ナーベラル・ガンマ、生きる黒歴史との逢瀬   作:空想病

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 あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ。
 俺はイチャコラを目指していたはずが、いつの間にかバトルものに片足を突っ込んだ。
 な、何を言っているのかわからねぇと思うが(略)


第三話 邂逅2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズの指輪の転移で訪れた先は、第六階層・円形劇場(アンフィテアトルム)

 普段であればアウラやマーレが常駐していてもよい円形闘技場(コロッセウム)であるが、二人ともアインズが与えた任務に従事しており不在だった。それでも一応、アインズは〈伝言(メッセージ)〉を飛ばして使用許可を取っている。ナザリックの絶対支配者であるアインズの進言であれば一も二もなく、双子のダークエルフは従うのだが。

 ここにいるのは、先ほどと同じ四人のみ。観客席の動像(ゴーレム)も動かしていない。

 

「さて。ここなら互いに、ほぼ対等な条件下で戦えるだろう」

「アインズ様。ここは貴賓席で御観覧になられては?」

「いいや。それには及ばないぞ、アルベド。今回のこれは戦闘などではなく、あくまで“訓練”だ。見世物にして(たの)しむものではあるまい」

「畏まりました」

 

 女神のごとき微笑みの相を深める守護者統括から、アインズは二人の二重の影(ドッペルゲンガー)に視線を移す。

 

「では、おまえたち。位置に着け。PVP、もとい、NVNの礼儀に則り、相対距離は五メートルとしよう」

 

 ナーベラルとパンドラズ・アクターは、ちょうど闘技場の中央で向かい合う立ち位置を取る。

 その間、ナーベラルの胸中に渦巻いていたのは、パンドラズ・アクターの言動である。

 確かに噂に違わぬ頭脳の持ち主だ。ナーベラルの行動をどう解釈したのかは謎だが、ああでも言ってフォローしない限り、黒髪のメイドはその場で自害しかねない状況に陥っていた。それをあんな僅かな時間で看破し、あまつさえアインズを納得させるだけの理由をでっちあげるなど、戦闘メイドには及ぶべくもない知性の(わざ)である。

 だが、ナーベラルにしてみれば、別に(たす)けてくれと頼んだわけではない。

 この段に至っても、ナーベラルのパンドラズ・アクターに対する感情は複雑に過ぎた。確かに彼は命を救ってくれた恩人とも言えるが、もとを質せば彼がモモンの代役に抜擢されたことから、こんな事態に陥ったのだとも言える。それに、彼のことを見ていると、頬が熱を帯び、心の臓腑が暴れ回って……彼には相手をバッドステータスにする特性でもあるのだろうか? 上位(グレーター)二重の影(ドッペルゲンガー)の力なのだろうか?

 そもそもにおいて、何故、ナーベラルはあんな強硬に、パンドラズ・アクターがモモンの代役となることを拒絶したのか。

 それさえも本人には判然としていない状況である。

 ナーベラルは頭を振った。余計な思考は戦いにおいて重荷となる。

 何にせよ、彼と性能を競い合う――戦える状況というのは、ナーベラルも望むところだった。

 

「ところでアインズ様。私はどれほどの力で戦えばよろしいでしょうか?」

「……どういうおつもりです?」

 

 ナーベラルは険を深めた――涙の後で腫れぼったい――眼差しで、黒い月の双眸を見つめた。

 

「単純な話です、ナーベラル・ガンマ。私と貴女のレベル差を考慮すれば、勝敗は必定。ですが、ナザリックの同胞に、我が全力を挙げて戦うことで致命的なダメージを負わせることは、私の本意ではありません。つまるところ、私は決して本気を出さない」

 

 平たく言えば、ナーベラルを死なせないギリギリのラインを提示してほしいという主張だった。

 ナーベラルにとっては実に不愉快な言い分だが、彼に対する複雑な思いから表立って非難することは出来ない。それでも、戦闘メイドがたとえ訓練であろうとも、戦いに手心を加えられるというのは屈辱的な事実である。

 

「……こ、今回はおまえに一任しよう。パンドラズ・アクター」

「よろしいのでしょうか?」

「構わん。ただし、おまえが判断できるギリギリのラインで戦え。双方とも、これは殺し合いではなく、“訓練”であることをけっして忘れるな」

「ハッ! 承知しました、アインズ様!」

「畏まりました」

 

