比企谷八幡の幻想縁起   作:虚園の神

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この前、マラソン大会があったのですが帰宅部の俺がなんと運動部をごぼう抜きにして表彰台に立ちました。運動部はもっと精進して、どうぞ。
今回短めです。


一歩目

 薄暗い廊下を恐々と歩く。がらんどうの学校にリノリウムの床を叩く硬質な音が行ったり来たりの繰り返し。学校とは賑々しいものではなかっただろうか。閑古鳥が鳴く、などと言うがこうも寥々としているとその閑古鳥ですら気を使い、鳴くのを躊躇ってしまいそうである。それ程の静けさに一抹の淋しさを覚えるのは学生である故か。

「不思議なところね。これがこんくりいとってやつ?」

 水銀質の重ったるい声は廊下の一番奥まで届くとたちまち散らばって木霊した。

「まぁ、そうだな」

 壁を手のひらで叩きつつそう答える。ぺちり、と気の抜けた音がした。

「不思議といえば噂で現実化した建物っていうのもそうですよね〜。何でできてるんでしょう?」

「あん?だからコンクリートじゃねぇのか?」

「いえ、ですからそのコンクリートはどこから来たのかなぁ、と」

「ああ、なるほど」

 東風谷の疑問も尤もである。どっかから転移でもしたのだろうかと思い描く。

「妖気と神気と霊気を感じるわね……。幻想郷にある気という気を集めて固めたのかしらね」

 博麗は壁から手を離すと今度は三毛猫を想わせる眠たそうな目で窓ガラスに映る無限を見つめて、彼女と空の境界を軽く人差し指で弾いた。

「それより比企谷、あんたが話した七不思議ってどういう内容?」

「ん?ああえっとな一つ目が定番のトイレの花子さん、そんで終わらない廊下、夜中になるピアノ、歩く人体模型、開かずの扉、誰も知らない六つ目、最後が六つ目を知ると世にも恐ろしいことが起こる、ってとこか」

「最後から二つすっごいふわっふわしてるわね」

 何が出てくるかわからないわ、と独言する。

「でもよ、こういうの大体夜中に起こるもんだ。今行く意味あるか?」

 時刻は午前。窓から漏れる光の切っ先を右手で遮りつつ口を開いた。

「あれですよ。何処にどの部屋があるか下調べしないとって。比企谷さんに言いませんでしたっけ?」

「なにそれ全然聞いてない」

 二人で話してたのかな?それとも俺がただ聞いてなかっただけか。

「早苗の言う通り下調べよ。いきなり本番だと対応できないこともあるし」

「今の話だと女子トイレ、音楽室、理科室といったところでしょうか?開かずの扉ってどこでしょうね」

「ああそれは三階の東側だと思うぞ。夜中になると開くんだったかな」

「だったかな、ってあんたの話でしょ。しっかりしなさいよ」

 げしっと尻を軽く蹴られる。それと同時に赤いスカートの端が誘うように舞っているので自然、目を惹きつけられる。ああっ!太ももまで見えた!ちぃっ!惜しい‼︎もう少しだったのに!

「何かしら……凄い寒気が走ったんだけど」

「気のせいだろ。行こうぜ」

 なに食わぬ顔を意識してそう言ったが、博麗にちろりと睨まれた。博麗さんはエスパータイプなのかな?

「それじゃあ、最初は何処に行きます?」

「とりあえず廊下と開かずの扉は保留で先ずは便所だな。一番近いし。それから理科室、音楽室だな」

「そうね。そうしましょ」

 三人それぞれ意見の交換をしてから再び歩き始めると迷いない二つと躊躇いがちな一つの足音が閑散とした廊下に響いて、消えていった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「夜の十一時に集合ね」とは別れた後の博麗が言ったものだ。何が起こるわけでもなく、昼の探索は順当に終わった。

 壁掛けの時計を見る。時刻は十時半。そろそろ準備をしないといけない時間だ。いそいそと上着を羽織る。秋とはいえ、幻想郷の夜は非常に寒い。人里に川が流れているのも理由の一つであるが、アスファルトがない上に空気が澄んでいるのが一番の要因だろう。おかげで放射熱による気温の低下が激しく、背中を冷気の舌に撫ぜられて身体が震える。しかし今日は一段と冷える。この調子だと朝靄が凄そうだ。

