紅魔館に入れば、成る程、紅魔館と云う名だけあって床や壁、果ては天井、装飾品色々なところに紅が散りばめられている。ここまで紅いと気味が悪くなるが、泊まる身で贅沢は言えまい。半ば強制的にだが。
「此処が食堂です。」
金縁の飾りがついた大きな木の扉の前に立ち、手のひらで視線を促す。扉が閉まっていて、中の様子は確認出来ないが、かなり大きい食堂であることは間違い無いだろう。
「ところで、貴方は人間ですか?」
「は?」
彼女はなんといったんだろうか……。ニンゲンデスカ?what?
唐突にそんなことを言うものだから軽く思考放棄してしまった。
「いや、当たり前でしょう。人間以外の何に見えるんですか。」
ごく当然のことを言ったつもりだが、彼女の目はやはり懐疑の色を消さなかった。
「いえ、なんと言いますか・・・。目に生気が宿っていないので、人外かと思いまして。」
「はは・・・。」
どこに行っても目の話か・・・。俺の目が人外ってどういうことだってばよ。
「しかし、人で良かったです。」
「はぁ、まるで人外が存在しているかのような言い方ですね」
「人外がいますからね。」
「へー。・・・はぁ!? 」
「先程申し上げたでしょう。ここは隔絶された世界だと。因みに美鈴も人外ですよ。」
「いや、あの人明らかに人間でしょう。腕も脚も普通でしたよ。」
「そうですね、美鈴は人と大差ない容姿をしてますからね。解り辛いでしょう。て言うか脚フェチですか」
「いや、だから人でしょ?あと脚フェチじゃないです」
「信じてもらえないのなら……ふむ、そうですね。少し私の能力をお見せしましょう」
そう言うと、最初に見た時と同じ様にパッと消えてしまった。リアクションできずにいると 後ろですよ と涼やかな声が掛かる。後ろを向けば、真顔でこちらを見据えてる彼女がいた。
絶句とはこのことを言うのだろう。疑問を口にしようとしても言葉が出てこない。
あまりの事に目を丸くしてると、彼女の種明かしが始まった。
「時間を止め、その間に動きました。」
そんな馬鹿な、と一笑したいところだが、先のことを見るに強ち嘘ではない気がする。となると、さっきの結界、人外の話も真実味が出てきた。
「じゃあ、ここは本当に異世界なんでしょうか?」
一番最初に切り捨てた4番が答えということか。
「厳密には違いますが、そういう解釈でいいです。ここは幻想郷。外界を追われた妖怪、妖精、鬼、天狗、神まで受け容れる世界です。勿論、人間もいますよ。人里というところで固まって暮らしています。私も人間ですが、レミリア・スカーレットお嬢様に仕え、この紅魔館にいます。」
「成る程、因みにその妖怪とかは人を襲うのですか?」
「人喰い妖怪は多いですね。そこらの森に行けば会えますよ」
マジか。あっぶねー、あのまま行ってたら早々に喰われるところだった。紅魔館に入って良かったー。ホントもうマジ感謝感激。
「有難う御座います。」
だから一言礼を言う。
なんのことか。と、首をかしげる十六夜さんだが、合点がいったのか、 いえ、お気になさらず と首を振った
「こちらとしてもありがたかったので」
「え?」
「お部屋を案内します」
そう言って歩みを進めていく。最後にありがたいと聞こえたが、気のせいだろうか?疑問は残るが彼女の半歩後を追った。
♢♢♢
「話は変わりますが、さっきの『時間を止める』と言うのは何ですか?特殊能力ですかね。」
廊下を歩くが音はしない。薄くマットが敷かれてあるからだ。だから声がよく通る。
「ああ、私達のそれは『程度の能力』と言いまして、私のは時を止める程度の能力ですね。」
「なんともまぁ無茶苦茶な・・・。」
その後はもう話は続かなかった。互いに無言。
いやしょうがないでしょ。元々コミュ障が少し入ってんだから。俺から話題出しただけでも大殊勲だと思うよ?
