比企谷八幡の幻想縁起   作:虚園の神

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前回、十二話に於いて。
華琳9200様、細かいところの誤字指摘ありがとうございました。多くの人に無様を晒す前に教えてくれて助かりました。
ウサギとカメ様、文章のおかしい点の添削非常に嬉しかったです。今の今まで人に文章を直されたり、評価されたことが無かったので自分の文章のおかしい所に気づけました。できればこれからもお願いします。

お気に入り登録者も沢山いて、作者としては嬉しい限りです。
また、評価も高くつけていただき書いた甲斐あるなぁ、と思うばかりです。
これからもどうぞよろしくお願い致します。


二歩の終わり

「霧雨……」

「どうした?そんな狐につままれたような顔して」

 彼女はニッと笑いかけながら聞き返す。

 彼女の周辺は光のベールを纏ってるみたいにいやに明るかった。幻視じゃない、実際に明るいのだ。

 霧雨の頭頂部から先に向かって一直線上を見上げる。そこには天井や廊下を貫いて、一階と空とを繋ぐ、ぽっかりと開いた巨大なトンネルが出来上がっていた。そこから降り注ぐ月の光がちょうどスポットライトの様になって彼女に当たっているのだ。

「悪い。助かった」

「なに、気にすんな。その代わり貸し一つな」

「しょうがねぇな、って言える立場じゃねぇんだよな」

 命を救ってもらったんだ。無茶な要求にも答えてやろうという気持ちにもなるだろう。

 そうして短い言葉のやり取りをしていると、霧雨の背後から再び、腕の群れが質量を持つ風となって猛攻した。そのときに生じる白い指たちが風を引っ掻く音が今にも死に絶えそうな老犬の呻きを思わせ、見た目と相まって生理的嫌悪を俺に与えた。

 だが、そんな中でも彼女はひるまなかった。

 霧雨は余裕たっぷりに笑みを浮かべながら八卦炉を構える。

「恋符『マスタースパーク』」

 極大の光の奔流が廊下を満たし、破壊の流星が真っ直ぐに駆け抜け、迫る障害を消しとばしていった。

 ほんの少し前、瞼越しに入ってきた光の正体はこれだろう。

 さっきまで俺たちを追っていたはずの、壁のように襲いかかる腕たちは、一瞬のうちにして血も残さずさっぱりと無くなってしまった。

「魔理沙、どうしてここに、って聞くのは意味ないわよね」

 霧雨に近付いて声をかけた博麗だったが、答えをあらかじめ予想しているのか、聞くのが無駄なことのように諦観の籠った目と共に言った。

「ああ、人里に変なものが現れたって風の噂で聞いたんだ。そんで霊夢達が夜中に異変解決するっていうもんだから、行かない手は無いと思ってな。だけど何時か詳しい時間まで分からなかったから適当な時間に来たんだ」

 それを聞くと博麗はやっぱり、と呟いた。

「ちょっと待って下さい。魔理沙さん壁を破壊して外から入ってきたんですよね。私たちが壊そうとした窓は何ともないのに、どうして魔理沙さんは壁を壊せたんですか」

 東風谷がそう問いかけるが、それに霧雨ではなく博麗が答えた。

「早苗、よく見なさい」とだけ言った。

 何をよく見るのか漠然としすぎてよく分からず、右隣を見るが東風谷も同じ様に首を捻ってむむ、と唸っていた。

「さっき、魔理沙が廊下にマスパ撃ったでしょ。廊下壊れてる?」

「……傷一つありませんね。外からの攻撃は通して、内側からのは通さないんでしょうか」

「お?おお!ホントだぜ。私のマスパに耐えるのか」

「自分で撃っといて気づかないのかよ」

 まぁ、俺も気づかなかったけど。

 霧雨はへーとかほーとか言いながら興味深そうに壁を叩いたり、弾幕を当ててみたりを繰り返している。その彼女の行動に、好奇心の多さを見て取った。

 一通り観察すると、霧雨は結界の類いかなぁ、とぼんやりしたようすで一人ごちた。

「あれ、そういえば結界で思い出したが、博麗が結界張ってた筈なのにお前どうやって入ってきたんだ?」

「そんなもんあったか?」

 質問に質問で返すなよ……。先生に習わなかったの?