 訓練という単語を殊更(ことさら)に強調するアインズの言葉を、ナーベラルは飲み込んだ。

 しかし、それでも、この状況は控えめに言ってナーベラルに不利。

 全力で挑まなければ、アインズ謹製の領域守護者にも失礼だろう。

 審判の位置に立つ至高の存在が、片手を上げて高らかに宣言した。

 

「始めよ」

 

 ナーベラルは初手から最大級の攻撃を仕掛けた。

二重最強化(ツインマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 両手から一本ずつ解放された龍のごとき雷撃魔法。中遠距離の相手を攻撃するのに、これ以上の火力はないだろう。

 戦闘メイドを甘く見たツケを支払わせる……つもりはないが、彼に対して鬱屈とした感情が渦巻いていたのは否定できない。

 さらに、先ほど聞いたばかりの話では、彼我のレベル差は30を優に超える。様子見だとか言っている猶予など一片もない。初手で一気呵成に仕留めようとするのは当然の戦術とも言えた。

 二匹の雷の龍が、卵頭の異形を飲み込んだ瞬間を見止めたナーベラルは、さらに追い打ちの魔法を込めるべきか、一瞬だけ迷う。

 しかし、それは致命的な判断の遅れだった。

 人間どころか骨の竜(スケリトル・ドラゴン)すら容易く破砕する魔法が消え失せた後に、動く影があった。

 やはり、もう一撃ブチ込むべきか。思い、魔法を両手に込めようとして、影の輪郭が異様に小さく圧縮されている……というか、先ほどまでの卵頭の原型を留めていないことに戸惑いを覚えた。

 様子を見ていると、土煙の向こうにあった姿は、漆黒に濡れた古代からの粘体。

 戦闘メイドで、否、ナザリックに属するすべてのNPCで、その姿を見間違えるものは存在しない。

 

 ――へ、ヘロヘロ様!

 

 その偉大な御姿に自失してしまわなかったのは、戦闘メイドの面目躍如といったところか。

 だが、あらかじめパンドラズ・アクターの能力を知っていたことを加味しても、ナーベラルはあまりの光景に次の手が打てない。その隙を見逃すほど、目の前の存在は寛容ではなかった。

 粘体(スライム)が、ありえざる速度で肉薄する。至高なる粘体はモンク職――つまり前衛として優れた肉体能力を獲得しておられたのだ。この速度で限定された能力だとすると、本物の速度とはどれほどの神速なるや。戦闘メイドを統括する執事(セバス)にも匹敵する肉弾戦闘。ナーベラルの修得するウォーウィザード、アーマードメイジの職業(クラス)ではどうしようもない領域の前衛攻撃に、戦闘メイドは回避どころか受身すら(まま)ならない。

 黒い粘体から繰り出される徒手格闘攻撃は、不定形の存在でありながらも一撃一撃が鋼鉄にも匹敵する死の暴風。属性を無視した装備破壊攻撃によって、魔法のメイド服が金や銀の手甲ごと、ごっそりと融かされ消失していた。剥き出しになった肌色が無傷なのが逆に不気味に映る。

 ナーベラルは慌てて体勢を立て直しにかかった。

二重最強化(ツインマキシマイズマジック)鎧強化(リーンフォースアーマー)〉〈二重最強化(ツインマキシマイズマジック)盾壁(シールドウォール)〉――展開できた防御魔法はその二つだけだった。さらなる防御を重ね掛けしようとした瞬間、あの黒き触腕がナーベラルの肉体を激しく打ちのめす。何度直撃を喰らったのかもわからないぐらいの連打だったが、痛みと呼べるほどのものはない。胸と腹の鎧甲とメイド服が半ば朽ちてなくなっていたおかげか。

二重最強化(ツインマキシマイズマジック)電撃球(エレクトロ・スフィア)〉――さらに〈転移(テレポーテーション)〉で上空に退避し、〈飛行(フライ)〉を発動。

 直撃させようと思って放った魔法ではなかった。だが、この魔法の閃光で、少しでも相手の視界が封じられていれば御の字だ。

 とりあえず〈転移〉と〈飛行〉で間合いを図り直し〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で再接近、ほぼ零距離の背後から〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉を叩き込む。ちょうど、人間の墓地(エ・ランテル)下等生物(ムシケラ)に実演してみせた戦法の強化版である。

 しかし、それは始めるまでもなく失策だった。

 閃光の晴れた先から現れたのは、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)ではなく、半魔巨人(ネフィリム)の女の姿。

 

 ――やまいこ様!