不意に彼女が一つの扉の前で立ち止まり、振り向く。
「此処が貴方の部屋になります。お手洗いは廊下の突き当たりを左に曲がったところにある、使用人用のをお使い下さい。お食事は6時半を予定していますので、それまでゆっくり部屋でお寛ぎください。食事の場につきましては、先程の食堂にお越しください。貴方の紹介もその場を持って致します。」
何、こんだけ喋って一回も噛まないだと……。
それでは と言うと一礼をし、部屋から出て行った。
スマホも圏外、やる事もないので寝転がる。今更になって外の世界を思い出す。今は夏休みだが、たった2ヶ月しか無い。2ヶ月間あると思うな2ヶ月間。その二ヶ月間に帰れる保証はないし、さらに言えばそもそも帰れるという保証すらない。さっきの十六夜さんの口からは、外界に帰る方法という言葉が一回も出てこなかった。もし、帰る方法があるなら見知らぬ人間なぞ泊める前にさっさと帰してしまうだろう。それをしないのは、彼女たちにはどう仕様もないという事。
俺帰れなかったらどうしよ。小町元気かな、俺がいなくて寂しくなるだろうけど泣くなよ小町!・・・おかしいな鼻で笑う声が聞こえた気が。
しかし、思い返せば不思議だ。随分と簡単に泊めてもらった上に、この屋敷の主に会っていない。前者は屋敷が広く、部屋に空きがあるからということで理由付けができるが、後者はなぜだ?来訪者が来たからには、屋敷の持ち主が顔を見せないのは不自然ではないだろうか。
そもそも俺はあったこともない人の親切心など信じることはできない性なのだ。結果的には助かってるが裏があるかもしれないと思ってしまう。まさか、泊める代わりにここで一生働け、何てことは無いだろうな……。
思考の渦に巻き込まれ暫く考える。次から次へと湧いてくる疑問に頭を悩ませていると、尿意が迫ってきた。ここで思考を中断し、少し前に教えられた便所に行く。しかし、便所というのは男と女で言い方に随分差があるように思える。男は便所。女はお手洗い、又は化粧室。女性は便所に行くのにも『ちょっと花を摘みに』という隠語を使うらしい。これは男も隠語を考えるべきではないだろうか。『ちょっと鹿を撃ちに』何て良いと思う。やべぇちょっとカッコいい。次から使おうかな・・・。
おっと、突き当たりか。えーっと左だったかな?
そう思い左に行けば、あったあったありました。まぁ、便所にかかる時間なんて20秒もない。とっとと済ませるか。どこぞの太郎君よろしくとっとことっとこ便所に入り、用をたす。
便所から出て、部屋へ戻ろうとする途中、階段を見つけた。
ふむ。ゆっくり部屋でお寛ぎください、つまり遠回しに用がなければ部屋から出るな と、言われた訳だが、別に勝手に歩くなとハッキリ明言された訳でも無し。言葉の意図に気づきませんでしたー、ってことでいいだろ。ちょっと探索でもしますかね。そう思い階段を降りる。
見知らぬ場所を歩くと感情が徐々に昂ぶってきて、さながら奇妙な冒険気分である。俺のスタンドはステルスヒッキー・・・。
そんなこんなで階段を降り続けていると、窓が全くない場所に行き着いた。元々どこも窓は少なかったが、此処は全くない。と、なると此処は地下という事になる。
こんなにでかいのに更に地下まである屋敷とか、ホントスゲェな。
少し薄暗く、涼しい空気がこの、日のない廊下を支配していた。
しばらく歩くと一つ、重厚なドでかい扉を発見した。
人の部屋を勝手に見るなんて気がひけるが、そこそこ好奇心もある。まぁ、少し見てすぐに出れば問題ないだろう。俺が部屋から出たのが5時20分くらい。だから今は30分といったところか。6時半に食堂に入ればいいのだから、楽勝だ。さてさて、地下室はどんな感じかなーっと。
板の取っ手を持ち、開く。一歩、中に入る。中は多少の明かりが灯っていて、ベッドや人形の影がくっきりと映っている。