 どういうことだと博麗に視線を投げる。

「言ったでしょ。『人間は通さない』って』

「そっか、霧雨は人じゃないのか」

「私はれっきとした人間だぜ!」

「あれ、でも魔法使いって種族じゃなかったっけか」

「私は『人間の魔法使い』なんだ。なろうと思えば『魔法使い』になれるけど、私はまだ人でいたいぜ」

「じゃあ何で人の霧雨が入れるんだよ」

 それを聞くと、博麗は「私の結界はね、」と前置きして「霊力の有無で人を弾いてるの。普通、人は霊力くらいしか持ってないから。でも、魔理沙は霊力よりも魔力の方を多く持ってるから弾かれなかったのよ」

「はーん、成る程ね」

 つまり霧雨は特殊な例ということか。

 そうやって肯首し、一度、霧雨の顔を見てみた。東風谷と閑話に勤しみ、わいわいと賑やかだ。

「ねぇ」

「なんだ?」

 肩を人差し指でつつく感覚に振り向く。当然、その正体は博麗である。

 博麗は少し考え込むように右手の第二関節辺りを顎に当てながら話し出した。

「あんたの言ってた話と今回の事象、凄い違かったんだけど」

「それに関しては俺は何も……」

「分かってるわよ。多分噂が一人歩きした影響ね。話がどんどん膨らんでいってるんだわ。その所為であんたの話とズレているんだって予想はついてる」

「まぁ、そうだよな。多分『引き摺り込む』っていうのがキーワードになって広まったんだろうな」

「この調子だと他も厄介なものになってそうね」

「あ、霊夢、八幡。その話なんだが」

 こちらの話を聞いていたようだ。霧雨は東風谷との会話を打ち切り、こちらに混ざってきた。東風谷も手持ち無沙汰を気にしたのか、同じく輪に加わった。

「えーっとな、七不思議の噂はつい最近聞いたばっかなんだが、そう、二日前位に」

「ならその情報をもとに残りを攻略すればいいわけね」

「そうじゃない、話は最後まで聞け。……二日前に聞いたのとさっき見たのとでちょっと比べてみたんだが、これが結構違う」

「そうなの?」

「ああ。私が聞いたのは『花子がどこまでも追いかけてきて捕まえにくる』って話だった。これで連想するのは普通は小さい女の子だ。だが、今夜来てみれば花子は居らず、あるのは無数の腕だった」

「……変ね」

「何がです?」

「噂の変化が早すぎるってことだろ。確かに噂っていうのは面白おかしくいくらでも装飾できるが、行きすぎた装飾は逆に否定されがちだ。特に今回みたいに色々な人たちが耳にした場合、片方の持っている情報ともう片方の持っている情報に差異があると特にそれが顕著に表れる筈だ」

「少なくとも噂の中心の『花子』がいないのが大きいわ」

「あー、なるほど。誰かが意図的に情報を操作しているんでしょうか?」

「何のために?」

 博麗にそう返され、東風谷は目を瞑りうん、と唸った。

「考えられるのは、俺たちを殺すため、とかか」

「無理ね。こんなチンケなもので私が死ぬわけないじゃない」

「さっき結構危なかっただろ」

「別に……」

 口を少し窄めて少し目線を外した。

 しかしそうと分かった以上、このまま他の七不思議の対処にあたるのはあまり賢くない。できれば、噂の今を知りたいところだ。

「ふわぁ」

 横で博麗が小さく欠伸した。それが合図となり、東風谷、霧雨、俺へと伝播する。

 それぞれの慵げじみた欠伸を聞いて、途端に時間を確認したくなった。

 確か、校舎に入ったのが十一時過ぎ。そこから廊下やら花子やらと遭遇して……。

「眠いわぁ、」

 普段の彼女らしくない、気の抜けた間延びした口調。

 博麗は小さく開けた口を手で隠しつつ再び、ふぁ、と声を漏らした。目の下にできた薄い涙の膜を巫女服の袖で乱暴に拭う。

 やはり眠そうだ。そこまで時間が経った覚えはないが、相当遅い時頃のはずだ。

「今、何時か分かるか?」

「私は一時半に家を出たから、多分今は二時半とかだと思うぜ」

「もうそんなになるのか」

 入ってから少なくとも三時間余り。俺自身、ここまで遅くまで起きているのは高校受験以来だ。

 小町はよく冗談で「夜更かしはお肌の天敵だよ、お兄ちゃんっ!」とかなんとか言ってきたものだが、確かに連続して不規則な生活をしているとニキビなどができやすくて肌が荒れたものだった。

「仮眠でもとるか?」

 俺もいい加減眠い。男の方からこんなことを言い出すのはなんとも情けない話だが、もともと大したことない俺の評価なんて気にする必要もない。いやー、俺イケメンじゃなくてマジで良かったわ。下手にカッコいいと「イケメンはこうでなくては!」みたいに周りの目を気にしないといけないからな。

「こんな何が起こるか分からない場所で寝ようとするなんて、あんた案外大物かもね」

「ハッ、冗談だろ」

「冗談に決まってるでしょ。あと皮肉」

「……」

 いやもちろん知ってたけどね?でもそんなハッキリ言わなくてもいいじゃなイカ。物事には言って良いことと悪いことがあるのを知らねぇのかよ。あ、でも『え……あ、うんそうだよねー』みたいに濁すようにして誤魔化されるよりはいいか。なんなんだろうね、あの気遣いにならない気遣い。相手の本心がわかる上に相手に気を使わせている申し訳なさが相乗効果を生んで二重にダメージを食らう。打ち上げの会場でこっそり泣きながら逃げ帰っちゃったじゃねぇか。