 

 ナーベラルは新たに表れた至高の御方の巨体に眼を奪われる。

 防御と回復に特化した力は、雑魚に群がられようとまったくものともしないという不屈の存在。

 御方の怒りの鉄拳は、一撃のもとに周囲一帯の有象無象を彼方へ吹き飛ばすと、姉がよく語ってくれたことを思い出す。

 しかし、女巨兵が繰り出したのは鉄拳ではなく、大振りの平手打ちだけ。

 ナーベラルが直撃を免れたのは、偶然ではない。完全に手心を加えられたと分かるほどに殺気がなかった。しかし、その平手打ちの余波だけで、飛行していたメイドは錐揉みしながら墜落しかける。無事に闘技場の上に降り立てたのは、本人には半ば奇跡にしか感じられなかった。

 だが、勝敗はまだついていない。

 戦闘メイドとしての矜持がナーベラルに活力を与え、その双眸に夜空を見上げさせ、両手に最大限の魔力を込めさせた。

 しかし、そこに至高の巨人は影も形も残っていない。寒気がした。完全に直感で、ナーベラルは視線を夜空ではなく闘技場の大地に向け直した。

 過たず、そこに見つけた至高の御姿は、ヴァイン・デス……蔦の死神のそれ。

 

 ――ぷにっと萌え様!

 

 禍々しい蔦に覆われたドルイドが詠唱した魔法によって、樹海とも見まがう大量の植物が出現し、それぞれが意思をもったかのようにナーベラルの総身を包み込み拘束しようとする。彼女には拘束を逃れる〈自由(フリーダム)〉の力を宿した装備があるため、拘束を抜けるのは容易なのだが、何しろ規模が圧倒的に過剰だった。人間がこの魔法を喰らうことになれば、成長する樹々や蔦に絡み取られ、数秒と待たずに圧死していることだろう。闘技場の半分が植物で埋め尽くされていくほどの広範囲魔法であった為、〈飛行〉を駆使しても脱出するのには数秒を要した。

 その数秒で、またも役者(アクター)は姿を変える。

 

「そん、な……」

 

 ナーベラルは魂そのものを揺さぶられたかのように、樹海のはるか上空で硬直してしまう。

 見上げた先には、夜空に溶け入る忍装束。

 影を縫い、音を殺し、敵を必殺一刀のもとに屠る創造主。

 彼が振るう巨大忍者刀の銘こそ、天照と月読に連なる「素戔嗚」に他ならない。

 

「弐式炎雷、様……」

 

 信じ難いものを見た。すでに自分の影が地上に縫い付けられている。

 この力は、対象を拘束するのではなく、対象の回避を低下させる忍の特殊技術。

 しかしながら、もはやナーベラルに、攻撃を回避したり、または逆に反撃を試みようという気概は僅かにも残されていなかった。杖をその手から落とさなかったのが不思議なくらいだ。

 ナーベラルは心の奥底から、深く自覚した。

 己が今、敗北を受け入れてしまった事実を。

 

「そこまでだ!」

 

 至高の忍が手刀を振り下ろす寸前、至高の御方の声が(とどろ)く。

 同時に、目の前の忍装束は形を解れさせ、輝くような軍服と卵頭の本性に立ち帰る。

 何度見ても、ドキリとしてしまう。鼓動が胸の奥で弾けてしまいそうなほどに加速する。

 そして突如、彼は自分の上着を脱いで、ナーベラルの肩に羽織わせた。その小さな耳元で、(ささや)く。

 

「理解していただけましたかな? アインズ様から賜った、私の力の一端を」

「は…………はい」

 

 今更ながら、羞恥が乙女の頬を朱に染める。ナーベラルはこれといってダメージを受けたわけではないが、その身に纏う装備や衣服はボロボロであった。その下からは健康的な肌色がつまびらかになっている。こんな状態になりながら無傷で済むなど、あまりな戦力差に戦闘メイドは愕然となった。