二歩、三歩と部屋の中へと進み、思わず止まった。何も靴紐がほどけたとか、何かを踏んだという訳ではない。俺の視線の先にはただ少女がベッドに腰掛けていただけ。そう、ただの少女ならどんなにいいか。金髪をサイドテールに纏め、ナイトキャップを被っている。そして最も目を引くもの、背中から棒の様なものが2本生え、それらの下に宝石のような物を垂らしている。普通は飾りか何かだと思うだろう。現に東京の某電気街に行けばコスプレをした人が大勢でレッツパーリーやらニャンニャンやら言ってる。
だが、彼女は違う。絶対に。棒の様なものーー恐らく羽であろう両翼は彼女の背でゆっくりと動いていた。そのことが既に人外というのを物語っている。俺の頭には「人喰い」の言葉が閃光の様にパッ通った。ーー出よう。そう思い、つま先を180度回転させる。だが
「誰?」
そのたった一言で足は止まり、思考も停止した。
「誰かそこにいるの?」
再度問われて、仕方なく言葉を返す。
「・・・比企谷八幡。」
「・・・誰?」
「いや俺」
「ふーん。どこから来たの?」
「外の世界、だな」
「なんで
「突然この世界に来ちまってな。困ってたらここに案内された」
「今日入ったんだ」
「そうだな、今日入ってきた」
このぶつ切れの問答から少なくとも彼女は直ぐに俺を襲うなんて事は無さそうだ。そこまで分かると幾分か恐怖が和らいだ。しかしこんな少女にビビっていたとか情けねぇな。戸塚には絶対言えん。
「ねぇ」
「あん?」
不意に話しかけられ、多少口が悪くなった。だが、そんな事は気にしてないように少女は続ける。
「弾幕ごっこしようよ」
何その デュエルしろよ みたいな台詞。俺は今から命をかけてデュエルでもするのか?
しかし耳慣れない言葉だ。『弾幕ごっこ』。
「弾幕ごっこって、何?」
仕事で疑問に思ったことは人に聞く!あわよくば人に仕事をなすり付ける!これ常識。
「あ、そーか。今日幻想入りしたんだっけ?じゃあ知らないか。はぁ、つまんないなぁ。折角人が来たと思ったのに。」
「あー、その力になれなくて悪いな」
目に見えて落胆の色を示す彼女を見ると何とも心が痛い。だが中途半端にご機嫌取りの様な事をして更に彼女を傷つけるのは忍びない。
ここはまぁ、離れるのが正解だろう。
「じゃ、俺行くから」
「どこへ?」
「自分の部屋だよ。6時半から飯だと言われているからな。」
「食堂……、ああそういうこと」
後ろから何やら聞こえるが無視し、踵を返して扉へ向かう。
しかし、突如ボスン、という音がする。音のした方を見ると、多くの綿が転がっていた。近くに有る布を見るに、ぬいぐるみだろう。布がはち切れたのだろうか?
ぬいぐるみが壊れたの俺の所為にされるのやだなー。こういう小さい子は何事かあると近くの人の所為にしたりするからなぁ。と思いつつ、不機嫌な顔をしているであろうさっきの少女を流し目で見ると何故か口角を吊り上げ笑っていた。身体の芯がスーッと冷え、背中に鳥肌が立つ。ゾッと、底冷えのするような笑みを湛えた少女はクスッと一つ笑う。
「かわいそうね。あなた」
「……何が」
努めて冷静にそう返す。
「この幻想郷では妖怪は人里の人を襲っちゃダメなの。襲えるのはあなたの様な外来人か既に死んだ人間くらい」
流れる金髪を弄りながら話す彼女はどこか狂気じみてた。
「お姉様は死体なんか食べたりしない。もうわかったよね?私は吸血鬼、フランドール・スカーレット。私のお姉様、レミリア・スカーレットの妹よ。勿論、お姉様も吸血鬼。」
「なっ!」
驚きのあまり、一瞬言葉を忘れかけたが、同時に納得もした。それぞれの行動には意味があったのだ。主に合わせない理由。これは吸血鬼だとバラさず、警戒心を持たせないためだろう。紅魔館に引き込んだ理由。これは言わずもがな、今夜の晩御飯を逃さないため。そして、何よりも紅美鈴の最後に見た表情。全てに合点がいった。