 過去の込み上げる辛酸を舐めつつ、苦笑いをする。

「ところでさっきの話に戻るんですが、仮に情報を操作している人がいるとして、何のためなのでしょうか?」

「この異変によって得をする勢力がある、とかかしら」

「本当にそうならこんな突然現れた異変を直ぐに利用することができるなんて中々の切れ者だぜ」

「月の連中かしらね」

 月の連中。

 そう呼ばれる奴らは人里を少し離れた竹林の奥にいるらしい。

 俺は直接会ったことはないが、少し前に博麗から特徴、というかそいつらの行動やら人物像を教えてもらった憶えがある。

 曰く、月の頭脳と立てて銘打たれるほどの天才がいるだとか。

 曰く、どんな薬でも調合し、作れるとか。

 曰く、その薬で不老不死であるとか。

 そして、極め付けが過去に八雲が攻め入った時に泣く泣く敗退させた実力者揃いだとか。

 つまりとんでもない連中である。これしか言いようがない。

 八雲は幻想郷の管理者だという。その実力は千葉県がすっぽり包まれる程巨大な結界を張っていることから相当なものだと予想がつく。その八雲に勝った。その事実に俺はまだ見ぬ月の住人を空恐ろしく思ったものだった。

「後で乗り込もうぜ!」

「そうね」

 一際、霧雨が元気に言うと、博麗も少しばかり好戦的な笑みを湛えて頷いた。

 どうやら彼女らは月の住人を犯人に絞ったようだ。

「そうと分かったら七不思議なんて攻略しないで優曇華とかに押し付けちゃおうかしら。勿論、報酬は私のもので」

「霊夢はつくづく巫女らしくないぜ。盗人といい勝負だ」

「自分を棚に上げるところは流石魔理沙さんですね」

「東風谷ってたまに毒舌だよな……」

 意識なく言葉を放ってくるからたちが悪い。わざとディスるのと無意識にディスるとでは破壊力が違うと思う。

 そんな風に四人で会話に花を咲かせてると、ジィっと短い電磁的な音がした。その直後

 

()の半身から 目を覚まし 牛が止まれば 床につく 世にも恐ろし 虎くる前に』

 

 七五調で刻まれるリズムに乗って聞こえる歌。

 日本人的感性から七五調は非常に気持ちの良い響きだそうだ。古典の授業でやった気がするーー、

「……時間か」

 ああ、そうだ。古典で思い出した。

 俺がそう呟くと博麗たちが疑問気にこちらを見た。

 それに答えるように俺はゆっくり説明を始めた。

「いいか、昔の時間は十二支で数えていたんだ。それに当てはめればこの学校は十時に始まり、三時に終わるっつーことだろ。ちょうど丑三つ時が終わる時間だ。でだ、このタイミングで放送が流れるってことは……」

 いうが早いか説明を終える前に霧雨が近くの窓に手をかけた。

 さっきまで開こうとしても、ピクリとも動かなかった窓はいとも容易く開け放たれ、初冬独特の透き通った張り付く冷気を廊下いっぱいに取り込んだ。

「外に、出られるわ」

 博麗はそう言って糸の切れた人形のようにガクリと身体を傾けた。

 俺はそれを地面に倒れないよう、慌てて支えた。心配になって顔を覗き込むがどうやら眠っているようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 あんだけ欠伸してたしな。相当眠かったんだろう。

 博麗の前に背中を滑り込ませて彼女を負ぶうと髪の毛が首筋に当たってめっちゃくすぐったい。

 ふと、視線を感じ東風谷を見ると心なしかニヤニヤとからかう様な女子特有の笑みを浮かべていた。

「比企谷さん積極的ですね〜」

「アホか。これは俺の百八あるお兄ちゃんスキルの一つだ」

「なんか波動球打ちそうですね……」

「ああ、それはもう相手をコート外まで吹っ飛ばす位に、ってお前知ってんのかよ」

 そういやこいつ外から来たとか言ってたな。それなら知ってても不思議じゃないか。

 四人で窓から外に出て空気を肺に満たす。

 霧雨は帰るついでに博麗を神社に送るというので、そのまま博麗を彼女に預けた。東風谷も霧雨と共にまだ暗い空に消えていった。

 三人を見送ってから俺は大きく伸びをした。そして勢いよく息を吐き出すと、白い靄が目の前を覆い、やがて辺りを満たす朝靄の中に溶けていった。

 今日は一先ず終了だ。家に帰って毛布に包まって寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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