 女としての感情よりも、戦者としての矜持がズタズタにされたことが、彼女の心を苛んでしまう。

 

「二人とも、素晴らしかったぞ」

「ありがとうございます、アインズ様!」

「……ありがとう、ございます」

 

 大地に降り、姿勢よく応じたパンドラズ・アクターとは対照的に、ナーベラルは顔面を火照らせて唇を引き結びそうになりながら、小さな声を漏らす。

 本当に情けない。

 時間にして僅か数分で決着がつくなど。

 半ば自分から望んで、この戦いに挑んだというのに、結果は見るも無残な敗北の二文字。

 しかも、彼は完全に本気を出していなかっただろう。出していたなら自分の身体は、剥ぎ取られた装備や腐り落ちたメイド服と似た運命が待っていたはずなのだから。

 戦闘メイドとして、これ以上ないほどの恥辱である。

 

「どうだ、ナーベラル? パンドラズ・アクターは、我が代役を務めるに相応しい力量を備えていたかな?」

「まさに、御身が創造されし領域守護者様かと」

 

 ナーベラルはその場に膝を屈し、臣下の礼を主に捧げる。

 

「私の浅慮に、これほどの御厚情をもって応えられたこと……感謝の念にたえません」

「よい、ナーベラル・ガンマ。私はおまえの忠言を高く評価するとも」

「それは……何故?」

 

 アインズは機嫌よく語り出す。

 

「主人の言を唯々(いい)諾々(だくだく)と受け取ることが忠節のあるべき姿ではない。時に主人の失敗や問題を指摘し、是正しようとすることこそが、主人にとって真の忠臣なのだ。おまえは今まさに、我が配下に列する者たちの中で、確実に階梯(かいてい)を上ってくれた。これを評さずにいる主人など、仕える価値のない馬鹿でしかないだろう?」

「ア、アインズ様に間違いなど!」

「言ってくれるな、ナーベラル。誰にでも失敗はある。その失敗をどう生かすのかが重要なのだ」

 

 至高の御身の胸に去来するのは、シャルティアを洗脳された時の苦い思いか。はたまた別の記憶か。

 

「ではパンドラズ・アクター、闘技場(ここ)の後始末は任せたぞ」

「はっ! 承知しました!」

「ナーベラルは急ぎ戻って装備を整えよ。いつまでもその姿では刺激が――ゴホン!」

 

 アンデッドであるはずのアインズが咳払いをするのは不思議だったが、なるほど今の自分の格好はメイドとしては落第である。

 至高の御身は颯爽と踵を返し、アルベドと共に転移しようと歩き出す。

 

「あ……アインズ様!」

「どうした、ナーベラル?」

 

 今度はアインズの方が不思議そうにナーベラルを見やる。

 

「わ、私はここで、……パンドラズ・アクター様の御手伝いを務めさせていただきたいのですが――御許可を」

「……ふふ、それはいい。許す。許すとも、ナーベラル・ガンマ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 とはいえ。

 さすがに半裸も同然の格好では手伝うことなど不可能なので、至急ユリに代えのメイド服を運んでもらった。アインズ様と共にエ・ランテルへ戻っているものと思っていた妹の〈伝言〉に驚いたユリは、妹が第六階層でボロボロのメイド服に軍服を羽織っている姿には度肝を抜かれたらしい。

 傍らにいたパンドラズ・アクターを見る目が苛烈になっていたが、相手が相手であるため、さらにはアインズ様の御勅命による戦闘訓練の結果だと説明されては無闇なことも言えず、大人しく退散するしかなかった。それに、ユリにも仕事がある。ここに残っている暇などなかったのだ。

 

「申し訳ありません、パンドラズ・アクター様。御迷惑をおかけして」

「お気になさらず。ナーベラル・ガンマ」

 

 それでも、ユリからいわれない追及を受けそうになった彼を、ナーベラルは当然のごとく庇った。妹の普段は見せたことのない姿に、ユリは渋々ながら納得してくれたおかげで、あまり大事にならずに済んだ。

 二人は現在、それぞれメイド服と軍服に身を包んだ――どちらともに至高の御方によって魔法の加護が施されているので、この程度の作業では大した汚れなど着かない――状態で、土木工事に勤しんでいた。