注文の多い料理店かよ。
フランドールはなおも続ける
「だからね、食べられるのは可哀想だからね、私が壊シてあげル。」
いうが早いか、彼女から光弾がいくらか射出される。
「う、うおおぉぉ!?」
間一髪床にダイブし避けた。その後、床や壁に着弾した光弾は強烈な爆発音を伴って爆発した。床には傷一つ付いていないのが疑問だが、今はそれどころではない。
フランドールから逃げる。これが先決だ。しかしまともに逃げることは叶いそうにない。背を向けたならきっと次の瞬間には倒れてる。なら、俺に切れる手札はーーー
「待て、フランドール!勝負をしよう」
ーーー話術だけ。
動きが止まり、怪訝そうな顔をするフランドール。
「何するの?弾幕ごっこはできないんでしょ?」
酷く焦る頭を落ち着かせ言葉を選び最善を取る。
「いや、出来る。弾幕ごっこをしよう。」
勿論嘘だ。先ずは会話の糸口を探す。あわよくばごっこ遊びに持ち込む。弾幕ごっこと言うのだから遊びだろう。
「で、ルールはどうするんだ?」
さりげなく、弾幕ごっこのルールを聞く。ここでうまくいけば恐らく俺は助かる。
だが、予想外の言葉が返ってきた。
「いや、もういいや。弾幕ごっこじゃなくて、ただ貴方を壊シたくナッちゃっタ。」
やばい。そう思うが時すでに遅し。光弾がもう眼前に迫っていた。とっさに手を前に突き出し、身を守ろうとするが、少し外れて左腕に当たった光弾は俺の腕で爆発した。
「ッッ!痛ってええぇぇぇ!!」
柄にもなく大声を上げ、腕を抑える。
痛い。痛い。痛ぇ。
血が多く出ていないのは恐らく皮膚が焼けているからだろう。腕の皮は剥け、うっすらと広範囲に血が滲んでる。タンパク質の焼ける不快な臭いが鼻につき、あまりの痛みと臭いに目が潤んでくる。
「簡単に壊れないでね」
そう言うと、次弾を発射する構えを取る。
「ま、待ってくれ!」
痛みに逆らい、なんとか絞り出した声がこの台詞とは小物臭が半端じゃない。
だが今はどうでもいい。黒歴史になろうがいい。俺個人の歴史が無くなるのは一番ダメだ。
小町のためにも死ぬのはマズイ。
「何」
一言そう返すフランドール。
「せめて勝敗をつけてくれないか?俺が死んだらお前の勝ち。ただ俺が1分間逃げ切ったら俺の勝ちで、もうお前は俺に攻撃を加えない。どうだ?」
ズキンズキンと響く痛みに耐え、一息で言った。
「1分はダメ、10分」
「もう少し下げてくれ 、せめて2分」
「5分は?」
「3分で頼む」
「分かった、じゃあ3分ね」
それじゃあ行くよ〜。とスタートを宣言するフランドール。だがまだだ。まだ俺の言いたいことは終わっていない。
「ちょっと待て!」
スタートの宣言を中断させられたからか、あからさまに不機嫌そうな顔をするフランドール。
「今度は何?」
苛立ちの混じった声を投げ掛けられる。
……怒るなよ?
ここで怒らせれば一巻の終わりだ。
「勝負はお互い本気でやらないとダメだよな?」
「そうだね。勝負だからね。」
そう返すフランドールには酷薄な笑みが張り付いていた。
「私に全力を出せってこと?」
そう聞き、クスクス笑うフランドール。しかし俺の答えは違う。
「いいや、違う。」
じゃあどういうことだと、顔をしかめる。
一呼吸置いて、口にする。
「・・・鹿を撃ちに行ってくる」
「はぁ?」
フランドールの口の端がヒクッと動いた。意味わからないという顔をしていた。当たり前だろう。俺だってそんなこと言われたら意味わからん。
でもわかってもらわなきゃ困る。
「つまり便所に行くと言ってる」
ふざけてると思うかもしれないが至って大真面目だ。ここから起死回生を狙う。
「ほら、トイレ我慢しながら勝負しても全力を出せないだろ?全力で戦いたいなら行くべきだ。それしかない」
