比企谷八幡の幻想縁起   作:虚園の神

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オリジナル異変スタート
評価、感想、お気に入りつけてくださった方々、遅れましたがありがとうございます。おかげで200件を突破しました。これからもよろしくお願いします


七不思議異変
異なる足音


 幻想入りから数十日が過ぎ、もうすぐ葉も完全に燃えようかという時期で、気の早い雪に枝が嬲られ、赤と白のコントラストに想いを馳せる。そんな頃だった。それは突如として起きた。

 いつ現れたのか、どうやって建ったのか見たものは居らず、意識の外から一羽の烏のように急に捻じ込まれた異物は人里の住人をおおいに驚かせた。

 アレを知っているのは外来人である俺と東風谷ぐらいか。知らない者が多いこの世界ではこんな巨大な物は充分怪しく見えるだろう。更にそれが一晩で現れたとなると必然、不安の気持ちも底上げである。

 そんな感じの怪しさ満点な形状が人里の中心から北に少し外れたところに建っていた。その肝心の建造物とはーー学校の校舎である。もう一度言おう、校舎だ。

「……ちょっと、これあんたの所為よね」

 苦々しい声で右隣の赤リボンの巫女が言う。少しの不機嫌さを表すかのように腕組みをしている。

「ま、まぁ幻想郷の仕組みを知らなかったんですし……仕方ない、ですかね?」

 そう困ったような微笑みと共に擁護してくれるのは、青を基調とした白の水玉模様のスカートを履いているもう一人の巫女。

 どちらの言葉も耳に痛い。実際、右耳は博麗に引っ張られてるからマジで痛い。てかそろそろ本気で止めてくんないかな……。耳取れそう。

「……悪いな」

 どこか申し訳なく、博麗と東風谷に一言そう言う。

 ホント、どうしてこうなったんだか。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 校舎が出現する十日ほど前、俺は寺子屋にて上白沢さんと話をしていたのだが、そこを子供達に見つかってしまい興味を持たれた。私はやることがあるから暫く子供達の相手をしてくれないかと言われ、彼女はこの場を俺に任せた。

 小さい子の相手は小町で散々やってきたからお手の物、というわけではないが、ある程度はできる。ここはやはり外来人のアドバンテージを活かし、何かしらの話をしようと思った。そこで怪談噺を披露することにしたのだ。

「これは本当にあったこわい話なんだが……」

 怪談噺に於いて常套句ともいうべき言葉から始める。

「それは乾燥した風が吹く、寒い秋後半の頃だった。俺は外で夕ご飯を食ったから家の飯は要らなかった。だが俺の妹は飯を作っていたんだ。勿論食えない俺は味噌汁だけ食ってオカズは明日食うために保存した。その翌朝のことだ」

 ここで一旦間を置いてゴクリと唾を飲む。日も高い真昼間だというのに冷たい汗が背中をなぞっていく。

「俺は昨日のオカズを取り出し、即席の味噌汁を作って朝食を済ませようとした。だがな、そこで思い出した。昨日、米をしまい忘れたと。俺は炊飯器、まぁここで言えば釜のことだ。そこから米を茶碗につけようとしたんだが、ふと違和に気付いた。米がつけられない。そう、炊いて一晩経った米は……」

 そうたっぷり溜めてから、

(こわ)かったんだよ」

 締めくくった。

「怖い話じゃなくて『強い』話かよ〜」

 期待を裏切ってしまったため、子供達からのブーイングがすごい。おかしい、これは絶対ウケると思ったのに。何となく悔しくなったので本当に怖い話をすることにした。それが

「じゃあ本当に怖い話をするぞ。これは俺のいた世界では有名な話なんだがな、題は、『学校の七不思議』だ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「いやでも予想出来るわけねーだろ。噂が現実化するなんて」

 俺はそう言って前の人垣越しに校舎を見つめる。

 俺の話した『学校の七不思議』が予想以上に受けが良く、尾ひれがつきながらも瞬く間に子供達の間で話題となり、それを聞いた大人も世間話程度には出すようになった。ただ、誰が流したかこの噂を三人に話さないと呪われるなどと嘯いたことにより人々の間に不安が蔓延ってしまった。

 俺は校舎に向けていた視線を周囲に移す。校舎を見物する人は多く、そんなに広くない人里の端まで学校の話が到達するのに時間はかからなかった。子供達は好奇心に任せ校舎に入ろうとするが、勿論大人はそれをとめる。