 それを手伝っているのは、アインズに変身したパンドラズ・アクターが、下位アンデッド作成で作った骸骨(スケルトン)たちだけである。

 普段、闘技場の掃除や設営は、Lv.55のドラゴンの血縁(ドラゴン・キン)の役目であるのだが、彼らはアウラのテイム能力で使役された魔獣であるため、ナーベラルたちには扱えない。

 ぷにっと萌えの姿で闘技場に現れた樹海を消滅させるまではよかったが、その後が大変だった。何しろ魔法で発生した樹木とはいえ、その根が伸びた大地はもとには戻らない。樹海だけを消し去った後に残ったのは、無残にも切り刻まれ引き裂かれた大地の痛々しい様だ。

大地の大波(アース・サージ)〉などの魔法を使って(なら)すことも可能なのだろうが、パンドラズ・アクターの能力ではこの範囲で器用に微調整を行うのは難しい。調整を誤り、闘技場をさらに破壊するようなことだけは避けなければ。きっとマーレがいてくれれば容易くやってのけるのだろうが、不在の彼にそんなことを頼むわけにはいかず、かと言って彼が帰って来るのを待ってマーレにお願いするというのは、いかにも不誠実なやり方である。

 そこでパンドラズ・アクターが選択したのが、アインズの特殊技術による下位アンデッドの大量投入――とはいえ、時間制限付きの十六体だけだが――である。

 下位アンデッドである骸骨(スケルトン)たちは人間に倒されることもあるほど脆弱なものだが、数が集まればそれなりの作業量をこなしてくれる。何しろ疲労せずに100%の力を振るい続けることが可能なのだ。十六体の骸骨(スケルトン)それぞれが鶴嘴(つるはし)やら円匙(シャベル)やらを持って、せっせと土木工事に勤しむ様はなかなか小気味よい光景だとナーベラルには思えた。

 そんな自分も、猫車を押して土の塊を溝に流し込んでいく。

 大きな木槌を持った骸骨(スケルトン)数体が、そこを叩いて(なら)していく。

 

「だいぶ片付いてきましたね」

 

 作業全体を見渡せる位置で指揮をすることもなく、彼もまた鶴嘴を握って工事に没頭していた。骸骨(スケルトン)は簡単な命令を与えてしまえば、あとは勝手に作業を行う存在。何かあれば微調整として指揮を振るうこともあるが、彼の指示が的確であるため非常に効率よく進み、作業は終盤に差し掛かっている。そんな状態であるため、彼自身も作業に加わった方がさらに効率は良くなるのは必然の事実。伊達にLv.100の能力を与えられているわけではないのである。彼一人で下位アンデッドたちの作業量の倍はこなしているように見えた。

 もはや闘技場は九割以上、元の形を取り戻しつつある。

 

「思ったよりも早く片付きそうだ。感謝しますよ、ナーベラル・ガンマ」

「いえ、感謝など……」

 

 むしろ感謝するべきは自分の方だ。

 アインズ様の決定に異を唱えておきながら、黙って震えることしかできなかった自分を、彼の機転によって見事に救われたのだ。しかも救われただけでなく、アインズ様にお褒めの言葉を頂いてしまうなど。万感の念とはまさにこのことである。

 そう思うが、言葉は空転して形を成さない。

 結局、この工事に没頭する間、ナーベラルは謝罪はしても、一度も感謝の気持ちを表すことは出来ずにいた。自分はこんなにも恩知らずだったのだろうか。何だか、酷く情けない気持ちでいっぱいになる。

 

「あの、パンドラズ・アクター様」

「どうかなさいましたか?」

 

 ありがとうございます。

 その言葉が、ただ遠い。

 

「……何故、私を(たす)けてくださったのです?」

 

 言いたいことが中々言えない。頬がむず痒いほどに紅潮する。

 それでも、ナーベラルの忸怩(じくじ)たる思いとは裏腹に、彼はとても率直な言葉を聞かせてくれる。

 

「困っている方を(たす)けるのは、あたりまえのことでしょう?」

 

 ――それはきっと、鈴木悟の残滓の残滓とも呼ぶべきものが成した出来事だったのだろう。純白の聖騎士に(たす)けられた彼の鮮烈な記憶は、彼の気づかぬうちに、その思いをそのままに、彼が創り上げたNPCにも伝播させていたのだろう。