どうだ?結構畳み掛けたが。
「・・・この部屋の隅にあるから使えば?」
くっ!やはりと言うべきか便所はこの部屋にあった。あわよくばこの部屋から出られると思ったが、まぁこうして余裕ができたことだけでも良しとしよう。
因みにトイレに行きたいというのは嘘だ。老人なわけでも無し、そんなちょくちょく尿意はこない。
ドアを開けて中に入り、ドアを閉め、鍵をかける。
ふぃ〜。こ、怖かったぁ〜。
火傷した左腕を水で冷やす。流水が患部を刺激し水が染みる。
しかし本当に痛いし、怖かった。ここで助けが来るの待とうかな・・・。なんてことを考えていると、ふいにフランドールの まだ出ないの? という声が聞こえてきた。だからそれに ああ、まだだ。 とだけ答えとく。
しかし、このまま引きこもっても何も進展しないな。どうするか・・・。まぁどうするも何も、出来ることは会話ぐらい。場合によっては言葉こそが自身を守る盾にもなる。
「あー、えーっとフランドール。お前は何で地下にいるだ?」
「そんなの今関係あるの?」
「いや、時間は有意義に使うものだろ?だから話しておきたいと思ってな。」
少々回りくどいが、相手に話させないことには何も始まらない。なけなしのコミュ力を集めて言葉を紡ぐ。
「まぁ、いいよ。話してあげる。」
するとドアからゴスッという音がする。・・・ドアに寄りかかったのか。
「私はお姉様にこの地下室に495年間ずっと閉じ込められてるの。」
ドアを挟んだ会話。ドア越しにくぐもった声と会話をする。
「何でだ?」
「私の能力の所為」
「『程度の能力』ってやつか」
脳裏に銀髪メイドが横切る。
「そう、私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。だからお姉様はその能力を恐れて閉じ込めた。私が周りを、皆を傷つけるから。」
「能力使わなきゃいーんじゃねーの?」
「さっきの私見たでしょ?あんな風に時々狂っちゃって、周りのものを皆壊したくなっちゃうの。」
・・・破壊衝動の一種か。ん?『さっきの私』?
「お前、今はもう狂ってないんじゃない?」
「・・・あ、ホントだ。もう大丈夫だ」
ふぅ、と一旦安心するが、まだ出ていいのかどうか思い悩む。結局話を続けることにした。
ドアは依然閉じたまま。
「あー、それとさっきお前は『姉に自分が周りを傷つけるから閉じ込められた』って言ったよな?」
トイレのドア越しに頷くような衣擦れの音がする。
「多分そりゃ逆だ。」
「逆って?」
「お前が周りを傷つけた時、周りの連中に恨まれて、お前が傷つくのを恐れたんだ。」
「なんでそんなことわかるの?お姉様に会ったの?」
「いや、会ってない。だけどな俺にも妹がいる。それこそ目に入れても痛くないくらいのな。」
「シスコンなんだ。」
「ほっとけ。だから兄弟の上の立場から言わせてもらえば、俺は妹には先ず悲しい思いをさせたくない。だからお前の姉もきっと同じだ。」
しばらく無言の状態が続くが、そのうちフランドールが再び口を開いた。
「でも、私はいつ狂気に犯されるか分からないから、地下にいた方がいいよ・・・。お姉様の気持ちが分かってもきっといつか私は台無しにする。」
「あー、何かこう、自責の念に駆られているところ悪いんだが、狂気についてはだいたい見当がついてる。」
「・・・え?」
「問題はお前がこの地下室から出たいかどうかだな。で、どうなんだ?」
「…たい」
「や、悪い。聞こえねぇ。もっかい言ってくれ。」
「出たいっ!私は外に出たい‼︎」
「・・・分かった」
彼女の心の内は聞いた。
彼女に、彼女自身にその意思があるんだったら。俺は手助けをしなければいけないだろう。俺は奉仕部だから。
扉を開く。俺から、フランドールに向かう。
………おかしいな。開かないぞ?
