃で二つの銃弾はそれぞれ別の方向へ弾かれた。

 

「ふぅ」

「おつかれさん。何か見えるか?」

「・・・ご主人(リーダー)。どうして向こうが使う狙撃銃が磁力狙撃砲だと教えなかったのよ!?」

「言わなくても当てられるだろ?」

「あせったけどね。タイミングは間違ってないはずなのに向こうの銃声がしないものだから」

「大丈夫。お前なら、何があっても当てられる」

 

上条は何の根拠もなしにそういった。上条と貴音がお互いに見せる無条件の信頼。それがこの場面でも顔を見せていた。

 

「ヘカートの音に気づいた警備員(アンチスキル)がこっちを見つける前に退散するわよ!」

「分かってるからそんなに急かすな」

 

彼らを乗せたZは華麗な方向転換を見せて、そのまま現場を去っていく。

 

ご主人(リーダー)。あのスナイパーは何者なの?」

「あ? どうしたよ」

「少し気になったのよ」

 

上条はオーディオの位置についているパネルを操作し、助手席側のフロントガラスに情報を表示させる。

 

「スナイパーの名前は砂皿緻密。偽名かどうかは確認できなかった。経歴や実力についても、聞いてはみたが信用はできない。ただ、狙撃手(ソイツ)紹介料が七十万だ。結構な『目玉商品』で、あった事は確かだぜ」

「MSR-001まで持ち出してたものね・・・。狙撃には最適な銃よ」

「撃ち出された後の銃弾をあの距離から狙撃(ヘカート)で撃ち落とされるとは、奴さんも思ってなかっただろうな」

 

上条のその言葉に貴音の動きが止まる。どうやら彼といた影響で感覚が狂ってしまっているようだった。自分がやった事が異常だと認識できていないようだった。

 

「反動を極限までゼロにし、尚且つ反動すらも計算に入れる。故に『ブレ』を全く起こさない狙撃ができるから、超精密で繊細な照準装置を取り付ける事もできるが、お前の目には全くカンケーないもんな!」

 

ケラケラと上条は笑う。だが貴音の方は内心穏やかではないようだった。だが、考えないようにするために、話題を変える事にしたようだ。

 

「そう言えば。親船最中はなぜ狙われたんですか?」

 

その問いかけに上条は無言でパネルを操作し、別の情報を表示させた。

 

「それが親船最中が標的になった大きな理由だ。学園都市の学生共に選挙権を与えてやろうって訴えてるんだと。この街の三分の二は未成年。オトナが上から決める政策には無言で従わなくちゃあいけない。明日から消費税を30%に増税しますと言われても、口を閉ざしていなきゃあいけないわけだ。だからソイツを与えてやろうとしているらしい。な? 分かりやすい『目の上のたんこぶ』だろう?」

 

上条の口調は喋る内容に比べて軽い。

 

「仮にだ。この訴えが通り、子供達の選挙権が認められたら、『戦争』だって止められるかもしれないな」

ご主人(リーダー)にしては馬鹿なこと言うわね。そんなに簡単に済む事じゃないわよ。平和的だけど現実的じゃない。暴力って言葉をまるで理解していない。いつもの“上から目線性悪説”はどこへ消えたのよ?」

「人権や男女の壁も、最初はそうだったろ。そう言った問題が解決したのは、別に特別の有力者が一人で全部片付けたって訳じゃあない。多くの人間を導いたって功績は大きいが、何より『自分には力がない』と勝手に思い込んでる馬鹿の意識が変わって、大勢が動いたからこそ、歴史はきちんと変わったのさ」

 

上条の言葉に、貴音は先ほどスコープ越しに見た広場の様子を思い出す。

休日にも拘わらず、多くの子供達が集まっていたように思う。

 

「それにだ。人間、子供も大人も関係なく上っ面だけでも良く見せようとする傾向がある。訴えが通ったところで、表面にペンキ塗っただけの『ボク良い子ちゃん』が大量に出てくるだけさ。悪い方には傾かんよ」

「ちょっと安心したわ」

 

胸をなで下ろすようにそう言った貴音に、上条は怪訝な顔をする。

 

「は? 何に」

「アンタがしっかり当麻のままで。上から目線で人の悪性を語ってるのを見ると、そう思っちゃってね」

「んだよお前、可愛いな」

「ふえっ!?」

 

上条としては素直な感想だったのだろうが、車内という密室空間で唐突に言われたその一言は貴音にとってかなりの不意打ちかつ大ダメージだったのだろう。耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

だが、一番聞きたい事を聞けていなかったのを思い出した貴音は、口を開く。

 

「さっき、スナイパーは雇われだ。みたいなこと言ってたよね」

「・・・ん? ああ。それがどうかしたか?」

「誰が雇ってたの? あのスナイパー」

「―――『スクール』」

「何?」

「俺達の『ドラゴン』と同じ・・・・・・学園都市の裏に潜んでる組織だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・『スクール』ねぇ」

「どうした?」

「・・・あのさ。えっと、なんでこの時期に『スクール』なんて暗部組織が動き出したのかな? って思ったら気になっちゃって」

 

あー、と上条は一度だけ息を吐くと、

 

「いずれにしろ、そう待たないうちに()()()()も動き出すだろうよ。実際『グループ』も『ブロック』も動いてる」

 

彼等は学園都市統括理事長、アレイスターの直轄部隊。

善悪関係なく、あの『人間』の手足として動く。それだけを期待された小組織だ。

 

「元々『ドラゴン(ここ)』以外の暗部組織は複雑な行動理由を持ってる。ウチみたいに自由気ままなモノじゃあないだろうさ。だからこそ様々な力によって上から押さえつけられ、制御されていた。ところがどうしたこの間の『〇九三〇』事件を契機に発生した暴動のために、駆動鎧(パワードスーツ)の大半がアビニョンの後始末にいっちまった。あの部隊は『電話』の人間にとって使い勝手の良い手足。そいつが自由に使えなくなったんだから、今が好機! って訳さ」

「なるほど。ようするに今の暗部組織は“ヨーロッパの火薬庫”の風刺画で押さえつけてる人間がいなくなっちゃった状態なワケね」

 

そうなると、後は自由に四方八方へ飛び散って爆発するのみである。

 

「一度暴れ出したヤツらを押さえつけて、抑制する事は今からじゃあ不可能に近い。だったら被害を最小限に留めよう、っていう方向に『学園都市』は切り替えた。だから俺達に『手段は任せる。だが結果は出せ』っていう無茶苦茶な指令が下ったわけだ」

 

上条はそう言いながらも楽しそうに笑っていた。


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