 NPCは、造物主の想いを反映する、いわば鏡。故にこその言動だったのだろう。

 

「貴女こそ、どうです?」

「……え?」

「何故、貴女はあの時、アインズ様の決定に異を唱えられたのでしょうか?」

 

 舞台役者はナーベラルの本音など預かり知るところではない。

 様々な類推や憶測は出来るが、それはナーベラルの本心ではない。

 彼女の口から語られる言の葉こそ、彼女の心に違いないのだから。

 

「そんなにも同種の私がお嫌いでしたか?」

「それは」

 

 違う。

 そんなことない。

 そんなことだけは断じてない。

 彼にだけは、そんな風に思われたくない。

 

「……あれ?」

 

 自分は何を思っている? 何故こんな想いに囚われている?

 どうしてこんなにも、胸が締め付けられて仕方がないのだ?

 正直なところ、話に出てくる彼のことは気に入らなかったではないか。自分の中では宝物殿に隔離されている彼の扱われ方を小馬鹿にさえしていたはず。思い返せば、本当に自分は大それたことを考えたものだ。

 なのに、実際に彼と出逢い、言葉を交わし、戦いを通じて、そして――

 

「………………嫌いでは、ありません」

「それは重畳」

 

 かなり長い時間をかけて言葉にした思いに、彼は頷きを返してくれる。

 それが何故だか心地よい。

 

「私も、あなたのことは嫌いではありません」

「……何故?」

 

 私は、あなたに対してあんなにも迷惑をかけた。否、今こうして作業を続けていることも、私のせいであると言えるだろうに。嫌いになるには十分すぎる。

 だが、軍帽の下から覗く卵頭の表情は晴れやかだった。

 

「あなたが、自らの意思で私を手伝いたいと言ってくれた。それはつまり、私をたすけてくれるということなのだと、私は考えております。誰に命じられたわけでもなく、貴女の意思で」

 

 ナーベラルの視界が開けた。

 彼は告げる。

 

「貴女は私をたすけてくださった。それだけで、貴女は素晴らしい存在です。そんな女性を嫌う理由があるでしょうか、ナーベラル・ガンマ?」

「……」

 

 ああ。

 ああ、そうか

 やっと、わかった。

 自分は怖れていたのだ。

 自分よりも強い彼のことを。

 自分よりも優れた彼のことを。

 彼と共にいると、自分が自分でなくなるような気がしていた。

 自分には似合わないほどに感情を動かされ、波立つ気持ちを抑えきれなかった。

 私は、戦闘メイド(プレアデス)のナーベラル・ガンマ。

 そんな自分が、こんな浮ついた気持ちに憑かれ、心から変質してしまうことが怖かったのだ。

 けれど。

 

「貴女は素晴らしい」

 

 そんな一言が、たまらなく嬉しかった。

 とてもとても、信じられないくらいに、幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 ナーベラルはモモンの代役をはじめて務める彼を待つ。

 もはやナーベラルに当初の不安や懸念は一切なかった。

 至高の御身に仕える時は至福の一時だが、自分ひとりで独占すべきものでないことは重々承知している。これからはきっと、自分の姉や妹や、一般メイドたちやナザリックの同胞たちが、御身の傍近くに仕え、ある時は剣となり、ある時は盾となって、お守りすることだろう。

 そして、ナーベラル・ガンマは彼を待つ。

 きっと彼なら、うまくやれるだろう。

 彼と共になら、うまくやれるだろう。

 彼と私ならば、うまくやれるだろう。

 あの美貌と慈悲の粋と共に、任務を果たせる時を待つ。

 至高の御身の期待に応えるために、ナーベラルは彼の到着を待つ。

 そして、エ・ランテルの最高級宿屋「黄金の輝き亭」の二人部屋に、〈転移門(ゲート)〉が開く。

 

「ただいま、ナーベ」

「おかえりなさい、パ……モモンさ――ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    【終】

 

 

 

 

 







 ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。

 最後の最後で台無しにしてくれるナーベってばポンコツ過ぎ!

 でもかわいい。かわいい(真顔)

 やはりこの二人のカップリングは最高ですね。


 はてさて。この二人のお話は続くのでしょうか?


 それでは、また次回。          By空想病




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