「あーそっか。フランドール、ちょっとドアから離れてくれないか?」
そう言うとたったっ、とドアから離れる音がする。再びドアを開けようとする。だが開かない。 何故だ・・・。
「どうしたの?」
「いや、ドアが開かなくて、・・・あっ。鍵掛かってた。」
♢ ♢ ♢
トイレに入っていたからか、異様にすっきりした気分だ。
未だ火傷した腕が痛むが、冷やしたお陰で当初よりは幾分かましだ。
「あ、その・・・腕、」
気付いたのか、フランドールがもうしわけなさそうに目を伏せる。
「まぁ、気にすんな。もう痛くねーし」
怪我をさせられた相手に気を使うなんて、おかしな話だが、彼女に関しては仕方のないことと言えよう。
「さて、どうやってこの部屋から出るかな。」
さっき、普通に出ようとしたらドアにかけた手が弾かれた。フランドール曰く、内側から開けられない結界があるらしい。能力を使えば、強行突破出来ないこともないようだが、後がうるさいらしい。
「まぁ、任せて」
そう言うとフランドールは巨大な光弾を作りだし、壁に向かって放った。
雷の様な轟音と、暴力的な爆風が部屋を支配した。だが、壁は以前傷一つ付いていない。
なんの意味があったんだ・・・。と思ったら直ぐに答えが現れた。十六夜咲夜である。
「い、妹様!如何されましたっ!?」
慌ただしく部屋に入って来た彼女は、フランドールの姿を確認し、目立った傷はないと一安心。そして次の瞬間目を見開いた。まぁ十中八九俺が目に入ったからだろう。
そして俺に目を向ける。
「予定の時刻を20分過ぎても食堂に現れないから何をしているのかと思えば、ここに居たのですか。それにしても妹様。よくこの方を壊しませんでしたね。」
十六夜さんが驚き混じりの声音で言う。
「この人とはたくさんお話ししたからね。」
「そうですか。」
そう言って意外そうな顔をする。
「まぁ、妹様に何もないので良かったです。では、比企谷様、食堂へお連れします。」
そう言って扉から出て行く十六夜さん、その後に続く俺、そしてフランドール。
「妹様!?な、何故部屋からっ!?」
再び驚き、少し慌てる。その慌てん坊のメイド長にフランドールが一言。
「咲夜、お姉様のところに。」
「え、しかし……」
そう言い淀むが彼女に見つめられ、頭を垂れる。
「しょ、承知しました」
疑問符を浮かべながらも案内をするメイド長。
やがて食堂に着き、 お嬢様はこちらです。 とだけ言って、扉を開く。
食堂の内側に足を踏み入れると、得も言えぬ香りが漂ってきた。腹が減っていたのか、空腹感が俺を襲う。
次に長テーブルを見る白のテーブルクロスが掛けられ、2人が食事を摂っている。最奥の上座に座り、目を丸くしている少女がこの屋敷の主だろうか。とてもそんな風には思えないが、楚々とした所作にはどこか気品がある。
その少女ーーレミリア・スカーレットは入って来た俺たち、というよりもフランドールに驚いた様な声をかけた。
「部屋から出てどうしたの?フラン。何かあった?」
そして次に俺に目を向けると、 貴方がヒキタニさんね? と言い、微笑んだ。
「お嬢様、比企谷です。ヒキガヤさんです。」
そっと十六夜さんが耳打ちする。コホンと咳払いを一つする。
「比企谷さん。ようこそ紅魔館へ。」
だが事情を知ってしまった俺としては、「はぁ」と曖昧な返事しかできなかった。
「お食事されては如何?」とレミリアが言えば、十六夜さんが俺の椅子を引く。まぁこの状況で座らないのも不自然なので、一応座る。
フランドールはどうするのだろうと思い、周囲を伺えば、あのお嬢様の近くにいる。
「お姉様、後で話があるから。」
それだけ言い、今度は
「咲夜」とメイド長を呼んだ。すると瞬時に十六夜咲夜が現れる。
「なんでしょう妹様」
「彼の食事に入ってる睡眠薬全部抜いて。」
「ま、待ってください妹様!それは、その何故・・・?」
何故解ったのか、解ったとしても何故それをいうのか。色々な意味を含む問いかけだった。
そして十六夜咲夜の動揺の仕方、お嬢様の固まり様を見るに食事に睡眠薬が入っていたのは明白である。
しかしまぁ、予想していたこととはいえ、本当に入っていたと知らされるのは中々恐ろしいものがある。