 ドアのノックの音。若干の湿っぽさを残したくぐもった音が二度鳴らされた。

「はい」

 閉まったままの扉に声を投げる。

「東風谷です」

「入っていいぞ」

「お邪魔します」

 スッと引き戸が引かれた。

「いやー、寒いですね〜」

「なら先ずその格好をどうにかしろ」

 脇を出したままの巫女服。申し訳程度に巻かれたマフラーに顔を半分埋めている。そんな彼女を見ているとこっちまで震えてくるようだった。

「これ着てろ」

 俺はそう言って、衣紋掛けから一着の上着を彼女へ放る。

「わ、ありがとうございます。……でもそういうのって男性は自分の着ているものを渡しますよね」

「なんだそりゃ、恋愛マンガの読みすぎだ。メンヘラか。そもそも俺の着ていたものなんかお前だって着たくないだろ」

「別に気にしませんよ?」

「……」

 あっ、あっぶねー。なんだこの破壊力は。今のが並みの男子だったら即陥落してるレベル。だが惜しかったな、俺にはその手は通用しないぜ。なにせ同じ様なことやられてその度に失敗してるからな。人は学ぶ生き物なのだ。あの時みたいに勝手な期待を押し付けて、勝手な勘違いをして、そして勝手に裏切られた気になるのはもう卒業した。

「でも比企谷さんが優しくて良かったです。ずっと寒い中震えていないといけませんからね」

「別に……、お前の格好見てるとこっちまで寒くなるから渡しただけだ。あと俺のことをそんなにポンポン褒めるな。うっかり惚れそうになる」

「惚れるだけなら人の自由ですよ。……恋占い、やります?一回十銭」

「いい、要らん、結構だ」

「残念です」

 ふふっ、と小さく笑う。

 うーん、ここに好意が含まれていないことは分かるのだがこうも思わせぶりなことをするのはやめて頂きたい。これ俺じゃなかったら絶対惚れてるよ。

「それじゃ、行きましょうか」

 そんな彼女の声に腕を引かれるようにして長屋を後にした。よく冷えた風が顔を撫ぜていって、心なしか火照って少し血の通っていた頬が逃げるようにしてすぅっと隠れていった。

 それらを心地良く感じながら東風谷の後を追った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 校舎に着くと博麗が見えた。胡座をかいた状態で船を漕いでいる彼女を見ると育ち盛りの女の子なんだな、とつい当たり前のことを思ってしまう。そんなことを本人の前でいうと烈火の如く怒りそうだから心の内で呟いておくに留めるが。

「おい、起きろ」

「んにゃ?……ああ、あんた来たのね」

「おい止めろよ、お前から誘ったんだろ。何その学校行事の打ち上げの際に『ああ、こいつ呼んでないのに来ちゃったか〜』って雰囲気醸し出す女子みたいな反応」

「そんなつもりないわよ。ただ、働くのが嫌だとか言ってたあんたが素直に来たのに驚いただけ」

「東風谷が迎えに来たからな」

 俺はそう言って親指で上着の前襟をアライグマみたいに合わせている東風谷を指した。一緒に向けられた博麗の視線に気づいたか、東風谷もまた輪の中に入ってきた。

「でもですねー、私が迎えに行く前に比企谷さん上着着てましたよ。あんなこと言っていましたけど結構行く気満々だったんですよ」

「へぇ、素直じゃないわね。この捻デレ」

「おいちょっと待て、なんだその捻デレっつーのは。うちの妹と知り合いなの?それともその言葉流行ってんの?」

「驚いた。あんたそれよく言われてるの?」

「主に妹がな……。ってそうじゃねぇよ。そもそも俺デレてねぇし」

「そういうことにしといてあげるわ」

 さて、と仕切り直しの文句を言って博麗は校舎正面玄関を見つめた。

 夜、それも指先が凍える様な時節に見る学校はどこか不気味だ。ぽっかりと空いた扉は悪魔の口腔のようで深く、暗い。一度手を伸ばしたら吸い込まれてそのまま咀嚼されてしまうのではないだろうか。俺はそう思って寒さとは別の感覚に身を小刻みに震わせた。

「それじゃあ、さっさと異変解決するわよ」

「おー!」

「……おー」

 気が進まないながらも一歩踏み出す。

 博麗、東風谷そして俺といった具合に闇への扉を潜ろうとしたそのとき、

「あ?」

 何か物音を聞いた気がして立ち止まる。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 砂利をこすり合わせる鈍い苦味のある音。きっと気の所為だろう。人里の人間には近ずくなと話を通してある。子供達が近づかないよう結界も張ってある。俺たち以外の霊力の持った人間は入れないのだ。つまり人間には不可能。

 そこまで考えて、更に穴が無いかを確認する。……うん、ない。大丈夫だ。

「ちょっと、比企谷?」

「ん、ああ悪い」

 そして俺は手に握る汗と共に完全に玄関を通り過ぎた。胸の中心から聞こえる鼓動がうるさいほどに脈打っている。

 初めての、異変だ。

 後ろで扉が静かに閉まった。カチリ、と小さく鍵の閉まる音と同時に不気味なくらいに朗らかな機械的な鐘の音がスピーカー越しに響いた。始業のチャイムが俺たちの鼓膜を震わせた。

 

 

 


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