幻想郷(ここ)じゃあるのよ」

 博麗によると幻想郷を形作る結界の一つである現実と幻を分ける結界が関係しているとのこと。

 噂とは詳しい話として多くの人の共通の考えになるのに、誰も実物を見たことない一種の幻である。それがとんでも話や必要以上に装飾された話ならなおさらである。外の世界ではこんなことにはならない、だがここでは幻という噂が人々の心を不安や恐怖で覆えば現実となるのだ。これを阻止するには元ある噂に適当な話を上乗せするか、人々に安心感を持たせる様な噂を流せばいいのだが……、

「こうなったら手遅れね」

 博麗は眉間を抑え、重い溜息を吐いた。

 そう、今回は行動に移すのが遅かった。博麗がいつも人里にいるわけではないから気付かないのはしょうがない。この噂に気付いたのもつい先日のことだ。

「それにしても学校の怪談で学校自体が出てくるとは驚きですね」

 東風谷もまた苦笑いを浮かべている。

「まぁでも今回は建物で助かったわ。壊すだけでいいし」

 そう言って博麗は人の隙間を手刀で割って縫い進んでいった。俺もそれに付いていこうとするが、

「危ないから、あんたは下がっていなさい」

 彼女は俺と一緒に人里の人々を下がらせると、一人校舎へと向かっていった。そして校舎の数歩前で立ち止まると袖から一枚、紙切れを出した。あれは俺もよく知ってる。スペルカードである。それを頭上に鋭く挙げ、宣言する。

「夢想封印!」

 スペルカードは光輝くと巨大な霊力弾を生み出した。それは神獣の口腔の様な破壊力と神聖を湛えているかに思えた。それは校舎を遥かに超える大きさにまで成長すると、屋上を齧り、壁を食い破り、玄関を飲み干した。コンクリートで出来ているはずなのに焼き菓子の様にぼろぼろと崩れ落ちて、激しい轟音と共に霊力弾諸共弾け散った。

「すげぇ……」

 初めて見る彼女の大技。そう呟かずにはいられなかった。それと同時に少しなんとも言えない思いがむくむくと芽生える。

 ……なんか戦闘とかじゃなくて建造物を壊すためにこの技を使ったって知るとどこか神聖さみたいなものが薄れるなぁ、と。

「はい、終わり」

 手に埃なんかついていないだろうが、ぱんぱんと手を払いながら疲れをにじみだすこともしない声音で言った。

「流石ですねー、霊夢さん」

 東風谷はそう言って博麗を労う。

 いやしかし複雑な気持ちだ。あの懐かしさを感じる慣れ親しんだフォルムが破壊の限りを受け取って、見るも無残な姿になってしまった。

 一人感傷の海に浸かっているとどよっ、と人垣の前方が騒がしくなった。

 それを不審に思い、先程まで校舎のあった場所へと視線を移動させる。

 信じられないものを見た。覆水が盆に返ったのだ。

「建物が……戻ってる?」

 誰が言ったか分からない。分からないがその声はそこにいる全員の気持ちを代弁しているように感じた。

 まるでカメラの逆再生。それをコンマ一区切りずつ流してみているようであった。鉄筋は吸い込まれるように骨格を形作り、瓦礫は何事もないかのように隙間をしっかり埋めた。ガラスも一欠片も残すことなく窓や調度品を完成させた。

「……」

 博麗は目を見開いてその光景を凝視していた。ただ、驚きというよりも観察といった類の色だった。夜空の色の瞳に見つめられながらも校舎は止まることなく再生を続けている。そしてすっかり元通りになった頃に

「夢想封印!」

 張りのある声が人の間を縫って響き、本日二度目の夢想封印が放たれた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 傷一つない窓、ヒビのない真白な壁。のっぺりとしたそれらを漠然と視界に入れながら俺はついつい出てしまう長い長い溜息に思考を意味なく彷徨わせてしまう。