いやー、手つけなくて良かった。こえーこえー。
「お、お嬢様・・・。」
どうすれば、と主に尋ねるような視線を向けるメイド長。当のお嬢様は、はぁ と溜息を吐くと、新しい食事を出して と言った。
「で、ですが・・・。」
本当にそれで良いのかと確かめるような声音で、レミリアを見る。それに対し、レミリアはコクリ、と一つ頷く。
「・・・承知しました。」
という言葉と共に目の前から料理が消え、次の瞬間には、湯気を立てる料理が並んでいた。まぁ、それでも心配だ。俺が手をつけないでいると、それを察したのか十六夜さんが
「御心配なく、それには睡眠薬など入っていません。毒味しましょうか?」
と聞く。
流石に女性が手をつけたものを食うのは気がひけるから、「いえ」と一言断りを入れ、スプーンを取り、コーンスープを口に流し込んだ。液体だから、シャッキリポンという食感は出ないが、それでも、トウモロコシの甘さみと胡椒の辛味が舌の上に広がり、美味いと思わざるを得ない。その勢いのまま主菜、副菜と箸を進めていく。まぁ、箸じゃなくてスプーンとフォークなんだけどな。
全てのものを食い終わってから、少し時間が経ったのを見計らい、フランドールが口を開く。
「お姉様、今日は話したいことがあって来たの。」
言われたレミリアは訝しげに視線を向ける。
「分かった、聞くわ。さっきの理由も一緒にね。」
さっきの、とは睡眠薬の件だろう。
「私、少し前にそこの人と会ったの。彼が私の部屋に入って来てね。最初は狂って彼を破壊しようとしたわ。」
「ああ、その腕はそれの所為ね。」
そんな言葉と共に俺の左腕に目を向ける。
「そう、彼を傷つけたけど、彼は私を恐れずに私に話しかけたの。」
・・・まぁ、滅茶苦茶怖かったし、ビビりましたけどね。
「だから私は私の事を話した。地下室に居たことも、狂気のことも。私は最初、お姉様は私の事嫌いなのかと思ってた。だけど彼はそれを違うと言ったの。お姉様は私の事を思って、私を閉じ込めたって。」
「信じたの?誰かも分からないようなそんな目の腐った男を」
・・・目が腐ったは余計じゃないですかねぇ。ええ。
話は続く。
「信じた訳じゃ無いわ。ただ、信じたいと思った。それに彼は私を外に出せると言っもの。」
レミリアは目を見開いたと思ったら、きっ、と俺を睨んだ。
「どういうこと・・・?他人の貴方が無責任なこと言わないでもらえるかしら。」
ここで俺に振ってくるのか。なら返そう、俺の答えを。にしてもプレッシャー凄いな。
「ええ。もちろん出せます。それに別に無責任な事を言ったつもりはありません。彼女が、フランドールが出たいと言ったから、俺はその為の手助けをしようと思っただけです。」
「必ず出せる訳でもないのに、フランの心に希望を作らないでもらえるかしら。」
「何故?」
「それが裏切られた時、一番傷つくのはあの子だからよ。」
未だ鋭い視線を向けたまま、続けて口を開く。
「それに、狂気のこと聞いたんでしょ?外に出せばあの子は絶対に傷つく。」
「だが、今は閉じ込められて、彼女は不満を持っている。本末転倒だと思わないか?」
「・・・それがあの子のためなのよ。」
「そんな言葉で逃げてたんじゃ、妹の心は開かないぞ。」
「・・・あんた一体、何なのよ。勝手なこと言って、」
「別に。ただの奉仕部の部員だ。それにな、狂気を抑える方法はある。」
「嘘よ。パチュリーも知らないんだもの。あなたが知ってるわけがない。」
その言葉を聞き、さらに続ける。
「当たり前だ。パチュリーが誰だか知らないが、お前達は順序を間違えている。狂気を抑えてから、外に出そうとしたのがそもそも間違いだ。」
何時の間にか、紫色の寝間着を着た女性もこちらを見ていた。
・・・誰だあれ。
「どういう事?」
その言葉で視線をレミリアに戻す。
「お前達はフランドールがそういう能力を持っていると知った時から地下でないにしても、外に出さないようにしただろ?」
「・・・そうね。」
「狂気が始まったのは、恐らくその後だ。俺の居た世界だとな、フランドールの狂気は『破壊衝動』って呼ばれている。精神のストレスが主な原因でな、治療法としては身内と話す、とか体を動かすとかを常日頃からやっていれば良い」
「仮にそれが正しいとして、もし突然狂ったらどうするのよ」
「数秒間目と耳を塞いでろ。それで収まる。」
「根拠は?」
「俺が視界から外れて数秒したら、狂気がおさまったからな。だから俺は生きてる」
「……」
「お姉様……」
まだ、難しい顔をしているお嬢様。
すると意外なところから救いの手が差し伸べられた。
「お嬢様、私からもお願いします」
十六夜咲夜はそう言うと、頭を下げた。
あと一押しといったところか。
「一つ言っておく。姉だったら妹の近くにいて構ってやれよ。それだけでもフランドールの為になる」
暫しの沈黙。そして
「・・・解ったわ。」
レミリア・スカーレットはそう言うと 「フラン」と妹を呼び寄せた。
「あなた達の言い分も分かったわ。だから、フランを少し自由にさせようと思う。
フラン、さっき言っていたこと出来る?」
狂気の対処法の事だろう。
フランドールは頷くと
「うん、できる。」と言った。
そして「有難う、お姉様っ!」と姉に抱き着く。それを微笑ましげに見る従者と紫色。
俺はこの場に要らないな。そう思い、食堂の扉に手を掛ける。
「ねぇ。」
姉に抱き着いたままのフランドールが振り向き、声を掛ける。
「貴方、名前何だっけ?」
「奉仕部の比企谷八幡だ。・・・あれ?最初に言わなかったか?」
「うん、忘れてた」
マジか。八幡ちょっとショックだよ・・・。1時間も2人でいたのに。
「だから、だからもう忘れないよ八幡」
そう言って笑うフランドール。その笑顔は最初に見た酷薄な笑みでは無く、無邪気な明るい笑顔だった。
全く、やめてくれフランドール。そんな笑顔を見せられたら、なんて言えばいいか分からなくなるだろ。
つい照れ臭くなり、俺は「ん」と手を上げ、「じゃーな、『フラン』」とだけ言って食堂から出て、扉を閉めた。扉越しからだがまだ姉妹の姿が見える。
閉じたままだったの扉はきっと薄かった。彼女らが厚いと錯覚していただけ。それが崩れた今、あの姉妹には距離はあっても壁はない。
最後に重厚な木の扉を一瞥し、静かな、紅い廊下を足早に歩いた。
つ、疲れた。ストレスが溜まりすぎて俺まで破壊衝動が出そうだ。階段を降り、ホール、玄関と駆け抜ける。そして、外に出て門を開けて敷地内から脱する。門を抜ける時、紅さんの驚いた顔が見え。お世話になりました。 と言って森に向かって駆けた。
何故紅魔館を出たかなんていうまでも無いだろう。幾ら空気が軟化したとはいえ、自分を喰おうとした連中の所に泊まるなんて馬鹿のすることだ。別にフランが信じられないわけじゃないが、それでも不安なものは不安なのだ。時刻は7時半。あんなに明るかった森を今は暗闇が支配し、前がよく見えない。スマホのライトを点け、枝をかき分け前に進む。
森には人喰い妖怪がいる。
まぁ大丈夫!多分会わないって!絶対‼︎と考えていると正面から音がした。
・・・あーこれフラグ立てちゃいましたかー。何処ぞのラノベ主人公みたくフラグをバキバキ折れればいいが、生憎俺にはそんなことはできない。
案の定、目の前にぬっ、と巨大な影が現れる。
戦う、なんて選択肢は最初から存在しない。ただ逃げる。ひたすら逃げる。
ガサガサと背後から追ってくるような音がする。
走って、走って、走って行き着いたのが目の前にそびえ立つ岩壁。疲労で頭が朦朧とする。運がねぇなぁ。と思い、背後に目を向ける。蛙と鰐が合体し、巨大化したような生物がそこに居た。
くそっここで終わりか。もう諦めた。
空を見上げる。都会では見ることのできない星空が広がっていた。あー夏の大三角形だー。うふふふふ。
吹っ切れた俺の視界に何かが写った。シルエット的には人っぽい。この際人がなんで飛んでるのかはどうでもいい。この機を逃してはならない。
「おい!あんた!助けてくれ!」
その声を皮切りに、目の前妖怪が襲ってきた。とっさに腕をクロスし、目を瞑ったが、変化がない。見れば妖怪は目の前で倒れ、代わりに人形が浮いていた。
「大丈夫?」
そんな言葉と共に地に降り立つ誰か。それを確認する間も無く、疲労と安心感からか、俺の意識は黒に染まった。
フランを無事切り抜けた・・・。