 校舎周りは結界が敷いてあり、人が勝手に入れないようになっている。

「なんで再生するんでしょうか……?」

 そう疑問を呈すのは東風谷早苗。唇に軽く指を当てて考え込む幼い仕草は彼女の体の起伏とのギャップがあり、そこに更に豊かな表情が相まってドキリとさせられる。

「しゃ、うっんん!……さぁな」

 いかん。噛んだ。ここに来てコミュ障を発揮するとは。努めて冷静に何事もなかったかのように振舞ってみるが、東風谷の困り笑顔で全てを察した。

「比企谷、アンタ子供達に話したのは学校じゃなくて学校の怪談よね」

「いや、学校の七不思議……」

「どっちでもいいわよ」

 語尾を切断される。ギロチンの切り口。

 一人瞑目して考え込んでいた博麗だが、やがて確信を得たようにうっすらと目を開いた。

「……噂の根幹が怪談だから、ね」

「いや、さっきからそう言ってんじゃん。ボケてんなら突っ込まんぞ」

「いいから聞きなさい。まぁ勘だけど、あの学校はただの外殻よ」

 そのふわっとした要領を得ない言葉に俺も東風谷も首を傾げる。

「外殻ってなんの外殻ですか?」

「噂の」

 はぁ?といったような台詞が似合いそうな程に眉をハの字にして眉根を寄せる。いや意味わからん。

 言葉をそのまま取れば『噂の外殻』が学校ということである。ここで言う噂とは怪談のことであり、つまり物理を伴わないということである。表現で言葉などを外殻と称することこそあれど、マジモンの概念に外殻が存在するとかあり得ない。それこそ、概念が現実に干渉しない限りーー

「……あ」

「分かった?」

 博麗は首を傾けて、こちらの瞳を覗き込むようにして言った。白い首筋が僅かに曲線を描き、その幼い艶かしさが俺の脳を軽く揺すった。

「あ、ああ。つまりあれだろ?あそこにあるのは校舎じゃなくて七不思議だっつーことだろ」

「どういう意味でしょうか」と東風谷が思案する顔つきになったので、それに「えーっとな」と前置きする。

「幻想郷じゃ広まり過ぎた噂が現実化する。ここまではわかるだろ?それでだ、今回の話の中心は学校の七不思議。学校がないと成り立たないものだ。っつーことは、だ。学校を存在させているのは噂じゃなくて七不思議の現象なんだよ。多分。知らんけど」

 事実が確定していない案件はお茶を濁すに限る。うちの社畜が言ってた。こうすれば後で上司に何か言われた時、「だから確証はありませんがって言ったじゃないですかぁ!」と言い訳できると。この屑っぷり、流石親父だぜ!そこに痺れる、憧れるぅ!

「ほとんど合ってるわ」と博麗は続けて「だから校舎の破壊じゃなくて、怪談を攻略しないと無理ね」

 その言葉に俺は咄嗟に顔を顰めることとなった。そんな直ぐ終わるような問題ではない上に、下手したら巻き込まれてしまう恐れがある。ここは先手を打たねばならぬと思い、彼女らにさっさと背を向ける。

「いやー、原因が分かって良かったなぁ。じゃ、俺はこれで……」

 敷いてある結界から一歩。とその時右肩に五指による強烈な圧力が襲いかかった。博麗だということは見ないでもわかる。

「おいおい可愛い巫女さんよ。指にそんなに力をいれてどうしたんだ?女の子はもっとお淑やかに……痛い痛いマ、マジでちょっとやめてくんない?手加減って言葉知らないの?肩が砕ける!ホント!マジで!マジで‼︎」

 涙声混じりの必死の呼びかけ。それが功を奏したのか、博麗の方へ身体が引っ張られると勢い殺さぬままパッと手を離した。途中までは歩き慣れていない、生まれたての醜いダチョウの歩きをしてバランスをとっていたのだが、どうやら無駄なことだったらしく、あえなく尻餅をついた。

 一息吐くいとまも無いままに少女の金木犀の強い香りと少し柑橘の色が混じったのが俺の仰向けの体に覆い被さった。

 なんだっけこれ。床ドンってやつ?確か小町の持ってる頭の悪そうな雑誌に載ってた。でもおかしいぞ、これ男が上に乗るんじゃなかったっけ?

「あのねぇ、あんたが撒いた種なんだからあんたも手伝いなさい」

「いや、俺働きたくないな〜、なんて……」

「あ?」

「い、いやー最近体なまってるからなぁ久しぶりに仕事するかな!よーし頑張っちゃうぞ〜!」

 ふぇぇ……。この巫女さん怖いよぅ。

 よく女子に迫られたいという人を聞くが、アレだ。本気で迫られた奴にしかこの恐怖は分からん。背中に壁で逃げられなくて前門に虎と狼のハッピーセットで襲われる感じの恐怖だ。

 俺の返事を聞くと博麗は一応納得したようでするっと立ち上がり、泥のように濁りきった禍々しい気をちょうど俺たちを包み込むようにして発してくる校舎の下駄箱を注視した。

「じゃ、ちゃっちゃと攻略するわよ」とどこか怠惰の混じる声音で呟いた。

「よーし、じゃ行っちゃいましょー!」

 東風谷の快活な声に少し場違いな印象を受けるが、彼女の性格だろう。一々何かを言う必要もない。

 この日、学校の七不思議攻略組が結成された。

「つーか俺が一番場違いじゃね?」

 ふと思ったことを唇をすぼめて言ってみたが、誰にも拾われることなく地面に虚しくコロリと転がった。

 




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